『最強のリベンジャー 後編』
日曜日。場所は陣代高校のグラウンド。
迷彩服に防弾チョッキを着た宗介と、空手着に眼鏡と防具をつけた一成が、向かい合って立っていた。徒手空拳が基本の空手といっても、競技化した現代においては防具も使われる。
面はボクシングのヘッドギアに近く、前面が透明なプラスチックで覆われたものだ。胴も野球のキャッチャーがつけるようなプロテクターのようで、グローブは指が自由に使えるサポーターのようなタイプ。
だが、一成は慣れぬ防具にかなりいらだちを隠せない様子だ。
あのあと、この「異種格闘戦のルール」が作られた。
そもそも空手家と傭兵(宗介自称)の戦いだ。お互いの戦闘に関する基準がまるで違うのだから、それを無視してはただのケンカと変わりない。それは仕方ないと思っている。
だが、この「防具をつけて」という部分が、彼は我慢ならなかった。そういう事が嫌で、彼は空手部を飛び出して『空手同好会』を立ち上げたのだから。
防具をつけているという事は、それらに守られているという事だ。守られているという安心感があるので、本当の意味での「真剣な戦い」になりようがない。
本人としては渾身の力で戦っているように見えても、その安心感が威力を削いでしまい、本当の意味での渾身の力で戦う事はできない。
攻撃を受ければダメージを受ける。場合によっては流血もする。下手をすれば命を落とす。それが当たり前であり、それが本当の戦いなのだ。
ルールを決める際に立ち会った一成も、もちろんその辺は抗議した。
「君の目的は相良くんを倒す事であって、殺す事ではない筈だ。その逆もまたしかり。これはあくまでも『試合』なのだから」。
と言われては、さすがの一成も折れるしかなかった。下手にごねて再戦が取り消されてはたまらない。せっかく実現した戦い。我慢をしなければならない。
時間は一〇時一〇分前。グラウンドには人気がなく、完全武装の宗介と一成。それから見届け人を買って出た大貫の三人しかいない。
林水は、乗っているバスが急な渋滞に巻きこまれ、定時の到着が不可能。
蓮は家の都合で、一時間ほど遅れてくる。
そういった連絡が、すでに大貫の元に来ていた。
一方かなめは宗介と共に学校までは来たのだが、今はなぜか姿を消していた。
「ところで、千鳥くんはどうしたんだね?」
大貫がのんびりとした声で宗介に訊ねる。彼は使用を許可されたペイント弾を装填した銃の点検をしながら、
「判りません。学校には一緒に来ましたので、校内にいる事は確かです」
それでも相手の動きには細心の注意を払っている。すでに戦いが始まっているかのごとく。
「一緒に来た、だと……」
同じように宗介の一挙手一投足を見逃すまいとしている一成が言葉に詰まる。きっと彼の頭の中では仲睦まじく並んで学校に来た二人の図が、総天然色フルカラーで思い浮かんでいるに違いない。
「ああ。何やら重いリュックを持たされたが。それがどうした」
いつも通りの、表情を変えぬ淡々とした物言い。それが一成には「俺と千鳥が一緒にいるのは当たり前だ」と聞こえたのだろう。一成は拳を震わせると、
「相良。千鳥の優しさにつけこんで、調子に乗りすぎてるんじゃないのか?」
「別に何にも乗っていないが」
「黙れ。貴様のようなろくでもない男がつきまとって、彼女が迷惑をしているのが判らないようだな」
「ろくでもないのはお前の方だろう。大貫氏を抱きこむとは、そこまでして戦いを望むか」
「人聞きの悪い事を言うな! 卑劣な貴様と一緒にするな!」
「なぜ大貫氏がお前のような男の味方をしなければならない。どんな悪辣な手を使った? 賄賂か、脅迫か、拷問か?」
「待ちなさい、君達っ!」
格闘勝負の前に始まった言葉での前哨戦――ただの口ゲンカに、絶妙のタイミングで大貫が割って入る。
