『順応できないオペレータ 中編』
地図にも載っていない南海の孤島・メリダ島。
そこには極秘の傭兵部隊<ミスリル>の一部隊<トゥアハー・デ・ダナン>戦隊の基地が隠されていた。
そこに属する傭兵というのが、戦争ボケの帰国子女・相良宗介の本当の姿である。
幼い頃から戦闘を経験し、戦場を渡り歩いてきた、正真正銘のスペシャリストなのだ。
その基地内のパブにて。
「……それで? どうなったんだ、ネクラ軍曹?」
クルツ・ウェーバー軍曹はくだを巻くように言った。
いつもは洋酒を飲んでいるが金がないらしく、故郷ドイツの安ビールをちびちびとやりながらネクラ軍曹――宗介をこずく。
クルツは宗介と同じ傭兵部隊<ミスリル>の一員で、同じSRT(特別対応班)の同僚だ。
口は悪いし品性に欠けるが、狙撃の腕はエリートの集まる<ミスリル>でも間違いなくトップクラスだろう。
その彼が、宗介がいつにも増して暗い顔をしているのを見抜き、パブに無理矢理連れてきて話を聞いていたのだった。
「負けた。時間切れだ。相手のヒット・ポイントの方が多く残っていたからな」
悔しそうな声ではなく、淡々と重い声で事実を語る宗介。それを聞いたクルツはわざとらしく声を上げると、
「何だよ何だよ。いくらゲームったって、プロがド素人に負けてんじゃねぇよ。情けねぇ」
グラスに半分ほど残っていたビールを一気にあおり、パブのマスターにお代わりを注文するクルツ。
「それについては弁解しない。負けた事は事実だ」
注文してから一口も飲んでいないオレンジジュースの水面を力なく見つめる宗介。
その様子を見て、さらに何か言ってやろうとしたクルツが口をつぐんだ。
宗介が、本気で落ち込んでいるのがありありと判ったからだ。
ここで追い討ちをかけたら、バカがつくほど生真面目で不器用な彼は自ら命を断ちかねない。クルツの目にはそう映っていた。
「……けどまぁ。しょせんはゲームなんだぜ。そこまで気にするほどじゃねぇっての」
「気にするほどだ愚か者」
背後から聞こえてきた低い声に二人が振り向くと、そこに立っていたのは二メートル近い身長の黒人男性だった。野戦服の肩に刺繍された中尉のワッペン。鍛えられた逆三角形の体型に長い腕を組んだ姿勢で二人を見下ろしていた。
知的だが隙のない、哲学的な雰囲気さえある男だが、明らかに呆れた様子で宗介とクルツを見下ろす視線は妙に冷たく感じられた。
「何だ。中尉っすか」
クルツの方が無遠慮に呟き、再びカウンターに向き直る。するとその男はため息を一つつくと、
「戦闘技能だけでなく、礼儀作法も身につけるべきだな、ウェーバー」
見下ろす視線以上に冷ややかにそう言ったのは、二人の上官でもあるベルファンガン・クルーゾー中尉。SRTのトップと言ってもいい。
出会いが最悪なものだったために好印象こそないが、その実力は二人を軽く凌駕している。
「イスラム教徒は酒飲まないんじゃなかったっけ? パブに何の用だよ」
「確かに酒はアラーの教えに背く。しかし部下の動向を把握しておくのは上官の役目だ」
イスラム教徒のクルーゾーは淡々とクルツに返答すると宗介の方を向き、
「サガラ。いくらゲームでの話とはいえ、素人に負けたという話は聞き捨てならんな。相当腕がなまっているとみえる……」
その感情を抑えた低い声は、このまま殺し合いが始まるかのような緊張感を漂わせた。
「こんな所で油を売っている暇があったら、少しは己を鍛えようという発想はないのか?」
「まあまあ中尉。落ち着いて下さいよ」
後ろから聞こえてきた別の声。その声の主はパブのマスターにビールを注文すると、近くのテーブルに断わって椅子を一つ持ってきて、三人のそばに腰かけた。
「いくらプロでも、ゲームだと意外と上手くいかないもんですよ」
そう言って割って入ってきたのは、これまた宗介達と同じSRTにいるヤン・ジュンギュ伍長。
ASの操縦技能こそないが、彼の車の運転技術はプロのレーサー並だ。
