トガった彼女をブン回せっ! 第16話その3
『カッコつけて飛び出しただけか』

ビゾンテは温厚な性質だが、興奮したり怒りを覚えた途端、目の前の物を体当たりで弾き飛ばしながら突進するという極めて危険な性質がある。それも自身が死を迎えるまで休む事なく突進しようとするのだ。
過去、たった一頭のビゾンテが小さな砦を破壊した事もあると云う。それほどに凄まじい突進なのだ。
そんな凄まじい突進をするビゾンテが群れで向かってくる。しかも自分達のいる場所めがけて。これを恐怖と呼ばずに何と言おう。そんな感じである。
遥か遠い筈のビゾンテの群れの先頭と、目が合ったような気がした。目など見える距離ではないのに。
何故そんな気がしたのかと言うと、群れが微妙に角度を変え、明らかにこの列車を目指して加速を始めたからだ。
《おいおい。今「目標変更。アレを狙うぞ!」みたいな雰囲気感じたんだけど?》
若干の演技を加えた昭士の声が少し震えている。
大雑把に目測をしてみても、この列車のスピードよりもビゾンテの群れの方が若干速いように見える。
休む事なく突進する性質を考えると、そのうち追いつかれ体当たりを受ける事は間違いない。こんな列車など体当たり一発で吹き飛ぶ事請け合いだ。
《さて。どうしたモンかね、コレ》
両手で双眼鏡を作って群れを見つめる昭士。かたわらのジュンに視線を移すと、
《確か、正面から角を掴んでやると止まるんだったよな?》
改めて念を押すように訊ねる。するとジュンは無言で首を横に振った。これは彼女達の村では「肯定」のサイン。昭士は自分達とは逆のそのリアクションに少しだけ「大丈夫か」と考え込んでしまった。
「ノシ。食べる。減った。腹。イイか。捕って」
ジュンの故郷の森ではビゾンテの事を「ノシ」と呼んでいる。森では貴重な食料だ。
「で、ですが、今回はいかにジュン様といえども、それは無理なのでは」
目の良い人間ならハッキリと「群れ」と認識できるまでに近づいてきたビゾンテ達を見て、スオーラは独り言のようにそう言った。
ジュンはその小柄で細身の身体から信じられない筋力を発揮する。単純な力比べならばスオーラはもちろん昭士もあっさり負けるくらいに。
一匹ならその筋力で角を掴んで受け止める事はできるだろう。そして彼女の言う通り、立派な食料として皆の空腹を立派に満たしてくれる事だろう。
だが今回は群れである。そこが一番の問題点である。
先頭の一匹をそうして止めたみたところで、後続まで一斉に止まるとは限らない。
何故なら、走っている動物は急には止まれない。後ろから凄まじい突進の勢いで押され、何十何百という群れの突進の圧力をも一人で受け止める必要があるからだ。その重圧たるやもはや人間がどうこうできるレベルではなかろう。
いかにジュンの筋力といえども一人では受け止め切れない。そこに昭士やスオーラが加わったところで助けにもならないだろう。
実際先頭の一匹が止まれば後続が止まる事はないようで、前にいる仲間に目もくれずひたすらに突進を続けるのがビゾンテの習性らしい。
《とにかく客室戻るぞ》
その声でスオーラと、最後まで窓に張りついて群れを見ていたジュンが客室に戻る。
バタバタと戻ってきた彼等の様子を疑問に思ったプリンチペ王子がスオーラに訊ねている。だが理由を知るとさすがに顔色が変わった。
当然である。小さな砦をいともたやすく破壊してしまうビゾンテの突進。それが一匹ではなく大群で押し寄せているのだ。その習性を知っていれば尚更だ。
強固な要塞にいても不安が残るのに、何の武装もない普通の列車の中にいては、もはや不安しか感じない。
そんな不安を隠せずに現地語で何かを怒鳴る。無論昭士には何の事だかサッパリ判らないが、スオーラは「では一体どうすれば……」と困惑しているので、おそらく「何とかしろ」とでも言ったのだろう。
確かに何とかしたいのは昭士達も同じだ。だが自分達はエッセと戦うためにこの世界に来ているのだし、王子の部下という訳でもない。
しかし、だからと言ってエッセ以外の脅威から「自分達には関係ありません」と逃げるのもさすがに気が引ける。自分達の力や能力はエッセだけに通じるものではないのだから。
だがそれでも人間。できる事に限度がある。
昭士もスオーラも戦う事はできるが、あれだけの数をくつがえせる程の力も能力も持っていない。そうなると……。
《ジェーニオ。お前、アレ、どうにかできるか?》
