『順応できないオペレータ 後編』
酔ってくだを巻き続ける(雰囲気の)マオの言動に閉口していた宗介だったが、その耳にこちらへ来る足音が飛び込んできた。
「えっと。誰かいませ……あ、メリッサ。サガラさん」
オフィスに飛び込んできたのは、傭兵基地には場違いと思える、一〇代半ばとおぼしき澄んだ少女の声。どことなく楽しげに弾んだ雰囲気すらある。
そしてこの基地には、そんな声の持ち主はたった一人しかいない。
「大佐殿……!」
全く予期していなかった上官の来訪に、宗介の全身がこわばった。例えるなら、一部署にいきなり社長がやって来たようなものである。
事実彼女――テレサ・テスタロッサ大佐は、この<トゥアハー・デ・ダナン>戦隊のトップであるから「社長」というたとえは正しいかもしれない。
小柄な彼女には少し大きいカーキ色の女性用将校服。今はその上からフライトジャケットを羽織り「TDD−1」と刺繍された帽子を被っている。
机仕事でなく、基地内を歩き回る時はたいがいこの格好である。その様子は最高責任者の視察というより女子学生の職場見学にしか見えなかったが。
それでも、彼女がこの戦隊のトップという重責を背負うだけの度量と実力を持つ“天才”である事は、基地の誰もが認めている。バカにしてかかる者は一人もいない。
「お仕事ご苦労様です、サガラさん」
柔和ににっこりと微笑んでみせる。それだけで大概の男のハートをノック・アウトできる威力だ。
それは朴念仁の宗介にもそれなりに有効打だったようで、宗介は慌てた様子で椅子から立ち上がる。
その様子を見たテッサは苦笑いして「そのままでいいですから」とやんわり言った。それからわざわざ宗介のそばまで来ると、
「別に視察とか、そういうのじゃありませんよ」
「は、はあ」
直立しかけた姿勢のまま、宗介は気の抜けた返答をした。
元々規律を破らず守ろうとする、堅物な性格の宗介。上官に尊敬と敬意を払うのが当然の――公式でないとはいえ軍隊の縦社会。本来ならこういった返答は許されるものではない。
「視察じゃないなら、何の用なの?」
プライベートでもテッサと仲がいいマオは、周囲に人がいない事もあって素で話してくる。
一方テッサは宗介の気の抜けた返答など異にも介さぬ様子で、
「メリッサから聞きましたけど、何があったんですか、サガラさん?」
下から宗介の顔を覗き込むようにしてテッサは訊ねた。その仕種は同い年にもかかわらず、どこかしらお姉さんぶって見える。
「あ、あの。マオから聞いた、とは?」
宗介が首をかしげていると、マオは宗介の頭を拳で軽くこづき、携帯電話をプラプラとさせる。
「日本のテレビゲームで負けたんだってさ。ポリゴンのASを操縦するヤツ。さっきクルツが電話で教えてくれたわ。<サベージ>で<ミストラル2>を相手にしたそうよ」
その答えにテッサも驚いたらしい。
幼い頃からASを操縦してきた、年齢の割にはベテランと言ってもいい宗介が、ゲームとはいえAS戦で負けるとは。
「……ほら、この間話したじゃない。あのゲームよ」
「ああ。メリッサがこの間グァムでやったゲームですね」
プライベートで話していたのだろう。それだけでテッサは事情を理解した。
「確かにあのゲームは、実在のシミュレーターをベースに製作されていますね。現行の物より一世代は前ですけど」
きっと調べたのだろう。かなり詳しく解説を始める。
「ですが。いくらリアルでも、シミュレーションだけで実力を評価する真似は、わたしはしませんよ」
テッサのその言葉は意外とも言えた。きょとんとした宗介に、
「それに。サガラさん、そのゲームをやったのは初めてなんですか?」
「は、はい」
「だったら負けても仕方ないと思います」
テッサは「やれやれ」と言いたそうに小さく微笑むと、
