トガった彼女をブン回せっ! 第10話その4
『あ、危ない』

妙で気になる人物との遭遇はあったが、昭士とスオーラは手近の携帯ショップ――何となく『オーユー』と看板を掲げた店に入る。
店に入るなり、ショップの制服を着た若い男が「いらっしゃいませ、何をお探しでしょうか」と声をかけてきたが、見るからに日本人ではないスオーラを見て一瞬硬直している。
「俺外国語判んねーよ」だの「頼むから話しかけてくるなよ」と目が泳いでいる。
一応隣には純然たる日本人・昭士がいるのだが、いないも同然なほど目立っていない。スオーラの方が容姿も服装もあまりにも目立ち過ぎるのだ。無理もないが。
「とと、と、とりあえず、いい色々見て、みみ、みようよ」
[はい、アキシ様]
昭士に従い、スオーラは四方の壁にズラリと並ぶ携帯電話を見て回る。
そのほとんどが最近主流で販売にも力を入れているスマートフォンだ。しかし幸か不幸か、外見ではそれほど際立った違いがある訳ではない。
[アキシ様。どれも同じ物が並んでいますが]
スオーラが適当な見本品二つを手に取った。
「あ、あ、あ、あの。いちいち、一応違う、きき機種、だだから」
そういう昭士もあまり区別がついていない。せいぜい色くらいしか違いが判らない。
[そうなのですか。こちらでは皆さんがお持ちなのですよね? 皆が同じ物では誰の物か区別がしづらいと思うのですが]
昭士の言葉に一応は納得したようだが、それでも違いを見つけようと難しい顔であちこち眺めながら見比べている。
「な、なな、何とかなるよ。あ、ああ、あんまり人に、わ、わた、渡したりしないし」
携帯電話には個人のプライバシーが山と詰まっている。よほど信用している相手でも、滅多に渡したりはしないものだ。
[それにしても本当に薄いのですね。すぐに折れ曲がって壊れてしまいそうで、不安です]
最近のスマートフォンは厚さ一センチに満たない物も多い。それだけの薄さに下手なコンピュータ顔負けの機能が満載だ。
「そ、そ、そう? いい、いぶきちゃんも、ここれ、つかつか使ってるけど、そそそ、そうでもなさそうだよ?」
この世界の昭士でも「大丈夫かな」と思うのだ。別の世界のスオーラが不安に思うのも無理はない。
それから彼女はタブレットに目をやる。試しに動かせるように電源が入っており、スクリーンセーバー代わりか宣伝の映像が流れている。
スオーラはタブレットを持ち上げ、どこに話せばいいのだろうとそれをクルクル回転させている。
[これはずいぶんと大きいのですね。こちらの電話は皆小さい物ばかりと思っていました]
「そそ、それはタブレット! 携帯電話じゃなくて……何て言ったらいいのかな……とにかく電話じゃないの」
[で、電話ではないのですか。では何故電話を扱うお店で売られているのですか?]
物凄く真剣な顔で昭士に詰め寄るように訊ねているスオーラ。しかし昭士も判らないので答えようがない。
そんな二人のやりとりは、当然ショップの店員達に聞かれている。それほど客がいないから、抑えたつもりの声も結構響くのだ。
特に先程スオーラに声をかけたショップの店員がすぐ後ろに立っているのに気づいているのかいないのか。相変わらず思った事を正直に言っているスオーラ。
彼女が何か言う度に店員の笑顔が微妙に引きつっているような気がするのは昭士だけか。
見ているうちにそんなスマートフォンのコーナーからフィーチャーフォン、ガラケーのコーナーに入る。
[ああ、こちらはアキシ様がお持ちの物と同じですね]
スオーラは見本を手に取ると、以前昭士に教わったように左手一つで持って、蝶番の部分をカチッと押す。
しかし、昭士の携帯はそれでパクンと開いたのだが、これは開かない。スオーラはとても慌てた様子で、
[ア、アキシ様!? これ壊れています。開きません]
「そそ、そこに、ボタタ、ボタンがないのも、いい一杯あるんだよ。ここ、これは、ななないの」
昭士がそう言うと、スオーラはバツが悪そうに無言でそれを元の場所に置き直す。わざわざ両手で。
その様子にショップの店員や、店にいた他の客が声を殺して笑っている。
もちろんバカにしているのではなく、言動が微笑ましくて笑いがこぼれている。そんな感じだ。もちろんスオーラは気づいていないが。
[ところでアキシ様]
スマートフォンのカバーが並ぶコーナーにさしかかったところで、スオーラが口を開いた。
[『ぷりぺいどけーたい』というのはどこにあるのですか?]
