『作りもののリブル・ラブル 前編』

ある日の事だった。
学校からの帰りでの事。泉川駅で電車を待っていた千鳥かなめは、背後に妙な視線を感じていた。
なるべく振り向かず、それでいて視線はなるべく真後ろに。そんな具合に背後を確かめると、少し離れた自販機の陰に見知らぬ女子生徒二人。
どちらも古式ゆかしい(?)濃紺の襟の白いセーラー服である。一方がつやつやのロングヘア。もう一方が少々天然パーマ気味のショートヘア。
自分と制服が違うところからして、同じ陣代高校の生徒ではない事は既に明白。かなめの記憶が確かならば、一つか二つ隣の駅が最寄駅の女子高ではなかったか。
ロングヘアの方はどこか不安げにおどおどびくびく。ショートヘアの方がキッと鋭い目で文句を言いたそうにしている。
ともかく。先程からそんな二人組がこちらを見ているのが、ほんの少しだけ見えた。
「ね、ソースケ?」
かなめは、自分の隣に立って同じように電車を待っている、詰め襟姿の男子生徒・相良宗介に小声で話しかけた。
つい最近まで海外の戦場や紛争地帯を転々としてきた宗介は、銃や硝煙と無縁の日本社会に今一つ適応しきれていない。
常に周囲を警戒し続け、その身に緊迫感と緊張感を漂わせた、見方によっては危険人物でしかない人物。その様子はとても同い年には見えないくらいだ。
おまけに、怪しいと思った人間に銃やナイフを突きつけたり、怪しいと思った荷物やロッカーを爆破処理したり、保安のためと称して地雷や高圧電流の罠を仕掛けたりと、その非常識っぷりを挙げれば枚挙に暇がない。
生徒会副会長として、同じクラスメートとして、家が近所の者同士として、かなめは色々と彼の世話を焼き、時には諌め、時には力づくで彼の行動を止めに入っている。
その様子は仲のいい姉弟かはたまた凸凹コンビか。間違ってもカップルのような「イイ雰囲気」などではあり得ない。
しかし、である。
色々物騒極まりない思考と行動を取る宗介ではあるが、見た目だけなら割と「イイ男」の部類に入る事は――残念ながら否定はできない。
今時の高校生にないストイックな緊張感のある表情。細身ではあるが貧弱な印象が皆無の引き締まった身体。TVでよく見かける芸能人とは違うタイプの「イイ男」には違いないのだ。一応。
その証拠に、彼がこの学校に来たばかりの頃、彼をよく知らない女子生徒からラブレターを貰った事がある。
見た目だけがイイという事で「彼氏の身代わり」を引き受けさせられた事がある。
行き帰りの道路や駅で、彼の正体を知らぬ見知らぬ女子生徒の「あ、カッコイイ」と言いたそうな視線を感じた事がある。
今回もその雰囲気を含んだ視線のようではあるのだが、ここ数日決まってあの位置でこちらをじっと、かつこっそりと見ているというのは、実際気分のいいものではない。
宗介を遠くから見ていると言うよりは、いつもそばにいる自分へのやっかみや嫉妬のようにも感じてしまうのは、少々自信過剰であろうか。
事実「やっぱり彼女いるんじゃん」「だけどぉ……」という会話が小さく聞こえているのだから。
別にカップルとか恋人同士とか、そういう関係では全くないのだが。
それでも彼が他の女子からモテている光景というのも気分のいいものではない。そんな複雑怪奇な心境を持つ間柄、とでも開き直るべきか。
だが肝心の宗介は、後ろの女子二人組の存在や会話には気づいていても、かなめの心の葛藤に気づいている様子は全くなさそうである。
「なんか、さっきから見られてる気がするんだけど。アンタまさか変な事しでかして、恨みとか買ってんじゃないでしょうね!?」
そう言いつつコッソリと後ろを指差すかなめ。宗介は非常に落ち着いた低い声で、
「自販機の陰にいる女なら……」
