トガった彼女をブン回せっ! 第10話その1
『見つけましたよ、モーナカさん』

〇五〇〇時。
モーナカ・ソレッラ・スオーラの朝は早い。
市立留十戈(るとか)学園高校敷地内に駐車しているキャンピングカーが彼女の住まいである。
起床は早朝五時。特に目覚まし時計などの音はしないが、いつも決まった時間に起床している。
さすがにその車内の様子を知る者は少ない。入った事がある人間もごく少数らしい。その少数の人間も彼女の詳細な話を話そうとしないので詳細は未だ不明である。
身支度を整え車内、それからキャンピングカー周辺の清掃。実質駐車場の掃除と変わるところがない。
とはいっても学校関係者しか停める事ができない駐車場の上、今の季節は落ち葉などもない。念入りに掃除をする程ゴミも落ちていない。すぐに終わる。
始めのうちは竹箒を見て不思議そうな顔をしていた。外国の人だから竹箒を知らなかったのだろう。しかしその扱いもすぐに慣れ、今では外国人の美人が竹箒で掃除しているというミスマッチさがこの界隈に静かに広まっている。
その証拠に、この近辺で早朝にジョギングを始める男性が明らかに増えたという情報もある。
金網越しに彼女を眺めたり声をかけている様子は、さながら動物園のようでもある。

〇六〇〇時。
昇ったばかりの太陽に向かって一礼し、何やらぶつぶつと呟き始める。時折腕を上げ下げし、手を胸に当てたり額に当てたり。
その様子を朝練の為に登校する生徒が何人も目撃しており、興味本位から聞いてみたところ「朝のお祈り」という答えが帰って来た。
どうやら彼女は何らかの宗教を信仰しているらしい。しかしその所作はキリスト教でもイスラム教でもないようだ。
彼女は「ジェズ教キイトナ派」と言っていたが、そんな宗教は聞いた事がない。海外事情にうとい我々をからかっているようには見えないのだが。
それとも、実際にある筈のない事を「設定」して実践する、最近言われる「中二病」というヤツであろうか。
そのジェズ教という宗教の説明も、立て板に水のごとき流暢な代物。一朝一夕ではこの流暢さは生まれない。
という事は、こうした「設定」を話す機会が多いのだろうか。
もしそうだとするならば、一人の内にこもりがちな「中二病」にしては極めて珍しいといえるかもしれない。
いくら調べても、そんな宗教は実在しなかった事はつけ加えておく。

〇六三〇時。
それが終わると、彼女は一メートル程の長さの棒を持ち出した。棒を両手で持ち、突いたり、払ったり、振り回したり。どうやら棒術のようだ。
棒術、もしくはそれに類似する物は世界のどこの地域にもある「戦闘法」である。日本人は剣のように一方の端を両手で持って構えるケースが多いが、両端から四分の一辺りを両手で持つのは「棒術」くらいしかない。
しかし棒だけでなく、時折低く高く回り蹴りを繰り出している。その度にマイクロミニのスカートから下着が丸見えな事に本人が気づいている様子は全くない。
そんな「パンチラ」を気にしつつ家路につく男達も多い事に、本人が気づいている様子もない。
練習に集中して気にならないのか。それとも羞恥心が日本人と異なるのか。
そもそもつばの広い魔法使いっぽい帽子。丈の短い色がゴチャゴチャのジャケット。黒いマイクロミニのスカート。加えて膝上丈のブーツというチグハグな格好で、よくもまああれだけ動けるものと感心する程だ。
ともかく。蹴りが混ざる辺りが中国拳法の棒術とは少し違うようだが、動きも澱みなく慣れたもの。
こういう物に級や段があるのかは知らないが、あるとすればそれなりの腕前の持ち主であると、素人目にも断言できる。
実際、面白半分で挑んだ剣道部員があっさりノされたという情報もある。