実際鼻が触れ合いそうな距離で遠慮なくバチバチと火花を散らしており、試合前のマイク・パフォーマンスによる挑発行為と例えるにしては、あまりに殺気立っていたのだからして。
「二人とも下がりなさい。まだ試合開始の時間になっていないじゃないか。時間はちゃんと守りなさい」
その取りなしで、二人はしぶしぶだが睨み合ったまま距離を取る。
「まったく。犬猿の仲の例えがあるが、どうして君達はそこまで仲が悪く、些細な事でいがみ合うんだね」
ぶつぶつ呟く大貫の言葉に、二人は揃って黙りこむ。大貫が校舎についた時計を見上げると、一〇時二分前だった。
「もうすぐ一〇時になる。いいね、二人とも。どちらが勝とうが負けようが、二度とこんな真似はしないと約束してくれんかね」
「了解しました」
「……判ったよ」
宗介が淡々と。一成が仕方なくといった風情で答えた。
宗介は使用許可済の武器の数々を納めたリュックを静かに置き、一成が拳を突き出して構えた。
互いの視線の動きにすら気を払う、その集中力はさっき以上だ。ほんのわずかな隙すら見逃さぬつもりなのだ。
まるで入れ換えたように辺りの空気が静まり返り、変わって肌を刺すような緊張が駆ける。
校舎の時計の針が動き、ついに一〇時になった。
大貫は、持っていた竹箒を軍配に見立てて逆さに持ち、穂先を地面ギリギリにまで下げる。
「時間いっぱい。待ったなしだ。見合って見合って〜」
この場にかなめがいたら「相撲の行司じゃないんだから」とツッコミを入れた事だろう。だが、そんなツッコミをするほど二人はおちゃらけてはいないし、そんな余裕もない。
「はっけよ〜い、のこった!」
軍配――いや竹箒が返る。だが、二人ともその場から微動だにしなかった。
一成の方は一見棒立ちにしか見えない無構え。宗介の方は右手を軽く腰に添えるようにし、銃なりナイフなりを瞬時に抜ける体勢だ。
空手家の闘気と傭兵の殺気、とでも言おうか。確実に常人離れした戦闘力を持つ二人の放つ、不可視の障壁。この先の激闘を予感させるに充分な気配が二人から発せられていた。
そうした状態で膠着してから、どのくらい経ったであろうか。五分か、それとも一時間か。はたまた一分も経っていないのか。
まるで申し合わせていたかのように、お互いが同時に地を蹴った。
一成は姿勢を低くして素早く間合いを詰める。一番恐ろしいのは、離れた距離から攻撃できる拳銃だ。格闘ゲームではあるまいし、気を飛ばして攻撃する技など、こちらにある訳がない。
どうせ向こうは手っ取り早く勝負を決めようと、すかさず拳銃を抜いて撃ってくるに決まっている。一成はそう確信していた。
案の定宗介は腰のホルダーに手を伸ばし、拳銃を握らんとしている。常人が見れば残像すら浮かびそうな早業であるが、自分にとっては単に早いだけの動きだ。見切れないほどではない。
一成の拳が届く距離になって、下から何かが来るのが見えた。彼は危険を感じて動きを止め、身体をひねって地面を転がる。
空を切ったのは宗介の足だった。蹴り上げようとしたらしい。
「そんな見え見えの攻撃、この俺が食らうと思ったか!」
少し離れた位置に片膝をついて相手を見据える。しかしその時には、銃口は自分の方を向いていた。
(これが狙いか!)
あえて避けさせて距離を取り、避け切って動きが一瞬止まったところを間合いの外から銃でしとめる。効率を考えれば賢い戦法だ。
たんたんたん!
片膝をついた一成に向かって宗介が無遠慮に発砲する。一成はそれを風のようなスピードで横に動いてかわす。
「くっ……!」
一成の予想以上の素早さに、宗介は銃口を突きつけるのが僅かに遅れた。一成は銃口を全く怖れずにジグザグに動きながら間合いを詰め、全身を深く沈ませる。
「大導脈流奥義・血栓掌(けっせんしょう)!」
次の瞬間「どしんっ!」という重い音と共に、宗介の身体が後ろへ吹き飛んだ。全身をバネにした強烈な掌底。宗介は数メートルは吹き飛ばされていく。しかし――
たんたんたん!
