トガった彼女をブン回せっ! 第15話その3
『わたくしにしかできない事ですから』

命令を受けてそれに従う事。それしか知らない造られた存在・精霊。
その精霊に、自分で考えて自分で決めさせる。いきなりそれをやれと言った美和。それは見た事もない機械をいきなり与えられて「今すぐ使いこなしてみろ」と命令するに等しい事だ。
人間を遥かに越えた力を持つであろう精霊であっても、そういった部分まで人間を越えている訳では断じてない。
精霊・ジェーニオは口を小さく開けたままその場に棒立ちになっていた。処理が追いつかなくて動きが止まってしまったパソコンのように。
そのリアクションが予想外だったと言わんばかりに動きを止めている美和。
難しいという意味で何を言っているのか判らずキョトンとしているジュン。
そんな事どうでもイイからさっさと自分を帰せと無言で語っているいぶき。
そんな様相の中、昭士は美和に「ちょっと待て」と断わってから、
《自分で考えて自分で決めろってのは確かに正論だがな。同時に無責任でもあるだろ、そりゃ》
「無責任、ですか」
《命令された事しかできないヤツは「自分で考える」ってスキルがないんだから土台無理だって。まずはその「自分で考える」って事を覚えさせろ》
物事とは「技術を持たなくても実行は可能な事」「技術がなければ実行すら不可能な事」があるものだ。
普通の人間なら走る事は誰でもできる。早く走ったり長く走ったりするのも試みる事はできる。
だが空を飛ぶ事はできない。道具なり魔法なりがなければ。
それと同じように「自分で考えて行動する」技術を持たない者に、自分で考える事はできない。よって自分で決断をする事ができる筈もない。
命令されそれを確実に実行する忠実な精霊ゆえに、そうした能力には欠けていた。そう判断せざるを得ない。
美和も確かにそうだと思った。言い方はかなり乱暴だが。ジェーニオもその乱暴な言い方には腹を立てていたようで、ムスッと黙り込んだまま昭士を睨んでいる。
「では、あなたはどうすればイイと?」
《お前が教えてやればいいんじゃねーの?》
美和の問いに間髪入れずに答える昭士。これは考えていたのではなく、本当に適当に言っただけである。だが適当でも言ってしまってから「そうだよな」と思い直す。
《元々盗賊団の仲間同士だし、俺やジュンよりは言う事聞くだろ。それに、例えるなら長く勤めてくれた社員に色々その後の世話してやるようなモンだ。元団長ならそのくらいしてやれよ》
確かに、社長不在で頑張って会社を支えて来た社員の前に久方振りに社長が現れたと思ったら「この会社潰すから」といきなり告げたようなものだ。
そこをいきなり放り出してしまうのは確かに無責任かもしれない。そもそも今の世の中精霊がたった一人でどう生きて行けばいいのか。
「……それもそうですね」
美和も考えを改めたようだ。
「ではジェーニオ。それを見つけるまで共に行きましょう。少なくとも自分が命を終えるまでには見つけて下さい」
“了解しました”
“了解しました”
(それって事実上の永久就職じゃねーの?)
小さく笑顔を作った二人のやりとりを見ていた昭士は、声に出さずにそう思った。
ところが。
ふと美和の動きが止まり、彼女の手が腰のポーチに伸びる。そのポーチの中から取り出したのはスマートフォン。
スマートフォンの画面を親指一本でスクロールさせていた彼女は、
「あちらの世界での仕事で急用が入りました。これで失礼致します」
そう言いながらスマートフォンをしまいつつ、今度取り出したのは一枚のカード。それはムータと呼ばれ、二つの世界を行き来するために使うアイテムだ。
昭士が持っている物は表が青で裏が白。だが美和が持っている物は表は真っ白だが裏は鏡のようになっている。もっともどちらが表か裏かなど彼には判らないが。
美和はムータの白い方を適当な壁面に向ける。するとカードの形がそのまま大きくなったような青白い光でできた光の扉が現れた。
「それでは自分はこれで。ジェーニオ、彼等を手伝ってあげて下さい」
そう言い残すとこちらが声をかけるより早く光の扉に飛び込み、そして扉と共に姿を消した。
残されたのは二人の男女・半分男半分女の精霊・巨大な大剣のみ。
しばし呆然として間が空いていたが、昭士は気を取り直そうとばかりに伸びをすると、
《ここにいてもしょうがないからな。移動するか》


ジェーニオは大きな窓から一同を運び出した。昭士以外にはまともに持てない筈の大剣・戦乙女の剣の重量すらも気にした様子がない。さすがは人間の力を越えた精霊だけの事はある。
地上に降りた昭士は、乗り捨てられたサイドカー付きのバイクと、打ち捨てられた貨物車輌を交互に見やり、
《バイクはともかく、これを置きっぱなしにはできないよなぁ》
“壊しますか?”
