『ウエノパークの精霊 中編』
がんがんがんがん。
不意に小さく聞こえてきた何かの音。鍛えられた加山の耳がその音を聞き取った。
「どうした加山?」
何やら周囲を警戒するように視線をきょろきょろさせ出した彼を見て、大神が訊ねる。
「誰かが戸を叩いている音です」
マリアも銃を収めた懐に指先を入れた状態で周囲を警戒している。
がんがんがんがん。
注意していたためか、今度は大神達もその音を聞き取る事ができた。ノックにしては確かに妙である。
「おかしいなぁ。まだ戸は開いてる筈なんだけどな」
今日はアイリスとレニが外出しているので、劇場の扉はまだ全部鍵を閉めている訳ではない。公演がないので正面玄関は閉まっているが、関係者用の入口はまだ鍵を閉めていない筈だ。
「行ってみますか、大神さん?」
何となくおっかなびっくりという様子を隠し切れないさくらが彼に声をかける。それに後押しされた訳でもないが、
「と、とりあえず行ってみよう」
大神と加山を先頭に――その様子は盾にしてという方がしっくり来るが――おそるおそる階段を下りていく花組達。帝都の平和を守るため戦いを繰り広げてきた隊員とは思えぬ姿である。
しかし戦いから離れれば皆普通の女性なのだ。得体の知れない恐怖を恐れるのも無理からぬ事である。
戸を叩く音は、確かに正面玄関の方から聞こえてくる。
帝劇関係者なら裏口でも関係者用の入口でも使うだろう。しかし劇場関連の品物を業者が届けに来るという話は聞いていない。しかもこんな夜に。
そのため大神達の歩みは自然警戒して緊張したものになっていく。
「もー、まったく何してるですか? 早く開けるでーす!」
扉の向こうから聞こえるのは、独特のイントネーションを持つ、よく聞き知った声。しかも、この場にいる筈もない人物の声だった。大神達が驚いたのは言うまでもない。
「織姫くん!?」
そして、大慌てで鍵を開けたのも言うまでもない。


扉を開けた向こうには、目と眉を釣り上げて怒り心頭のソレッタ・織姫が仁王立ちしていた。
玄関が開いていない事に怒っているのではない事は皆理解している。
父親が日本人母親がイタリア人という織姫はイタリアで育っている。帝国歌劇団(=帝国華撃団)の一員だったが、現在は帝都を離れ故郷イタリアで舞台女優として目ざましい活躍をみせており、その報道もよく知っている。
ジャンヌ・ダルクの一件で華撃団の助けとなるべく来日していたが、一昨日船でイタリアへ帰った筈なのだ。
そんな彼女がこんなに早く帝劇に帰ってくるなど誰が想像できるだろうか。それが原因で怒られるのでは、まさしく理不尽が過ぎるというものだ。
だがそれでも反射的に身をすくめそうになってしまった大神。しかし加山が彼女の異変に気がついた。
右足だけ裸足なのである。左足には彼女が好きそうな鮮やかな赤いハイヒールを履いているのに。そのため微妙に片足立ちになり、不安定な事この上ない。
彼女が大神の姿を認めると、自分の背後をビシッと指差して、
「靴が抜けなくなりまーした。取って下さーい」
暗い中よく見てみると、ハイヒールのかかとの部分が石畳の隙間にしっかりと突き刺さっていた。
「いくら引っ張っても抜けませーん。そんな悪戦苦闘する醜態をさらすのは、スタァとして我慢できませーん!」
要は誰かに靴を取ってほしい。だから他の入口から入らずにわざわざ正面玄関の戸を叩いた訳だ。
「おっ力仕事か? そんならあたいが……」
カンナがにやりと笑いながら力こぶを作って前に出ようとするが、
「カンナさんでは石畳ごと引っこ抜くか、靴をぶっ壊すのがオチでーす」
何となくありそうな事態を歯に衣着せず言い切った織姫。一同から忍び笑いがもれる。
「判った判った。俺が取ってくるから」
今にも織姫に突っかかって行きそうなカンナをなだめてから、大神が彼女の靴の前にしゃがみ込む。両手でしっかり靴を持って力一杯引っ張る。
