トガった彼女をブン回せっ! 第14話その4
『たべたい。ごはん』

驚くな、と言われても「そんな無茶な」とツッコミたくなるような言葉だった。
今現在自分と一緒にいる第一王子直属の近衛親衛隊員・フィルマ。
そんな人物は「存在しない」というのだから。
《どういう事だよ、それ!?》
相変わらず口元を隠し小声で、しかし怒りの感情を込めてスオーラに言い返す昭士。
『殿下から直接お聞きした話です。近衛親衛隊員はおろか、この車輌に乗っている人間の中に「フィルマ」という名前の人間はいない、という事です』
ついさっきスオーラに自分とジュンとフィルマという親衛隊員が無事だという連絡をした。もちろんそれを殿下=第一王子のプリンチペに伝えた事だろう。
その際「そんな人間はいない」と彼が言った、という事だ。
《いないと言われても、現にここにいるんだが。それとも王子さんは、自分の部下全員、それも一人一人の顔と名前を全部覚えてる、とでも言うのか?》
『少なくとも、今回の王室専用列車に乗り込んでいる人間は殿下直属の、それもかなり信用がおける方々。覚えていて当然です』
確かにこうした「動く個室」で偉い人間と一緒にいる事を許される人間ともなれば、身元がちゃんと判り切って本当に信用されている人間でなければダメだろう。いつ暗殺者やスパイが紛れ込むか判らないのだから。
『もしや何者かの――あの時の盗賊のような変装、いや、変身かもしれません!』
それは以前の事件でスオーラが遭遇した盗賊の事だ。
他人に変装する技術、変身する魔法という物がとりあえず存在する世界ではあるが、自分の肉体を「粘土のごとくこね回したように変身」をする魔法や技術となると、さすがに存在はしない。
昭士自身はその「変身」の現場を見てはいないが、スオーラからの話は聞いている。そんな驚きの光景を目撃して間もないからか、そんな考えを持っても当然だろう。
だがその目的は何なのだろう。王室専用列車から貴重品を盗み出す。はたまた乗っている誰か(可能性が高いのは第一王子だが)の暗殺。いくらでも思いつく。
その割に皆が寝静まった夜間に何か行動をしていた様子がない。誰かが殺されていた事もなければ、盗みがあったという報告もないようだ。
仮に盗みが目的だとしたら、物を盗んでからも「存在しない部下が」乗り込み続けている理由が判らない。
乗っている筈の人間に変装していたのならいざ知らず、今回のケースでは車内に残っている方が危険だ。すぐに自分が怪しいと看破されるに決まっているからだ。
被害らしい被害がない。そこが変といえば変である。
《まぁこっちも気をつけてはみるわ》
昭士の言葉に、スオーラはどこか納得していないように、何か言いたそうに小さく唸っていたが、
『判りました。アキシ様、くれぐれもご注意を。それでは』
そう言って電話が切れた。
自分ではごく自然に――しかしだいぶ警戒心をあらわにして塔の方を振り向く。するとフィルマは塔の反対側を調べているらしく、ここからはその様子を伺い知る事はできない。
すると貨物車輌の中で何かが動く気配を感じた。おそらくジュンが意識を取り戻したのだろう。昭士は急いで車輌に駆け寄り、開けっ放しの扉から中に飛び込む。
《ジュン、気がついたか?》
しかしジュンは大の字に寝転がったまま動かない。閉じていた目が開いているのだから起きてはいるのだろう。その表情は困って泣きそうな顔だ。
「たべたい。ごはん」
普段の元気からは想像できないか細く弱々しい声。それを聞いて昭士はプッと吹き出してしまった。
考えてみれば明け方から十一時過ぎの今に至るまで何も口にしていないのだ。おなかが空いて当然だ。
ところが昭士はそれほど減っていると感じていない。食べて食べられない事はないが、食べなくてもまだまだ大丈夫。そんな感じだ。
だが食べなくてもここは暑い砂漠のド真ん中。水分補給は重要課題である。
《しっかしなぁ。ここ貨物車輌だからなぁ。さすがに食べ物なんか積んでないだろうし……》
昭士はふとスオーラのバイクの事を思い出した。元々これで隣の国に向かう予定だったのだ。用意の良いスオーラの事。最低限の水や食料が積まれているのでは。そう思ってバイクの元へ向かう。
すると予想通り。後ろの荷台にそれらが入っていそうな箱を発見した。だが開き方が今一つ判らないので、
