トガった彼女をブン回せっ! 第19話その5
『戦いの方は終わりましたか?』

脇目もふらずに突進してくるベルヴァ。音速よりは遅いものの普通の人間には文字通り「目にも止まらぬ速さ」というヤツである。
昭士とて「能力」がなければ何の手段も取れずに殺されている事は間違いない。それほどのスピードである。
しかし。そのベルヴァの動きが、空中でピタリと止まった。そしてそのままの体勢で慣性の法則に従って宙を舞い、昭士の横を通り越して顔から地面に落下する。
それに疑問を持った昭士だが、周りを見直してふと気づいた。
ベルヴァの天敵とも言える「ベスティア」そっくりのぬいぐるみが、この場にあった事を忘れていたのである。相変わらずバッリョーレがじゃれついているが。
音速を誇るベルヴァも天敵のベスティアの前では身動きが取れなくなる。しかしバッリョーレを見ると我を忘れたかのように襲いかかる。
両方いた場合どういう行動を取るのかと思ったが、前者だったようである。
その物音でバッリョーレも天敵ベルヴァの存在に気づいたらしい。どれほど夢中になっていたのやら。思わず昭士も呆れてしまう具合である。
しかしバッリョーレの方も、天敵を目の前にして逃げ出したい気持ちと、ベスティアにじゃれつきたい氣持ちとで激しく揺れ動いている。そういう意味で身動きが取れないでいたのだ。
ところが。ベルヴァの方はベスティアが全く動き出さない事に。バッリョーレもベスティアが逃げ出そうともしない事に違和感を感じ始めていた。
そう。この二体の獣は知能や知性が決して低い訳ではないのだ。
加えてベルヴァは昭士の事をハッキリ「敵」と認識している。先程ジェーニオが話してくれたところによると、一旦敵と認識した相手はトコトン追いかけ回し、そしてしとめるという。
普段はその音速を生かして文字通り「追いかけ回す」事はないようだが。
ベルヴァは相変わらず潰れた顔面を昭士の方に向けて睨みつけている。これまでと違うのは猛牛のように前足でガリッガリッと土を後ろに蹴り飛ばすような仕草を見せている事。
まるでマンガなどで見た「これから全速力で走るぞ」という動作のようである。やっているのは鳥の足で、だったが。
そして。それがまるで予告であったかのように、ベルヴァが再び突っ込んできた。さっきより若干スピードが遅いように見えるのは、ニセモノとはいえ苦手とするベスティアがいるためだろうか。
もちろん昭士にはその動きがまる判りである。肩に担いだままの戦乙女の剣の握りに、もう片方の手をそっと添える。
『テメェまたあたしに痛いメ見せる気かよ? あンなモンは我慢すりゃどうとでも……』
いぶきの長々とした怒鳴り声の途中で、昭士はしゃがみながら剣を真横に振った。その速さはまさしく「一閃」。自分の身長よりも長く、自分の体重の何倍も重い剣を、である。
ベルヴァはさっきと同じように昭士の横を通り過ぎ、そして着地した。それから数秒ほど遅れて地面に低い音を立てて落ちた物が一つ。
それは紛れもなくベルヴァの足である。しかも一番後ろの馬の足だ。斬られて落ちた足が痛そうにビクンビクンと震えている。
吠える事も悲鳴を上げる事もないエッセの方も、潰れた顔面がビクビクと動いている。自分のケガが信じられないと叫びたそうに。
昭士は振り向きながら再び戦乙女の剣を肩に担いだ。
「悲鳴我慢してんなよ。我慢は身体に良くないんだぜ」
『…………』
若干呆れ気味の昭士の挑発にいぶきは無言で答える。当然だ。姿形は大剣になっても五感は健在。あんな風に振り回され、叩きつけられて痛くない筈がないのだ。
さらに戦乙女の剣はいぶきが痛がれば痛がるほどその威力を発揮する剣。彼女が痛みや悲鳴を我慢していたので、足一本切り落とすのが精一杯の切れ味しか発揮できなかったのだ。
いぶきはとにかく他人の為になる事や、他人を手伝う事を何より嫌っている。誰がお前の役に立ってなどやるものかと、本気で思っている。
しかしいぶきが他人の事などどうでも良いと思っている程度には、昭士の方も彼女の都合などどうでも良いと思っている。役に立ってもらわねばこちらも困るからだ。
一太刀で足を断ち斬られた警戒心からか、さっきのようにすぐさま飛びかかるような真似をせず、微妙に間合いをとって昭士の様子を伺うエッセ。昭士の方もいぶきを肩に担いで迎え撃とうとしている。
