トガった彼女をブン回せっ! 第15話その2
『驚くに決まってんだろ』

「なかなかに身軽なようだな。武の技を盗みに使うのは関心せんが」
いたずらっ子のような笑みを浮かべる男。人一人を気取られぬうちに投げ飛ばす程の「達人」とは思えない人懐っこい印象。
「……何者だ。それにここは何処だ」
その不思議な笑みが、美和に口を開かせた。露骨に警戒心を含んだ物ではあったが。
すると男は目を丸くして演技過剰気味な驚きの顔を見せると、
「その恰好からして異国の人のようだが、日本語はかなり上手だな」
男が見下ろしている今の美和の恰好は、現地でトゥーニカと呼ばれている袖のないミニスカート丈のワンピースのような服だ。つや消ししたなめし革製なのでヒラヒラした感じはない。その腰に短剣の鞘がついたベルトを巻き、足は音を立てにくい特製の黒いブーツ。この服はオルトラ世界の盗賊にありがちな恰好であった。
一方の男は生地が薄そうな半袖の服。肩の所は×字に組んだいくつもの紐で繋がっている。それに膝丈のズボン。その服を「甚平(じんべえ)」と呼ぶ事を知るのはもう少し経ってからだが。
「得体が知れないのは確かだが、何かに一途な目ができる人間に根っからの悪人はそうそうおらん。こう見えても人を見る目はあるよ、それなりにな」
男は投げるために掴んでいた美和の腕をそっと放した。
美和は表情を変えていなかったものの、その胸中は驚きに満ちていた。
盗賊相手に「根っからの悪人ではない」と言い切る人間がいようとは。だがその気持ちに相手をバカにしたり嘲るものは何もない。そんな言葉を聞くとは思わなかったという驚きのみである。
美和は慌てて立ち上がると、石の壁を背に男を見る。
初老。もしかしたら自分の父親よりも年上かもしれない。さっきまで笑みを浮かべていた顔は、頑固な職人にありがちな気難しい引きしまった表情に変わっている。
体格はそれほどたくましくはない。年齢のせいかもしれないがかなり細身だ。ここが自分の世界か異世界かは判らないが、身長も決して高い部類ではあるまい。
そして男は彼女に背を向けると、
「何を盗みに来たのかは知らないが、ここは女房に先立たれた男やもめの一人暮らし。盗む価値のあるモンなどな〜んにもないぞ」
そう言ってガラスの扉の向こうへ――建物の中に入って行こうとする。
本当なら口封じのため、このまま男を殺すべきだろう。それができなくても気絶させ逃走の時間を稼ぐ。それが盗賊たるものの行動規範。そう学んでいる。
だが美和はこの男の隙だらけの筈の背中に攻撃を仕掛けられないでいた。
隙だらけに見えるだけで本当は一部の隙もない。こちらがたった一歩歩み寄っただけで再びさっきのように宙に投げ飛ばされる。そんな気しか感じなかった。
美和は観念するという事を、今初めて知った。剣が収まっていない短剣の鞘をポンと地面に放ると、
「自分をどうするつもりですか。役人に突き出しますか。それとも犯して殺しますか」
さっきよりは警戒心を緩め、丁寧ではあるが、むしろどうとでもなれと開き直った強みすらある言葉。そんな言葉を吐いた美和に、男は振り向きざま鋭い表情で一喝する。
「うら若い娘がそんな事を言うモンじゃないっ!」
投げ飛ばした時にすら全くなかった怒気や殺気というものが一気に吹き出したかのような、見る者を震え上がらせる怒りの表情。美和ですら震え上がってその場に硬直してしまった程だ。
「確かにお前さんの生い立ちも境遇も何も知らん。そうした生活を当たり前のようにして来たのかもしれん」
男は激昂した事を恥じるかのようにそこで一旦言葉を区切った。
「……だがそれでも。自分で自分を、それも心を傷つけるような事は、言って良い事じゃない」
怒鳴ってはいない。だがその言葉を発している威圧感はそれ以上だ。まるで脳天を棒で激しく叩かれたかのように、その場にくずおれてしまう美和。
この男の住む世界と自分が住む盗賊の世界は確かに全く違うだろう。常識から考え方まで何もかも。
自分自身真っ正直な人間とはとても言えない。こんな事は口ではどうとでも言える。言いくるめられる。そうとしか思えない。
だがそれでも、彼は自分を叱っている。怒っているではなく。叱っている。
生まれてから十五年。盗賊だけの世界にいた自分にもそれがハッキリと判る、この男の立ち居振る舞い。
少なくとも、この男を怒らせて、敵に回して自分が得られる物は何もない。
美和は今度こそ「完全に」観念する事にした。
