『雷鳥逢う女 肆』
骨の蛇(ウンクテヒ)の子供は相変わらず手近な陸地。ロングアイランド島西端に向かって泳いでいる。そしてそろそろ上陸する頃だ。
ワイアントッド族の居留地まではもう目と鼻の先だ。早めに倒しておかないと、その居留地が被害に遭ってしまう。
幸いだったのは、ウンクテヒの泳ぐスピードより、スターの飛行速度の方が速かった事だ。すぐに追いついたダイアナは間髪入れず攻撃を開始する。
ダイアナ機「サイレントスター」の攻撃方法は、内蔵された複数の薬液を混交し、それを直接またはミサイルに詰めて射出するものだ。ウンクテヒの背中めがけて混交させた強酸の薬液を数度発射する。
酸がまともに降りかかり、少しとはいえダメージを受けているにもかかわらず、反撃してくる様子は全くない。それどころか攻撃してくるダイアナ機を無視して進み続けていた。
元々索敵に優れているためか、サイレントスターの純粋な攻撃力はかなり低い。無視しているのはそれが原因かもしれない。
『ダイアナさん! いくら何でも一人で行くなんて無謀すぎます!』
新次郎の「フジヤマスター」からの通信。彼の諌める声が聞こえてきた。ダイアナはウンクテヒの上空を維持しつつ、
「済みません、大河さん。いても立ってもいられなくなってしまったので」
普段は割とおとなしい彼女だが、こうと決めると猪突猛進する大胆な面もある。きっとあの時の長の痛々しい姿が忘れられず、自分がやらなければと思ったのだろう。
『ダイアナさん。無理だけはしないで下さいね。すぐに追いつきますから』
新次郎からの通信が切れる。そうしている間に、とうとうウンクテヒの子供はロングアイランド島に上陸してしまった。短い足をほとんど使わずに、ズルズルと這って居留地に向かって行く。
ダイアナは再びミサイルを発射した。だがそれはウンクテヒの尻尾にたたき落とされ、海に落ちてしまう。
彼女のスターは一旦蛇を追い抜くと、人型に可変させて立ちはだかるように着地した。
“喰イカケノ食事ノ邪魔スルンジャネェヨ、蚤ガ”
今まで閉じていた口を、威嚇するように大きく開く。すると、大きな牙に突き刺さっているものがあった。それを見たダイアナは絶句してしまう。
ぼんやりとした姿だが、それは明らかに長の少女だ。無論本物ではない。一度噛みついた彼女の霊体――精神のようなものだ。
そのせいで彼女の胸に痛々しい大きな穴が開き、命が蝕まれている。ダイアナはそう直感した。
“コイツノ身体ヲ喰ッテ力ヲツケタラ、オ前モ喰ッテヤルカラナ”
細長い舌をチロチロ出したその時だった。何の前触れもなく現れた巨大な鈎爪が、ウンクテヒを上から押し潰したのだ。直後、

ズドドオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォン!!!

またもや特大の雷が落ちた。もちろんウンクテヒめがけて。
“ギャアアアァァアアッ!!”