「本物のASだって、システムは機体によって随分と違いますからね。もちろん基本的な部分はあまり変わりませんが、初めて乗る機体なら、それなりの時間を訓練に割かないとまともには乗れません」
テッサにはASの操縦経験はほとんどないが、知識だけであればマオや宗介にもひけは取らない。
「ま、普通そうよね。あたしもM9に初めて乗った時は、退屈な座学と訓練を何時間もやったもの」
マオもそれに同意する。
「それが動きを極度に簡略・制限されたゲームならなおさらです。普段通りに動けなくても仕方ありません。わたし達が使うシミュレーターとは全く違うんですから」
胸を張り、さらにお姉さんぶったテッサの講釈が続く。
「そうなの……ですか?」
スラスラと出てくるもっともな理屈に、宗介は目を点にしてしまっていた。
「むしろぶっつけ本番で……しかも<ミストラル2>を相手に<サベージ>で互角に戦えた事は、そこまで落ち込む事じゃありません。わたしはそう思います」
本物のスペックであれば、そのどちらも彼女の頭の中に入っている。常識的に考えて、操縦者の実力がよほど開いていない限り、かなりの確率で<ミストラル2>が勝つだろう。そのくらいの差がこの二機にはあるのだ。
「ですが……負けは負けです」
これだけ言われても、宗介は自分が負けた事をひきずっている。二人は「頑固だなぁ」と思いはしたが、
「とにかく。初めてのシステムをぶっつけ本番で動かして、それで失敗したって仕方ないんですよ」
「そうそう。いきなりやって絶対上手くいく訳はないし。あんたの<ラムダ・ドライバ>だってそうだったじゃない」
二人に言われ、宗介はむぅと言葉に詰まる。
この<ミスリル>で宗介が乗っているAS。ARX−7<アーバレスト>にだけ搭載されている<ラムダ・ドライバ>。
詳しい事は天才と呼ばれるテッサにすら判っていない。判っているのはこの装置が「魔法」のような働きを可能にする事のみ。
初めて使った時は完全にぶっつけ本番で、実戦の最中に間一髪の所で発動して文字通りの逆転勝利だった。
それからは作動したりしなかったり。そのあまりの不安定さに宗介は苛立ったものだ。
ここ最近は少しずつ作動確率が上がってきているのは実感している。だが、ここまで来るのに何と半年もかかってしまったのだ。
本格的に訓練できるのならもう少し早く使いこなせるようになったかもしれないが、未だかつてないこの装置にはロクなマニュアルも存在しない。そう思うのは結果論だ。
その時、マナーモードのままの宗介の携帯電話が着信を知らせた。電話に出るとクルツからだった。
『よう。お前さんの“相棒”が呼んでるぜ。いつもの格納庫だ。じゃあな』
一方的にそれだけ言うとぷつんと電話が切れた。
「どうしたんですか、サガラさん?」
テッサの問いかけに宗介は携帯電話をしまいながら、
「どうやらアルが呼んでいるようです。格納庫へ行ってきます」


<アル>というのは<アーバレスト>に搭載された人工知能――AIのコールサインだ。
高価な戦闘兵器であるASは、それを統括するコンピュータが搭載されている。
第三世代型と呼ばれるタイプになると、ただのコンピュータでは処理が追いつかず、人工知能を搭載して操縦兵を音声でもバックアップするようになった。
アルに関しては、その「バックアップ」が問題なのである。
格納庫のいつもの駐機スペースに、正座をして膝と手を付いた格好――今風(?)に書くなら『OTL』が近いか――でいる。
そのそばには整備・機体診断用のコンピュータが有線で接続されていた。宗介はそばの整備兵に一言断わると、コックピットにするりと入り込んだ。
《お待ちしてました、軍曹殿》
スティックにある音声入力スイッチを押そうとした時に、アルはいきなりそう言った。普通のAIであればスイッチを押さねば音声での会話のやりとりはできないのに。
《思ったよりも早い到着で、安堵しています》
重い男の合成音声がコックピットに響く。しかし宗介は、
