『甦るラスト・アーム・スレイブ 後編』
宗介は内部電源のバッテリーパックやガスタービン・エンジン用燃料を補給していた。アフガンでゲリラをしていた頃にこういった事をやっていたのを思い出しながら。
さすがに本格的な機体の整備などはできないものの、バッテリー交換や燃料補給のやり方くらいなら叩き込まれている。彼は今は亡きその仲間に心の中で感謝した。
そうした補給が完了すると、宗介はすかさずコクピットに入り込んでハッチを閉め、メインのガスタービン・エンジンではなく、内部バッテリーの方を作動させた。
ガスタービン・エンジンの方がパワーも出るし、長時間の運用も可能なのだが、いかんせん音が大きい。周囲の状況によっては1キロ先からでも発見されてしまう。これからこっそり逃げ出そうという時に使うものではない。
内部バッテリーならうるさい音もしないが、現在の技術ではまだ長時間の運用は無理だ。この<ミスリル>謹製の<ブッシュネル>といえどもそれは例外ではない。それでも通常の軍隊のものよりは若干長い時間動かせるが、せいぜい節約しても60分が限度だろう。
錆ついていたASに、何年かぶりに命が吹き込まれた。正面のモノクロ・スクリーンが点灯し、そこにパラパラと文字が浮かぶ。そこで必要な設定をすべて済ませた。
「どうですか、サガラさん」
『大丈夫です。スペックの六割程度が限界ですが、問題ありません。行けます』
外部スピーカーでテッサにそう答えると、まず宗介は通信チャンネルを開いた。誰でも良い。とにかく連絡をとらねば……。
「こちら、ウルズ7。聞こえたら応答を。こちらウルズ7……」
小さな短いノイズの後、遠慮のない声が響いた。
『こちらウルズ6。生きてるか、ソースケ』
クルツの声だ。
「肯定だ。大佐殿も無事だ」
『そりゃよかった。で、今どこだ?』
「島の北東部の小さな洞窟の中だ。よくわからんが、なぜか洞窟の奥にあったM6に乗っている」
『洞窟? 何だよそりゃ』
「俺にもわからんが、フィロメナ・フランツという人物が残したものらしい」
『フィロメナ・フランツ? ……何かどっかで聞いたような名前だな』
クルツが思い出そうと通信機の向こうで呻いている。
「こちらは、この機体で洞窟を脱出し、大佐殿を安全な場所へ誘導しようと思う」
『わかった。こっちはようやく無事な輸送ヘリの準備ができた所だ。今からそっちに向かう』
クルツはそこで一旦言葉を切ると、一呼吸おいて続けた。
『どうせならテッサに「キミの安全な場所は俺のそばだ」くらい言っといてやれよ、色男』
それで通信は切れた。
(いつもながら良くわからない事を言う奴だ)
首をかしげながらも気を取り直す。
宗介は辺りをぐるりと見回した。いくら何でもこの広間に入ってきた通路からは出られない。出るとするなら天井の穴からだが、ASが出入りするにはちょっと狭い。ギリギリといったところだろう。
『大佐殿。これから天井を破壊して脱出路を開きます。避難を』
今度はテッサに通信機で知らせる。テッサはその言葉に従い、広間に来た時の通路に入り込んだ。
宗介はそれを確認した後、錆ついているせいでかなりぎこちない動きではあったが、単分子カッターを兵装ラックに収納し、ショットキャノンを手に取った。
M6はショットキャノンをゆっくりと天井に向けて構えた。
ダダン!
