『順応できないオペレータ 前編』

相良宗介は、都心にある大きなゲームセンターの前で困ったように立ちすくんでいた。
ボサボサといっていいざんばらの黒髪。鋭い目つき。何かスポーツでもやっていそうな、がっしりとしているが細めの体躯。
左頬に十字傷が残るものの、決して悪くはない――取り立てて美男子という訳でもないが――ルックス。
そんな彼が口を気難しそうに「へ」の字に曲げて脂汗まで流すその姿は、はっきり言って人目を引いた。
「どうしたの、相良くん?」
ゲームセンターの奥に行きかけて、再び引き返してきたクラスメートの風間信二が不思議そうに訊ねてくる。
宗介は何かを言いかけて口ごもり、しばし悩んだ末、重々しく口を開く。
「風間。ここは……その……危険だ」
彼の口から飛び出した「危険だ」の言葉。しかし信二は苦笑いを浮かべ、
「危険って……確かに大きな両替機や匡体が多くて、その割に通路が狭いからそう感じるのかもしれないけど、大丈夫だよ」
「それに視界も良いとは言えん。こんな所を強襲されたらひとたまりもないぞ」
「店員さんもいるし監視カメラもあるし、そんな事ないってば」
実に不粋な感想を淡々と述べる宗介に、半ば呆れつつそう言う信二。
これがもし二、三〇年前のゲームセンターであれば「不良のたまり場」というイメージも手伝って危険だったかもしれない。
だが、今では老若男女が楽しめる一大アミューズメント施設である。こんな都心に建つ大きなゲームセンターであればなおさらだ。
「大丈夫だって、僕が何の被害にも遭わないくらいだよ?」
そう言う信二の方は宗介とは正反対で、スポーツや荒事とは無縁そうな、むしろ気弱な少年である。
そんな彼が「大丈夫」でいられる場所ならば、確かに危険はなさそうだ。
「だが、俺は『この施設へ入るな』と厳命されている」
心無しか、脂汗の量が増したように見えるのは錯覚か。だがその反応で信二の方は事情を理解したらしい。
「……ひょっとして、前に千鳥さんに何か言われたの?」
「その……肯定だ」
力なくうつむく宗介に、信二はやれやれと溜め息をついた。
クラスでは、幼い頃から戦場や紛争地帯で育ち、あらゆる武器に精通した戦闘のプロを自称する、どこかズレた帰国子女で通っている宗介。
本人は「真面目で善良な普通の高校生」と言っているが、その実全く普通ではない。
事実、武器や銃器の扱いは手慣れたものだし、頻繁にそれらを使っている(さすがに弾丸は非致死性の物だが)。
その影響たるや凄い物で、校内に地雷や高圧電流のトラップ等の様々な「物騒な」代物がある事すらすっかり日常化してしまったほどだ。
その代わり日本のような、戦争とは無縁の地にはなかなか溶け込めないでいる。
そして、そんな彼の行動の一つ一つに飽きも見捨てもせず、時に言葉で時に折檻で諌めるのが――クラス委員にして生徒会副会長である千鳥かなめなのである。
そのせいか、クラスメート達には一応凸凹カップルと認知されている節はある。
ところがかなめは「クラス委員としての責務よ」と力一杯否定しているし、宗介の方は不粋で野暮極まりない言動に加え、色恋沙汰には極端に鈍い。
だから「見ててイライラするカップル」から「飼い主とペット」など、決して喜ばしくはない呼ばれ方を陰ではされている。
信二は困ったように時計で時間を再度確認すると、
「でも、あと二時間も時間が潰せそうなのって、ここか喫茶店くらいしかないし……」
本当ならこの時間はクラスメート達と映画を観ている筈だった(余談だがその中には千鳥かなめは含まれていない)。
だが信二と宗介の二人だけは、映画を観る前にミリタリー関連のお店を巡るため集合時間前に合流。そうして雑誌を数冊ばかり購入していた。
こういった事に関心のないクラスメートをわざわざ付き合わせる事はないと思ったからだ。
だがそろそろ集合時間という時になって、クラスメートの小野寺孝太郎から電話があったのだ。
電車の信号トラブルが原因で約束の時間に間に合いそうもないという。しかも映画の割引入場券を持っているのは彼なのだ。