《フィルマ! ちょっと来てくれ、大至急!!》
外に飛び出した昭士は、大声で彼を呼んだ。


調査中いきなり呼ばれたフィルマは何事かと慌てて駆けつけて来たが、理由を聞いて「自分でやれ」と言いたそうにしてはいたが、バイクの荷台に積まれた箱を開けてくれた。
中身は昭士の想像通り水と食料(保存食)だった。だが、予想通りでなかった事もある。
中にあった水を入れた金属の水筒が総て壊れてしまっていたのだ。一応少しでも衝撃から守ろうと厚手の布に包まっていたのだが、あれだけ激しく揺れたのである。無理もない。
そのため中の食料が総て水浸し。その状態で半日ほど時間が経過しているものだから、もはやまともに食べられる代物ではない。
食べ物にありつけると思っていたところにこの事態。精神的なダメージは計りしれない。特にジュンは。
「たべたい。ごはん」
ジュンも狩猟民族ゆえにいつも必ず食事が取れるとは限らない生活を知っている。この状況で「何か食わせろ」とワガママを言う事はない。
しかし不満は出る。当たり前である。そこにまで怒りを感じるほど、昭士もフィルマも子供ではない。
「どうする。このままでは。助からない」
水も食料も持っていない状態で、水も食料も手に入らない砂漠のド真ん中にいるのだ。フィルマの指摘は嫌になるくらい正論である。
さっきも考えたが、元の世界へ戻って食料を仕入れるか。しかし戻った先がどうなっているのか全く判らない。
普通の町なら良いが、海や湖のド真ん中、果ては立入禁止の工場の中、というケースも充分考えられる。そこを切り抜けるだけでちょっとした「冒険」になってしまう。
加えて元の世界に戻るにはいぶきが一緒でないとならない。そうでないといぶきは元の世界の「どの時代に」飛ばされるか全く判らないからだ。実際それで大慌てした事もあるし、いくら人間として最低最悪の代名詞のようないぶきでも、そんな事は二度と味わいたくもない。
だがそのいぶきを呼ぶ方法はある。あるが、彼女は兄や家族からすら「自分勝手し放題の人間」と評されている。他人を助けたり、助けになったりする事を極端に嫌っている。自分が良ければ後は知った事ではない。人助けをするくらいなら死んだ方が遥かにマシだと言って自殺をはかった事すらある。
ちょっとした「冒険」に加えてそんないぶきをどうにかする。そこまで行くと大変な冒険になってしまう。下手をすれば食料集めどころではなくなってしまう。
昭士はふと空を見上げる。あれから時間が経って太陽の当たる角度が変わったためか、貨物車輌が作る影の面積がだいぶ小さくなっている。加えてこの貨物車輌。黒く塗られた鉄だけに、このまま直射日光を浴び続けていては外はもちろん中もかなり暑くなってしまうのでは。
そうなると、やはりあの石造りの塔の中に入ってしまいたい。直射日光が遮られるだけでもかなりマシになる筈だ。
昭士はフィルマに入口があったかどうかを訊ねてみるが、彼はないと答えた。存在し「ない」のか見つから「ない」のかは判らないが。
スオーラは彼がかなり怪しい人物だと睨んでいる。昭士もそう思う。
だがここは砂漠のド真ん中だ。たった一人になってしまっては、生き残る術がない。仮にこのバイクで砂漠を横断しようとしたところで、途中で燃料が尽きるのがオチだろう。
協力は欲しい。しかし警戒は怠れない。同時に怪しまれても困る。この総てをやる事がどれほど大変か。昭士は現状を嘆かずにはおれなかった。
だが嘆いているばかりでは意味がない。昭士は再び携帯電話を取り出した。
「それ。何だ」
当然フィルマが携帯電話を指差して訊ねてくる。この世界に携帯電話などないのだから当たり前だ。機械的な意味の文明が昭士の世界と比べて百年は昔のレベルなのだから。
《俺の世界の個人専用電話》
どこか突き放すように彼に説明すると、昭士は親指でキーをチョンチョンとつつくように操作する。電話をかけているのだ。それも「賢者」の元へ。
そして夕べと同じく一回だけコールした直後に回線を切断。しかる後に相手からの電話を待つ。
待つ。待つ。……待つ。いつもならすぐさま返信が来る賢者からの電話がない。
《何やってんだ、あいつ? そこまで忙しいのか?》
電話をかけてから十分は経ってから、昭士は蓋の時計を睨みながら呟く。
