トガった彼女をブン回せっ! 第14話その5
『…………………………』

昭士がポケットから取り出したムータ。変身をしたり互いの世界を行き来するのに使うアイテムだが、最近もう一つの使い方が判った。
戦乙女の剣の二メートル近い刀身の根元に、そのムータがすっぽり収まるだけの薄いくぼみができたのだ。そこにムータをはめると、始めからそこにあったかのように、隙間なくピッタリとはまり込む。
《オイゴルァ、バカアキてめぇまたあアアあばバァあっヴぁぶぁああっ!!!》
いぶきが怒鳴り出した途端彼女の口から演技抜きに悲鳴がもれる。人間の良心を鋭く直撃し罪悪感で満たすような痛々しい悲鳴である。
だが昭士はその悲鳴を全く無視して、戦乙女の剣を両手でしっかりと握り直した。その時である。
分厚く巨大な鉄板としか言えないその刀身全体が一気に真っ赤な炎に包まれたのである。その様子は完全に炎の剣。まさしく世界すらも焼き尽くす魔剣である。
昭士はその燃え盛る剣を構えたまま、ようやく始まった自然落下に身を任せる。眼下に広がるのは広大としか言い様がないノミ型エッセの背中。その背中に向かって炎の刃を力一杯叩きつける!
《ぐぎやゃゃあああああああああああああああっっっ!!!》
ノミ型エッセの外皮が壊れる音より大きないぶきの悲鳴が轟いた。刀身の半分以上が体内にめり込む。そしてさらに目も眩む閃光。耳をつんざく爆発音。剣が産み出した破壊力は確実にエッセの背中に、一瞬でクレーターのような穴を作り上げた。
昭士は未だ燃え盛っている剣と、ちょっとしたプール並の大きさ・深さのクレーターを交互に見やって、
《やっぱりこの程度じゃ焼け石に水か》
それだけノミ型エッセが巨大すぎるのだ。同じ百ポイントのダメージでも、ヒットポイントが五十の敵と一億の敵とでは感じ方は全く違う。
これまでの敵を倒して来た戦乙女の剣の一撃が、この巨大すぎるノミ型エッセには効かない。そういう事だ。
だがそれは昭士も予想していた事。燃え盛る刃のままの剣を肩に担ぐと、彼はそのまま背中をひた走った。彼自身の方向感覚と能力による「感覚」が正しいのなら、もう数キロ行った先にある筈なのだ。
だが。いくら重さを感じないとはいえ全長二メートル重量三百キロもの鉄の塊を担いで、かつ背中に炎を背負って炎天下の砂漠の太陽の中を走るのは、さすがにキツかった。おまけに今朝から飲まず食わずだ。
空腹やのどの乾きはなぜかそれほど感じてはいないが、このままでは確実に熱中症か脱水症で倒れるだろう。
背中のいぶきは相変わらず火傷するような熱さを訴えているが、昭士もいちいち応対している余裕がない。
やっとの事で辿り着いた「数キロ先」には案の定。先程昭士がいぶき=戦乙女の剣を呼び出した際にエッセとぶつかってできた「穴」があった。わずかな距離とはいえこの穴はエッセ内部を入り組んだ形で作られている。
それならば、と、昭士は再び戦乙女の剣を真正面に、剣道の構えでいう正眼に構えた。柄を握る手に一層力を込め、目を閉じて精神を集中させる。
するとどうだろう。刀身に纏う炎の色が少しずつ変化し出したのだ。真っ赤だった炎が次第に淡く、白く。
炎の色と温度の高さの関係は一概にこうだと言えないものがあるが、少なくとも温度の方はどんどん上昇しているようだった。
《あづあづあづあづあづあづあづあづあづあづあづあづあづあづあづあづ……》
悲鳴がまるでお経のようなものに変わって来たからだ。大声を上げる気力はないが思わず声が出てしまう。演技すらできない本心からの「悲鳴」だ。
剣自体の重さは感じないといっても、刀身からの炎の熱気は充分以上に感じている。さすがに暑い。背中に感じる砂漠の熱風が冷凍庫並に冷たく感じるほどに。
だが昭士の身体からは一滴の汗も浮かんでいない。エッセから攻撃が来ないのを良い事に、炎の熱気を吸い込まないよう気をつけながら深呼吸を繰り返す。
だがそうやって慎重にやってばかりもいられない。エッセはいつこの世界から消えてしまうか判らないのだ。
もっともこのエッセは大地からのエネルギーを大量に吸収しているためか、ずいぶん長時間この世界に実体化している。とはいえ脚を砂漠から引き抜いて飛び立たないという保証もない。
チャンスはそう多くない。そう自分に言い聞かせ、切っ先が地面に触れるくらい大剣を大きく振り上げた。そしてそこからプロペラのように背後で半回転させ、剣を逆手持ちに切り替える。そして、
《おぉぅりやゃぁぁぁぁぁぁっっ!!》
