トガった彼女をブン回せっ! 第19話その3
『せめて、理由をお聞かせ願えますか?』

店で一番大きな袋を二つもぶら下げてスオーラの自宅=キャンピングカーにやって来た昭士を見て、彼女は目を点にしていた。
その中には今日の昼食のパンやコンビニ弁当はもちろん、保存の利く缶詰やレトルト、各種インスタント食品。さらには石鹸、洗剤、掃除用品、それから携帯電話用の充電コード等でパンパンになっていた。
[一体何があったのですか、アキシ様?]
「せせ、先輩達に会って……」
スオーラはその一言で誰なのか見当がついた。
この世界――というよりもこの町で暮らして早数ヶ月。この国の学生独特の「先輩後輩」という物もだいぶ判ってきている。
もちろんスオーラも聖職者専門とはいえ学校に通っていた身。多少形は異なるが「先輩後輩」の扱いややりとりは理解しているつもりだ。
世界が変われど後輩を「使う」先輩はどこにでもいる。ただ、昭士をこういったタイプで「使う」先輩は、さっき自分を尋ねてきた三人くらいしかいない。
その困った顔から相当理不尽な事をやらされたか押しつけられたか。おそらくこれだけ大漁の物を「買わされた」のだろう。
[アキシ様、おいくらでしたか、お金でしたら……]
スオーラがジャケットのポケットから財布を取り出そうとした時、昭士は「大丈夫」と言いたそうに苦笑いすると、
「かか、か、買ったのは、コココ、コンビニだけど百円ショップだし、そそ、それに、おかおか、お金出したのはせ先輩達だから」
コンビニ。百円ショップ。スオーラがこの世界に来て知った物の一つだ。
スオーラの世界でいう雑貨屋であるが、扱う品物の種類は桁外れに多い。しかも一つの町に何軒もある。
さらに百円ショップともなれば基本的にどの品物も一つ百円。少々安っぽい作りの物もあるが、中にはこれが百円で買えるのかと驚く品物もあった。
だがそれでも。これだけ大漁に買えば、出費の方もそれ相応のものになっている筈だ。スオーラは既に財布を取り出して開けようとしている。
「せ、先輩達が、た、戦うの、てつてて、手伝えないからって。こ、このくらいはさせろって」
[……そうですか]
関係のない人間を戦いには巻き込みたくない。だが形はどうあれ自分を助けてくれるその手を、無理に振り払う事はないだろう。
スオーラはそう判断して、昭士に両手を差し出した。彼もその意図を理解して、
「……とと、と、とりあえず、く車にしまってきて」
スオーラは昭士から二つの袋を受け取ると、車の中に袋を入れて、すぐ戻ってくる。
そこへ女性型のジェーニオが空を飛んできた。
《見て来たわよ》
スオーラに頼まれて、破壊された校舎の様子を見て来たのだという。
[どうでした?]
《あれはベルヴァの通った跡とみて、間違いないわね》
ジェーニオの説明によれば、建物の天井部分のみが長い範囲にわたって破壊されていたという。断面図を書くならば「□」だったのが「凵」となっていたと説明する。
この世界の音速を超える乗り物――ジェット機だった場合、建物そのものか、もっと広い範囲が壊れていなければならないらしい。それも周囲の人間総てが飛び起きるような轟音を立てて。
今回のように極めて狭い範囲のみをほとんど無音で破壊するには、もっともっと小柄の「何か」でなければ説明がつかない。
……という事をインターネットでも調べたという。ジェーニオは元々異界の精霊なのだが、この世界の物への順応はかなり早いようだ。
《それから妹さんの件だけど……》
昭士の方を見たジェーニオはそう切り出した。何せ気絶したため学校に置いて来た訳であるし、こうして事故にしっかり巻き込まれているのだから。
《理由は判らないけど彼女は無傷ね。一緒にいた教師らしい人物は落ちて来た瓦礫でケガをしてしまっているけど》
ケガをさせてしまった教師に対しては罪悪感があるものの、同じ環境にいたいぶきが無傷とは。