しかし靴はびくともしない。よっぽど深く突き刺さってしまっているようだ。微妙に揺らしてみるがそれでも抜けそうにない。たまらず大神は、
「加山。お前も手伝ってくれ〜」
「どうした大神。随分非力になったな。どいてみろ」
大神の向かいにしゃがみ込んだ加山もハイヒールを両手で掴み、揺らしながら引っ張ってみる。
「んっ。むんっ。どりゃっ。……ホントに固いな、これ」
「どうやったらこんなに器用に刺さるんだ?」
「知らん。ああ、そんな風にしたらかかとが折れるぞ」
大の男二人がハイヒールと格闘しているのを横目で見つつ、さくらが口を開いた。
「でも織姫さん。どうして日本にいるんですか?」
確かに当然の疑問である。一昨日の出港の時には皆で見送りに行ったのだから。
「昨日、乗った船が壊れたでーす」
「壊れた!?」
織姫が言うには、日本の沖合いで客船の機関部分に何らかのトラブルが発生したらしく、びくとも動かなくなってしまったそうなのだ。
帆があるヨットや帆船と違い、エンジンで動く客船は機関部分が動かなければ動く事はない。
そのためいきなり海の真ん中で立ち往生。客船は近くの港に救難信号を発してどうにか代わりの船を呼び、乗客を陸地に避難させたという。
その船に乗って日本に戻ってきた織姫は、次のイタリア行きの船が出る一週間後までここで過ごそうと思い立ち、こうして帝劇に戻ってきたのである。
だが慣れない靴で気がゆるんだ隙にバランスを崩し、石畳の隙間にハイヒールのかかとが入り込んで抜けなくなってしまったという訳なのだ。
「まったく、ホントついてないでーす」
ため息と共にそう呟く織姫。そこへマリアが、
「それなら、久しぶりにお父さんのところへ行けば良かったでしょうに」
織姫の父・緒方星也は画家をしており、下町深川の長屋に住んでいる。
かつては「自分と母をイタリアに置いて日本に帰ってしまったんだ」と父を――日本の男性を憎んでいたが、今では和解して時々会いに行っている。
銀座と深川ならそれほど離れている訳ではない。久しぶりに親子水入らずという選択肢もあったろう。
マリアの問いに織姫は口を尖らせて不機嫌な顔を作ると、
「スケッチをしに出かけてて、二、三日留守にしてるって、近所の人に言われたです」
その答えに一同苦笑するしかなかった。
「かといって一人でパパの家にいるのもつまらないでーす。それでこっちに来ました」
せっかく会いに行ったのに留守だった憤りと、父に会えなかった悲しさが入り交じった、織姫の切ない表情。情に厚いと言えば聞こえのいい、人のいい花組をうなずかせるには充分以上だった。
「……あっ。と、取れた!」
大神のその声に反応して織姫が振り向く。
どうにかハイヒールが石畳から抜けたらしい。乾いた笑いを浮かべて労をねぎらうように肩を叩きあう男二人。そんな二人が仲良く片方だけのハイヒールを持ちあっているのはかなり奇妙な図であるが。
「ありがとうございまーす!」
切ない表情から一転。パッと太陽のように輝く笑顔の織姫。この笑顔が見られただけでも苦労した甲斐があるというものだ。大神と加山はそう思った。
ハイヒールを受け取った織姫は素早くそれを履くと大神の横に並び、
「ではお礼に軽く『バーチョ』を……」
イタズラっぽく小さく笑って軽く目を閉じる様子を見た加山が、
「お、おおおお織姫さん。そういえばどうして日本へ?」
加山の奇妙に切羽詰まった声に織姫は明らかに気分を害してムッとするが、考えてみれば先程の説明はこの二人は聞いていなかったかと思い直し、もう一度説明し直す。
「……そうか。大変だったんだね」
難しい顔をして心底同情する大神。
しかし説明を聞いた加山は、落ち着いた声で織姫に訊ねる。
「……という事は、織姫さんは特に用事らしい用事がない、と」
