『心地よいウェイト』
〈ふもふもランド〉
大きな看板のかかった遊園地の入口前で待ち合わせをしていた千鳥かなめは、たった今到着した、対面に立つ同級生にして極秘の傭兵部隊<ミスリル>の軍曹・相良宗介の服装を見て頭を抱えていた。
「……あのさ。確かにあたしは『子供の頃に戻ったみたいに楽しくやろう』って言ったわよ?」
かなめ達の横を、親に連れられた子供達が駆け足で通り過ぎていく。
これから何して遊ぼうか。胸弾ませた楽しい笑顔が大人達を和ませる。大人達も日頃の疲れやイライラを吹き飛ばし、子供の時のように、楽しさ溢れる世界に包まれる。
(あたしが言いたかったのはこういう事だったんだけどなぁ)
そんな光景を思い浮かべつつ、かなめは続けた。
「で、あんたが小さい頃から戦争だか傭兵だかで物騒な人生送ってきて、今もそうだってのも、一応知ってるわよ。あんたなりに『子供時代に戻って』ってんだろうけど、だからってねぇ」
むっつりとした宗介の眉が、困ったように少しだけ下がる。
(そんなにまずかったのだろうか)
宗介の格好は、どこからどう見ても何の申し開きもできない、立派な野戦服姿であった。足も米軍仕様の革ブーツ。腰にはポケットがたくさんついたベルトを巻き、小さいながらも迷彩柄のリュックを背負っている。
確かに遊びに行くというよりは、そのまま鉄砲担いで戦争に行くと言った方が皆信じるだろう。
「たまの休みなんだから、少しは頭の中から戦争を取っちゃいなさいよ」
宗介は少し考えてから、
「つまり君は、この野戦服は戦争の服だからダメだと言うんだな?」
「当たり前でしょ? これから遊びに行くんだから、遊びに行くカッコしなさいって」
露骨に嫌そうな顔のかなめに、宗介は真面目な顔で言った。
「しかし、君も人の事は言えないだろう」
宗介は、かなめの履くチノパンを指差して、
「それは元々一九世紀にインドに駐在していた、当時のイギリス軍のユニフォームだった物。俺の野戦服と同じだ」
それからかなめの背負う黒いリュックサックを軽く叩き、
「このブリーフィングというリュックは『ミルスペック』と言って、米軍軍用規格の製品だ。戦時下での使用を前提とした物で、悪条件下の使用にも充分耐える代物だ」
宗介はかなめの反応を見るように少し間を置くと、
「君は確かダッフルコートを持っていたな。あれは元々ベルギーの漁師達の防寒用コートだ。それをイギリス海軍が制服に採用し、改良が加えられて現在に至る。いわば軍服も同然なのだ」
実際、軍用の服が民間に転用されてファッションとして定着した例はいくらでもある。戦争ボケもここまでくると立派なものだ。
宗介の不粋でしかない言葉に、かなめはどこからともなく取り出したハリセンを彼の頭に叩きつけた。
「あーはいはい、もう判ったから」
宗介とかなめのそんなやりとりを、この遊園地のマスコット・キャラクターの『ボン太くん』は首をかしげて不思議そうに眺めていた。