言われて昭士もその辺を見回ってみたが、それらしい物は見当たらない。
そもそも今はプリペイド携帯自体知名度が低い。という事は高い需要がある商品ではないとも言える。
ひょっとしたら直接店員に言わねばならないのだろうか。ドモり症の昭士としては、なるべくそれは避けたいところだった。
しかし聞かない訳にはいかない。でも自分では聞きたくはない。だがスオーラに任せる訳にもいかない。
「じゃじゃ、じゃ、じゃあさ。もう一軒の店にも、いいい行ってみようよ」
とっさに出た昭士の一言。
でも。どちらにせよ聞かねばならないので、ただの時間稼ぎでしかあり得ない。しかしスオーラはそんな昭士の思いが通じていたのかいないのか、
[判りました。先程アキシ様も『「オーユー」と「Unison WORLD(ユニゾン・ワールド)」からしか出ていない』と仰っていましたし。色々と見て回るのは良い事だと思います]
笑顔のスオーラに、昭士はその笑顔以上に救われた思いで、足早に店を出て行った。


二人はそこから三軒隣の「Unison WORLD」というシンプルな文字のみのロゴマークを掲げた店に入った。
ここはさっきの店よりも売場面積が広く、手続きや機種変更をする人用の待ち合いスペースが大きく取られ、また人も多く入っている。
店員達もそれら手続きや他の客への説明に追われているようで、先程のように声をかけてくる店員はいなかった。
[ずいぶんと賑わっているお店ですね]
スオーラは素直に感想を述べる。しかし、入口付近に陳列されているスマートフォンを見るなり、
[ですが、先程のお店と何ら変わりがないです。本当に別の店舗なのですか?]
店の人が聞いたらかなりグサッと来るセリフであるが、それを聞いていたのは幸い昭士だけだった。
「いい、い、今は、ススマートフォンが、しゅしゅ、主流だし。つつ、つか、使いやすさとか、か考えたら、みみみんな同じような、かかん、感じになるんだよ」
どんな道具も結局使うのは人間である。その人間が使いやすいように進化していくのが道具というものだ。
そうなれば「使いにくい」形や機能は失われ、「使いやすい」形や機能がしぼられてくる事になる。
その結果、生き残った物を並べてみたら同じような形や機能になるものである。それは国や地域が変わっても、である。同じ人間なのだから。
昭士のドモった、かつ拙いそんな説明をいちいち真面目に聞き続けたスオーラも「なるほど」と納得した。
だが。
いきなり周囲を警戒するように身動きを止め、周囲に注意深く視線を走らせる。そんなスオーラを見た昭士は、
「どどど、どうしたの、スススオーラ?」
《アキシ様。先程の店にいた方が、今し方この店に入ってきたのですが》
スオーラはいきなり日本語ではなく「あちらの世界の」言葉で話しかけてきた。もちろんこの世界の人間では彼女の言葉は理解できない。
侵略者・エッセと戦う事ができる者の証とも言えるカード――スオーラ達はムータと呼ぶアイテムがなければ。
このアイテムのおかげで昭士はスオーラが日本語を覚える前でも容易に意思疎通ができた。そのカードは大事に制服のポケットにしまってある。
「どどど、どういう事?」
驚く昭士だが、ここは大声を出してはいけない場面だという空気を読んで、どうにか小声で訊ね返す。
《わたくしにも判りません。わたくし達のように、あちらの店に欲しい物がないからこちらの店に来た、という事も考えられますが》
彼女の視線は、グレーのパーカーにデニムのジーンズ、スニーカー。短いくすんだ色の金髪を立てた痩せた男を差していた。
その男がかもし出す雰囲気もどこか普通ではない。チンピラというよりはタチの悪い遊び人、のような雰囲気だ。少なくとも真面目一辺倒の学生、もしくは社会人ではない。
昭士はスオーラの言葉を聞いて考えた。
いちいち気にするほどの事ではないのかもしれないが、今の世の中、あのくらいの年齢の人間なら携帯電話を持っていない方が少数派だ。「新しく」買いに来た線は薄いだろう。
もし携帯電話番号ポータビリティを使うのであれば、普通は会社を決めてから店に来るだろうし、店を移ってくる必要はない。
タイミングが良過ぎたというか悪過ぎたというか、それだけで何かあると疑ってかかるのはさすがに早計だ。
昭士はあえて「考え過ぎだ」とスオーラをたしなめ、さっきの店と同じようにプリペイド携帯を探し出した。
スオーラはそれでもあまり納得していないようだが、この場は昭士に従おうと彼の後に続く。