当然人間ではない、人間以上の力を持った精霊・ジェーニオに視線が集まる。ジェーニオはまだ充分遠くに見えるビゾンテの大群をチラリと見ると、
“どうにかと言われても困るが、殺す事はできんぞ”
“どうにかと言われても困るが、殺す事はできんぞ”
彼(彼女?)の発言に疑問を持った昭士は、
《別に殺してほしい訳じゃないけど、わざわざそう銘打ったのは、何で?》
“当然だ。我等は義賊。物は奪うが命は奪わぬ。マージコ盗賊団に作られた精霊ゆえに”
“当然だ。我等は義賊。物は奪うが命は奪わぬ。マージコ盗賊団に作られた精霊ゆえに”
彼(彼女?)が言うように、以前いたマージコ盗賊団は義賊。命を奪う事は滅多になかったらしい。
そんな盗賊団がジェーニオをどう作ったのかは判らないが、ロボットで言うなら「殺生厳禁」とプログラムされているようなものか。
《そうか。じゃあどうしたらイイと思う?》
“判らんな。我は精霊。主から言われた事を実行するのみ”
“判らんな。我は精霊。主から言われた事を実行するのみ”
大して偉くもない事を、無駄に胸張ってカッコつけて言い切ったジェーニオ。言い切られた昭士は何となく頭を抱えながら、
(そういや、自力で判断して行動ってのが、できないんだったっけなぁ)
命令に従う事を絶対とし、そう作られた存在ゆえに「自分で考えて自分で判断して行動に移す」という能力が根本的に存在しない事は、ここに来る前に聞かされていた。
ならばジェーニオに案を出させるより、こっちからできそうな案を提示する方が良い。そう判断して、
《遥か遠くに吹き飛ばす?》
“数が多すぎるな。その間に群れの残りに襲われるだろう”
“数が多すぎるな。その間に群れの残りに襲われるだろう”
《深い穴掘って落とす?》
“掘る時間がなさ過ぎるな。浅い穴に落としても効果はあるまい”
“掘る時間がなさ過ぎるな。浅い穴に落としても効果はあるまい”
《一思いに眠らせる?》
“できなくはないがその後どうする。とどめを刺して回る時間はないぞ”
“できなくはないがその後どうする。とどめを刺して回る時間はないぞ”
昭士の提案をことごとく一言で否定して来るジェーニオ。しかも、
「アキシ様。たとえ眠らせた隙にここから立ち去っても、問題は先送りになるだけで解決は致しません」
スオーラがキッチリと正論を言って割って入ってくる。
昭士は「ん〜〜〜」と唸りながら何かアイデアはないかと懸命に考える。しかしその間にもビゾンテの大群はこちらに向かって来るのだ。
荒っぽい音を立てて客室の扉が開き、召し使いが大声で何かを報告している。周囲を見ていた召し使い達にもこの大群が見えたようだ。プリンチペ王子は早口で何事かを命令している。昭士と少し目が合った彼は、
「スピードば上げて逃げら」
と日本語(に近い言葉)で説明してくれる。
確かに今はビゾンテの大群の方がこの列車よりわずかに速い程度。しかしこの速度が列車の最高速度なのではない。もっと出す事も充分可能だ。
ピーッと鋭い警笛が鳴る。しかし速度が速くなったような感じは全くしない。むしろ遅くなっている。
王子は「しまった」と言いたそうに顔をしかめると、再び何か呟いた。
それを聞いたスオーラも彼と同じような表情になり、
「他ではできないんですか!?」
と問い詰めるが王子の表情は「できない」と言ったようで彼女の困り顔が一層険しいものになる。
《どうかしたのか、スオーラ》
窓の様子を見ながら昭士が訊ねると、スオーラはこう説明した。
「次の駅でどうしても石炭や水を補給する必要があるそうです。しかも駅まではあと一キロもありません。スピードを上げる訳にはいかないのです」
蒸気機関車を走らせるのに石炭や水は必要不可欠。長距離を走るのには定期的に停車し、補給を受けなければならない。そしてこの時一緒に食料も積み込む手筈だったようだ。
この次の駅に停まらなければ、列車は荒野の真ん中で立ち往生確定。そして乗っている自分達も空腹は免れない。
これぞまさしく「不幸中の不幸」である。特にジュンは食料が来ないと聞いた時点で世の中に絶望したかのような顔になった程だ。
《こういうのを、一難去ってまた一難って云うんだろうなぁ》
状況が緊迫しているにもかかわらず、呑気にそう言った昭士は、
《なぁ王子さん。駅から駐屯地まではどのくらいかかる?》
「駅の前が駐屯地だ」
それを聞いた昭士は力強く言う。
《作戦。ジェーニオは王子さんを駐屯地のお偉いさんのところまで運ぶ。そして王子さんは駐屯地から援軍を大急ぎで連れてくる》
