トガった彼女をブン回せっ! 第14話その2
『みんな急いで……る時間がねぇ!』

寝椅子に横になっていた昭士が目を覚ました時、辺りはまだ薄暗いままだった。
手探りで腰のポーチから携帯電話を取り出して時計を見てみると、明け方の四時を少し回ったところだった。
服はもちろん肩当てや脛当てなどを付けたまま寝ていたので、身体が変に重い感じがするし、節々も痛い。眠気が少しでも覚めるよう、大きく伸びをした。
そばの窓のブラインドを開けて外を見てみると、まだ日は昇っていない。だがもうすぐ日の出なのであろう。地平線がうっすらと明るくなっているのが判る。
それ以外は地平線が丸見えの何もない荒野だ。集落も岩も山すらない。
その風景は、まさしく荒野をひた走る海外の長距離列車。こういう戦いのための旅でないのなら、駅弁片手にのんびりと行きたい気分になってくる。
がたがたがた。
個室のある方向で何か物音がした。走っている最中の列車に侵入者とも思えないし、人が起き出すにはまだ微妙に時間が早い。
客室の扉が開く。
「アキ。起きてるか」
「アキシ様、良く眠れましたか」
個室に放り込んでいたジュンと、スオーラが揃ってやって来た。スッキリとした目覚めの二人の顔を見た昭士は、
《早いな、お前ら》
「早いですか?」若干驚いた様子で首をかしげるスオーラ。
「夜が明けた。起きる。当たり前」胸をはって得意そうにしているジュン。
昭士は横を見て窓の向こうを見る。確かにもうそろそろ日が昇る時間だ。ジュンの言葉にウソはない。
《こっちの世界じゃあ、日の出と共に起きるのが普通なのか?》
「そうではありませんが、わたくしは見習いの聖職者として寄宿舎で生活を続けていましたから、自然このくらいの時間に目が覚めます」
欠伸しそうになっている昭士を見たスオーラが小さく笑いながらそう答える。
だが、その小さな笑いが不意に凍りついた。その視線は昭士ではなくその後ろ――窓の外に向いている。
不思議に思った昭士も窓の外を見ると、ちょうど地平線から赤い太陽の端が顔を出したところだった。赤い光が静かに荒野を照らし出していく。太陽を直視しているが、まぶしくはない。
視界には相変わらずの荒野が広がっているだけだ。いや、荒野ではない。何かが違う。
なぜ「荒野ではない」のか。それは数百メートル向こうの大地総てが、一面銀色に鈍く光っていたからだ。
それは明らかに「金属が」太陽光を反射している光。大地一面が統て金属? という事は……。
「かつて大軍をもってエッセと戦った事があったのですが、ここがその、戦場跡地です」
昭士も賢者から話だけは聞いていた。大軍をもってしてもようやく一体を倒せたのみ。しかも生き残ったのはほんの数えるほど。巻き込まれた町や村も多数。
だが話だけ聞いていたのとこうして間近にその現場を見たのとでは、説得力が全く違う。自分は世界をこんな風にしてしまう化物と戦っているのだという事を、改めて突きつけられた思いがする。
《この金属は元には戻せないのか》
「残念ですが。イブキ様が変身した『戦乙女の剣(いくさおとめのけん)』でとどめを刺した場合のみ、元に戻す事ができるようです」
もちろんとどめを刺したエッセが金属に変えた物だけであるが。スオーラはそうつけ加える事も忘れない。
それは未だ無言の抵抗を続けるいぶきに対するあてつけが充分以上にあったのだが、この程度で改心しようとするほどの優しさを、いぶきはもちろん持っていない。
実際金属の像にされてしまった人々を前にそう言っても「どうでもいいわよこンなの」「あたしの知ったこっちゃないわ」と気にも止めていない性格からだ。
するとそこで客室の扉をノックする開ける音が。
「ラノニカイスナノチ、モニミチ」
扉越しのその声はプリンチペ殿下である。
「でっ、殿下」
いきなりの来訪にスオーラが驚き、慌てて扉を開けに走る。彼女が扉を開けると、これまた身だしなみをきちんと整えた殿下が静かに客室に入ってくる。
