トガった彼女をブン回せっ! 第19話その2
『それを早く言え!』

男性体のジェーニオが、潜んでいた携帯電話の中から幽霊のように浮かび上がる。
元の世界では精霊だが、この世界では電気や電波といった物との相性がすこぶる良く、こうして携帯電話に潜んでネット上の――いわゆる電脳世界から昭士達をサポートする事が多くなった。
もちろんこうして実体化する事も可能なので、携帯電話から出て来たのである。
男性体のジェーニオの服装も、女性体と全く同じである。ボタンを外した赤いチョッキに足首で細くなった膨らんだ白いズボン。手首や足首に金色の輪がジャラジャラとついている。
彼はそんな輪がジャラジャラついた手をしっかりと握り、
《起きろ》
そのまま握った拳を昭士の頭に叩きつける。もちろん思い切り加減をして。そうでなければ彼の頭を数千回粉微塵にしてもお釣が来る腕力だ。
さすがにそのショックで彼は目覚めた。かなり痛かったらしく両手で頭を押さえつつ、
「か、か、かか、かんべんし、ししてよ」
怯えているのではなく生来のドモり症のせいで、その口調で文句を言う。
《気絶している間にエッセとやらが現れたようだ。行かないのか》
それを聞いた昭士は慌てて立ち上がりかけ……動きを止めた。
確かにこの世界でエッセとまともに戦えるのは自分達だけである。だがそのおかげでこうして試験休みやら夏休みが補習漬け確定になってしまったのである。
今日も朝から補習だったのだが……そこまで考えて、昭士は目の前で倒れている教師と、妹いぶきを見下ろす。
昭士は席を立つと、いぶきに近づかないように教師の身を起こし、壁に寄りかからせて座らせた。だがいぶきの方には近づこうともしない。
何故ならいぶきはたとえ自分が寝ていたり気絶している時であろうとも、近づく者に容赦なく蹴りや拳を繰り出す「習性」があるのだ。気絶から回復した直後にまた気絶するのは御免である。
本当は教師に事情を話すべきなのだが、自分達が侵略者と人知れず戦っている事は機密事項。うっかり話して変な風に広められてはたまったものではない。このネット社会ではそんな事が簡単に命取りになるのだから。だから昭士は黙って行く事にした。
白い学生服という珍しい夏服。その上着のポケットから取り出したのは、一枚のカード状のアイテム。スオーラが持つムータと同じ物である。
ただ、スオーラの物が魔法使いに変身するのに対し、昭士の物は速さや技を売りにする「軽戦士」に変身する。
その「変身」をするため、昭士はムータを力強く前に突き出した。
するとそのカードから青白い火花が激しく散る。散った火花は次第に大きく広がって行き、彼の目の前で四角い扉のような形で固定される。
そしてその扉が一気に昭士に迫り、彼の身体と交差する。そして消えた。
そこにいたのは、青いつなぎの上からゴツイ肩当てと脛当てだけをつけた昭士の姿である。戦士と呼ぶにはずいぶんと軽装だが、技や速さが売りならばゴツイ鎧は必ずしも必要ではないのだ。
「じゃ、行ってくるとしますかねぇ」
さっきまでのドモり口調はどこへやら。軽戦士の姿に変わった昭士は服装以外外見の変化はないが、内面が変化する。多少は考えるものの、思った事をポンポン言うようになるのだ。そのため若干自信がついたかのようにも見える。
昭士は教室の窓を開け、敵が見えもしないのに辺りを見回すと、
「で。エッセはどこに現れやがったんだ?」
《……どうやらこの世界のようだな》
「判るのかよ?」
《漠然と、だがな。どうやらベルヴァのようだ》
それでも何も判らないよりはよほど良い。ベルヴァというのは彼等の世界に住む、とても素早く走る六本足の豹だとジェーニオは説明する。
昭士は聞いた事がないのでスオーラの世界の動物だと見当をつけた。
《だが……》
発言しかけた彼の言葉を遮るように昭士が声をかける。
「じゃあ早速行くか」
《……。武器は持って行かないのか?》
ジェーニオは床に倒れたまま大剣となったいぶき――戦乙女の剣をちらりと見て昭士に訊ねる。すると昭士はそちらを見ずに、
「あいつ重たいからな。エッセを見かけてから呼べば良いさ」
大剣となったいぶきの重量は三百キロ以上。昭士は使い手ゆえにその重さを無視して持ったり振り回したりできる。そしてキーワード一つで昭士の元に飛んでくるのだ。
