『甦るラスト・アーム・スレイブ 中編』
次の日の早朝。特別対応班――SRTのオフィスに入ってきたアンドレイ・カリーニン少佐は、その中をぐるりと見回して、
「マオ曹長。サガラ軍曹はどこにいる?」
大きなバケツを床のあちこちに置きながら部屋をうろうろしているマオを見つけ、訊ねた。
いきなり声をかけられて、慌ててバケツを置いて敬礼をするマオだったが、カリーニンに手で制される。
「サガラ軍曹はどこにいるのかね、マオ曹長?」
一瞬ぎくりとするものの、とりあえず「用意していた」答えを言う。
「は。何でも『ゆっくり考えたい事がある』と言いまして。チドリ・カナメを怒らせて殴られたとか、何とか……」
カリーニンはマオの目をじっと見つめた後「そうか」とだけ言って手元のクリップボードの書類を見ようとした時、後ろから横柄な声をかけられた。
「あ。何してんすか、少佐」
クルツだ。他の部署から持ってきたバケツ(おそらくは無断借用だろう)を二、三個持って戻ってきたのだ。
「少佐。この雨漏り何とかならねーんすか? 地下基地中こんな有り様なんだからさ。少しくらい予算回して修繕してくれても、バチは当たんないと思うんすけど」
この地下基地のあちこちは、豪雨の後こうした雨漏りに悩まされる。クルツの訴えは基地の人間、特に兵卒や下士官は誰もが思っている事だ。
でも、上官に対してもクルツはいつもこんな感じだ。軍曹と少佐。遥か上の階級を持つ彼にすらこんな調子なのだ。しかし、カリーニンはそんな彼の様子に腹を立てた様子もなく淡々と言った。
「あいにくだが、今はそういう予算はない」
いつも通りの淡々とした物言いとはいえ、クルツは演技も加えてガックリと肩を落とし、とぼとぼと中に入っていく。
カリーニンはそんなクルツの背中を見て、再び話を切り替える。
「<アーバレスト>の電子兵装(ヴェトロニクス)の修復がもうすぐ完了する。サガラ軍曹同伴の元、最終調整を行う」
「……あー、そうですか」
マオが少々困った顔になった。
「どこにいるか知っているのかね、マオ曹長」
「いや……知っていると言うか……その……ですね……多分釣りでもしているんじゃないか、と思います。はい」
カリーニンは別に何でもないような表情のまま「わかった」と言っただけだった。
「では、サガラ軍曹に〇八三〇時までに第一格納庫に来るよう連絡しておけ。こちらは新OSテストの準備に取りかかる。君らも格納庫へ向かうように。以上だ」
カリーニンがそう言うと、三人は格納庫へ向かった。
少佐がSRTのオフィスにやってきていたその頃、当の宗介は本当に釣りをしていた。
(何をしているんだ、俺は……)
島の東側にある海辺の岩場。岩場と言っても五十メートル程歩けばだだっ広い砂浜がある。そこで宗介は折畳み式の簡素な椅子に腰掛け、釣り糸をたれていた。
「ゆっくり釣りでもして気持ちを落ち着かせれば、良いアイデアでも浮かぶんじゃない?」とマオに言われての事なのだが、釣りを始めて一時間ほど経っても、アイデアはおろか魚すら浮かんでこない。
(こんな時、みんなならどう答えるだろう)
昨日クルツが見ていた日本のアニメに触発されたのか、アフガンゲリラ時代の戦友達の顔が浮かぶ。しかし、死んでしまった者達が答えてくれる訳もなし。
(それにしても、マオはなぜわざわざこの場所を指定したのだ?)
