『爆走のトランスポーター 後編』
かなめと宗介が窓から外を見ると、コンビニの外で小林が顔を押さえてうずくまっていた。
「大丈夫ですか!?」
かなめがシートベルトを外して外に出る。宗介もスライドドアを開けて同じように飛び出した。
宗介の視線の先には、銃――多分モデルガン――を持って原付に二人乗りして逃げていく少年達の姿があった。宗介は腰に手を伸ばし銃を抜こうとするが、
「ダメッ! ソースケ、こっちが先!」
銃の射程外に逃げていく彼等を睨んで舌打ちすると、かなめと二人でガードレールに彼を座らせる。
「大丈夫ですか、小林さん!?」
さっきからずっと左目を押さえて顔をしかめている彼を心配そうに見つめるかなめ。指の隙間からうっすらと血が滲んでいるのが見えた。
宗介はバックパックの中から応急処置用のメディカルキットを取り出して血止めをする。
いかな殺傷能力のないモデルガンといっても、眼に当たれば失明の可能性もある。サバイバルゲームでもゴーグル着用が義務付けられているくらいだ。
「……幸い切ったのはまぶただけだ。眼球には影響していないだろう。運が良かったな」
それから慣れた手つきで手際良く包帯を巻いていく。
「しっかし、あんなモデルガンで人を撃つなんて最っ低ね」
とげとげとした雰囲気のかなめである。
そう言えば、エアガンでお年寄りが撃たれたとかいうニュースをやっていた。同一犯にせよ便乗犯にせよ、こういった輩は迷惑以外の何者でもない。
「ホントに銃をバンバンぶっぱなすヤツにロクなのはいないわね」
「同感だ」
短く答え淡々と包帯を巻く宗介。もちろんその「ぶっぱなすヤツ」に宗介も入っているのだが、彼はかなめの皮肉に気づいてない。
ものの五分足らずの間に左目に包帯を巻き終えた。
「ああ。有難う。それにしてもひどい目にあったな〜」
小林はお礼を言うと、ひどい目に遭ったにもかかわらず、軽い調子で言った。
「しかし……どうしようか? 慣れた道ならともかく、そうでない所を片目で運転するのは……」
確かに片目では微妙な距離感が取りづらい。だが、宗介が、
「問題ない。俺が運転すればいい」
「運転できるのかい?」
「問題ない、と言った」
宗介は短くそう答えると、運転席に走った。かなめはケガ人の小林を助手席に押し込んで荷台の方に座った。かなり窮屈だが仕方ない。
とりあえず、ここで昼食をすませる事にした。同時にロードマップを見ながらどういうルートで帰るかの相談もしておく。
昼食と相談が終わると、外で何やら――多分車のチェックだろう――やっていた宗介は、小林の指示に従って車を走らせる。少々道は混んでいるものの、渋滞まではいっていない。
それほどスピードを出していないせいか、車内の揺れも少ない。
(へぇ。ソースケって結構運転うまいんじゃない)
以前、都内で巨大な人型兵器に追いかけられた事があるが、あの時は深夜だったし、逃げるのに必死でかなり荒っぽい運転だった。おまけに最後はかなめ自身が運転するハメになったのだが、今となっては辛くも楽しい思い出である。
ふう、とため息をついた時、かなめはふと重要な事を思い出した。
「そうだ、あんた……」
言いかけて思いとどまった。これから言う事は、いくら何でも「宗介に慣れていない」小林にはショックが大きいかもしれない。
仕方なくかなめは頭を「英語に」切り替えた。元々帰国子女の彼女は、少々錆ついているが日常の英会話なら苦もなくこなせる。宗介も同様だ。
Sousuke, I want to ask a little. Won't you have a license ? It's a crime to drive a car without a license in Japan.(ソースケ、ちょっと聞きたいんだけど。あんた、免許持ってないでしょ? 免許なしで車運転するのって、日本じゃ犯罪よ)』