二人がこの遊園地に来たのは、別にデート目的ではない。
二人は揃ってジェット・コースターに乗って、かなめは諸手を上げて歓声を上げていた。人が少ないので、頭がふらふらするくらい何度も何度も乗っていた。
ゴーカートに乗って、山あり谷ありのコースを競争したりもした。プロのレーサーを気取ってS字カーブを曲がり、逆に壁にぶつかってケタケタ笑う。
急上昇と強制落下をくり返すゴンドラにも乗った。落下する一瞬無重力のようになって身体がシートから浮きかけた時には、二人とも冗談抜きで表情が凍りついた。
定番のお化け屋敷にも入った。取り立てて怖くはなかったが、突然現れたお化けに驚き、かなめは思わず宗介にしがみついてしまった。その後で彼を叩いてしまったのは照れ隠しか。
デートというよりは、子供時代に戻ったようにかなめは楽しんだ。宗介もほとんど初めても同然の体験にいささか戸惑いの表情を浮かべていた。
そうしてひとしきり遊んだ後、売店でお菓子とジュースを買い、そばのテーブルにつく。
「それにしても、どこで販売されるのだろうか」
どことなく緊張した眼差しで時計を見る宗介。かなめもPHSで時刻を確認すると、
「もうすぐ三時になっちゃうけど、どこなんだろ」
二人が時間を気にしているのにはもちろん理由がある。
以前宗介がここで一悶着起こして、なりゆきからボン太くんの着ぐるみを失敬してしまう事件があった。
以後、彼はそのボン太くんぬいぐるみを戦闘用のハイテク強化服に改良してしまったのだが、それで暴れ回ったためかボン太くんの知名度だけが上がってしまったのである。
遊園地側としてはあまり嬉しくない理由かもしれないが、それが客足の伸びにわずかなりとも繋がったのだから喜ぶしかない。
そういう理由で、遊園地側がマスコット・キャラクターである「ボン太くん」に力を入れようと新聞で発表したのが約一ケ月前。
そして今日から「ボン太くんまつり」と称して色々と新グッズ販売を始めるそうで、その販売がスタートするのが午後三時なのだ。
かなめ自身はあまり乗り気ではなかったのだが、最寄り駅に貼られていた、告知のポスターを物欲しげに見つめる宗介を見て、
(こいつ、割とボン太くんは好きなのよね)
だが、欲しいくせに自分からは絶対「行こう」と言いそうにない。そう思って深いため息をついて「しょーがないわねー」と呟いて強引に自分から誘ったのだ。
「しかし肝心の場所が書いてないってのは不親切よね。やる気あんのかしら」
トレイに敷いてあった紙にもその事が書かれてあるが、場所は「秘密」としか書かれていない。実際グッズ目当てであろう人達を何人か見かけたが、彼らも同じく判っていないようだ。
先ほどかなめが係員に聞いてみたが「申し訳ありません。それは秘密なんです」と言われただけだった。
確かに発売の何時間も前から行列を作ってしまうと、その維持や誘導に何人もの係員を割かねばならない。ここはそれほど大きな遊園地ではないのだから、仕方ないとも言える。
かなめは何となく、トレイに敷かれた紙の「ボン太くんまつり」の文面を読んでいた。

》ボン太くんのふしぎ《
★「ボン太くん」って?
犬にもクマにもネズミにも見えるボン太くん。その正体は謎に包まれています。
★生まれたところは?
ふと気がつくと、このふもふもランドにいました。
★性格は?
基本的にのんびりしており、穏やかで人なつっこい。ちょっとまぬけなところがあるらしい。
★好きな食べ物は?
好き嫌いなくなんでも食べるよ。
★ライフスタイルは?
基本的にふもふもとしている。たまにお客様に愛想をふりまいたり、係員のお手伝いをする。
★しゃべれるの?
「ふもっふ」としかしゃべれない。でも人の言葉はわかるらしい。

「なーんか、ホントに後から取ってつけたような設定ねー」
かなめもこの遊園地は子供の頃から知っているが、こんな話は初耳である。
ふとその時、宗介が足元に置いていた自分のリュックから、ごそごそと何か取り出していた。
「何してんの?」
「もうすぐ雨が来る」
彼が取り出したのは雨合羽だった。空を見ると、確かにさっきと比べて雲が多くなっている。
「え? だって天気予報じゃ今日は雨降らないって……」
「この風の感触は雨が近い証拠だ。準備をした方がいいぞ」
そんな事を言われても、天気予報を信じて雨具など何も持って来ていないかなめ。このリュックとて買ったグッズを入れるために持って来ているのである。
突然、雨具を出していた宗介の動きがピタリと止まった。
「どうしたの?」
「静かにしろ」
鋭い声できつく言われたので文句を言おうとしたかなめだが、ただならぬ彼の様子に声を飲み込む。
「……千鳥。どうやら入口付近で販売を行っているらしい」
「は!?」
なんじゃこいつは。どこかから電波でもキャッチしたのか? そう思って大口開けてぽかんとしていたかなめ。宗介はさらに、
「今向こうへ走って行った者が、そういう話をしていたのを聞いた。行ってみる価値はある」
宗介は腕に雨合羽をかけ、片方の肩でリュックを背負う。
「そうね。とりあえず行ってみようか」
まだ残っているジュースのコップを持ったまま、二人は走り出した。