“壊しますか?”
ジェーニオが車輌を拳で軽く叩きながら訊ねてくる。だが昭士は「それはもったいない」と返すと、
《見た感じ特に壊れてる様子もないし、返せれば良いんだが》
“このくらいなら運ぶ事は雑作もない”
“このくらいなら運ぶ事は雑作もない”
ジェーニオの自信満々なその言葉に、昭士は言葉に甘える事にした。
さっさとサイドカーの中に潜り込んでしまったジュンごと、バイクを貨物車の中に。戦乙女の剣を担いだ昭士が同じく乗り込む。
そこでようやく昭士はこの剣を鞘に収める事ができた。この剣は妹いぶきの肉体が直接変化した物。言うなれば今までずっと全裸だった事になる。
もちろんそうと判っていても、相手がいぶきであり大剣の姿である。欲情しようにもその気すら起きないが。
《念を押して改めて言っておくが。益子美和の件は喋るなよ。特にいぶき》
昭士は剣の柄に浮き彫りになった女性の顔めがけて拳を叩きつける。軽めだが。
ずっと「我関せず」と無言を貫いていたが、他人の役に立つ事を死ぬ程嫌い、相手が嫌がる事は喜んでやるタイプ。誰にも話さないでほしいと言った事はメールを使ってでも広めるのが目に見えている。
無言を貫いていたいぶきだが、さすがに殴られては反論もする。
《ったくうるっさいわねバカアキのクセに。偉そうに仕切るなンてナニ様のつもりよ》
クセのある発音で露骨に嫌さ加減を込めた口調で言い返して来た。
《サッパリ判ろうともしないバカアキのためにまた言ってあげるけど、あたしはそンな事どうだって良いの。知ったこっちゃないの。こっちが言いたいのはやりたくもないって死ぬ程言ってるのにあたしを巻き込むなって事。巻き込むなって言ってるのに巻き込ンでくるバカの言う事なンて聞く意味も価値もある訳ないでしょ》
他人を(特に昭士を)容赦なく自分が引き起こしたもめ事に巻き込んでいるいぶきが言えた義理ではないのだが。
もっとも。自分のやる事は総て正しい。総て他人が悪いと考えているいぶきに罪悪感などこれっぽっちもないが。
《とにかく言いはしたからな。これでバラしたら完全にお前が悪い。もっとも今のお前の言う事を信用するヤツがいるとも思えないけどな。言った事はこうして録音してるから、言い逃れはできないと思え》
昭士は隠し持っていた携帯電話をいぶきに見せる。そこでまたいぶきは無言に戻った。
《じゃあジェーニオ、頼むわ。確かペイ国の……何だっけ。ナントカジュース》
“ルリジューズの町。それは何処にある?”
“ルリジューズの町。それは何処にある?”
ジェーニオの真顔の問いに、昭士の顔色がサッと悪くなった。
当たり前である。ジェーニオは二百年も前の精霊。この国はもちろん他国の町の名前を知っているとも思えない。特にできて二百年未満の町なら尚更。
昭士は素早く携帯電話を取り出すと、その指が慣れた手つきでリダイヤル。そして五秒程そのままにしてから電源を切った。
そうして待つ事約一分。昭士の携帯がブルッと震えた。着信である。開きっぱなしの液晶画面に「賢者」の文字。だがそれを見る事なく昭士は電話に出た。
《はい》
『……私だ。と言いたいところですが、そろそろいい加減にして戴きたいものですね』
基本携帯電話はかけた側に料金が発生する。高校生ゆえの通話代節約テクニックと知ってはいても、毎回こうではさすがの賢者も腹が立つというものだ。
《こっちはどうにかノミの野郎を倒した。ちょっとスオーラと離れ離れにはなっちまってるけどな》
『倒した!? それに離れ離れ!?』
《……って、ちょっと待て。倒したって部分に驚いてるって事は、そっちはまだ元に戻ってないのか?》
驚く賢者の声を聞き、昭士が訊ねる。巨大なノミ型エッセは戦乙女の剣でとどめを刺した事により光の粒となって消えて行ったのだ。
その光の粒はそれまでエッセが吸い取って来た大地のエネルギーそのもの。それが元の場所に戻って行く筈なのだ。
あれからまだ数時間と経っていないとはいえ、まだ賢者のいる場所までは戻っていないという事か。
ノミ型エッセがどれだけ広範囲に渡って大地のエネルギーを吸い取って来たのか。あまり考えたくない部分だ。
《倒した事は間違いないからそのうち戻るって。で、こっちはノミに貨物車輌ごと、サッ……ああ、サッビアレーナとかいう国に二百年くらい前にいたっていう盗賊団のアジトらしい塔まで蹴っ飛ばされて》
