『雷鳥逢う女 参』
激しい閃光と轟音。それをまともに見聞きしたダイアナの視界が真っ白になる。耳も良く聞こえない。
ところが。耳の違和感は治ったものの、いつまで経っても視界が白いままだ。違う。自分以外の総てがなく、周囲の総てが真っ白で何も見る事はできないのだ。
手を伸ばせば届く位置にあった仲間の姿がない。自分を取り囲んでいた部屋の壁がない。堅い筈の床が存在しない。
しかし自分はこうして立っていられる。自分自身の姿だけはちゃんとある。ちゃんと見える。この白い中にきちんと存在している。
黒い闇ならぬ白い闇。そういう表現がしっくりとくる。
ここは一体どこなのだろう?
ようやくダイアナはその疑問を口にする。すると、白衣のポケットから小さく光が漏れ出した。中にあった物を取り出してみると、光の主はあの時長からもらった鳥の羽であった。
同時に目の前にぼんやりと姿を現わした者があった。その姿を見たダイアナの目が大きく開かれる。
立っていたのは間違いなくワイアントッドの部族の長の少女だったからだ。格好はもちろん、胸に開いた大きな穴が決定的だった。
「……お前も、ここにいるのか」
長の声には驚きというより当然だろうなという肯定の雰囲気の方が強かった。
「あの。ここは一体どこなんですか? わたしは一体どうしてここへ?」
背の低い長に合わせ、ダイアナは少し膝を折って彼女に訊ねる。
「どこかは判らない。ただ、我が啓示を求め瞑想すると、時折我はこうしてここに立っている」
ダイアナは考えた。確か心理学には、人間の意識のより奥底に深層心理という物があり、そこに総ての人類が共通して持つ意識がある、という考えがあったと習った。
今自分がいるここがまさにその「共通意識」なのではないだろうか、と。
だがダイアナはまず彼女に謝る事にした。
「わたしはあなた。いえ。あなた方に二つの事を謝らないといけません」
ずれた眼鏡を直し、長の顔を真正面から真剣に見つめるダイアナは、きゅっと結んでいた口を開いた。
「一つは、わたし達はあなたの言う守り神の使いではない事。わたし達は霊力があるだけの、ただの人間です。神様とは何の関係もありません」
彼女は辛そうに唇を噛んでいた黙ったが、意を決して再び口を開く。
「……もう一つはわたしの祖先があなた達インディアンにしてしまった事。あなた達の文化をないがしろにして、わたし達の文明を押しつけてしまった。迫害の対象にしてしまった。そのせいであなた達は……」
語るにつれダイアナの目から涙が溢れ、声も詰まっていく。そうして力なく膝をついた格好で小さく「ごめんなさい」と呟いた。
少しの間が開くと、長の口から意外な言葉が漏れた。
「どちらも我に謝る事ではない。お前達がワキンヤン・タンカでもその使いでもない事は判っている」
その言葉には、さすがにダイアナも顔を上げる。
「確かシンジローといったな。あの男とお前達は仲間なのだろう? あの男は我の姉を助けてくれた恩人だ。あのまま争いになれば、我もシンジローも困る事になる。恩人を見捨てる程、我は薄情ではない」
まだ子供とは思えない程立派で大人な意見。ダイアナはぽかんとしてその言葉を聞いていた。
「祖先にした事もそうだ。確かに我らは古くから住んでいた土地を追われ、迫害され、そんな生活を余儀無くされている。そう聞いている。古来のような、自然と共に暮らす営みでなくなりつつある事もな」
「だったらどうして……」
口を開きかけたダイアナに、長は子供らしく満面の笑みを浮かべると、
「自然と共に暮らすという事は、自然の中で暮らすという事ではない。自然を忘れないで暮らすという事だ」
「自然を忘れないで暮らす」。ダイアナは無意識のうちにその言葉を噛みしめていた。
「それに、どんな人間がいようが、どんな建物が建とうが、どんな文化に染まろうが、どんな呼び名になろうが、この大地そのものが無くなってしまった訳ではない」
土地や自然とはあくまでも生きていく「場所」であり、所有する物では決してない。それがインディアンの考え方だ。