そんな昭士とエッセの間に割って入ろうにも入れない雰囲気。そしてそんな雰囲気をブチ壊すいぶきの文句だけが相変わらず響いている。
「……あいつ、あんなに強かったんですね」
昭士の戦いぶりを見ていたゆたかがポツリと漏らした。口調が幾分柔らかいのは気のせいではない。
「普段はロクに勝ったところすら見た事がないんですけど」
それを背中で聞いていたスオーラは、二人の睨みあいを見たままで、
[以前アキシ様の戦いをご覧になっていた、わたくしの世界の高名な戦士の方が仰っていた事なのですが]
どことなくそうもったいぶった前置きをしてから、スオーラは続ける。
[アキシ様のあの強さは、変身した状態であってこそ。普段は確かにロクに勝てないほどの強さだと思います]
地味に酷い事を言っている。男嫌いのゆたかですらそう思うスオーラの発言である。
[ですがアキシ様の場合、剣士としての根幹。基本とも言うべき部分がしっかりしているのだそうです]
確かに基本というものは、剣に限らずとても大事な部分である。
昭士は剣を振るうフォーム。いわゆる「型」は非常に綺麗なのだ。以前剣道の教材として使われるビデオに出演した事があると聞いている。
そういった映像に出演するのはたいがいが剣道○段という達人と呼ばれる人間だろう。
にも関わらず昇段試験すら受けた事がない人間が出演するという事は、そういった達人を唸らせるほどでなければ説得力がない。
もちろん型だけできても剣道の強さを示せる訳ではない。それは普段の昭士の戦績を見れば一目瞭然だ。
変身をする事により異世界の自分の力がその大事な「基本」に上乗せされる。
基本がしっかりした人間にいぶきが持っていた「周囲を超スローモーションで認識する」能力が加わる。
元々持っている「基本」が相殺される事なく相乗効果を産み出す。それが彼の――角田昭士の戦士としての強さになるのだ。
そしてそうした強さは、撃ち破るのがとても難しい。
ベルヴァを模したエッセも、いわゆる「野生の勘」でそれを感じ取っているからこそ、微妙に間合いをとって様子見に回っているのだ。
しかし時間ばかりかけてもいられない。エッセはあまり長い時間この世界にいられる訳ではない。姿を消して、再びまた彼等のそばに現れてくれる保証はない。
それに金属の像にされた忍の件もある。時間をかければかけるほど彼女は身体はもちろん心まで金属の像と化してしまう事だろう。
だから昭士はギャーギャー騒ぎ続けるいぶき――戦乙女の剣を、あえて両手で持ち、頭上に高々と掲げたのだ。そのまま狙い定めて振り下ろさんばかりに。戦乙女の剣の全長であれば刃が届く間合いであったために。
エッセの方もそれに気づいたようだ。しかしエッセは逃げなかった。
潰れた顔面を苦労してこじ開けるようにすると、そこから一直線にガスを吐き出したのだ。生物を金属へと変えてしまうあのガスを。
だが昭士は決して焦らず、高々と掲げていた剣を自分の足元めがけて突き立てたのだ。そしてそれは分厚い盾となって昭士をガスから守る。
『冷た冷た冷た寒寒寒さ〜〜〜む〜〜〜い〜〜〜〜〜!!』
もちろん盾にされ、そのガスの直撃を受けているいぶきは例外である。しかも冷たいらしく寒がり方も相当だ。
『バカアキ! テメェもガス効かねぇって言ってたろうが! だったらあたしを盾にするンじゃねぇ!』
確かに昭士もスオーラも変身していればこのガスで金属と化す事はない。変身していない時では試していないので判らないし、そもそも試す気すらないが。
その時昭士の腕が無造作に真上に伸びる。その手が鷲掴みにしたのは……何とエッセの鳥の形の前足。
彼はそのままエッセの全身を8の字にブンブンと振り回しだしたのだ。
エッセにしてみればガスを吐いて防御した隙をついて真上から飛びかかったのだが「能力」のおかげで昭士には全て筒抜け。
しかも普通に振り回すのではなく8の字に振り回しているため、エッセの足関節に多大なダメージが及んでいる。くわえてその状態から地面に激しく叩きつけたのだ。
ベギッと鈍い音と共にエッセの身体が地面を跳ね、近くの店舗の壁に跳ね返る。昭士の手には千切れた鳥の足が一本のみ。彼はそれをポイと投げ捨てる。
エッセには通常の攻撃は一切効かないが、生物を限りなく正確に模している以上関節攻撃は効果があるのだ。
ただし痛みがあるのかは不明なので、こうしてもぎ取るくらいの事をしなければ意味をなさないだろうが。