「良ぐ眠れますたぁーか?」
相変わらず変に訛った言い方である。だが彼にとっては「標準の」日本語(?)なのだから仕方ない。
昭士はこみ上げて来た笑いをどうにか内側に押し込めると、
《お陰さまで。こっちの世界じゃあ、結構朝が早いみたいだな》
「そうですね。アキシ様の世界の町では、この時間帯はあまり人をお見かけしませんし」
昭士の言葉にあちらでの生活経験があるスオーラが感想を述べる。
そして殿下がここの言葉で何かスオーラに説明している。それをうなづきながら聞くスオーラ。
ふと昭士がジュンの方を見ると、ブラインドを開けた窓に顔をペタリとくっつけて外の景色をじっと見ていた。
《こんな早く動く乗り物自体乗った事ないだろ。珍しいか?》
「早い。すごい。これ」
ジュンは景色を見たまま、本当に嬉しそうに呟く。
ジュンと昭士は年齢はほとんど同じくらいだが、彼女は原始的な生活を続けている村の住人だったのだ。こうした「文明的」な物にはほとんど触れた事がなかろう。
だから食い入るように窓の景色を見ている様子が、本当に小さな子供に重なって見える。その辺りはのどかな光景だ。
《……うるっさいなぁ。人がせっかく気持ち良くまどろンでるってのに、ギャーギャーギャーギャー喚いてンじゃねーわよ、バカ共が》
夕べから壁に立てかけたままの戦乙女の剣=いぶきが、不機嫌さをあらわにしたままブツブツ文句を言い出した。まさしくのどかな光景を片っ端からブチ壊すかのごとく。
剣になっている間は食事も睡眠も要らないとはいえ、中身は人間のままだ。気分だけでも寝ていたいようである。
実際いぶきは寝起きが相当に悪い。今は剣になっているからこれで済んでいるが、人の姿になっているなら間違いなく八つ当たりと称した拳や蹴りが昭士に向かってくる。
昭士は無言のままズカズカと立てかけているいぶきの前まで来ると、柄に浮き彫りにされた上半身のみの裸婦像を裏拳でゴンゴン叩いて、
《今のところ何の用もないんだから、せめて黙ってろ。また前みたいにポーンって放り出されたいってのか? いい加減学習能力ってモノを身につけてもらえませんかね?》
《生意気なクチ聞くなバカアキ! 勝手に連れ回しまくってるクセに偉そうにしてンじゃねえ、誘拐犯のクセに!》
裸婦像めがけ鋭く拳を叩き込んだ昭士は、相変わらずギャーギャー言っているいぶきを無視して、
《アレうるさいから、バイク入れてるトコに放り込んできて良いか?》
「トラナトニカイ・モラスチースナノチ・チミラカラノニテラ・ラモラニシチトナ」
何となくウンザリとした表情で、思わず母国語でそう呟く殿下。
以前いぶきの暴言(いぶき視点では至極真っ当な正論)を浴びて怒り心頭になり、飛んでいる最中の飛行船から昭士達を叩き落としたのだ。昭士は「今回もここから放り出されるのでは」と、思わず身構える。
そこにスオーラが近づいて来て、小声で、
「あの時の事を思い出しそうだから、そうしてもらえないか、と仰っていますが……」
スオーラとしては厄介払いするようなこの態度に難色を示しているようだ。いかに一国の王子の言動と言えども。
だが以前の出来事がある上に、こうしてわざわざ専用車輌の都合をつけてくれた恩もある。そんな二つの気持ちの板挟みになって困っているのが良く判る。
ジュンは幸いにして景色に心を奪われており、会話に参加する意志は全くないようだ。
《判った。またこいつのバカ発言で放り出されるのはゴメンだしな》
《何がバカ発言だゴルァ! あンたの方がよっぽどバカ発言だろうが!》
わざと耳障りな調子で喚き続けるいぶきの言葉を完全にスルーして、昭士は巨大剣をひょいと持ち上げる。狭く天井が低い通路を通りやすいように剣を水平にすると、小さく片手を上げて客室を出て行く。
確かこっちの方にバイクを入れた車輌があったよなーという、極めて適当な記憶力のまま。