不幸中の幸いと言おうか、それほど大人気の映画ではないので、次の上映時間まで映画館前で並んでいなければならないという訳ではない。
そういう理由で、二人は次の上映時間まで暇つぶしを余儀なくされたという訳である。


結局宗介は、信二に何度も「大丈夫だから」と言われて説得され、どうにかゲームセンターの中に入る事を承諾した。
しかしその歩調は明らかに周囲を警戒した歩き方だ。場所が場所なら建物に突入を果たした特殊部隊と言ってもいいくらいに。
一人の女の子の言葉がここまで影響を及ぼすとは。律儀というか堅苦しいというか。
(千鳥さんも大変そうだなぁ)
信二が心底そう思った事は事実である。
だが、自分がゲームをやらなくても、見る楽しみもある。
そういう気持ちでうろうろしていた時だった。
「あれ? もうやってるんだ?」
信二が少し驚いた声を上げる。宗介は何事かと思って隠し持った拳銃に手が伸び――慌てて引っ込める。
「何をやっているんだ?」
「ほら。あれ」
信二が指を差したのは、大型の匡体のゲーム機だった。
二メートルほどの箱型のそれには出入りする為の細い出入口がある。その側には大きめの液晶モニターが飾られており、ゲームのプレイの様子が見える。
そのモニターには精細なポリゴンで描かれた人型兵器――アーム・スレイブの後ろ姿が映っており、それが手にしたライフルをガンガン発砲していた。
そして、そのゲーム機の匡体にはメタリックな印象のデザインロゴで「Battling AS II」と書かれており、その隣には綺麗とは言えない手書きの文字で「ロケテスト中」と書かれた貼り紙が。
「公式サイトには今月から始めるってあったけど……」
信二が何やら感心したように一人ごちる。それから「ロケテスト中」の貼り紙に首をかしげる宗介に、
「ああ。新作ゲームが出る前だと、こうして普通のお客さんにゲームをプレイさせて細かい調整をする時もあるんだ。それをロケテストって言うんだ」
「なるほど。実戦に即したテストのような物か」
よく判ってはいないが、感心したように宗介はうなづく。
「けど、こういう格闘ゲームに関しては、これはこれで問題もあってね」
信二はため息混じりに話を続ける。
「こういうロケテストはどこのゲーセンでもやってる訳じゃない。ここみたいに都心の大きいゲーセンでやる事が多いんだ」
大概はゲーム制作会社と縁の深い、もしくは直営店で短期間に行なわれるケースが多い。
「こういう所でやりこんでコツとかを掴んだ人が、正式な発表日にインストカードを見つつやっているプレイヤーの所に乱入して、慣れた手つきでボッコボコにしちゃう事が多くてね……」
自身の経験に基づいたような――実際経験があるのだろう――唇を悔しそうに噛み締めると、話を続けた。
「それじゃ、すぐゲーム・オーバーになっちゃうような素人や普通のゲーマー達には面白くないって。ゲームとはいえ戦いに情けは無用なのかもしれないけど、ゲームなんだからマナーだってあるよ。ゲームっていうのは上手い人だけの物じゃないんだし」
「誰もが始めから玄人である訳はないからな」
信二の話に宗介も同意する。信二は乗ってきたのかさらにエキサイトした雰囲気で、
「そういう普通のゲーマーがいなくなって間口が狭くなったせいで、格ゲーは昔ほど人気のあるゲームじゃなくなっちゃったんだ」
「俺にはよく判らないが、どこの世界にも無法者はいるようだな」
まるで悩み相談を受けた相談者のように、したり顔でうなづく宗介。それから匡体を指差すと、
「これはどういうゲームなのだ、風間?」
その問いに信二は少し得意そうに解説を始めた。
「ああ。これはいわゆる3Dの格闘ゲームでね。闘技場でAS同士が試合をするっていう筋かな。それのパート二だよ」
一応公式サイトにはバックボーンたるストーリーが掲載されているのだが、格闘ゲームにそんな物を求めている人は少数派だろう。
「闘技場か……」
宗介は、右に左に動きつつライフルを放つAS(ポリゴン)の背中を見て、少し首をかしげると、
「ライフルを撃っているが?」
「? そりゃASだもの。銃は使えるし」
何を当たり前な事を、と言いたそうな信二の言葉。