弾はきっちりと天井に命中し、その一部が崩れ落ちてくる。少しジャンプすれば脱出可能なくらいの大穴が開いた。
『この手に乗って下さい』
テッサのいる所にASの手を差し伸べる。
「これに……乗るんですか?」
『手のひらに腰かけるようにして。しっかり捕まっていて下さい。かなり揺れますので、目を閉じていて下さい』
宗介は、北朝鮮でかなめがさらわれ、救出した時の事を思い出した。あの時もこうやって彼女を乗せたのだった、と。
テッサは恐る恐るといった感じで彼の言う通りにした。宗介もそれを確認するとゴンドラのようにゆっくりと持ち上げる。
「キャッ!」
みるみるうちに6メートル程上にテッサの身体が上がる。目も眩むような高さではないものの、実に不安定この上ない。
それでも少しでも安全なように、しっかりと彼女を両手で抱え込むようにして、
『行きますよ、大佐殿』
宗介はM6を一気に跳躍させた。そして天井から見事脱出。泥を跳ね上げて着地に成功。
不安定な場所にいるテッサは、今にも落ちてしまいそうな恐怖のあまり、悲鳴すら上げられなかった。
錆ついていた為か、着地の際の機体への衝撃が、全身各部へのわずかなダメージとなり、その報告が次々と画面に表示される。
宗介はその大量のメッセージを苛立たしくスクロールさせると、早速レーダーで現在位置を確認。
ここから一番近い地下格納庫への出入口を探している途中に、いきなり警報が鳴る。
<ミスリル>所属のASの接近を知らせるものだった。
しかし、先刻のマオからの連絡だと、さっき自分達を追っていたM9にことごとく破壊されたと言っていた。という事は、この「<ミスリル>のAS」は……。
はっとして前方のスクリーンを拡大表示に切り替える。
そこには、先程のM9が単分子カッターを構えて、ゆっくりこちらに歩いてくる姿が写し出されていた。距離にして2キロもないだろう。
ほとんど無音のパラジウム・リアクターに加え、完全に透明化できる電子迷彩を持っているにもかかわらず使ってないという事は、こちらをじっくりといたぶるのがお好みのようだ。
(まずい。このままでは接近して切りこまれる)
宗介の心に緊張が走る。このまま彼女を連れて逃げたとしても、こちらの<ブッシュネル>の最大スピードは時速200キロも出れば良い方だろう。だが、<ガーンズバック>は最大で時速300キロ近いスピードで走る事ができる。
これはあくまで平地で出されたスピードなのだが、向こうの方があらゆるスペックが上なのだ。いくらここが熱帯雨林の密林の中とはいえ、あっという間に追いつかれてしまう。
それに、こちらは人一人抱えている。整備済の機体ならともかく、全身錆だらけの機体では最大スピードで走れる訳がない。
もちろん、彼女を抱えたままの戦闘など論外である。
固く目を閉じて恐怖に賢明に耐えているテッサの乗った手を、ゆっくりと降ろす。
下ろしたままの足に、土の感触を感じると、テッサは宗介のASを見上げた。
「……サガラさん?」
『あのASがこちらへ来ます』
彼はそう告げて右手にショットキャノンを手にし、残弾数をもう一度確認する。
『残念ですが、自分の実力ではM9との戦闘と大佐殿の護衛は両立できません。何卒……ご容赦下さい』
つまり、テッサにここで降りろ、と言っているのだ。
テッサはなぜか「納得できない」と思った。
AS同士の戦いに生身の人間が巻き込まれたら絶対に無事では済まない。
ただでさえベストコンディションでない機体で、格上の機体と戦おうというのだから、それは正しい選択である。
いかに宗介がAS戦闘のプロ中のプロとはいえ、錆ついた機体では苦戦は必至。
軍隊では、階級が下の者を切り捨ててでも上官を生かすのがセオリー。そこまで冷淡ではないにせよ、上官を護るという宗介の行動は、常識的に考えても確かに間違いではない。
第一、自分はこうした実戦の時は足手まといになる。何の役にも立たない。それは誰よりも自分が一番良くわかっている。もしも自分が彼の立場だったらそうしたかもしれない。
理性的に頭を働かせていくつもの答えを導き出す。そのどれもが「彼の言う事は正しい」という結論を出した。
それでも「納得できない」と思ってしまった。
それは複雑で単純な事だった。
「足手まといは嫌だ」という感情。
「何か役に立ちたい」という意志。
「死んでほしくない」という熱望。
そうした複雑な心の中の激しい葛藤の中に確かにある、いくつもの「何か」。
理性的な答えの総てを否定してしまう、不相応で不安定な小さくも確かな思い。
「彼を助けたい」。「彼と離れたくない」。「彼と一緒にいたい」。そんな単純な思いだ。ワガママと言っても良いかもしれない。「恋心」と表現できるかはわからないが。