兵隊としての技能が高いのはもちろんだが、こうしてもめ事が起こりそうな時にすっと入ってフォローし、場を収めようとする。周囲に気を配る、いわゆる人が良いタイプだ。
「上手くいかないとは、どういう事だ?」
クルーゾーの問いに、ヤンはマスターからビールを受け取りながら、
「ぼくが車の運転が得意な事は、皆さんご存知ですよね? 以前休暇でグァムへ行った時なんですけど」
メリダ島は位置的にグァム島やサイパン島が近いので、そこで少ない休暇を過ごす隊員も多いのである。
「そこで、カーレースのゲームをやったんですよ。日本製の。セガラ……何て言ったかな」
「ああ。それって『セガラリー・チャンピオンシップ』じゃないか?」
「ああ、それです、それ」
「それの初期のヤツなら、俺中学の時ハマってたぜ。懐かしいなぁ」
中学まで日本で過ごしていたクルツが、ゲームの名前に鋭く反応してきた。
だが、懐かしいゲームの話題で盛り上がりかけた所に、クルーゾーが割って入る。
「脱線は後だ。話を続けろ、ヤン」
じろりと睨まれて水を差された形になるが、ヤンは気を取り直してこう言った。
「どうだったと思います? 結果?」
三人は少し考えるそぶりを見せる。
「……どうだったんだ?」とクルーゾー。
「トップを逃したのか?」と宗介。
「意外とビリだったとか?」とクルツ。
三人の言葉を聞いたヤンは快活に笑うと、指を三本立てて、
「三位でした」
「笑える結果じゃねぇだろ、それ。お前の腕で」
クルツがジト目でツッコミを入れる。
「ああいうゲームは、映像は凄くリアルに作られているんですが、それ以外がどうも。違和感がある……って言うんでしょうかね」
「もっと整理して端的に言えんのか」
ヤンのその物言いが、どうにも回りくどく聞こえるのだろう。クルーゾーは渋い顔のままそう言う。
急かされたヤンは、得意そうに咳払いを一つすると、
「もちろんゲームですから本物じゃありません。そうと判ってはいますが、動かし方は本物の時のくせが染みついている訳ですよ。だからついそのように身体を、そして車を動かそうとしてしまうんです。でも、ゲームはこっちの操作通りには動いてくれません」
「誤差が出る、という訳だな。本物とゲームの間に」
宗介も彼の説明に非常に納得したようにうなづく。するとヤンは「そうそう」と激しく同意し、
「そうなんだよ。それでぼくは納得しましたね。車は腕や足だけで動かしてるんじゃないって。身体にかかるGや振動、現場の雰囲気や聞こえる音なんかも、車を動かすのに一役買っているんだなぁって」
「言われてみればそうだな。あのゲームには、本来ある筈の機体移動時や射撃時のGや振動が全くなかった。攻撃を受けた時、シートが規則的に揺れ動いた程度だ。それが妙な違和感の原因か」
相変らず宗介はヤンの説明にうなづきっぱなしである。
例えて言うなら、音声を消して最近流行のテレビゲームをやるような物だ。
BGMがないだけでどこか物足りなく、様々なサウンド・エフェクトがないだけなのに、映像からは些細な違和感が拭えない。
普段ある筈の「音」がないというだけでこれなのである。
あらゆる動作は五感を。そして時にはそれらを越えた「感覚」を要求されるのだ。
耳というのは、人間の器官の中で目に続いて情報を入手している場所なのだ。その一つが欠けただけでも普段通りには行かなくなるものだ。普段自覚がないだけで。
「運転方法を覚えているだけじゃ、本当に上手くは動かせないって事ですよ。よく『身体で覚えろ』って言うじゃないですか。でもゲームではそれが裏目に出る」
宗介とヤンのその言葉に何か言いたそうにしていたクルーゾーだが、話している理屈は理解できるのでやむなく黙る。
「そうだよなぁ。言われてみれば俺の狙撃もそうかもなぁ」
クルツもそう言うと銃を構える真似をし、
「獲物を見るのはスコープ越しだけじゃないんだよな。こうライフルをスチャッと構えてシュウウンって感じになると、アレだよ。スコープの向こうにシャワワーッとしてピキュキューンってモンだしな。そこをクイッとズドバーンとカマしてだな……」