二本の足を失ってよろめくエッセ。いかに音速移動ができるとはいえ、その状態で音速で走れるかは疑問だ。
昭士は地面に突き立てた戦乙女の剣を掴み、今度は自分から攻めに転じた。
さっき足を叩き斬った速度で、今度は剣を振り下ろす。さすがにその大振りはかわせたエッセだが、急に起動を変えた剣を腹にまともに受けた。
だがエッセが弾き飛ばされる事はなかった。昭士はエッセを吹き飛ばすのではなく、器用にも当てた瞬間に力を一気に抜き「剣にエッセを乗せた」状態で刀身をくるりと返し、そのまま剣の重みを使ってエッセの胴体を地面に叩きつけたのだ。
昭士は重さがないように軽々と扱っているが、その重量は三百キロ以上。加えてエッセに唯一効果的な打撃を与えられる武器である。効かない筈がないのだ。
事実エッセの胴体に薄くヒビが入っているようにも見える。相変わらずいぶきは無言で痛みに耐えているため絶大な攻撃力が発揮されてはいないようだ。
しかし昭士はそれに構わず二度、三度と刃を叩きつける。ヒビを広げるためではない。完全に乱打である。
その影響か、今度は豹の足がゴロリともげて落ちた。普通の生き物であれば死んでいてもおかしくはないケガだ。
もちろんエッセは普通の生き物ではないため、そのケガでも地面を転がるように昭士の剣から逃れた。満身創痍にしか見えないにも関わらず弱っているようにはとても見えない。
何もそこまでしなくとも、という思いで昭士の攻撃を見ていたゆたかだが、さすがに考えを改めた。裏を返すとここまでやっても倒せない敵と、彼等は戦っているのだと。
《妙だな》
《変ですね》
[おかしいですね]
男女のジェーニオとスオーラが、今回の昭士の戦いを見て異口同音にそう言った。何が何だか判らないゆたかがその理由をスオーラに訊ねると、
[いつもはほぼ一太刀で勝負を決めてしまうのです。イブキ様の協力がない為ではないかとは思うのですが]
戦乙女の剣の威力は、いぶきがどれだけ痛がるかに比例する。スオーラとて他人が痛がるのを見て喜ぶような趣味はもちろんないが、威力を発揮してくれなくては困る。長引く戦いに良い事など一つもないのだから。
全く疲れた様子を見せていない昭士は、相変わらず襲いかかって来ようとしているエッセの先手をとって剣を振るう。
そしてもう片方の馬の足を切り落とす事に成功した。これで残る足は二本。これでは満足に立つ事もできない。
立ち上がろうとするが、今まで六本の足だった生き物がいきなり二本の足になってはうまくいく筈もない。
「さて。そろそろ良いか」
昭士は独り呟くと、ポーチの中からムータを取り出した。そしてそれを戦乙女の剣の刃の根元のくぼみに押し込むようにして嵌め込む。
こうする事によって戦乙女の剣の威力に違う力を上乗せする事ができるようになるのだ。
そんなムータが隙間なくはまった大剣を、バカ正直に真正面に構える。剣道でいう「正眼の構え」というヤツだ。
昭士は細く長く息を吸っている。それと同時に気持ちを落ち着かせ、また剣に集中させる。
するとどうだろう。戦乙女の剣の刃がみるみるうちに真っ赤に染まっていくではないか。その色はまるで溶鉱炉で融けている鉄のよう。
真夏である現在、その暑さを連想する色は、見ているだけでも暑くなってくる。……いや、違う。本当に暑く、いや、熱くなっている!
『…………あづあづあづあづあづあづあづあづあづあづ』
さすがのいぶきも我慢ができなくなったのか、小声で暑さを訴え出した。どうやら上乗せしたのは高熱のようだ。剣が触れている空気が気化しているような錯覚を起こすような煙がたなびいている。
昭士自身も身体の前面にのみダラダラと汗をかいている。少し離れた位置にいるスオーラ達もその熱気がハッキリ判るほどだ。
昭士はそろそろ良いかと判断すると、ほんの数歩分だけ間合いを詰めた。そして重量級の剣を素早く振り上げ、一気に振り下ろす。
ドッッグォォォォオオォォォォォォォオオオンッッッ!!!!
『いっっっだあぁぁぁあああああぁぁあああぁっっっ!!!!』
アルファルトに叩きつけた轟音に負けないいぶきの悲鳴。暑さで気がゆるんだ隙の打撃ゆえ出た本当の痛み。痛みを感じたがゆえに産み出された破壊力。
それはエッセの全身を文字通り真っ二つにしていた。頭の先から尻尾まで綺麗に。
するとエッセの切り口が淡い黄色に輝き出した。その光は切り口からあっという間に全身を包んでいく。
ぱぁぁぁぁぁあん!