だが、そんな事を言っても、彼はわかってはくれないだろう。たとえその身を犠牲にしてでも自分を護り、逃がそうとするだろう。
しかし、こうした実戦は経験していなくても、自分にはこの頭脳がある。
この頭脳を使って、二人で戦う方法。一緒に助かる方法がきっとある。
少しの間沈黙が流れた後、テッサが口を開いた。
「……サガラさんも、大した事なかったんですね」
いきなり彼女の口から飛び出した辛辣で刺のある言葉に、宗介は目を丸くする。
「要は『自分を犠牲にして』わたしを助けるのでしょう? 日本の諺に『大の虫を生かし、小の虫を殺す』というのがあります。多少の犠牲はやむを得ない場合がある、という意味なんですが、そんな作戦でしたら並の兵士にだって思いつきますよ」
いつの間にか、彼女の顔から恐怖感が消えていた。そこにあるのは凛々しくも美しい、戦隊長としての彼女だった。
「あなたは小さい時から実戦を経験しているのでしょう? それならば『大の虫を生かし、小の虫も生かす』アイデアも考えてみて下さい。それでこそベテランでしょう? それとも、この<ミスリル>でも最高の戦闘員に与えられる『ウルズ』のコールサインは飾りですか!?」
宗介は雷に撃たれたように硬直して彼女の言葉を聞いていた。
以前かなめにも似たような事を言われたからだ。
『……大佐殿。自分は……』
通信機のイヤホンから弱々しい声が聞こえてくる。テッサは声の調子をいくぶん和らげると、
「……もうすぐみんなが増援に来てくれる筈です。あなたは一人で戦っている訳じゃないんですよ」
「一人で戦っている訳じゃない」。それだけの言葉なのに、彼は自分の心の中に何かがふつふつと沸き上がってくるのを感じた。
「わたしはASを動かしたり、銃を撃ったりはできません。ですが、わたしには戦隊長を勤めるだけの頭脳があります。その頭脳は、あなたの役には立ちませんか?」
『……そんな事はありません。大佐殿の聡明さは皆の知る所です。もちろん自分も』
「でしたら……」
後は言葉にならなかった。少しの間宗介は何も言わなかったが、何かを吹っ切ったように内部バッテリーを停止させ、ガスタービン・エンジンの方を起動させた。
独特のうるさい駆動音が密林に響く。宗介は、まだ肉眼では見えない敵ASを鋭く睨む。
『了解しました。大佐殿、ご命令を』
いつも通り淡々とした答えだったが、その声はいつも通りではなかったような気がする。まるで「それならやってやろうじゃないか」とでも言いたそうな。それがたとえ彼女の気のせいだったとしても。
「ありがとうございます。サガラさん。きつい事を言ってしまってすみません」
そう呟くように謝ってから、
「でも、こんな密林に一人で放り出されてしまう方が困ります。こんな密林では上空からの発見だって困難ですから」
そう言われて宗介もはっとなる。なぜそんな簡単な事に気づかなかったのか。
「それに、ASに乗っているあなたのそばの方が、みんなに発見されやすいでしょうし、一人より二人の方が心強いです。こうして一緒の方が……安全です」
(ちょっと……大胆だったでしょうか?)
思わず出てしまった言葉に、テッサは少しだけ頬を染める。最後の方はかなり無理があるかな、と思った言葉だったが、それを聞いた宗介は不思議そうな声で、
『大佐殿。どうしてその言葉を?』
「何がですか、サガラさん?」
『先程、ウェーバー軍曹が「"大佐殿の安全な場所は自分のそばだ"と言え」と言っていたのですが、そういう事だったのですか?』
(……ウェーバーさんらしいですね)
テッサはその答えにクスクスと笑った。


メリダ島上空を一機の輸送ヘリが飛んでいる。その機内の中で、そのクルツは狙撃用ライフルの点検をしていた。
「……ま、無傷なのがあっただけめっけものか」
格納庫にあった中で唯一無傷だったその輸送ヘリの中で苦々しい顔のまま呟く。
『問題のM9を便宜上「寄生虫(パラサイト)」と呼称する』
少々ノイズ交じりの無線機からカリーニン少佐の冷静な声が響く。
『マオ曹長。ウェーバー軍曹。パラサイトはもうすぐサガラ軍曹の乗っていると思われるM6と遭遇する。マオ曹長はM9でサガラ軍曹と共に直接戦闘。ウェーバー軍曹は輸送ヘリからの狙撃で援護を』
『了解』
クルツとマオは揃って返答すると、少佐からの無線は切れた。
輸送機の中にはうずくまったM9の姿があった。もっとも、その片腕は被弾していた為に外され、頭部や脚も一部装甲が欠けて、応急処置的に塞いであるに過ぎない。
そんな状態のM9が片手に刀のような長さの単分子カッターを、刃をむき出しのまま持っている。
『クルツ、ヘマするんじゃないよ』
「わかってるって、姐さん」