〇七〇〇時。
キャンピングカーに引っ込んだ彼女は、どうやら朝食を作っているらしい。
キャンピングカーなので中にキッチンくらいはあるのだろう。そこで使う水や燃料の調達がどうなっているのかは判らない。その辺りはまだまだ調査の必要がある。
さすがに中の様子が覗けないのでメニューまでは判らない。おそらく故郷の料理と思われるが、詳細は不明。
しかし少し開いた窓から外に漂って来る香ばしい匂いから察するに、料理はかなり上手である事が周辺の人間からの証言でも判明している。
その料理の腕を買われて、かどうかは知らないが、この学校の学食で調理補助として働いているようだ。
その際校長の強い後押しがあったという、未確認な情報もある。この辺りも詳細に調べる必要がありそうだ。
時折ここの学生である角田昭士(かくたあきし)がやって来て、一緒に食事をしている時もある。彼の妹である角田いぶきの姿は全く見ない。
彼から詳しい情報を得ようとしたものの、ドモり症に加え情報を漏らすまいとばかりにかなり身構えてしまっているので、話にならなかった。
あくまで「友人止まり」であり、世間一般的に言う「恋人的」な雰囲気が一切なかった事をつけ加えておく。

〇八三〇時。
学校敷地内の学食へ出勤。
この時ばかりは奇抜な格好ではなく、他のメンバーと同じ白衣に帽子、それから大きなマスクと使い捨てのビニールのグローブをちゃんと着用。
見た目の割に力があるようで、他のメンバーが二人がかりで持つような物も一人でひょいと抱えたり、大鍋の中の具を崩さぬよう底からグイグイとかき混ぜている様子が見られる。
本人から聞けた数少ない情報によると、何でも寄宿舎にいた事があり、持ち回りの食事当番でこうした作業は手慣れているそうだ。
もちろん日本人ではないので、日本語の会話、文章や細かな専門用語、料理の仕方などのトラブルは頻発した。しかしそれもすぐに直していくという適応力の高さを見せている。
そのため「真面目で素直に人の話を聞く娘」というのが、職場内の大方の評価である。
加えて「外国人の美人がいる」と評判となって、学食には毎日結構な人が彼女見たさにやって来る。奥で黙々と作業を続け、ほとんど接客しないにも関わらずだ。
奥に引っ込んだままなのに客を呼び寄せる看板娘、と云われているとかいないとか。

一二三〇時。
学校が昼休みに入り、生徒達が大挙して押しかけて来る。
加えてここの学食は高校の敷地内とはいえ外部の人間も利用できるところから、周辺の工場や会社からも食事をとりに来る人間は多い。
上にも書いたが「外国人の美人がいる」と評判で客足も伸びているので、その辺りは嬉しい悲鳴をあげているそうだ。
しかし毎日いるとは限らず、いない時には相当がっくり来ている男性諸氏も多い。
おまけに時折唐突にいなくなる事もあるそうだ。それに関しては他の調理担当者達から不満の声も上がるが、厨房責任者が「自分が責任を持つ」と彼女の行動を許している。
直接厨房責任者に聞いてみたが、それに関してはノーコメントを貫き、頑として口を割ろうとしない。
そもそも考えてみればモーナカ・ソレッラ・スオーラがどこの国の出身なのかも判らない。
加えて彼女が目撃されるようになったのは、校庭によく判らない化物が現れたと噂になってから。
何か関係があるのかもしれないが、関係者はその堅い口を閉ざしたままである。

一四〇〇時。
学食が一旦閉まり、調理担当者の昼食と休憩の時間になる。
他の担当者の証言によると、昼食は皆で揃って食べるのだが、その時の所作が妙に上品だと言っていた。
ただでさえたいていの相手は「様」付けで呼び、しかも丁寧な敬語。正確さについては怪しいが、それでも外国人にしては日本語が上手と云われるレベルである。
その為「どこかいいトコのお嬢様なのでは」と言われているが、本人はそれを否定している。
さすがに日本的な箸の使い方、茶碗を持ち上げる等の「作法」はまだまだ拙いが、それでも何とか覚えようとしている。その辺りも周囲の人間の受けが良いポイントかもしれない。
その際プライベートな質問も多数あったが、そのどれにも当たり障りなく、しかし確実に答えをぼかすような回答ばかりで、その辺はさすがに不審がられている。
そんな質問が飛んだ際も、厨房責任者が一喝して黙らせているというから、厨房責任者は間違いなく何か知っていると思われる。
つけ込むならこの辺であると断言できるが、直接的な質問・行動は怪しまれないためにも避けるべきである。