当然である。ASは人型をしているだけあって、人間とほぼ同じ事が可能である。
このASという全長八メートル前後の鉄の巨人は、たとえ無兵装でも戦車や戦闘ヘリすら寄せつけない戦闘力を発揮するのだ。
宗介は「そういう意味ではない」と前置きをすると、
「こうした形式の場合、ほとんど銃器は使わない筈だ」
「そうなの?」
宗介の事情通を思わせる言葉に、信二はおうむ返しに訊ねてしまう。
「こうしたAS同士の闘技場での試合は賭けの対象となるケースがほとんどだ。試合を見物する観客も多い」
「ふーん。競馬とか競輪みたいな感じなのかな?」
そんな信二のつぶやきを流すように宗介の話は続いた。
「観客がいる以上、どこに流れ弾や破片が跳ぶか判らない銃器はまず使わせてもらえまい。場所によっては一種の観光名所となっている所もある。そのため勝つだけでなく、客を湧かせる要素という物も必要と聞いている。俺はやった事がないので詳しくは知らないが」
彼の言い分はもっともである。それに命の危険を犯してまで見物したい人などいないだろうし、観戦だけで命の危険がある賭博に人気が集まるとも思えない。
「一番多いのは打撃武器だ。その方が『試合』という感じが出るという演出だろうな。しょせん実戦兵器を使ったスポーツに過ぎん」
普段無口にしては珍しく饒舌だった事が気恥ずかしいのか、宗介は一旦そこで言葉を切った。
「いわゆる第三世界と呼ばれる地域では、こうした事が行なわれている」
もちろん信二にはこの話が事実かどうかなどさっぱり判らない。いつも購読している雑誌には、こうした記事はあまり載らないからだ。
しかしたとえこれらが嘘であっても本当の事だと思わせてしまう説得力は確かにあった。
信二は解説の中断に気づいて、再び話を始めた。
「とにかく。実際の機体の動きなんかを取り込んでるって話だし、システムも本物のシミュレーターを元に作ったそうだから、リアルさという意味では凄いんだよ」
「凄いのか」
ふと画面に視線を移すと勝敗がついたらしく、ライフルを高々と掲げたASがアップで画面に映し出されていた。
その映像は、彼の言う通り本物と見まがうような精密さは確かにあった。
もっとも「本物」を知る宗介から見れば、絵が綺麗なだけの代物。だが「これはあくまでもシミュレーター。現実ではないのだ」と思い直す。
それから二人は、匡体に貼られた機体リストを眺める。そこに並ぶのは確かに実在する機体ばかりだ。
もっとも普及していると云われるソ連製のRk−92<サベージ>を始めとして、フランス製の<ミストラル><ミストラル2>。イギリス製の<サイクロン>。ドイツ製の<ドラッヒェ>。
日本の自衛隊で使われている<九六式>から、割とポピュラーなアメリカ製のM6<ブッシュネル>。さらには米軍が開発中の最新型M9<ガーンズバック>まである。
もっとも<ガーンズバック>に関しては推定データしか公表されていないから、その辺は想像だろう。
「実在の」闘技場でもここまで雑多なラインナップはないだろうと思う。この辺の「ごった煮」加減はさすがにフィクションのゲームだ。
操作方法の方も、ゲームだけあって極端に簡略化されている。本当にこれだけで動かせるのかと、宗介は要らぬ心配をしていた。
「へぇ。やっぱりパート二だけあって、機体数が増えてるなぁ。きっと従来の機体も細かく変更されてるんだろうなぁ」
「そうなのか?」
「うん。<サベージ>や<ブッシュネル>は、前と違って前期型と後期型があるし、<九六式>は今回初登場の筈だよ。日本の自衛隊が映画撮影に協力する事はあったけど、こういうゲームにも協力するようになったんだなぁ」
信二の父は自衛隊で事務官をしている。自衛隊への思い入れも少なからずあるのだろうが、純粋に機体のスペックのみを考えるなら<九六式>はこの中でも下の部類に入る。
それは、実戦を体験する事に因るバージョンアップの速度が極端に遅いからだ。機体的にも機体を動かすソフト的にも。
悲しい現実かもしれないが、実戦を積み重ねなければ兵器の強化は有り得ない。
そう思いつつも、まるで見本市会場のような機体のラインナップを訝しげに眺めている宗介は、
