『雷鳥逢う女 弐』
ダイアナはスターの中で目が覚めた。どうやら落下の衝撃で気を失っていたらしい。
ダイアナは足元を手探りで探ってどうにか眼鏡を見つけると、それをかける。あいにくレンズにヒビが入ってしまっているが、ないよりはいい。
急いで機体を起動させようとあれこれスイッチをいじってみるが、壊れてしまったらしく動かない。
やむを得ず彼女はハッチを開けて外に出た。そこは典型的な郊外の風景。大都会ニューヨークといえど、中心部たるマンハッタン島から少し離れただけでこうなってしまう。
運はダイアナに味方したようで、自分の周囲に集落はない。家などを薙ぎ倒したような形跡もない。
目測で数百メートルほど向こうに小さな集落が見えた。そこへ落ちなかった事。そして自分のせいで犠牲者が出なかった事にまずは安堵し、幸運を神に祈った。
機体を観察してみると、あちこちに落雷と思われるダメージがあり、そこから幾度も火花が散っていた。
しかし不時着したにしては機体の損傷が少なすぎる。それに大地を滑ったような痕が少ししかなかった。機械や物理等の力学は素人のダイアナでも、それにはやや違和感を覚えた。
ふと思い返してみれば、着地の直前、何かに下から支えられる感覚があったような――
すると、その集落から何者かが近づいて来るのが見えた。ずいぶん大人数らしい事がこの距離からも判る。そしてそれが、明らかに仲間達でない事も。
ダイアナのそばにやってきたのは、小柄で細みの男達だった。どの男達も日に焼けた精悍な顔立ちだ。着ているものは質素なものばかり。そんな男達が、ダイアナと彼女の機体を半円状に取り囲んでいる。
ダイアナは話に聞いていたインディアンの一族であろうと見当をつけた。
彼女の祖先は初めてのアメリカ移民であり、伝統ある名家である。彼らにまつわる話はいくつも伝わっている。
ダイアナはやや離れたところから自分を取り囲んでいる彼らに向かって、
「……こ、こんにちわ、皆さん」
穏やかにそう話しかけた。コミュニケーションの第一歩は挨拶だ。
しかし反応はない。英語が通じなかったのだろうか。だが彼らの言葉で話してみようにも、あいにくインディアンの言葉は判らない。どうしたものかと考えていると、取り囲んだ男達の中からリーダーらしい人間が出てきた。
「お前、白人だな」
割と流暢な英語でそう話す男の表情に敵意はないが、歓迎している雰囲気でない事は明らかだ。
「何の用だ。懲りずに我々の生活を壊しにきたのか」
「せ、生活を壊す? そんな事は……」
いきなり言われた物騒な言葉に、ダイアナが困った顔でなだめようとするが、
「我々ワイアントッドの文化も、風習も、言葉も。白人に総て奪い取られたのだ! それを生活を壊すと言わずに何と言うのだ!」
もちろん目の前にいるダイアナが奪い取ったのではないと頭では判っている。だがそれでも、白人を目の前にして心穏やかでいられる筈がなかった。
白人の移住は十六世紀頃から始まった。自分達から見て「外」の世界から来た人間を恐れると同時に興味をそそられ、交流が始まった。
今まで存在しなかった鉄の製品・銃・馬や衣類、貨幣制度といった物などがもたらされ、自然に根ざしたインディアン従来の暮らしや文化が一変した。
その一方でインディアン達の暮らしに惹かれ、そこで家庭を持ち、骨を埋める移民すらいた。そのため現在でも何分の一かは彼らインディアンの血を引く者も、このアメリカには大勢いるのだ。
ところが。酒や伝染病といった、インディアン達にとっては困った物も、白人は数多くもたらした。
そして時が経つにつれ、白人達はインディアン達を交流相手から排除する者へと認識を変え、彼らの住む場所を奪っていたのだ。しかもその方法のほとんどが彼らの放逐か、殺害。
それに飽き足らず、部族の言葉や文化の総てを捨てて「アメリカ国民」になるよう強制され、従わない者が殺される事すらあった。