「その人間ぶった話し方は止めろと何度も言っている筈だ」
まるで人間のような言い回しに苛立ちを隠さず、荒く呟くように言った。まるで自分の不機嫌さを叩きつけるように。
それからアルは何を言おうか考えるようなわずかなタイムラグの後、
《それは物事を端的に話せ、という事でしょうか》
「そうだ。必要な事だけ話せばいい」
《それでは円滑なコミュニケーションに支障が出ます。人間の言語において、適度な修飾語や形容詞は不可欠です》
実際は感情がないのだが、まるでどこかすまして得意になっているようにも聞こえた。
《それこそが豊かな表現力と豊富な単語力の蓄積に繋がります。ひいては人間の知性や教養の度合いを示す事にもなり――》
「それで。クルツに言って俺を呼び出した用件は何だ?」
苛立ちどころか殺気を込めた静かな声で言葉を遮る。その雰囲気を感じ取ったのかアルの雄弁な語りがピタリと止み、
《では軍曹殿。こちらをご覧下さい》
殺風景な床しか映っていなかった正面スクリーン(ASがやや下を向いているからだ)の一画に黒い四角窓が現れ、そこに何かの映像が映し出された。
《これは、件のゲーム『Battling AS II』の公式ウェブサイトです》
「クルツが喋ったのか?」
《肯定です、軍曹殿。ウルズ6は、それは嬉々とした様子で語っていました》
ウルズ6とはクルツのコールサインだ。
その答えに宗介の表情がより一層渋い物になる。こんな様子ではこの「失態」が基地中の人間に知られるのも時間の問題だ。
「話すのではなかった」
《日本の諺に『人の噂も七五日』という物があります。あと七四日耐える忍耐力があれば問題ありません》
宗介の呟きにこれまたアルがすましたように答える。淡々としているだけに始末に負えない。
非戦闘時ならともかく、戦闘時すらこんな調子なのである。とにかく無駄口が多い。
しかし、一度たりとも明らかな誤作動は起こしていないのだ。それだけに手がつけられない。
アルは話題を変えるように、スクリーンの一画に映していたウェブサイトの画像を、スクリーンの中央に移動させた。
《ウルズ6に言われてから、こちらでも調べてみました。このゲームは、アミューズメント施設に置かれるゲームにしては、まずまずの部類と判断します。ですが、プロフェッショナルのシミュレーターにしては、かなりお粗末と言わざるを得ません》
自分が散々苦労した物を「お粗末」と言われてしまい、さすがの宗介も多少は気落ちしてしまう。
「という事は、俺はお粗末な物で後れを取ったと言いたい訳だな、貴様は」
スティックを無意識のうちにきつく握りしめる宗介。そのまま握り潰してしまいそうな力でだ。
《そうではありません、軍曹殿》
アルは(雰囲気だけだろうが)優しくそう前置きして、
《このゲームに可能なのは、純粋に『機体を操作する事』のみです。バイラテラル角やモーション・マネージャの設定がないのは致し方ないと思いますが、銃器を使うのに火器管制の一つもありません。強いてあげるなら、陸上戦と局地戦と水中戦をたった一つの設定で行なうような物です。そういった物を『プロフェッショナルのシミュレーター』はもちろん、我々と一緒にされてはこちらが迷惑です》
ASは操縦兵に合わせて細かい設定を行なう。何しろ自分の動きを「増幅して」動かす、マスター・アンド・スレイブ方式を取っている。身体の動かし方の微妙なクセなど一人一人違って当たり前だ。
さらに操縦や火器管制に関する基本設定だけでも何通りもある。それらを上手く、かつ任務の内容に適した組合せにするが、よく使われる組合せをあらかじめ組んでおいた「マスター・モード」を使うのが普通である。
そういった設定や調整をきちんと行なってこそ、ASは「最強の陸戦兵器」たる能力をフルに発揮できるのだ。どんなに優れた道具でも、使うのはしょせん人間なのである。