ジェーニオも精霊ゆえか戦乙女の剣を持ち運ぶ事はできるが、武器として使えるかと問われればその答えはノーだ。
ジェーニオもあんな重い物を持ったまま飛び回りたくないと「自分から」考える。
命令された事は従順にかつ確実に遂行しようとするが、それ以外の事は考えようともしなかった昔に比べて、そういう考えを持つようになったのは果たして進歩か否か。
そんな葛藤すらする事なく、ジェーニオは昭士を後ろから抱きかかえるようにすると、窓から一気に空へ飛び上がる。
いきなり自分の身体が持ち上がった事に少し驚く昭士だが、ドンドン小さくなっていく校舎を見下ろし、何となくイイ気分に……はあまりならなかった。
別に高所恐怖症という訳ではない。ジェーニオに抱えられて飛んでいるので、もし万一とか「うっかり」で落ちたくないだけである。過去飛行船から落とされた事があるためだ。
さすがにジェーニオがここから落とす事はないだろうが。トラウマまでは行かないものの、やはり自力で飛ぶ手段を持たないのだから、怖さが全くない訳ではない。
そんな昭士の胸中を知ってか知らずか、ジェーニオは気を使ったかのように黙ったままである。そのまま飛び続け、見知らぬ高層マンションの屋上に昭士を下ろした。
「どうしたんだよ」
《ベルヴァはこの辺りに出現したようなのでな。手がかりがあれば良いのだが》
出会ったばかりの頃スオーラが言っていた気がするが、エッセはあまり長い時間この世界にいる事ができないらしい。そして再びこの世界に姿を現わす時は、一度現れた場所の近くに姿を現わすと。
手がかりがあるかなど昭士に判る訳もないが、スオーラもそれは知っている筈。彼女が来ていても良い筈だ。
《どうやらバッリョーレの方を探しているようだな》
ジェーニオの口から出た聞き慣れぬ、そしてかなり言いにくそうな単語。バッリョーレ。
「何だよ、そのバッ……ナントカって」
《バッリョーレだ。オルトラ世界全域に生息している犬の一種だ》
犬がどうした。昭士はもう少しでそう言いそうになった。侵略者であるエッセが現れた今、それへの対処が最優先だろうに。それが判らぬスオーラでもあるまい。
……もしやそれすら放り出すほどの犬好きだったのだろうか。そこまでは聞いていないのだが。
《確かエッセは元となった生物の特徴を色濃く残しているそうだな。ベルヴァという六つ足の豹はバッリョーレという犬を見かけると、我を忘れて襲いかかる。その習性を利用して罠を仕掛けるエサにする程だ》
「なるほど。で。何でオルトラ世界に住んでる犬が、いきなりココに出てくるんだ?」
どことなく間抜けな昭士の問いに、ジェーニオは「この世界にバッリョーレはいないのか」と聞く。昭士が「いない」と言うのを聞くと、
《バッリョーレは短い距離ならば瞬間的に移動ができる。同じ世界でも、違う世界へも。ベルヴァを模したエッセはバッリョーレを追ってこの世界に来たと見るべきだろう。事実二つの異なる存在がここへ来た事は察知している》
「それを早く言え!」
きちんと説明をしているのだが、それが激しい遠回り、かつ、まどろこしく感じた昭士はすぐ怒鳴る。だがジェーニオはその怒りを気にした風もなく、
《話そうとしたら「早速行くか」と言われたので、言うタイミングを逃した。それだけだ》
その言葉に昭士もむぅと唸る。確かに彼の言葉を遮ってそう言ってしまったのだから。
元々オルトラ世界は他人の発言を遮るようにして自分が発言するのは良くない事とされている。公的な場だったらマズイ事になるくらいに。
昭士は一応反省した素振りを見せると、こう言った。
「判った判った。じゃあそいつの事、いろいろ教えてくれ」


[やっぱり探すのは難しいようですね]
《そりゃあそうでしょうね。今は明るいし》
とある雑居ビルの給水塔の上。少なくとも下からは死角になる場所で、スオーラとジェーニオは一服していた。とはいっても、飛び続けたジェーニオ(女性体)の疲労回復がその理由である。いかに精霊とはいえ疲れを知らない訳ではない。
この世界に六つ足の豹・ベルヴァ型のエッセが姿を見せた。同時にオルトラ世界に生息する犬・バッリョーレの気配も確認した。
ベルヴァはバッリョーレを見かけると我を忘れて攻撃する習性がある。その時バッリョーレは短い距離の瞬間移動を駆使してベルヴァから逃走をはかるのだ。