雄叫びと共に力と気合いを込めて、穴めがけて剣を突き下ろした。さっきの穴と叩きつけた切っ先が、ちょうど十字を描くように。
《ぐげえぇぇぇえぇぇぇえぇぇえぇえぇぇえぇっっっ!!!》
叩きつけた切っ先がエッセの外皮を突き破り、刀身の根元まで刃が食い込んで、内部を破壊していく感触を感じる。
さっきクレーター状になった炎と衝撃の総てがさっき開けた穴の中を突き進んで行ったのが昭士には判った。
エッセの内部構造など知る由もないが、外部から食料を摂取する必要がある関係上、人間でいう消化器官のような物がある筈。取り込んだ栄養分に相当する物を全身に巡らせる機能もある筈。
例えるなら皮膚や筋肉だけでなく、内臓や血管のような物にまで何らかのダメージを与えている筈。そう信じて。
《そら、もういっちょ!》
《…………………………》
炎に包まれたままの刀身を景気良く振り上げる昭士。炎と熱と温度でグロッキー状態のいぶきの言葉にならない声を上げて抗議する。
再びさっきと同じように穴めがけて切っ先を叩きつける。しかし今度は切っ先が十センチほど突き刺さっただけで、内部の破壊はおろか外皮もダメージを受けたという感じがない。
それはこの戦乙女の剣は、いぶきが痛みを感じれば感じるほど「破壊力」となるからだ。
人間の時のいぶきが周囲を顧みない、他者に対して高圧的で暴力的な態度で痛みを与えている事の「裏返し」かもしれないとは賢者の談。
グロッキー状態で意識も朦朧。痛みを感じないのであればその分破壊力は落ちる。理屈としては単純だが、攻撃を畳みかけたいこういう時に限ってこれでは非常に困る。
おまけに時間切れが来たと言わんばかりに刀身から炎がかき消え、刀身のくぼみからムータが転がり落ちた。昭士は素早くムータを拾い上げる。
いぶきの意識をシャンとさせない限り爆発的な破壊力は生み出せそうにない。しばらく時間を置くのが確実だが、そんな余裕はあるかどうかも判らない。
《どうしたもんかな》
“スゴイ物使ってるな”
“スゴイ物使ってるな”
ふと真上からそんな声がかけられた。男女二人で同時に喋っているかのような、若干聞き取りづらい声だ。昭士は自分の「感覚」でも全く判らなかった声の主を見ようと、彼はギョッとした顔で見上げる。
《……アラビア?》
声の主を見た昭士の第一声と第一印象は、その一言である。
昔テレビで見た「アラジンと魔法のランプ」。あれに登場する精霊のような格好だったからだ。
青白い素肌の上から直接丈の短い真っ赤なチョッキを着て、足首でキュッと細くなる膨らんだ白いズボン。首や手首、足首にはジャラジャラと金の輪っかをつけている。
ただし。身体の右半分は肉付きの良い女性で、左半分は鍛えられ引き締まった体格の男性。そのため右の乳房だけが大きく膨らんで見える。
黒く長い髪を頭頂部で総て一つにまとめて長く直立させ、そこに白い布を巻いている。まるでヤシの木のようである。
そんな彼(彼女)の手には風呂敷のような布に包まった荷物がある。中身まではさすがに判らない。
“アラビアってのは良く判らないが、我の名はジェーニオ。マージコ盗賊団の一員にして守り神である”
“アラビアってのは良く判らないが、我の名はジェーニオ。マージコ盗賊団の一員にして守り神である”
何となく偉そうな口調である。男女二人で同時に喋っているように聞こえるのは、右半分が女で左半分が男だからなのだろう。
だがもう一つ疑問がある。それは言葉が通じる事だ。
昭士は日本語しか判らないし喋れない。このオルトラ世界にあるマチセーラホミー地方の言葉が殆ど日本語と変わらないので、そこの言葉は判る。もっとも方言になるとさっぱり判らないが。
だがこのジェーニオと名乗った自称「盗賊団の守り神」の言葉は判る。しかし日本語(マチセーラホミー地方の言葉)を喋っているようには見えないからだ。
“簡単な事。我は精霊。我の言葉は総ての人に通ずる”
“簡単な事。我は精霊。我の言葉は総ての人に通ずる”
説明しているようで全く説明になっていない。そう昭士は突っ込みたかったが、それよりも早くジェーニオは炎が消えてしまった戦乙女の剣を指差した。
“ゆるりと話をする前に、このデカブツを倒そう。その剣を使って”
“ゆるりと話をする前に、このデカブツを倒そう。その剣を使って”
だが昭士は言葉を濁す。
《しばらく待たねーとこいつの意識が戻らんだろうから威力が出ねーぞ。おまけに火で倒し切れなかったし》
“火がダメでも色々ある……もしかして使い方をよく判ってない?”