その時だ。昭士の「感覚」にこちらに向かって来る「何か」を感じた。そしてそれは昨日感じた物と全く同じ。
しかしエッセが現れた事を知らせるムータは鳴ってもいないし光ってもいない。という事は、朝方現れてから姿を消さずにあちらこちらを飛び回り続けていた、と考えるのが自然かもしれない。
この音と光はエッセが現れている間中鳴ったり光ったりはしないから。
昭士はまだ何も見えていない筈の「遥か彼方」をじっと睨みつけている。一つの事を考えながら。
それはいぶきの存在である。先程貨物車輌から放り出されてしまった、自分の妹にして唯一の武器。
もっとも呼べばすぐにも(文字通り)飛んで来るが、下手な都市よりも大きな敵が相手である。いくら自分の身長よりも大きな大剣とはいえ、敵からすれば痛くも痒くもないだろう。
何もない向こうを睨みつける昭士を見て、ジュンが緩慢な動きではあるがゆっくりと身を起こす。
「……来る。また?」
《どうだかなぁ。来てほしいトコだが、今の状況で戦うのもなぁ》
外は今が一番暑い時だ。しかも水がない。そんな状況で動き回ったら確実に熱中症か脱水症で倒れるのがオチだ。
しかも足場は砂。さっき歩いた時にも気づいたが、浜辺の砂と違って案外と柔らかい。力強く踏み込んだら脛まで埋まってしまいそうだ。という事は非常に動きづらい事を意味する。
あらゆる状況が自分達に不利。しかし昭士はそのエッセと戦うためにここにいるのだ。戦いは避けても逃げ出す訳にはいかない。
そこでポーチの中の携帯電話が激しく震えた。視線を動かさぬまま手探りで携帯電話を取り出し片手で開くと、誰からかも見ずに電話に出た。
《はい、もしもし》
『剣士殿、私です』
電話の声はさっき電話した賢者モール・ヴィタル・トロンペからだった。しかも相当切羽詰まった声で。
『大変な事が判りました。あの巨大なノミ型エッセは、これまでのエッセとは違います』
《何がどう違うんだ?》
昭士は「落ち着けお前」と言いたそうにゆっくりめに返答し、話の続きをうながす。
『これまでのエッセは特殊なガスを生物に吹きつける事によって金属化し、それを捕食していました。ですが今回のエッセは大地から直接養分やエネルギーを吸い取るようです』
まさしくこれまでの常識を覆す衝撃の事実、というヤツである。賢者の話はさらに続く。
『そのため一つの町があっという間に砂漠と化してしまいました。元々肥沃とは言い難い土地でしたが、これでは砂漠の中の町と変わりません』
その賢者の話を聞いて、昭士は車輌の外――目の前に広がる砂漠を見回した。
《……もしかして、俺達が今いる場所も、そうなのか?》
『と、おっしゃいますと?』
昭士は賢者に、フィルマが話していた盗賊団の塔の話をした。もっともこの石の塔が盗賊団の塔であるという確証はまだないが。
『……可能性はあるかもしれません。確かにそこまで高い塔となると、その盗賊団の塔くらいしかない筈ですから。エッセが荒野からエネルギーを吸って巨大になったのでしょう』
エネルギーを吸えば吸うほど巨大になる。地平線の向こうまで砂漠と化してしまうほどエネルギーを吸って、都市よりも巨大になった。その状態であちこち飛び回った。あくまで仮設だが説得力はある。
《……悪い。講釈は後にしてくれ。ずっと遠くにそのノミ野郎が見えて来た》
昭士は賢者の返事を待たずに通話を切った。
直接見えている訳ではないが、その視線の先で「滑空している」ノミ型エッセの存在はハッキリと「判って」いる。能力のおかげだ。
「ホントだ。ノミだ」
ジュンの驚異的な視力でも確認できたようだ。空腹ではあるがさすがに戦うべき時は理解している。
《フィルマはとりあえず、適当なトコに逃げててくれ。あのデカブツ相手にあんたを守りながら戦えるほど器用じゃないんでな》
昭士はそう言うと、強い日射しの中に飛び出した。地面の砂による照り返しで余計に暑く感じる。後を着いて来たジュンも裸足のまま焼けた砂に足を踏み出した。
「熱い。ちょっと」
少しでも砂に触れまいとピョンピョン跳ね回っているジュン。仕方あるまいと苦笑する昭士の「目」でも、都市より巨大なエッセの姿が見えるようになった。
比較する物がないから確認はできないが、相当大きそうだ。それが間違いなくこちらに向けて滑空――いや、落下して来る!
ところが。
ドゴゴゴゴゴゴンッ!!