宗介は吹き飛ばされながらも銃口を一成に向け発砲したのだ。いや。あえて自分から後ろに飛び、技の威力を殺したのだ。ダメージはほとんどない。
そんな不安定な体勢から撃った弾でも狙いは確かで、全弾彼の空手着をかすめていた。だが直撃でない以上意味はない。たとえ実弾だったとしてもかすり傷すら負ってないだろう。
宗介は後ろへ転がって立ち上がり、油断なく一成と向き合う。
「その技はもう二度と食らわんと、言った筈だがな」
これだけ動いて、息を全く切らしていない宗介。それは一成も同様だ。
「オレも、貴様がこの程度で倒れる相手とは思っていない。行くぞ!」
再び飛びかかる一成。宗介は銃をしまうと、今度は使用許可済のサバイバル・ナイフ(硬質ゴム製)の方を取り出した。組みついてくる相手には、暴発の恐れがある銃よりもこちらの方が効果的だ。
ナイフといっても刃の部分だけで三〇センチはある。刃に塗られた塗料のせいで、硬質ゴム製の刃先が本物のように鈍く光る。一成はわずかに恐怖心が浮かんだが、
(何を使おうが、オレは負けん!)
気を引き締め直し、注意深く相手の動きを見つつ、コンパクトな動きで、拳を右へ左へと叩きこむ。
宗介は腕や肘を巧みに使ってそれらを弾き、身体を反らしてかわしていく。
かと思いきや、ナイフをシャープに振り回して相手に斬りつけ、突きたてる。
そのナイフを、一成は紙一重で総て避け切ってみせる。
それら攻防の激しさたるや、普通の人間ではまず見切れないだろう。何だかんだいっても、お互いの実力は拮抗しているのだ。
その時、一成が己の一撃の反動を利用してわずかに離れて間合いをとった。腰をグッと落とし、拳をひねりながら引き、相手をキッと睨みつける。それらが瞬時に行われた。
「大導脈流、秘奥義! 刺・防・貫(しぼうかん)っ!!」
思いきり地に踏ん張った反動をこめた、ひねりを加えた鋭い突きが、コークスクリュー・パンチのごとく宗介に襲いかかる。
宗介はそれをとっさに、逆手に持ちかえたナイフを添えた腕全体で受け止める。
だが「秘奥義・刺防貫」とやらの威力は宗介の想像以上だった。本当に突き刺さるような鋭く尖った一撃を受け、受けた体勢のまま押し戻されるように弾き飛ばされた。
そしてその行く先に――不幸な事に、二人の動きを見切れず立ち尽くしたままの大貫がいた。
「うわああぁぁっ!!」
避ける間もなく、宗介が情けない悲鳴を上げる大貫にぶつかり、勢い余って地面を転がっていく。
一成は宗介を吹き飛ばした自身の技に酔うかのごとく、
「どうだ相良。大導脈流秘奥義・刺防貫の味は!」
拳を突き出した格好のまま油断せず、しかし高らかに勝利を宣言する。
「この技は、さっき使った血栓掌の三倍の威力がある。いくら貴様がしぶとくても、もう立ち上がれまい」
見ると、自分の拳に細い溝ができていた。つけているグローブにくっきりと。
どうやら拳を受け止めたナイフの刃がめりこんだようだ。宗介もただでは吹き飛ばされなかったらしい。もし本物のナイフであったら、指をすっぱり落とされて自分の拳が使い物にならなくなっているところだ。
「肉を斬らせて骨を断つ。勝利の代償としては、安いものだ」