白人達は「インディアンは白人に土地を奪われた」と見ているが、彼らにしてみれば「誰の持ち物でもないのだから、奪われるも何もない」と穏やかなのはそれが理由だ。
「でも。故郷を失っている事になる訳ですよね?」
「そもそも我らにとって故郷とはこの大地そのもの。そこでこうして立派に生きているのだ。それのどこに恨む理由がある?」
長は不思議そうに。しかし小さく微笑んで尋ねたダイアナに語りかける。
少々冷淡に見えるかもしれないが、朴訥で力強い考え。それは明らかに自然を大切にする優しさから生まれた強さ。
それはダイアナの心のどこかにずしんと響くものがあった。彼女は眼鏡をずらして涙を指で拭うと、
「……お強いのですね、あなた達は」
「皆からの受け売りだ。長とはいっても、まだ子供だからな」
心の底からのダイアナの謝辞に、長もどこか照れくさそうに笑っていた。
だが笑っているだけに、胸に開いたままの穴が非常に痛々しく見える。ダイアナは辛そうにその穴を見ると、
「痛くは、ないんですか、この穴は?」
まるで自分の胸にもポッカリ穴が開いたように感じられ、ダイアナは苦しそうに胸を押さえる。
この穴が彼女の健康、いや命を蝕んでいるやもと思うと、医術を持つのに治せない自分の歯がゆさにおかしくなりそうになる。だが長は笑ってこう言った。
「痛い訳ではないが、いつものように動けないのが辛い。ウンクテヒの子供に噛まれたせいだ」
ウンクテヒとは「骨の蛇」という意味を持つ、彼らの神話に伝わる巨大な海蛇の事だ。
蛇といっても鱗のついた足があり、頭のてっぺんや尻尾の先に大きな角を持つ。主に川や湖などに住み、人間達を嫌っている悪い怪物。長はそう説明した。
「ワキンヤン・タンカはウンクテヒを心底憎んでいる。遥か昔から、この大地のあちこちで戦いを続けている。だが最近になって出てきたウンクテヒの子供と戦うため、今この地にやって来ているのだ」
その言葉で、ダイアナは今回の事件の事情を理解した。
ワキンヤン・タンカも彼(彼女?)なりに、雷を武器に「悪を憎む心」で戦っていたのだ。その結果を自分達ニューヨークの人間が「落雷事件」と認識しただけで。
おそらく先の偵察中に自分が感じた「猛スピードで飛びかかって来た殺気」はその海蛇で、それを攻撃するためにワキンヤン・タンカが放った雷が、自分のスターを巻き込んでオーバーヒートさせてしまったのだろう。
だからワキンヤン・タンカは自分の不時着を助けてくれたのだ。
「ワキンヤン・タンカは善い精霊だ。真実の味方で見張り番だ。人間を驚かせたり殺したりする事はあるが、人間を絶対に助けてくれる」
ダイアナは人間を殺すのが善い精霊なのかと思ったが、白人である自分達とインディアンでは「善い」の考えが違うのかもしれない。
だが真実の味方で見張り番という言葉から「嘘をついたらワキンヤン・タンカの罰が下るぞ」という意味合いがあるのかもしれないと思い直した。
「我らの祈りがワキンヤン・タンカを強くする。でも祈る人間は少なくなり、ワキンヤン・タンカは弱っている。だから無事を願って、勝利を願って、我らは祈る。そうすればこの穴も治るに違いない」
人の祈りがそうした存在の力になる。そうした精神的な支えや繋がりは自分達にも覚えがある。
長の姿が次第にぼやけていく。よく見ると自分の身体もそうだ。まるでこの世界から立ち去るように……


「……ナさん。ダイアナさん! しっかりして下さい!!」
「リカ、好き嫌いしない。野菜も食べる。だから死ぬな〜〜!」
新次郎とリカの声が聞こえる。近くにいる筈なのに、ずいぶんと遠くからの声のように。
ふ、と目を開けると、不安そうに自分を覗き込んでいる新次郎とわーわー泣いているリカの顔が見えた。その後ろに心配そうにしている他のみんなも見える。
「……大丈夫です。有難うございます」
ダイアナは新次郎にそう答え、彼の手を借りて立ち上がる。その時奇妙な事に気がついた。
頭が軽い。それに熟睡した後のようにスッキリとしている。今ならどんな知恵でも出せそうなほどに。
「本当に大丈夫なの? 頭が痛いとかない?」
「……顔色はいい。健康という意味なら問題はないだろう」
そう声をかけてきたジェミニと昴を見る。