針のように尖った雷光が、ダイアナの攻撃によってわずかに開いた穴から体内を直撃。蛇はそのまま動かなくなり土色になってとうとう果てた。残るのは巨大な鈎爪のみ。
だがその鈎爪もぼやけて消えた。同時に頭上に小さく何かの気配を感じた。
ダイアナが上を見上げると、小さな小さな光が落ちてくるのが判った。それもすごい勢いで。サイレントスターは数歩歩いてその小さな光を両手でそっと受け止める。
それは小さな鳥だった。全身白っぽい黄色に輝く羽に被われた、小さな鷲の姿。その気配にダイアナは覚えがあった。
前に感じた「大きい、包み込むような、大きな翼のようなもの」。まさにその気配だった。
“そうだ。ワタシが、ワキンヤン・タンカだ”
ダイアナの心に直接響いてきた声。それは出撃直前に夢(?)の中で触れた無色透明の珠から聞こえてきた声だった。そして声の主が、今自分の手の中にある小さな小さな黄色い鳥なのだ。
“夢の中でのお前の偽らざる「謝る」気持ち、確かに受け取った”
その一言で、長と会った謎の「白い闇」が、さっきの夢と同種の物だと、ダイアナは理解できた。
“人間はワタシ達を崇め、祈りを捧げる。祈りを捧げるとワタシ達と夢の中で繋がる事ができる。繋がると、ワタシ達の力が少し手に入る”
出撃直前の夢の中でも同じような事を言っていた。夢から覚めた時に、妙に頭がスッキリとしていたり身体が軽く感じたのは、神にも等しい力のごく一部が自身に満ちたためだ。
“力を手にした人間は、総てワタシ達の親類となるのだ。ワタシ達はそんな人間達を救い出さねばならない”
神にも等しい存在の言葉。だが、それにしては酷く弱々しい。見た目ではなく感じる霊力が。
「うまくいくかは判りませんが……」
ダイアナの心に満ちていたのは、この小さくも偉大な「雷の鳥」を助けたい気持ちだった。
今自分が立っている大地。そこに生えてる草花。すぐそばに満ちる海の水。天を行き交う風。目を閉じると、スターの中にもかかわらず、そういった物が直接素肌に触れているような感触を覚えた。
「力を貸して……木よ、草よ、花よ、さぁ……ここに!!」
大自然が持つ恵みの力とダイアナの霊力が一つになって溶け合い、総てが癒しの光となって優しくワキンヤン・タンカを包み込む。
“これは……”
雷の鳥は入り込んできた力に驚く。その力が自分の活力になるのをハッキリと感じたからだ。
“……有難う、人間よ。この気持ち、有難く受け取った”
サイレントスターの手の平の上で力強く立っているワキンヤン・タンカ。その姿こそ小さいが感じる力はさっきとは比べ物にならない。まさに「守り神」である。
“行こう、人間よ。ウンクテヒを倒さねばこの地に未来はない”
そこにようやく追いついてきた新次郎が飛び込んできた。スターを人型に可変させ、両手に刀を持っている。
『ダイアナさん、大丈夫ですか!?』
「大河さん、わたしは大丈夫です。雷の鳥さんがやっつけてくれましたから」
ダイアナはそう言って、手の平の小さな鳥を新次郎に見せる。もちろん新次郎が驚かない訳はない。
さっき聞いた文献によれば、ワキンヤン・タンカとは全身雲に被われてその全貌は不明であり、身体のごく一部分しか目撃情報がないが巨大な鳥と伝わっているのだ。そんな鳥の正体がこんな小さな鳥とは誰も信じまい。
しかしその鳥から感じる力は明らかに普通でない事は新次郎にも判るし、それ以前にダイアナがそんな嘘をつくとも思えない。
だが、急いで駆けつけてきた自分の行動が、全くの徒労に終わった事は事実である。ダイアナが無事だったから空しさなどはないのだが……。
“ワタシが運んで行こう。背に乗るがいい”
ふわっと浮き上がったワキンヤン・タンカの身体がみるみるうちに大きくなる。あっという間にスターの何倍も大きくなってしまった。