やがてその光は小さな粒となって一斉に弾け上空へ、そして四方へと一気に飛んでいく。
これこそエッセにとどめを刺した証である。この粒が金属にされた人間の元へ行き、やがてその姿が元に戻る。戦いはようやく終わったのだ。
[アキシ様、お見事でした]
駆け寄ってきたスオーラが、汗びっしょりの昭士の背に声をかける。
[ですが、何故今回はお一人で戦おうとなさったのですか?]
その声に非難の意味はない。単に純粋な興味からだろう。かつて一人で全部背負い込むなと言った本人が一人で戦おうとしたのだから。興味を持っても不思議はない。
すると昭士は振り下ろしたままだった戦乙女の剣をようやく持ち上げると、地面を指差して「見てみろ」と言う。
剣を叩きつけた地面――アスファルトが剣が発していた高熱で融けてしまって、地下に埋められた上下水道などのパイプが丸見えになっている。
「今回はホントに町の中だったからな。無駄に被害出さないようにしてたつもりだったが、ご覧の有様ってヤツだ」
《意外に失礼な事を言うな。我々に力の加減ができないとでも?》
昭士の物言いに、当然反発してくるジェーニオ。
「加減にも限度があるだろ。あんたらの術や力を見てると、これ以下にできなさそうだし」
昭士は改めて融けたアスファルト――ではなく、ジェーニオが立っている足元を指差す。
地面に立っている両足を中心として、アスファルトにヒビが入っていたのである。男女共に、である。
「ただ立ってただけで地面にヒビ入れるヤツに言われてもなぁ」
言い方はだいぶ嫌味が入っているが、さすがにこれにはジェーニオ達も黙るしかなかった。
「あっ、待って!」
不意にゆたかの声がする。見ると一目散にバッリョーレが駆けていくのが見えた。行く先は忍や撫子がいる方向だ。
脅威が去ったから楽しげにはしゃいでいるのだろうか。追いかけた方がいいのかどうか一瞬考える昭士とスオーラだが、ジェーニオ達は「大丈夫だろう」とずいぶん落ち着いている。
それを訊ねてみたが彼等は答えない。ただ、こう答えただけである。
《実際に見てみれば判る》


なので実際にバッリョーレの後を追いかける事にした。ちなみにさっきまで魔犬がじゃれていたぬいぐるみはゆたかが持っている。
バッリョーレが行きついたのは、やはり撫子達のところだった。元の姿に戻った忍が不思議そうに首をかしげている。その様子を見てようやくスオーラの顔に小さく笑顔が戻っていた。
だが撫子の方は相変わらず「コワイ。キオク。キエル。ワスレル」とブツブツ言いながらうずくまっているままだ。
バッリョーレは犬らしく、うずくまったままの撫子のだらりと下がった指のにおいを軽くかぐと、そのままパクリとかぶりついた。
驚いた鳥居やスオーラがバッリョーレを引き剥がそうとするものの、それはジェーニオ達に止められた。そしてしばらく見ているように言う。
するとどうだろう。ブツブツ呟くのが次第に治まり、だらりと下がっていた手にも力が籠る。そしてゆっくりだが顔を上げたのだ。まるで長い眠りからたった今目覚めたように。
「……んあ? オレ、いったいどうして?」
そこでようやく自分の手に山吹色の犬が噛みついているのを見た。しかし痛みは全くない。甘噛みだろうか。
すると撫子は目を一気にキラキラと輝かせて、バッリョーレをひょいと抱き寄せると、
「うっわー。カワイイ! ナニナニナニこのワンちゃん!」
しっかりと抱きしめて頬ずりするわ、そのままその辺りをごろごろと笑顔を浮かべて転がり回る。なんちゃって制服が汚れるのも一切構わずに。スパッツを履いていなかったらパンツ全開もいいところなくらいに。
これまでの鬱病的な状態から嘘のように回復している。
《バッリョーレには心を癒す力があるとも云われているが、本当だったらしいな》
《実際に見るのは初めてだったしね》
男性体と女性体のジェーニオがそう説明し、ようやく鳥居とスオーラを解放する。確かに心から楽しそうな笑顔を見るとその言葉も信用できる。いかな犬好きといえどもここまで一気に変化はしないだろう。
散々地面を転げ回っていた撫子はバッリョーレを持ったまま立ち上がると、不思議そうな顔で首をひねる忍に後ろから近寄り、いかにも悪戯っ子のような笑みを浮かべて、
「……噛め」