素直にその場所に来ている自分も自分だが、と自嘲気味にため息をつく。でも、それでも釣り糸はピクリとも動かない。
(ポイントを変えるか? しかし、この場所を指定した理由というのも気になる)
彼の頭の中に色々と考えが浮かぶ。そんな考えに没頭しそうになった時、遠くで自分を呼ぶ声が聞こえた。何気なくそちらを向いた彼は、その場に硬直するかと思うくらい驚いていた。
「サガラさん。何をしているんですかー?」
呼んだのはテッサだった。だぶだぶのTシャツにスパッツにスニーカー。いつもは三つ編みにして垂らしているアッシュブロンドの髪は後ろでまとめて結い上げている。そんな彼女がとたとたと砂浜を走ってこちらにやってくる。
宗介は釣り竿を置き、急いで岩場をかけ降りる。そして直立不動となり、彼女が来るのを待った。
が、その彼女は彼の前方10メートルくらいで、ばたっと顔から転んだ。下は砂地だから怪我はないと思うが、それでも慌てて彼女の元へ走る。
運動音痴もここまでくると立派である。
立ち上がろうとする彼女に手を貸し、テッサを立たせると、自分は再び直立不動の姿勢をとった。
そんな宗介を見て、小さくため息をついたテッサがとりあえず楽にするよう伝えると、宗介は「休め」の姿勢をとる。
「こんな朝早く何をしていたんですか、サガラさん」
彼はマオがここに来るよう言っていた事を言おうか言うまいか一瞬悩んだものの、結局言う事にした。
「は。『釣りでもして気持ちを落ち着かせれば、良いアイデアが浮かぶかもしれない』との助言に従い、ここで釣りをしていました」
その答えに驚いたものの少し申し訳なさそうな顔になり、
「では、釣りの邪魔をしてしまいましたね。済みません」
「いえ。お気になさらずに。大佐殿が悪い訳ではありません」
相変わらず「休め」の姿勢のまま宗介が言うと、テッサは再び訊ねた。
「良いアイデアって何なんです?」
「チドリ・カナメの件です。恥ずかしながら、未だ彼女との信頼関係の醸成に手間取っている有様でして」
そう言ってわずかにうつむいた。
「そうですか……」
テッサも少し考え込んでいる。
千鳥かなめとは数回だが実際に会っている。
以前、かなめの口から「戦争バカで常識ゼロだから、いっつもバカみたいな騒動を起こす」と聞いている。
いくら自分の身を護る為と言っても、いつも周囲で騒動を引き起こされてはたまったものではないだろう。
しかし同時に「不器用だけど、一所懸命で、何か放っておけない」とも聞いている。これは、少なくとも「信頼されてない人」が言えるセリフではない。
だからテッサは彼女が宗介の事を好きなのかと思ったが、少なくともかなめ自身は目一杯それを否定している。照れだと思ったが、テッサに彼女の本心を知る術はない。
「ところで『助言』と言っていましたけど、もしかして助言をしたのはメリッサですか?」
「肯定です」
宗介は休めの姿勢を全く崩さずに答えた。
(……という事は、メリッサが仕組んだんですね、やっぱり)
基地内では「大佐」と「軍曹」という階級差があるし、そうでなくとも人目のある所で必要以上に仲良くはできないだけに、こうして彼とゆっくり話せる機会などそうそうない。
むちゃくちゃな事だと思いはしたが、それでもこういう機会を作ってくれたマオに心の中で感謝する。
「ところで大佐殿は、なぜこのような場所へ?」
宗介の疑問にテッサは優しい笑顔のまま、
「今日は午前中休暇なんです。いつも室内の仕事ですから『たまには外でジョギングでもしたらどうか』と、メリッサが」
それを聞いて宗介も納得した表情だったが、
(なるほど。マオは「休暇中の大佐殿を密かに護衛せよ」と言いたかったに違いない。基地内とはいえ、大佐殿の命を狙う裏切り者が潜んでいないという保証はどこにもない。だが、大佐殿の事だ。あからさまに護衛をつける事は好まないだろう)
という少々的外れな考えが頭の中にあったりする。