さらにぐねぐねと妙なボディー・ランゲージまで加えて説明は続く。
「ウェーバー。そのよく判らない形容詞や修飾語は止めろ。それでは判る物も判らなくなる」
ダラダラとよく判らない説明をしているクルツに、クルーゾーは相変らず渋い顔だ。
「けど、ゲームの制作者に『実戦の』緊張感や雰囲気を理解しろとか、それをゲームに盛り込めって言っても、無理だろうしね」
どこかしみじみと呟くヤンに向かって、クルーゾーが眉を顰めたまま、
「だが、簡易シミュレーターで素人に負けた言い訳としては、説得力がないな」
「負けは負けだけどよ。ゲームとはいえ飛び道具をガンガンぶっぱなす<ミストラル2>を相手に、ライフル一丁の<サベージ>がサシで戦って大破されなかっただけでも、大したモンだとは思うぜ、俺は」
クルツの言葉にクルーゾーも一瞬押し黙ってしまう。
自分もASの操縦にかけてはプロとしての自信と技術は持っているつもりだ。
しかし「本物で」こういう状況に置かれた場合、武装と機体の性能差をどこまで覆す事ができるか。
しばし真面目に考え込んでいたクルーゾーだが、ふと我に返ると、
「……私が言いたいのは、そういう事ではない!」
いきなりの怒鳴り声に、クルツが「おーコワ」とおどけて肩をすくめた。
「だいたいだな。素人向けのゲームごときで後れを取るなど、たるんでいる証拠だ」
「ですから中尉。さっきも言いましたがそういう問題じゃあ……」
苦笑いのまま言ったヤンの言葉に、とうとうクルーゾーはカチンときたらしく、さっき以上の怒鳴り声で、
「やってやるから、そのゲームをここに持って来てみろ!」
「そういう問題でもねーだろ!?」
そのまま三人は、実に不毛な討論を始めてしまった。話題の中心である宗介を完全に無視して。


悩みごとは他人に話せば楽になる、と云う。だが、今回はそうではなかった。幾分ましになったのだろうかというレベルでしかない。
パブを抜け出した宗介は、そんな晴れない気持ちを抱えたまま、SRTのオフィスに戻った。
基本的に戦闘を行なうのが職務のSRT要員といえども、机仕事だってある。様々な報告書、必要機材の発注願い、必要経費の明細書に至るまで。
オフィスは一〇人分ほどの机の並ぶ簡素な部屋だ。だがそこには誰もいなかった。きっと食事を採ったり格納庫へ行ったりしているのだろう。中には任務で基地を離れている者もいるかもしれない。
宗介は、普段東京で生活しているためにたまっている書類を片づけにかかろうとした。
その時、外から一人言のような声が聞こえてきた。それがだんだん近づいてくる。
「……っと。あらソースケ、こっちに来てたんだ」
ファイルケースを小脇に抱えてオフィスに入ってきた二〇代半ばの野戦服姿の女性は、このSRTのナンバー2ともいうべきメリッサ・マオ曹長だ。
豪胆な女傑と形容するには線が細いが、AS操縦の腕前は宗介と互角だし、さらに工学については修士号を持つ才女でもある。
普段はマオをリーダーにクルツと宗介の三人でチームを組んで作戦行動を取る事が多いので、他のメンバーよりは親しい間柄と言える。
マオは前髪の先をつまみ「そろそろ切ろうかなー」とぼやきつつも、
「てっきり食堂にでも行ってるかと思ってたけど……」
「さっきまでパブにいた。これから書類を片づけようと……」
「そう」
マオは宗介の隣の席の椅子を引っぱってきて、背もたれを抱くようにまたがって座ると、
「何かあったの?」
何の前置きも置かずにいきなりそう訊ねてきた。
「あんたが基地に着いた時、あたしが声かけたのに全然反応ないんだもん。くら〜い顔でぼーっとしちゃってさ。何があったのよ?」
だがその雰囲気は部下を心配しているというよりは、ゴシップを期待する記者のようにも見える。
「……ひょっとしてカナメの事? あんたってば相変らず女心ってモンが判ってないわねぇ」
そう訊ねたマオは実に楽しそうだ。
元々宗介が東京にいるのは、諸事情による千鳥かなめの護衛のためだ。その任務を解かれた今でも、彼は自分の意志でそれを実行している。