“火がダメでも色々ある……もしかして使い方をよく判ってない?”
名乗った時は偉そうだったが、急に口調が砕けた。その落差にポカンとする昭士を見て「説明してやろう」と言わんばかりに胸を張ると、
“戦乙女の剣にムータでどんな力を与えるかは、使い手の意志次第。氷でも雷でも何でもイケるぞ?”
“戦乙女の剣にムータでどんな力を与えるかは、使い手の意志次第。氷でも雷でも何でもイケるぞ?”
その内容に昭士は軽く驚きを隠せない。元々詳細な使い方を学んだ訳でも教わった訳でもないから、知らない事の方がむしろ多いのだが。
《何だ、使い方判るのか?》
“守り神は伊達じゃあない。それに昔の戦乙女の剣なら有名だったからな。それなりには知っている”
“守り神は伊達じゃあない。それに昔の戦乙女の剣なら有名だったからな。それなりには知っている”
そういえば。ずいぶん前に賢者から聞いた事がある。
かつていぶきのような人間がこの世界にいたらしく、その人間が神の怒りを買って剣に姿を変えられ、他人の役に立ち、尽くす事を強制させられた。そんな話だ。
“あの時は二人がかりで使っていたな。よく一人で振り回せるモンだ。そんな力がありそうには見えないし”
“あの時は二人がかりで使っていたな。よく一人で振り回せるモンだ。そんな力がありそうには見えないし”
昭士の体型はいわゆる細マッチョといえる。がっしりして貧弱なイメージはないが、どう贔屓しても力持ちには絶対に見えない。ジェーニオの指摘は嫌になるくらい正しい。
《この世界じゃ剣だけど、元の世界じゃ俺の妹でな。それもワガママ放題の暴力娘。振り回される仕返しに、こっちじゃ振り回せるようにでもなってんじゃねーの?》
“なるほど。血の為せる技、でしょうね”
“なるほど。血の為せる技、でしょうね”
《……のんきにくっちゃべってンじゃねぇよバカ共が》
ゼーゼーと辛そうに息をしながらか細い抗議の声をあげるいぶき。その声を聞いたジェーニオは昭士に向かって、
“意識が戻ったか。やるなら今だろうな”
“意識が戻ったか。やるなら今だろうな”
《ん。そうだな》
昭士もいぶきを無視して剣を構え直す。ジェーニオが言う通り昭士に意志通りにできるのならば、火以外の攻撃もできるのでは。
《けど。火がダメとなると……反対に氷とか。いや。金属なら雷ってセンもあるかな》
“初めて使ったのが火だったから、火しかできないって思ってたってところか?”
“初めて使ったのが火だったから、火しかできないって思ってたってところか?”
ジェーニオの指摘通り。初めて使った時は火だった。だがそれは相手がトビウオや水だったから。水に対抗するには火だろうと無意識に思っていたのかもしれない。だが今度は違う。
昭士は持ったままのムータを、もう一度くぼみに嵌め込んだ。
《来い、雷!》
さらに雷を強くイメージするように口に出してみる。すると、
バチバチバチバチッ!!