『サッビアレーナですか!?』
電話の向こうで賢者が驚きの声をあげる。それも当然だろう。その驚きはそれだけ遠くへ飛ばされたという意味でもあろうから。
《で。それを助けてくれた精霊? とかいうのがちょっと送ってくれるって言うんだけど、昔の精霊だから今の町の名前言っても判らないらしくてな》
美和の事は言わず何とかそう理由をつけた昭士。実際ジェーニオのおかげで無事だった訳だし、送ってくれるというのも協力を約束した訳だから嘘を言っている訳ではない。
賢者は電話の向こうで小さく唸るような声をあげると、
『精霊ですか。昔の精霊では、今の国や町の名前を言って判らないでしょうね』
少なくとも目的地であるルリジューズの町は知らないようだと昭士が言うと、
『二百年程前の盗賊団。サッビアレーナ国であればマージコ盗賊団が有名ですね。確かにどこかの塔を根城にしているらしいという話はあります』
サラリと出てくる辺りさすがは賢者。伊達に知識が売りではないようだ。
『さすがにその塔の正確な場所までは知りませんが、とにかく北へ向かって下さい。そうすればパエーゼ国南部で東西に伸びる鉄道の線路に出る筈です。それを東に向かえば良い筈です。もちろん線路づたいに』
《線路を東か。判った。こっちは電池が切れそうだからスオーラの方にはそっちから言っておいてくれ》
昭士はそう言うと電話を切った。そしてポーチに入れていた緊急用の充電器を取り出し、コードで携帯と繋ぐ。
《ジェーニオ。早速だが北へ飛んでくれ。東西に伸びる鉄の道みたいなヤツを見かけたら俺に知らせてくれ》
“心得た。では行くぞ”
“心得た。では行くぞ”
空いたままの扉の向こうの地面が消えて青い空だけになる。昭士達の乗った貨物車輌がふわりと浮き上がったのだ。
ジェーニオは軽々と貨物車輌を持ち上げたまま、一気に北へ向かって飛び立った。


巨大ノミ型エッセの急襲を受け、ひっくり返ってしまった客車を直そうとあくせく働く男達。
その様子を無表情を作って見ているのは、パエーゼ国第一王子パエーゼ・インファンテ・プリンチペ。
スーツの上からでも判る鍛えられた逆三角形の体型。しかし一国の王子が皆に交じって肉体労働をするのは示しがつかないと世話係一同に止められ、腕組みをして立っている。
「……殿下。お食事をお持ちしました」
顔を見知った自分の世話係が、うやうやしくトレイに乗せたパンと飲み物を差し出した。
彼は短く礼を言うと、立ったまま無造作にパンにかぶりついた。王子らしからぬ無作法さだが、いつ復旧するか判らない状態でゆっくり食事と洒落込む訳にもいかないのだ。急ぐ旅なのである。
それに今回は彼がこの旅の主役ではない。その旅の主役は自分から少し離れた場所で小さな機械に向かって何か話をしていた。
その機械。確か「ケイタイデンワ」と言っていた。電話そのものはこの世界にも(数は少ないが)あるものの、あそこまで小さい物は見た事がない。
だが明らかに「会話」をしている。電話というのは本当のようだ。
彼の視線の先――詰め襟のような僧服姿のモーナカ・ソレッラ・スオーラは、
「そうですか。アキシ様達がエッセを倒しましたか」
『そのエッセはかなりの広範囲に飛び回って大地のエネルギーを集めていたようで、そのエネルギーが元に戻るまでにはまだ時間がかかると思います』
電話の向こうから先程まで昭士と話をしていた賢者の声が。彼は周囲を見回すのと同じくらい間を取ると、
『剣士殿はそこで出会った精霊と共に合流すると言っていました。精霊というのがどういう者かはさすがに判りませんが……』
電話では声しか伝える事ができない。よってどんな姿かなどさすがの賢者にも判る訳がない。
「判りました。こちらも気をつけてみます。お付きの方々にも無闇に攻撃をしないようお伝え致します」
それで通話は切れた。スオーラは携帯電話――といってもこの世界では何故かごつい腕時計型になってしまうが――を上着のポケットにしっかりとしまい込むと、
「殿下。ノミ型のエッセは倒されたようです」
「そうか」
プリンチペ王子は短く答える。そばにいた世話係もスオーラに食べ物を差し出した。その態度はまさに「うやうやしく」であった。
スオーラは確かに一宗教の長の娘。ひとかどの身分ある存在である。そしてこの世界を襲う通常兵器の効かぬ侵略者と対等に戦える存在。救世主と言っても良い。