宗介はいきなり英語で話しかけてきたかなめに不審なものを感じたが、何か感じるものはあったらしく英語で答える。
It's all right. Though it was forged, there is a license.(大丈夫だ。偽造したものだが、免許はある)』
偽造したというのがかなり引っかかるが仕方ない。確かに車をあのまま置き去りにはできないし、助けを呼べそうもない。
小林の方は、いきなり英語で会話していた二人に関せず、といった感じでミントのタブレットをかじっていた。
しかし、次第に道路は大渋滞になっていった。空いているのは路肩くらいだ。
「……何かあったのかな?」
小林から貰ったタブレットをこりこりとかじりながらかなめが言う。宗介も何事かと不思議がっている。小林は、窓を開けると反対側から歩いてきた人を呼び止めて、
「あの、すいません。向こうで何かあったんですか?」
声をかけられたビジネスマン風の男は、いきなり声をかけられて一瞬驚いたものの、
「ああ。検問ですよ。今、外務大臣が来日してるから、警戒を強めてるんじゃないの」
そう言うとさっさと歩いてしまった。
「……まずいわ、ソースケ。楽器はともかく、この中身は……」
バックパックを開けてみると、中にはかなめの予想通り、手榴弾やスタン・グレネード。サバイバル・ナイフにグルカ・ナイフ。それから銃や予備弾倉や良く判らない機械などなどがギッシリ。見つかっただけで無事ではすまない装備品の山だ。
「これは何とか隠しておけるかもしれないけど、免許証は出しときなさいよ」
「ああ。わかっている」
そう言ってポケットをあちこちと探り、ついでにバックパックも漁るが……。
「……ぬかった」
バックパックに手を突っ込んだ姿勢のまま、宗介の額から脂汗がじんわりとにじむ。
「……ない」
「…………ゑ?」
「どうやら、家に忘れてきたらしい。面目ない」
かなめの血が頭からざーっと引いていくのが自分でも良く判った。しかし、すぐに烈火のごとく、
「どーすんのよ! 検問で捕まっちゃうじゃない!!」
かなめはとりあえず彼の頭をがしがしと殴っておく。
外務大臣来日中の検問。きっと他にも色々調べられるに違いない。このバックパックの方は隠すなり何なりできる。しかし、肝心の免許の方は……。
幸いまだ距離はあるし、すぐ左を見れば細い道路がある。宗介はその細い道に車を滑り込ませた。
「ソ、ソースケ!?」
いきなり車を走らせた宗介にかなめが怒鳴る。
「待ちなさい! こんな風に逃げたら絶対……」
そこまでかなめが言った時だった。
『そこのワンボックスバン、左に寄って止まりなさい!』
後ろからパトカーがゆっくりと迫ってきていた。
やっぱり……と力なくかなめがうなだれる。これでは逃れようがない。
しかし、宗介は再びスピードを上げた。かなめがそれを問うと、
「逃げるぞ」
そんな理由にかなめは一瞬言葉に詰まる。
「そりゃ無免だからしょうがないけど、こんな車で逃げ切れる訳ないでしょ!」
「以前コンゴで数機のアーム・スレイブからも逃げ切った事がある! 任せろ!」
「任せられるかぁ!」
楽器を押さえたままかなめが怒鳴る。アーム・スレイブとは、この所の紛争などで幅を利かせている人型攻撃兵器の事だ。
「むっ」
今度はいきなり急ブレーキをかけた。反動でかなめの身体が助手席の背に叩きつけられる。
しかし、この急ブレーキが思わぬ事態を生んだ。
いきなり目の前の車が急ブレーキをかけたために、衝突を回避しようとパトカーが脇にそれた。
そして、自分達の前から来る原付も驚いて急ブレーキをかけながら避ける。
周囲にかん高いブレーキの音が響いた。
自分達の車のすぐ横で、パトカーがそばの電柱につっこみ、原付が横滑りしてパトカーにぶつかっている。