「それがどうかしたでーすか?」
おうむ返しの返答に、加山は何かを思いついた素振りを見せると、
「では、早速で申し訳ありませんが、我々と上野公園までご足労願えませんか?」
「どうしてでーすか?」
今度は加山が先程花組の隊員から聞いた話と現状を織姫に語る。
今花組の中で「上野公園の樫の木」の話題が持ち上がっている事。
その樫の木の辺りで「何者かの」気配を感じてならないという事。
その気配は人のような人でないような。少なくとも「害をなす者」ではなさそうである事。
それらをこれから調べに行きたいが、大勢では無理だし真夜中に皆を連れ出すのも気が引けるという事。
花組の皆は明日朝早くから外部の仕事が待っているので、あまり夜更かしをさせたくないという事。
彼女はとりあえず素直にうなずきながら話を聞いているが、不機嫌な時の織姫の怖さは、大神は身をもって知っている。その矛先は間違いなく加山ではなく自分に来る事が容易に想像できる。
しかし。大神の予想に反した事態となった。
「よーろしいです。このわたし、ソレッタ・織姫が着いて行ってあげるでーす」
まるで江戸っ子の啖呵のようにドスンと胸を叩いて高らかに宣言したのだ。若干芝居がかっているが。
確かに明日何の予定も入っていない織姫ならば、ある程度の無理は利く。織姫の霊力は調査や探索にはあまり向いていないが、大神よりは遥かにマシである。
しかし今の織姫はある意味長旅直後である。霊力の調子は自分の体調に正比例する。大丈夫なのだろうか。そんな不安を感じても無理はない。
「えっ、でも、織姫さん、色々とお疲れなんじゃ……」
「せや。ゆっくりしていればええのに」
さくらと紅蘭が心配そうにそう申し出るが、彼女はビシッと手を出してそれを遮ると、
「わたし知ってまーす。日本語ではこういうのを『イッシュクイッパンのノンキ』と言うでーす」
いきなり出た日本語の言い回しにきょとんとする一同。そのため一瞬間が空いてしまったが、
「織姫。それを言うなら『一宿一飯の恩義』じゃないかしら」
「それ以前に、使いどころが微妙に違うような……」
冷静なマリアが冷静にツッコミを入れる。自身の言葉によく格言を用いる加山も、一応訂正を入れる。
ツッコミと訂正が入った直後の一瞬の間。言葉に詰まった織姫は「そうとも言うでーす」と言い張り、頑として自分の言い間違いを認めない。
「じゃあこれから行ってくるでーす。その間にみんなは歓迎会の準備でもしてるといいでーす」
その場でクルリとターンをした織姫は、地下鉄乗り場へトコトコと歩き出した。だが大神と加山がすぐ着いてこない事に気づいた織姫はくるりと振り向くと、
「野郎ども、とっとと着いてくるでーす!」
ドスを効かせた声で二人にそういう様は、まるでヤクザ映画の女組長のような迫力がある。
大神も「それじゃ行ってくるから」と皆に言い残して加山と共に織姫の後を追う。
そんな三人三様の後ろ姿を見ていたさくらだったが、ふとマリアの袖を軽く引っ張ると、
「マリアさん。さっき織姫さんが言ってた『ばあちょ』って、何なんでしょう?」
多分伊太利(イタリア)語だと思うんですけど、とさくらは小さくつけ加える。
あいにくマリアは伊太利語は判らない。しかし欧羅巴の文化などから察する事はできる。こういう状況でお礼にする「バーチョ」とは……。
「……世の中には、知らない方がいいという事も、結構あるものよ」
その意味深な言葉に、それ以上の疑問を飲み込むさくらだった。


「危なかったな、大神。まさしく『危機一髪』だったぞ」
織姫の後ろを歩く加山は、彼女に聞こえないよう小声で大神に話しかける。
「何が危なかったんだ?」
大神も同じく小声で聞き返す。すると加山はふっと小さく笑うと、
「さっき織姫さんが言っていた『バーチョ』だけどな。何の事だか判るか?」