夕べ乗り込む時にざっと見ていたが、この専用列車は、
先頭:SL
二両目:運転手や世話係等の待機室
三両目:プリンチペ殿下専用車輌
四両目:昭士達の客室
五両目:バイクの入った貨物室+係員・警備員の待機室
という編成になっている。
昭士の世界でのお召し列車がどういう編成が普通なのかはさすがに知らないが、この中で一番偉い王家の人間が一番中央の車輌というのは、やっぱり襲撃を警戒しての事なのだろうか。
一番後ろはどうしても死角になるし、侵入もされやすいだろう。そんなところに重要人物を置くとも思えない。
そんな事を考えながら狭い通路に苦労していぶき=戦乙女の剣を運んでいると、貨物車輌の扉を開けてこっちにやって来る中年男がいた。
黒いボタンの学生服のような服を着た、がっしりとした体格の男だ。昭士と同じくらいの背丈なので中年男にしては小柄な方だろう。上着の左胸には丸や三角、四角や星形といったボタン大の物がいくつもついている。
昭士の世界の軍服にある、略式の勲章のような物だろうと、彼は推測した。という事はそれだけの「武勲」を成し遂げている人物なのだろう。あまり強そうには見えないが、まさしく「人は見かけによらない」人物なのかもしれない。
「何か。ご用。ですか」
たどたどしく、単語でいちいち区切るような喋り方の日本の標準語。キツイ方言よりは遥かにマシである。昭士は半分引きずるようにして持ってきた剣をチラリと見て、
《コレをそっちにしまっておきたいんだが、通してはもらえないか?》
《コレとはナニよバカアキ!》
間髪入れずいい返すいぶき。どこから聞こえてきたのか判らない声に男は驚いて、慌ててキョロキョロあたりを見回している。きっと侵入者を警戒したのだろう。その辺はさすがに「お召し列車」に乗る事ができる人物らしい。
昭士は「大丈夫だ」と前置きしてから、
《コレは喋る剣だ。けど暴言しか言わねーから、まともに相手しなくていい。うるさいかもしれないけど》
《余計なお世話だって言ってンだろ、このバカが!》
男は再び警戒した様子でキョロキョロと辺りを見回している。喋る剣だと言っておいたのにこの行動。信じられないのか警戒する習性が身についてしまっているのか。
「了解。殿下より。あなた達に。協力するよう。言われている」
男は笑顔は浮かべず昭士を上から下までじっと観察している。それこそ油断なく。
いくら協力するよう言われていても、どこか納得していない。そんな風に見えなくもないが。
そんな昭士の視線を理解したのだろう。彼は「申し訳ない」と前置きしてから口を開いた。
「我々は。軍人。外敵と戦い。国と国民を。守るのが役目。それを。他の人間に。されたくはない。させたくはない」
その辺りは仕方ないだろうなと思う。いくら侵略者・エッセと戦う事ができる特別な人間と聞かされていても、プライドという物があるだろうから。
特にまだ年端もいかない十代半ばの青少年では、本当に大丈夫なのだろうかという心配の方が強いだろうし。
《やっぱり軍人さんか。それも王子さんの警備を任されるようなエリートってトコか》
「はい。殿下直属の近衛親衛隊員。フィルマです」
彼は淡々とそう名乗ると、貨物室の扉を開けて中に入り、着いてくるよう手招きしていた。昭士がどうにかこうにか長くてかさ張る戦乙女の剣を持って貨物室に入る。
それ以前にまだ電気がほとんどない文明レベル。こうした貨物室にまでは照明設備はないようだ。
だが扉の隙間や天井の通風穴からわずかな光は入ってくる。そのため真っ暗ではないが、動き回るのは難しい。そんなレベルである。
ちなみに中には夕べ入れておいたスオーラのサイドカー付きバイクが一台あるきりだ。この世界の鉄道車輌の大きさは、昭士達の世界の物よりも若干小さいようだ。
しかしそれでもちょっとした部屋程度の大きさはある。そこにバイクが一台ぽつんとある様子は、どことなく寂しい物を感じずにはいられない。
