トガった彼女をブン回せっ! 第17話その5
『ああ、悪いようにはしませんよ』

無防備な顔面に、これ以上ないくらい綺麗に決まってしまった、スオーラの飛び蹴り。
しかも瞬発力が跳ね上がっている「変身した」状態であり、その脚力をもって突進した速度を加えての蹴りである。
いくら良い思い出がない相手とはいえ、さすがにやり過ぎたかもしれないとスオーラの表情が凍りつく。
案の定。受け身すら取れない(受け身の技術すらない、という意味で)アンヴィー・ディクタテュール少将は顔面を蹴られ、その反動で上半身が激しく反りかえり、しかもその勢いのまま回転して反対側の壁に叩きつけられたのだ。
丸太の壁を叩き割るのではないかと思わせる轟音が森の中に響き渡る。その音たるや、小屋の周囲の森の中にいた小鳥や小動物総てが一斉にその場から逃げ出してしまう程。
当然小屋の外でジュンと睨み合っていた軍人達も例外ではない。背筋がまっすぐ硬直する程に驚き、そのままひっくり返ってしまった者が数人。表情が固まったまま身動きが取れなくなった者が数人。
言ってしまってはなんだが、軍事国家所属の軍人としては、かなり情けない反応と言わざるを得ない。
そんな風に呆れてしまったスオーラだが、今やるべき事は彼等を叱咤する事でも、吹き飛ばした少将にとどめを刺す事でもない。姉であるタータを救い出す事である。
スオーラは改めて入口から小屋の中を見回した。
小屋の中は本当に殺風景なものだ。丸太から作ったらしき四人がけのテーブルと椅子があるくらいで、後はガランとしている。基本的に休憩や食事を取る時くらいしか使わない小屋であるので、これで充分なのである。
だが彼等が持ち込んだとおぼしき野外活動用の無線機がデンと床の上に置かれている。本来は大型のリュックサックのごとく、通信兵が背負って使うものだ。
殺風景でしかない小屋のため、さほど苦労もせず四人がけのテーブルの上に食事のように乗せられている姉を発見する。少将が言いかけていたように何らかの手段で眠らされているようだ。
「姉様。姉様」
スオーラは眠ったままの姉の肩を掴んで優しく揺すりながら声をかける。しかし目を覚ます様子はない。
今度は姉の口元に耳を寄せる。小さく定期的な呼吸音がしている。
あれだけの轟音を出してしまったにも関わらず起きないという事は、それだけ深く眠らされているのだろう。そのくらい強い薬を使われた可能性もある。もしくは薬の量を間違えていているか。
外見以外の能力が欠如しているディクタテュール少将が飲ませたのであれば、そんな事があってもおかしくはない。だが、その心配はないようだ。
そうして安堵したスオーラの耳に足音が。開けっ放しの入口からジュンが入って来たのだ。さっきのように頭の上にカカトゥームを乗せて。
「逃げた。みんな」
さっきまでの殺気立った表情からは信じられない、純朴な子供そのものの笑顔。スオーラも「本当に同一人物なのだろうか」と問いたくなったくらいの。
だがジュンの言った内容にはさすがに呆れるしかなかった。いくら何でも一介の軍人が殺気立って睨まれただけで逃げ出すとは。情けないにも程がある。
(本当に軍事国家、なのでしょうか?)