砂の上に轟音立てて着地をしたはいいのだが、ここは柔らかい砂の上。驚異的なジャンプ力を産む後ろ足が、人間でいう膝の辺りまでズッポリと埋まってしまったのだ。
大地震もかくやという揺れと、横殴りの突風。衝撃波。砂嵐。砂の上の貨物車輌がゴロリと一回転したほどだ。幸い脱出していたので被害はない。バイクも倒れただけで済んだ。
自分達の上空総てを覆い隠す巨体。その迫力たるや以前の比ではない。エッセ独特の特殊能力がなかったとしても、この巨体だけでも無敵の兵器たり得るだろう。
ところが。ノミ型エッセの頭がグラリと揺らぎ、そのまま前のめりに倒れて来た!
ゴガガガガンッ!!
塔の遥か上空で何かが壊れる音がした。よく目をこらすと、針状のノミの口が石造りの塔に突き刺さったのである。もちろん身動きは取れない。
昭士はここがチャンスだと言わんばかりにムータを取り出した。そしてそれを掲げ、力一杯叫ぶ。
《キアマーレ!》
このキーワード一つで、いぶきはどこにいようと昭士の目の前に呼び出す事ができるのである。
呼び出すと言っても、昭士の前にテレポートするのではない。空を飛んで来るのである。実際、
《……おおぉあうあぅああうあうあうあおぉあぁおぉっっ!!!》
いぶきの情けない悲鳴がだんだん大きくなって来る。だが今の彼女は全長二メートルを超える大剣。その名も戦乙女の剣である。
さすがに巨大なノミの身体が邪魔でその姿は見えないが、確実にこちらに近づいている事は「感覚で」判る。
《ぐぎゃああぁぁああぁぁぁおぅぅっっっ!!!》
より一層の悲鳴が遥か天空から聞こえて来る。ノミの身体にぶつかりでもしたのだろうか。だがノミが巨大過ぎてダメージを受けた様子は見られない。
が。昭士には判ってしまった。ノミの身体にぶつかった戦乙女の剣=いぶきが「まっすぐ」自分の元に近づいているという「感覚」が。
という事は――
昭士は後ろを振り向いた。そこにはフィルマが立っている。適当に逃げろと言われたが、その「適当」がないのかそこに立ったままで。
《なぁあんた。貨物車の中のバイク、運転できるか?》
「できる。何をする」
何の説明もない昭士の質問に、とりあえず素直に答えるフィルマ。昭士は「よし」とうなづくと、
《じゃあ今すぐ出してくれ。時間がない。大至急!》
説明が欲しかったが、昭士が巨大なノミを見上げたまま早口で急かしている。それすなわち説明の時間もないほど急いでいる。ニセモノ(?)とはいえ近衛隊の人間。そのくらいの考えは見抜けるようだ。
彼は大急ぎで貨物車輌に飛び込むと、バイクを起こしながら鍵が挿しっぱなしなのを確認する。起こし終わるとそれをひねりエンジンを始動。クラッチ操作を済ませ急発進して貨物車から飛び出した。
そして昭士の前にピタリと止めてみせる。昭士はフィルマの後ろに飛び乗りながらサイドカーを指差して、
《ジュン、お前はここに入ってろ!》
ジュンも昭士が何かやらかすなと察し、素直にサイドカーに飛び込んだ。それと同時にフィルマはバイクを再び急発進させる。
そこそこ馬力のあるバイクらしく、柔らかい砂の上でもある程度のスピードは出せている。聞けばパエーゼ国陸軍制式のバイクらしい。そんなバイクは砂を後ろへ巻き散らしてノミ型エッセの後ろの方へどんどん加速して行く。
《ぐぎべぎげげぐぐぐげげげっっ!!!》
上空のいぶきの悲鳴の具合が変わった。昭士の思った通り「現在昭士がいる」場所へ落ちようとしているため、ノミ型エッセの体内を「移動している」のだ。ゆっくりと。体組織を破壊しながら。剣の状態のまま。
《ああもうヤケだ! 思いっきり飛ばせ飛ばせ!》
昭士は耳に飛び込む風の音に負けない大声で怒鳴る。フィルマもノリが良いのかさらにバイクを加速させる。ジュンは風圧で目を開けていられないらしく、両手で目を隠している。
だいたい十キロは走ったと思える頃になって、昭士はフィルマの右肩をバシバシ叩きながら、
《右に曲がってさらに走ってくれ!》
フィルマは返事の代わりにスピードをそのままに車体を思い切り右に傾けて曲がっていく。昭士はフィルマにしがみつき、ジュンも両足を踏ん張って吹き飛ばされないよう耐える。
そうしてノミの腹部を見上げながらバイクをまっすぐ走らせる。剣になっているいぶきは相変わらずエッセ体内をズリズリと無理矢理進まされている。