戦争バカで常識ゼロ(かなめ談)の宗介がそんな事を考えているとはつゆ知らず、テッサは彼の隣に並ぶ。
「せっかくですから、少し話でもしませんか?」
「話……で、ありますか?」
「はい。ご迷惑ですか?」
「いえ。決してそのような。ですが、自分は話術は得意としておりません」
どことなく困った表情を浮かべて狼狽する彼を見て、テッサは小さく咳払いをすると、
「『親しき仲にも礼儀あり』と言いますし、礼儀正しいのは良い事だと思います。けど、今のわたしは休暇中。前にも言ったかもしれませんけど、あまりかしこまらないで下さい、サガラさん」
そう言われて宗介ははっとなる。彼女は女神でも全能でもない。優秀だが普通の女の子なのだ。そう理解したばかりではないか、と。宗介は焦って「休め」の姿勢を解き、
「それはわかっているつもりなのですが……急には、変えられません。善処致します」
言ってから「またやってしまった」という感じで、宗介は更に焦り、困った表情になる。その困った顔を下からのぞきこむように見つめるテッサは笑顔のままで、
「仕事を忘れての休暇なんですから。今は東京で、普通の女の子の友人に接するような感じで良いんですよ」
普通の男なら、その笑顔だけで胸ときめくであろうが、この朴念仁の軍曹はただただ脂汗を流して硬直するのみだ。
「これ……命令じゃありませんからね」
「……恐縮です。ですが、自分はあまり普通の女性と接した事が……その……申し訳。いや、済みませ。違った。す……済まない」
うつむきかげんのまま、ぎこちなくそう答えた宗介の事を、テッサは苦笑いしつつも、
「……わ、判りました。今まで通りでも結構ですから、そんなに困らないで下さい」
「……以後、努力します」
(でも、この方がサガラさんらしいのかも)
彼女は、それでも申し訳なく口を動かそうとする不器用な彼を、とてもいとおしく感じた。
それから宗介とテッサは岩場に登り(テッサが転んで落ちそうになるというハプニングはあったにせよ)、その岩場に二人並んで座る。椅子は一つしかなかったが、お互いが譲り合って話が進展しない為、二人とも直接岩に座る事にした。密着という訳ではないが、かなりくっついて座っている。
日頃の激務の疲れが吹き飛んだかのような上機嫌のテッサに対し、宗介の方は前以上にかたくなっていた。
いくら朴念仁の宗介でも、テッサが魅力的な女性という事は理解できる。プライベートくらい友人として接してほしいという要望も判るつもりだ。
と同時に尊敬に値する人物でもあり、大切にしなければ、とも思う。
その相反する二つの考えがないまぜとなり、同い年とはいえ彼女の前ではどうしても緊張してしまう。失礼な例えかもしれないが、触れただけ破裂してしまいそうな爆発物を扱っているような、そんな緊張。
だが、そのテッサはそんな宗介の心情を知ってか知らずか、彼の前では結構奔放にふるまう事もあり、人付きあい自体苦手としている宗介はどうしても困惑してしまう。
「サガラさん。カナメさんの事ですが、さっき『信頼関係の醸成に手間取っている』と言っていましたけど……」
「そのつもりはないのですが、どうも彼女を困らせるか怒らせるかのどちらかが多く、一昨日も……」
二人に共通する話題といったら数少ない。だからどうしても二人が共通して見知っているかなめの事が話題になってしまう。
テッサとしてはあまり面白くないのだが仕方ない。話題がないのだから。
せっかくの数少ないチャンスなのに、さすがの彼女も困り果ててしまった。
その時、少し離れた所から鳥が一気に飛び立った。普通でない鳴き声が聞こえて、その上空から逃げまどう。
宗介は不審がってそちらを向いた。
「どうかしたんですか、サガラさん?」
「何か来ます。伏せていて下さい」
宗介は腰の銃を抜く。使い慣れた黒い自動拳銃・グロッグ19。だが、彼の予想通りなら、その銃はまるで役に立たないだろう。