スオーラがそんな風に真剣に問いたくなったのも、無理からぬ事である。
「埋まってた。コレ」
ジュンが差し出した物は、箱か何かを布でグルグルと何重にも巻いたような物だった。布の感じからして相当昔の物であろう事は察しがつく。
軍用犬がしきりに気にしていた足元の地面を掘り返したところ、出て来たらしい。
「埋まってた、と言われましても……」
押しつけられるように渡されたスオーラは、箱(?)と自分の姉とを交互に見やって「どうしたものか」と困惑してしまった。
そんな困惑顔を笑うかのようにカカトゥームはちゅいっと一鳴きすると、ジュンの頭からタータが横たわるテーブルに飛び乗る。そしてまるで起こすかのようにくちばしで彼女の身体をちょいちょいと突つき出した。
するとターターがわずかに身じろぎをした。目を覚ます感じではないが、反応があるという事はじきに目を覚ますかもしれない。スオーラは裸同然の格好のままのジュンに、
「ジュン様。一応脱ぎ捨てた服を着て来て下さい。この森はマチセーラホミーの森ではありませんし」
女性であっても上半身裸を恥ずかしいと思う概念がない世界ではあるが、それでも曲がりなりにも「上流階級」の人間の前である。裸でないにこした事はない。
その辺を理解しているかは判らないが、ジュンは素直に表に出て行った。
がががっ。がりがりがり。
小屋の中に置きっぱなしでその存在を忘れていた野外用の無線機から突然何やら音が聞こえて来た。こちらを呼び出しているのだろうか。電話のように。
あいにくスオーラには無線機に関する知識はほとんどない。使い方すら良く判らないのだ。
スオーラが内心慌てていると、その無線機から声がした。
『ディクタテュール少将。ルリジューズのヤツが、人質の無事を確認させろと言ってきていますが。ディクタテュール少将、聞こえますか?』
もちろんペイ国の言葉であるが、若干遅めの喋り方だったのでスオーラにも理解できた。
スオーラの予想通り、姉タータを人質に取ってルリジューズ家をクーデターの仲間に引き入れるつもりだったようだ。
だが返事をするべきディクタテュール少将は先程から気絶中。当分目は覚めまい。
この無線機はここにいる人間達が通信をするために持って来た事くらいは判る。何の応答もなければこの部隊に何かあったと思われてしまうだろう。
『ディクタテュール少将。どうかされましたか?』
返事がない事に少々疑問が出てきたようだ。相手の声が何かを怪しむような雰囲気に変わってきている。
考えるまでもなく当然だろう。仮にも少将の地位にある人間とすぐさま連絡が取れなくなるという事態そのものが普通はないのだ。
そうなってもやはり問題である。中立を保っている者が一方を攻撃した事になるのだから。特にディクタテュール少将程の(一応)大物となればどんな理由をこじつけてでも敵と認識してくるし、周囲にもそうさせる。
事情があったとはいえスオーラの一蹴りがとんでもない事態に発展。しかけた時だった。
再び先程のような、ガリガリッという音がしたかと思うと、無線機から声が聞こえてきたのだ。
“こちらも少将とやらを人質に取らせて戴いた。このままおとなしく引き上げるならよし。そうでないなら全土にこの事を公表する”
何と。この声は先程別れた精霊ジェーニオの物だった。何故彼(彼女)の声がここからするのだろうか。
スオーラが驚くのは当然だが、無線の向こうでも驚いているようで「何だと」「信じられん」というつぶやきが漏れてくる。
それはジェーニオの声にではなく、無線の向こうで驚くべき事態が起こっている。そんな感じにも聞こえる。
だがここからそれを探る事はできそうになかった。


『ど……どうしましょう、大佐殿』
野外用の無線機付属の受話器を握りしめたまま、涙目になって「大佐」を振り返る通信兵。
『五分後に連絡をする。そう言って通信が切れました』