《何よりこのゲームは、AS同士の格闘戦に関しては特にお粗末と言わざるを得ません》
今度は少し腹を立てたような調子になった(無論気のせいだろうが)。
《単分子カッターやHEATハンマーは判ります。ですがそれを除けば体当たりか素手で殴るのみ。さらに威力はかなり低い。おまけに蹴りや投げ技すら使えないとは。情けない限りです》
お前が言っても仕方あるまい――。宗介はそう言いかけて、止めた。言ってこの無駄口が止まるなら苦労はない。
《統計的に、AS同士の戦闘は二、三度撃ち合って終わる事が多いですが、だからと言って格闘戦が冷遇されているようなゲームなど、宣伝文句の『リアルなバトリングを体感せよ!』に反しています。従って、このゲームが上手だろうと下手だろうと、軍曹殿の傭兵としての実力を評価する材料にはなりません》
(……こいつは、これで俺を励ましているつもりなのだろうか)
アルの長セリフを遮らずに聞いていた宗介は、渋い顔のままふとそんな事を考えた。
《ところで。軍曹殿は、このゲームの機体ラインナップをどう思いましたか?》
やや間があって出たアルの言葉に宗介は、
「……どうもこうもないが。それがどうかしたのか?」
いきなり何を聞いてくるのだと思いはしたが、宗介は逆に問い返す。
《いえ。機体のラインナップに“私”がないのが非常に不愉快です》
その言葉を聞いて、宗介は急にばかばかしくなってしまった。
<ミスリル>では現役機の<ガーンズバック>も、普通の世界ではあくまでも「開発中」の機体。それに未知のメカニズムであるラムダ・ドライバまで搭載したこの<アーバレスト>がゲームに登場できる訳がない。
宗介はどこか小馬鹿にした調子で、
「お前がゲームに出られる訳がないだろう」
《私自身はもちろん出られませんが、私の分身であれば、不可能ではありません》
アルが至極真面目な調子(に例えられる口調)でそう宣言すると、今まで公式サイトを映し出していた画面が切り替わる。それは、そのゲームのウィンドウズ版の広告であった。
《このウィンドウズ版のゲームであれば、機体の外見もプレイヤーがある程度デザインできます。これでM9をベースにして私を作ればいいのです》
「……本気で言っているのか、お前」
《無論です。『インターネット回線を通じてユーザー同士、または特定のゲームセンターと通信対戦もできます』とマニュアルにはありますので、私が軍曹殿の仇を取ってみせます》
自信満々にも聞こえるアルの言葉に、さすがの宗介も泡を食った。
「ちょっと待て。お前がこのゲームをやるつもりなのか?」
現在もアルの要請で、FMラジオやBSテレビ等の回線を接続し、その番組を受信しているのだ。
それにさらにインターネットまで加えようというのか。冗談ではない。
「お前はパソコンじゃない。ASの制御システム。ひいては兵器なんだぞ」
《空き時間をレクリエーションに当てる事に問題がありますか?》
「大ありだ! 記憶容量の浪費をするなとあれほど……!」
《このゲームのインストールに必要な容量はたったの1・9ギガバイト。如何ほどの物もありません。それに、番組に関しては受信のみで録画はしていないので、記憶容量の浪費に関しては心配ありません》
ふざけた調子など微塵もない、低く淡々とした合成音。それが宗介の苛立ちをより加速させる。
「……今度という今度こそ、貴様を解体してやる。その権限がないとは言わせん。あらゆる部署に嘆願書を出して、解体許可を取りつけてやるからそう思え」
《遺憾ながら。その嘆願書は却下される方に賭けたいと思います》
二人のやりとりを聞きつけて集まってきた整備兵達は、
『二流のコメディアンか、あいつらは?』
漫才のようなオペレーターとAIのやりとりをクスクス笑いながら聞いていた。