ふっと自嘲気味に笑うと、砂埃が晴れるのを待った。
砂埃が晴れると、うめきながら片膝をついて立とうとしている宗介と、大の字になって地面にのびている大貫の姿を見つけ、唖然とする。どうやら大貫を巻きこんだ事には気づいていなかったらしい。
「大丈夫か!?」
立とうとしている宗介を無視し、大貫に駆け寄る一成。その声に気づいた宗介も彼に歩み寄る。
「しっかりしてくれ、大貫さん!」
心臓に耳をあて、手首を取り、彼の無事を確認しようとする一成。ぐったりとする大貫を見て、宗介も戦っている場合ではないと判断し、早速介抱に取りかかる。
「内出血はしていないみたいだな」
「幸い意識もある。外傷もない。じきに目を覚ますだろう」
無遠慮な手つきで彼の身体をベタベタと触りまくり、いじくり回す。
「それにしても、大貫氏を巻きこんで技を放つなど、やはりお前は分別というものがないな」
「そう言うか相良。自分が助かりたいからといって、無関係な大貫さんを利用した貴様が悪い!」
確かに大貫の身体がクッションとなったおかげで、宗介のダメージは大した事はない。
だがそれ以上に、今回は素手ではなくサポーターをつけていた事が技の威力を半減させていた事に、一成は気がついていない。
そんな見苦しい言い争いをしているうちに、大貫が目を覚ました。
「う……ううん……わ、わたしは一体……」
「大丈夫か!?」
「痛みはありますか?」
一成と宗介が揃ってのぞきこむ。大貫は倒れる直前の事を思い出し、
「ああ。吹き飛ばされた相良くんとぶつかって……。いや、申し訳ない。試合を中断させてしまったね……」
彼の言葉がそこでピタリと止まる。
『どうしました?』
二人が異口同音に訊ねる。大貫はそれに構わず柄が短い竹箒を見つめていた。いや、短いのではない。明らかに折れたものだ。
さっき宗介がぶつかったショックで、箒の柄が折れてしまったのだ。
「こ、これは……」
『これは?』
震える声で呟く大貫は、訊ねてきた二人に向かって、
「……この竹箒はね。ちょうど二年前の春に、当時の生徒会役員の生徒達がプレゼントしてくれた竹箒なのだよ。以来、わたしも手直ししながら大事に大事に使ってきたつもりだ」
『はあ』
「確かに壊れかかって薄汚れてはいるが、これにこめられた生徒達のあたたかい気持ちは、今も光り輝いている、わたしの宝物なのだよ。ちなみに名前はジュリーという。有名なイギリスの女優からとった名だ」
『……』
「判るかね? わたしの話をちゃあんと聞いていてくれたかね? では、しばし待っていてくれたまえ……」
宗介と一成は揃って顔を真っ青にした。嫌な予感がひしひしとする。このままでは……!
見ると、大貫は校舎の中に入っていくところだった。


まっすぐ用務員室に向かった大貫は部屋に上がりこみ、迷わず押し入れの戸をからりと開く。中に入った雑貨を引っかき回し、その中からごついチェーンソーを引っ張り出した。
虚ろで無感情な目は薄暗い部屋の中で鈍い輝きを放ち、口元には狂気に歪んだ笑みが浮かぶ。
「愛しいジュリーの無念。晴らさねばならない……」
ブォルルルルン! ドッドッドドドド……!!