目の前に広がる森林。その奥をじっと油断なく睨みつける。
やがて、その奥から何か音が聞こえた。宗介の記憶に間違いがないのなら、これはミサイルの発射音だ。
宗介は、伏せたままのテッサの腰を片手で抱きかかえると岩場から勢い良く飛び下りる。空中で彼女を包むように抱きしめると、そのまま砂浜に着地する。
直後、今まで二人がいた岩場が「ミサイルによって」吹き飛んだ。その爆風によって二人の身体は更に飛ばされ、砂浜をごろごろと何回転もする。
この一連の素早い動作に、テッサの頭はついていってなかった。彼女が気がついた時には宗介に抱きしめられたまま砂浜に倒れていた。
彼が文字どおり身を呈してかばった為に彼女自身に怪我はない。
「大佐殿。お怪我は!?」
すぐそばに緊迫感溢れ、痛みに耐える彼の顔がある。おそらく砕けた岩がいくつも当たったのだろう。
「サガラさん……わたしをかばって……」
「砕けた岩がぶつかっただけです。この程度なら、怪我のうちには入りません。ご心配なく」
戦士としての怖さと凛々しさの同居する顔。そんな真剣な表情に見つめられ、テッサはそれ以上話せなかった。
森林の向こうからよく聞き慣れた駆動音が聞こえてくる。やはり、宗介の予想が当たった。
森林の中から姿を現したもの。それは……。
二連式のミサイルポッドを手に、腰のパイロン――兵装取付具に専用のショットキャノン。全身を無機質なグレーの金属で包んだ全長八メートルの巨人――。
間違いなく<ミスリル>所属のAS・M9<ガーンズバック>だった。
「M9? なぜこんな所に? パイロットは誰なんです!?」
テッサの疑問はもっともと言える。誰かが乗っているに決まっているからだ。AS自体、無人で動けるように設計されていない。
「大佐殿。今すぐこの場を離れましょう」
「は、はい。わかりました」
しかし、テッサは救いようのない運動音痴。歴戦の傭兵である宗介の運動能力と比べるまでもない。テッサが宗介の足を引っ張るのは目に見えている。
それでも、死にたくなければ逃げるしかない。生身の人間がろくな武器も持たずにASに対抗する手段など存在しない。
「……大佐殿。失礼致します」
そう言うと、彼は荷物のようにテッサの身体をひょいと肩に担ぎ上げ、一気に砂浜を駆け出した。
「さっ、サガラさん!」
今は格好を気にしている場合ではないが、テッサはつい慌てふためいて叫ぶ。
「せ、せめておぶるとか抱きかかえるとか!」
「申し訳ありません! それでは両手が塞がります。お叱りは後で!」
珍しく宗介が焦っている。テッサにもそれが伝わったのか、激しく上下に動いてちょっと気持ち悪くなったのも我慢する。
ゆっくりと姿を見せたM9は、砂浜を走る宗介を見つけると、ゆっくりと頭を彼等のいる方向に向ける。
ズガガガガガッ!
頭部についている強力な重機関銃が火を吹いた。秒間一〇〇発を数える凄まじい銃撃が二人に襲いかかる。
「キャア――――ッ!」
自分達の横数十センチの所に着弾し、テッサは何度も悲鳴を上げてしまう。
だが、どうも攻撃に間隔があり過ぎる。妙に操縦に慣れていないような印象。いや。それよりも獲物が苦しむのを愉しんでいる、どこか歪んだ狩人のような雰囲気もあった。
その時、間の悪い事に宗介の携帯から電子音が。それでも彼は走りながら空いた手で電話に出る。
「こちらサガラ!」
『ソースケ? ヤバイわよ! M9が暴走して基地の外に……』
「それらしいM9ならもうこっちにいる! 大佐殿も一緒だ!」
ノイズ交じりの緊迫したマオの声をさえぎってそう怒鳴るように答えると、彼女は電話の向こうで聞き取れない叫び声を上げた。


「少佐! 問題のM9は既に地上に出ています。現在、サガラ軍曹とテスタロッサ大佐が交戦中!」
いや。逃走中か、と思いつつも、そばにいたカリーニンに報告する。
「わかった。部隊の出撃を急がせよう」