「よし、今のうちだ」
宗介はパトカーや原付には目もくれずにその場を逃げ出した。
あっという間にその場から離れる。後ろで何やら言っているが、聞いてるヒマはない。その様子を痛みに堪えながら見ていたかなめは、
「……ねえ。何だか、事態がややっこしい方向に行こうとしてるって思うのは、あたしの気のせい? ね、気のせい!?」
かなめがうるうると目の幅涙を流している。
「同情はするが、やむを得まい」
そんなかなめの悲しさも、無遠慮な宗介の言葉であっさりと切り捨てられる。
「ナンバー、控えられたかな?」
「心配ありません」
小林と宗介の場違いなやり取りを聞いていたかなめは、問答無用で宗介の頭をひっぱたいた。
そして、かなめの予感は全く正しかった。


しばらく車を走らせる。かなめがふと窓の外を見ると、大きな交差点で婦警が交通整理をしているのが見えた。交差点の真ん中で乗用車同士がぶつかったらしく、惨状の証拠である痛々しい車体がそのままになっていた。
(大変ね〜)
素直にかなめがため息混じりに見ていると、その婦警がこちらにやってくる。その婦警にかなめは見覚えがあった。
以前、宗介と自転車の二人乗りをしていた所を見つかり、彼女の乗るミニパトと追跡劇を演じた事がある。その時に自分達を取り逃がした上に民家に激突したとか。そして、その事故が原因で宗介にただならぬ怨みを持っている。
もし、ここで鉢合わせしたら――
かなめはとても嫌な予感がしたが、宗介は彼女に気づかず交差点を横切った。
そして、それから一分と立たずに後ろからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
『そこのバン、止まりなさい!!』
かなめの予想が当たった。スピーカーから聞こえてきたのは間違いなくあの時の婦警の声だった。
確か名前は若菜陽子とかいったか。相当過激な性分らしく、どう転んでもただではすみそうにないだろう。
「どーすんの、ソースケ! 追いかけてくるわよ!」
宗介は無言でハンドルを操っている。
「別に何も悪い事はしてないんだけどなぁ」
小林の方も、この状況でも軽い調子で言う。
「そーじゃないです。あの婦警さんとはちょっとありまして、ソースケを恨んでるんですよ!」
「あの時の婦警か!」
そのセリフで彼も彼女を思い出したらしく、いきなりアクセルを踏んだ。その勢いで積まれた楽器がずるりと動く。
「な、何飛ばしてんのよ、ソースケ!」
慌てて楽器を押さえに走るかなめが怒鳴る。
「ここで捕まる訳にはいかん! この輸送任務を全うせねば!」
比較的空いてる所を縫うようにジグザグにひた走る。後ろのミニパトからは、
『何してるんですか、センパイ!』
『どこかの大臣が来るから人手が足りないってんで、こんな所まで来たのがラッキーだったわ! あの男のせいであたしは配置替えさせられたのよ!』
『そんな理由でこれを使わないで下さい!』
『大丈夫! おまけにナンバーを隠しての走行。捕まえる大義名分はこっちにあるわ!!』
そんな内輪もめがスピーカーから周囲に響く。スイッチが入りっぱなしになっているのだろう。
「ソースケ。ナンバーを隠したって……何?」
かなめが冷や汗をびっしりとかいてその場に凍りついた。
「うむ。万一の事を考え、足がつきにくいようにナンバーを隠しておいたのだが……それがこんな形で裏目に出るとは、計算外だ」
「……それが原因か――――っ!!」
なぜさっきもいきなりパトカーが追いかけてきたのか、今になってようやく判った。まあ、判ったからといってどうなるものでもないのだが。
「おいおい。そりゃマズイよ、君」
「小林さん! ぜんっぜんマズそうに聞こえませんよ!!」
立て続けに怒鳴ったかなめはぜーぜーと息をしている。
(……前言撤回! やっぱ、こいつってサイッテ――ッ!!)