その姿は、多少のデッサン狂いはあるが、壁にかかっていたタペストリーの鳥と酷似していたのだが、見ていないダイアナには判らなかった。
少し離れたところに人の集団が見えた。モニターの映像を拡大すると、こちらを見て驚いているワイアントッド族だった。いきなりこんな巨大な鳥が現れたのだ。それが注目を集めない筈がない。
先頭にいる長の少女が両手を上げて何かを叫んでいる。何を言っているのかは聞き取れなかったが、その胸に――痛々しいあの穴はなかった。それを確認したダイアナは、外部スピーカーのボリュームを最大にして、
『皆さん。これがあなた方の守り神です!』
部族の中にはその声であの時の「ワキンヤン・タンカの使い」と判った者もおり、ワキンヤン・タンカと共に両膝をついて祈りを捧げる者もいた。その光景を笑顔で見ていたダイアナは、
「ここは雷の鳥さんの好意に甘えましょう」
『は、はぁ』
ぽかんとした彼の返答を待たず、ダイアナはワキンヤン・タンカの背に静かに飛び乗った。
「あの。一つ聞いてもよろしいでしょうか」
ダイアナは飛び立とうとするワキンヤン・タンカに問いかけた。
「人間の祈りがあなたの力になる、と以前聞きました。でも祈る人間は少なくなり、あなたは弱ってしまった。それでもなぜ、わたし達人間を助けてくれたのですか?」
人間であれば裏切られたとして、見捨てられても不思議ではないだろうに。だがワキンヤン・タンカは、少し間を置くとこう答えた。
“それでもワタシは、人間が好きなのだ”
人間だったら恥ずかしそうに少し視線をそらしていそうな、ワキンヤン・タンカのぶっきらぼうな言葉。その言葉にダイアナも新次郎も心の奥から嬉しく、そして少し恥ずかしい気持ちで一杯になった。
全高四メートル。重量四トン余りのスターを二機載せているにもかかわらず、それを全く気にした様子もなくワキンヤン・タンカが飛び立った。
その気になればスターより早く飛べるのだろうが、さすがにスピードはセーブしていた。ワキンヤン・タンカが話しかけてくる。
“この地に集まった強大な霊的エネルギーにひかれてウンクテヒがやって来たようだ”
大都市は、人や物だけでなく霊的なエネルギーも自然と集まってしまう。
さらにこのアメリカという国は、建国から百五十年ほどと他国と比べて歴史が浅い大国だ。それがコンプレックスであるかのように、他国の歴史ある遺物を貪欲に集めて回った。それらには性質はともかく大きな霊的エネルギーを秘められている。
その二つの相乗効果で集中した霊的エネルギーは強大な「魔」をも呼び寄せてしまうのである。
“ウンクテヒと戦うなら、その牙より尻尾に気をつけるのだ。強靱で先に角がついている。それでえぐられるとワタシ達でもなかなか治らない傷になる”
飛びながらの説明に、残してきた皆の安否が気になる。さっきから無線で呼びかけてはいるものの、忙しいらしく話半分の応答しかよこさない。エイハブにいるラチェットに通信すると、ダイアナと新次郎の分裂行動を諌めた後に、
『正直戦況はよくないわね。相手が大きすぎて攻撃が効いてないのよ。おまけに向こうがちょっと動く度に大波が起きて。周辺の被害状況を聞くのが怖いくらいよ』
既にスタテン島とロングアイランド島の南部が水浸しになっているという。ちょっと動いただけでこれなら、本気で暴れ出したらニューヨーク、いやアメリカ全土が海の底に沈んでしまうのではないだろうか。
“やつらが全力を出せる大地の上や水の中で戦うのは間違いだ。しかし大きすぎて空中に運ぶ事はできない。だからワタシは仲間とともに全員の雷電を一つにして叩きつけた”
その結果が地上を壊滅状態にしてしまったのだが、そう語るワキンヤン・タンカの口調は明らかに割り切った感情のものだ。
「でも今はわたし達もいます。雷以外の戦法を取る事もできるかもしれません」
強い意志を込めたダイアナの声に、新次郎も無線で元気よく答える。