気を失ったり眠っていても、自分を襲う者に対しては無意識でもしっかり反撃するという不思議な特性を持っているいぶき。それが瓦礫に対しても働いたのだろうか。
だが落ちて来た建物の瓦礫を素手で壊すにせよ避けるにせよ無傷というのは、その特性を知っていても信じ難い事である。その辺を悪運が強いと言う人がいない事もない。
いぶきの性格上、彼女を嫌いな人・憎んでいる人の方が圧倒的多数。そんな事故に巻き込まれても同情する者がいよう筈もない。そこでケガくらいしろと言われるのがオチだろう。
「そそ、そ、それで、いいい、いぶきちゃんは?」
無傷だったと聞いてはいても、やっぱり心配してしまうのは肉親だからだろう。迷惑しか被っていなくても。
だが、
《さぁ。気がついたらすぐにどこかへ行ったらしいわ。帰ったんじゃないかしらね》
今回は完全に巻き込まれた被害者だから、自分が無事ならそうした選択肢をとるであろうが、巻き込まれた事には変わりないのだから、せめて病院で検査を受けるくらいの選択をしてほしかったとは思う。
どちらにせよ。いぶきの力が必要になったら呼ぶのだから、どこにいようと関係ないのだが。
《だが、我々だけでは、ベルヴァもバッリョーレも探し出すのは困難だ。策はあるのか?》
男性体のジェーニオがスオーラに訊ねる。
かたや音速移動。かたや瞬間移動。これは罠か弱点でも使わない限り倒すどころか捕まえるのも不可能に近いだろう。
先程ジェーニオがベルヴァとバッリョーレについて話してくれた事を思い出す昭士。
その二体にベスティアという生き物が加わると、こちらの世界でいう「三すくみ」に近い状態になるらしいのだ。
ベスティアというのはオルトラ世界に住む身長一メートルほどの小人族であり、知能はさほど高くない。
三頭身ほどのずんぐりした体型で、人間でいう頭部に丸々太った鳥が乗っているような姿と説明された。
六本足の豹・ベルヴァは、その鳥頭人間・ベスティアを天敵としており、その姿を見ただけで身動きが取れなくなる。
そしてベスティアは魔犬・バッリョーレが大の苦手であり、一目散に逃げ出すほどだという。
さらにバッリョーレはベルヴァをとても怖がっている。まさしく三すくみ状態だ。
その説明だけではさすがにピンと来なかった昭士だが、この世界に存在しない生き物だ。インターネットの海から画像を探してくる事もできず、またジェーニオには画力がないので描いて説明する事もできず。
しかし、
《ベスティアに一番近いと思われる画像をインターネットで発見したのだが》
男性体の方が昭士に声をかける。そして携帯電話を見るよううながした。昭士が言われた通りにすると、画面に写っていたのは、確かに『三頭身ほどのずんぐりした体型で、人間でいう頭部に丸々太った鳥が乗っているような姿』のイラストだった。
そしてそのイラストに、昭士はとても見覚えがあった。
その「キャラクター」の名前は“ケッコー鳥(ちょう)”。つい先程鹿骨ゆたか(ししぼね ゆたか)が差し出してきたポイントカード「ケッコーポイントカード」のマスコット・キャラクターである。
百円ショップとはいえたくさん買い物をしたので「だいぶポイントが貯まった」と、彼女はなかなかご満悦な表情を見せていたのを見たばかりだ。
画面を覗き込んできたスオーラが、
[こちらの世界では、ベスティアはこういった形で存在しているのですね]
多分違う。昭士はもちろん二人のジェーニオも声に出さずそう思った。
しかし。そんなどことなくほのぼのとした雰囲気を打ち壊したのはジェーニオ達だった。二人は揃って同じ方向を向き、険しい表情をしている。その直後、
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。
ポケットに入れているムータからの音。エッセがまた姿を現わしたのだ。
《近いな》
《近いわね》
男女のジェーニオが口を揃える。その反応に昭士もスオーラも身を固くする。
[すぐに連れて行って下さいますか?]