「いくら健康になったからって、無茶だけはしてくれるなよ」
「ダイアナ。本当にだいじょーぶなのか? これ、食べていいぞ?」
ダイアナの額を軽くこづくサジータを見る。涙を拭きながら、ポケットの中に隠していたキャンディーを差し出すリカを見る。
自分にはこんなにも心配をしてくれる仲間達がいる。それだけでダイアナの心は温かくなった。
その時、まだ自分が新次郎の手を取ったままだったのに気づき、恥ずかしそうに慌てて引っ込める。
それからサニーサイドとラチェットに向かって、
「このニューヨークに、人間を嫌っている巨大な蛇が潜んでいます。そして、インディアンに伝わる雷の鳥が、それと戦っています」
二人ともダイアナの唐突な言葉を呆気に取られて聞いていた。
「でも雷の鳥はとても弱っています。わたしはその鳥を助けたい。そしてそれが、あの時の少女を助ける事にもなる筈です」
あの時の少女とは、無論ワイアントッド族の長の少女だ。
「『天の力でなくてはと思うことを、人がやってのける事もある』」
ダイアナはいきなり真面目な顔でそう語った。
「シェークスピアの『終わりよければすべてよし』という作品にそんなセリフがあります。このニューヨークを守る使命を持ったわたし達が、人を超えた神にも等しい存在に、その使命を任せきってよいのでしょうか」
彼女は時折詩や物語の言葉を使う事がある。そのためか芝居のように朗々とした言葉。ダイアナの目に迷いはない。確信を持った真剣さがにじみ出ている。
「自分達の未来は自分達の手で作り、そして守る。わたし達はそれを知っている筈です」
「そうですよ。やりましょうダイアナさん!」
彼女の言葉に、新次郎が真っ先に賛同する。
「『天は自ら助くる者を助く』なんて言葉があったっけね。それに法を守る人間の一人として、法で市民と認められた人は絶対に守らなくちゃね。たとえたった一人の少女でも」
サジータも名言を引用してダイアナの肩を叩く。
「そうだよ。頼りっきりじゃダメだ。ボク達も戦わなきゃ!」
ジェミニが目を輝かせてそれに続いた。
「その蛇、悪いやつなんだろ? だったらリカがやっつけてやる!」
リカが両手に拳銃を構えて撃つ真似をする。
「昴さんもやりますよね!?」
賛同する皆を見た新次郎が、黙って立っている昴に話を振る。昴は呆れたように新次郎を見ると、
「……判り切った事を、わざわざ答える必要があるのかい?」
言葉こそ冷たいが、そう語る昴の目は優しい。遠回しな表現だが昴も同じ気持ちなのだ。
心から発せられた言葉は心に通じる。今のダイアナの言葉がまさしくそうだった。
皆の気持ちを確認した新次郎は、サニーサイドとラチェットに詰め寄ると、
「お願いします。出撃許可を!」
彼はばっと九十度に身体を曲げて頭を下げる。それを見た星組のメンバーも、彼に倣って頭を下げた。
ラチェットはどうしたものかと視線をそらす。ダイアナの言葉を信じない訳ではないが、巨大な海蛇がいるなどにわかには信じ難い。
サニーサイドはゆっくり背もたれに身体を預け、しばし天井を見つめていた。それから並んで立っているダイアナとインディアン装束(しかも女装)の新次郎を見ると、
「……それも悪くはなさそうだな」
「何が悪くないんです?」
「あ、いや。別件で思いついた事があっただけだよ」
サニーサイドは勢いをつけて立ち上がると同時に、警報が鳴り響いた。
“ニューヨーク湾に巨大な『霊的』怪物が出現”
それが警報の理由だった。


ニューヨーク湾は大きく二つに分けられる。
一つはハドソン川とイーストリバーの河口であり、自由の女神の立つリバティ島がある内湾「上ニューヨーク湾」。
そこからスタテン島とロングアイランド島に挟まれた狭い海峡を抜けた先にある外湾「下ニューヨーク湾」。
「霊的な」怪物が出現したのはその下ニューヨーク湾だった。
その姿は巨大な蛇。しかも蛇の骨格にピタリと皮を貼りつけたような無気味な姿だ。
しかも頭に大きな角があり、青黒い身体を海面に出している。足があるらしいが、海面下にあるようでそれは確認できない。