楽器を押さえながら、やっぱりかなめは頭を抱えるのだった。


それからワンボックスバンとミニパトのカーチェイスとなった。
一応かなめが楽器を押さえているという事もあるが、宗介の方は遠慮なく持っているテクニックを駆使して、公道。私道。一通逆走。狭い路地を曲がりくねりながら都心をひた走る。もちろん赤信号や法定速度なども完全無視だ。
たまに車やバイクにぶつかりそうになったり人を轢きそうになるがどうにかかわす。事故を起こさない所はまさに奇跡か神業である。
だが、積んだ楽器は右に揺れ、左に動く。その度にかなめは狭い車内を動き回るハメになった。
乗っている車の方も、角を曲がる度に悲鳴のようなきしんだ高音を上げる。
『もう絶対許さない! 積年の怨み、今日こそ晴らしてくれるわぁっ!!』
相変わらず真後ろにぴたりとつけている陽子のミニパトからそんな叫び声が聞こえる。かなめが思っている以上に過激な性格らしい。
「どーすんのよ、ソースケ! このままじゃどう転んだって無事じゃすまないわよ!」
そんなかなめの悲痛な叫び声に、宗介は真剣なまなざしで、
「振り切れないとは。あの婦警、かなりの腕前だな」
「そうじゃないでしょ!」
「やはり荷物が重いせいか……。千鳥。申し訳ないが、最悪荷物を捨てる事を覚悟しておいてくれ」
「アクション映画みたいでカッコイイけど……それは勘弁だな。親父に怒られる」
相変わらず脳天気丸出しの小林がタブレットを口に放り込む。
「あのね……」
かなめの胸中は言い様のない空しさとやり場のない怒りに満たされる。柳沢が小林の事を「ちょっと変な人だけど」と言った意味がだんだんわかってきた。
だが、ここで一つ不思議に思う事があった。こういう場合、他のパトカーなどに応援を頼んで確実に取り押さえるのが普通だろう。
「ね、ソースケ。おかしくない? こういう時って、無線とかで応援を呼ぶと思うんだけど……」
「その事か!」
彼は運転しながら、いつの間にそこにあったのか、自分の膝の上のバックパックをちらりと見ると、
「この中にある機械で妨害電波を出している。妨害は十メートル四方くらいにしか効かんが、ないよりましだ! 応援を呼ばれると厄介なのでな!」
宗介の頭の中には、帰り道の打ち合わせの時に見ていたロードマップの地図があった。必要な経路だけでなく、その周辺の道路もきちんと見て記憶していたのだ。そして、その記憶に間違いがないのなら――
宗介はバックパックをかなめの方に放ると、
「これから裏道に入る。俺が合図したら、中に入っている発煙筒を放り投げろ!」
宗介はそう言いながらもひょいひょいと車を避けて走り続ける。
「ちょっと、何考えてんのよ! そんな事できる訳ないっしょ!?」
「ただの目くらましだ。後部のドアを少し開けて、そこから放れば大丈夫だ。殺傷力はないから問題はない!」
それからいきなりハンドルを切ると、車一台がようやく通れるくらいの細い一方通行の道に入った。ちなみに一通逆走である。両側は高いブロック塀に囲まれていた。
「急げ!」
宗介が急かす。かなめがイライラを隠そうともしないで、
「あーもう、判ったわよ! どうなっても知らないからね! 責任取んなさいよ!!」
言葉を彼に叩きつけるように怒鳴ると、バックパックから迷わず発煙筒を取り出した。同時に迷わず取り出せるほどこういう状況に慣れてしまった自分を嘆く。
脳天気な小林もさすがに恐くなってきたらしく、顔が青くなっている。
それはそうだろう。単なる楽器の運搬の筈が、こんな非常識なカーチェイスに巻き込まれているのだから。
「……車と楽器は、壊さないでくれよぉ」
何とも情けない声を上げる。無理もない。かなめは素直に同情する。
かなめはいつ合図があってもいいように後部のドアにぴたりと張りつき、ほんの少しだけ開けておく。そこからものすごい風がごうごうと入り彼女の髪をなびかせる。こっそりと後ろを見ると、相変わらず陽子運転のミニパトが猛然と食らいついてきている。
『ふはははは! わたしが地獄に堕としてあげるわっ!!』
すっかり頭に血が上っているのだろう。もう何が何でも自首する訳にも捕まる訳にもいかない。――彼女ならそのくらいやりかねない。