『神様を讃えるのと頼り切りになるのは違うと思います。ぼく達だって、このニューヨークという街が好きなんです。だから、絶対に守りたい。いや。守ってみせます!』
眼下に見えてきたウンクテヒを見下ろし、新次郎とダイアナは、スターを飛行形態に可変させ、本当の戦場に飛び込んで行った。


「皆さん、お待たせしました!」
『お帰り、新次郎!』ジェミニの弾んだ声が響く。
『しんじろー、ダイアナ。あとでゴハンくれ!』リカの元気な声も聞こえる。
『遅れた分はきっちり働いて返しな』サジータが小さく笑って答える。
『助力は、役に立ったようだな』昴も上空の鳥を見て静かに口を開いた。
確かに戦況はよくなさそうだ。ウンクテヒは明らかに皆の攻撃と思われるケガでその皮膚は傷ついている。だが弱っているようにはとても見えない。そもそもやる気がなさそうにけだる気な印象ですらある。
戦艦を拳銃で撃っても意味がないように、相手がこれだけの巨体ではこちらの全力攻撃も「微々たる物」でしかないのだろう。
一方のスターも大したダメージを受けた様子がない。しかしその機体は水を滴らせ、何度も海水を浴びた事が容易に想像できる。
しかし、本当にダメージを軽減していたのは、さきほどの「夢の中」で得たワキンヤン・タンカの力の一部のおかげであった。
“子供達ハミンナオ前ニヤラレタカ。ジャア今度ハコッチガオ前ヲ殺サナイトナ”
ウンクテヒは上空を飛ぶワキンヤン・タンカを睨みつけ、ようやくまともに戦おうと身体をくねらせる。
皆に合流した新次郎は、周囲を見回して素早く作戦を考え始めた。
下が海である以上空中戦しかできない。せめて下に降りられれば少しは戦法の幅が広がるが、だからといって手近の陸地へ誘い込むなど論外だ。
そもそもスターは空中戦専用の機体ではない。長時間の空中戦は機体や燃料が持たないし、第一パイロットも疲れてくる。長期戦はこちらが不利だ。
だからといって紐育華撃団全員で行う最大合体攻撃「超新星(スーパーノヴァ)」に頼るのは危ない。それでも倒せなかったら。致命的なダメージを与えられなかったら。皆の霊力は空っぽ同然になり、こちらに死傷者が出かねない。
『何ボーッと考えてんだい坊や!?』
無言のままだった新次郎にサジータが荒っぽく喝を入れる。
『こういうデカイ相手にチマチマ外から攻撃したって埒が開かないよ。やっぱり中に入って攻撃するしか!』
「誰が中に入って攻撃するんです! だいたいそんな危険すぎる作戦、許可できません!」
『じゃあ口の中にミサイルを撃ち込めば!』
「相手が口を閉じたら意味がないですよ!」
彼女の直情的すぎる提案をもっともな意見で却下する新次郎。
しかし外側が堅くても中身が脆いケースは多い。内部に攻撃ができれば効率がいい事は間違いない。だからと言ってスターごとウンクテヒに飲み込まれては攻撃どころではないだろう。外にいたまま内部に攻撃をしかける。そんな都合のいい戦い方が……
……できるかもしれない。
「皆さん、頭部に攻撃を集中して下さい。その間にぼくが胴にとりつきます!」
新次郎のいきなりの作戦に、みな思わず問いかけそうになるが、
「ゆっくり説明している時間がありません。今は指示に従って下さい!」
そこまで強い意志でキッパリと言われては逆らう気は起きなかった。
星組の五人は挑発するようにウンクテヒの頭部付近を飛び回り、入れ替わり立ち代わりミサイルを打ち込んでいる。
一方の新次郎は海面上に出ているウンクテヒの胴に人型に変型して着地。腰に差した大太刀をスラリと抜いて、
「はああああっ!」
霊力を切っ先に込め、剣道の突きの要領でウンクテヒの胴の傷ついた箇所に深々と突き刺す。大きな身体に比べれば刀の傷はないも同然なのか、痛みで暴れ出す事はなかった。