四年前の一九二四年。ついに法律が制定され彼らも「合衆国市民」となり、言葉や文化を捨てなくてもよくなっている。だがそれでも、白人が頂点の社会がすぐさま変わる訳ではない。
現在も徹底して差別され、こうして半ば隔離された生活を余儀なくされている。
「この上我らから守り神まで奪おうと言うなら、容赦はしない!」
男達は棒を取り出して構え、ある者はライフルの銃口をダイアナに向ける。彼女も何か言おうとするものの、向けられた武器以上に、彼らの発する自分――白人への憎しみに当てられ、言葉が出ない。
その時。男達に聞き慣れない、そしてダイアナには耳に馴染んだスターのエンジン音が聞こえてきた。飛んできたのはジェミニの機体「ロデオスター」である。
彼女は機体をダイアナの機のそばに着地させるやいなや、ハッチを開けて飛び出してきた。
「ちょっと待ったーっ!」
それから素早くダイアナの機体の上に駆け上がって仁王立ちして、眼下の男達をキッと睨みつける。
「大の男がか弱き一人の乙女を、よってたかって乱暴するとは言語道断!」
かなり芝居がかった口調で男達をビシッと指差した。それから刀の鍔を親指で少し持ち上げると、
「今宵のレッド・サンは血に飢えておる。地べたを舐めたい者はかかってくるがいい!」
「あの、ジェミニさん。今はまだ昼間……」
苦笑いのダイアナのツッコミだが、もちろんジェミニには届いていない。そうしている間にも、他の仲間までが続々と機体を下りてやって来る。
「ダイアナをいじめるなら、お前ら悪いやつ! 金の銃と銀の銃、どっちで撃たれたい?」
脅しにしては口調が無邪気すぎるリカが、二丁拳銃をビシッと構える。
「そこまでにしておくんだね。それ以上は集団による暴行とみなして法の裁きを下すよ?」
サジータも弁護士らしい口調で男達を鋭く睨みつける。
「確かに、武器を持った大勢が素手の一人を取り囲む、という構図は非常に気に入らない……」
穏やかに見える中にも怒りを隠した昴が呟く。
殺気立つ男達といきり立っている星組の四人。そして間に挟まれる格好となってしまったダイアナ。果たしてどちらから先に仲裁をしたものか、と頭を悩ませているところに、
「皆の者、引け!」
「みんな待って!」
女の子の声と青年の声が重なって響いた。
『長!?』
『新次郎!?』
一同の注意がそれた先にはチャララットと、長をおぶっている新次郎の姿が。轟音を聞きつけて駆けつけたのだ。
「新次郎、何でこんなところに!?」
驚くジェミニが真っ先に口を開く。先を越されて訊ねなかったが他のメンバーも気持ちは同じだ。
「皆さん待って下さい。とにかく武器を引いて下さい」
新次郎は長を下ろしてチャララットに託すと、彼なりに精一杯止めに入る。殺気立つ男達に睨まれて少々腰が引け気味なのが情けないが。
一方の長は、青白い顔のまま男達を見つめると、
「お前達。これはどういう事だ?」
小さいなりにも長としての威厳はあるようだ。その一言で殺気立っていた男達はバラバラと武器を収める。
「しかし長。白人が我々の守り神をも奪おうと……」
「黙れ!」
その一喝で男は震え上がってしまう。長は割れた人垣の中を悠然と(チャララットに支えられて、であるが)歩いてダイアナの元に向かう。そして新次郎も何となくついていく。
星組のメンバーも、長の胸に大きな穴が開いているのが見てとれ、絶句している。その穴が何やら善からぬ気配を発している事も。
特にダイアナはそれに加え、蛇やトカゲといった爬虫類の影らしきものを、その穴から感じていた。
「今朝、我は夢を見た。ワキンヤン・タンカの導き手はウサギに導かれやって来る」
部族の一同をぐるりと見回した長は、さきほど新次郎に話した夢の内容を朗々と語り出した。それから傍らに立つ新次郎に小声で、
「あの者達は、お前の仲間なのだろう?」
「うん……いや、はい!」
部族の長に対して横柄な返答もないと思い、慌てて丁寧な言い方に変える新次郎。長は「やはり」とうなづくと、