無理矢理会話を打ち切って格納庫を出た宗介は、口をより一層ヘの字に曲げて、不機嫌な顔のまま兵舎にある自分の部屋へ向かっていた。もっとも、東京で暮らし始めてからはほとんど使う事もなかったが。
気持ちの方はさらに鬱々としていた。
任務完了の直前にトラブルに巻き込まれたような、苦労した事が徒労に終わった時のような、そんな脱力感に満ち満ちた虚無な物が心身に詰め込まれたような。
「気にするな」と言われるほど気になって仕方がないし、「気にするな」と言われて気にしない事ができるなら苦労はない。
だが宗介にはストレス発散や気分転換できるような趣味もないし、そういう発想もない。それが暗く沈んだ気分をさらに加速させる。
その時、宗介の携帯電話が鳴った。無視してやろうかと一瞬思ったが、律儀な性格はそれを許さなかった。
「はい、こちらサガラ」
『……えっ。ソースケ。ゴメン。今忙しい?』
電話から聞こえてきた、どこか申し訳なさそうな日本語は、東京にいる千鳥かなめの物だった。
彼女だけは宗介の正体を知っており、彼がらみの騒動に巻き込まれた事も何度かある。
それらの騒動を切り抜けるうちに、普通のクラスメート以上の絆らしき物が二人の間に生まれた事は確かだ。
基地にいるためか、つい英語で話してしまったため、一瞬戸惑ってしまったのだろう。
もっとも、電話相手のかなめは帰国子女なので、日常会話程度の英語なら充分通じる。問題はない。
「いや。仕事は残っているが、忙しくはない」
不機嫌さが口調に表れた事を敏感に察知したかなめは、電話の向こうで大きくオーバー目のため息をつくと、
『クルツくんから聞いたよ。ゲーセンのゲームで負けて落ち込んでるんだって?』
電話から聞こえてきた言葉に、宗介はもう反応するのを止めた。クルツの口の軽さがここまでとは思いもしなかった。次に会ったら一発くらい殴っておこうか。
『ったく。現実とゲームは違うんでしょ? そんな事で落ち込む事ないじゃない。元気出しなよ』
クスクスと笑う声に、微妙にノイズが入る。衛星通信を経由して二五〇〇キロも電波が飛べば仕方ない。
「千鳥。俺を何だと思っているんだ。俺とて傷つきもすれば落ち込みもする」
ゲームとはいえ自分の得意分野で負ければ、落ち込むのは無理ない事かもしれないが。
『ゴメンゴメン。何か変な感じがしちゃって』
むすっとした声で言い返した宗介の耳に再び聞こえる小さな笑い声。だがその笑い声は、不思議と宗介の神経を逆なでる事はなかった。
耳をくすぐるような彼女の声は、どこか胸の奥を少しだけ息苦しく、また同時に落ち着かなくさせる。
(何なのだろう、これは?)
宗介は自分の中に沸き起こったその気持ちがよく判らないまま、
「変な感じとは?」
『だからゴメンってば。機嫌直してよ』
電話の向こうで謝る彼女の顔が浮かぶ。くすぐったさと心地よさと息苦しさが入り交じり、どうにも気持ちを持て余しそうになってしまう。
自分の気持ちを上手く制御できないもどかしさで胸の中が一杯になっていく。
「別に。機嫌が悪くなどない」
『悪い時ほどそう言うんだっての』
反論を許さない、強いが決して厳しさのない口調。元々口が達者ではない宗介は小さく唸って黙り込んだ。
『あんたってばホントにそういうのダメだよね。臨機応変さがないって言うか、バカ正直って言うか』
実に忌憚ないかなめの言葉である。けなす言葉ではないが、物言いがストレートである。
『だいたいさ。あんたが得意なのはASの操縦であって、ゲームの腕前じゃないでしょ。ゲームが下手でも実戦で強けりゃいいじゃない』
「しかし……」
『それに。普段どれだけ空回ってても、ゲームがムチャクチャだろうと……』
かなめは電話の向こうで「えー」だの「あー」だの一人ごとのように呟いた後、
『……いざって時には、頼れるヤツなんだって思ってんだから。もっと自信持ちなさい』
「…………」
その時、宗介の中で不思議な感覚が沸き上がった。
