『雨の午後の除霊隊 後編』
数日後。小雨降りしきる昼下がり。先日改築を終えたばかりの三住(みつずみ)重工会長宅前に、三つの人影があった。
一つは羽織袴の中年の男。老いたとしてもその眼光は鋭さを失わず、といった厳しそうな雰囲気の男だ。
一つはスーツ姿の中年の男。べっ甲縁のメガネに高級そうなスーツが全く似合ってない神経質そうな男。
一つはまだ若い男。気弱そうな優男だ。こちらも先の男と同じデザインのスーツを着ていたが、彼の方がまだ似合っている。
「そろそろ約束の刻限だな」
懐中時計を見たスーツ姿の男――梅枝(うめがえ)四郎がぼそりと口を開いた。
「純一郎。本当に神崎の娘は来るのか?」
純一郎と呼ばれた若い男――梅枝純一郎は、
「大丈夫。すみれさんから直接電話があったんです。『明日の夕刻、三住重工会長宅へ来るように』と」
それから小声で父に、
(『前にお話した件を何とかします』って言ってたし)
それを聞いた四郎も安堵するやら心配するやら。なんとも落ち着かない。
今まで黙っていた羽織袴の男――三住正一郎は辺りが冷えてきた事に迷惑そうな顔で甥に訊ねる。
「しかし、我々まで来る必要があるのか? 純一郎の見合いでもあるまい?」
「見合いだったらどんなに嬉しいか。でも、大切な用件だと……あれかな?」
雨でもやがかかったような通りの向こうに、うっすらと三つの人影が見えた。それらはどんどんこちらに近づいてくる。どうやら男が二人に女が一人のようだ。
男二人は神社の神主のような白い袴姿。口を真一文字に結んで歩いている。色々な物を背中に背負い、まるで荷物持ちだ。
だが、その二人を引き連れるように歩く女の格好が奇妙といえば奇妙だった。
着ている物自体は神社の巫女を思わせる袴姿だ。だが、問題はその色だ。
着物は黒。袴も黒。足袋や草履の鼻緒。良く見ればさしている番傘まで闇のような黒だった。おまけに首から長い数珠を下げており、それも黒。
例外は若い女性特有の白い肌と唇にさした紅くらいだ。
神社の巫女を思わせる清廉さと、人心を惑わすあやかしの妖艶さを感じさせる雰囲気を漂わせ、静かにこちらにやってくる。
怪しいと言えばこれ以上怪しい物もないが、何故か奇妙なくらいその場に溶け込んでいた。
「……お待たせをして申し訳ございません」
女の方が優雅に深々と頭を下げる。言うまでもなくその正体はすみれだ。後ろにつき従っているのは、もちろん大神と加山だ。しかし、二人の方は無言のまま軽く頭を下げるのみだ。
「すみれさん。その格好は一体……。それに、大切な用件っていうのは?」
傘で顔を半分隠すようにして立つすみれは、
「その件で今日はこちらに伺いました。突然の事にもかかわらずお集り頂き有難うございます」
正一郎が「全くだ」という顔ですみれを見ていたが声には出さなかった。
「こんな所で立ち話もないだろう。どうぞ、中へ……」
四郎の方が先頭に立って皆を屋敷の中に案内する。すみれが敷居をまたいだ時、彼女は少しだけ立ち止まった。
「そうですか……」
小さく呟くような声だったが、近くにいた純一郎にははっきりと聞こえた。
「すみれさん。何か……」
「いえ。こちらの事。何でもございませんわ」
そう言うすみれの優雅な笑顔は、飲み込まれてみたいという気持ちになる甘美な闇を思わせ、彼は一瞬身を竦めた。
屋敷といっても、それほど大きな物ではない。もっとも、庶民のレベルで考えれば結構な屋敷である。
真新しい木の香りに包まれる中、大神は堂々と、それでいて静かに自分の前を行くすみれを見て隣の加山に小声で話す。
(加山。大丈夫なのか、こんなので……)
(心配性だな、大神。ここまで来たら覚悟を決めろ)
(そうは言うけどな……)
(お前に細かい演技力は期待してないよ。とにかく俺やすみれさんに合わせてくれ)
そのあまりの言い分に少々むっとしたが、事実なだけに何も言えなかった。できるだけ顔に出さないよう努めてはいるものの、大神は内心不安でしょうがなかった。
彼等がこれからやろうとしているのは、完全な「ペテン」なのだ。しかし大神は、別な意味でも不安を感じていた。
(でも、この屋敷は妙だぞ。「魔」の力を微かに感じる……気のせいかな?)