そう言いながら、彼女のいるコクピットに向けてライフルを構え、スコープを覗き込む。
「あのM9は前に戦った『存在しない技術(ブラックテクノロジー)』積んでたっていう変なヤツと違って、普通のASなんだからさ。気楽にいこうぜ」
そう軽口を叩いてにやりと笑うが、以前その「変なヤツ」に自分の乗っていたASを破壊された時の記憶が微かに甦り、苦い顔になる。
こんな小さなライフルがAS相手に役に立つとも思えないが、彼の狙撃の腕前は並ではない。彼なら関節や装甲などのわずかな隙間に弾丸を叩き込む事もできるだろう。
やがて、レーダーが捕らえた宗介達の居場所の上空に来た。
『クルツ、援護は頼むわよ。メリッサ・マオ、出ます!』
「はいよ」
彼はおどけた声で答え、自分も配置についた。
『Rock'n roooooll !!』
マオの乗ったM9は輸送ヘリから一気に飛び下りた。
そのほんのわずか前。
「サガラさん! 上空に輸送ヘリが。多分……メリッサです」
全くの勘だったが、上をみていたテッサが宗介にそう告げる。その宗介は、前方100メートルにまで近づかれた敵に対し、ショットキャノンを撃って牽制していた。
予備弾倉がないので、一発一発惜しむようにして撃つ。
そのM9――パラサイトはまるで撃ってこない。弾丸を避ける時だけ信じられないスピードを発揮する。無人なので人間が乗っていたら耐えられない程のGがかかろうと問題はないのだ。それ以外は単分子カッターを構えて、わざわざゆっくりと歩いてくるのみだ。
ショットキャノンを撃つ度に、その反動でM6の全身がびりびりと震え、スクリーンにダメージ報告のメッセージがせわしなく流れる。機体の錆によって強度が脆くなっているので、ちょっとしたショックでも装甲破損のダメージと判断してしまうようだ。
(何を考えている? あのパイロットは!?)
しかし、あれは無人である事を思い出して、再び発砲したが、ついに弾切れになった。
それからきっかり一秒後。一機のM9が泥を跳ね上げて着地した。
『ソースケ、大佐、無事?』
二人の通信機にマオの声が響く。
「肯定だ、マオ」
「無事です」
二人は同時に答えると、
『ソースケ。クルツが今上空にいるわ。アイツに狙撃させるから、その隙に……』
そう言って、彼女はカリーニン少佐の立てた大雑把な作戦を伝える。偶然にもそれは、ついさっきテッサが立てた「マオとクルツが来た場合の作戦」とほぼ酷似していた。
(さすがは大佐殿だ)
宗介は素直に感嘆し、マオの乗るM9の向こうにいるパラサイトを睨みつけた。
パラサイトは、ゆっくりとした歩みのままこちらに近づいてくる。だが、単分子カッターを構えているのとは反対の手がショットキャノンに伸びた。
本当にゆっくりとした動作でショットキャノンの銃口を向け、じっくりと狙いを定めている。
その時、どこからか、ばきんという鋭い音がした。
……パラサイトは撃ってはこなかった。というより、引き金を引こうとしても引けない、そんな具合に見える。
『あいつの指関節をバカにしてやったぜ。後はお好きなように』
通信機からクルツの得意げな声が聞こえる。
木々の隙間から上を見ると、随分上空に輸送ヘリが飛んでいた。
きっとクルツがそこから指の関節を狙撃をしたのだろう。上空からでは針の穴よりも小さく見える指関節のみを狙い撃つとは。おまけに目標は止まっていない。ゆっくりとはいえ動いている部分なのだ。「天才」の一言では言い表せない腕である。
しかし、感心ばかりはしていられない。ここからが勝負だ。
宗介はガスタービン・エンジンの出力を一気に上げた。うるさい駆動音がより高くなる。やがてM6が泥を蹴立てて一直線に駆け出した。テッサは木の陰に隠れていたおかげで、とりあえずは泥を被らずにすむ。
彼に少し遅れて、片腕のマオのM9が猛スピードで密林を駆け抜けて間合いをつめる。
パラサイトは単分子カッターを投げ捨て、もう片方の手にショットキャノンを持ち替える。だが、撃とうとした時には既にマオは間合いに入っていた。彼女は刀のようなカッターを相手の胴めがけて横なぎに払う。
しかし、パラサイトはそれより早いスピードで横に回りこむようにしてその刀をかわした。
かわしきった所に宗介のM6がカミカゼ・アタックもかくやという迫力でつっこんできた。
ここまでつっこむ間に周辺の木々に全身のあちこちをぶつけ、装甲が剥がれる。一歩一歩ごとに関節各部も悲鳴をあげる。ガスタービン・エンジンもオーバーヒート寸前までフル回転している。
被害状況とエンジンのオーバーヒート警告を示すメッセージの羅列だけでもコクピット内が騒がしく感じる程だ。
宗介は弾切れしたショットキャノンを投げ捨て、単分子カッターを構えていた。
(くたばれ……!)