「ウサギに導かれたこの男は、まさしくこの地にワキンヤン・タンカの使いをもたらした!」
長は胸につけている鳥の羽を一本抜くと、その場で両膝をついて高々とダイアナに差し出した。
「ワキンヤン・タンカの使いよ。どうか我らにその加護を!」
同時に男達からどよめきが起こり、少し遅れて彼らも渋々という感じで同じように両膝をつき、同じように唱える。
いきなりひざまづかれた事に、ダイアナはもちろん、ジェミニ達もぽかんとしている。
「あ、あの。これって一体……」
新次郎がチャララットに小声で訊ねると、彼女は、
「私達の部族では、相手に鳥の羽を差し出すという事は、親愛や忠誠の証を意味するんです」
長自らがそうした事で、部族の他の人間もそれに倣ったのだ。
「それから、ウサギに導かれたって何? ぼくウサギなんて覚えがないんだけど?」
その問いにチャララットは小さく笑うと、こう答えた。
「私の名前チャララットには、部族の言葉で『走るウサギ』という意味があるんですよ」


翌日。紐育華撃団の指令室に星組全員が集合した。副司令であるラチェットは皆を見回すと、
「昨日のみんなの報告を元に調べてみたの。今から説明するわね?」
だが星組のメンバーはラチェットではなく、静かに着席しているサニーサイドでもなく、彼の後ろに立っている新次郎に注目していた。
「あ、あのぉ。その前に、いいですか?」
おそるおそるジェミニが手を挙げる。ラチェットが発言をうながすと、彼女はやや遠慮がちに、
「新次郎、何であそこに立ってるんですか?」
「その質問を待っていたよ」
サニーサイドは意気揚々と席から立ち上がると、
「彼は昨日遅刻したからね。その罰さ。もっとも、今回の事件の重要な情報をもたらしてくれたから減給はナシにしたけどね」
「でも……これはないですよぉ」
新次郎は泣きそうな顔で抗議する。両手に水のたっぷり入ったバケツを持たされているのだから無理もない。
おまけに着ている物はタイトな革のスカートに毛織りのケープ。それから頭に巻いたバンダナに鳥の羽が挟んである。典型的なインディアンの女性の装束だ。
小柄かつ童顔の顔と相まってどこから見ても立派な美少女にしか見えない。男としてはかなりの屈辱であリ、女性が見れば嫉妬の一つもしそうなほどだ。だがサニーサイドは抗議する新次郎を呆れ顔で見ると、
「しつこいねぇ。君も軍人の端くれなら、信賞必罰くらいは理解してほしいね」
新次郎の本来の身分は日本の海軍少尉。しかも海軍兵学校を主席で卒業しているエリートなのだ。そう言われてしまっては返す言葉がない。
「良い働きをした者に報酬を。悪い働きだった者には罰を。これは組織が組織であるために、たとえ恨まれてもやらねばならない事だ」
朗々とした口調で語るサニーサイドではあるが、他のメンバー全員が「絶対からかって遊んでるな」と思っている事は明白である。
「まず……彼らの事から話しましょうか」
ラチェットは咳払いを一つして、脱線した話を戻した。
「彼らワイアントッド族。ヨーロッパの人達はヒュロン族って呼んだけど。彼らは主にアメリカ東海岸で農業を営む部族だったようね。今は州管轄のトウモロコシ農場で働いている人がほとんどだけど」
調べた資料を要点をまとめて読み上げる彼女の話は続く。
「インディアン自体自然を崇める、いわゆるシャーマニズム信仰が多いんだけど、ここはそれがかなり顕著ね。一番霊力が強い人間が部族のまとめ役である長と霊媒師(シャーマン)を兼ねる存在になって、その夢のお告げに皆が従うそうだから」
「リカ、むずかしい話キライ」
ムスッとむくれた顔で退屈そうにしているリカ。ラチェットはその光景に苦笑いしつつ、
「シャーマニズムっていうのは、自然そのものを擬人化……というのかしら。一つの個性ある存在とみなして扱う事ね。『精霊』と呼ぶそうだけど。それに信仰と言ってもキリスト教のそれとはニュアンスが違うみたいね」
取り繕うようなラチェットの解説だが、よけいに難しくなった気がする。