ついでに言うのなら、棚などもないガランとした貨物室なので、この長くてかさ張る剣をどこに置いておけばいいのかと頭を悩ませる。
が、結局貨物室の隅の床にゴロリと転がしておくしかなかった。
《ちょっと待てオイ! こンなトコに置いたら汚れるだろうがボケェ!》
いぶきの怒りはごもっとも。剣ではあるが彼女の意志や五感は健在なのだから。一応十代半ばの女子高生。大して綺麗でもない貨物車の床に直に転がされていい気分の訳がない。それは昭士も判っている。
《そうはいっても、毛布みたいなヤツもないしなー》
薄暗い中をわざとらしくキョロキョロ見回しながら昭士はそう言うと、
《それにこの中じゃ立てかけておく訳にもいかないだろうしな》
《ナンでよ!?》
《カーブとかブレーキでお前が倒れでもしてみろ。この貨物室の床が抜けるぞ? バイクに倒れでもしたら間違いなくブッ壊れるしな》
いつも以上に不満を垂れ流すいぶきに、昭士は淡々とそう説明してやる。とは言うものの、これで納得するほどいぶきは素直な性格ではない。言うだけ無駄なのは判り切っている。
《今のお前は三百キロ以上あるってトコ、ちゃんと自覚しとけ》
《お、女に体重の事言うンじゃねぇ! デリカシーすらねぇのかこの弩バカは!》
相も変わらず怒りをあらわに怒鳴り続けるいぶきを無視し、自分といぶきを見守るように様子を眺めているフィルマと名乗った隊員に、
《さっきも言ったけど、まともに相手しなくていいからな。暴言ばっかりだし》
「はあ」
一応日本語(?)を話せるようだから、二人のやりとりの内容が判っているのだろう。そう返事したフィルマの表情は、まさしく「ぽかんとしている」様子そのものであった。
それから昭士は少し考え事をするように間を開けると、
《ところで、メシ……朝食はどうするんだ。何か聞いてるか?》
フィルマに向かって訊ねてみる。
彼等のような乗務員はともかく、一国の王子をずっと飲まず食わずにさせるなんて事は絶対にしない筈である。
この列車――科学・機械的なレベルは昭士達の世界から見て約百年は昔の代物。その頃車内販売くらいはあっただろうが、食堂車はさすがになさそうである。
昭士もさすがに食堂車は未体験だ。鉄道博物館の車輌展示でしか見た事がない。この時代の技術では、最低限のキッチンを積む事すら難しいだろう。
かといってこうしたお召し列車に車内販売があるとも思えない。
「次の駅に。着いたら。人数分の。食事載せる」
なるほどと昭士は納得した。途中の駅で必要な物を載せれば車内に調理器具は必要あるまい。
《で、着くのは何時くらいかね?》
するとフィルマは自分の腕時計を薄明かりの中で確認すると、
「もうすぐ」
《もうすぐ、だけ言われてもなぁ》
昭士は苦笑する。
今はまだ午前四時台の筈だ。もうすぐが本当に「もうすぐ」なら、そう遅い事もあるまい。普段の自分の朝食の方がずっと遅い時間だ。
いぶきと違って贅沢を言う気はないが、暖かい物は少々厳しそうだ。こっちでいう駅弁のような感じか、はたまた西洋風にサンドイッチなどになるのか。一体どんな食事なのか楽しみになってきている。
さて客室に戻ろうと踵を返した時、開けっ放しだった入口からとぼとぼとジュンが入ってくるのが見えた。
彼女は薄暗い中正確に昭士の方を見ると、
「アキ。どうした? 何してる?」
その質問に昭士は少し呆れた顔をすると、
《お前聞いてなかったのかよ。このバカを置きに来たんだよ。また王子さん怒らせる訳にもいかんしな》
そう言って転がしたままのいぶきを指差す。だがジュンはきょとんとして、
「おうじさん? それ。誰」
彼女がきょとんとした理由を昭士は思い返した。
考えてみれば、列車に乗り込んだ夕べは彼女は寝ていたし、起きてからは窓の外の景色に釘付け。
さっきの客室での殿下とのやりとりを聞いていたのかどうかも怪しいくらいだし、第一自己紹介すらしていない。これで判れと言う方が無茶苦茶だろう。