一六三〇時。
学食夜の部が開店。昼よりは少ないがモーナカ・ソレッラ・スオーラ目当てに来る生徒も少なからずいる。
ここでも彼女の役目は調理補助。たまに長テーブルを拭いたり給湯器等の調子を見たりする程度らしい。
しかしその度に生徒達に囲まれて質問攻めにあい、ろくに仕事も進まなくなるので数自体は相当に少ない。
そもそもこの時間は彼女が学食にいない事も多い。昼間のような「時折ふらっといなくなる」という意味ではなく、ローテーションの問題との事だ。
その行き帰り尾行を試みても、まともに成功した事が一度たりとてない。必ず撒かれてしまうのである。
しかし尾行しているこちらを攻撃する事もなければ、尾行をするなと脅迫する事もない。
目撃情報から地元の警察署に足しげく通っている事だけは判明したが、さすがに警察署内を調べる事は限りなく不可能なので、中で何をしているのかは判らない。
何らかの犯罪行為をしている様子もないのでその線の呼び出しという事はないと推測。
その辺りの疑問が残る行動も、彼女を奇妙な存在たらしめているのかもしれない。

一九三〇時。
学食が閉まり、後片付けが始まる。
といっても、夜の部の営業は昼間よりは忙しさが少ないのでそっちよりは大した手間ではないようだ。
準備の時同様、見た目の割にある力で皆の役に立っており、不審な行動の数々を一応は帳消しにしているようだ。
学食夜の部に出ていない場合はキャンピングカーにいる事が多い。さすがに我が家にしているだけあってその行動は当然といえる。
しかし近所にアパートを借りてもいい筈である。キャンピングカーを持っていて自宅がないというのはさすがに不自然。
その辺りを直撃してみたところ、何と彼女はまだ十五歳との事。保護者はもちろん後見人や保証人がいないので、アパートを借りる事ができない状態らしい。
それならば居候や長期のホームステイという手段もある、と詰問すると「自分はこの車と共にいる方が良い」と言われてしまった。
キャンピングカーとしては相当立派な物ではあるが、そこまでこの車にこだわる理由はやはり不明である。

二一〇〇時。
学食での仕事があろうがなかろうが、この時間からはまたもやトレーニング。朝のように一メートル程の棒を使った棒術のようである。
「よう」というのは、この駐車場には照明がないので星や月の明かりがないと本当に真っ暗。何をしているのかすらも良く判らない状態なのである。
聞こえてくる音だけではさすがに何が何だか判らない。赤外線カメラを使って撮影し、ようやくトレーニングだと判った。
やっている内容は朝の時とほとんど同じようである。両手で持った棒を突いたり、払ったり、振り回したり。そのアクションに時折高く低く回し蹴りが加わる。
星や月が煌々と照っているならいざ知らず、そうでなければ足元もおぼつかぬ暗闇で、バランスを崩さずにこれらの動作を続けられるのは、贔屓目に見なくとも大した腕前だと判断する。
しかも朝の時のチグハグな格好に加え、マントまでつけている。ますます「よく動けるものだ」と感心する程だ。
時折金網越しに、塾帰りの生徒と談笑しているのも見かける。「真面目で素直に人の話を聞く娘」というのが厨房関係者の評価だが、それは生徒と対している時でも同様らしい。
むしろ真面目に聞き過ぎて、どこかズレた知識を植えつけられている感じさえある。
だが雨の日はさすがに自宅であるキャンピングカーの中。中で何をしているのかはさすがに不明。

二二〇〇時。
以後は完全にキャンピングカーの中に籠ってしまう。ただ明かりがついている事から起きている事は伺える。
何らかの宗教を信仰しているようなので、朝のお祈り同様夜のお祈りをしているものと思われる。
しかし出かけるところを目撃されたケースもほんの数回だがあり、尾行を試みたがやはり撒かれてしまった。
夜から深夜にかけて賑わう繁華街でも情報を集めたが、彼女を目撃したという人物が現れなかったところから考えて、夜遊びをしている可能性は薄いと思われる。
警察や周辺でも情報を集めてみたが、深夜家屋に侵入して強盗や殺人を行った事件などがほとんどない事。仮に事件があっても深夜外出をした日との明らかにズレている事から考えると、犯罪行為に手を染めている可能性も低いと思われる。
夜遊びでもなく犯罪でもない十五歳女性の夜間外出。彼女の行動にはやはり謎と疑問がつきまとう。
ちなみに就寝はだいたい二三〇〇時前後が多い。夜間外出している場合は別であるが。