やがて、前方に広めの車道がちらりと見えた。そこでさらにアクセルをぐっと踏み込む。車間距離が少しだけ開く。
「今だ!」
その宗介の合図で、かなめは発煙筒の頭部のピンを抜いて点火させると、ドアの隙間からそっと後ろに放った。発煙筒は慣性の法則も手伝った綺麗な放物線を描いた後地面を跳ね、ミニパトのボンネットを転がりながら一気に煙を吐き出した。
宗介は、向こうの視界が煙に染まったのをバックミラーで確認すると、急に角を曲がった。細い道に気を使いながらちらちらとバックミラーを見ると、問題のミニパトは曲がって来ずにそのまままっすぐ走っていった。
………………………………。
数秒後、車内に安堵の空気が流れる。かなめはその場にへたり込んでしまった。
「も……もういや。こんな生活……」
しかし、顔は何となく苦笑いを浮かべていた。
理由や程度はともかく、ピンチはどうにか切り抜けたのだ。自分の気持ちに反して、何だか全身を心地良い達成感と疲労感が包んでいる。
「……助かった〜」
情けない声を上げて小林が背もたれに身を預ける。
これだけの事の直後なのに何も言わないとは相当なものだ。良い意味でも悪い意味でも。
「では、このまま行こう。今交通情報で、外苑の辺りであった衝突事故の処理が終わって通れるようになったと言っている。高速道路を使うか?」
イヤホンをしたままの宗介がそう聞いてきた。
あちこちをぐるぐると走って方向が良く判らなかったが、向こうに地下鉄の神楽坂駅の入口が見えた。走り回っているうちに随分予定のルートを外れてしまったようだ。
とりあえず一旦車を路肩に止め、宗介はナンバープレートに張ったガムテープを外す。小林が近くの自販機で缶ジュースを買ってきて、車内で一服する。
「しかし、こんな所で追いかけっこやって、よく捕まらなかったわね。事故だって起こさなかったし」
この時ばかりはかなめも神様の存在を信じてもいい気になった。
「ほんとにアクション映画みたいだったな」
小林もジュースを飲み干して一息ついている。どうやら目からの出血も止まったようで、包帯は既に取っていた。
「この程度なら何度もやっている。造作もない。この次も任せてもらおう」
宗介がむっつりとした顔で淡々と言う。
「ノー・サンキュー」
かなめは彼の頭を小突いた。総ての元凶のくせに悪びれないその態度にかなめは微かに憤りを覚えたが、なぜか怒る気にはなれなかった。
(ま、すんだ事をぐちぐち言ってもしょうがないか)
後に引かずにかっちりと気分を切り替える。こういった面もかなめの美点なのだ。
が、これで終わってはくれなかった。一服し終わって出発しようとした時、T字路の向こう側にミニパトが現れたのだ。
車の前面にびっしりと白煙のついた跡がある。今まで追いかけられていた陽子のミニパトだ。
三人の表情が凍りつく。そんな時だ。ばすばすっという鈍い音が聞こえたのは。
「今の音は!?」
宗介が音に気づいた時、角で向かい合ったバンとミニパトの間に二人乗りの原付が飛び出してきた。しかし、彼等が曲がろうとした先にはミニパトがいた。
慌ててかわそうとするがそのまままっすぐ塀に衝突してしまう。ミニパトが急停止し、中から陽子ともう一人婦警が出てくる。
「あいつら。さっきの連中だ」
宗介が彼等の原付や服装から、さっき小林を撃った連中と断言する。
「若菜さん! そいつらモデルガン持ってます! 捕まえて下さい!」
すかさずバンのサイドドアを開けてかなめが叫んだ。


すぐ十メートル程向こうに彼等のモデルガンで撃たれたお年寄りもいた事から、問答無用で捕まる少年達。陽子は鼻を鳴らして、
「あなた達は現行犯です。黙秘権も弁護士を呼ぶ権利もありません。ついでに少年法云々も一切通用しないと思いなさい」
逃げようとした所を地面に投げ飛ばされた二人組の少年を見下ろして冷ややかに言う。
「それにしても……確か千鳥さんだったわよね。偶然ね」
「は、はあ。まあ。その……」
かなめはびっしりと冷や汗かきながら曖昧にうなづく。
「日曜なのに制服姿で。部活か何か?」
「はい。ブラスバンド部の手伝いで……」
そう言って口をぱくぱくとさせたまま苦笑いする。
「いやはや。今日はついてるわ」