だが未だ戦場以外の地域に適応したとはとても言えない。毎日のように「暴走」していると聞いている。
その度に彼女の仮借ない「折檻」を受け、酷い時にはどんよりと落ち込んだりもする。
もっとも、宗介は感情が表情にあまり出ないタイプなので、マオやクルツのように親しい人間でもない限り判らないだろうが。
「いや。彼女の事ではない」
唇を噛みしめて短く答え、書類仕事に戻ろうとする宗介。だがマオは、
「カナメの事以外でそこまで落ち込むなんて、意外ね。ホントに何があったのよ、ソースケ?」
宗介の横顔を覗き込むようにして意地悪そうにニヤ〜と笑い、彼をジーッと見つめている。
そんな風に間近でジロジロと見られている宗介は、さすがに落ち着かないのかマオに向かって、
「……仕事を済ませたいんだが」
「うん。やんなさい」
「そこまで間近で見られていると落ち着かないんだが」
「大丈夫。見守っててあげるから」
マオ本人は「頼れる優しいお姉さん」をイメージしての言動なのだろうが、どこかからかっているようにしか見えない。おまけにわずかだがアルコールの臭いが漂っている。
「マオ。酒を飲んだのか?」
「え? やだ、臭う? 缶ビール一本しか飲んでないのに」
宗介に指摘されて吐く息の臭いを自分でかいでみるが、こういうものは自分では判らないものだ。
その時電子音のメロディーがオフィスに流れた。携帯電話の着信メロディー。ちなみにエリック・クラプトンの『レイラ』という曲である。
マオはポケットから取り出した携帯電話から鳴り響くそのメロディーを「通話」ボタンで停止させ、耳に当てる。
「はい。どうしたの……。……うん……うん」
そっけない口調から顔馴染みであろう事が伺える。別に言われた訳でもないのに、宗介は黙ってマオの方を見ていた。
そのマオの表情がどこか感心したような物になり、小刻みに数度うなづくと、宗介をチラリと見て、
「はぁ。そういう事。あんたもヒマねぇ」
ため息一つついて無造作に電話を切る。
「誰からだ?」
ただの興味本意からそう訊ねる宗介。マオは素直にそれに答える。
「クルツからよ。あんたが落ち込んでる原因、教えてくれたわ」
その言葉に彼の肩が一瞬びくんと震える。それに気づいたのかあえて気づかぬ振りをしているのか、マオは目を細めて彼を見つめると、
「しっかし、サガラ軍曹ともあろうお方がゲームとはいえAS戦で負けるってのは。けどさ。そこまで気に病む事じゃないでしょ? たかがゲームじゃない」
その言葉には彼に対するいたわりの気持ちなど微塵もない。階級差はあれど、チームを組む仲間として対等に見ているからだろう。
しかし、小馬鹿にした雰囲気は不思議となかった。
マオがそう言っても、宗介は無言で書類に向かっていた。そのリアクションが気に入らなかったのか、マオは椅子を回転させて宗介に背を向けると、
「……話したくないなら、別にいいわよ。けど、悲しいわ」
急に豹変したマオの態度。その重く寂しげな呟きに、さすがの宗介も顔を上げる。
「あたしって、そんなに頼りないかしら」
何か言いかける宗介を無視して、マオは浸りきったように芝居がかった言葉を紡ぐ。
「確かにチームを組むようになって一年とちょっとよ? けどその間に幾度も命のやりとりを共にしてきて、少しは『信頼できる上官』になってきたかなーって思ってたけど……」
寂しそうに少しだけ振り向き、彼の方をチラリと見てからガックリと肩を落とす。
「しょせん女のあたしじゃ、年頃のオトコノコの事は判らないって事? それとも戦闘以外の事じゃ、用ナシって事?」
その様子に表情を強ばらせた宗介がぎこちなく立ち上がり、
「そ、そういう訳ではない」
じっとりと脂汗を垂らし、無意味に口をぱくぱくさせている。元々口下手な宗介が、無理矢理「適切な言葉」を探してオロオロしているようにも見える。
「マオの事を信頼していない訳ではない。それは本当だ。ただ……」
「ただ?」
「その、つまり、自分の恥を、大っぴらに話すものではないだろう。それだけだ」