いや。続こうとしてもう一人、気になる人物を発見した。
《アキシ様、先程尾行をしてきた方がいました》
自分の言葉は周りの人間には理解できないと判っていても、彼女は声を抑えて昭士に訴える。
それにはさすがにエッと唸り、昭士はスオーラが指し示す方向を見る。
そこには昭士と同じ学校の制服。古典的なセーラー服の女子生徒がスカーフの色は紺色。三年生だ。
さっき喫茶店でスオーラが言っていた通り、薄い茶色で長い髪。おまけにパーマをかけたような波打つ髪。どれも彼女の記憶に合致する特徴だ。
その女子生徒は昭士とスオーラに気づいていた。校内ではある意味有名人でもある二人だ。気づきもするだろう。
しかも驚く事に。さっきスオーラが言っていた「今し方この店に入ってきた」男と親しげに話しているではないか。知り合いなのだろうか。
そんな疑問を浮かべる昭士の元に、二人がやって来た。
「あー、この人この人。ウチの学食に来た、噂の美人っての」
「ほー。こりゃ確かに美人だわ」
男は明らかに値踏みするような視線でスオーラを上から下まで眺め回す。
スオーラの警戒の表情を見た男は「悪いな」と形だけ謝罪すると、
「俺は留十戈(るとか)学園合併前の高校に通ってたモンだ。半分くらいはお前の先輩って事になる」
わざわざ昭士を指差して、どことなく偉そうに胸を張る。確かに後輩を前にした先輩など、得てしてこういう態度だが。
それからパーカーのポケットに無造作に手を突っ込むと、
「お近づきの印にってのもナンだが、食べるか、これ?」
そう言って出したのは、カラフルな銀紙に包まれた、飴だかチョコレートだかを思わせる物。それを昭士とスオーラの手にチョンチョンと乗せてやる。昭士は丸型、スオーラには酒瓶型の物が乗せられる。
「アンタホント好きだよね、それ。今どき見ないよ、ウィスキーボンボンなんて」
「イイだろ。俺が好きなんだからよ」
女子生徒にからかわれ強がる男。その様子はいかにも仲の良い二人という感じだった。
[アキシ様。これは一体何ですか?]
「ああ、たた、確か。おおお菓子。チョチョ、チョコレートの中に、おおお酒が、はい入ってるやつ」
そこまで言ってから昭士は思い至った。
この国は未成年の飲酒は法律で禁止されているが、ウィスキーボンボン程度のアルコールならば量を取らない限りうるさくは言われない。
だがスオーラはこう見えても聖職者の端くれ。お酒に関する注意事項や禁止事項があるのでは。
[わたくしの国に、お酒に関する禁止事項はないので、問題ありませんよ]
昭士の思案に笑顔で答えると、スオーラは男に向き直って、
[有難うございます。では、戴きます]
指先で器用に銀紙を剥がしていき、現れた酒瓶の形のチョコレートをそっと口の中に押し込むようにして食べる。
[ああ。中に何かトロリとした物が入っているのですね]
どうやらアルコールには強いらしく、ウィスキーを全く気にしている様子がないスオーラ。
一方の昭士はアルコールはサッパリなタイプだ。だからそれを理由に返そうとしたが、
「大丈夫だろそのくらい。イイから喰えよ」
相手に強く押し切られ、というか半ば脅迫されながら銀紙を剥がし、丸い形のチョコレートを仕方なく口に放り込む。
口の中にウィスキー独特の匂いが広がる。だが気分が悪くなったり吐き出しそうになるほどではない。でもイイ気分では絶対にない。
その時、昭士の携帯電話が激しく震えた。マナーモードにしてあるからだ。昭士は携帯電話を取り出しながら人気のない店の隅に小走りで向かう。
開こうとして蓋の小窓を見たが、電話の相手を表示する部分に「非通知」とある。
公衆電話からなら「公衆電話」と出るし、電話帳に登録していないなら「番号」が直接出る筈である。でも「非通知」。
「…………?」
携帯電話片手に首をかしげる昭士ではあったが、電話に出ただけでいきなり暴力を振るわれたりする訳でなし。そう思って電話に出てみた。
「も、も、も、もしもし」
『カクタアキシサンデスネ』
微妙に聞き取りにくい、人工的さを感じる平坦な音声が聞こえて来た。声が高めの男の声にも聞こえるし、声が低めの女の声にも聞こえる。
『モーナカソレッラスオーラサンニチョッカイヲダソウトシテイルヒトガイマスキヲツケテアゲテクダサイ』
「あ、あ、あの。きき、気をつけるって、な何を!?」
良く判らないながらも電話の相手に問いかけようとする昭士だが、それだけ言うと電話は切れてしまった。
確かにスオーラほどの美人であればナンパしようとする男くらいはいるだろう。
