トガった彼女をブン回せっ! 第17話その1
『俺一人で戦っている訳じゃないからな』

長い長い旅を続けてきたパエーゼ国王家専用列車が、ようやくルリジューズの町の駅に停止した。
列車に乗っていた角田昭士(かくたあきし)は、駅到着のアナウンスがない事に「本当に違う世界に来ているんだな」と改めて実感する。
ここは彼が住む世界とは異なる、オルトラと呼ばれる世界。いわゆる他次元世界だのパラレルワールドだのと呼ばれる場所。そして自分がいた世界とは百年は機械的な文明が遅れている世界。
しかし「魔法」という、元の世界には存在しないものが存在する世界。
昭士は取り出したカード状のアイテムを何となく見ていた。
これは「ムータ」と呼ばれるもので、何でも他の世界に存在する『自分』に変身したり、他の世界へと行き来ができるものだ。それによって通常の人間にはない力を得る事ができる。
この「通常の人間にはない力」で謎に包まれた人類と相対する侵略者と戦う事になったのだ。
もっとも今の昭士はオルトラ世界=他の世界の自分に変身している状態だ。外見の変化は服以外全くないが。
この世界に来て数日が経つが、元の世界も同じだけの日数が経っている。本当は早く帰りたいのだが昭士一人では言葉すら通じないこの世界での単独行動ができないので、こうして皆に付き合っている部分もある。
面倒な学校が堂々とサボれるとほくそ笑む部分がないと言えば嘘になる。しかし勉強という意味ではあまり頭がいいとは言えないので、補習やらノートの写しやらが大変な事になりそうだと内心気が気でない。
列車に乗っていた人物がゾロゾロと客車を出て行く。列車に乗っていた余韻に浸るように最後までじっとしていた昭士は、濃紺の学生服に白いマントの女性から声をかけられた。
「アキシ様、参りましょう」
声をかけてきたモーナカ・ソレッラ・スオーラの声で、ようやく腰を上げた。
彼女はこのオルトラ世界はパエーゼ国の住人であり、この辺りの地域で強く信仰されている宗教・ジェズ教最高責任者の娘。事実彼女が着ている学生服のような服は、この宗教の聖職者の制服だ。
この長い列車の旅は、元々彼女のための物であった。
彼女の姉が嫁いで行った隣のペイ国でクーデターが発生。姉の家族がそれに巻き込まれたという情報が飛び込んできたためだ。
スオーラも昭士と同じくムータを扱える人間。二人はいわば侵略者と戦う仲間同士だ。
いつどこに侵略者が現れるか判らない状況で、自分の都合を優先させていいものか。そんな風に考えてしまう性分ではあったが、姉の嫁ぎ先の国にその侵略者が現れたという知らせを聞いて飛び出してしまったのだ。
ところが。その侵略者の出現によってクーデターが中断し、国内立入禁止としていた隣国へ入る大義名分が生まれ、加えてこの王家専用特別列車で来る事ができるようになったのだ。
もっともその途中でその侵略者(もしくはその先兵)と二度交戦し、撃退自体には成功しているが。
だがその侵略者の脅威が一時的とはいえ去ったこの現状では、またいつクーデターが再開されるか判らない。依然として一触即発の緊張感に包まれている事に変わりはないのだ。
実際この列車の外、正確にはホームには、白い学生服を着た何十人も男達が取り囲んでいるのだから。


客車の出口がゆっくり開く。白い学生服を着た男達に緊張が走る。
そんな中最初に飄々と出て来たのはかなり太った体型の、六十過ぎの老人だった。白い髪が申し訳程度に頭の両脇にへばりついたハゲ頭。
着ているのは男達と全く同じ白い学生服。だが左肩には色とりどりの飾り紐がいくつも下げられている。
ホームにいた男達は彼の姿を認めると、すぐさまその場で直立不動の姿勢をとる。
『ジェネラル・ルウレ・エルミットゥ!!』
声を揃えた轟音ともとれる男達の声。同時に一糸乱れぬ揃った動きで右腕をびしりと揃えて掲げてみせた。
その声に、客車の中にいた昭士達がビックリしてしまったほどだ。
《少将だったな、あの爺さん。お偉いさんだけの事はあるな》
「そ、そうですね……」
列車の旅の中、忌憚なく話してきた相手はやはり重鎮なのである。そう改めて思い知らされた。
《「家名だけで少将に登り詰めた人間、なんて陰口叩かれてる」って言ってたけど、結構慕われてんじゃねーか》
車内から見る白い学生服の――この国の軍服だろう――男達の目は皆輝いており、全員が彼の帰国を心から喜んでいるのが、傍目にもよく判るのだ。