「わさ指図ばすらのど言っていら!?」
また王子が不満そうに大声を上げる。
《で。残った俺とスオーラとジュンであいつらの相手をする。もちろん全滅させる必要はない。援軍が来るまでの時間稼ぎだから。ああ、それから……》
ジェーニオを伴って早速出て行こうとする王子の背中に向かって、
《係の人に補給は大急ぎでやるように、指示出してから行ってくれ》
「言われらまだばね!」
不機嫌な様子そのままに、客室から出て行く王子。
何やら小声で文句を言っていたが、おそらく「なぜ私が命令されねばならない」的な内容だろう。やはり命令するのには慣れていてもされるのには慣れていないようだ。
「アキシ様。ひょっとして殿下をからかって遊んではいませんか?」
王子とジェーニオが扉の向こうに消えるのを待って、スオーラが話しかけてきた。さすがに自分の国の王子がそんな目に遭っているのを見たくはないようだ。元とはいえ婚約者でもあるのだから無理もないだろう。
特に昭士の場合、元の世界ではドモり症のためかあまり自分から積極的に喋るタイプではない。そのギャップのせいもある。
だが昭士はそれに答えず客車の窓の一つを全開にしてから、車内の一番隅に向かう。そこに自分の剣・戦乙女の剣が立てかけたままなのだ。
乙女と名がついてはいるが、その全長は昭士よりも大きな二メートル強。刀身の太さ、厚さを考えると、それはもはや剣ではなく持ち手がついた鉄の塊である。
《オラ出番だ、起きろ!》
昭士は柄に浮き彫りにされた全裸の女性像の顔めがけてガツンと拳を叩き込む。
《いでっ。ナニしやがンだこのバカアキ!!》
間髪入れず、剣から極めて不機嫌な少女の声が返ってくる。
昭士の双子の妹いぶきは、この世界に来るとこの大剣の姿になってしまう。しかし自分の利益になっても「他人のために」何かする事を極端に嫌う、刺々しい性格はそのままである。
これまでの客室内のやりとりを聞いていたのだから何をするのかは聞くまでもない事なのだが、いぶきの範疇では「どうでも良い事」であり「自分を巻き込むな」としか言えない事である。
だが今の彼女は巨大な大剣。しかも重量は三百キロを超える。持ち上げるだけなら力自慢の者なら可能だが、これをまともに扱えるのは昭士ただ一人である。実の兄妹だからだろう。
この大剣・戦乙女の剣が特に効果を発揮するのはエッセとの戦いであるが、その巨大な物量は普通の戦いでも充分以上に威力を発揮する。三百キロの鉄の塊がフルスイングで叩きつけられただけでも、普通の生物ならばまず生きてはいられないのだ。
ところが。これから彼等が戦わねばならない敵は大量の水牛。常識外の鉄の塊がどれだけ役に立つ事か。
それでもやらねばならない。昭士は大剣の鞘についたベルトを掴んで手繰り寄せると、開けておいた窓から戦乙女の剣を表に放り出した。狭い入口を通るより、この方が圧倒的に早いからである。だが当然、
《ンぎゃっ。痛ってぇだろうがっ!》
性格はもちろん痛覚を始めとした五感もそのままなので、この通り痛がる。
しかし武器である以上、彼女が痛がらないよう振り回す訳にもいかない。何故ならいぶきが痛がれば痛がる程に剣の威力が跳ね上がるからである。
その「威力」を以て、これまで戦ってきたエッセをほとんど一刀の元に倒してきた。しかもこの剣でとどめを刺さない限り、エッセの能力で金属にされてしまった生き物が元に戻らない。
いぶきが痛がろうが不満だろうが、心を鬼にして使わざるを得ないのである。もっとも、昭士はあちらの世界ではいぶきに完全に「虐待」という接し方しかされていないので、簡単に鬼にできるのだが。
賢者によれば、ずいぶん昔にこの剣と同じような物があったらしい。
度を超えて他人を顧みず自分勝手で独善的な生き方をし続けて皆に恨まれた女が、神が罰として剣に変え、無償で他人の役に立ち、これに尽くす事を強制させたという話らしい。その剣の名前も全く同じ「戦乙女の剣」。
その女の生まれ変わりがいぶきであると言われても、昭士は全く疑わないだろう。そのくらい共通点が多い。
少し高さのある床から地面に下り立ち、スオーラは魔法使いの姿に変身をし、昭士は地面に落とした戦乙女の剣を拾い上げ、長い刀身を鞘から抜き放つ。
この剣はスオーラの身体が姿を変えたもの。そして鞘は着ていた服が姿を変えたもの。当然、
《毎回毎回脱がすンじゃねぇよ変態がぁっ!!》
いぶきが昭士に怒鳴り散らす。外見がどう変わろうと、中身は一女子高生。男に脱がされていい気分な訳がない。