ところが。ベルヴァは基本夜行性。日中動けない訳ではないのだが、濃紺の体毛の為か夜の闇の中の方が動きやすいらしい。こんな昼日中から姿を現わしてバッリョーレを追いかけ回しているとは考えにくかった。
ベルヴァの習性でこの世界へバッリョーレを追いかけてきたはいいが今は昼間。慌ててどこかへ隠れでもしたか、姿を消したのだろう。そもそもエッセ自体あまり長い時間この世界にはいられないのだ。
一方のバッリョーレの方はパッと見は普通の犬と大差ない。だが山吹色という体毛は珍しい部類に入るからすぐ判る。
もっともそれらの特徴は、あくまでもオルトラ世界での話だ。世界が変わると外見・内面の特徴が変化する事は珍しくない。
まだ報告例は少ないが、エッセに関しては世界が変わってもそれら特徴が変化する事はない。らしい。
スオーラは給水塔の上にすっと立ち上がると、
[バッリョーレを探して、それを囮に罠を張る方が、飛び回ってエッセを探すよりも効率が良いのでしょうけど]
外見や内面の特徴が変わるため、変わっていなくとも瞬間移動可能な能力の為、探す事そのものが困難であるという理由が一つ。
それ以上に、生き物の命を「罠」に使う。そういう考えが聖職者として教育を受けてきたスオーラの心に少しだけ引っ掻くような痛みが走った理由かもしれない。その痛みが行動をためらわせているのだ。
ジェーニオは無言だがスオーラの提案に同意したようだ。
ジェーニオがエッセの襲来やバッリョーレの来訪をすぐさま察知できたのは僥倖と言えるが、現在どこにいるかを正確に把握できる訳ではない。
あくまでも漠然としたもので、無いよりはマシだがアテにはならないレベルでしかないのだ。
第一ジェーニオには、この世界の土地勘が全くない。インターネットの世界で地図情報くらいは手に入れているだろうが、地図だけあっても実際に動くとなると意外と役に立たなかったりするものだ。
スオーラも「何とかお願いします」と懇願はしたが、いくら便利でもジェーニオばかりアテにして負担をかけさせる訳にもいかない。それは決して「協力」とは呼ばないから。
スオーラは地図という言葉で、オルトラ世界で手に入れたナビゲーション・システムとモバイル・バッテリーの事を思い出した。
三百年ほど昔の、自分達と同じような立場だった人間が使っていた物らしい。その割にあまりにも経年劣化していない部分を不思議に感じはしたが、それらを繋ぐための接続コードがないので使う事ができないままだ。
そしてそのコードは今月末に発売される、とジェーニオが調べてくれた。つまりこの世界よりも未来、もしくは進んだ文明の地から手に入れた事になる。
どのくらい使えるのかは判らないが、この場で使えれば少しは負担も軽減されるかもしれないと、スオーラはないものねだりながらそう思った。
スオーラはジャケットのポケットに入れていた携帯電話を取り出す。その畳まれた蓋に付いた小さな液晶画面を見た。
何も表示されていない。
確かここには普段日付だの時計だのが表示されていた筈。本来この世界の文字の区別や認識ができないスオーラではあるが、ジェーニオの力で読めるようになっている筈。
蓋を開けて本来の液晶画面を見る。その画面は真っ暗で何も写ってはいなかった。
《どうかしたの?》
[時間を確認しようと思ったのですが、画面に何も写っていなかったので]
ジェーニオは呆れて溜め息をつくような間を開けると、
《電池切れなんじゃないの?》
スオーラも少し考えるような間を開ける。初めて見るのだから、これが電池切れなのか判らないのだ。
だが携帯電話が使えなければ、素早い意志の伝達が困難である。一応ジェーニオがそばにいるから昭士とのやりとりには問題がないのだが。
確か昭士が教えてくれた情報では、充電器で充電をすれば良い、という事だった。しかし今はその充電器を持っていない。
[では、一旦家に帰った方が良いですね]
《その携帯電話のお店で充電すれば良い、と彼が言ってるわね》
昭士と共にいる男性体のジェーニオを通じ、スオーラの前にいる女性体のジェーニオが教えてくれる。
《ちょうど良いんじゃないかしら。人間ならそろそろ休憩をした方が良いと思うし》
確かに朝から町を飛び回ってロクに休んでもいない。気を張りつめていたから疲れはさほど感じないが、ここで休んだら疲れが一気に出て立ち上がれなくなってしまいそうだ。