ムータから幾筋もの青白い火花が散り、それが刀身を包むように飛び回る稲妻となった。同時に、
《あばがばがばばががばがばばがばがががばがばがばばががばが》
感電したようないぶきの声がもれ出した。これまでの火炎とは全く違う電撃の衝撃で意識がはっきりしたようだ。これならいける。
《よぉし……》
太く長い刀身を縦横に駆け巡る青い稲妻。それを見た昭士は満足そうにニヤリと笑い、もう一度大きく振り上げた。
そしてさっきと同じように背後で剣を半回転。逆手持ちにしてから雄叫びと共に切っ先をさっきの穴に叩きつけた。
《うぉりやゃぁぁぁぁぁぁっっ!!》
《ばがぉおおぁおおぉぉぁぉぁぉぉぁぁおぉぁっっっ!!!》
外皮を砕く音よりも、刀身が根元まで食い込む音よりも、剣からほとばしった稲妻よりも、遥かに大きないぶきの悲鳴が轟いた。
昭士も感じていた。莫大な稲妻=電気がこの穴から内部を駆け巡った事を。炎と違い、電気が穴以外の部分をも駆け巡った事を。
それは稲妻が駆け巡った感覚を感じたからだけではなく、中から外皮を突き破っていくつもの稲妻が吹き出した事からも判った。
さっきと同じく、力を使い果たしたかのように、刀身からムータが剥がれ落ちる。昭士がそれを拾った時、突き刺した剣の隙間から淡く黄色い光が漏れて来たのである。
その黄色い光はエッセの背中に次々と裂け目、切れ目を作っていく。大き過ぎて判らないが、エッセの全身がその切れ目や裂け目から漏れる黄色い光に包まれているようだ。
ぱぁぁぁぁぁあん!
エッセの身体が一斉に弾けた。戦乙女の剣でとどめをさせた証。このエッセが金属に変えた物――今回は砂に変えた物を元に戻せる光だ。
身体が大きいだけに吸い取った物も大きかったようで、あまりの眩しさに目を開けていられない程だ。目を固く閉じているのに光を直視しているかのような眩しさだ。
その時、今まで立っていた場所がスッと消えたような感触を受けた。同時に自分の身体が落下していく。エッセの総てが光となって消えたからだ。
今の今まで巨大すぎるエッセの「背中で」戦っていた事を、昭士はすっかり忘れていたのだ。さすがにこの高さから落ちては助かるまい。
そう思っていた時に、急にガクンと落下速度が落ちる。いや、止まる。
“危ない危ない。それにしても噂に違わぬ重さだな”
“危ない危ない。それにしても噂に違わぬ重さだな”
昭士の左手を片手でしっかりと握って「宙に浮いている」ジェーニオ。
三百キロ以上ある戦乙女の剣を持った状態の昭士を片手で釣り下げ、浮いていられるその力。守り神を自称するのも伊達ではないという事だ。まさしく「アラジンと魔法のランプ」の精霊のようである。
気配が感じられないのでジェーニオの存在をすっかり忘れていた昭士は慌てて、
“お礼を言うのはこっちも。塔を守ってくれたんだからね”
“お礼を言うのはこっちも。塔を守ってくれたんだからね”
ジェーニオの視線の先には石造りの塔があった。


砂漠からすっかり元の荒野に戻った大地に、昭士は降り立った。
乾き切っているとはいえ土の上にしっかりと降り立つと、ちゃんと降りられた思ってホッと一息つく。やっぱり宙に浮いたままというのは落ち着かないし怖さもある。
そんな状態のところに口の悪すぎるいぶきが難癖をつけてこなかったのは不幸中の幸いである。
昭士はまだまだ黄色い光で眩しい空を見上げた。それだけ膨大な大地のエネルギーを吸い取っていたのだろう。これが時間をかけて元の場所に戻り、この地のように元の姿を取り戻していくのだろう。
この光景を見ていると「やったんだ」という満足感が胸にふつふつと湧いてくる。少しだけ誇らしい気持ちも。
昭士を地上に下ろしたジェーニオは、ずっと持っていた包みを解いた。そこにあったのは果実とパン。
“ボッラッチャとセチホミイだ。食べろ”
“ボッラッチャとセチホミイだ。食べろ”