そして蛇の後ろには真っ二つになった船が。名前は判らないがアメリカ海軍の軍艦の中でも一番大きな艦だ。それが尻尾の一撃でいとも簡単に破壊されてしまったらしい。
巨大な蛇は周囲を威嚇するのみで、それ以上軍艦を破壊する様子はない。その間に乗組員達は救命ボートで海域を離れていく。
紐育華撃団の移動基地とも言える武装飛行船「エイハブ」の作戦指令室内のモニターに写る映像に、そんな様子が克明に映し出されていた。
一方新次郎達は既にスターに乗り込んでおり、いつでも発進できる体勢にあった。
『本当なら綿密に作戦を立てて挑みたいところだけど……』
珍しく少々弱気なラチェットの声が無線から響く。敵の事が全く判らないのだから、作戦も何もない。
ダイアナが聞かされた巨大な海蛇「ウンクテヒ」の特徴に合致するので便宜上そう呼ぶ事に決まっただけだ。
関係した文献はあるにはあったが断片的な文章であり、作戦立案や弱点の探索に役立ちそうな情報は何一つなかった。
『とにかく。しっかり戦って、生きて帰って来なさい』
彼女らしからぬ発言ではあるが、皆を大事に思えばこその言葉である。
新次郎はスターのコクピット内のモニターで、破壊された軍艦とその巨大な蛇――ウンクテヒを見ていた。
まさしく「巨大」という表現に相応しいその蛇。さらに皮膚を持つのにあまりに骨張った全身。「骨の蛇」とはよく名づけたものである。
比較になる物がないので大きさのイメージが掴みにくいが、頭だけでもこのスターの何倍あるのだろうか。見当もつかない。
映像越しにもかかわらず、蛇の持つ邪悪なオーラ、雰囲気がびんびん伝わってくる。
新次郎は他の霊力などを感じ取るのは不得意な方だ。そんな自分がこうなのだから、そうした事に敏感なダイアナが受ける衝撃を考えると、ゾッとする思いだった。
自分達より巨大な敵と戦った事など幾度もあるが、それでも不安と緊張は隠し切れない。
以前戦った相手は妖力を持ち、人間離れした力を得たとはいえ、結局は人間が相手だった。
しかし今回の相手は蛇。それも神話に出てくる生き物である。
神話に因れば、雷の鳥はありったけの雷を天空から落として焼き殺したと云う。しかしその結果、森は火に包まれ、川は煮え立って干上がり、大地は真っ赤に熱せられたとあった。
という事は、そこまでの凄まじい電光を以てしないと、この巨大な蛇は倒せないのだろうか。自分達にそこまでの攻撃力があるのだろうか。
新次郎の心には、不安が増すばかりであった。
そんな中、唐突に無線にサニーサイドが割り込んで来た。
『じゃあ大河隊長。出撃命令を頼むよ。カッコ良くね!』
「何ですか、その『カッコ良く』って!」
考えを中断して素直に疑問をぶつける新次郎に、彼は「当然じゃないか」と言いたそうに、
『女の子を助けたつもりが助けられ、スカートをはいているのを忘れて走って派手に転んで。最近の君はいいとこなしじゃないか。そんな君がカッコ良く決められる数少ない機会なんだよ?』
確かに彼の言う通りなのだが、それをわざわざ出撃直前というこの場で言わなくてもいいだろうに。おまけに「数少ない」が余計である。
『大丈夫だよ、新次郎。どんなにカッコが悪くたって、ボク達の隊長は新次郎だけなんだから』
フォローなのかどうか微妙に判断に困る事を無線で言ってくるジェミニ。
『昴は言う。最初から君にカッコ良さを求めてはいない』
「そんな。昴さんまで……」
昴からの無線で思い切り傷つく新次郎。だが昴は小さく笑うと、
『君は君らしくあればいい。取り繕ってカッコつける方がよほど不自然だ』
昴の言葉に、新次郎の気持ちはスパッと切り替わり、胸の中に「よく判らないが不思議な活力」のような物が沸き上がったような気がした。
そう。自分にできるのは、まっすぐ自分を信じて、自分らしく戦う事。それだけだ。
新次郎は大きく息を吸うと、無線機が壊れるような元気な声で叫んだ。
「紐育華撃団……レディ・ゴー!!」
六機のスターが、フライトフォームでエイハブから勢いよく飛び出して行こうとした時だ。

ズドドオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォン!!!