そんなルウレ・エルミットゥ少将は皆の敬礼(だろう)に小さくうなづいて答えると、男達はこれまた合図も無しに一斉に右腕を下ろす。
それから少将は目の前の男達に何やら話しているが、昭士にはこの国の言葉は全く判らないので何を言っているのかは判らない。ところどころ程度なら判るスオーラも、少々早口のためあまり良く聞き取れていないようだ。
「とりあえず大切な客人が乗っているので、失礼のないように、という諸注意に聞こえます」
実際この列車はパエーゼ国王家の専用列車。王族が乗っているに決まっているのだ。実際に第一王子のパエーゼ・インファンテ・プリンチペが乗っている。
こんなクーデターがいつ再開するか判らない緊迫した状況で、彼にもし万一の事があれば即戦争勃発となりかねない。
だがこの状況では、スオーラの方がよほど重要人物だ。もし彼女の身に何かあったらジェズ教信者総てが立ち上がり、このペイ国めがけて襲いかかってくるだろう。
交渉次第でどうにかなる確率がある国家の結びつきよりも、聞く耳を持たない狂信者と化しかねない宗教のネットワークの方が、そうした時には恐ろしいのである。
《じゃ、俺達も行くとするか》
昭士はようやく立ち上がり、壁に立てかけられている巨大な剣に手を伸ばした。
この剣は「戦乙女の剣(いくさおとめのけん)」と呼ばれ、彼等が戦う侵略者に絶大な威力を発揮する武器だ。
無論これでなければダメージを与えられない訳ではないのだが、この剣を使わなければならない事情がある。
侵略者――エッセは生物を金属に変える特殊なガスを吐き出し、そうして金属にした物だけを食べる性質がある。
その金属となってしまった生物を元に戻す方法はただ一つ。この「戦乙女の剣」でエッセにとどめを刺す事だ。そのためこの剣を手放す事はできないのだ。
《……ったくうるっさいわねぇ。脳筋の軍人には困ったモンだわ》
鞘のベルトに手をかけた途端、その「戦乙女の剣」が喋ったのである。クセのある発音で。それも露骨に不機嫌に。嫌みったらしく。
なぜなら。この剣は元々昭士の双子の妹・角田いぶきだからである。昭士がこの世界に来ると剣士になるように、いぶきはこの巨大な剣に姿を変える。
しかし性格は全く変わらないので、こんな口の聞き方のままである。
どんなに自分に利益があろうとも、他人のためになる事・助けをする事がとにかく大嫌い。加えて他人が自分のためになる事・助けるのは常識であると信じて疑わない、極めて自己中心的な人間。
自分の――戦乙女の剣の力が判ってからも、その態度が変わる事は全くなく。それでいつも昭士達は苦労をさせられているのだ。
《協力の二文字がないお前よりは比べ物にならないくらいマシだよ》
鉄板にしか見えない幅の刀身を、鞘の上からガツンと叩く昭士。ぎゃあぎゃあと文句を言っているいぶきに構わず、彼は大剣を斜めに傾ける。そうしないと狭い出入口からこの剣を外に出せないからだ。
《あれ。そういえばジュンのヤツはどこ行った?》
昭士に言われたスオーラも客車の中を見回してみるが、姿がない。テーブルの下やソファの陰を見てみるが、やはり見当たらない。
「ジュン様は好奇心が強い方ですから」
《強過ぎってんだよ、アレは》
狭い入口から大剣を外に出そうと必死の昭士は半ば事務的に答える。
ジュンとはスオーラの故郷パエーゼ国の隣にあるマチセーラホミーという国の人間だ。もっともこの世界の基準では国とは呼ばず「地方」と呼ばれている。
そこにある大森林の奥で未だに原始的な生活を営む、女性だけしかいない村。外部の人間がヴィラーゴと呼ぶ村が彼女の故郷だ。
村人全員が戦士であり呪術師であり狩人である、その村一番の戦士が彼女である。
小柄で細身の体躯から信じられない怪力と身体能力を誇るが、原始的な生活ゆえの純真さで実年齢以上に子供っぽい。
何故かは判らないが、このマチセーラホミー地方の言葉は、昭士の話す日本語とほとんど同じなのだ。もちろん方言のキツイ地域もあるので言葉が通じるかどうかは日本と同じだが。
しかしその森を出た世界――文明社会の中では「森の蛮族」と蔑まれる異質な存在でしかない。特に年輩の人間からは露骨な差別を受けている。
事実客室の中では王子とエルミットゥ少将から、大っぴらではないが明らかに差別を受けていた。
王子は自分と縁がない原始的な人種。少将からはそれに加えて「女で戦士である」という部分に嫌悪感を見せていた。