ジェーニオ達はそれに答える代わりに、先程のように後ろから抱きかかえるようにして、一気に飛び立った。さっきよりも早い速度で。


昭士達が現場に到着した時には、既にエッセはどこかに去っていたようだ。
しかし現場は警察官達によって厳重に封鎖され、ブルーシートで幾重にも囲まれ、事情を話している筈の昭士達ですらそこまで行くのに何人もの警察官と話をしなければならなかったくらいだ。
そうして苦労して現場に辿り着いた彼等を待っていたのは、金属の像と成り果ててしまった、岡 忍(おか しのぶ)の姿だった。
ついさっき別れたばかりの彼女の変わり果てた姿に、昭士の顔色がサッと青くなった。
特にスオーラは犠牲者を出してしまった事、特に見知った者が犠牲になってしまった事に激しい後悔を覚えていた。
だが。こうして警察官達が現場を封鎖していなければ、この金属の像はもっと衆目の目にさらされ、恐怖と混乱の対象になっていた可能性もある。監視カメラや巡回の警察官を増やした事が幸いしたようだ。
そのすぐそばでは昭士達とすっかりなじみの女性警察官・桜田富恵(さくらだとみえ)が、支手撫子(しので なでしこ)とゆたかに話を聞いている最中だった。
だが撫子の方はうずくまって頭を掻きむしるばかりであり、ゆたかの方はうつむいたままぽつりぽつりと話しているようにも見える。
だがゆたかは昭士達が来た事に気がつくと、無表情のまままっすぐ昭士の前に立ち、素早く腕を振るった。
バシン、と小気味の良い音がして、昭士の左頬が真っ赤に染まる。力一杯頬を叩いたのである。
「あなた自身が悪い訳でもありませんし、あなたを叩いたところでどうにもならない事は判っています。ですが、こうでもしなければ気持ちが納まりません」
いつもの刺々しい雰囲気ではない。爆発しそうな感情を無理矢理押えつけて冷静に装っている。そんな感じだ。よく見るとその顔には綺麗に拭いた跡が残っている。
いくら何でも理由が判らず叩かれてそのままでいられる程、昭士は優しい人間でも理解の早い人間でもない。もちろん突っかかって行こうとした時、それをスオーラが押し止めた。
[せめて、理由をお聞かせ願えますか?]
スオーラの真剣な表情に、ゆたかはしばし黙った後、ゆっくり話し始めた。


昭士達と別れた後、ちょうどこの場所でいぶきとすれ違ったそうだ。一応声をかけたがいぶきは完全に無視。
いぶきの性格は知っているが、さすがに先輩相手に無視はないだろうと撫子が真正面に立って止めようとしたのだ。
もちろんその程度で止まるいぶきではない。撫子も殴り倒されるくらいは覚悟していた。
だがいぶきが取った行動は、撫子の身体をひょいと動かして、自分の真横に移動させた事。
そして、そこに襲いかかる物があった。それは真っ白の煙。その勢いはまるで消火器から噴出されたかのよう。 だが撫子の影に隠れていたため、いぶきはまったくの無傷である。
煙が晴れて慌てていぶき以外がそちらを見ると、そこにいたのは――六つ足の獣だった。
全体的なシルエットは豹のようだが、何と足が六本である。それも前が猛禽類の足。真ん中が豹の足。そして後ろが明らかに馬の足。
そして何より。一度見たら忘れようもない金属のような光沢を放つその毛皮(?)。かつて自分達に襲いかかり、昭士やスオーラが戦う侵略者・エッセである。
特に撫子は一度この煙によって金属の像と化している。今回もまたそうなってしまったのではと身体を見回すが、直撃を受けたにも関わらず無事であった。
だが安堵以上にその時の恐怖が一気に甦って自分の心を埋め尽くす。自分でも訳の判らないうちにめったやたらな叫び声を上げてしまう。ここは間違いなく昼間の繁華街。人の注目を集めるのは充分すぎる程の声だ。
「お、おい、角田妹!」
一瞬ぽかんとしていた忍が我に返り、いぶきに怒鳴る。だが彼女は気にもかけないままその場を去ろうとする。
「待てよ、いきなり何しやがんだ、テメェは!」
いきなり撫子を盾にされた事に怒った忍がいぶきに掴みかかろうとするが、それよりも早く六つ足の獣がジャンプして、真上からいぶきに襲いかかったのだ。
だがいぶきは何も身構えていない。それは彼女の後ろから音もなく飛びかかっているせいもあるが、それ以前にいぶきの持つ「特殊能力」が理由でもある。
彼女には自分の周囲のあらゆる動きを「超スローモーション」で認識できる能力がある。たとえ視界に入っていなくとも目に見えていなくとも。
どれだけ動きが早かろうと、いぶきのそんな能力にかかっては止まっているも同然である。
いぶきはその能力をフル活用して、絡んできた相手をいつも完全に叩きのめす。急所のみを攻撃して。その結果相手を入院させたり一生ものの障害を与えたりなど日常茶飯事だ。