詰め襟の胸ポケットから生徒手帳を取り出して、片手で器用にパラパラとめくっていく。
「佼星(こうせい)学園女子高の一年だ。一方がソシガヤ チトセで、もう一方がカラスヤマ ロカだ」
サラッと言ったその情報に、かなめの目は丸くなる。
「あ、あんた、いつの間にそんな事調べたのよ!?」
思わず大声になりかけた声のボリュームを慌てて下げる。すると宗介は不思議そうな顔でかなめを見つめ、
「本人が言っていた。一週間前にいきなりソシガヤ チトセに『つき合ってほしい』と言われたが、その時は用事があって急ぎ帰宅せねばならなかったので、断わった」
思いっきりピントがズレまくった返答をしてのけた口をヘの字に引き結んだ宗介の頭を、かなめは反射的にゲンコツで殴っていた。
それから思い直したように一呼吸間が開くと、持っていた鞄でごつんと彼の頭を叩く。
「……なかなか痛いぞ」
「あ、あんたねぇ……」
あらゆる事で日本に適応できていない宗介に、日本の「一般常識」という物を逐一説明する空しさを、改めてたっぷりと噛みしめ直したかなめは、
「そんな状況で『つき合ってほしい』って、どっからどう聞いても告白じゃない。それを『用事があるからダメだ』って、ニブイにも程があるわよ。そこまでいったらもう犯罪よ、犯罪!!」
小さな子供に語って聞かせるかのごとく、一音一音聞き取りやすく発音して喋る。しかし宗介はきょとんとすると、
「日本の法律を犯したとは思えんのだが」
彼女は宗介に、日本語の「機微」という物を逐一解説する空しさを、もう一度たっぷりと噛みしめ直してから、
「法律違反だけが犯罪じゃないわよ。第一、乙女の決意や恋心を情け容赦なく踏みにじっておいて、その態度はないっての。謝ってきなさい」
「しかし……」
「今すぐ!」
かなめは真後ろをビシッと指差して彼を睨みつける。
宗介は根負けしたようにどこか不服そうな顔のまま「訳が判らん」と呟き、かなめに言われた通りのろのろと自販機の方へ歩き、陰に隠れていた二人に何やら話しかけている。
過ぎたるは及ばざるがごとし。
そんな言葉を思い浮かべつつ、かなめは見知らぬ女子生徒二人に平謝りしている宗介の方を見た。
さっきからひたすら平身低頭な宗介に対し、ショートヘアの子がきつい目つきで頭ごなしに次から次へと文句を並べている。そしてロングヘアの方はオロオロとして「もういいよ」と顔を真っ赤にしてショートヘアを止めに入っていた。
かなめは必死になって止めに入っているロングヘアの彼女――態度から察して、そっちがソシガヤ チトセだろう――を見て、かなり同情気味のため息をついた。
(またソースケの犠牲者が一人増えたか)
佼星学園は確かに泉川の隣の駅が最寄駅だ。陣代高校から見ても二キロと離れていない、近所の高校と言って差し支えない位置関係にある。
とはいっても二キロは二キロ。決して近い訳ではない。きっと授業が終わってすぐに電車に乗り、ここで待ち伏せしていたのだろう。
そうまでして時間を作り、一人では心細いからと友人まで付き合わせて、それでもどうにか精一杯「つき合って下さい」と告げたに違いあるまい。
きっぱり断わられたと言うよりも、意思の疎通がうまくいっていなかったという感じだったから、諦め切れずに今日も様子を伺っていたのだろう。あんな態度を取られたにもかかわらず。
その勇気と度胸と努力は素直に賞讃に値するべきものだ。同じ女として。
それを。そんな一途な乙女心を。あの戦争ボケのむっつり男は「用事があるからダメだ」と勘違いも甚だしい一言で斬って捨てたのだ。同じ女としても許し難い事である。朴念仁も時にはそれだけで犯罪である。