宗介が聞いた話は本当だったようだ。総合エントランス付近の売店にはすでに長い列が伸びている。二人がいたところはそこから最も遠いエリアだったため、かなり出遅れてしまった。
「やっと着いた〜」
息切らせたかなめが背伸びして前の方を見る。たっぷり一時間はかかりそうだ。
「しっかし、ボン太くんにここまで人気があったとはね〜」
「俺もそう思っている」
確かにボン太くんの見た目は実にかわいく愛くるしい。マスコット・キャラクターでなくても、女性や小さな子供からそこそこの支持は集めるだろう。
出遅れたものは仕方がない。そう開き直って並んで三〇分ほど経ち、たまたま列が動いてやって来た、そばのベンチにかなめが腰かけた時だった。
「……?」
お尻の部分に感じた違和感。すぐ立ち上がって自分のお尻をペタペタ叩く。それからポケットに手をつっこみ、ついでに胸やお腹をパタパタ叩く。背中のリュックを急いで下ろして中を引っかき回す。
「どうした、千鳥?」
突然の奇妙な行動に宗介が訊ねると、かなめは顔を真っ青にして、
「PHS、落としたみたい……」
いつもお尻のポケットにつっこんでいるのだが、それがない。間違いなく持って来ているし、さっきまでは確かにあった。この園内のどこかで落としたとしか考えられない。
「ソースケ。あたしPHS探してくるから、場所取りお願い!」
そう言うと、宗介が何か言うのも聞かずに、かなめは矢のような勢いで行列を飛び出して行った。
かなめは元来た道を注意深く探しながら走る。この園内でPHSを取り出したのは何度かあるが、一番最後なのはさっきの売店前だ。そこにある可能性が高い。
だがそこへ向かう途中、宗介が言っていた通り本当に雨が降って来た。降ってくる雨粒をうっとうしく思いながらも売店前へ急ぐ。
PHSは精密機械。雨に濡れたらジ・エンドだ。どうか濡れていないようにと願いをこめてかなめは走る。
広いとはいえ健脚のかなめにかかれば大した距離ではない。自分達が座っていたテーブルを見て、その下を覗き込む。さらに周囲を見回してみたが、自分のPHSは見当たらなかった。
「どうしよう……」
かなめは雨に打たれるまま、不安な表情できょろきょろと辺りを見回している。しかしそれらしい物は何一つ発見できない。
ひょっとして、誰かに拾われたのかもしれない。もしそうなら自分のPHSに電話をかければ!
わずかに見えた光明を逃してなるかという思いと最初に気づけという自身への叱咤が不安な表情をかき消す。
かなめはふもふもランドの地図を取り出した。そこで公衆電話の場所を確認する。携帯電話の普及で公衆電話の数は減っているが、こうした遊園地であれば必ずどこかにある筈だ。
公衆電話は割とすぐそばにあった。財布を取り出して蓋を開けると――小銭がなかった。
さっき売店でお菓子を買った時に使ってしまったのだ。あるのは五〇〇円玉と五〇円玉と一円玉。
どの硬貨も公衆電話では使えないし、たった一度電話をかけるだけでテレホンカードを買うというのも馬鹿らしいというものだ。
仕方がないので再び売店までとって返し、一〇〇〇円札で一番安い烏龍茶を購入(両替えはしてくれなかった)。その小銭を握りしめて再び公衆電話へ向かう。
小銭を滑り込ませ、自分のPHSの番号を素早くプッシュすると、すぐに呼出し音が聞こえた。雨に打たれて使用不能という最悪の結末はまぬがれたものの、なかなか相手が出ない。それとも相手がいないのだろうか。
いらいらいらいら。公衆電話に荒々しく指をとんとんと何度も叩きつけている。そうして待つ事少々。カチャリと小さな音がした。
『はい……』
「あ、あのっ。実は、そのPHSの持ち主なんですけど」
いきなり聞こえた若い男の声。思わず緊張して声がうわずってしまう。
『ああ、そうですか。今どちらにおられますか?』
妙に明るく丁寧な口調だ。かなめは今自分がふもふもランドの中にいる事を説明すると、
『判りました。ここはふもふもランドの遺失物預かり所です。園内のマップはお持ちですか?』
なるほど。妙に明るく丁寧な口調も納得がいった。かなめが持っている事を告げると、
『総合エントランスの脇に看板が出ております。今日ボン太くんグッズの販売をしている売店のすぐそばです』
その答えにかなめはものすごい脱力感を感じ、思わず膝がガクリと落ちる。さんざん歩き回った挙げ句、目指す物がすぐそばにあったのだから無理もない。
かなめはお礼もそこそこに電話を切り、再び入口めがけて雨の中をひた走る。
彼女の長い髪はかなり濡れてきている。身体にまとわりつく髪を何度もうっとうしくかき分けながら走るのは容易な事ではない。服もびしょ濡れという程ではないが、かなり湿っている。
売店から伸びる列を尻目に、遺失物預かり所へ脇目も降らず飛び込む。一応本当の持ち主かどうか確認し、ようやく解放されてほっと一息ついたかなめ。
「さて。ソースケはどこにいるのやら……」
辺りを見回してみると、売店の脇に立つ雨合羽の人物が目に入った。その雨合羽は間違いなくさっき宗介がリュックから出していた物だ。
「ソースケ!?」
声をかけるとすぐ反応して振り向いた。何故かそこはかとなく満ち足りたようにも見える宗介が、
「千鳥。PHSは見つかったのか?」
返事の代わりにPHSをかざしてみせる。
「あんた、こんなところで何してんのよ? 並んでてって言ったじゃない」
「君を待つ間に順番が来てしまったのだ。何も買わずにいる訳にもいかないので、ぬいぐるみと人形焼きを買った」
宗介が雨合羽のボタンを外して開くと、彼が抱える「ボン太くん人形焼き」の箱に、ボン太くんのぬいぐるみがちょこんと座っていた。
そこでかなめは、万一順番が来たら自分の分も何か買っておくよう言ってなかったのを思い出した。横から売店の中を見ると、来る人が多かったのか品数が少なかったのか、ほとんど売り物が残ってない。
ムッとして腹を立て、宗介に八つ当たりしそうになったが、自業自得だとがっくりうなだれた。今から並ぼうにも、列はかなり先まで伸びている。これでは無理だろう。
PHSは落っことすし、雨に降られてずぶ濡れになるし、探し物はスタート地点のすぐそばだったし、挙げ句の果てにグッズは買えそうにない。散々な一日である。
そんな落ち込みに全く気づいていない宗介は、雨に濡れたかなめを見て、
「千鳥。いつまでも濡れた服を着ていると身体を冷えて体力を消耗する。着替えた方がいい」
何か言い返す気力もないかなめは、その言葉を素直に受け取る。
「う、うん。けど、着替えなんて持って来てないよ」
「ならば、せめて身体を拭いた方がいい。タオルなら持っている」
「あ、そう」
今日ばかりは彼の用意のよさに感謝する事にした。