ハッチの向こうが真っ白に染まり、ものすごい轟音が周囲を包む。また雷が落ちたのだ。
新次郎は思わず閉じていた目を開くと、そこはなぜか真っ白い空間だった。自分の周り総てが真っ白で、自分以外の物は何も見えない。
今までスターのコクピットにいた筈なのに、何故か普通に立っている。どういう事なのだろう。
すると目の前に光る珠のような物が見えた。無色透明なのだが、そこにある事はハッキリと判る。
決して強い光ではないが、内に激しい力を秘めた熱い光だ。
(何だろう、これ……)
新次郎がそっとその光の珠に触れてみる。堅くも柔らかくもない、しかし予想通り熱い、だが触れないほどではない熱さが、手の平を通して全身を駆け巡っている。
“人は、夢を見る”
珠から低い声が聞こえてきた。荒々しくも温かい。そんなイメージの声が。
“夢を見た者は、夢の中で一つになる”
詩のような言葉が静かに辺りに響いて満ちる。
“一つになった者は、力を見る。それ、啓示と呼ばれる”
するとどうだろう。自分の前に星組の仲間達が唐突に現れた。全員が同じ一つの珠に触れ、互いを見つめあい、そこに立っている。いきなりの出来事にお互い驚きを隠せないでいた。
その途端、新次郎の身体が猛烈な勢いで後ろに引っぱられ、みんなからどんどん離されていく。
「うわああああああーーーーーーっ!!」
情けない悲鳴を上げて、手足をばたつかせてしまう。足がごつっとコンソールの隅にぶつかり衝撃が走る。
その衝撃で、自分が再びスターの中にいる事に気づいた。星組の仲間も、光の珠も何もない。
『どうしたの、みんな。返事をしなさい!?』
無線から緊迫したラチェットの声が聞こえてくる。「みんな」という事は、他のみんなも自分と同じような目に遭ったのだろうか。
今のは一体なんだったのだろう。さっぱり判らない。まるで夢でも見たかのようだ。
それに頭の中が変にスッキリしている。身体も軽い。自分の中を駆け巡る霊力の流れをハッキリと感じる。
まるで、何か力を授かったかのように――
新次郎は「何でもありません」とラチェットに答えると、モニターに写ったウンクテヒの様子を見て唖然とする。
その巨大な身体のあちこちが黒く焦げつき、煙が出ているのだ。音は聞こえないものの、頭を天に向け口を大きく開いている。不意打ちを受けて呆然としているかのように。
間違いなかった。ワキンヤン・タンカが雷を落としたのだ。きっと激しい憎しみを雷に込めて。
しかし、激しい雷の直撃を受けたにもかかわらず、あまりダメージを受けた様子がない。
ウンクテヒの装甲・耐久力がずば抜けているのか。それともワキンヤン・タンカの力がそこまで衰えているのか。
だが考えてみれば、力の衰えた雷があの威力なのだ。もし衰えていなかったら、神話での描写通りになっていたのかもしれない。そう考えるとゾッとする。
本当に自分達が戦って勝てるのだろうか。そんな心配が嫌でも胸をよぎってしまう。
しかしニューヨークを守るのが自分達の役目。そして戦うからには絶対に勝たねばならない。全員その思いでここにいるのだ。その時、
“ヤリヤガッタナァァァッ!!”
邪悪なオーラを含んだ低い声が響いてきた。その声の振動が不吉な気配と衝撃となってエイハブ、そしてスターの外装をガンガン叩く。
“オラ、行ッテ来イ!!”
ウンクテヒの身体からババッと何かが飛び出すのが見えた。
それは小さなウンクテヒだった。おそらく子供だろう。小さいといってもスターの数倍はありそうな大きさだ。
そんな子供が小さな足をばたつかせ、先を争うようにものすごいスピードで海を泳いでいるのだ。
その身体も、あちこちに焼け焦げたような痕があり、尻尾や足が欠けている。きっとこれまでの「攻防」で受けたダメージが回復しきっていないのだろう。
だが。その子供が向かっているのは――
『いけないっ!』
ダイアナのスターが急発進してエイハブから飛び出した。
「ダイアナさんっ!?」
新次郎が無線で訊ねると、
『ウンクテヒの子供が、あの子のいる居留地の方に向かっています!』
切羽詰まったダイアナの声が返ってくる。それを聞いたジェミニが、
『新次郎行って! あいつはボク達で引き受ける!』
『ダイアナ単独ではあの蛇はおそらく倒せまい。君の助力が必要だ』
いつも通りに聞こえる昴の声も、さすがに焦りがわずかに含まれ若干早口になる。
しかし、子供とはいえ神話上の生き物。どのくらいの強さを秘めているのか全く判らない。
少ない戦力を分散させるべきか否か。新次郎は隊長としての激しい葛藤に襲われる。
だがそれも一瞬だった。自分が自分を信じて戦うように、仲間を信じて戦う。今はそれしかない。
「判りました。ぼくはダイアナさんのところへ向かいます。皆さんも気をつけて!」
『うむ。まかせてくれたまえ!』
『あたしを誰だと思ってるんだい、坊や? こっちは任せな』
得意げなリカとサジータの挑発的(?)な声に見送られ、新次郎の専用機「フジヤマスター」は戦場に向かって飛び出して行った。

<肆につづく>


文頭へ 戻る 進む メニューへ
inserted by FC2 system