カッターを両手でしっかりと持ち、切っ先を相手に向け、本当に体当たりするようにカッターの先を叩きつけた。
どんなに素早く動けるASでも、ASの身体が人間の関節構造と酷似している限り、かわしきった直後に倒れないよう重心を移動している最中には動けなかった。
本当に突き飛ばすような感じでカッターごと体当たりしてパラサイトは50メートル程吹き飛ぶ。慣性の法則により、M6もパラサイトと共に吹き飛んだ。
まるでM6が押し倒した感じで地面を滑って停止すると、間を置かずにM6のコクピットハッチが開いた。
マオは急いで彼に駆け寄って自分のASの手に彼を乗せると、冷静に、それでいて素早くそこから離れた。
時速100キロ近い速度の風圧と振動に振り落とされそうになる宗介だが、何とか踏ん張る。
マオのM9が木の陰に隠れていたテッサの元に戻り、宗介とテッサを覆うようにして停止する。
『クルツ!』
マオが通信機に向かって怒鳴る。それを聞いたクルツはM6の背中の通風孔――の向こうのガスタービン・エンジンに狙いを定めて、発砲!
数秒後、ガスタービン・エンジンがパラサイトを巻き込んで大爆発を起こした。


暗く照明を落としたとある部屋の中で、ノイズだらけのモニターを見つめる人影が二人。ラフな格好の二〇歳くらいの青年と、スーツ姿の中年男だ。
「……まあ、こんなものかもね」
二人のうち若い方がやや残念そうな顔で見つめ、モニターのスイッチを切った。
「しかし、無駄が多かったと思いますが」
スーツ姿の中年の方が、一言忠告めいた事を言う。
「仕方ないね。遠隔操作みたいなものだし、複数のプロが相手だ。上出来だと思うよ」
「苦労してニセのOSを紛れ込ませた割に、成果が上がっていない、という意味ですが」
その言葉を聞いて、若い方が大きく息を吐く。
「まあ、これはお遊びだし、『出来の悪い妹に苦労してもらう』程度の事しか考えてなかったからね。上出来だよ」
そう言って、アッシュブロンドの髪を軽くかきあげた。


東京に戻る為メリダ島を離れようとしていた宗介に、クルツが話しかけていた。本当はテッサも見送りたがっていたが、午後の執務に事件の事後処理という仕事が追加されてしまった為にここにはいない。
「あれが暴走したのは、やっぱり新OSのせいだったみたいだな」
「そうだろうな」
事件の背景が彼等のような末端の者に伝えられる事は少ないが、今回の事件はわかりやすかった。
もっとも、そのOSの事については上の方で色々と動いているようだ。だがそれは彼等の仕事ではない。
「あとな。フィロメナ・フランツって名前だけど、聞き覚えがあったよ」
クルツがこのメリダ島基地にあるパブのマスターから以前聞いた話によると、このメリダ島基地ができたばかりの頃SRTに在籍していた、イスラエル出身の伍長だそうだ。
自称・ロマの末裔で、タロット占いを得意としていた信心深い女性だったそうだ。
不可解で奇妙な行動が多く、その殆どが後になって「あ、なるほど」と納得されるといった先読み――予知能力のような言動がしばしばあったという。
そして、戦闘が終わった直後にテッサが調べた所によると、彼女が大怪我をして除隊した時に彼女のM6と装備・備品の一部が行方不明になっていたらしい。
「つまり、お前とテッサは彼女の『予知能力』で助かった訳だ」
いつもならこういった話は「非現実的だ」で一蹴する宗介も何も言わない。
「あ。それから、そこにあったっていうタロットカードだけど……」
そのタロットカードは宗介が貰っていた。テッサが持ち出したものを彼女から手渡されていたのだ。
宗介は別に欲しくもなかったのだが、クルツが「お守り代わりにでもしとけ」とむりやり持たせたのだ。