二人はそのまま観覧車に入る。その中でかなめは宗介から受け取ったタオルで長い髪を拭いていた。
「あー。その……ありがとね、これ」
二人きりで黙ったまま向かい合う中、思いきり照れくさそうにかなめがぼそっと言う。
「気にしなくていい」
宗介も短く返事をする。そして再び無言の空間となる。
(……あー、間が持たん)
雨はどうやら止んだようだ。でも曇っているために景色もよく見えない。年中顔を付き合わせているので話題らしい話題もない。
宗介は自分から話しかけるタイプではないし、かなめとて豊富に話題を持っているとは言い難い。
この観覧車はだいたい一〇分ちょっとで一周するので、それまでの辛抱。そう思った矢先――
突然ガタンと不自然な揺れが起きて観覧車の動きが止まる。宗介が腰を浮かせて周囲を警戒して拳銃を取り出した時、アナウンスが流れた。
『大変申し訳ございません。しばらくそのままでお待ち下さい』
……今度は観覧車が止まったのか。
散々な一日をさらに煽る出来事。ここまでトラブルが重なると、もう笑うしかない。
よく見ると、自分達の乗ったゴンドラがてっぺんに来ていた。シャレにならないシチュエーションである。
「閉じ込められたか。脱出するか、千鳥」
「大丈夫だって。しばらくすれば、ちゃんと動くから」
真面目な顔の宗介の提案をきっちり断わるかなめ。別に観覧車が崩れる訳でなし。この後特に何かしたい訳ではないので、動くのをのんびりと待つ事にした。
ところが、それから一時間経っても復旧した様子はない。太陽が見えないのでよく判らなかったが日も暮れてきている。空気の入れ換えのため開いている隙間から、上空一〇〇メートルあまりの冷たい風がどんどん入ってくる。
こんな狭い密室の中で男女二人きり。少しは恋人同士のようなリアクションの一つもあるだろうが――
「千鳥。これを羽織っていろ。冷えてくるぞ」
宗介は唐突にそう言うと、自分が着ていた雨合羽を脱いで彼女に手渡す。
(ムードもへったくれもないわね、ホント)
――全くないのが彼なのである。
優しいいたわりの言葉などではなく行動のみで示す。だが、大したリアクションがなくても彼の優しさは伝わっている。今はそれだけで不思議と満ち足りてしまっている。
そういう表情を見られたくなくて、雨合羽のフードを深くかぶって宗介から視線を逸らした。
その時、眼下に広がる景色に、かなめの目は釘付けになってしまった。
各アトラクションの照明。園内を明るく照らす外灯。遊園地から伸びている町灯り。さらに遥か遠くに見えるビル街のイルミネーション。
どれも大きな光ではない。どれも綺麗な物ではない。綺麗に飾るための物でもない。
それなのに、総てが合わさるとこんなに綺麗になるものなのか。恐怖すら感じる夜の暗闇という物を、美しく彩れるものなのか。
見た事がある筈なのに、知っている筈なのに、記憶になかった景色。それが目の前に広がっている。
「綺麗……」
いつの間にか窓に貼りつくようにしていたかなめの口から、無意識に言葉がこぼれる。
景色に目がいっていたために気づかなかったが、宗介は誰かと電話で話しているようだった。その様子に気づいてかなめがそちらを向くと、彼は慌てて電話を切ってポケットにしまった。
「どしたの? 電話?」
「い、いや。何でもない。気にしないでくれ」
彼にしては珍しく驚いている。あたふたとして落ち着かないと言うべきか。そんな宗介を珍しがって、ずいっと詰め寄るかなめ。
「そういう風に言われると、余計に気になるんだけど?」