「な、何がです?」
にこやかに笑う陽子に、かなめは思わず訊ねてしまった。
「さっきね。前に話した高校生が車に乗ってるのを見つけてね。――ちょうどあなたが乗ってたみたいな白い商業用のワンボックスバンなんだけど、追いかけてたら見事にしてやられてね。今度こそ教育上不適切なお仕置きをたくさんしてやろうと思ったのに。ふふふふ……」
彼女の目が不気味にギラギラと光っている。
今バンの中を見られたらおしまいだ。かなめがそう思っていると、陽子はにこやかな笑顔となり、
「まぁ、白い商業用ワンボックスなんて何百台も走ってるから調べるの大変だし、どうしようかな〜って時に、こんなお手柄だもの。神様っているのかもしれないわね」
そう言って意味もなく空を見上げる。
「そ、そうですね……良かったですね〜ははは〜」
空の方は実にいい天気であるが、かなめの胸中では氷河期と大洪水とハリケーンが一度に襲ってきていた。
言えない。とてもじゃないが言える訳がない。たった今まで追いかけていたバンが自分達の乗っていたものだという事は。
かなめがそんな風に冷や汗をだらだら流しているのにも気づいてない陽子の方は、
「それじゃ、千鳥さん。気をつけて帰ってね。運転手の人にもよろしく。寄り道はダメよ」
捕まえた少年達をミニパトの後部座席に「文字通り」放り込むと、さっさとその場を去った。
「君も大変だね。あんな婦警さんに睨まれているなんて」
かなめの後ろで小林と宗介が何やら話している。
「助かった。結果論だが、気づかれなかったのは運が良かった」
「そうだね。『終わり良ければ全て良し』って云うし。楽器も車も無事だったから良かったよ」
宗介と小林が場違いなくらい脳天気な意見を交わしている。
(何でバレないんだろ?)
無性にやるせなさがこみ上げて、かなめの肩がふるふると震える。
「じゃ、そろそろ行こうか。随分時間かかっちゃってるし」
「了解。千鳥、出発するぞ。早く乗ってくれ」
後ろで宗介の声がする。何事もなかったかのような気楽な声。それを聞いたかなめの肩の震えがぴたりと止まった。
「何で……あたしの周りには、変なヤツしかいないんだろ?」
かなめは何か悟ったような冷めた表情で、のろのろと車に乗り込んだ。

<爆走のトランスポーター 終わり>


あとがき

はい。ようやく終わりました「爆走のトランスポーター」。ドタバタというかメチャクチャ。いやムチャクチャの方が正しいかな。
トランスポーターというのは色々意味がありますが、この場合は「運び屋さん」という感じの意味です。
気づく方は気づくでしょうが、最初とタイトルを変更致しました。最初は「爆走のキャリング・エージェント(carrying agent・輸送代行の意)」でした。ど〜もゴロが今一つだったんで。
それにしても……タイトル通りに「爆走」してませんね(;¬_¬)。
今回の話は東京都23区内の道路地図があるとイイ感じかな?

今回の話はネタ出しに苦労しました。そんな時は基本に立ちかえって調べものをするに限ります。
図書館でコ○コ●コミックのような厚さの、高校の受験案内に載っていた「神代」高校の所を見ていた時に閃きました。
「ブラスバンド部の活躍が」の所を見て、思わず握りこぶし作っちゃいました。
実は、管理人は小学四年から高校三年までブラスバンド部に携わってました。そんなに熱心な学校ではありませんでしたが、その為そっちの知識はそれなりに持ってますし、普段よりも資料集めがいらない。
それに、本文にも書きましたが、「神代」高校は全国高等学校総合文化祭に出場した事実もあるし、そして神楽坂先生はここの卒業生でブラスバンド部だった。
とくれば、もうあとはいつも通り「だーっ」と。
……さすがに神楽坂先生が顧問ってのはどーなんだろ。ま、いいや。
そんな訳で、色々と実体験をちりばめてありますので、どの辺だか勘ぐってみて下さい。

追記:後編の二人の英文は、翻訳サイトを使いました。間違いはないと思いますが、合っているという保証がありません。つっこまれると困ってしまいます。


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