常日頃銃やナイフを振り回し、地雷や爆弾を破裂させたりしている宗介だが、彼が周囲に振りまく「被害」はそれだけではないのだ。
その事に改めて気づかされ、今度は暗い顔でため息をつくかなめだった。
そして。この一部始終を、メモを片手に見ていた人物が他にもいた事を、かなめはまだ知らない。


翌日の昼休み。かなめは自分のクラスでのんびりとお弁当を食べていた。友人の常盤恭子と稲葉瑞樹の二人も一緒である。
瑞樹は購買で買ったパンをかじりながら、きょろきょろと教室を見回して、
「あれ? そういえば、今日はあいついないの?」
瑞樹の視線は誰もいない宗介の席に向いていた。宗介とかなめと恭子は四組だが彼女だけ二組。なので欠席なのか席を外しているだけなのか判らないのだ。
「相良くん? 今日来てるよ。ね、カナちゃん?」
恭子はどこか嬉しそうに、そして少しだけからかうような笑みを浮かべてかなめをつつく。かなめはその指を鬱陶しそうに追いやると、
「だから、そこであたしに話振るのやめてってば」
ヤケ食いのようにゴハンをかきこむと、ひとしきり噛んでからごくんと飲み込む。それから瑞樹に向かって、
「で、ソースケに何か用事でもあるの?」
瑞樹はその問いに少しだけギクリとさせると、
「あ、ああ。ちょっといくつか聞きたい事があったんだけど」
「へ〜、なになに?」
好奇心なのか興味を引かれたのか。恭子が間髪入れずに訊ねてくる。瑞樹の方は「関係ないでしょ」と素っ気なく返し、パックのジュースをずるずるとすすっている。
そこへ宗介が戻ってきた。彼はまっすぐ自分の席に座ると、机の中からよく判らない干し肉の塊と、ごつい刃を持つコンバット・ナイフを無造作に取り出した。
ナイフで干し肉の塊を薄く削ぎ切り、機械的に口に運ぶ。その動作ももはやすっかり見慣れたもの。クラスメイトは気にも止めない。
瑞樹はパックのジュースを手に席を立つと、彼の真正面に立った。
あどけない感じではあるが、目つきや言動はちょっとキツめ。強気でかたくなな印象。だが美人。
そんな女子が目の前にいても、彼のむっつりとした無表情は少しも崩れない。
「……稲葉か。俺に何か用か」
ナイフと干し肉を机に置き、見下ろしている彼女を淡々と見つめる宗介。彼女は何やら小さな決意を秘めた目を浮かべ、
「ちょっとピストル見せて。ついでに触らせて」
「断わる」
単刀直入な言葉を間髪入れずに一刀両断。言い終わった宗介は再びナイフと干し肉を手に取り、黙々と肉を薄く削ぎ切って食事を続ける。
そのあまりに短い返答にぽかんとすらしていた瑞樹だが、気を取り直すようにブルッと頭を振り、
「ちょっとくらいイイじゃない。別に誰かを撃つ気なんてないわよ」
「素人には危険だ」
明らかに興味本位の軽い口調の瑞樹に対し、宗介の方は寒々とした冷たさをも含んだ忠告。銃の恐さを知る者だけが口にできる代物だった。
だがしかし。そう言われて素直に身を引く瑞樹ではない。彼女は宗介の机にバンと手を乗せると、
「つべこべ言わずにさっさと見せなさいよ。減るモンじゃあるまいし」
「ソースケ。別に見せるくらいいいじゃない」
瑞樹の言葉にかなめも乗ってきた。宗介は「なぜ君まで」と困った表情を浮かべ、
「拳銃は玩具ではない」
「いや、まぁその通りだけど。でもそんな言い方はないでしょ。断わり方ってモンがあるんじゃない?」
「む……」
宗介の頭に、昨日の一件がよぎる。しかし彼はかぶりを振って、
「銃とは縁遠い日本で、しかも銃器に何の関心も抱いていなかった稲葉が、いきなり『銃を見せろ』と言うのは、明らかに怪しい」
言い方はまだどうかと思ったが、彼の言わんとする事は判る。確かにいきなり拳銃に興味を持つというのは奇妙な感じがしないでもない。