意地悪っぽく微笑み、やや下からしかも至近距離で見つめられ、宗介の額に脂汗が浮き出て、息を飲む。
「ほ、本当に気にしないでくれ」
「い・や。……ていうか、何リュックの中に手を突っ込んでるのよ?」
めざとく見つけたかなめの手が素早く動き、彼の腕を掴むとぐいっと力一杯引っぱった。
彼の手の中にあったのは、小さな小箱。しかもふもふもランドのロゴ入り包装紙でくるんである。
固まっていた宗介だが、観念したように息を整えると、
「実は、電話で聞いてみたのだが……」
宗介は小箱をかなめの手に握らせると、
「『渡すならこの場所がいい』というアドバイスだった」
「……は?」
かなめが目を点にしてたっぷり一〇秒は固まっていた。そんなかなめの向こうにいる宗介もさっき以上にびっしりと脂汗をかいて、かちんこちんに固まっていた。
かなめは自分の手にある小箱をまじまじと見つめ、それからゆっくり包装紙を剥がしていく。
包装紙を解いた箱を開けると、高さ五、六センチくらいの、透明なボン太くんの置き物が入っていた。いつも通りのつぶらな瞳で小さなハートを抱えている。大きさの割に妙にずっしりと重い。ペーパーウェイトかもしれない。
「君にはいつも世話になっている。迷惑をかけている。その償い……ではないのだが。いや。償う気持ちはある。だが、その、そういった意味ではなくて。いや。意味なのか。ともかく……」
思いきり緊張して、思いきりどもって、思いきりとちって、思いきり言葉を詰まらせて、
「……黙って受け取ってほしい」
その言葉で、かなめはようやくこれが「贈り物」なのだと理解した。
何と色気がなく無骨極まりない事か。言葉も品物も。だが、これが彼の精一杯。一目でそれと判るほど、彼の緊張が伝わってきた。
その緊張がかなめの胸の奥をきゅうっと詰まらせる。だが不快感はない。むしろあるのは、身体の芯が温まってくるような高揚感。
人生のほとんどが戦いに明け暮れていた日々。自分と同い年の歴戦の傭兵が、たかだかプレゼント一つ送るのでここまでガチガチに緊張し、悪さをしでかした子供のように畏縮している。
畏縮した彼を見ていると、まるで姉か母親にでもなったように、優しく包み込んであげたくなっている自分がいた。
そんな気持ちで再び彼の方を見ると、まだガチガチに緊張したままだった。
(細かい事は、言わないでおいてやるか)
ペーパーウェイトを窓越しに夜空へかざし、かなめは小さく微笑んだ。

<心地よいウェイト 終わり>


あとがき

>ここはフルメタル・パニック!の宗介とかなめを書いていただきましょう♪
>折角なので注文もつけていいですか。
>テーマというか書いて欲しい情景というか題材としては、
>丁度今夜に合わせて「子ども」「雨」「夜景」をいれてみてください。
>勿論そこはかとなくラブラブでv

……というのがSANAさんからのリクエストでした。

「雨」「夜景」はきちんと使いましたが、「子供」はちょっとキツイかな(苦笑)。ストレートに使った訳ではありませんし。
「そこはかとなく」なので、ストレートにラブラブな感じには致しませんでした。
なお、この話を書く時に(位置的な)モデルとなった「よみうりランド」の事をちょこっと調べました。本文中の「ボン太くんのふしぎ」は実はそこからパクりました(笑)。
それからウェイトとはもちろん「重し」。ラストのプレゼントそのままでございます。

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