だが世話係の態度はそうしたものではない。王子である自分の主に接するような、そんな感じなのだ。
それはスオーラがかつてプリンチペ王子と婚約者であった事に起因する。今は侵略者・エッセと戦うため婚約を破棄(同然)しているのだ。
だが仲が悪くなったから破棄した訳ではない。止むに止まれぬ事情、というものだ。世話係の胸中はどう対応したものかという複雑な思いで一杯なのである。
しかし幸か不幸かスオーラがそうした気持ちに気づく事はなく、彼女は世話係に、そして食べ物にいちいち礼をすると、大事そうにパンを両手で掴んで食べ始めた。
そしてキッチリ咀嚼して飲み込み終えてから、
「復旧にはどのくらいの時間がかかりますか?」
この列車が巨大ノミ型エッセに襲われたのが日の出から少し経った頃。そして今は昼を少し回ったところだ。
被害状況は先頭の蒸気機関車はどうにか線路に乗っていた。乗務員や応援に駆けつけた鉄道職員達が調べた結果運行には異常がないとの事だ。
だが二両目と三両目は脱線。これを線路に戻す作業に手間取っている。車輌を持ち上げる程の機械や機材がないからだ。文明的な意味で。
これが昭士の世界であれば大型のクレーン車などで持ち上げてしまうだろうが、このオルトラ世界ではそうはいかないのだ。
自分達が乗っていた四両目は脱線はおろか四、五メートル転がっているので現状では戻しようがない。線路しかない荒野でなかったら周辺にも大きな被害をもたらしていた事は間違いない。
そして最後尾である五両目は、巨大ノミ型エッセに蹴り飛ばされてしまって行方知れず。どうやら中にいた昭士達共々遥か彼方に飛ばされてしまったようだ。
五両目は貨物車輌。そこにサイドカー付きのバイクを積んでいたのだが、当然車輌ごと飛ばされてしまっている。見えなくなる程飛ばされたのだから、車輌の中も無事では済むまい……と思っていたのだが、昭士からの電話で無事だと判っている。
あとは彼等の到着を待って、どうするかを決めなければならない。列車の復旧にあまりに手間取るようであれば、当初の予定通りバイクで現地――ペイ国はルリジューズの町まで行く事になる。
襲われたこの場所から目的地までは列車でいっても一日半から二日はかかる。バイクで行くならもっとかかるだろう。
できるだけ平静を装っているスオーラだが、内心はやはり焦りを隠せない。その町には嫁いだ姉がおり、しかもペイ国は現在クーデターの真っ最中。
エッセが現れた事により一時的に中断してはいるようだが、大丈夫と信じたい。その一心である。
それにしても。スオーラはふと賢者に言われた事を思い出していた。
「精霊と共に合流する」。
違う国の事なので詳しくは知らないのだが、確かにサッビアレーナ国には「精霊」という人外の存在の伝説や逸話が数多く伝わっている。
だいたいは人と同じ姿をしており、その力は普通の人間が束になっても勝てない程。そして何らかのアイテムに封じられていて、解放した人間の命令に黙って従う。
サッビアレーナ国の昔話には必ずと言っていい程登場する、かなりメジャーな存在である。
だが今では絶滅まではいかないものの、目撃報告例が極端に少ないのは確かだ。精霊には人間のような寿命というものがない筈。普通の人間では適わない以上倒されたというケースも考えにくい。
伝説のように何らかのアイテムに封じ込められていた者を解放したのかもしれない。それはそれで貴重な体験である。
その辺りは直接見聞きしていないスオーラの頭で考えていても仕方ない。彼等が帰って来てから聞くしかあるまい。
そこへ別の世話係が小走りでやってくる。彼は乱れた息を整える間ももったいないとばかりに、
「で、殿下。ほ、本国と、連絡が、つきました。こ、こちらへ」
この世界には無線の電話機は存在しない。せいぜい無線機程度である。それも決して長距離の通信はできない。
確かこの列車には万一に備えた無線機があった筈だ。それで連絡がついたようだ。
これにはさすがに王子自らが行かねば意味がない。まだ荒い息の世話係に「この場は任せる」と言い残して王子は駆けて行く。
その後ろ姿を見送りながら、飲み物を乗せたトレイを持ったままの世話係の初老の男性がスオーラに声をかけた。
「ハニシチミカトチホカチ」