「そこで『どっかのテロリストの一味にでもなったのか?』とか言い出さないでよ?」
「…………むぅ」
言うつもりだったな、こいつ。言葉を発するまでのわずかな間から、かなめはそう見当をつけた。
当然瑞樹はムッとした表情を浮かべてはいたものの、気を取り直すように、
「そんなんじゃないわよ。今はモデルガンも大きな店じゃないと売ってないみたいだし、とにかく判んないんだもん」
確かに瑞樹の言う通りである。
明らかに「玩具的」な物は別として、外見からして本物そっくりで本格的なモデルガンともなると、街の玩具店などで普通に並ぶ事は少ない。
「けどさ。判らなかったらインターネットがあるじゃん。そっちで色々調べればいいのに」
何気ない恭子の一言。事実が事実だけに瑞樹の表情が固くはなるが、
「そりゃもちろんやったわよ。けどサバイバル・ゲーム・マニアのホームページばっかりで、よく判らない専門用語だらけで訳判らなかったし。そんなの参考にもならないっての」
マニアが作ったホームページならマニアしか来ないだろう。素人のための解説などある方が珍しい。
「それにピストルの公式ホームページは片っ端から英語ばっかりで全然読めないし」
続けた瑞樹の言葉にかなめは苦笑する。
曲がりなりにも日本では、一般人の拳銃所持が法律で禁止されている。他の輸入物でよく見かける「日本版販売代理店」みたいな店が存在する訳もなし。
だからどうしても公式ホームページは海外のもの――だいたいは英語で書かれた物ばかりになって当然なのだ。
親の仕事の都合で一時期ニューヨークで暮らしていたかなめはともかく、普通の日本人学生である瑞樹には、そうしたホームページの英文は読めないだろう。
いくら翻訳ソフトなどがあるといっても、英語独特で日本語にしにくい単語・フレーズは山ほどある。そういった物が入ったら訳が判らない日本語になる事請け合いだ。
このままではらちが開かないと踏んだ瑞樹は、かなりムッとした表情で彼の身体に手を伸ばす。
「だーかーらー。とっとと見せてくれればいいんだってば」
「どこにあんのよ」と言いながら、無遠慮にベタベタと彼の脇腹やら腰やらを叩いていく。
「ちょ、ちょっとミズキ、何してんの!?」
「こうなったら強行突破よ。ほら、とっとと出せっての」
探そうとする瑞樹にそれを止めようとするかなめ。端から見れば男を取り合う女二人という光景に見えなくもない。こういう状況でなかったら、ある意味うらやましい場面だろう。
だが、その間に挟まれた者としてはたまったものではない。さすがの宗介もむっつり顔を硬直させ、
「……判った。ただ弾は抜かせてもらう。それに万一という事もある。引き金に指をかけたら容赦はしない」
言いながら机の上のコンバット・ナイフを指先でこつこつと叩く。その脅迫めいた口調と殺気すらまとった雰囲気にごくりと唾を飲み込む瑞樹達。
かなめも一瞬「やり過ぎでしょ」と宗介の頭を叩こうかとも思ったが、彼女とて銃の恐さが判らない訳ではない。だから何もせずにいた。
それでも宗介は、憮然とした納得の行かない表情のまま腰のホルスターから愛用の拳銃を取り出し、グリップ下部から弾丸を収めた弾倉(マガジン)を取り出す。初弾は装填していないので、万が一にも弾が出る事はないだろう。
それから銃を机の上に置いてくるりと回転させてグリップを瑞樹の方に向けると、そのまま彼女に突き出した。
瑞樹はやや緊張した趣で、そっと両手で拳銃を持ち上げ、それからゆっくりとした動作でこわごわと右手で握ってみる。
やはり大人の男より小柄で手が小さなせいだろう。彼女にとってはグリップがだいぶ大きく、しっかり握ろうとするとどうしても人差し指が引き金に微妙に届かない。