一行は広めの和室に案内された。荷物を下ろしてそこで待つ事しばし、正一郎が浴衣に半纏姿の老人を連れてやってきた。
「初めまして。神崎重工社長・神崎重樹の娘、すみれと申します」
畳に手をつき、礼儀正しく頭を垂れる。その姿に老人は、
「私が三住吉右衛門(きちえもん)だ。あいにく療養中ゆえに、こんな格好で失礼する。本日はどういった用件ですかな。神崎のお嬢さん」
すみれは、その老人の言葉を待っていたかのように、
「例えて言うのならば……『悪霊退治』でしょうか」
さらりと呆気無いくらいに言ってのけた台詞に一同は言葉を失っていたが、正一郎が苦虫を噛み潰したような渋い顔で、
「そんな仰々しい格好で何をしに来たのかと思えば、そんな馬鹿げた戯言ですか。ふざけるにも程がある」
「いいえ。わたくしは真剣です」
すみれはそんな事を気にした様子もなく優しい目で見つめ返す。が、その視線には鋭く射るような迫力と、妖艶とも言える妖しい輝きがあり、正一郎は簡単に気圧される。
二十歳前の小娘に気圧される方も情けない気はするが、格の違いというものか。
「そもそも我が神崎家は、代々小田原藩大久保家に仕えた武士でした。『神崎風塵流長刀(なぎなた)術』を創設し、それを城の女中達に教えるのが役目でございました」
いきなりすみれが朗々と語り出した。
「そして、その神崎風塵流には、知られていない裏の顔があるのです。それは……」
すみれはそこで一旦言葉を切った。一同は――たったこれだけ語っただけなのに――もう彼女の話に引き込まれている。
「『魔』に対抗する事です」
キッパリとすみれは言い切った。今度は気圧されていた為か誰も何も言わなかった。
たかだか二十歳前の娘が、淡々とした言葉のみで皆を圧倒できる。これも天性に備わった物なのだろうか。
「確か、御前がお体を悪くされたのは、この家を改築してからだとか。それはあまりにも時期が一致し過ぎているとお思いになりませんか?」
「……しかし、それはあまりにも」
「突拍子もないと仰りたいのですか?」
四郎の言葉を遮るように口を開いたのは、すみれではなく加山だった。
「お嬢様は神崎家に何代かに一人生まれるという、類い稀なる霊力の持ち主で有らせられます。公にはされておりませんが、様々な霊的災害を未然に防いできたという実績がございます」
そこで加山が皆の注目が集まるのを確認すると、更に続けた。
「確かに常人の目に見えぬものです。お信じになられないのも当然でしょう。ですが、いくら目に見えぬものだからと言って頭から否定なさるようなお心の狭い真似は、天下の三住重工の方々はなさいますまい」
それを聞いた吉右衛門達が一瞬言葉に詰まる。
確かに霊力は普通の人には見えないが、今のすみれにはその言葉を肯定してしまいそうな雰囲気が満ちている。
それに、ここで否定しては自分達のプライドを自分達で傷つけるようなもの。そのプライドある限り、こちらの言動の否定はできないだろう。
「間違ってもお嬢様を醜聞のネタにされる訳にはまいりませんので、この件はくれぐれも御内密に」
加山はそう言って頭を下げる。大神も少し遅れて同じように頭を下げた。
もちろん、これら一連の説明は真っ赤な嘘である。が、事実が下敷きになっている事は確かだ。それによって嘘が真実にからめとられて、より一層真実味を帯びてくるものだ。
それに加えてすみれの卓越した演技力により、完全に嘘が真実に変わろうとしている。
「確かに信じられないのも無理はございません。しかし、この家には『何か』があります。それを調べさせてはもらえませんでしょうか?」
すみれは「何か」をやや強調して問いかけた。
もはや、吉右衛門達はすみれ達の言葉を疑ってなかった。