だが人間である以上、休みなく動き続ける事などできない。たとえできても侵略者・エッセと出会った時に戦う気力体力が残っていなければ話にもならない。
そう考えたスオーラは、焦る気持ちを押さえてジェーニオの提案を素直に受け入れた。


一方昭士は、ジェーニオの口から六つ足の豹ベルヴァとオルトラ世界の山吹色の魔犬バッリョーレの話を聞いていた。
ただし、元の姿に戻って、である。
昭士の戦士としての姿は、この世界では「本来あり得ない」別の世界での姿。あり得ない事を無理矢理やっているので長時間持たないのである。
特に制限時間が決まっている訳ではなさそうだし、一回変身を解いたら一定時間変身ができなくなるという事もないようだしそんな経験もないのだが、無理をしないに越した事はない。
その間女性体のジェーニオを経由してスオーラの携帯電話の充電が切れただの、スオーラと待ち合わせをしていたらしい忍達から「何やってんだ」と文句のメールが来たりだの、関係ない連絡がいくつか来ていた。
そして今。一番厄介な連絡が来た。学校からである。
連絡が来るのは当たり前である。昭士は補習を抜け出してここにいるのだから。
だがエッセと戦っている事は学校側にも秘密にしている事。もちろん事情を知っている学校関係者も何名かはいるが、だからと言って融通が利く訳でも優遇されている訳でもない。
さすがにエッセと戦っている真っ最中ではない以上、戦士としての活動は中断せざるを得ない。
ところが。補習に来いという連絡ではなかった。補習を行う教室のある校舎が、何の前触れもなく破壊されたと言うのである。それも結構な範囲で。
気絶してしまった担当教師と妹のいぶきがいた教室も、その破壊に巻き込まれているという知らせだった。
兄である自分を含めた総ての人間を一切顧みない、傍若無人で自己中心かつ他虐的ないぶきであるが、それでも何かに巻き込まれたと聞いては平穏ではいられないし、ざまあみろと思う気持ちも薄らぐ。
そのため今日の補習は中止になった、という知らせである。しかしそれは後日――おそらく明日に今日の分もみっちりやるという意味でもあるから、手放しで喜べるものではない。
だが。何の前触れもなく、という部分が非常に引っかかる。何の前触れもなく壊れてしまうほど、学校の校舎が老朽化している訳がないのだ。
合併による留十戈(るとか)学園高校誕生の際、校舎が新しくなっているからだ。そしてそれからまだ十年と経っていない。それで壊れてしまうなら、よほどの欠陥建築だ。
引っかかったのは、ついさっきまで聞いていたベルヴァの特徴が理由だ。地上も空中もほぼ音速の速さで走る事ができるという部分。
物体が音の速さを超えた時衝撃波が発せられる。その衝撃波の破壊力は凄まじいと聞く。
そのため、音速で飛ぶコンコルドは高度二万メートル以上の高さを飛んでいる。以前見た雑学クイズの番組でそう言っていたのを、昭士は思い出した。
学校の上空を、そのベルヴァが「走った」結果、校舎に被害が出た。そう考えるのは荒唐無稽か都合が良すぎるか。
「ジェジェ、ジェーニオ。が、が、が学校へ戻ろう」
相変らずのドモり口調で彼に提案する。ジェーニオはうなづくと、
《お前は休憩をしないのか。あちらはそうするようだ》
淡々とした口調でそう言ってくる。言われた昭士が時計を見ると、昼の十二時を少し過ぎる時間だった。
腹が減っては戦はできぬという言葉もある。いつエッセが来るか判らない状況だが腹ごしらえをしても良いだろう。
「じゃじゃ、じゃあ、ススオーラに、がが、学校で落ち合おうって、つつ、つ伝えて」
ジェーニオは無言で了承すると、昭士を後ろから抱えて高層マンションの屋上から飛び立とうとした時、彼がそれを止めた。
「が、学校へ行く前に、コ、ココ、コンビニで、な何か買って行くよ」
異世界生まれの精霊であるジェーニオも、ネットの世界で過ごしたからかさすがにコンビニは知っていたようで、彼の意図を理解した。
ジェーニオは昭士を抱えて空を飛ばず人目につきにくいビルの間に昭士を下ろし、自分は彼の携帯電話の中に戻った。
ようやく自分の足で歩けるようになった昭士は、学校へ向かいつつ、手近のコンビニに入ろうとした。