「自分はサッビアレーナ国の盗賊団・マージコ一族の団長ビーヴァ・マージコ。もう手向かいは致しません」
不意に名乗ったからか男は驚いて、
「サビ? そんな国は聞いた事がないな。それにミワ・マシコ? 名前は日本人ぽいな。外見も」
男の方も、まさか彼女が別の世界から来た人間だとは思ってもいないだろう。泥棒か家出娘かのその場しのぎの言い逃れの見え見えの嘘。そうとしか思えない。筈であった。
だが彼も自称「それなりに人を見る目はある」。嘘はないだろう。そう思ってうんうんとうなづくと、
「判った。とりあえず家に入れ。ちょっと早いがメシでも食いながら話そう」
ちょいちょいと彼女を手招きする。そしてふと思い出したかのように、
「名前を名乗らせておいて返答しない訳にはいかんな。オレは柞山(ほうさやま)……」


『えええええええええーーーーーーーーーっっ!!』
美和の話の途中で、昭士といぶきが驚きの声をあげる。
その声に驚いたジュンが口に入れようとしていたボッラッチャの果実をポロッとテーブルに落としてしまった。それを慌てて拾い上げて口の中に押し込む。同時に昭士を恨めしそうに睨みつけた。
ビックリしてのけぞってしまった精霊のジェーニオも彼等を非難するような視線を向けている。
テーブルについていた昭士は、思わず手をつき身を乗り出して大声で訊ねてしまう。
《柞山!? それってひょっとして師匠の事か!?》
だが話の主の美和は平然とそれらの態度を受け止め、淡々と言った。
「そうですよ。やっぱり驚きますか」
《驚くに決まってんだろ。まさか師匠と繋がりがあったとはなぁ》
昭士もいぶきも幼い頃から剣道を学んではいるが、その師匠にあたるのが美和の口から出た「柞山」という人物なのである。
剣道六段という達人に加え、選ばれた人にのみ与えられる「錬士(れんし)」という称号まで持っている。合気道の方も確か三段か四段という、まさにパワフルじいさんと呼ぶに相応しい、元気な人である。
彼とは剣道の稽古をする小学校の体育館や警察署内の道場はもちろん、彼の自宅へも何度も行った事がある。昭士もいぶきも子供や孫同様に可愛がってもらってもいる。
それでも彼等が美和と顔を合わせた事はほとんどなかった。だから知らなかったのである。
「妹さんとは先日チラリとお目にかかったのですがね」
今は大剣の姿になって壁に立てかけられているいぶきを横目でチラリと見て、美和はそう言った。
「ともかく。事情を総ておじさんに話してから、自分はそこでおじさんの遠縁の人間として生活を始めました。名前もビーヴァ・マージコを日本語調の発音に置き換えた『ミワ・マシコ』として。目立たぬように。十年程前の話になりますが」
サッビアレーナ国の場合、ビーヴァが名前でマージコが苗字になるそうだ。
しかし全く知らない世界での生活など、よくできたものだと昭士は感心する。それに馴染めたのは「あらゆる世界の誤差や影響を受けない」体質が理由でもあったのだが。
《って事は、元々二百年前の人間で、俺達の世界に来る時にトラブって世界はおろか時間まで飛び越えて、そこで十年過ごして現在に至るって事か》
昭士が話を整理して美和に確認を取る。確かにこれは前置きがないと、いきなりこれだけ話されても何がなんだかサッパリ判らない。
《って事は、そっちは俺達を知ってた事になる訳か。そういえばスオーラから聞いたけど、尾行してたらしいな》
昭士がスオーラ――モーナカ・ソレッラ・スオーラから聞いた話を出す。
スオーラはここオルトラ世界の住人で、父親が一宗教のトップというお嬢様。しかし真面目で腰の低い丁寧な言動の人物だ。
昭士といぶきをこの戦いの運命に引き込んだ張本人ともいえるが、他人のために何かする事を嫌ういぶきはともかく、昭士自身はそれを後悔してはいない。
今では二つの世界のために戦いを続ける立派な「相棒」として互いに協力しあっている。
「ええ。自分は盗賊ですからね。あなたの世界で十年暮らすうちに、それを活かした仕事にも就きましたし。それが何かは内緒です。守秘義務という物もありますからね」
そう言って、揃えた右手の指先で自分の口を軽くトントンと叩いてみせる。それはこの世界の大半の地域で「静かに」とか「内緒です」という意味の仕草である。
“事情は判りましたが、それでもすぐに戻ってもらいたかったです。そして昔のように盗賊団を……”