しかしそんな言葉が届いているかどうか。その「大佐」は彼を気づかう余裕などないのだ。
なぜなら「大佐」の視線は、いきなり現れた目の前の男に集中しているからだ。
この町の主人であるルリジューズ家後継ぎ息子の嫁を誘拐。そしてそれと引き換えにこのクーデターではディクタテュール側につくと宣言し、働いてもらう。
そんな取引をしている最中に唐突に現れたこの男は、悪びれた様子もなく「ヒルマ」と名乗った。
男の格好自体は自分達と大差ない。白い学生服を思わせる軍服姿だ。
ヒョロッとした体格の割に背はあまり高くなく、全く手入れをしていなさそうなボサボサの髪をした中年の男だ。
軍服のサイズと身体のサイズが微妙に合っていないのか、少しダボついた服を持て余している。
しかし。目つきが悪くかつ鋭く、真っ当な商売の人間を思わせる物ではない眼光が、大佐の階級の人間を完全に圧しているのだ。
彼は通信兵からの連絡を聞いてから、
『人質作戦は失敗したようですな。その時点でとっとと退散するのが正解だと思いますがね』
中年男にしてはかなりかん高いキンキンとした声で、だいぶ挑発気味に大佐に話しかけている。
大佐の階級にある人間がそんな人間に圧されている理由はもう一つあった。それは、中年男の襟についた襟章だ。
三つの丸が横に重なったその紋章。それこそペイ国軍の中でも一番怖れられている軍警察隊を意味する物だ。
軍事国家ゆえに軍隊の権力が強大化し、同時に組織の腐敗化も進んだ。いくら半ば独裁政権化しているとはいえ、腐敗が明るみに出れば国民からの支持も得られなくなる。それは革命やクーデターに繋がるので、できれば避けたい。
そのため軍隊内部にそうした腐敗を正す部署があると内外に示す意味合いで組織された。もちろん本当の目的はディクタテュール家の政敵を合法的に蹴落とすためなのは公然の秘密であるが。
そのため大佐のようにディクタテュール家派閥の人間にとってみれば、こうして彼が姿を見せたという事は本来あり得ない事であり、出世の道はもちろん命すら絶たれる事と同義なのである。
『このまま黙って引き上げるのであれば、見なかった事に致しましょう。少将殿も無傷でお返し致します。しかし悪あがきをするというのであれば、その限りではありません』
相変わらず鋭い目つきの中年男。その口調もどこか挑発めいたもののままだ。
ヒルマと名乗った男と大佐の階級の男のそんな空気にようやく割って入ったのはルリジューズ家の跡取り息子のフィス・ルリジューズ少佐だった。
『ヒルマといったな。我が妻は本当に無事なのだろうな』
優れた人間ではあろうが、若いゆえの経験・威厳・貫禄不足のためか、無言のままどっしりと構えている頭首に比べてだいぶ「小さい」人間に見える。
だがそれでもこの場でおろおろうろたえたりする訳にはいかない。そのくらいは弁えているようだ。
そんな風に感じたヒルマは、やっぱり挑発めいた口調のまま、
『私自身が確認をした訳ではありませんが、おそらく無事でしょう。もし何かあったのなら、さっきの報告の中で伝えてきています。運ぶ際に眠らせでもして、未だ眠り続けている。そんなところでしょう』
『そ、そうか……』
フィスも現場を知らないし確認もしていない。信じる事も疑う事もできないのだ。
ヒルマを除く二勢力が「どうしたものだろうか」と黙したまま時間ばかりが過ぎる。そんな無駄でしかない思案をしていると、ヒルマが窓から眼下に広がる庭を見下ろして、
『おやおや。おたおたしている間に、当の人質の方がお帰りのようですよ』
その一言にフィスは思わず駆け出し、手近の窓を大きく開け放して下を見下ろす。すぐ行動してしまう若さが出た形になるが、事情が事情だけに仕方あるまい。
貴族階級には不釣り合いだが質素な趣味が良く表れている地味なシャツにロングスカートの妻・タータ。
その隣にはジェズ教の僧服の少女。これは以前会った事がある。義妹のスオーラだ。