それはこの世界では「戦いは男の役目」という不文律があるためだ。男に与えられた絶対の使命であり、そこは譲れない役割というのが言い分である。
最近では国によってはだいぶその考えも変わってきているのだが、軍事国家である少将の国・ペイ国ではまだまだ根強く残っている。
「ジュン様はこの国の言葉は判らない筈ですし、お一人で飛び出されても困るのですが……」
スオーラが困り果てた顔で肩を落とす。するとそこに悲鳴ともとれる叫び声が聞こえてきた。
「……貨物車の方からですっ!」
すぐに音の方向を察したスオーラ。昭士はそこへ行く通路を自分といぶき(戦乙女の剣)が塞いでしまっている事を察し、自分が脇にどくのと同時に戦乙女の剣をそっと床に置いた。
なぜなら。この剣の重量が三百キロはあるからだ。投げ置いたら簡単に床が抜けてしまう。
スオーラは戦乙女の剣(いぶき)を踏まない様注意して爪先で跨ぎ、後ろに連結された貨物車へ急ぐ。昭士も同じように爪先でそろそろと剣を跨いで駆けて行く。
貨物車の中には、先程の白い軍服の青年二人が、停めてあったバイクのサイドカーの中を指差していた。
「ミチミニノチ・チスニモチトクニカチノチ!?」
スオーラが軍人二人に声をかけている。
普段は昭士に合わせて日本語を使ってくれているが、さすがに慌てているようで自分の国の言葉になってしまっているようだ。おまけに早口である。
それに気づいたスオーラは自分で自分を落ち着けようとしながら、言葉をこの国の物に切り替えたらしい。キョトンとしていた青年二人が、だいぶ丁寧な雰囲気で説明をしている。
自分も貨物車の中に入った昭士は、先程指差していたサイドカーの中を覗き込み、一人納得する。
《なるほど》
サイドカーの中ではジュンが身体を丸めるようにしてすっぽりと入ってしまっており、おまけに熟睡中であった。
危険な森の中で原始的な生活を営んできた彼女。眠っていても周囲の危険には相当敏感らしいのだが、危険はないと判断しているのかそれとも勘が鈍ったのか、起きる気配は全くない。
しかし昭士は、彼等が悲鳴にも似た叫び声を上げた理由の見当がついていた。
それは彼女の外見だ。森の蛮族と蔑まれる彼女は、昭士の言葉で言えば黒人。加えて老婆のような白髪だ。しかも手入れなどろくにしていないボサボサの長髪。
パエーゼ国やペイ国の人間は白人が多い。黄色人種である昭士よりも黒人であるジュンの方が「異質な存在」と考えるだろう。昭士達の世界以上にそうした差別が根強く残っているだろうから。
嫌悪感丸出しで抗議するような軍人に、それを否定しているかのようなスオーラ。もっとも会話の内容は昭士にはサッパリ判らないが。
だが自分達の仲間である事。害を与えるような存在ではない事。このサイドカーの中がとても気に入っている事。などなどを何度も何度も訴える事で、あちら側もようやく納得したようだ。
本当に渋々といった具合なのが昭士にすら判ったくらいに。
そこで昭士は、もう一人「異質な存在」がいる事を思い出した。
“我は姿を消している。現れては不味かろうて”
“我は姿を消している。現れては不味かろうて”
彼の耳元でそんな声がした。男と女が同時に喋っているような声だ。声だけが聞こえたため、昭士がキョロキョロと驚いたように辺りを見回し始める。
「どうかなさいましたか、アキシ様?」
彼の奇行に気づいたスオーラが訊ねてくる。しかし部外者である軍人二人の前でする説明ではないと思い、彼は黙って貨物車を出た。
そして彼が貨物車の扉を閉めた時、再びさきほどの声が。
“驚かせてしまったようだな”
“驚かせてしまったようだな”
《当たり前だろ。まぁ気を使ってはくれたんだよな》
ホッと胸を撫で下ろす昭士は、姿の見えぬ声の主にそう答えた。
この声の主はジェーニオという精霊だ。この世界のサッビアレーナという国に古くから伝わっているらしい。だが現在ではその姿はほとんど見られなくなってしまった。
右半身が女で左半身が男という姿のためか、こんな風に男女が同時に喋っているような声になる。
元々はサッビアレーナの国で伝説となっていたマージコ盗賊団にいた精霊だという。その盗賊団最後の団長の命令で、今は昭士達に力を貸してくれているのだ。
“前にお前が言っていたな。王子との話が一段落するまでは待て、と”
“前にお前が言っていたな。王子との話が一段落するまでは待て、と”
確かにジェーニオが言う通りだ。滅多に見られない精霊と間近で話す機会などそうありはしないと、プリンチペ王子は車内でジェーニオと話をしていたのだ。