もし、明冶の世からの神崎重工の発展が、この「霊力」がもたらした物なら……。この考えこそ突拍子もない物だが、吉右衛門達がそう考えたとしても無理はないかもしれない。
「……判った。ただし、手短かにな」
今まで黙考していた吉右衛門が短く言う。
もし万一何かがあれば、彼女に対処させればいい。何もなければ無能呼ばわりしてしまえばいいだけ。こんな小娘達に何ができる、と冷淡に考えていた。
「ありがとうございます」
それを見抜いてか気づかずかは判らないが、すみれは深々と頭を下げる。少し遅れて加山と大神も頭を下げた。
そして、すみれはすっと立ち上がり、
「では、皆様。参りましょう」
すみれは荷物の中から自分の身長ほどもある棒状の細長い包みを手にし、自ら先頭に立って部屋を出て行く。
大神と加山がびっくりした様子であとに続く。本来なら三人で除霊にかこつけて屋敷内を調べる手筈だったからだ。
包みを手にしたすみれが縁側を歩いてやって来たのは、別段何の変哲もない部屋だった。
「あっ、そこは!」
正一郎が急いですみれを止めようと駆け寄るが、それよりも早くすみれは障子を勢い良く開け放った。
木のぶつかる乾いた音が周囲に響いたあと、すみれは構わず中に入る。中は八畳程の質素な部屋だった。
「神崎のお嬢さん。そこは私の部屋だ。そこが怪しいと?」
吉右衛門は平然と言ってはいるが、声が少しだけ震えていた。
「ここで、よろしいのですね?」
すみれは誰に言うでもなく、呟くような小さな声で静かに言った。それから彼女は包みを解き、棒状の物を取り出し、包みを大神に手渡した。
すみれが持っていた物。それは愛用の長刀であった。それを部屋の中で振り回し始めたのだからたまらない。吉右衛門は、
「神崎のお嬢さん! 何をする気だ!!」
「お黙りなさい!!」
頭上で長刀を回すすみれが一喝すると、吉右衛門が言葉を飲んだ。彼女の身体から鋭い殺気を感じ取ったのだ。
「はぁぁぁぁっ!!」
すみれは長刀を部屋の隅の畳めがけて振り下ろし、刃を叩きつけた。
霊力も加わった鋭い一撃は畳を割り、床板まで吹き飛ばしていた。そして、その奥には……。
何かの機械の部品らしい物がギッシリと収められた床下収納庫があったのだ。
これには大神も加山も驚くしかなかった。そこを見られた正一郎の顔が真っ青になっている。
しかし、淡々とした表情で加山がすっとやって来てそれを手にとり、
「これは、蒸気機関のピストンですね。神崎重工製品の印がありますけど、どうも偽物っぽい。おまけに熱に弱い材質で作られている」
それから二人の方を見て、
「もしかしたら、巷を騒がす不良人型蒸気の部品と同じ物かもしれませんね」
まるで用意されていたかのような台詞。
「ま、まさか。お前達それが目的で……」
正一郎の声が震えている。
すみれは長刀を持ったままきっと睨みつけ、
「さて。三住重工会長宅に、偽物の印がある神崎重工製品が隠してあるというのは、どう考えてもおかしいですわね。納得の行く説明をお聞かせ願いたいものですわ」
すみれに睨まれ、決定的な物的証拠を発見され、正一郎は口をぱくぱくさせているだけだった。
だが、さすがは年の功というべきか。吉右衛門の方は病気とは思えぬ程堂々とした態度で、
「神崎のお嬢さん。この為だけに一芝居を打ったようだが、こういう選択肢もとれる事を忘れてやしないかい?」
吉右衛門は懐から小型の拳銃を取り出すと、まっすぐ銃口をすみれに向けた。
「これだけ人が多ければ、自慢の長刀も振り回せんだろう。残念だったな」
長刀は長いがゆえに振り回すか振り下ろすしか攻撃方法がない。攻撃に移る予備動作が大きいのだ。
全長の長い武器というのは、こんな人の多い室内で使うには向いていない。