だが、その二人に続く人影。これがだいぶ奇妙であった。
素肌の上から丈の短い赤いチョッキと、足首で細くなる膨らんだ白いズボン。これは確か砂漠の国サッビアレーナの民族衣裳だ。
そして褐色の肌に白いバサバサの長髪。貫頭衣に裸足の少女。話に聞くマチセーラホミーの森の蛮族なのでは。
しかもそのマチセーラホミー(?)の少女は、頭に妻のペットである鳥を乗せ、しかも傍らに犬――それも自軍の軍用犬を従わせている。軍用犬が他の者に従順になるなど聞いた事がない。
ところが。それ以上に驚く事が一つあった。
そのサッビアレーナの民族衣裳を着た者が、肩に何やら担いでいたのだ。近づいてきたためにようやく理解できたそれは、縄でグルグル巻きに拘束されたディクタテュール少将本人だったからだ。
『どっ、どういう事だこれは!?』
フィスが驚いてヒルマの方を振り向いた時。既にヒルマという男の姿は影も形もなくなっていた。
まるで最初からそこに存在していなかったかのように。


「ええと……。何があったのか、聞いても宜しいでしょうか?」
どう切り出して良いのか判らない。そんな雰囲気の声である。
ルリジューズの町にあるランコントルという名の老舗ホテル。その最上階にあるスイート・ルーム。
そこで待ち合わせのためやって来た、賢者の二つ名を持つ青年モール・ヴィタル・トロンペの声である。そんな風に困っている彼の目の前には、
若干くだけた直立の姿勢で待機をしているこの国の軍人。スュボルドネと自己紹介される。
全身シーツに包まってソファに座ったままの知り合いの剣士・角田昭士。
床の上に大の字に転がっている角田昭士に似た顔立ちの女性。
賢者が「どう切り出して良いか判らなく」なっている理由は、この女性の顔には無数の殴られた痕があるからだ。おそらく胴体にも。
《じゅじゅ、順をお追って、はは、はな話すけど、いい良い?》
昭士が思い切りドモった口調で話しかけてきた。その口調で賢者は奇妙な事を察した。
別に昭士が緊張をしている訳ではない。彼は元の世界ではこのようなドモりが抜けない喋り方になるのだ。という事は、わざわざ元の世界の姿に戻ったという事になる。
だがこの世界では「異質な」姿である。長い時間は持たない。それでもこの姿になった理由。それが昭士がこれから話そうとしている事。そう賢者は思ったのだ。
だが肝心の昭士が「話して良いか」と聞いてきたきり、話し出そうとしない。
「どうかしましたか、剣士殿?」
《ああ、ああ。むむ、無闇に話すなって、い言わ、言われてるけど》
ドモりつつそう前置きをすると、昭士は話し出した。


話の主役になるのは、一緒にいた益子美和(ましこみわ)である。二百年前に存在したマージコ盗賊団の最後の団長にして盗賊のムータの持ち主。
事情は判らないが変装して出かける事態が発生したらしく、変装のため「衣裳」の提供を要求してきたのである。
昭士の元の世界での服は白い学生服。そう。ペイ国の軍服とほとんど同じなのだ。
さらに加えて彼が通っている市立留十戈(るとか)学園高校の校章は、横に重なった三つの丸の上に、小さく「高」という字が入った物。
これはこの国の軍警察隊の紋章に酷似しているのだ。服以上にこれを借りたいのだという。
だがそのためには元の世界の姿に戻る必要がある。そうなると服が無くなる事以上に面倒な事にはなるのだが、昭士は賢者が来るまでおいそれと出かける訳にもいかないので、不承不承貸す事にした。
元の世界での姿に戻った瞬間。想像通りの面倒な事が起きた。
大剣から人間の姿に戻った昭士の妹いぶきが、問答無用で殴りかかってきたからである。
彼女は自分に利益があっても誰かのために行動する事を激しく嫌悪している。それを無理矢理やらされたという「報復」行動に出たのだ。