うつむき加減で、彼女から微妙に視線をそらし、ボソボソと自信なさそうに話す宗介。
その仕種、表情は本当に年相応の、どこにでもいそうな普通の少年の物だ。幼い頃から戦闘と共に過ごしてきた戦争ボケ人間ではない。
彼がここまで自分の本音を出してきたのは、小さなオフィスで二人だけという事も一因があるかもしれない。
そんな彼を見たマオの胸中に沸き上がるのは、恋愛という意味とは違う、何とかしてあげたいという無償の気持ち。これが母性本能をかき立てられるというやつか。
この自分にもそんな感情があったなど驚きである。
もしこれが放課後の教室などであれば、恋愛シミュレーションにぴったりのロケーションだ。
無骨で不器用な少年と彼を少なからず想う若い女教師。画面一杯にそんなスチールが映し出されて……。
考えの発端はともかく、マオは心の中で意味もなく「カワイイーッ☆」と歓声を上げたくなっている自分に気づき、
(落ち着け落ち着け。違うだろ、自分……)
何度か深呼吸をして気持ちを落ち着ける。よし、落ち着いた。
(小さい頃から戦争漬けだったと言っても、やっぱり年頃のオトコノコなのねぇ)
何だかんだ言っても、見え見えの演技に引っかかっただけである。あっさり引っかかる所がまだ実年齢の少年という部分かもしれない。純朴と言ってもいい。
マオは気持ちを切り替えると再び宗介に訊ねる。
「で? どんなゲームよ?」
やはり彼はグッと黙っていたが、やがてぽつりとこう言った。
「『Battling AS II』という日本の格闘ゲームだ」
その答えを聞いた途端、マオが「ほお」という顔をする。宗介は、
「知っているのか?」
「うん。この間休暇でグァム行った時、それやった。『II』はついてなかったけど」
マオを含めた基地内の女性数名とゲームセンターの前を通りかかった時に、そのゲームを見つけた隊員に「やらされた」そうだ。
「まぁ確かによくできてはいたけどね。このあたしの目からみても」
精細なポリゴンで描かれた人型兵器を思い浮かべるマオ。
静止画像でならこれを超えるCGはいくらでもあるだろうが、綺麗なままのポリゴンをきびきび動かすというのはなかなかに技術が要る筈だ。
しかしその後に続いたのは褒め言葉ではなかった。
「けどさ。何よあれ。コンピュータの<ブッシュネル>は逃げ回っちゃライフルばっかりガンガンブッ放してさ。ホンットにそれしかしないの。あったまにきてさ。相打ち覚悟で突っ込んで、至近距離から四〇ミリ弾全弾ブチ込んでやったわ」
言葉尻からイライラした雰囲気がにじみ出てくる。
「それから二、三戦やったんだけど、<サベージ>が大型のガトリング・ガン撃ってくるわ、七六ミリ狙撃砲を連射してくるわ。挙げ句の果てにはヘルファイアまで。いくらゲームでもそりゃないでしょ?」
ぶつぶつと文句を並べ出すマオ。ちなみにヘルファイアとはASが使う誘導ミサイルの事だ。
「そりゃあ肉弾戦用の武器の方が少ないってのは判るけど、飛び道具ばっかりバカバカ撃って戦うゲームのどこが『格闘』よ、まったく……」
その手が自然にタバコに伸び、素早い動作で火をつけ、まずそうに煙を吐き出す。
「動き一つとってもそう。直立した状態で前後左右にジャンプだけなんて。しゃがんだり伏せたりして弾一つかわせないなんて、何だと思ってんのかしらね、ASを」
だらだら並ぶマオの文句は、宗介も感じていた事だった。
直立した状態で銃を撃ちながら動く。確かにこれでは「格闘」ゲームという言葉に説得力を感じない。
それからもマオは機体のラインナップや装備品に対してくどくどと文句を垂れ流し続ける。
今頃酔いが回ってきたかのように、マオは宗介を自分の方に強制的に向かせ、自分の戦いの一部始終を語り出す。その様子は酔っ払った人間が絡んでくるようにしか見えなかった。
(勘弁してくれ……)
仕事を中断させられた宗介は、真剣にそう思っていた。

<後編につづく>


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