大神と加山が飛びかかろうとするが、銃口を向けられている以上、自分が動けば誰かが撃たれる。そう思うとその場を動くに動けなかった。
「父さん。もう自首して下さい」
「そうだよ、おじいさん」
そこへ四郎と純一郎が頭を下げる。それを聞いた吉右衛門は「何だと!」と怒鳴る。どうやら彼にもだんだん裏が判ってきたようだ。
「お前等! こんな身内を売るような真似をして! 恥ずかしくないのか!!」
吉右衛門は、顔を真っ赤にして二人を怒鳴り散らす。二人は一瞬身を竦めるが、それでも引き下がらない。
「だいたいライバル会社を蹴落とすのに、そんなみっともない真似をする方が恥ずかしいですよ!」
「そうだよ。父さんの言う通りだよ」
「余計なお世話だ! 今までの恩を忘れおって!」
「恩なんてある訳ないでしょう! 成人した途端に無理矢理婿養子に送られた身ですよ!!」
そんな一族の醜い争いを、完全に蚊帳の外で聞いていた大神達。
「ええい、うるさい!! 撃たれたくなければそこを退け!!」
半狂乱になって銃を突きつける吉右衛門はゆっくりとその場を去ろうとするが、
「隊長! どこにいるんだ!?」
何故か聞こえて来たカンナの声で、一瞬吉右衛門の動きが止まる。そして、その隙を逃す大神と加山ではなかった。
あっという間に二人で吉右衛門の腕を取り、銃をはたき落とす。あっという間に形勢逆転である。
その間にもどたどたという足音が近づいてくる。
直後姿を現わしたのはカンナだった。肩には何か担いでいる。
「よっ、隊長。言われた通りに捕まえて来たぜ」
担いでいた物を畳の上にどすんと置く。それは、猿ぐつわをかまされ、ロープでぐるぐる巻きにされた男だった。
「カンナ、言われた通りって……」
何か言おうとした大神の口を、とっさに加山が塞いだ。
「ああ。カンナさん、ご苦労様でした」
それから小声で、
(済まない。お前の名前を使って、彼女に置き手紙を出しておいたんだ)
その内容が、この男を連れてくる事だったのだという。
「少尉さん。ワタシもいるでーす!」
「ウチもおるで、大神はん」
何と、カンナの後ろには織姫と紅蘭の姿がある。
「この男がその部品を作ったでーす。カンナさんがちょっと脅したら、簡単に口を折ったでーす」
「それを言うなら『口を割った』やろ、織姫はん」
織姫の言葉にすかさず紅蘭がツッコミを入れる。
「さて。おっさん、じいさん。覚悟は出来てるんだろうな?」
カンナがゆっくりとした動作でバキバキと指関節を鳴らして睨みつける。
「いくらウチかて許さへんで!」
紅蘭も真剣な顔で二人を睨んでいる。
「年貢の納め時でーす」
織姫も珍しく正しい日本語で啖呵を切った。
その時だ。
「どうやら、本命がお出ましのようですわね」
すみれが狭い室内にもかかわらず長刀を構えた。
その時、大神達も奇妙な気配を感じていた。身体の内側をざらざらとこすられるような言い様ない嫌悪感。
「た、隊長。こいつは……」
カンナが気配のする方向を睨みつけた。
「おそらく……」
大神が何か言いかけた時だった。何もない所から何かが姿を現わした。
それは、小さな子供くらいの背丈だった。
ただし、人間ではない。尻尾があり、蝙蝠のような羽があり、口には鋭い牙が並んでいた。そして、見る者総てに嫌悪感と恐怖を植えつける醜悪な姿――
「降魔!?」
皆が異口同音に叫んだ。
人の世の裏側の闇にいると云われている怪物である。帝國華撃団・花組の本来の任務は、この降魔を打ち倒す事なのである。
「へぇ。降魔ったって、まだ小さいじゃねえか。このカンナ様が……」
そう言ってカンナがずいっと一歩前に出る。しかし、