だが。戦いを続けるうちに昭士の持つ軽戦士のムータの特性や能力が変化したらしく、いぶきが攻撃をすると相手が受ける筈の痛みやダメージがそっくりそのままいぶき本人に跳ね返るようになったのだ。
もちろん当の本人はそれを知っているが、それでもその痛みに耐えて相手を攻撃する事を決して止めない。しかもそれを自分が気絶するまで。
賢者が見た時に床に大の字に転がっていたのはそれが理由である。その様子は話を聞かされたスュボルドネも理解し難い光景だった事だろう。相手を殴れば殴る程自分が傷つくのだから、不思議としか言い様がない。
ともかく。そんな一通りの出来事が終わってから、美和は昭士から制服を拝借する。もちろんポケットにしまっていたムータは別として。
美和はその服を傍らに置くとどこからか出したごついショルダーバッグから変装に使うためのアイテムを取り出して支度を始めた。
もっとも盗賊のムータには盗賊稼業に便利ないくつかの特殊能力があり、この状況で使えそうな「他人に変身する能力」がある事はあると話す。外見からニセモノと見抜く事は不可能らしい。
しかし変身したい相手の目の前でないと変身ができないという欠点があり、おまけに肉体は変えられても着ている物までは変えられない(その時着ている服は肉体に同化してしまうらしい)。さらに言うなら記憶も無理である。
だがその相手はツルンとした真っ白のマネキンのような姿になってしまうので、相手に変身するというよりは相手の姿を奪う、と言った方が正確である。
しかし今回は実在の人間に化ける必要はないので、その能力を使わないと話す。何故そんな事をわざわざ話してくれたのかは謎だが。
そうして彼女が変装した顔を見て、昭士はあっと声を上げてしまった。
昔のコント番組で見た、爆発に巻き込まれたようなボサボサの髪。ヒョロッとした体型であまり高くない背丈。そして何より特徴的なのがヤクザのような悪そうで鋭い目つき。
以前元の世界でスオーラと歩いていた時にチンピラ達に絡まれていたところを助けてくれた中年男の顔だった。名前は確か「ヒルマ」。
目の前で変装作業をしていたのを見ていたにも関わらず、それが信じられない見事な「変身」振りである。
《あ、あ、あの時の!?》
「ほぉ。覚えていたとは嬉しいね」
中年男にしてはキンキンと高い特徴的な声。間違いなかった。その変貌振りにはスュボルドネもびっくりである。
美和=ヒルマはオールインワンの水着のような服の上から直接制服を着ている。
「ではちょっと行ってきます。ああ、悪いようにはしませんよ。昭士くんにも、この国にもね」
中年男の顔と声のまま可愛く(?)ウィンクを返すと、彼女は適当な壁に向かい合った。その手には盗賊のムータが握られている。そしてそのムータを刃物のように立て、壁に斬りつけたのだ。
するとどうだろう。たったそれだけで壁に大きな亀裂が入ってしまった。これには昭士もスュボルドネも驚いた。
美和は驚く二人を振り返って、本人の声に戻すと、
「ご心配には及びません。これもムータの能力の一つ。異世界への移動はできませんが、こうすればこの世界の中ならどこへでも移動ができるのですよ。隠し扉でしか行けない壁の向こうなんかにもね」
言いながら、悠々とした動作でムータを内ポケットにしまう。
「では失礼。ジェーニオ。そこの死体を持って着いて来て下さい」
美和はそう言いながら壁の切れ目に向かってその身体を滑り込ませるように入り込んでしまう。
そして名前を呼ばれたジェーニオは、部屋の隅に転がしていた先程の暗殺者(?)の死体を無言で担ぎ上げると、彼女の後を追うように裂け目に飛び込む。
そして二人の姿が消えると同時に、壁の切れ目も跡形もなく消えてしまった。


「そうですか。盗賊のムータの持ち主、ですか……」
賢者がどこか懐かしそうな目になる。
この世界に存在したムータをかき集め、スオーラは使い手を探しにこの世界はもちろん異なる世界へも出かけながら、侵略者・エッセと戦い続けてきた。