特に退屈な話ではなかったようなのだが、主人の命令に従う事を使命としている精霊から見れば、実りある時間とは言えなかったようだ。
《この国に来たのはスオーラが姉貴に会いたいからだからな。それはやらせてやってくれ》
昭士はそう言うと、床に転がしたままの戦乙女の剣を持ち上げる。
《あっちこっち寄り道させちまって済まないな。嫌なら無理に付き合ってくれなくてもいいぜ。お前は自分がやりたい事をやればいいんだ。人様に迷惑かけないようなのが有難いが》
それは何度か言っている昭士の本心であると同時に、最後の団長の意見でもある。無論ジェーニオに異を唱えるつもりは全くない。
“構わん。やりたい事と言われても、まだまだ判らない”
“構わん。やりたい事と言われても、まだまだ判らない”
主人の命令に従い、それを実現させるのが精霊の役目。命令をどう実行するかを考える思考はもちろんある。しかし「自発的な」行動をする思考を持っていない。
だからそれまでは手伝ってほしい。そういう名目である。
そこへ声がかかった。
「かくたあきしどのはおられますか?」
ずいぶん平坦な発音の棒読みではあるが、立派な日本語――マチセーラホミーの言葉である。昭士は剣を斜めに持ち上げたまま、
《ああ、こっちだ。ところで……》
昭士が声の方を向くと、開けっ放しの出入口からこちらを覗き込むようにしている白い軍服の男が。
年齢は判らないが間違いなく中年、高校一年である自分の倍近い年上の人間である。日に焼けてほっそりとした顔、五分刈りに刈られた頭髪が高校球児を思わせる。そんな人物だ。
彼はこっちが大剣を引きずるようにして出てくるのを辛抱強く待っていた。さすがに王家専用列車に一介の軍人が許可なく入る事はできないようだ。
昭士と戦乙女の剣が外に出ると、彼は右腕をビシリと掲げて、
「わたしはすゅぼるどねともうしますかいきゅうはしょういですあなたのあんないをおおせつかりましたよろしくおねがいいたします」
《あ、ああ。よろしく》
平坦過ぎて単語間の区切りがとても判りにくいが、最初の方の「すゅぼるどね」というのが彼の名前らしい。昭士はぽかんとしたままそう言うのが精一杯だった。
「えっせとたたかうあなたのあんないができることはたいへんこうえいです」
自分の倍以上年上の人間からそんな風に扱われるのは気分が良い。しかし昭士は、
《でも。俺一人で戦っている訳じゃないからな》
女性が戦う事を快く思わないためか、必要以上に「戦える男」と見なされているらしい。昭士以上にスュボルドネを羨ましそうに見ている軍人が何人もいる。
まるで見せ物にでもされたように感じた昭士はスュボルドネに、
《ところで、賢者がこの国に来てる筈なんだが。名前は……モール・ヴィタル・トロンペ、だったか》
「けんじゃさまとめんしきがおありとはさすがであります」
間髪入れないスュボルドネの言葉。ここまで来ると何だか太鼓持ちにも思えてくる。
《とにかく色々話が聞きたいんだ。大変なのは判るが、こっちが行くかそれとも連れて来るか……》
そこまで言った時、腰のポーチから振動が伝わってきた。携帯電話だ。昭士はスュボルドネに少し待つよう言うと、剣をホームに置いてから再び車内に引っ込んだ。
入った側と逆側の扉まで行くと、昭士はポーチから携帯電話を取り出した。蓋の液晶画面を見ると着信のようだ。それも賢者からの。急いで電話に出る。
《良いタイミングだ。ちょうどペイ国に着いた所だ》
『それは何よりです。ようこそペイ国はルリジューズの町へ』
携帯電話から賢者モール・ヴィタル・トロンペの声が聞こえる。彼はそんな歓迎の言葉もそこそこに、
『せっかく来て戴いたのですから、電話ではなく直にお話しをしたいですね。どなたがこの町の地理に明るい方はおられませんか?』
《何か俺の案内をするように言われた軍人が一人いるな》
昭士の間髪入れない答えに、賢者は電話の向こうでうなづく(ような間を置く)と、
『では「ランコントル」という宿で。駅から近いですし、目立つ建物です』
《ランコントル? 判った。じゃあ後で》
昭士はそう言うと電話を切った。ランコントルと小声で呟きながら。
だがそこで思い出した事があった。さっき来たメールである。
このルリジューズの町に着いたら連絡をくれという内容である。昭士は閉じようとしていた携帯電話のメモ機能を起動させ、小声で呟きながら聞こえたように「ランコントル」とメモにカナで入力している。