その言葉の意味自体は「婚約者」という意味だが、自分の肉親・友人の婚約者の事を呼ぶ時の呼びかけにも使われる。
その単語を聞いたスオーラはいささか申し訳ないように世話係の男性の方を向くと、
「申し訳ありません。今はもう、殿下の婚約者という立場にはありません」
「だいたいのお話は伺っております。ですがやはり……」
頭では理解しているが、感情が納得できない。世話係の言葉以上に表情がそう語っていた。
世話係が言いたい事も判るつもりだ。一国の王子の婚約が破断したというのは、どう言い繕っても良い評判とは言えない。そうした体面上の理由が一つ。
そして周囲も「お似合いの二人」とかなり思っていたからだ。一国の王子と一宗教最高指導者の娘という組み合わせだけではなく、もちろん人間同士としても。
「それは父はもちろん一族郎党にもさんざん言われました。ですが、エッセと戦う事は、わたくしにしかできない事ですから」
聞き分けのない子供を諭すように、優しく、しかし強い意志でそう言った。だが世話係はさっきと同じ表情のまま、
「ですが、女性であるあなたが戦うのは、やはり……」
と渋った様子を見せている。
スオーラが昭士達と出会う前。ムータの力を使えた事によってエッセと戦える唯一の人間と知られた時に、一番もめたのはスオーラが「女性」という部分だ。
このオルトラ世界では「戦いは男の役目」という考え方が根強く残っている。特に世話係のように年輩の人間ともなると尚更である。
その考えを「女性を差別している」と考える人間はこの世界にはいない。戦いは男の役目。その後には「産み育てるのは女の役目」と続くからだ。
子孫を産む事ができるのは女しかいない。これは男には絶対にできない事だ。
だから女にはその役目を担ってもらう。代わりに男は外敵と戦ってその女を守り抜く。割り切った言い方をすれば「役割分担」である。そのため女は十五歳になったら親から離れ、結婚し、新しい子を産む。それが当然であった。
どんなに戦いの腕と技を磨いても女がそれを職業にする事はできなかったし、そもそも社会が許さなかった。そのため古来から軍人は男だけがなれる職業であった。
とは言っても現在ではその考えも幾分薄くなって来ており、ここパエーゼ国では女性の軍人も少ないがいる。だがそれでも任務は事務作業か後方支援。戦争の現場に直接立つ事は絶対にない。
森の奥で女性だけの社会を作って生活をしていたジュンの故郷の村は例外中の例外である。
エッセがスオーラの魔法で倒せた時には「魔法が効くのであれば魔法使い総出で戦えば良い」という案も当然出た。
だが彼等の魔法はエッセに対して殆ど役に立たなかったのだ。「スオーラの」魔法でなければ戦いにすらならないのである。
そのため「特例中の特例」として、スオーラが戦いの場に出る事が許可された。一宗教最高指導者の娘という肩書と「神に仕える者が人々を守るのは当然」という強引な理由も、許可が出る事に一役買いはした。
今ではその最高指導者であるスオーラの父が大々的に告知した事もあり、スオーラが戦う事に文句を言う人間は減っている。
だがいなくなった訳ではない。今の世話係のように。
しかし今はスオーラの他に昭士という「男の」「戦える人間」がいる。文句という形ではないが、スオーラに対して「戦わなくとも良いのでは」という意見がぼちぼち出て来ている事は知っている。
しかし昭士はこのオルトラ世界の人間ではない。別の世界の人間に自分達の世界の命運を任せるのはいかがなものか。
スオーラの父はそんな意見を出し、また「戦いの中の役割分担」として二人で戦っていけるよう、二人の活動をサポートしてくれるよう自国はもちろん周辺国へも通達を出している。
その辺りはさすがに一宗教の最高責任者。抜かりはないと言うべきだ。
「殿下。何か巨大な黒い物体が飛んで来ます!」
王子に何かを報告する警備兵の大声で、スオーラも考えを一時中断する。そして警備兵が双眼鏡を覗き込みながら指差す空の彼方を同じように見やる。
巨大な黒い物体。先程のエッセの件もあるためかこの場の皆が非常に警戒をしているのが良く判る。
双眼鏡で見ていた警備兵が、
「……貨物車輌!?」
唖然と声を上げた。

<つづく>


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