「しかし、素人はスペックのみで機体を選ぶのではないのか? 皆が高スペックの機体で戦うのだろう。それでは、こうして沢山の種類を機体を出す意味合いは薄いと思うのだが」
「それなんだよね。そこは考えてあってさ」
宗介の当然の問いに、信二は再び得意そうに解説を加える。
「このゲームの最大の特徴は、機体をカスタマイズして強化できる点なんだ。試合をすると勝ち負けに応じて得点が入るんだけど、その得点をお金に見立てて武器や強化パーツを買っていくんだ」
宗介はその解説を黙って聞いていた。
「スペックが低くてもカスタマイズ次第ではいくらでも強化できる。それに、基本のスペックが低い機体ほど、武装やカスタマイズ用のパーツ代が安く済む設定なんだ」
信二が公式サイトの情報をそのまま話す。
「基本スペックの低い機体は何度もカスタマイズしないと戦闘にならないけど、結果的に費用は安く済む。逆に基本スペックの高い機体は無改造でもそこそこ戦い抜けるけど、武器弾薬を買ったりカスタマイズするとなると莫大な費用がかかる。だから実際は単純にスペックのみで選ぶ事はしないよ」
いいアイデアかどうかは判らないが、ゲームを作る側も考える物だと、宗介は素直に思った。
「そういうデータはこうして専用カードに保存しておけるんだ。これはパート一の物だから、このままじゃこのゲームには使えないけどね」
信二は自分の財布から、タイトルロゴの入ったネイビー・ブルーのプリペイド・カードを取り出した。
「君はどの機体を使ったのだ?」
「<サベージ>だよ」
意外な答えが返ってきた。
性能そのものはさほど高くはないものの、シンプルな構造ゆえの堅牢さで、今でも世界中で使われているベストセラー機である。
だが現在の最新型と比較すると、どうしても一、二段階は見劣りする機体だ。
おまけに、質実剛健なプロのツールというイメージも相まって、外見的なかっこ良さとは縁遠い。
その事を宗介が問うと、信二は苦笑いして、
「そりゃリアルに作ってあっても、実際のスペックそっくりそのままって訳じゃないよ。使える武器にちょっと制限があるくらいで。費用を全部武器弾薬に注ぎ込んで距離を取って戦えば、無改造でもそこそこ戦えるよ」
格闘ゲームの実力者とは言えない信二なりに考えての選択のようだ。
「そうだ。相良くんもやってみたら?」
信二は何の悪意もなくそう訊ねた。すると宗介はその場で凍りつき、ゲームセンターに入る前以上に脂汗をだらだらと流す。
「どうしたの?」
「俺は、できん。……厳命されている」
「……千鳥さんに?」
無言で押し黙った宗介を見て信二は「そうなんだ」と呟くと、
「戦場育ちとか戦闘のプロだとか言ってても、本当に千鳥さんには頭が上がらないよねぇ」
「面目ない」
その場で力なくうなだれる宗介に、
「千鳥さんに何を言われたのかは知らないけどさ。別に本物を動かす訳じゃないんだから、周りに被害は出ないよ。シミュレーションだと思えば大丈夫だって」
信二は何とかその場をなだめようとする。それには戦闘のプロを自称する彼の操縦テクニックを見てみたいという気持ちも、多少はあったかもしれない。
宗介はしばし黙考していた。脳裏には以前ガン・シューティング・ゲームをやった時の記憶が蘇る。
(あの時は画面に向かって実銃を発砲してしまった。しかしこれはASのシミュレーター。拳銃を発砲しても無意味)
彼にしては珍しく思い悩み、考え、やがて顔を上げると、
「いいだろう。一度やってみよう。こうしたゲームをするのも、普通の高校生らしいだろうからな」


自分の順番が回ってきた宗介は、箱のような匡体に入るとシートに座り、備え付けのシートベルトを締める。
それから薄暗い匡体の中でうっすら光を放つコイン投入口に二〇〇円を投入。すぐさま画面はデモ画面から機体選択画面に変わる。
宗介は目の前のスティックをぎこちなく左右に動かして、後期型の<サベージ>を選択した。
無骨な印象の拭えない機体だが、頭部の形状から「直立カエル」と呼ぶ人もいるらしい。
確かに性能的には高いとは言えないが、自分が初めて乗った機体の後期型でもあるし、機体性能は下手な技術者よりよほど詳しいと自負している。