バッリョーレにそう言うと、それを理解したのかしてないのか。バッリョーレは忍の肩口にかぶりつく。だがやっぱり甘噛みで痛くないのだろう。しばしかぶりついていたがやがて自分から口を離す。
「……ああ、カワイイ犬だな、これ」
ようやくバッリョーレに気がつくと、忍も笑顔で犬のアゴを指先でちょいちょいかき始めた。しかし肝心のバッリョーレはゆたかの持つぬいぐるみを見ると、撫子の手を抜け出してぬいぐるみの方に飛びついた。よほど好きらしい。
犬が懸命にぬいぐるみにじゃれついている光景。それはそれで非常に微笑ましい光景である。
相手が魔犬と云われるバッリョーレであっても。その事はこの三人は全く知らないが。
「……大丈夫なのか、アレ。モンスターとかじゃねーの?」
《大丈夫だろう。バッリョーレは人語は通じぬが知能は高い。瞬間移動ができる事以外は普通の犬と大差ない》
昭士の質問にジェーニオがキッチリ解説を入れる。
そういえば「オルトラ世界全域に生息している犬の一種」と言っていた事を思い出す。もしモンスターのくくりに入るなら、始めからそう説明するだろう。
「もしかして、戦いの方は終わりましたか?」
ゆたかが唐突にそう言うと、昭士をじろりと睨みつける。昭士はそうだと答えると表情を一転させ、
「ではスオーラさん。約束通り買い物に行きましょう。さ、早く」
ぬいぐるみと犬を撫子に押しつけたゆたかは、スオーラの手を引いて力一杯に歩き出す。
「おいおい待て待て」と忍が続き、「置いて行くなよ」とぼやきながら犬とぬいぐるみを抱えた撫子が続く。さらに小さく手を振りながら女性体のジェーニオが姿を消した。きっと彼女らに着いて行くのだろう。
「俺の方も仕事に戻るわ」
会話に割って入れなかった鳥居が、帽子を直しながら昭士に言う。そして戦乙女の剣――いぶきを指差すと、
「じゃあ、そいつを警察に連れて来てくれ。治りはしたけど、傷害罪って言って良いだろうからな、これは」
いぶきが忍を盾にした件だ。明らかに相手を金属にするガスと判っている物を「狙って」浴びせる形にしたのだから、さすがに無罪放免とはいかない。特にいぶきは既に未成年だからという理由でかばう事は無くなっている。
『はぁ!? ざけンじゃねーわよ。とっ捕まる理由がどこにあるっての!?』
当然いぶきは怒鳴るがもちろん聞く耳は持たぬという雰囲気だ。ちょうど別の警察官が「忘れ物だ」と戦乙女の剣の鞘を持って来てくれた。昭士は剣を苦労して鞘に収め、背中に背負う。
「警察行くついでに、食堂で定食でもおごってくれよ。贅沢言わねーし、安いので良いから」
「お前なぁ」
鳥居は彼の提案に呆れはしたものの、町を守ってくれたささやかなお礼と考えればこの出費は致し方ないと考えた。給料日前だったが。


いぶきを留置所へ放り込んだ昭士が警察の食堂でゆっくり日替わり定食を頬張っているところに、いきなり電話がかかって来た。
蓋に付いた液晶画面に表示されているのは携帯電話の番号のみ。自分の番号を知っていて、この携帯の電話帳に載っていない人物からの電話、という事になる。
誰かと思い、一応警戒しながら電話に出た。
「も、も、も、ももしもし」
『おう、角田兄、岡だけどー』
その声は先程別れた忍からだった。彼女はこちらの反応待たずに話し出した。
『実は今、服買いにUQに来てるんだけどさ』
UQというのは若者より若干上の層をターゲットとした服飾販売店の一つである。デザイン的には地味で味気ないものが多いが、そこそこ値段が安いのでそれなりの人気を持つ店舗である。
『ほら、作務衣(さむえ)って知ってるだろ? あの坊さんの作業着?だったっけ?』
確かに忍の言う通り、作務衣は元々仏教の僧侶の作業着である。それがどうしたのだろうか。
『スオーラがアレ一目で気に入っちゃったみたいで。元々服の趣味が地味というか機能性重視というか、そんな感じだったし。けどどんな服か説明したら「異教徒の服を気に入っちゃった」とか言って悩み出して。何とかしてくれよ』
確かに異世界のジェズ教徒の人間からすれば日本の仏教は立派な「異教」ではあるが。
(悩むところは、そこじゃないだろうに……)
電話からガンガン聞こえてくる忍の声にガックリとうなだれた。
昭士の首が。

<第19話 おわり>


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