「何をおっしゃいますの? これはわたくしの舞台。カンナさんは引っ込んでいて下さいな」
すみれの言葉にカンナもカチンと来て、
「何だとぉ!? いくら小さいったって降魔だぞ! てめえ一人で倒せるかっ!」
「ご挨拶ですわね。あのような小物ごとき、わたくし一人で充分すぎますわ」
敵が目の前にいるにもかかわらず、二人は口ゲンカを始めてしまった。そこに大神が割って入ろうとするが、その前に降魔が二人に飛びかかった。二人はそれに気づき、
「おとといいらっしゃい!」
すみれの長刀が袈裟がけに振り下ろされて降魔の胴は真っ二つになり、
「邪魔すんなっ!」
絶妙のタイミングでカンナの正拳突きが頭に命中し、降魔を簡単に粉砕した。
なんともあっけない幕切れ。割って入ろうとした大神は取り残されたようにその場で呆然とするしかなかった。
そのあと、すみれとカンナはようやく吉右衛門と正一郎の方を向き、
「あなた方はどうしましょうか?」
「あんた達もこうしてやろうか?」
二人の声がピタリと重なって、にらみを利かせる。
それだけで充分だった。
吉右衛門と正一郎は、その場で腰を抜かして泡を吹いてしまった。
「ふう。策を労する小物ほど、臆病なものですわね」
すみれは腰を抜かした二人を冷めた目で見下ろしながら、息を大きく吐いた。
「そうだな」
そのカンナの言葉に目を丸くして驚くすみれ。
「あら。珍しく意見が合いましたわね」
「おめーと意見が合ったって、嬉しくもないけどな」
「二人とも。口ゲンカはそのくらいにしてくれ」
すっと割って入った大神を睨みつつ、二人はそっぽを向いてどうにかケンカを止める。
「でも、すみれ君。どうして部品の事が判ったんだい?」
大神が訊ねると、得意の高笑いをひとしきり披露したあと、
「この神崎すみれに、判らない事などありませんわ……と言いたい所ですが、今回は違いますわ」
すみれは縁側に出ると、そこから見える壊れた小さい祠を指差す。
「あの祠に祀られていた方が、総て教えて下さいましたわ。屋敷の改築のせいで『気』の流れが変わって、悪しき『気』が屋敷に溜まるようになった事から、そこに部品を隠している事まで」
「ま、祀られていた方って?」
大神が訊ねるが、少々語尾が震えている。
「おそらくは、ここでお亡くなりになったという奴(やっこ)ですわね。祀られた霊は、やがてその土地の守部(もりべ)になると申しますもの」
来る時に降っていた雨もいつの間にか止み、辺りはすっかり薄暗くなっていた。
そんな中の祠は壊れているにもかかわらず、神秘的な輝きを放っているようにも見えた。
すみれはその祠を優しげに見つめていた。


数日後、連日の雨が嘘のように晴れた中、織姫は件の喫茶店へ向かっていた。
静かにドアを開けると、前とは違い数人の客が静かにコーヒーを味わっていた。
彼女に気づいたマスターは軽く会釈をし、カウンターのカップを片づけ始める。
織姫はカウンター席につくと、再びカッフェ・ラッテを注文した。
「昨日くらいから、またぽつぽつとお客さんが来るようになりました」
そういうマスターの顔は優しげな笑顔に満ちていた。
屋敷の改築のせいで悪しき「気」が消え失せた事が、こちらにも良い影響を与えたようだ。もうすぐ祠の修復も終わるそうだし、そうなれば、再び悪しき「気」が溜まる事はないだろう。
ドアの開く音がもう一度する。無意識にそちらに目をやると、入ってきたのは純一郎だった。
「……あ。織姫さんもいらしてたんですか?」
カウンター席にやってきた彼は小声でそう言うと、座って良いか了解をとってから彼女の隣に座る。
「先日は有難うございました。何と御礼を言って良いか……」
そう。すみれ達は吉右衛門と正一郎を警察に突き出さなかったのだ。