新次郎機に装備されている二本の大太刀と一本の小太刀は霊力が伝わりやすい素材を使っている。そこに霊力がこもった雷をぶつければ、刀を伝わって内部を攻撃できるだろうと考えたのだ。
それから少し離れたところにもう一本の大太刀を同じ要領で深々と突き立てる。また少し離れたところに移動して、小太刀も同じく胴に突き立て、準備が整った。
それからフライトフォームに変型して空に飛び上がり、ワキンヤン・タンカに並ぶと話しかけた。
「ここからぼくが刺した刀が見えますか?」
“雑作もないが。どうかしたのか”
「あの刀だけにものすごい雷を落として下さい。刃が内部に届いていますから、あいつの体内に雷でダメージを与えられると思います」
その言葉を聞いたワキンヤン・タンカはなるほどとうなづいたように見えた。
“少しの間、離れているよう伝えてほしい”
ワキンヤン・タンカの言葉を皆に伝えた新次郎。それを見計らうかのように、ワキンヤン・タンカの足がかき消えた。次の瞬間、巨大な鈎爪がウンクテヒの喉にがっちり食らいついた。もう一つの鈎爪はかなり離れた胴体に食い込んでいる。
ワキンヤン・タンカは身体の各部分をバラバラにする事ができ、さらにパーツごとの巨大化・縮小化もできるのだ。だから目撃情報が身体の一部分ばかりで統一感に欠けたのであろう。
さすがに宿敵に食いつかれてはウンクテヒもおとなしくしていない。食い込む鈎爪をどうにかしようと尻尾を振り上げ、ワキンヤン・タンカの足に叩きつけた。
“ぐあああぉぉっ!!”
鳥の足が頑丈でないとはいえ、たったの一撃でものすごい悲鳴が上がる。足がおかしな方向に折れ曲がり、血まで出ている。だがそれでも鈎爪は離さない。
続いて翼のみを切り離してさらに巨大化させると同時に激しい雷が落ちる。

ズドドドドォォォォッッッッ………………ォォォォオオオオン!!!

しかし落ちた先は切り離された翼だ。
ところが。翼は焼け焦げず、その先端に雷が集まる。まるでボールのように。それからぶんと翼を腕のように降り下ろし、雷の弾をウンクテヒ――それに突き立つ刀めがけて叩きつける。
その雷は新次郎の予測通り、刀を伝ってウンクテヒの内部を直接焼き焦がした。
“グギャアアアアアアァァァァァァッッ!!!”
身も凍るような絶叫が辺りに轟く。予想通り外側に比べ中身はかなり脆かったようだ。明らかに大きなダメージを受けている。
怒ったウンクテヒは尻尾をメチャメチャに振り回し出した。たったそれだけで海に津波が起き、周囲に広がっていく。低空を飛んでいたスターもその波をかぶって落ちそうになる。
振り回される尻尾は、胴を掴んだままのワキンヤン・タンカの足を幾度も直撃するが、それでも鈎爪は離さなかった。
尻尾の攻撃を受ければ自分もただでは済まない。それが判っているのに、折れた足に力を込め、より一層鈎爪を食い込ませる。
そのままの体勢で雷が落ちた。それも二回。そして落ちる度にウンクテヒの皮膚はただれ肉は焦げ落ち、ボロボロになりながらも苦しげな悲鳴を上げる。瀕死の重傷なのは明らかだった。
だが、これだけのダメージを受けても、この骨の蛇は倒れなかった。さらに苦し紛れに鎌首を持ち上げて力一杯鈎爪を振り解くと、跳躍するように一機のスターに飛びかかった。
それはダイアナの機体。このままでは避け切れない。誰もが思った次の瞬間だった。
そこに割り込んだのは新次郎機だった。まるでダイアナをかばうように自分からその口の中に突っ込んで、消えた。
その光景を目の当たりにした星組の皆は唖然とし、ショックのあまり悲鳴を上げる事すら忘れていた。
だが、同時に全員の心に何かの火がついた。総てを溶かし、燃やし尽くしてしまうような熱い火が。
その熱い火が眠っていた力を呼び覚ましたかのように、全員の機体からこれまでなかったくらい霊力のオーラが、まるで爆発したかのようにたぎっている。そんな彼女らの胸にあったのはただ一つ。

よくも新次郎を!!!!!