ボッラッチャは以前ジュンの故郷である森へ行った時に聞いた覚えがある。セチホミイの方は固そうなパンに見える。丸くて薄い……というより分厚い皿と言った方が良いような、そんな感じだ。
あれだけ動いたにも関わらず、今日は何も食べていないにも関わらず、不思議とのどの乾きも空腹を感じていない。まぁ食べて食べられない事もないし、わざわざくれた物を目の前で返す事もないと思い、パン(?)を頬張った。
それは昭士の想像以上に水気がなかった。かなりパサパサしている。パンというよりは味がないカロリーメイトだ。だがそれでも一口分を咀嚼して、苦労して飲み込む。正直水が欲しい。そうだ果物だ。多少水気があるだろう。
だが、渡されたボッラッチャという果物。受け取ったその皮は相当に固そうだ。かぶりついた程度ではびくともしなさそうに。道具もないし、一体どうしろと言うのか。
そんな風に困っている昭士を見かねて、ジェーニオは彼の手から果実をひょいと取り上げると、
“ボッラッチャの食べ方も知らないとは。一体どこの出身だ”
“ボッラッチャの食べ方も知らないとは。一体どこの出身だ”
彼(彼女?)は果実のヘタを上にして横から両手で握り、そのまま力一杯ひねる。すると固そうな皮にピシッと切れ目が入ってくるりと回る。そうして右半分、左半分と皮を外してみせた。
“こうすれば刃物を使わずに皮が剥ける。覚えておけ”
“こうすれば刃物を使わずに皮が剥ける。覚えておけ”
《そんな偉そうに言われてもな。俺はこの世界の出身じゃない。知らなくて当然だ》
拗ねたように視線を反らして、皮を剥かれた果実を受け取る昭士。それはまるでミカンのようにいくつもの房が固まった物だった。手で簡単に房が外れる。
ジェーニオは彼が房の一つを口に入れるのを見届けると、
“では、ゆるりと話そうか”
“では、ゆるりと話そうか”
自身が言うように「ゆるりと」話を始めた。
“我はこの塔を守る任を受けていた。しかし二百年程前に誰一人戻っては来なくなった”
“我はこの塔を守る任を受けていた。しかし二百年程前に誰一人戻っては来なくなった”
昭士の周りを浮き上がりながらクルクルと回る。その様子はクラシックバレエのようだ。やがてクルクル回るのをピタリと止めると、塔をまっすぐ、そしてずいぶん演技過剰なポーズで指差すと、
“しかし戻って来る事を願って塔を守り続けていた。何年も、何年も、たった一人でな”
“しかし戻って来る事を願って塔を守り続けていた。何年も、何年も、たった一人でな”
そういうジェーニオは半分男で半分女。声も二人で同時に喋っているような感じだ。とても一人とは思えないのだが、その辺への追究は止めておいた。
黙ったままの昭士に気を良くしたのか、ジェーニオはさらに続ける。
“それが二日前、いきなりあの巨大なノミが現れたと思ったら、荒野をあっという間に砂漠に変えてしまった”
“それが二日前、いきなりあの巨大なノミが現れたと思ったら、荒野をあっという間に砂漠に変えてしまった”
《何でも大地の養分だかエネルギーだかを根こそぎ吸い取ったから、らしいぜ》
パサパサのパンとボッラッチャの果肉を一緒に放り込んだ昭士がそう口を挟んだ。完全に受け売りだが。
“なるほど。エネルギーが無くなった大地は死に絶え、それが砂となった訳だな”
“なるほど。エネルギーが無くなった大地は死に絶え、それが砂となった訳だな”
昭士の説明に一人で納得したような口調のジェーニオ。しかしそこで若干の怒りを込めた表情で昭士を見た。
“今日は、この塔めがけて鉄の箱まで飛んでくる始末。我が受け止めなかったらこの塔が破壊されていた”
“今日は、この塔めがけて鉄の箱まで飛んでくる始末。我が受け止めなかったらこの塔が破壊されていた”
なるほど、と昭士は思った。巨大なノミにハデに蹴り飛ばされたのである。それも何百キロだか何千キロだかも。いくら下が砂地とはいえ落ちて無事に済む筈がないのだ。
《それで俺達は助かった訳だ。有難う、だな》
きちんとパンを飲み込んでから、昭士は深く頭を下げる。片手にパン片手に果物を持ったままではあるが。