「……以上がモーナカ・ソレッラ・スオーラに関するレポートです」
パソコンのモニターだけが煌々と輝く薄暗い部屋の中。インカム越しに囁くような暗い女の声。
その間にも右手に握ったマウスは目まぐるしく、そして小刻みに動き回り、モニターは刻一刻表示する情報を変えていく。
いくつも表示されているウィンドウの中で、一番手前にあるのはチャットのページである。
携帯電話やスマートフォン、そしてそれらで使う新しいサービスは普及しているが、不特定多数の人間とリアルタイムで会話が可能なツールとして今でも現役のツールである。
しかもそのチャットのページだが、それぞれ全く違う物が複数表示されている。それらのウィンドウも切り替えながら次々会話を続けている。
『それにしても「不明」ばっかりねぇ。あなたらしくもない』
どこか意地の悪そうな低い女の声がイヤホンから聞こえて来る。そのイヤホンが繋がっているのはスマートフォン。ハンズフリーで会話しているようだ。
「あの車の中に監視カメラや盗聴器を仕掛けられれば、少しは詳細な情報を集める事は可能ですが」
低い女の声に淡々と返事をすると、暗い女の声の主はマウスから手を放し、物凄い勢いでキーボードを叩き始める。その速さは指がぶつかるか絡まってしまいそうな程だ。
しかしそんな事はなく、目の前のチャットに喋るのと何ら変わらないスピードで発言を書き込んで行く。それもページを次々と変えて。全く違う話題を同時にこなしているのだ。
「……費用さえ出してもらえれば、仕掛けますよ」
複数のチャットと同時進行して、加えて淡々と電話の相手までしている。
『したいところだけど、そこまで金を出すつもりはないわよ』
電話の相手はため息混じりにそう言うと、
『じゃあ引き続き調査の方よろしく。何か弱味の一つも握ったら即教えて』
返事も聞かずに電話は切れた。音が聞こえなくなると、画面を軽くタッチして通話状態から待機状態にする。
その時、パソコン画面の隅に新しいウィンドウが現れた。新しいメールが届いた事を知らせるものだ。
左手がキーボードを叩いたまま右手が自然に動いてマウスを操作。メールソフトを一番手前に表示させる。
届いたメールのタイトルに目をやると、

“I found ...”

文章の総てを見ずにその一点のみを見ると、暗い女の声はさらに暗いクスクス笑いを漏らす。
「見つけましたよ、モーナカさん」
その暗いクスクス笑いが、一層激しくなった。
市立留十戈学園高校新聞部部長・益子美和(ましこみわ)は、笑いながら椅子に座ったまま背を思い切りのけぞらせた。