「タロットカードってのは一つのカードに色々と意味があるもんなんだけど、あのカードには『勇気を出して行動せよ』って感じの意味があるらしい」
その言葉を聞いた宗介は、黙ったまま左胸のポケットの上からカードに触れていた。
「……ま、カナメの護衛は大変だろうけどさ。やるだけやってみろ。彼女だって、お前の事を全くわかってない訳じゃないんだからさ」
「『勇気を出して行動しろ』という事か」
「そーゆー事だ。お前の場合は勇気ってガラじゃないけどな」
出発の準備ができたようなので、宗介はターボプロップ機に乗り込む為歩き出した。
「あ、そうそう。一つ忘れてた」
クルツは飛行機に乗り込もうとしていた宗介の肩を叩いて止める。
「そのフィロメナさんとやらのコールサイン。何だと思う?」
宗介が首を振ると、クルツはにやりと笑って彼を見ると、
「『ウルズ7』だよ。ちっとは先輩に感謝しとけ」
「……そうだな」
宗介は短く答えると、ターボプロップ機に乗り込んだ。

<甦るラスト・アーム・スレイブ 終わり>


あとがき

管理人の話にしては、珍しくギャグが殆どない話になりました。
う〜ん。時間はかかったけど、管理人にもこういう話書けるんですね。自分で自分に感心。
まずタイトル。アルファベットで書かないとわからないでしょう。「RUST ARM SLAVE」。「錆びた強襲機兵」といった感じに解釈して下さい。
あと、前回書いた話(大誤解のインブレイス)でテッサがあまりにも可哀想だったので、挽回したつもりです(笑)。こうしたSSの定番として、勝手に過去の設定作っちゃいました。ま、大目に見て下さいね。

だけど、長すぎる前振りの割にはAS戦があっけないです。でも「多勢に不勢」とも言いますし、ね。でも、原作の方でも「普通のAS戦は二、三度撃ち合って終わる」と書いてあった(長編第一巻300ページ)から正しいか。
これ書いてる途中で「終わるデイ・バイ・デイ(下)」が発売されました。そんな事もあって「どーしようか」と思った場面・言い回しを変更した箇所もいくつかあります。ラストの「アッシュブロンドの青年」も名前付で出ちゃったし(^_^;)。しかもかなめに……イラスト付で(ネタバレ自主規制)。も〜お黙殺して、やりたい放題やるしかなかったっす。そんな違和感はないと思うんですけどね。
「宗介が青あざだらけになった理由」の話も書ければよかったんですけどね。ま、良いや。別に生かそう。

でも、やっぱり長くなりました。短くできないのも原因なんですが、いちいち各キャラ・舞台の簡単な説明を話の度に書いて水増ししているからでもあるんですよね。特に今回の話は、フルメタファンは前編読まなくても話通じるし。無駄に長いのは相変わらずか。
確かに、こういった二次小説は元の作品を知っている方しか読まないでしょうけど、知らなくても何とか読めるのを目標に書いているもので。
いわゆるポリシーみたいなもんです。……そんな立派なもんでもないですが。

ちょっとネタばらしネタを。
・冒頭でクルツが見ていたアニメは架空の物ですが、元にしたのはサンライズ制作の「太陽の牙ダグラム」です。1981年放送とか「真実は見えるか」のセリフでわかる人ならわかったかもしれません。
・フィロメナ・フランツというのは、ナチス体制下のロマ民族(いわゆるジプシー)殲滅計画の為に様々な迫害にあったこの方の体験記の本があるのですが、そこから拝借いたしました。
・タロットカードの解釈は同じカードでも本当に色々あるし、占う人によっても様々です。細かくつっこまないで下さい。
でも「戦車-Chariot-」か「力-Strength-」か迷ったんですよね。実際。


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