「日本の神道もそれに近い。自然そのものを神とみなし、またあらゆる物に神が宿っていると考え、加護を求め崇めるものだから」
昴が淡々と解説を入れる。判りやすいとは言えないが。
「ともかくだ。インディアンは白人の移住によって追い立てられたり迫害されたりして現在に至る、という訳だね。マンハッタン島を二十四ドル相当の品物と交換した例は有名だけど、こんな平和な例はごく一部だ」
サニーサイドが冷めた口調でそう締めくくった。
「でもおじさま。ヨーロッパからの様々な物資で、彼らの暮らしは豊かになったのでは?」
ダイアナがサニーサイドに問いかける。すると彼は少し困った顔を作ると、
「豊かになった事は事実だが、彼らが喜んだかどうかは、また別の話だよ」
「どうして? 豊かな生活っていい事なんでしょ?」
間髪入れないジェミニの問いにサニーサイドは、
「質問を質問で返して済まないが、君の故郷のテキサスとこのニューヨークと、どちらが物資が豊かだと思う?」
「……ニューヨークだと思うけど」
「ではテキサスとニューヨーク。君が豊かな生活を送れるのはどっちだい?」
その質問にジェミニが答えに詰まってしまう。彼女がこのニューヨークに来たばかりの頃は都会的な雰囲気になかなか馴染めず、帰りたいと思った事も一度や二度ではない。
物が豊かだからといって豊かな生活を営めるかというのは、彼が言う通り別の話なのだ。
「必要は発明の母、という言葉がある。白人達がもたらした様々な『今まで無かった物資』は、技術の未発達ゆえに作れなかった物も多いが、彼らの生活には必要なかったから生まれなかった物も多い。彼らにとっては『便利だけど無くても困らない』品を押しつけられた訳だね」
サニーサイドの言葉に首をかしげる新次郎に、昴はため息をつくと補足した。
「自給自足や物々交換が成り立っている地域では貨幣の価値はないだろう。自然そのものを信仰・崇拝する人々は教会など無くても困らない。口伝えで充分な社会だったから文字も必要なかった」
それを聞いたサニーサイドはさらに調子よく続ける。
「それに、シャーマニズム信仰というのは、信仰や宗教の考えからすると原始的なもの。おまけに自然に根ざした道具の少ない文明を見た白人達が『原始的な生活をしている未開の蛮族』と判断したのが、彼らの迫害の歴史の始まりと言えるだろうね」
対等な人間同士ではなく、自分達より劣った存在。自分達の方が優れている。偉い。だから彼らの上に立って指導せねばならない。程度はともかくそういった考えだった事は確かだ。
だからこれまでの生活を辞めさせ、白人達の「優れた」文化を与える、という結果になったのだ。それを相手の事を考えずに行ったのが問題ではあるが。
「あたしも黒人の端くれだからね。その手の話は嫌ってほどあるよ。その頃は今みたいな法律もなかったろうし。同情するよ」
サジータが静かに、しかし重い一言を漏らす。彼女自身はもちろん、黒人奴隷や差別はあまりにも有名な話だ。解放宣言から約六十年経ったといえど、まだまだそうした話は多いのだ。
「では、わたし達の祖先のした事は、結果としてあの方々を苦しめる事になったのですか……?」
サニーサイドの話に涙を浮かべてうつむくダイアナ。その表情は見ているだけでこちらの心も苦しくなってくる、そんな顔だ。
初めてのアメリカ移民の子孫である事を誇りとすらしていた事を根底から覆されたも同然なのだから、そのショックは大きいだろう。
「友好より力による排除を選んだ移民達が多かったのは事実だが、インディアン達が悪くなかった訳じゃないよ」
場の重い雰囲気を壊すように、わざと軽い口調で言うサニーサイド。
「異なる文化の交流は良くも悪くも互いに変化を与えるものだ。日本も他国の物と自国の物を組み合わせた新しい物をいくつも生み出している。しかし、インディアン達はその変化で文明・文化が発達する事はほとんどなかった。それもまた事実だ」