“事情は判りましたが、それでもすぐに戻ってもらいたかったです。そして昔のように盗賊団を……”
ジェーニオの意見ももっともである。彼(彼女?)にしてみれば訳が判らない間に仲間がいなくなって、しかも二百年も戻って来なかったのだ。
別の世界に飛んで助かっていたのなら、世界を行き来できるのなら、その時点で戻って話くらいしてほしかった。そう考えて当然だろう。
「今さらマージコ盗賊団を復活させたところで、もう時代が違います。昔のような盗みができる世の中ではありませんから」
昔は警察のような組織もまだまだ未熟であったし、事情によっては盗みも大目に見てもらえる、ある意味で「大らかな」時代でもあった。
だが今は違う。正規品と盗品が市場に堂々と並んで売られているような混沌とした国であっても、きちんとした警察機構はあるし、どんな理由でも盗みは盗みときちんと裁かれる。
「それに二百年も経っていれば、どんな人間も生きてはいないでしょう。元々利害の一致で組んでいた面も強いですから、そこまで仲間への義理立てをする必要もないですし。そもそもあちらの世界へ行ってしまった瞬間に、彼等は皆『存在できない』存在になってしまっています。もう探しようがありません」
美和はそこで一旦言葉を切ると、ジェーニオを少々困ったようにチラリと見てから、
「……精霊のあなたの存在は計算外でしたが」
ジェーニオは「当然です」と言いたそうに、堂々と胸を張って澄ましている。
基本精霊には生物のような「寿命」という概念がない。死なない訳ではないが、深手を負ったりしない限りは何百年でも平気で存在できる。
「それに、これが一番大きいのですが」
美和はそう前置きをしてから
「父も常々言っていましたが、盗賊の真骨頂は他人に悟られない事。目立つのはご法度です。これは自分も同じ考えです。マージコ盗賊団はあらゆる意味で目立ち過ぎました。そんな目立つ事はもう二度とする気はありません」
美和が話すのを止めたため、しばしの静寂が室内を包む。
“……つまり。もう盗賊団を続けるつもりはない、と?”
“……つまり。もう盗賊団を続けるつもりはない、と?”
静寂の中、絞り出すようなジェーニオの声が静かに響く。
いつ盗賊団の仲間達が帰って来ても良いように、たった独りで二百年もの年月を待ち続けて来たのだ。アジトであるこの塔を守りながら。
なのにようやく仲間が帰って来たと思ったらこの言われようでは、彼(彼女)の胸中は如何ばかりか。
怒り。悲しみ。嘆き。虚しさ。どう表現して良いのか判らない暗く激しい感情が渦巻いている。
このままでは戦いにでもなるのではないか。さすがに巻き込まれるのは面倒と、話題を変えるべく昭士が口を開く。
《で。お前さんがそこまで盗賊団に忠誠を誓う……つーか、力を貸してるのは、何でだ?》
丸テーブルゆえにほとんど隣のジェーニオを立てた親指で指差す。だが指差されたジェーニオは一瞬キッと鋭く昭士を睨み返す。しかしすぐに強く睨むのを止めると、
“親指だけを立てる仕草は、この国ではとても品がない仕草。止めるべき”
“親指だけを立てる仕草は、この国ではとても品がない仕草。止めるべき”
ムスッとした顔で美和に負けず淡々とそう説明するジェーニオ。昭士がこの世界の出身でない=この仕草の意味を知らない事を思い出し、怒るのを中断したのだ。
「『ヤらせろ』という意味合いですからね。確かに止めるべき」
美和もジェーニオに倣うかのように淡々と補足する。それもかなり直接的な単語で。
意味を知らないでやってしまった事に対してすぐさま怒りをあらわにせず、まずはそれはいけないと諭す。それが多文化共栄を当たり前としているこのオルトラ世界での常識である。
女と男女の二人に睨まれる昭士も高校一年生。傍若無人すぎるいぶきのせいで女性に対しては淡白な接し方が多いが、美和の言った事が何を意味するか知らない程初心ではない。
「ソレ。オレのトコ。合図。しとめた。獲物」
相変わらず固いパンを頬張りながら、ジュンが不意に会話に割って入る。
「マチセーラホミー地方は、基本肯定の意味だそうですね。まさに『所変われば品変わる』です」
美和がジュンに対してそう付け加える。相変わらず淡々とした口調だったが。
だがこのままボディランゲージの違いの話を続けさせるのもどうかと思い、昭士は話の続きをうながした。話の腰を折って脱線させた本人ではあるが。
《ほら。三つの願いを叶えるとか、呪いにかかってるとか、何年間契約してるとか、色々あるんじゃないのか?》