まるで考えるように少し間が開き、大神が口を開く。
「いや判らん。織姫くんの事だから、多分伊太利語だとは思うんだが」
その答えを予想していた、そう言いたそうににやりとすると、
「バーチョっていうのは、伊太利語でキスの事だ」
「いいっ!?」
思わず大声を出してしまう大神。その声に不思議そうに振り向く織姫だが、
「そんなところでボソボソやってないで、早く来るでーす」
特に興味もなさそうにまた前を向いてスタスタと歩いていく。その様子に安堵した二人。
織姫がこちらを向いていない事を確認した加山は、再び小声で大神に話しかける。
「そりゃ欧羅巴じゃあ、キスや抱きしめあうのは親しい人同士の挨拶代わりみたいなものだって話だから、他意はないんだろうけど。そんな光景を他の花組のみんなに見られてみろ。一波瀾どころじゃ済まないぞ?」
「……そ、そうだな」
容易に想像できるというか。想像したくもないというか。頭に浮かびかけた映像を懸命に追い出そうとする大神。
そんな血を見そうな修羅場を、話題を変える事で未然に防いだ加山の配慮に、心から感謝する大神。
兵学校時代の成績は自分の方が上ではあったし、今も出世という意味では上の位になってもいるが、こういうところはやっぱり勝てないなぁ、と懐かしむような雰囲気の大神である。
「……一応、今のお前には話しておいてもいいか」
しばらく黙って考えていた加山が、重そうに口を開く。
「実は六年前。黒之巣会と戦っていた頃の話なんだが。うちの隊員が一人、上野公園で消息不明になっているんだ」
「何だって!?」
今度は大声ではなく、ちゃんと小声で叫べた大神。
「その隊員が最後に目撃されたのが、ちょうどこれから行く茶屋の前の樫の木の辺りなんだ。致命傷を受けていたらしいんだが、未だ死体すら出てきていない」
もっとも。その目撃情報は、その隊員を手にかけた人間の言葉だ。どこまで信用できるものか判ったものではない。
だがその言葉にうそ偽りはない。勘でしかないが加山はそう確信していた。
「そんな事があったのか……」
黒之巣会と戦っていた頃といえば、大神がちょうど花組隊長に着任した直後である。あの頃はまだ慣れぬ戦いと花組の皆とのつき合い方も判らず、自分の事だけで手一杯だった時期だ。
そんな頃からも月組は八面六臂の大活躍をしていたのだと知り、大神は胸が熱くなる思いで一杯だった。
「場所が場所だけにそいつの霊かとも思ったんだが、恨みつらみのない霊らしいし、今回の一件とは関係ないだろう。そんな事を思い出してしまっただけだ」
まるで世間話のような軽い雰囲気でそう言葉を締めた加山。
そんなやりとりをしつつ、地下鉄は上野に到着。
上野という場所は帝都の北の玄関口でもあり、同時に帝都でも指折りの繁華街だ。帝劇がある銀座に負けないくらいの人でごった返している。
同時に様々な方言が飛び交う町でもあり、その昔「ふるさとの訛(なまり)なつかし 停車場の人ごみの中に そを聴きにゆく」という歌を詠んだ歌人もいるほどだ。
すっかり日も沈んでいるが、このくらいの時間ならまだまだ人通りは多い。
大神にとっては、帝国華撃団に配属されて初めての実戦をここ上野で迎えた、ある意味出発点とも言える場所である。
そんな人波の間を縫うように歩いて上野公園に向かう一行。そんな一行に話しかけてくる人物がいた。
「旦那方、どうですかお一つ?」
手には薄い紙の束。表紙を見るとあまり品のいいとは言えない大衆誌。その正体は街頭に立つ売り子である。
それを無視して行こうとする織姫と大神だったが、加山が律儀にも立ち止まった。
彼は枯れ木のようにひょろりと背の高い売り子に向かって、
「何か面白い記事が載ってるのはあるか?」
「そうですねぇ。こいつなんてどうでしょう?」