まるで主旨替えをしたような彼の口ぶりに、一同がぽかんとしてしまう。
「昔ながらの生活を貫き続けるというのは確かに立派な事だが、何事も進化しなければいつかは滅びてしまうものだ。文化も生き物もね」
「一体どっちの味方なんですか!?」
新次郎が困った顔で問うが、サニーサイドは笑顔すら浮かべて、
「資料を元にしたボク自身の意見を言っているだけさ。どちらの弁護も擁護もする気はない。それに過去なんて変えられっこないんだから、ここで言い合っていたって何の足しにもならないよ」
言っている事は確かに正論だと思うが、どうにも腹に据えかねるものを感じた新次郎。
「それじゃあ、少しは足しになる話をさせてもらえるかしら?」
今まで聞き役に回っていたラチェットが、咳払い一つして割り込んでくる。サニーサイドは「どうぞどうぞ」と調子良く話を振った。
「そんな彼らが一番強い信仰を抱いているのがワキンヤン・タンカと呼んでる巨大な鳥ね。ダイアナの事を『ワキンヤン・タンカの使い』と呼んだという事は、スターのフライトフォームをその鳥だと思った可能性が大ね」
ラチェットの説明に、当時の状況を思い浮かべたジェミニが「そうなんだ」と惚けていた。
霊子甲冑スターもしくは乗っていた彼女達。イコール、彼らの守り神「ワキンヤン・タンカ」の使い。彼らはそう「勘違い」してしまったのだ。
「でも、それって完全に誤解じゃないですか!?」
とても申し訳なさそうに新次郎が口を挟む。その誤解のおかげで彼らとの衝突は避けられたのだが、自分達は神ならぬ人間なのだから、人を騙すような真似はやはり気が引ける。
「確かに誤解なんだけど……」
ラチェットはダイアナを見て話を続けた。
「ダイアナの機体が動かなくなったのは落雷が原因。その雷に一瞬だけとはいえとてつもない霊力が含まれていて、その霊力がスターに流れ込んで、霊子機関をオーバーヒートさせてしまった事が、計測器によって証明されたの」
メカニックからの報告書を彼女が読み上げる。
「不時着した時あちこちから火花が散ってたそうだし、そのインディアン達が霊力を含む雷を受けたスターを見て雷の鳥と思っても、無理はないと思うわ」
確かにその言葉は一理ある。皆は納得したようにうなづいていた。
「そもそもワキンヤン・タンカというのはインディアンの間ではかなり有名のようね。部族によって呼び名や描写は多少違うけど『雷を発する巨大な鳥』というところは共通しているし」
ラチェットは調べた文献から見つかったという文章を読み上げた。

霊媒師は夢の中でワキンヤン・タンカの一部を垣間見る事がある。
その姿は常にどんよりとした雲の衣に被われて見えない。しかしその存在を感じる事はできる。
足は無いが、ものすごい爪を持っている。
頭は無い。それでも大きくて尖った歯の並んだ、巨大な鋭い嘴を持っている。
目も耳も無い。それでも見たり聞いたりする事はできる。さらに無い筈の目から稲妻を放つ。
大きく四つの継ぎ目の入った翼を持っている。
「それ……鳥なんですか?」
新次郎の言葉にラチェットは「判らない」と言いたそうに首を振る。
「それでも『雷の鳥』として伝わっている事は事実ね」
その言葉を受けた昴がわざわざ挙手して、こう言った。
「昴は思う。その巨大な雷の鳥が、一連の落雷事件の犯人と考えていいのかもしれない、と」
その唐突な発言には、さすがに皆が驚いた。
「ダイアナは昨日こう言っていた。『大きい、包み込むような、大きな翼のようなもの』の存在を感じる、と。これは鳥を容易に想像させる」
昴は皆を見回して、さらに続けた。
「自然の物とは思えない、頻発した落雷。その落雷には霊力が含まれている。ダイアナの機体にも霊力を含んだ雷が落ちている。そしてインディアンに伝わる、雷を発する巨大な鳥……」
その言葉に、ダイアナは当時の事を思い出したように、
「不時着の寸前、何かがわたしの機体を支えたような感じがしたんですが、昨日感じた気配に似ていたような……」