そうでもなければ、この人間を越えた精霊がここまで人間のために働き続ける理由がなかろう。
“我は団長の先祖に作られた存在ですから”
“我は団長の先祖に作られた存在ですから”
ジェーニオはハッキリとした口調でそう言った。
《作った!?》
思ってもいなかった答えに、昭士が思わず大声を上げてしまう。美和もその答えにほんのわずかだが表情を変える。彼女もその辺りは知らなかったようだ。
《作るって言っても、精霊製造キットみたいなヤツでもあるのか? それとも、半分男で半分女だから、二体の精霊を合体でもさせたのか?》
昭士の半分ボケた内容には誰一人ツッコミを入れず(というよりも言っている内容が判らない)ジェーニオは、
“さすがに方法までは知らぬ”
“さすがに方法までは知らぬ”
言われてみれば当たり前である。
「自分もジェーニオの事はほとんど聞いてませんでしたし。それは他の仲間も同様でしたが」
こうした盗賊団のメンバーは、たいがいすねに傷持つ身だったり、暗い過去を背負っていたり。詮索されたくない部分を持つ人間が多い。そのため自分から話さない限り詮索はしないというのが暗黙のルールになっていた。
そのルールのおかげで謎の存在とも言えるジェーニオの事を根掘り葉掘り聞く人間がいなかったのだ。当然美和も過去の事は何も知らない。この盗賊団の「人外の」仲間として共に活動していたくらいしか。
だがジェーニオが盗みに加わる事は少なく、皆が留守の間この塔を守ったり、人の手に余る雑用をこなしてもらったり。そういう裏方仕事が多かった事は確かだ。
そんな仕事にも文句一つ言わず、誰もいなくなってしまってからも二百年の長きに渡って塔を守り続けていたのだ。
ここまで来ると作られたからという恩義や団長に対する忠誠心だけでは理由にならない。
《ひょっとしてアレかね? 生まれたばっかりのヒヨコが、初めて見た動く物を自分の親だと思っちゃうヤツ。何だっけ、アレ?》
判らないがゆえに適当な事を言ってみる昭士。
《まぁその辺は、後で賢者のヤツにでも聞いてみるか。どうせこの後会わざるを得んし》
この世界でも有名らしい賢者――モール・ヴィタル・トロンペを思い浮かべる。
この地に飛ばされた事は完全に予想外であったが、本来昭士達が向かっていた国で彼と落ち合う予定だった。
そしてもう一人。合流しなければならない大事な「相棒」のスオーラがいる。昭士は席を立つと、
《まぁ聞きたい事はいくつかあるが、まずはナントカいう国に行かなきゃならん。俺とジュンだけじゃどうにも身動き取れないし》
昭士はこの世界の人間ではない。地理も言葉も何も判らない。カード状のアイテム・ムータで世界を行き来する能力はあるが、そうした知識まではムータも面倒を見てはくれないようだ。
「オレ。判らない。ココ」
ジュンはこの世界の住人ではあるが、生まれ育った森から出たばかりだから当然地理など判る筈もない。さらに言うならこの国の言葉は全く判らない。
昭士とジュンだけでは、確かに身動きが取れない。自分で動けないいぶきも同様だ。情けない話だが、彼等は戦い以外では何の力もない役立たずと言うしかないのである。
《まぁあんた達が手伝ってくれるってんなら話は早いけど》
「構いませんよ」
何の期待もしないで言った昭士の言葉を、あっさり過ぎるくらいに肯定した美和。
「ですが、一つ約束して下さい」
美和はわざわざもったいぶったようにそう前置きし、昭士の前で人差し指をピシッと立てた。
「自分の存在を公にしないで下さい。自分の存在は誰からも知られない事が一番の強みなのですから」
《……スオーラにもか?》
「当然です」
スオーラは自分と共に侵略者と戦う同士であり相棒。その相棒にも秘密にしろ。という事だ。
「彼女は聖職者。自分のような盗賊とは相反する地位の存在です。いかなる正当な理由があろうとも、自分のような盗賊という存在を許す事は決してないでしょう」
スオーラは頑固な面はあるが、そこまで杓子定規な対応はして来ないと思う。
「今回は事情を話せという事でそのポリシーを曲げてあなた達に説明をしましたが、本来はそれすらしてはいけない事ですから。必要以上に喋らないで下さい」
そう聞くと美和の方が杓子定規に過ぎるかもしれない。ポリシーも時にはそれだけで厄介である。昭士はそう思っていたが、
《けどゲームじゃ僧侶と盗賊が同じパーティにいるってのは、珍しくもないけどな》