物をすり抜けて進むタイプでなくて本当に良かった。そうでなければこんなメチャクチャな作戦を実行などできない。
そう。昭士はこの手でノミ型エッセ体内に攻撃を加えているのだ。巨大な敵を倒すにはその内側から。物語では定番中の定番の戦法である。こうまでできるとは思っても見なかったが。
もっとも。ノミ型エッセが巨大すぎるため、どれくらい効いているのかはさすがに判る筈もないが。
だがこの方法が一番ダメージを与える事ができる筈。そう信じてバイクを走らせてもらう。
《ん?》
「感覚」によるとノミ型エッセの中で戦乙女の剣の動きが止まってしまっている。何か硬い物に当たってしまったのだろうか。
エッセの生態は全くと言って良いほど判っていない。外見は生物を模した物になっているが内部がどうなっているのかは昭士も聞いた事がない。きっと賢者でさえ判らないだろう。判るのは現在目の当たりにしているいぶきだけかもしれない。
昭士はもう一度カードを掲げ、叫ぶ。
《キアマーレ! キアマーレ! キアマーレ! キアマーレ!》
まるで「早く来い」と急かすような連呼。そしてそれが引っぱる力を強めたかのように、再びジリジリと体内を動き出した。「感覚」によるとエッセの身体を縦一直線に「掘り進んで」いるようだ。
それを感じながら一直線にバイクを走らせていると、ついにノミ型エッセが作る影の外に飛び出した。真上から強すぎる日射しが三人に突き刺さらんばかりに降り注いでいる。
《なぁジュン。お前、俺の身体、どのくらい高く放り投げられる?》
「アレの上。飛ばせる。けど。かかる。時間」
ジュンはノミ型エッセの背中を指差した。昭士はフィルマにここでバイクを停めるよう頼む。
《よしっ。ジュン、やってくれ!》
何をどうやるかは判らないが「できる」と言ったジュンを全面的に信頼する事にした昭士。サイドカーから這い出るようにして下りたジュンは、そのまま昭士の右腕を両手でしっかりと掴む。そして、その場で回転を始めた。昭士の身体が地面と水平になるくらいに浮き上がる。まるでハンマー投げである。
だんだんと、そして確実に回転のスピードが速くなる。そのGたるや半端な物ではない。さっきの吹き飛ばされていた貨物車輌もかくや、というくらいである。
その時、ノミ型エッセの体内からいぶき=戦乙女の剣が飛び出して来た。そして猛スピードで昭士の元に飛んで来る。
そのタイミングを図るようにしていた昭士は、力一杯叫んだ。
《飛ばせっ!》
竜巻が起きそうなくらい猛回転していたジュンは、その回転力総てを上乗せして昭士の身体を天高く放り投げた。
普通なら完全に目を回しているし――実は本当に目を回している昭士だが、バイク以上の速さで飛んでいる風を全身に感じている。
直後。回転を止めたジュンのすぐ隣に戦乙女の剣が突き立った。だが空を飛んでいった昭士の後を追うように再び悲鳴を上げながら飛び立って行く。
昭士の回っていた目もだいぶ回復し、自分の真下にノミ型エッセの巨体が広がっているのを観察している。足が半分埋まっているためにここから動く事も飛び立つ事もできないでいる。絶好のチャンスである。
そこから数呼吸分ほど遅れて戦乙女の剣が追いついて来た。その柄を昭士は右手でしっかり逆手で受け止めた。
《ゴルァバカアキ! よくも人の事放り出してほったらかしにしてくれたわね!》
相変わらず怒りと殺気しか感じられないいぶきの怒声。聞きたいものではないが、こうでなければ困るのだ。
昭士は宙を飛びながらその長い剣を半回転させ、順手で握り直す。
《しかも素っ裸で表に放り出しやがって! 後で絶対ブッ殺してやるから覚悟しな!》
肉体が剣に、服が鞘に変身する上、いぶきの五感はそのままなので彼女にとっては脱がされるのに等しいのだ。
だがもちろん昭士はいぶきの文句には耳を貸さずにいる。これからが大変なのだから、いちいちいぶきの相手をしている余裕がないのだ。
実際ジュンに投げ飛ばされたスピードが、三百キロはあるいぶきを手にした事によってかなり落ちてしまっているからだ。いつ着地するか判らない。
そして昭士はポケットからムータを取り出すと、景気づけと言わんばかりに、
《反撃開始だ!》
力一杯叫んだ

<つづく>


文頭へ 戻る 進む メニューへ
inserted by FC2 system