《そういうお前は、何でこっちに来たんだ? 窓の外眺めてりゃ良いだろうが》
するとジュンは表情を曇らせ、
「追い出された。スオーラ。行け。言った。アキのトコ」
《スオーラが?》
スオーラはたいがいの人間には(あのいぶきにすら!)分け隔てなく接する性分だ。そんな彼女が一方的に誰かを追い出すというのは考えにくい。しかしジュンは追い出されたと言っている。
そこで昭士は無駄に考え込む。
ジュンが住んでいたのは、この国の隣に広がるマチセーラホミー地方の大森林。今なお原始的な生活を営む女性ばかりが住む村だ。村に名前はなく、外部の人間がヴィラーゴ村と名付けている。
隣同士とはいえ、ここパエーゼ国の人間、特に年輩の人間にしてみればジュンは「森の蛮族」でしかない。
今は木綿のシャツに膝丈のズボンもはいているが、本来はふんどし一つの上から貫頭衣(かんとうい)と呼ばれる、ポンチョのような布を羽織っただけの格好だ。
髪も全く手入れをしていない長髪だし、足は相変わらず裸足のままだ。額には成人の証である丸い印がある。
ジュンはこのパエーゼ国では良くて異端児扱い、悪くて異物扱いなのは以前も経験している。ましてや今回は王族の人間が相手である。
彼女のような原始的なスタイルを良くは思わない。不快に感じる。そんな展開が容易に想像できる。隣同士にもかかわらずそのくらい何から何まで違うのである。
《何考えてんだかなぁ……》
昭士がぼやいたその時だ。あの音が再び鳴り出したのだ。
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん……。
昭士は慌ててポケットから取り出したのは、ムータと呼ばれているカードである。この音が鳴るという事は、どこかにエッセが現れた証拠である。
ただ、世界のどこに現れたかまでは判らない。おまけにこの世界か昭士の世界かそうでない世界かも判らない。判るのは「現れた事」だけ。そういった意味では非常に不便なのである。
だが。昭士は判ってしまった。
ギギギギギギッ!
車輪の軋む大きな音。一気に前方の壁に叩きつけられるような衝撃。これは明らかに急ブレーキをかけたからだ。
昭士もジュンも両手を突っ張って激突だけは防いだ。フィルマといった親衛隊員も、とっさにバイクに捕まってよろけずどうにか立っている。
《やっぱりかよ!》
列車が急ブレーキをかけるような事態。そして今なお鳴り響くムータからの音。判ってしまったが外れていてほしい。それが本音だ。
貨物室の外への扉を力一杯開く。そして外を見てみると……朝焼けの光を浴びている「巨大すぎるノミ」がいたのだ。
その大きさはもはや都市よりも巨大。その全身で朝焼けの太陽を遮っているので、夜明けから日の出直前に逆戻りしたかのような暗さである。
近くに現れてくれない限りどうにもならないと思ってはいたが、まさかいきなりこういう形で現れてくれるとは。運が良いのか悪いのか。
いや。運が悪いのだろう。周囲の動きを超スローモーションで理解できる昭士には「判ってしまった」のだ。
ノミの足(手?)の一本が、この列車を蹴り飛ばそう(?)としている事に!
《ヤベェ! みんな急いで……る時間がねぇ!》
巨大すぎるのでそうは見えないのだが、ノミの足の一本が猛スピードでこちらに迫ってくる。
昭士が慌てて振り向く。
やらねばならない事はたくさんある。王子や乗務員達の避難。バイクの避難。……何より自分達の迎撃。
だがどれもこれも完全に間に合わない。ノミの足が迫るスピードは時速に換算して数百キロの速さなのだから!
それから一秒と経たないうちに、その足は列車に直撃した。それも、
昭士達のいる貨物室に。

<つづく>


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