売り子が差し出した薄っぺらい雑誌をじっくりと読み始める加山。するとその途中に一枚の紙が挟まっていた。
『夢組ヨリノ情報。今花組隊員ノ話題ニ上ッテイル樫ノ木ニ何者カガ棲ンデイル。シカシ悪鬼羅刹ノ類ニ非(あら)ズ』
その文句に彼の目が一瞬だけ鋭くなるが、すぐにヘラヘラとした軽い笑顔を浮かべて、
「やっぱりいいや。済まなかったな」
「いえいえ。毎度どうも」
雑誌を無造作に突っ返し、少し離れたところで待っていた二人に追いつく加山。
夢組の霊視による調査でも、あの樫の木には「何か」あるらしい。しかし害をなす存在ではなかったので「何かいる」とだけしか報告がなかったのだろう。
いくら帝都の隅々までを調べるのが任務とはいえ、神社に奉られている神や眷属まで常に調査している訳ではないのだ。
しかし。害をなす存在でないとはいえ「何かがいる」のは確実らしい。それは一体何なのだろう。
そこまで考えて、加山はかぶりを振った。それをこれから調べに行くのではないか、と。
一口に上野公園といってもその敷地は広い。問題の樫の木が立っているのは、その中でも一番南側の出入口のそばだ。少し離れたところに有名な西郷隆盛像が見える。
桜の季節であればこの時間でも花見客で賑わいを見せているのだが、さすがに葉桜となった今は見物客はいないらしく、人影はほとんどない。すぐそばの茶屋もすでに閉まっている。
それだけに邪魔される心配は皆無と言っていい。その辺は安堵する一行。
そんな風景の中に立っているのが問題の樫の木だ。幸いにして今日は満月で明るく、しかもガス灯のそばとあって、灯りにそれほど不自由を感じる事はない。
一同が木を一目見た感想は「大きい」。これに尽きる。幹の太さが大人二人が手を繋いで大きな輪を作ったくらい。だいたい直径一メートルほどだろう。
だが加山はものすごい「違和感」を感じていた。
この木が日本にやってきたのは太正九年(一九二〇年)。そして現在は太正十八年(一九二九年)。
日本にやってきた頃はほんの幼い苗木と言ってもいい程だった。直径もそれほどではなかった筈だ。
木の成長は種類によってかなり差が出る。が、いくら何でもたった九年で直径一メートルにまで成長するだろうか。
加山はさらに観察を続けるつもりで、目をこらして上を見た。
直径に比例して丈も枝も随分伸びている。これだけ幹が成長すればその分上にも伸びるのは当たり前である。しかし枝葉の先の方が変だ。
枯れかかっているのである。それこそもうすぐ寿命が尽きるのではないかと思える程に。
一方織姫は木の肌をコンコンと叩き、
「ヨーロッパでは樫も楢(なら)もまとめてオークっていいますね。オークの木はいろんなところに使われてまーす。家具に、床材に、ワインの樽に……」
そうやって指折り数えている織姫。
「そういえば、子供の頃よくドングリを集めてたっけなぁ。別に食べる訳でもないのに」
「え? ドングリは食べられるぞ?」
大神の発言に、加山が不思議そうな顔で答える。
「種類によって強烈な渋があったりするから、その渋抜きが大変だけどな」
「ホントですか?」
加山の言葉に織姫がうたぐりの眼差しを向けている。
「ホントですよ。米を作りにくい山奥の村では割と普通に食べてますよ。俺の故郷の方ではアクを抜いたドングリで団子を作ります。それに、アクが少ないやつは軽く空炒りしてやれば、もうそれだけで食べられますから」
実際に食べた事があるのか、まるで立て板に水の見本のようにスラスラと説明をする加山。
「ちっきしょう。やっぱり閉まってたか」
いきなり聞こえてきたその声に驚く一同。
何と。彼らが振り向いた先に息切らせて立っていたのは、先程別れた筈の桐島カンナであった。

<後編につづく>


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