「……ふぅん。思ってたよりも軽いのね」
重さを量るかのように軽く上下に手を動かす瑞樹。宗介はこれまた間髪入れずに解説を入れる。
「オーストリア製のグロック19という自動拳銃だ。重さはだいたい六〇〇グラムといったところか。大部分がプラスチック製だからな。他の実銃と比べれば軽い部類に入るだろう」
「へぇ。じゃあ金属探知機に引っかからないんじゃない?」
恭子の軽い一言に宗介が反応する。
「確かにこのシリーズが出た頃は、そんなデマも流れた。実際は内部に金属部品が多数使われているし、今の物はプラスチック部分にX線用の造影剤が含まれている」
言われてみれば確かに納得である。総てがプラスチックだったらハイジャック犯がこぞって使っているだろう。
「見れば判ると思うが、他の拳銃と違って突起物がぐっと少ないデザインになっている。これはホルスターや衣服に引っかかったり異物の侵入を防ぐためだ。それは誤動作や故障の元だからな」
そんな説明を聞きながら、瑞樹は右手で持ったまま銃を回転させてあちこち観察している。
「でもさ。弾全部抜いたのに『引き金に指をかけるな』ってのは、ちょっとオーバーじゃない?」
「あ、あたしもそう思った」
「なんかヤバイ事でもあるの?」
瑞樹の疑問と恭子の賛同に続けてかなめも質問する。すると宗介は、
「突起物を少なくしたデザインなのでな。トリガー……いや。安全装置が引き金の部分にあるのだ」
言われて引き金の部分をよく見てみると、大きな引き金の中央部分に、もう一つの小さな引き金っぽい物がついている。見方によっては引き金が二つあるように見えなくもない。
「って事は、一方が引き金で、もう一方が安全装置?」
「肯定だ、千鳥。無論引き金を引く方向とは違う角度で解除するのだが、それでも慣れない者がホルスターから引き抜いた時にうっかり引き金に指をかけて暴発させてしまう事故がたびたび起こっているのだ。弾丸が装填されてないとはいえ注意するに越した事はない」
その様子を自分なりに想像した女子三人は、どことなくどんよりとした顔でうなだれる。
「じゃあ何でそんな物騒なテッポー使ってんのよ?」
「あのカナちゃん。これ自体が物騒だと思うんだけど」
かなめの呆れ顔の問いに、恭子が苦笑しながらツッコミを入れる。宗介はそんな二人のやりとりに気づく事もなくかなめに説明する。
「内部構造はシンプルで調整や修理がしやすい。パーツ・コストも安いし、手に入りやすいのでな。小型の銃の割に総弾数も一五発と多いし、その弾も汎用性の高い9ミリパラベラム弾で、手に入れるのも容易だ」
色々出てきた判らない用語に頭を抱えつつ、かなめは少しばかり唸った後、
「つまり、壊れても修理しやすくて、弾が多く入って、その弾も簡単に手に入るから、それ使ってる訳?」
「肯定だ」
これまた簡潔な答え。むしろ簡潔すぎて話が続かない。
「俺はスペシャリストだ。強力だが動作が不安定な武器よりも、たとえ威力は劣っても確実に動作する武器を選ぶのは常識以前の話だぞ」
何となく自信満々で胸を張っているように見える宗介の、力強い言葉。
「な〜んだ。随分使ってそうだから、愛着があるのかと思った」
恭子がどこかがっかりしたような目をしている。瑞樹もごとんと机の上に銃を置くと、
「何のスペシャリストだってのよ。このミリタリーおたく」
その後の「もういいわよ」の言葉に、宗介はどこかホッとしたような目で銃を取り、マガジンを戻した銃をいそいそとホルスターに収める。
「そういえばさ……」
瑞樹の言葉に「まだあるのか」と言いたそうな宗介であったが、彼女はそれを無視して、
「さっき言ってた『自動拳銃』って何? マシンガンみたいに弾がババババーって勝手に出るやつの事?」