その時、いきなり後ろから組みつかれた。細い腕が昭士の身体に回される。昭士も一瞬抵抗しようとしたが、チラリと見えた特徴的な腕時計を見て、それを止めた。
「何だよ、つまんねぇな。抵抗ぐらいしろよ」
後ろから聞こえてきたのは、剣道部の先輩の支手撫子(しので なでしこ)である。撫子の名が泣くような男らしい言動で他人とあまり壁を作らない。だが若干度が過ぎていると見られて、陰では「女を捨ててる」「スカートはいた益荒男」とまで言われている。
だが自分の学校の物ではないとはいえ、女子の制服を着ていればいくら何でも男扱いはされない。と思う。
「せっかくムネ押し当ててやってんだから、多少はリアクションしろよ」
と撫子は言うが、あいにくと彼女はスレンダーといえば聞こえの良い、平坦なスタイルの持ち主。そしてそれを指摘すればどうなるかは言わずもがな。だから昭士は無言のままで拘束から逃れようと腕を動かす。
さすがに撫子も腕をほどいたが、
「スオーラさんは一緒じゃないんですか」
撫子の後ろにいた鹿骨ゆたか(ししぼね ゆたか)が、幾分冷ややかな目で昭士を見ている。男嫌いで通しているためか、昭士に対する接し方も若干冷たくトゲがある。
そこへ大漁旗の柄をしたアロハシャツを着た岡 忍(おか しのぶ)がやって来た。昭士が思わず小さく吹き出すと、
「テメェ、この服笑ったな!?」
「だから変だって言ったじゃん」
いきり立つ忍と視線をそらして毒づく撫子。そして睨み合いになる二人。ゆたかがそんな二人を無視して昭士に、
「もしかして、例の侵略者とやらが出たのですか?」
周囲に気を使った小声でそう訊ねてくる。昭士も無言で小さくうなづく。
「では、何故こんなところでのんびりしているんですか?」
口調は丁寧だがかなり刺々しい雰囲気だ。スオーラと買い物に行く約束をしていたようだが、それを結果的に破る事になった事に憤っているのだろうか。
だがその原因はエッセの出現だし、彼女達もその辺の事情は知っているし、こちらばかりを責められても困るのだが。
という昭士の考えが顔に出ていたのは間違いないだろう。
忍がそんな二人の間に割って入る。
「アレが出たんなら、それこそこんなところでグダグダやってるヒマないんだろ。早く行きな」
ゆたかに視線で「その辺にしとけ」と語る忍は、さすがに上級生らしい貫禄と気遣いを見せている。いつものようにからんだ時の面白リアクションを求めるような真似はしてこない。
昭士はその場で軽く頭を下げ、入ろうとしていたコンビニに足を向ける。すると今度は、
「そこに入るのですか?」
唐突にゆたかの声がした。振り向くと彼女が昭士の目の前までやって来た。
ゆたかのこういう態度はとても珍しいので、さすがに昭士も一歩後ずさってしまう。
「なな、な、な、何か?」
これはドモり症でなくとも、驚いてドモってしまう。するとゆたかはどこからかズイッと何かを取り出して、昭士に見せた。
それは先程忍達に見せた、提携店で使える共通ポイントカード。
「こ、ここ、これが、何か?」
「このお店で買い物をしなさい。たくさん」
有無を言わせぬ迫力。そんな言葉を体現したかのような据わった目で昭士を睨んでいる。
「この店はこのポイントカードが使えるの。だからこのカードにポイントをためるのを手伝いなさい」
この店かポイントカードの会社のまわし者か。そうツッコミたい気分の昭士。
もちろん忍や撫子もそう思ったようで「またかよ」と揃ってツッコミを入れる。しかしゆたかはそんな事ではひるまない。
「どうせお昼ご飯もまだなんでしょう? スオーラさんの分を買ってあげなさい。なるべく高いヤツを。あなたのはどうでも良いですけど」
男嫌いの本音か。
時間がないので逃げたいけれど、基本的にゆたかは結構しつこい。剣道の試合ではそれが「粘り強い」と評されるが、実生活では鬱陶しいだけだ。
この状況では足が続く限りどこまでも追いかけてくるのは目に見えている。もしその時にエッセに遭遇でもしたらコトだ。
そもそも巻き込めばスオーラが決して良い顔をすまい。この場は話に乗って、穏便に帰ってもらうのが一番。
「……じゃじゃ、じゃあ、買います」
その言葉にゆたかは珍しく昭士に向かって見せた。
極上の笑顔を。

<つづく>


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