最初に動いたのはサジータだった。彼女の機体「ハイウェイスター」はシルスウス鋼製のチェーンを機体の左右に伸ばすと、そのまま高速でドリルのように回転し、激しく放電してウンクテヒに突っ込んでいく。
「新次郎を離しな、蛇野郎がっ!!」
霊力と雷を纏ったドリルと化したサジータ機の前に、さしものウンクテヒの装甲も役に立たず風穴を開けられる。
リカ機「シューティングスター」はまだ沈みきっていなかった軍艦の後ろ半分に人型で着地し、バッファローと名づけた巨大な銃を構えていた。反動が強いのでいつもはフライトフォーム形態で使っているのだが、
「しんじろーを食べるな!! 返せ!!」
ドゥンッ! ドゥンッ! ドゥンッ! ドゥンッ!
重く響く音と共にリカの霊力を込めた雷球が連射される。さっきまでほとんど通じなかった弾がウンクテヒの身体を貫通していく。
一旦空域を離れた昴の機体が加速して戻ってきた。
「この僕を本気で怒らせたな……!」
加速しつつ極限まで高まった霊力を一気に解放する昴。そしてその霊力の影響だろうか。昴の機体「ランダムスター」が一瞬ぼやけたかと思うと、何と三体になっていた。
その三体がすれ違い様にありったけのミサイルを叩きつけた。そのミサイル攻撃が総て雷となってボディーブローのようにウンクテヒの全身を打ちのめす。
そんなウンクテヒに一直線に向かっていくのはダイアナの「サイレントスター」だった。ぶつかる直前人型に可変させ、その勢いのままウンクテヒの喉に超高速のドロップ・キックを叩きつける。
「大河さんを出しなさいっ!!」
命中と同時に一瞬だけウンクテヒの身体に高圧電流が流れ込んだ拍子に、ウンクテヒは飲み込みかけた新次郎機をベッと吐き出してしまう。彼の機体はそのまま海へ落下する。
一方ジェミニの「ロデオスター」はウンクテヒの真上に飛んでいた。そしてスターを人型に変型させると、腰に刺した剣銃(ガンバレル・ソード)をスラリと引き抜く。
もちろん人型になってしまえば飛ぶ事はできないので、そのまま真下に落下している。だがそれでもジェミニの表情に焦りは一切ない。
剣を両手で持ち、刃先に全霊力を集中させる。彼女の霊力とワキンヤン・タンカからの力が一つになり、刃に雷が宿り、火花が散り始める。
落下してくるジェミニに気づいたウンクテヒが、今度こそ飲み込んでやろうと、ボロボロの身体に鞭打って、大口を開けて飛びかかってきた。
“蚤風情ガ舐メルンジャネェェェッ!!”