マオとカリーニンの話している所はASや軍用ヘリの格納庫。ただし、周囲にあるのは役に立たなくなってしまった機械類だ。
今、宗介とテッサに攻撃をしているM9が犯人だった。
午後のテストの準備の為、新型OSをインストール済のASの最終チェックをしていた時、「誰も乗っていないにもかかわらず」勝手に動きだし、頭部の重機関銃を周囲に乱射。そのおかげで周囲のASや軍用ヘリは次々と被弾した。被害はちょっと壊れただけというレベルだが、無傷という訳にはいかなかった。
無傷なのはそこ以外の格納庫にあるものだけだろう。そこへ連絡をしようにも、そのM9はご丁寧に内部通話用通信ケーブルも破壊し、出入口を崩した瓦礫で塞いでいったので、無線や携帯以外の連絡もままならない。格納庫は地下なので、こういった無線や携帯の繋がりは決して良いとは言えない。他の場所への連絡もスムーズにいっていなかった。
乱射された機関銃で直接撃たれた者がいないのが不幸中の幸い。出た怪我人は破壊された瓦礫に巻き込まれた数人くらいだ。
それでも、地下格納庫は文字通り上を下への大騒ぎだ。
「とりあえず今どこ!?」
携帯に向かってマオが怒鳴る。
『今、島の北東の砂浜を南に向かって走っている。敵ASはゆっくり歩いて追ってきているが、パイロットは誰なんだ?』
「無人よ! 勝手に動いてるの!」
『無人だと!? そんな事がある筈が……』
思わず宗介が怒鳴り返す。
「あろうとなかろうとホントなのよ。こっちも今迎撃準備を整えてるんだけど、アイツがことごとく壊してくれたからすぐって訳にいかなくて」
『そうか……あ。今、大佐殿に変わる』
少しの間があった後、テッサの声が聞こえてくる。
『わたしです。そちらの現状の報告をお願いします』
マオは辺りを見回しつつ要点のみをまとめた現状を報告していく。
『……わかりました。では、引続き怪我人の治療と、迎撃準備をお願いします。被害の少ないASを使うのが良いでしょう。ですが、このままではこちらも』
その直後、電話の向こうからテッサの悲鳴と激しい爆発音が響いてくる。
「……ちょっと、テッサ! どうしたの! テッサ!!」
焦って思わず愛称の方で叫んでしまう。それも何度も。しかし……返事は聞こえてこなかった。


「…………」
宗介とテッサは洞窟の中に駆け込んでいた。
潮が引いた為に姿を現した洞窟が見えたのだ。敵M9が撃ったミサイルが自分達の後方に着弾し、砂や岩が舞い上がっている間にその洞窟に逃げ込んだのだ。
今まで息一つ乱していなかった宗介だが、走り続けて疲れが出たのか、それともやはり背中が痛むのか、息が少し荒い。
洞窟に入ってしまったせいで携帯電話の電波が届かず通信は切れてしまったが、あのまま屋外を走り続けていたら間違いなく二人とも撃たれていただろう。
洞窟の中はずっと直線が続いていたが、少しカーブになったところで宗介は立ち止まり、マグライトをポケットから取り出して、つけた。
「少し休みましょう、大佐殿」
激しく上下に揺られ続けていたせいか、いくぶん彼女の顔色が良くない。それに、間近でASに撃たれた事などなかったであろうから、顔色が良くないのはそれもあるかもしれない。
宗介はゆっくりと彼女をおろし、壁に寄り掛からせるようにして立たせる。
「サガラさん。こんな洞窟に入って、入口を塞がれたら逃げ場が……」
テッサの声には生気がなく、息も荒い。今こうして生きているのさえ信じられずにいるかのようで、まだ心臓が激しく鳴っている。
「この奥から風を感じます。ですから、きっと別に出口はあります。少し休憩をとったら行きましょう」
それだけを言うと、こっそりと入口の方をうかがう。
敵の装備はミサイルポッドとショットキャノンと頭部の重機関銃。そのうちミサイルポッドは二連式。さっきので弾切れになっている筈だ。