ジュンは特に武器を取り出したり構えたりはしていないが、暴走するビゾンテ(彼女流に言えば「ノシ」)を捕らえ、空腹を満たす事を一番に考えているようだ。
「ノシ。久し振り」
きっと頭の中では様々な料理を思い浮かべているに違いあるまい。
捕るべき獲物を目の前に、そして近い将来のごちそうを思い浮かべるかのような、楽しげな笑みがこぼれているからだ。村一番の戦士と讃えられるその実力をいかんなく発揮する時だからだ。
昭士はそんなジュンの様子を「大丈夫かな」と思いながら見ている。
「アキシ様。何か作戦はあるのですか!?」
魔法使いの姿に変身を終えたスオーラが、自分の胸の中から魔導書を「引っぱり出しながら」訊ねる。
まだビゾンテの大群は遠くにいるものの、彼等のひづめが土を蹴る激しい轟音が微かに聞こえてくるのだ。もう一刻の猶予もない。
昭士は、今度はスオーラに向かって、
《ない!》
キッパリと胸を張って剣を構えながらハッキリと言った。
さすがにその返答はない。スオーラはエッと言葉を詰まらせる。
《これぞまさしく多勢に無勢を絵に描いたような状況。単に「戦いにもならんと判っちゃいるが、逃げる事もできない」。そんな状況ってだけだ》
「それはそうですが……」
スオーラとしても、この列車、ひいては駅舎までビゾンテに破壊される訳にはいかないと判ってはいる。だがこれらを守る方法やアイデアとなるとさすがに思いつかない。
自分が使える魔法の中でもっとも広い範囲に影響を及ぼせる魔法でも、この大群総てをどうにかする事は無理だろう。
《カッコつけて飛び出しただけか。バカの典型的な姿ね》
いぶきもここぞとばかりに嫌みを込めて昭士に言う。いぶきにしてみればこの状況を放って帰っても、一遍の憂いすら感じない。むしろなぜそうしないのかと憤っているくらいだ。
《ナンの得にもならない自己満足活動で得意がってるような、オツムの足りないおバカな坊ちゃン嬢ちゃンじゃ、何を言っても言うだけ無駄ってヤツだろうけど、お願いだからそンなセコイ事にこのあたしを巻き込まないでほしいわね。そういう事はあたしを元の世界に戻してから、二人で仲良くおっ死ンでくれない?》
不満を爆発させたかのように、澱みなくベラベラと喋り続けるいぶき。しかし昭士もスオーラもいぶきに構わず、目標のビゾンテの大群を睨みつけている。
《ゴルァ、ナニ無視してンだてめえら! とっとと元の世界に戻せって言ってンだろうがバカ共がぁっ!》
“ほう。こうしたところも昔の剣と同じだな”
“ほう。こうしたところも昔の剣と同じだな”
いきなり真上から聞こえてきたジェーニオの声。その声に驚いて見上げる一同。
「あ、あの。殿下は!?」
ジェーニオはプリンチペ王子を連れて、この駅前の駐屯地へ行った筈なのだが。
“置いてきた。この辺りに妙な気配を感じて、我のみ急ぎ戻った次第だ”
“置いてきた。この辺りに妙な気配を感じて、我のみ急ぎ戻った次第だ”
ジェーニオはそう言うと皆に構わず、周囲を注意深く観察するようにキョロキョロと見回しだした。
“精霊がいるな。それとも来るか。だが精霊にしては妙だ。しかし精霊のようだ”
“精霊がいるな。それとも来るか。だが精霊にしては妙だ。しかし精霊のようだ”
良く判らない独り言を呟きながら。
その煮え切らないように見えなくもないジェーニオを、昭士は大剣で差すと、
《結局何なんだよ。精霊なのかそうじゃないのか、せめてその辺ハッキリしてくれよ》
“そうはいっても……”
“そうはいっても……”
ジェーニオが言い返そうとした時、地面から「ぬっ」と現れたものがあった。犬や狼を思わせる獣の頭だった。ただし赤い。
まるでエスカレーターででも上がってきたかのように、それの全身が姿を現わした。
それは全身が炎の狼。炎を纏っているのか炎でできているのか判らない、そんな獣の姿。少し距離があるため正確な事は判らないが、大きさは体長二メートルほどのビゾンテの数倍はある。間違いなく。
ただ炎にしてはどこか変だ。明らかに『金属のような光沢を放っている』炎なのである。そんな炎は聞いた事がない。
ともかく。そんな炎の獣が、昭士達とビゾンテの群れのちょうど真ん中に姿を見せた。
“精霊ベルヴァ? いや、それにしては……”
“精霊ベルヴァ? いや、それにしては……”
ジェーニオが厳しい顔で考えていると、その精霊ベルヴァ(?)はビゾンテの群れの方を向き、背中をのけぞらせて息を大きく吸い込んだ。そして、
ごぉうおっ!