「状況証拠にはなりそうだね」
そんなダイアナの言葉に、サジータも昴の考えに力強く同調した。そのまま弁護士らしく物的証拠を探しに行きそうな勢いである。しかしジェミニが割って入った。
「ちょっと待って。雷に『強烈な憎しみすら感じた』って言ってたよね? そんな鳥がダイアナさんを助けたのはちょっと不自然だと思うよ?」
「でも。その雷の鳥って、悪い存在とは思えないよ。関係ないのに巻き込んじゃったと考えたら、助けてくれたのも納得できると思う」
彼女の意見をやんわりと訂正する新次郎。文化風習が違うとはいえ、人々に広く信仰されている存在が、人間に害悪をもたらす者とは確かに考えにくい。
「その雷の鳥もそうですが、あの長の女の子の胸に開いてた大きな穴も気になるんです」
それに続けるようにぽつりと漏らした彼の発言に、ジェミニとサジータが白い目で、
「新次郎ったら、あんな小さな女の子の胸ばっかり見てたなんて……」
「わいせつ行為って事で訴えようか……」
あれだけ目立っていたのだから見えれば誰にでも判る。無論二人とも本気ではないが、新次郎の方は本気になって「何もやましい事はありません!」と顔を真っ赤にして食ってかかっている。
そのやりとりをよそにダイアナはサニーサイドに訊ねた。
「おじさま。あの女の子の容態がどうなったか判りますか?」
まがりなりにも医者であるダイアナ。あからさまに容態がよくない人を見て、心穏やかではいられないようだ。
どうにか立って歩いていたものの、明らかに不健康で血の気や精気の引いた顔。本来なら絶対安静の筈だ。
「ああ。報告を受けてから、すぐに頼んでおいたよ。疲労が激しいけど、命に別状はないそうだ」
紐育華撃団のメカニックチーフにしてチャイナタウンの鍼灸院の主人という顔を持つ王行智に、彼女を診てもらえないか頼んでいたのだ。
たとえ霊力ある者にしか判らない身体のダメージであっても、人間の身体を治療するのに医学は必要である。それも「医王」とまで呼ばれた東洋医学の権威でもある彼に頼んでおけば心配はあるまい。
「でも、残念だが治療の手段がない」
サニーサイドはわざと冷たい表情で淡々と言い放った。
「いわゆる『霊的なダメージ』というものは、普通の医術では治せない。そうした治療ができる人間は世界中でも少ないだろう。もし、このままの状態が続くようなら……」
あとは言わずとも判るだろう、と言いたそうにかぶりを振る。ダイアナはその事実に胸が潰れる思いであった。
「じゃあ一体どうすればいいんですか! このままあの子を見殺しにしろって言うんですか!?」
ダイアナの気持ちを代弁するかのような新次郎の叫び。しかしその問いに答えられる者は、この中には一人もいない。
しかしダイアナは何かを決意したように、
「あの女の子から、蛇やトカゲをイメージさせる……どす黒い気配をうっすらと感じました。彼女のケガと何か関係があると思います」
他の星組メンバーは「判った?」「全然」とお互いに首をかしげ合う。どうやら判ったのはダイアナだけらしい。
「ヘビは毒があるから怖いぞ。気をつけないと噛まれて大変だ」
ようやく自分に判る話題が出て、嬉しそうにリカが言う。脈絡はないが。
「鳥の次は蛇とトカゲ? 動物園じゃあるまいし……」
ラチェットがため息をついた時だった。晴天にもかかわらず、いきなり窓の外に閃光が瞬いた。

ズドドオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォン!!!

雷だ。一瞬だけ視界が真っ白になってしまう。そして激しい轟音。……何かがどさりと倒れる音。
「ダイアナさん!!」
新次郎はバケツを放り出して、いきなり倒れた彼女に駆け寄った。だが、慣れないスカートに足を取られ、派手に転んでしまった。

<参につづく>


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