その旅の途中で昭士やいぶきと出会い、彼等も戦いを手伝う事になった。いぶきの気持ち的にはともかくとして。
だが昭士と初めて出会った時にかき集めてきたムータは総て破壊されてしまっていた。
そのためスオーラと昭士の二人しかムータの使い手はいないと落胆していた賢者ではあったが、それを聞いて少しだけ気持ちが楽になる。
盗賊はその特性上正面からの戦いには全く向いていない。むしろ戦いでない場面の方がその能力を発揮できる。
盗賊流に手伝う、という言葉が若干引っかかるが、彼等を手伝ってくれる者が増えるに越した事はないのだ。彼等にとってもこの世界にとっても。
《そ、そそれと。いい今は、ししめ閉めちゃったけど……》
大きなシーツを肩から羽織り、前がはだけないよう押さえながら昭士は壁まで歩く。そうしてさっき動いた燭台をガタンと傾けた。するとするとさっきのように壁の一部にぽっかりと穴が開いた。隠し部屋の入口である。
《こ、この奥に、せせ先代の、け軽戦士のムータの、も持ち、持ち主のしし、死た、死体が……》
少し怯えたような怖がっているような昭士の口調。今まで黙っていたスュボルドネがペイ国の言葉で賢者に説明している。それを聞いた賢者も、
「戦士殿の遺体、ですか」
何やら祈りを捧げるように沈黙すると、賢者はそっと足を隠し部屋の中に踏み入れた。
大人一人分の白骨死体が、暗がりの中で目に飛び込んできた。肋に心臓部を守るための胸当てらしい小さな金属板が乗せられている事から、昭士の言う通り戦士の遺体らしい。
さっきはこの幽霊が話しかけてきたと言うのだが、今はその気配はない。
「剣士殿。この方から何か情報を聞き出す事はできましたか?」
賢者は注意深く白骨死体を観察しながら昭士に問いかけた。
《いい、いや。ほと、ほとんど何も。た、確か……》
この町の主人・ルリジューズ家の祖先にあたる女性と恋人同士らしかった。それをやっかんだ人間の手でここに閉じ込められ、こうして死んでしまった。そしてその女性も何らかの儀式で命を落とすが、それと引き換えに怪物達からこの国を守り抜いた。
まともに聞けたのは本当にそのくらいなのである。
まだまだ聞きたい事はたくさんあったのだが、逆にたくさんあり過ぎて何を聞こうか迷っているうちに、戦士の霊は消えてしまった。
マヌケと言えばそうとしか言えない理由である。情けない事この上ない。
その辺りは賢者も同じように思ったものの、幽霊と遭遇するとは誰しも思わないだろうから、その理由では致し方あるまいと彼を慰める事に。
「そうでしたか。こちらも色々と調べてはみたのですが、先代の軽戦士のムータの使い手が“シャスール”という名前だった事くらいしか判りませんでした」
《な、名前だけ、わわか判っても……》
王侯貴族でもない一般人。それも三百年も前の人間の名前が特定できただけでも、その情報収集能力は並外れたものではあるのだが。それでも「賢者」の名を持つ者としては、かなり見劣りする結果である。
「ただ……」
二人が若干がっかりしたのを見計らったかのようなタイミングである。もったいぶるのが賢者の性分とはいえ、それは時と場合による。
「この胸当てが気になります。三百年経っても大して腐蝕を起こしている様子がありません」
賢者はそう言って、骨を崩さないよう慎重に、その金属の板を取り上げた。そしてひっくり返してみる。しかし何だか良く判らないようだ。
昭士がそれを受け取る。思ったよりも重く、また厚みもあった。金属と思っていたがそうではないようだ。
薄く被っていた埃を汚れるのも構わずにシーツで拭う。そこには白い文字が。
《MOBILE BATTERY!?》
と、刻まれていた。

<第17話 おわり>


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