と、思わず文句が出る。すると美和は、
「ああ。自分に言わせればゲームの盗賊など盗賊と呼ぶに値しませんよ。単に手先の器用な技術屋でしかありません」
確かにゲームでは(特にコンピュータのRPGでは)盗賊の役割など鍵や宝箱の鍵開けか、物陰からの不意打ちくらいだ。彼女からすれば本当にそうとしか思っていないのだろう。
他にも自分のこだわりやポリシーを並べ立てようかと口を開きかけたが、話の脱線を恐れたのか小さく咳払いをしてそれを止めると、
「盗賊ごときが世界を救う一員になるなどおこがましいですし、そもそもそんな目立つ事に興味などありません」
これまたあっさり過ぎるくらいの淡々とした物言い。しかし、
「ですがこの世界が大変な事になってしまっては、盗賊稼業どころではありません。盗賊が活動するためにはある程度世界が豊かでなければなりません。そんな世界がある事は盗賊存在意義の大前提ですから」
美和以外の面々の表情に、露骨に「?」マークが浮かび上がっている。その辺りは盗賊の並々ならぬこだわり、というヤツなのだろう。
しかし手伝いはすると言っている。素直じゃないと言うべきか。極めて打算的な損得勘定と言うべきか。
だがその意見にジェーニオが食ってかかった。
“盗賊団は復活させないと言ったのに、盗賊稼業はされるのですか?”
“盗賊団は復活させないと言ったのに、盗賊稼業はされるのですか?”
「ええ。何度も言っていますが盗賊稼業は目立ってはいけません。集団を作るつもりはありませんが盗賊稼業を止めるとは一言も言っていません」
《おいおい。こっちを手伝うんじゃなかったのか?》
今度は昭士が美和の発言に食ってかかった。すると美和は相変わらず淡々と、
「手伝い方が盗賊流になるだけですよ。自分には盗賊以外の事はできませんからね。強いてそれ以外の物を挙げればおじさん直伝の合気道の技くらいですが、教え広める気はありません」
ワガママなのか筋を通したいのか良く判らない。だが一応手伝いをやるつもりはあるようなので、昭士はホッとした。
《手伝ってくれるんならイイか。じゃあ早速……何だっけ。元々行こうとしてたところって?》
固有名詞を覚えるのがあまり得意ではない昭士は、本来の目的地の名前をすっかり忘れてしまっていたのだ。
「ペイ国のルリジューズの町ですね。そこにモーナカさんのお姉さんがいるそうですから」
昭士が忘れてしまっている事も、美和はきちんと記憶していた。
「ここから向かうには、どちらにせよ、まずはパエーゼ国内に入らねばなりませんね。この国はペイ国へ向かう鉄道がありませんから」
美和は立ち上がると、ジェーニオに真剣な視線を向けた。
「あなたは今日をもって自由の身。盗賊団に縛られる事なく、好きに生きて結構です。何百年もマージコ盗賊団に尽くして下さり、有難うございました」
そして「日本風に」深く頭を下げる。それはこのサッビアレーナ国にはない習慣だが、さすがにきちんと挨拶をしている事くらいはジェーニオにも理解できた。
“自由の身? 好きに生きろ? 作られた精霊の我に?”
“自由の身? 好きに生きろ? 作られた精霊の我に?”
ジェーニオの表情が固まり、声が小さく震えていた。
盗賊団のために作られた存在が、その盗賊団を放り出されるようなものだ。
自分はもう要らないのか。必要とされないのか。明らかに納得が行かない。そんな表情をありありと浮かべているのは昭士やジュンですら判った。
“我は精霊。命令を受けてそれに従う事しか知らない”
“我は精霊。命令を受けてそれに従う事しか知らない”
昭士はその言葉にマンガなどに出てくる人の心を持つロボットを思い浮かべた。ジェーニオも「何かのために作られた」存在だったからだろう。
“自由に生きろと命令されてもその自由が判らない。自由とは何だ”
“自由に生きろと命令されてもその自由が判らない。自由とは何だ”
哲学的な悩み。質問。答えてやれそうでその答えが判らない。昭士も答えに困ってしまう。
生まれてから森の中だけで原始的な生活をして来たジュンには難しすぎる質問だし、他人のために何かをする事が嫌いないぶきが、こういう時には――知っていようがいまいが口を開く筈もなし。そんな沈黙の中美和が、
「それは己で考えて、己で決めねば意味がない事です。自分達が答える事はできません」
口を開いた。

<つづく>


文頭へ 戻る 進む メニューへ
inserted by FC2 system