そして今回もいぶきはそのようにした。後ろから掴みかかろうとする忍を、背負い投げの要領で持ち上げ、ちょうどエッセからの盾にしてしまったのだ。
エッセが捕食するのは、自分が吐き出したガスで特殊な金属に変質させた生物のみ。だから生物のまま噛みついたりする事はない。
だから捕食すべく(?)ガスを吐き出したのだ。そして忍の身体はまるで雨傘のようにいぶきをガードし、忍の全身をあっという間に金属の像へと変えてしまう。当然いぶきは無害だ。
ところが。エッセはそのまま忍に飛びかかる事なく宙でくるりと回転していぶきの数メートル前方に着地。急に真上を見上げたと思ったら、本来の音速移動を発揮して一気に上空に飛び立ってしまった。
そのためか、蹴った地面はクレーターのように凹み、その周辺店舗の外壁や看板にヒビが入っている。
ぽかんと見上げていたいぶきだが、「これ重い」と吐き捨てて金属となってしまった忍をポイと放り投げた。
さすがにその態度にカッとなったゆたかが抗議したが、いぶきは露骨に嫌な表情を浮かべ、演技過剰気味の溜め息をつくと、
「アンタらがトロくてドン臭いのが悪いンでしょ? ソレ棚に上げてナニ言ってンの?」
少しクセのある、そして嫌み全開の言葉と共に、いぶきは足を振り上げてゆたかの顔面に靴だけを叩きつけた。
目を押さえて痛がるゆたかを看取る事もなく、靴を履き直しつつ大あくびをしながら悠然と歩き去った。
いぶきが去った直後、巡回中の警察官がその光景を発見したのである。


[………………]
いぶきの性格をだいぶ把握していたつもりのスオーラだが、相変わらず他人を一切顧みないいぶきの言動を聞いて、もう何と言って良いのか判らないくらいガックリときていた。
昭士は携帯電話でいぶきに連絡をするが、もちろんいぶきは出ない。兄妹仲が最悪以上なのだから仕方ないとも言えるが。
だから昭士はいぶきを呼ぶのを諦め、通話を切る。
彼は叩かれてまだ痛みの残る頬をさすりながら、さっきからうずくまって頭を掻きむしっている撫子を見る。
ゆたかの話が本当ならば、彼女もエッセの金属化ガスを浴びている筈だ。しかし金属になるどころか何の影響も受けていないようだ。……外見的には。
《我の想像だが、一度ガスを浴びた者には、ガスが効かなくなるのではないのか?》
それらやりとりを黙って聞いていた男性体のジェーニオが昭士とスオーラに囁くように言う。
金属と化して元に戻った者が少ないので証言も確証もないが、その可能性は考えられるだろう。より正確に言うならば、可能性よりは希望や願望と言った方が良いが。
しかし撫子にとっては忘れたかったトラウマを無理矢理引きずり出されたようなものだろう。彼女からもいろいろ話を聞きたかったのだが、ブツブツ呟くだけで会話にならなそうだ。
だが昭士はうずくまる撫子の前にしゃがみ込み――いや、土下座して、
「せせ先輩、おおおお願いしますっ。話を……」
そう言いかけて言葉が止まる。そして恐る恐る顔を上げる。いや、それだけではない。撫子の小さな小さな呟きに耳を傾けているのだ。
それに気づいたスオーラも近寄って、撫子の言葉をよく聞いてみる。
「コワイ。コワイ。キオク。キエル。ワスレル。コワイ。コワイ。キエル。キエル。キオク。ワスレル。コワイ。コワイ。キオク。キエル。ワスレル……」
壊れた蓄音機。そんな形容詞がつくような撫子の呟き。スオーラはともかく現代っ子の昭士達にそんな言葉が通じる訳ではないが。
[記憶が消える? 忘れる? どういう事なのでしょうか]
スオーラが昭士やジェーニオに訊ねるが、さすがにそこまでは判らない。
そこで昭士の携帯電話がブルブルッと震えた。取り出したガラケーの蓋についた小さな画面には「着信」の文字のみ。誰からかかって来ているのか判らない。
昭士は周囲に断りを入れるように静かにその場を離れながら電話に出る。
「もも、もしもし」
『どうも。ご無沙汰してます』
電話から聞こえて来たのは昭士の学校の先輩である益子美和(ましこみわ)の声だった。
しかしそれは仮の姿。本当はスオーラと同じ世界の住人。伝説に謳われる大盗賊団のお頭だった盗賊ビーヴァ・マージコがその正体だ。ジェーニオの本来のご主人様でもある。
一応昭士達への協力を約束してくれてはいるのだが、盗賊は影に徹するという彼女自身のポリシーからか、聖職者という自分と相反する存在のスオーラがいるからか、助け方がどこか歪曲的なのである。
『妹さんの方は警察官が追っています。逃げ場の無いよう全方位からネットランチャーで狙って捕まえるよう提案しておきました』