「くらえ! これがミフネの剣だっ!」
同時に天空からの特大の雷が振り上げたガンバレル・ソードに吸い込まれた。刀身そのものが雷と化したように激しく放電する。
ジェミニは飛びかかるウンクテヒに、一回転して剣を加速させると、真正面から雷の刃を叩きつけた。
その刃は何の抵抗もなくウンクテヒの顔面に吸い込まれ、そのまま頭を真っ二つに叩き割った。そして、斬られたところから土色になり、砂となって風に乗り、消えていく。
海面に浮かぶ海軍軍艦の前半分に見事着地を決めたジェミニ機。雷の消えた刀を担いで振り返り、消えていくウンクテヒを眺め、
「これにて、一件落着っ!!」
『全然一件落着じゃないよっ!』
無線から響く新次郎の声。その声で全員新次郎の「フジヤマスター」が海に落ちていた事を思い出した。


今大河新次郎は、星組のメンバー全員とインディアン・ワイアントッド族の居留地に来ていた。
先の戦いでかなりの地域が水害に見舞われたため、リトルリップ・シアターを挙げての復旧支援と慰問が目的だ。
そんな新次郎達が今配っているのは、トウモロコシを原料に作ったフレーク状の食べ物だ。
この食べ物の製法を開発した医学博士のジョン・クロッグ氏とサニーサイドの運営する会社が提携を結び、新しい食べ物「コーンフレーク」として完成させたのである。その宣伝も兼ねているのがサニーサイドらしい。
ちなみに原料のトウモロコシは、サニーサイドが財力に物言わせて買い取った、彼らが働く州管轄のトウモロコシ農場で作られている。このコーンフレークが売れれば、その利益の幾ばくかはそこで働く彼らにも恩恵を与えるだろう。
自然を尊ぶ彼らが金銭で喜ぶとは思っていないが、あいにく今は金銭が物言う世の中。何かの役には立つ筈だ。
やって来た一同――特にダイアナを見た居留地のインディアン達は「ワキンヤン・タンカを導いた人」だと崇めて次々に集まり、祈りすら捧げている。
そんなダイアナは照れながらも「よろしくお願いします」と笑顔を浮かべている。初めて会った時の憎しみなどどこへやら、である。
もちろんそれによって正体がバレてしまった訳だが、紐育華撃団とは名乗っていないし、部族の人間は一人として「別の姿」の事を口外するつもりはないようだ。
過去は色々あった白人とインディアンだが、互いの平和で穏やかな未来はこれから少しずつ作っていけばいい。楽天的かもしれないが、信頼関係を作っていくのは時間がかかるものなのだ。
ところが。新次郎だけはしばらくここで暮らす事が、サニーサイドにより厳命されていた。別に罰則が原因ではない。次の舞台の準備のためだ。
実はサニーサイドは出撃の直前、インディアンの歴史とダイアナ、女装の新次郎を見て「移民時代版ロデオとジュリエット」ともいうべき舞台の原案を思いつき、脚本家に依頼して台本を作ってしまったのだ。
そして、そのヒロイン役を新次郎――正確には彼が女装した新人女優・プチミントが演じる事を、サニーサイドが独断で決めてしまったのである。
『この一件ではまるっきりいいトコなしだったからね。すっごく目立つ役を振ってあげたんだから、もう少し喜んでくれなきゃ』
……と、いつものように明るく笑って「役作りも兼ねて行って来い」と新次郎を放り出したのだ。
彼が考えたのは、インディアンの霊媒師の少女(新次郎=プチミント)と移民団のリーダーの息子(ダイアナ)との、移民の時代を舞台にした恋物語だ。
インディアンとの平和的共存を考える息子と、蛮族と共存など言語道断と主張する親(サジータ)との確執。
愛する人ヘの想いと部族の皆への想い。二つの気持ちの間で揺れ動く霊媒師の少女の葛藤。
密かに愛し合う二人はこの運命にどう立ち向かうのか、どんな未来を作るのか。
ヒロインの霊媒師を演じたプチミントの熱演も手伝い、のちに“従来の「インディアン=悪」と捉えた西部劇の概念を覆した快作”と評価され、プチミントの代表作となる。閑話休題。
そんな彼にワイアントッド族の長の少女が声をかけてきた。
「何から何まで助けられたな。本当にワキンヤン・タンカを導いてくれたおかげで、ようやく部族が一つにまとまったような気がする」
いくら霊力が強い者が部族の長を務めるのが決まりとはいえ、やはり子供の自分に着いてきてくれる大人は少なかったのだ。
細かな部分は違っても、本当に守り神であるワキンヤン・タンカが自分達の前に現れ自分達を救ってくれたのだから、文句を言う者がいよう筈もない。
ところが、肝心のワキンヤン・タンカは、ウンクテヒにとどめを刺した時に消えてしまっていた。
しかし新次郎だけは見ていた。戦う星組を見て「もう大丈夫だ」とばかりに安堵していたのを。お礼が言えなかったのが残念だったが、守り神である以上、きっとこの空のどこかで見守ってくれているに違いない。
ダイアナが「ワキンヤン・タンカを導いた人」と呼ばれたように、新次郎も「ワキンヤン・タンカを導いた人を導いた人」というよく判らない呼ばれ方で、一応は尊敬の対象になっている。
長は満面の笑みで新次郎を見上げ、
「確かシンジローは大きな男になるのが夢だと言ったな。それが少し叶ったぞ。よかったな」
(叶った……のかなぁ?)