チェーンソーのエンジンが起動し、ノコギリの刃が高速回転を始める。
あとを追いかけてドタドタと部屋に入ってきた宗介と一成は、畳に引きずるようにチェーンソーを持つ大貫を見て、表情をこわばらせた。
「DAMN(くたばれ)」
狭い入口から飛びこんできた宗介と一成に向かって、禍々しいオーラをまとった大貫善治が跳躍した。


『……生きてる』
メチャクチャになった用務員室の中で、未だ命がある事すら信じられないように力なく呟く二人。
使い捨ての閃光弾とペイント弾全弾による目潰し。宗介がリュックの中に入れていた特殊仕様の対人地雷とグレネード・ランチャーの連撃。
さらにUZIによるゴム・スタン弾の弾雨と一成のとっておきの秘技「真緊鋼足(しんきんこうそく)」が神業的な連携プレーを見せ、辛くも大貫を活動停止にできた。
運よく目潰しで大貫の行動力を抑えられたのが、どうやら幸いしたようだ。
それにしても。普段はあれほど水と油にもかかわらず、息を合わせるとこれほどまでに信じられない力を発揮するコンビも珍しいだろう。
「貴様……あんなものまで持って来てやがるとは。本気でオレを殺す気だったな?」
「スタン・グレネードや閃光弾といった非殺傷兵器はルールで使用を許可されていたし、それ以外は火薬の量を減らしておいた。それでも、あれがなければ大貫氏を倒すのに……もっと苦戦しただろう」
「それは認めるがな……」
一成は自分の格好を見下ろす。乱闘が原因で身につけている面や胴はボロボロ。グローブも裂けて使い物にならなくなっていた。
「……なっ、何よこれ――――っ!!」
入口から聞こえた声に振り向くと、そこにはスーパーの袋を下げた、制服姿のかなめが立っていた。
壊れた用務員室の扉を見て唖然としている彼女に宗介が訊ねた。
「千鳥か。どこへ行っていた?」
「いや。試合が終わったらお腹空くだろうなーと思って、豚汁とおにぎり作ってたんだけど、七味とうがらし忘れちゃって買いに行ってたの。ちょっと入れるとぐっと美味しくなるんだ、か……ら」
言いながら部屋に入り、改めて部屋の中を見回したかなめの表情がぴくりと凍りついた。
「ソースケ。イッセーくん。これ、どういう事?」
かなめは無感情な冷ややかな声で訊ねた。
部屋の中はもちろん散々な荒れようだった。
ご飯を炊いている真っ最中だった炊飯器は、ちゃぶ台とともに真っ二つにされていた。
豚汁の鍋もひっくり返って床に落ち、中身がぶちまけられた状態だ。
今朝宗介が持たされたリュックは、中が空になって床に転がっていたが、焼け焦げて穴が開いている。
少ない家具やテレビも無惨に切り刻まれ、凄惨な骸をさらしている。
壁には無数のひびが走り、畳はところどころ穴が開いたり切り裂かれたり。そんな訳で今でもかなり埃っぽい。
そのあまりの惨劇を、宗介と一成は彼女に言われるまで全く気がつかなかった。
「……そう。人が気を利かせてご飯作ってあげてたってのに……こんな事した訳? グラウンドだけじゃ飽き足らず、部屋の中でまで戦ってくれちゃって……」
「い、いや、千鳥。これは、その、だから……」
「お、落ち着け千鳥。これは俺達のせいでは……」
そんな二人の話を全く聞かず、涙を堪えて切々と語り出すかなめ。
「昨日トラックで売りに来てた、割高だけどとっても美味しい無農薬野菜の数々と、スーパーで安売りしてた本物の薩摩の黒豚バラ肉を持ってきてあげたのに……」
それら材料をここまで運んだのはかなめではなく宗介なのだが、かなめの述懐はさらに続く。
「これらが鍋の中で奏でる素朴で豊かな味のハーモニー。我ながら改心の豚汁になる筈だったのに……だったのに……」
そこでぎろりとこちらを見る。その目は――怒りで血走って真っ赤だった。
「あんた達。『食べ物の恨みは恐ろしい』って、聞いた事ない?」
口を引きつらせ、真っ赤な据わった目を二人に向ける。指をコキコキと鳴らし、長い髪がゆらりと舞い上がる。
その気迫! その恐怖! その威圧感!