数日後。その市立留十戈学園高校の一年一組の教室にて。
ノートを写し終えた角田昭士は、思わず机の上に突っ伏してしまった。何の因果か世界を救うため侵略者・エッセと戦う戦士という事になってしまった男子高校生である。
敵の方が彼の事情や都合などを全く考えてくれないので、授業中でも敵が出たと判ればただちに現場に急行する事になる。
その為授業の方が疎かになり、ただでさえ良いとは言えない成績も下降気味なのである。
だからせめて授業のノートくらいはきちんとしておこうと、クラスメイトに頼んで写させてもらっているのである。
「大変だねぇ、お前も」
中学時代からの同級生で、しかも同じ剣道部員のクラスメイトが、相当同情気味に話しかけてくる。昭士は机に突っ伏したまま、
「きょきょ、今日は、いいいぶきちゃんがいない分、ままマシだよ」
彼の双子の妹・角田いぶきは一言で言うなら「嫌われ者」。他人の為になる事、誰かを助ける事を極端に毛嫌いする性分。加えていじめっ子気質でかなり好戦的。口も手も足もキッチリ過剰なまでに出してくる物騒な人間である。
その標的になるのが兄の昭士である。彼女によって受けた攻撃は様々だが、一歩間違えば一生障害が残る、もしくは死んでいた種類のダメージも多い。
それを責められても「ナニが悪い」とキッパリ言い放つ。他人の話に耳を貸さず自分が正しいと思った事=いぶき以外の人間が間違っていると思う事を堂々とやってのける。警察の世話はもちろん、牢に入った事も一度や二度ではない。
大好きなのに素直になれずつい手や足が出てしまう、などという雰囲気ではあり得ない事は角田兄妹を知る人は皆理解している。
そのいぶきだが、彼女は今入院中である。
世界を救うために戦う戦士になってしまった昭士だが、いぶきはその戦士が使う巨大な剣。それもエッセ達に効果的なダメージを与えられる唯一の剣へと変身してしまうようになった。
そして、何度か敵と戦い経験を積むうちに剣の方もパワーアップを果たした。その変化の影響だろうかはたまた昭士の境遇に運命が同情したのか、二人の関係にも変化が現れた。
いぶきが誰かを攻撃すると、相手が受ける筈の痛みをそっくりそのままいぶきが受けるようになったのだ。
いつものように昭士に殴る蹴るの暴行を加えていたいぶきだが、その度に自分の身体に痛みが走る。その時点で止めればいいものを「殴っているこっちが痛いのは納得がいかない」と暴行がエスカレート。
結局自分で自分を殴るのと同じ事になり、そのままノックアウト。昭士は無傷でその様子を呆然と見ているだけだった。
いぶきが感じるのはあくまでも痛みだけであり、傷を負ったとか骨にヒビが入ったという事はなかったのだが。
だがそれでもおかしい事に変わりはないので検査の為の入院である。検査をしたところで、こんな「魔法のような」事態が現代医学で解明できる筈もないのだが。
「そっか。あの女いないのか。良かったな、昭士」
いぶきの傍若無人ぶりを良く知っている彼は、心底安堵の表情を浮かべている。いぶきは「付き合う」という意味では最低最悪の人間だが、兄の昭士は反対に人もいいし頼りにされている。
成績はあまり良くないが困っている人は何とかしてあげたい、という気持ちはちゃんと持っているからだ。単にいぶきのせいで女性に対して冷淡で、変に媚びたりがっついたりしないだけで。
だがそれも、少し変わってきている。理由はスオーラの存在だ。
彼女は昭士と同じ侵略者と戦う戦士。というより彼女の方が先輩である。同じ年にも関わらず大人びた外見。育ちの良さがにじみ出る、嫌みのない立ち居振る舞い。
しかも彼女は「別の世界の」住人なのである。魔法が存在する近代のような、オルトラと呼ばれる世界。
それが嘘でない事は、その世界に行って戦った昭士といぶきは理解しているし、この学校の限られた人間は彼女が使う魔法を間近で見ているから信じてもくれている。
だが、それを口外する事は「同盟」を作って堅く禁じている。それは昭士達とスオーラが初めて会った時に提案されたからだ。
「それに、そこのお嬢さんの件もある。別の世界から来た人間、なんてのが広まってしまったら、彼女にはプライバシーも何も無くなるぞ。下手をすればどこかの怪しげな研究機関が云々、なんて映画みたいな事にならない保証はない」
その場に居合わせた、昭士と顔馴染みの警察官・鳥居(とりい)の言葉。
別の世界の存在が明るみに出れば、当然世間はそれを放っておく筈がない。世界各国のマスメディアの取材。調査。そんな名目でスオーラには自由もプライバシーもなくなるだろう。
そうなれば当然そういった取材や調査は昭士やいぶきの身に降りかかる事となり、侵略者と戦うどころか、日常生活を送る事もままならなくなる。
下手をすれば警察官の喩え通り研究機関が人体実験、なんて真似をしでかさないとも限らない。
それを守る代わり――という訳ではないが、スオーラを囲んで楽しく過ごしたい、お近づきになりたいと考えた面々が、集団デートのようなものを企画しているのだ。ファンの集いと言い換えてもいいかもしれない。
何だかんだと都合がつかず延び延びになっているその企画を、いつやろうか早くやろうむしろ今やろうとせっつかれている。
当然そのクラスメイトもスオーラの「事情」は知っている。昭士がそうせっつかれている事も知っている。
「どうすんだよ、お前」
起き上がりかけた昭士は、そう言われてた昭士は、待ち受ける苦労の多さのあまり、
再び机に突っ伏した。

<つづく>


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