たった今まで自分の中で渦巻いていたくすぐったさ、息苦しさ、心地よさ。それらが優しく暖かく心臓の辺りを優しく包み込むような――。
だが、不快さは全くない。それどころか、今まで重苦しく全身に詰まっていた何かが嘘のように消えている事に、宗介はようやく気がついた。
「千鳥。自分でもよく判らないのだが、感謝したい」
自分でも意識せずにふと出た言葉。今までとはうって変わった強さのある口調。重く刺々しかった雰囲気が取れている言葉からは、一種の余裕すら感じられる。
その変わりように驚いたのか、かなめは一瞬ぽかんとし、急に慌てたように早口でまくしたてる
『べっ、別に感謝される事なんてしてないわよ』
急に変わった雰囲気を宗介が追求しようとすると、さらに慌て具合に拍車がかかり、
『ともかく。明後日学校なんだから、ちゃんと帰ってきなさい!』
「無論だ。必ず帰る」
宗介は反射的にその場で直立不動の体勢となり、力強く宣言した。
鬱々としていた気分の代わりにあるのは高揚した気持ち。どんな事でもやってやろうという覚悟。そして――
「君を守るのが、俺の役目だからな」
上官から命じられた任務ではなく、自分で選んだ選択。それを貫く決意が、彼の全身を満たしていた。
自分はよく彼女の何気ない一言で戸惑い、悩み苦しむ。しかし、それらを打ち払ってくれるのも、彼女の何気ない一言なのだ。
(何なのだろうか、これは……)
それを何と呼ぶのかは、この時の彼には判らなかった。

     ●

ここで終わってもいいのだが、後日談を少しだけ。
「サガラ軍曹。ゲームのAS戦で敗北」は、クルツによって瞬く間に基地中に広まった。一部の将校達は「全くたるんどる」とおかんむりであったが、それ以外の下士官や兵卒――特に基地の女性隊員達は「結構カワイイ所あるのね」と密かに人気が上がった。
宗介も意地になったのかムキになったのか、正式稼動したゲームをそれなりにやり込んで、そこそこの腕前になっていた。後日ゲーム会社主催の大会が開かれ、その『グラップリング部門』で見事優勝を勝ち取り、少しは溜飲を下げた。
さらにアルだが、ダウンロード販売されていたゲームをダウンロードしてプレイ。スマートかつ大胆な操作で連戦連勝。ハンドルネーム<AR>の操る白い<ガーンズバック>は「謎の白いヤツ」として、業界内で恐怖と尊敬の代名詞となった。
それが原因で起こった宗介とアルの口論を――部隊の皆は生暖かい目で見守るのであった。

<順応できないオペレータ 終わり>


あとがき

今回はちょいと情けない軍曹さんのお話でした。
ファンとしてはカッコイイ宗介の方がいいんでしょうが、いつもいつでもカッコイイ訳じゃないのは、ファンのみんなが知っている事でありますからして。
今回は「クランク・アップ」は割と早かったものの、その後の「編集」に思いっきり手間取りました。
文章をあれこれいじったり、入れ替えたり、削除したり。そっちの方が時間かかりましたから。

それにしても、彼を落ち込ませるのも(今回は違いますが)かなめの言葉なら、立ち直らせるのもかなめの言葉。ホントに宗介は彼女の掌で動かされてますな。
男は女の掌の上で転がされてるくらいがちょうどイイって事……と主張したい訳じゃあないのですが(苦笑)。
時期的には「終わるデイ・バイ・デイ」と「踊るベリー・メリー・クリスマス」の間。だからマオ姐さんの階級が「曹長」だったりします。

今回登場のゲーム。もちろん架空の物ですが、一番最初のイメージは「バーチャロン」。操作方法が「機動戦士ガンダム」etc.。自分のキャラのデータ保存が最近流行のカードゲームと、まさしくイイトコ(?)取り。
「今だったらあってもおかしくないだろうなー」と考えたら自然にこうなっただけで、他意はありません。

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