すると宗介はホルスターに戻したばかりのグロックを再び取り出し、
「全く違う。これのような銃の事だ」
撃った時の反動などを使って排莢や次弾装填をする機構を持った拳銃で、連発も可能。英語では「オートマチック・ピストル」または単に「オート」と呼ばれる銃だと、宗介は説明する。
彼はそのまま次弾装填の仕組みを語り出したが、女性陣に「そんなマニアックな説明いらない」と斬って捨てられる。
見事な話題の切られ方にわずかにしゅんとうなだれていた宗介だが、見かねたかなめが、
「あー、そういえばさ。あっちで『ハンドガン』って単語聞いた事あるんだけど、それってどんなヤツ?」
かなめの言う「あっち」とはもちろんニューヨークだ。その問いにうなだれていた宗介の目が一瞬キラリと輝くと、
「いわゆる片手で撃つ事を想定して作られた、拳銃弾を使う実銃の総称と思って差し支えない。アメリカでは拳銃そのものの事を指すな」
「じゃあピストルは?」
恭子の質問には、さすがの宗介も困った顔つきになるが、手にしたグロックの銃身の後ろを指差して、
「ここに弾が装填される薬室(やくしつ)という物があるのだが、これが一つしかないものをそう呼ぶ。自動拳銃はほとんどがそうなので、総称でそう呼ぶ事もある」
素人にも判るように(少なくとも宗介はそう思っている)言葉を選んで解説する宗介。さすがに本当に判ったかどうかまでは判らないが。
そもそも専門用語とて由来や正しい使い方まで行くと「専門家」でもあやふやだったり間違えたりする事もままある。
だがそこを「プロフェッショナルのクセに」などと非難されたくはない。それがプロフェッショナルのプライドだ。
そこで昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。瑞樹は小さく舌打ちした。鐘の音に宗介はどこかホッとしたような顔になっているのは気のせいか。
瑞樹はそっけなく「ありがとね」と言い残して教室を出て行った。
一同はそんな彼女の後ろ姿を見送ると、恭子がポツリと言った。
「でもさ。何でいきなり拳銃の事なんか聞いたんだろうね?」
「判らん。だが――」
「どっかのテロリスト云々は、さっき言ったわよ?」
宗介の言葉を再びぴしゃりと遮るかなめ。それからむぅと唸って黙ってしまう宗介。それから彼女の様子を伺うようにして、ようやく口を開いた。
「銃とてしょせんはただの道具に過ぎん。正しい知識と取り扱い方を知っておくのは、事故や偏見を減らす事にも一役買うだろう」
「でも日本じゃ銃を使う機会なんてないよ」
恭子がケタケタ笑いながら、宗介を見つめている。かなめも何となく笑顔になり、
「確かどっかの作家が『人間は、無駄な知識が増える事で快感を覚える唯一の生き物』って言ってはいたけど……」
実生活で役に立たない、イコール無駄と言い切る気はないが、確かにこれからの生活で使う事があるとは思えない事ばかり飛び交った昼休みだ。
「けどさ。あそこまでベラベラ喋ってよかったの?」
今まで全く興味を持ってなかったのに、いきなり聞いてきたのだ。かなめも気にならないと言えばウソになる。
まさか悪用するとも思えないが――
「問題はあるまい」
宗介は真顔であっけらかんと言ってのけた。かなめと恭子が不思議がっていると、彼はそのままキッパリと言い切った。
「あの程度なら、銃の知識を話したとはとても言えん。一般常識レベルにも満たないくらいだ」
ああ、そうですか……。呆れた二人の目がそう語っているのに、宗介が気づいた様子は全くなかった。

<中編につづく>


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