この洞窟の入口の全高は二メートル強なので、頭部の重機関銃を撃つのは困難。問題はこの状況でショットキャノンを撃ってくるかどうかだが……。
ちらりと見た入口を見て、宗介の表情が凍りつく。M9はショットキャノンの銃口のみを洞窟内につっこみ、今まさに発砲しようとしていたのだ。
「大佐殿、こちらへ! 両耳を塞いで下さい!」
宗介は彼女を手招きし、急いで洞窟の奥に向かった。
それから一秒足らずの後、二人がいたすぐ横の壁が轟音とともに砕け散った。
弾丸や破片の被害はないが、狭い洞窟内にその轟音が反響する。ただでさえ大きなその音が、反響によって何倍にも増幅されて遠慮なく二人の耳に飛び込む。
宗介はすかさず耳を塞いだが、テッサは間に合わなかった。耳から飛び込んだ音が彼女の三半規管をぐらぐらと激しく揺らし、平衡感覚がつかめなくなりそのまま壁にもたれかかる。
「たっ、大佐殿……」
ぐらぐらする頭を振りながら壁に手をついたテッサの元に宗介が来る。
「ちょっと頭がふらふらしますけど、大丈夫です。急ぎま……」
弱々しくそう言って歩き出そうとしていたが足の力が抜け、再び地面に倒れこむ。
「大佐殿!」
宗介は真っ青な顔のテッサを間一髪でどうにか支えると彼女に慎重に肩を貸し、ゆっくりと洞窟の奥――それも風の感じる方へと進み始めた。
攻撃はあれ以降なかった。諦めたのか、それとも待ち伏せているのか。それはわからないが、確認する時間もない。
洞窟を進むうちに向こうが明るくなっているのに気づき、宗介はマグライトを消してポケットにしまいこむ。
やがて視界が一気に開けた。広間のような場所に出たのだ。穴の開いたドーム球場の屋根のように天井部分が一部開いている。
そこから、生い茂る植物に遮られた太陽光が広間に注ぎ込んでいた。
そして、その広間の真ん中に場違いなものを発見した。
厚手のダウンジャケットを着込んだような少々ずんぐりとしたシルエット。細長く、何かの昆虫を連想させる頭部。やや短いが力強さを感じさせるがっしりと太い手足を持つそれは、全身が灰色の金属で覆われている。ただし、洞窟から入ってきた潮風のせいであろう錆が全身に浮いていた。
間違いない。ASだ。それも、いつでも乗れるようにしゃがみ込んだ姿勢で(さすがに搭乗ハッチは閉じていたが)。
それはM6<ブッシュネル>と呼ばれている機体だった。
現在の<ミスリル>の主力であるM9<ガーンズバック>より一世代前の機種だが、それは「世界の十年先を行く」ハイテク部隊の<ミスリル>だからこそ。他の国の軍隊では、立派に第一線級のベストセラーASだ。
(なぜ、こんな所にこんなものが!?)
宗介の疑問ももっともと言える。確かにこんな所にある事自体が不自然極まりない。同じような思いでテッサもそのASを見上げている。
どうにか回復したテッサを離し、そっとASに近づく宗介。大丈夫だ。周囲に誰かいる気配はない。
<ブッシュネル>のそばにはビニールシートのかかった箱があり、そこを開けるとAS用のショットキャノンが一挺と単分子カッターが入っていた。そればかりでなく、型は古いが通信機に、未開封の予備の内部電源のバッテリーパックやガスタービン・エンジン用燃料までがずらりと揃っている。
あまりの準備の良さに、二人は首をかしげるばかりだった。
「サガラさん。これ……手紙でしょうか?」
電源パックに張りつけられた走り書きの英語のメッセージ。それはこう読めた。
「これを使いなさい 
              フィロメナ・フランツ」
そして同じく張りつけられた何かの絵が描かれたカード。白い服の女性が、足元のライオンを押さえつけているようにも見える絵だ。
それは色褪せたタロットカードだった。描かれている絵は「力-Strength-」。
二人は顔を見合わせるばかりだった。

<後編につづく>


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