たった今倒した大貫のものを遥かに凌ぐ、どす黒い負の感情のオーラが立ち昇るのが確かに見えた。
『……!』
超高校級の戦闘力を持つ二人の顔からみるみる血の気が引き、冷や汗をダラダラ流して凍りつく。蛇に睨まれた蛙のごとく。
逃げなければ。格好など気にしている場合ではない。そうしないとここで自分の命は尽きる。判っているのに身体が動かない。
「そもそもあんた達が戦わなきゃ、こんな事にはならなかったのよね。映画の予定は潰れるし、仲よくしてほしいってこっちの苦労はちぃ〜っとも判ってくれないし……。どうしてくれるのぉ? ええ?」
肩を怒らせて思いっきりメンチを切りながらゆっくりとかなめが迫る。二人は何か説得しようとするのだが、口が震えて声が出ない。
「豚汁とおにぎりの無念。思い知りなさい……」
短い言葉に含まれた純度一〇〇%を超える殺気。一成はもちろん、宗介ですらこんなレベルの殺気とは出会った事がなかった。
「ま、待ってくれ。済まなかった。謝る。謝るから……」
「君の怒りはもっともだ。だがここは穏やかに話し合おう」
ようやく出たかすれた言葉は、修羅と化した彼女に届く事はなかった。
「BULLSHIT(ふざけんな)」
かなめの腕が二人の胸ぐらを掴み上げた。


「美樹原くん」
「先輩。どうなさったのですか、こんな時間に」
校門前でばったりはち合わせした林水と蓮。林水はため息をついて、
「乗っていたバスが渋滞に巻きこまれてしまってね。到着が遅れてしまった」
眼鏡のブリッジをくいと上げると、グラウンドの方を見る。
「それにしても静かだ。試合は終わったのかな」
「ええ。だとよろしいのですが」
そんな二人が用務員室へ向かう。そこで二人が見たものは――
さんざんに荒れ果てた用務員室の床にのびている宗介と一成の姿だ。
二人とも相当殴られたのだろう。防弾チョッキや防具は見るかげもなく粉砕され、全身いたるところが青あざだらけで、ところどころうっすらと血が滲んでいる。
そんな二人に遠慮なく、力一杯足を叩きつけ、けたぐり回し続けているのは――かなめだった。
宗介と一成は一応謝罪らしき言葉を発しているが、うめき声の方が多いかもしれない。
「まあ。何があったのでしょう?」
「……判らんが、試合の方は終わったらしい」
蓮と林水は、かなめの迫力に止めに入る事も忘れ、揃って立ち尽くしていた。
ぶつぶつぶつぶつと何かを呟きながら足を繰り出すかなめの姿は、まさしく「修羅」そのものであった。
「これは三〇〇グラム二〇〇円もしたゴボウの分! これは五〇〇グラム一八〇円もしたニンジンの分! これは三〇〇グラム一九〇円もした長ネギの分! これは一本二〇〇円もした大根の分! これは……」

<最強のリベンジャー 終わり>


あとがき

「最強のリベンジャー」。いかがでしたでしょうか?? リベンジャー=復讐する者。誰の事かは……言わなくても判ってもらえると思います。
当サイトSSで初登場の椿一成くん&大貫善治氏。「ふもっふ」でアニメデビューを果たせた事ですし、やっぱり出しておきませんと。
さらに大貫氏を出して「またバーサークでうやむやにするのか?」と思わせておいて最後に伏兵(笑)登場。引っかかってくれれば御の字です。
けど、やっぱりまたうやむやになってしまいましたね。それとも、かなめ怖さに戦うの止めちゃうかな(笑)。
大貫さんが竹箒に名づけていた「ジュリー」。管理人と同年代の方は沢田研二氏の愛称の方が知られているでしょうから、女優の名前と聞いて違和感を感じるかもしれません。でもちゃんといるんですよ、ジュリー・アンドリュースというイギリス出身の女優さん(^_^;)。

ここでどうしても言っておかねばならないのは「DAMN」「BULLSHIT」の2つの単語。この2つはいわゆる「下品な言葉(スラング)」で、あんまり大っぴらに言わない方がいい単語です。今一つ日本語にできない単語なので、訳が何通りもありますし。
もしネイティブな方に向かって言ったら殴られかねません。いや。殴られるだけで済めばマシかな。
ボコボコに殴られるのがお好きな方以外は「知識のみ」にとどめておくのが吉です。
もしくは「どうしても腹に据えかねる人を罵る時」限定で。

文頭へ 戻る メニューへ
inserted by FC2 system