一応尊敬の対象ではあるのだが、どこか釈然としないまま、首をかしげる新次郎。
彼の目標は「でっかい男になる」こと。
ところが行動は今一つ隊長らしいとは思えないから、とても「でっかい」とは言えそうにない。
おまけに「女優」として人気が出たのでは「男」になる事すらできない。
目標からどんどん遠ざかっていくような気がして、出てくるのはため息ばかりであった。

<雷鳥逢う女 終わり>


あとがき

「細かい事は気にするな!」。叫びで始まる今回のあとがき。時間軸的にOVA『ニューヨーク・紐育』とかぶるんでねぇ。一応どっちが先に来ても良いようにはしたつもりですが。
劇中の「インディアン」という呼び方ですが、差別云々でモメた時代があるので彼らを現わすどの単語を使おうか結構考えました。
当時どう呼ばれていたかが判れば一番早かったんですが、素人じゃ調べるのに限界があります。
現在はそれほど差別的な意味合いが薄れている上、日本人に一番馴染みがある呼び名なので、あえて「インディアン」で統一しました。
彼らの存在を貶めるつもりは毛頭ない事を、念を押して述べさせて戴きます。

今回の話はサクラVの極めて個人的な不満点から思いつきました。それは、「先住民(インディアン、ネイティブ・アメリカン)が出てこねーよな」「せっかくの可変型メカなんだから、こっちの好きに変型させろ」の二点。
前者はメキシカンなリカがそれに当たるとは思うんですが、日本人が思い浮かべる「インディアン」とはちょいと違うと思うし。
後者は戦闘ステージによってフォームが限定されちゃうから。これじゃ陸上戦用と空中戦用の機体乗り換えとあんまり変わらない気がします。せっかくの変型メカなんだから、時に陸上時に空中と臨機応変に可変させて戦ってこそ、じゃないでしょうかね。
そんな訳で先住民を出し、彼らと一番縁があるダイアナを引っぱりだして、更にコロコロスターを可変させた戦闘シーンを入れて、こういう話になった訳です。
結果としてムダにスケールの大きい話になっちゃいました。ホントはもっとコンパクトになる筈だったんですが。
彼らの神話ですが、本当に部族ごとに断片的な話しか伝わってないので、いろんな部族の話を結構混ぜて使ってます。ワキンヤン・タンカはもちろん骨の蛇、ウンクテヒも、彼らに伝わる神話に登場します。なので純粋な話とはちょっと違ってる事をお断りします。興味がある方は調べてもイイですね。

さて恒例のタイトル元ネタ解説。
今回は1925年公開のアメリカ映画「鵞鳥飼う女」から取りました。
人気オペラ歌手だったメリーは息子を生んでから声が出なくなり引退を余儀なくされた。そのせいで子を恨み、酒に浸り、人里離れた小屋で鵞鳥を飼って暮らしていた。
ある時息子の恋人に言い寄る劇場主の死体が発見される。メリーはこの事件を利用して自分の名を再び世間に出そうと画策し、己が目撃者だと言い出した……というあらすじです。
もちろん今回の話とは何の関係もありませんがね。

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