力強く吐き出したのは炎ではなかった。ガスである。それも「エッセが吐き出す」生物を金属へと変えてしまうガスだった。
事実、随分な距離があったものの、先頭のビゾンテ達が走りながら金属の像に姿を変えられ、バランスを崩して転げる。それにつまづいた後続のビゾンテ達が二度目のガスの餌食となる。
精霊ベルヴァはそれから一気に群れに駆け寄り、金属と化したビゾンテを貪り食っている。これにはさしもの暴走中のビゾンテも、大急ぎで方向転換せざるを得なかったようだ。
《オイ何だよあいつ。エッセじゃねえのか!?》
精霊らしいと聞いていたが、やっている事はエッセと全く同じ。ムータの反応がない事も加えて憤る昭士。
「ノシがあああっ!」
自分が食べる予定だったビゾンテが横取りされた事で嘆くジュン。
「ひょっとしてベルヴァとは、炎の精霊獣の事でしょうか?」
スオーラがジェーニオにそう訊ねる。するとジェーニオはそれを肯定すると、
“ベルヴァは精霊の世界にのみ住む獣。呼び出されない限り別の世界に現れる事はない筈だ”
“ベルヴァは精霊の世界にのみ住む獣。呼び出されない限り別の世界に現れる事はない筈だ”
「ですが、あのガスはどう見てもエッセが吐き出すもの。もしやベルヴァの形のエッセでは!?」
“精霊のようで精霊でない気配。おそらくそれが正解なのやもしれんな”
“精霊のようで精霊でない気配。おそらくそれが正解なのやもしれんな”
まるで解説者のように淡々としたジェーニオの言葉に、スオーラも静かにうなづいている。
つまり、昭士の世界でもスオーラの世界でもない、さらに別の世界にしかいない存在。存在する事は知られているが別の世界にしか存在しない。そんな生き物(?)を模したエッセなのだ。
これでは昭士のムータもスオーラのムータも「この世界に」存在する生き物と認識できず、ムータによる警告音が鳴らなかったのである。
《どうやらあの牛じゃなくてエッセの方と戦わなきゃならんようだな》
昭士は戦乙女の剣を肩に担ぎ、炎の獣に向かって駆け出そうとした。だが、それをジェーニオが止める。
“竜巻が起きる気配がする。少し待つがいい”
“竜巻が起きる気配がする。少し待つがいい”
《竜巻?》
何もない穏やかとしか言えないこの陽気。強いて言えば急に雲が出てきたくらいだ。竜巻はおろか突風すら起きそうに思えないの。
そうして待機を強いられている間に、金属と化したビゾンテを平らげたエッセ。そしてこちらに目標を定めたらしく、舌舐めずりをしながらこちらにゆっくりと歩いてくる。
ところが。竜巻が発生したのである。それも極めて唐突に。ジェーニオが言った通りに。その様子は突如出現した渦を巻きながら天空へと伸びる風の塔である。
元々竜巻発生のメカニズムは、昭士の世界でも解明されたとはとても言い難い。唐突に現れていきなり消失する。そういうもので予測などできないという事になっている。
にも関わらずジェーニオはそれを予測した。その辺りはさすが精霊といったところか。
目測にしてそこそこ遠い距離にあるのだが、余波たる強風で背後の列車がグラングランと揺れ動いているほどだ。昭士達は飛ばされないように地面に伏せねばならなかった。
そして、幸か不幸かその竜巻を外敵とでも思ったのか、ベルヴァがいきなり飛びかかったのである。
しかし実体のない竜巻である。ベルヴァの全身は、
あっさり飲み込まれた。

<つづく>


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