いぶきが持つ自分の周囲のあらゆる動きを「超スローモーション」で認識できる能力も、全方位から一斉に攻撃をされてはかわし切る事はできない。
たくさんの水鉄砲の水は避けられても、津波は避け切れない。そういう理屈である。昭士が軽戦士に変身するとその能力が受け継がれるので経験はあるが、確かにそんな攻撃をされてはかわしようがないのは確かである。
『そして支手(しので)さんが怯えている件ですが、見当はつきます』
その場の様子を見ているかのような美和の言葉。しかもサラッと重要な事を言ったので昭士の身は固くなる。スオーラ達から死角になる建物の影に隠れて、声を漏らすまいとしゃがみ込む。
「どど、ど、どういう事?」
『変身「させられる」場合、外見はもちろん中身――記憶や精神的なものも変身させられるからです』
ビックリして上げそうになった大声を、どうにか堪えて話の続きをうながす。
『例えば石像にさせられた人間の場合、精神的なものも石像になるというか、思い込まされるというか、そういった感じらしいですね。元々相手を別の物に変身させる魔法は「お前は○○だ」と心の底から信じ込ませるものだそうですから』
人間は案外思い込む事、思い込まされる事には弱い。自分は強いと思い込めば本当に実力以上の力を発揮できるし、その逆もまたしかり。
盗賊なのに変に魔法に詳しい。昭士がそんな風に首をかしげているのが見えているかのように、
『現代ではそういった変身の魔法は「禁忌」として使用はもちろん研究すら忌み嫌われていますけど、自分がいた頃は普通に使われていましたからね』
その言葉で美和の境遇を思い出す。
彼女はオルトラ世界の住人に間違いないが、本来は数百年は昔の人間。魔法的な事故で時間と世界を飛び越えてこの地球のある世界にやって来たそうだから。
美和の言った言葉が本当なら、そしてエッセのガスも同じ効能があるのなら、忍は少しずつ肉体はもちろん記憶や精神的といった「中身」まで「自分は金属の像である」と信じ込まされている事になる。
時間が経てば心身共に金属の像となってしまう。そうなった場合エッセを倒して元に戻したとしても記憶や精神的なものまで元に戻るかは判らない。
もし完全に戻るのであれば、あの男勝りで強気な撫子が「記憶が消える。忘れる」と怯えはしないだろう。
『具体的にどのくらいの時間で消えるのかは判りませんが、なるべく早くエッセを倒すべきですね』
「ととと、とは言っても。うう、うご、動きが早いんでしょ? え、え、エッセを捕まえない事には」
結局のところ「音速移動できる動物をどう捕まえるか」「もしくは長くその場に留まらせるか」という部分に帰結する。
それをどうにかしない事には被害が広がる一方である。そのアイデアが欲しいのだ。
「けけ、けど、ここ、今度のエッセの弱点って、た確か鳥の頭の小人って」
『ああ、ベスティア族の事ですね。ほぼ絶滅に近いので生息地に半ば隔離されていて、限られた人間しか接触できませんが。それをどうするんですか?』
美和の口から出た衝撃の事実。昭士もあんぐりと口を開けて黙ってしまっている。というよりも、何と言って良いのか判らなくなってしまっている。
本来なら連れて来たかったのだが、そんな絶滅危惧種をどう連れて来れば良いのだろう。まさか今からあちらの世界へ行って交渉している時間などある訳がなし。
もっとも。それが叶って連れて来てもこちらでは存在できなかったり、姿形が変わってしまったら何の意味もないと思うが。
『……ああ。でも、確かポイントカードのマスコットキャラでいましたね。ベスティア族に似た姿の』
“ケッコー鳥”である。名前を覚えるのが得意でない昭士もさっき聞いたばかりだからさすがに覚えている。
「そそ、そのイラストか何かを、み見せる?」
ベルヴァ型エッセが現れたらそのイラストを見せて驚かせる作戦である。スオーラが一瞬考えたバッリョーレを囮にして誘い出す作戦よりは良心が痛まないが。
だが獣に見せるのならそこそこ大きいサイズのイラストが必要になるだろう。そんな大きなイラストがあるのかどうか。
『一応全長六十センチの巨大ぬいぐるみという物があるそうです。ですが、非売品ですね』
非売品。そう聞いた昭士は少し考えた。
「もも、もしかして、ポポ、ポイ、ポイントカードのポイントと引き換え、とと、とか言うんじゃ?」
非売品なのに巨大なぬいぐるみを作るなど、店舗のみの飾りか、それ以外にないだろうと踏んで。
『そうですよ』
美和はあっさりとそう答えた。
『ちなみに全長六十センチサイズのぬいぐるみは五千ポイントと交換だそうです』
さらにそう続けた。

<つづく>


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