だがスオーラはこちらの世界にはまだ疎い。「こうなんだよ」と言われると「そうなんですか」と簡単に信じてしまうところは抜けてない。
ナンパだけで済めばいいが、そんな事がある訳がない。
だが「ちょっかいを出そうとしている」では、余りにも漠然とし過ぎるし、唐突過ぎて逆に訳が判らない。
携帯電話をしまった昭士はスオーラの元に戻ろうと辺りを見回してみたが、
彼女の姿はどこにもなかった。


それより少し前。
昭士が携帯電話を片手に店の隅に行った時。
「で、何でアンタここに来てんの?」
[はい。『ぷりぺいどけーたい』という物を買いにきたのですが]
女子生徒の質問に素直に答えるスオーラ。一応自分を尾行して来た人物だと知ってはいるが、尾行をする=悪人ではない。あまり警戒心をあらわにし過ぎても良くなかろうと思ったためだ。
すると二人はププッと吹き出して、
「今どきプリペイドはないわー。やっぱスマホでしょ、今は」
「それともアレ? メカ苦手なタイプ? だったら俺が色々教えてやるぜ?」
スオーラはからかうような二人を前にしても、それに気づいていないかのような応対を見せている。
[いえ。そもそもこちらの文字が、わたくしには理解できませんから]
その答えにはさすがに二人も「外人だからなー」と変に納得した表情を浮かべている。
日本語はひらがな・カタカナ・漢字がある読み書きより母音も子音も少ない会話の方がずっと簡単だからだ。言い回しとなるとさすがに難しくなるが。
「けどプリペイド携帯はこの店より別の店の方がいいぜ。品揃えが違う」
男が周囲を警戒したような小声になる。さすがに堂々と「この店はダメだ」というような、無神経な真似はしない。
[そうなのですか?]
「せっかくだ。俺が案内してやろう。こう見えてもこの辺りは詳しいからな」
美人を前にヘラヘラニヤニヤしているようにしか見えない、どことなく下心が透けて見える、そんな顔。女子生徒の方も彼に続けて、
「そうだよ。コイツそのくらいしか取り柄ないから」
そう言いながらスオーラの背をグイグイ押して店を出ようとする。
[し、しかしアキシ様がまだ……]
スオーラが渋っている様子を見て、女子生徒の手にグッと力が籠る。
「あいつは後から追いかけさせるって。早く行きな」
まるで追い出すようなその勢い。男に腕を引かれ女子生徒に背中を押され、訳の判らないままにスオーラは店の外に出た。
そして「頼んだよ」と言って手を振る女子生徒に見送られ、男とスオーラはすぐそばの角を曲がる。
それを見届けた女子生徒は、彼等とは反対方向の道を猛スピードで駆け出して行った。しかもその手に握るスマートフォンを素早く操作しながら。
その画面には複数人と同時通信が可能なアプリケーションが表示されている。
『作戦第一段階成功』
【成功!】
【よくやった!】
【アミのカレシ偉い!】
画面上に次々にメッセージが浮かび上がる。そのリアクションに気を良くした彼女・アミは、
『ちょっと痛い目は見てもらう事にしたから』
【痛いメ見ればいいんだよ】
【えー、犯っちゃうんじゃないの?】
【調べられたらまずくね?】
さすがに「痛い目」の基準はそれぞれ違うようである。なのでアミは、
『そうなったら「そこまでヤれなんて言ってませーん。悪いのはアイツでーす」って逃げるから』
【うわー、カレシ捨てるんだ】
【ひきょうものーwww】
【あ、危ない】
「カレシなんかじゃない」と思いつつ、最後に表示された文章にアミが「?」となっていると、自分の身体が一瞬ふわっと浮いた事に気づいた。そしてそのまま頭が前に足が後ろに勝手に動き――
ガツンと背中から地面に叩きつけられてしまった。正確にはくるりと身体が一回転以上したのだが、さすがにそれは自覚できない。
しかし回転して叩きつけられた割に痛みもダメージも少ない。アミが不思議に思っていると、スマホを握る右手首が誰かにしっかり掴まれている事に、ようやく気がついた。
「いかんねぇ。歩きながらのスマートフォンは危険だよ? こんな風に」
キンキンとした高い声。安っぽいグレーのスーツを着た、目つきが悪く鋭い、ヒョロッとした体型で爆発頭の中年男。
「しかも『痛い目見てもらう』なんてLINEの書き込みか。これは見逃せないねぇ」
右手首を掴んだまま、スマホの画面をわざとらしく覗き込んだその男は、間違いなく、
ヒルマという男だった。

<つづく>


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