それが終わってから、昭士はメール本文を表示させ、それに返信する。
そこまでやってからようやく一息つこうとしたが、すぐさま携帯電話が震える。見ればメールの返信である。しかもたった今メールした相手からである。早すぎる。
『判りました。落ち着いた頃こちらからご連絡致します』
最後にきちんと「益子美和(ましこみわ)」と書いてある。書いたり書かなかったりと統一感がない。
益子美和は昭士と同じ高校の先輩であり、新聞部の部長を勤める人物である。
だがそれが仮の姿と知ったのは本当につい数日前の事だ。その正体はこのオルトラ世界はサッビアレーナ国出身の盗賊ビーヴァ・マージコ。しかも二百年は昔の人間である。
魔法的な事故に巻き込まれ時代と世界を越えて昭士の世界へ行ってしまった、マージコ盗賊団最後の団長にして最後の生き残り。そう。精霊ジェーニオにとっての主なのである。
しかし彼女自身盗賊団には何の未練もなく、ジェーニオを盗賊団に拘束するつもりは全くない。好きにしろと言ったところで精霊の性質からそれもできず。だからそれができるようになるまで昭士達を手伝え、と言ったのである。
だがその詳細はスオーラには秘密にしている。たとえどんな事情があろうとも、盗賊である美和と聖職者であるスオーラは完全に相対する者。仲良くなどできる筈もないからだ。
しかし。仲良くはできなくとも戦う目標が同じであれば一緒には戦える。そう思うしかない。
昭士は横目で開けっ放しの貨物車の扉の向こうを見る。さっきまであれほどモメにモメていたスオーラと軍人達は話がついたらしく、もうそこには彼女らもバイクもない。
昭士は自分も早く行かねばと、急いで列車の外に出た。
《ところで、ランコントルって宿、この辺にあるのか?》
唐突に言われて一瞬面喰らったスュボルドネだが、すぐに背を伸ばすと、
「らんこんとるはたしかにこのえきのすぐそばにございますすぐにごあんないいたします」
また右腕をビシリと掲げて力強くそう言った。それを聞いた昭士はホームに置きっぱなしの大剣をひょいとベルトで背負うと、
《じゃあ頼む。そこで賢者と落ち合う。少将さんにはよろしく言っといてくれ》
こういう場合は軍の関連施設へ案内する方が普通だろう。予定されていた客ではないのだし、いくら軍事国家でもそこまで融通の利く宿やホテルなどの手配は難しいだろうから。
「アキシ様」
不意に横からスオーラの声が。昭士がそちらを向くと、いつもの濃紺の学生服のような僧服にマントを付け、さらにヘルメットまで被ったスオーラの姿が。
「わたくしはこれから姉の元へ向かいます。無事を確認次第携帯電話にご連絡致します」
《ああ、判った。けど少しはゆっくりして来い。こっちは賢者と会って色々話を聞くつもりだから》
「判りました。ジュン様がサイドカーから離れようとしないので、一緒に連れて行こうと思っています」
スオーラは「それでは」と小さく頭を下げ、別の軍人達の指示でホームからバイクを地面に下ろそうしている。
ホームじゃなくて直接地面へ下ろせばいいだろうに。昭士は声に出さずにそう思ったところへ、今度は別な軍人がスュボルドネに駆け寄って何か話している。
そしてさっき少将が持っていたガラスの板――タブレット端末を渡した。その光景を不思議がる昭士に向かって、スュボルドネがタブレットを差し出しながら、
「しょうしょうかっかよりのでんごんでありますつかいかたがわかるせんしどのがもっているほうがいいだろうからわたしておいてほしいとのことであります」
何故か彼が眠っている時に現れたらしいタブレット。この世界には存在し得ない物だ。
使い方を教えてほしいと言っていた筈だが、教わっても使えそうにないと判断したのだろうか。
それが懸命だと昭士は思った。第一コンピュータという物が存在しないこの世界でタブレットの使い方を教えるなどという無茶振りなど御免である。
昭士は起動しっぱなしだったタブレットのスリープボタンを押してスリープモードにする。
“良かったのではないか。面倒ごとが一つ減ったのだから”
“良かったのではないか。面倒ごとが一つ減ったのだから”
客車内での事情を知っているジェーニオの声が、また耳元で聞こえてきた。
まるで心の中を読まれたようなその言葉に、昭士はそれを肯定するように、
小さくうなづいた。

<つづく>


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