それは総て大神の功績だった。
「きっと皆さんは悪い『気』にあてられただけでしょう」
そう言ってすみれ達をなだめたのだ。
もちろんすみれ達は良い顔をしていなかったが、不承不承その指示に従っていた。
確かに警察に突き出せば問題はない。だが、その現場に降魔まで現れてしまっては、事を公にはできない。降魔の撃退は、あくまでも秘密裏に行わねばならないからだ。
今回はすみれに良い所を持って行かれた形の織姫だったが、不思議とその表情は明るい。
「ワタシは心の大きい人間でーす。すこ〜しくらい目が立てなかったからといって、ヒステリックになるような事はありませーん」
純一郎は「目立てなかったじゃないかな?」と思いつつも、何も言わなかった。
そう言いながら店内を見回していた織姫だが、とある一点を見たまま動きが止まる。
そのままものすごい勢いで壁にダッシュ。そして五秒程身じろぎもしないで凝固していた。
「す〜み〜れ〜さ〜ん〜!!」
肩をふるふると震わせていたかと思うと、猛ダッシュで店を飛び出して行った。
店にいた総ての者がぽかんとして彼女を見送る形になる。首をかしげる純一郎に、マスターは壁の一点を指差した。
「……多分、あれが原因じゃないでしょうか?」
壁には、先日織姫が書いたサイン色紙の隣に、更に一回り大きい色紙が。
そこには「帝國歌劇団 神崎すみれ 喫茶店『可否』さま江」と書かれたサインが飾ってあった。

<雨の午後の除霊隊 終わり>


あとがき

今回の話は……どう言えば良いのでしょう? すみれが主役と言うには出番が少ないし。すみれ「中心の」話、と言った方がしっくり来るかもしれません。
今回は、ちょっとチャレンジした事があります。それは「あんまりカンナと絡ませない」事。ゲーム本編だと一話で二人ともヒロイン待遇でしたからね。
まぁ、最後は二人で降魔を片づけてましたけど。
余談ですが、後編のすみれの黒ずくめの衣装は京極夏彦の「百鬼夜行シリーズ」の京極堂・中禅寺秋彦さんをイメージしてます。一応(笑)。

今回のタイトルの元ネタは「雨の午後の降霊祭」という1979年公開のイギリス映画です。
派手なパフォーマンスを行わないせいで人気は今ひとつな女霊媒士マイアラは、細々と降霊会を開いてどうにか生計を立て、夫と暮らしています。
しかし、本物の霊能力者である彼女は世間に認められ、さらに自分の能力を高めたいと願っていました。
そこで有名になる為に彼女が考え出したのは、自作自演の誘拐事件をでっち上げ、それを「予言」する事だったが、予期せぬアクシデントが次々と。
そして物語の終わりに、事件関係者が揃って行われた「降霊会」で起きたのは……というサスペンスタッチのお話です。
もちろん、SSの中身とこの映画とは全く関係ありません。
最初は「雨に祓えば(元ネタは「雨に唄えば」です)」にしたのですが、ゲームの方で使われてますから(「2」のマリアのミニゲーム「雨に走れば」です)。

でも、今回の話は難産の部類でした。うまい具合にキャラクターを動かせないというかまとめづらいというか。
そう思いつつ書き上がってふと気づいたのですが、今回のストーリーにたくさん絡んできた「すみれ」「カンナ」「紅蘭」「織姫」。
彼女達に共通する点って、何でしょう?
それはね。この四人の血液型がB型って事。血液型占いによると、B型というのは「己を貫き通すorワガママで自分勝手なタイプ」が多いそうです。
どーりでまとめづらい筈だ(おいおい)。でも「他人の内面をきちんと見る人」という一面もありますよ。


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