“箱の中にいたお前達のために食料を調達しに行き、帰って来たら、あのノミが再び姿を見せていた訳だ”
“箱の中にいたお前達のために食料を調達しに行き、帰って来たら、あのノミが再び姿を見せていた訳だ”
ゆるりと、という割には箇条書きのような説明だが、それでもだいぶ判りやすかった。
ようやくパンを食べ終わった昭士は、
《説明どうも。だが俺達はその巨大なノミを倒しに来ただけだからな。終われば帰るまでだ》
帰る方法は判らんが、と付け加える。ジェーニオにその理由を問われると、
《正確には「俺一人で」だけどな。まぁもう少しすればあと二人ここに駆けつけると思う。そいつらと一緒なら、何とかなる》
ずいぶん遠くに置き去りにして来てしまったが、フィルマとジュンがこの塔までやって来てくれるだろう事は見当がついていた。エッセが倒された事は頭上と元に戻った荒野を見れば一目瞭然。
確かにスオーラの指摘通りフィルマは怪しいが、いくら砂漠から荒野に戻ったとはいえ、一人でバイクで逃げ出すのはデメリットが大きいだろう。
その際ジュンを放り出していくか、言い包めるかは判らないが。そもそも逃げ出すくらいなら、エッセとの戦いに巻き込まれる前にそうしているだろう。
それに、まだほとんど姿が見えないくらい遠くから、フィルマとジュンがバイクに乗ってこちらに向かっている様子が「判る」のだ。
彼の思惑はどうであれ、利害が一致する間くらいは行動を共にしても問題はあるまい。
“あと二人、か。お前女二人を連れて戦いに来ていたのか”
“あと二人、か。お前女二人を連れて戦いに来ていたのか”
ジェーニオの口から妙な言葉が。昭士はすかさず、
《おいおい。確かに一人は女だが、もう一人の黒い服は男だぞ?》
貫頭衣を来たジュンはともかく、黒い制服姿の中年男性・フィルマを女と間違えるだろうか、普通。
するとジェーニオは自信満々に胸を張ると、
“いや女だ。我は気配と魂でも物を見るからな。この我の前ではどんな変装も変身も無意味である”
“いや女だ。我は気配と魂でも物を見るからな。この我の前ではどんな変装も変身も無意味である”
再びさっきの偉そうな口調に戻った。意味もなくお調子者の人間を彷佛とさせる。
同時にその自信満々ぶりにハッタリはなさそうだし、そもそも人間ではなく精霊っぽい雰囲気がある。人間には判らない「感覚」という物を持っていても不思議ではない。
そんなやりとりをしている間に、バイクに乗ったフィルマとジュンの姿がだいぶ大きく見えるようになって来た。
ところがそのバイクは急に方向を変えた。こちらへ来ずに遠ざかるように。逃げ出すように。
“おっ。逃がしはしないよ?”
“おっ。逃がしはしないよ?”
ジェーニオは独り言のように言うと、遠くのバイクに向かって右腕を突き出した。そしてその右腕が一気に伸びた!
あっという間に手の先が見えなくなるが、その手の行く先にはバイクの後ろ姿が見える。
……どうやら捕まったらしい。こちらに後ろを向けたままどんどん姿が大きくなるバイク。さっき三百キロ以上の昭士といぶきを片手で釣り上げた怪力で、動いている最中のバイクを引っぱっているのだ。
やがてそのバイクは昭士達の目の前に引きずられて来た。さすがに観念したらしく、フィルマは仕方なさそうにバイクのエンジンを止める。
「ミチミニノチンラナノチ!?」
何と言っているのかは判らないが、フィルマは相当怒っているようだ。当たり前であるが。
ところがジェーニオは宙に浮かずにわざわざ地面を歩いてフィルマの真正面に立つと、その場でひざまずいてうやうやしく頭を垂れると、こう言った。
“ようやくお会いできました。ビーヴァ・マージコ団長”
“ようやくお会いできました。ビーヴァ・マージコ団長”
滂沱の涙を流して。

<第14話 おわり>


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