もっとも、それは「本物の」機体に関してであるが。
それから武器の選択。ほとんどの品に「×」印がついて選択できないようになっている。ゲーム内の「経費」が足りないからだ。
ほとんど選択の自由もなく、宗介はBK−540というAS用ライフルを選択した。AS用火器としては標準的な物で、人間用のAK突撃銃にどことなく似ていた。
それからカスタマイズ用のパーツ選択画面に移ったが、現在の「経費」で買えるような品は何もない。
そのまま「ゲームを始める」欄を選択してもよかったのだが、宗介は初めて握るスティックの感触をもう一度確かめてみた。
戦闘機などに見られるタイプの直立したスティックが二本。指の形にくぼみが入っていてしっかり握れるようになっている物だ。
そのどちらにも親指の所に赤い大きめのボタン。人差し指の所に小さい緑色のボタンがついている。
スティックの側に書かれた操作マニュアルによると、人差し指のボタンが銃の発砲、素手か打撃武器での攻撃。親指のボタンは武器を拾ったり、武器を複数持っている時の選択・決定など、その時々によって色々違うらしい。
それでも、本物に比べれば極端に簡略化されている。ゲームだからと言ってしまえばそれまでだが。
機体の操作にしてもそうだ。基本的には二本のスティックを倒した方向へ動く。小さく倒せばゆっくりと。大きく倒せば素早く動く。
両方のスティックを外側に倒した時に内蔵・携帯火器の変更モードに以降。スティックを倒した状態のまま人差し指のボタンで選択。親指のボタンで決定。
両方を内側に倒すとジャンプする。
どちらかのスティックを後ろに倒した直後前に強く倒すと、倒れた機体が起き上がる。
気をつけるのは、この三つくらいだ。
宗介はパーツ選択画面のカウントが「0」になるまで、「これが前進」「これが後退」とぶつぶつ言いながら操作法の再確認に余念がない。
やがてカウントが「0」になり、ゲームがスタートする。
身体の奥に響く重低音のBGMと共に、ポリゴンで描かれた闘技場の空撮が映る。
ローマのコロッセオを思わせる闘技場のあちこちに、ASがどうにか隠れられそうな障害物が点在している、平坦な地だった。
それから視線が急降下。自身の機体である<サベージ>の頭部が大写しになる。
サウンド・エフェクトだろうか。観客らしき歓声が匡体内部にワーワーと響く。
それが素早く左にスライドし、対戦相手のASが画面右半分に大写しになり、機体名が英語で表記される。
対戦相手はフランス製の<ミストラル2>。ややずんぐりとした人型で、頭部がない。人間でいう股間の部分に主センサーや対人・対物用の機関砲を装備している機体だ。
もちろんあらゆる面――特に装甲の防御力と射撃の正確さでこちらの<サベージ>を凌駕している。たとえ実際のスペックと全く同じに作られていなくとも、圧倒的不利は否めない。
おまけに<サベージ>そのものは幾度となく乗っているが、この操作法は――というよりこのゲーム自体が――初めて。初めてづくしでどこまで戦う事ができるか。
宗介はいつもの「武器」を扱うのとは別種の緊張感を自身の中に感じ取っていた。
画面が一瞬だけブラック・アウトして切り替わると、画面中央にライフルを手にした自機<サベージ>が、背中をこちらに見せて立っていた。
画面左上には大きく「99」とある。多分制限時間だろう。そこから右に長く伸びるオレンジのバーはおそらくヒット・ポイント。これがゼロになれば行動不能でゲーム・オーバーという訳だ。
画面右下には黒地に四角い白枠で区切られた区間がある。青・赤・黄色等のドットがちりばめられ、青のドットのみが小刻みに点滅を繰り返している。これはレーダーだろう。青が自機、赤が敵機。黄色が障害物。
それによると、随分離れた真正面に敵機はいるようだ。間に遮蔽物はない。
『ラウンド・ワン……』
無機質な合成音がスピーカーから響いた。自然スティックを握る手に力がこもる。
『……ファイト!』
同時に二機は猛然と動き出した。

<中編につづく>


文頭へ 進む メニューへ
inserted by FC2 system