『戦争のおこしかた 完結編』
美術品の日本への輸送中に、本物の絵をこっそりと抜き出し、代わりに裏板に貼りつけた贋作とすり替える。本物を無くしてしまう訳にはいかないから、適当な絵の中に紛れ込ませておく。
日本に着いたら偽物を飾らせ、警備の隙を見て紙に描かれた贋作を額から外して隠し持ち、時を見計らってあたかもたった今無くなったのに気づいたかのように慌てて報告する。
それから皆が慌てている隙に贋作の絵を焼却処分して証拠隠滅。
そして絵が無くなった事で日仏の関係が悪化を狙う。そんな筋書きだったようだ。
あのあとグリシーヌが「斬られたくなければ正直に白状しろ!」という荒っぽい尋問――その迫力はもはや拷問そのものだったが――によって、顛末を知った一同。
しかし。冷静になってみれば結構穴のある、完璧とは程遠い計画だ。かなり偶然が味方した印象が強い。レニが「計画の練りが足りない」と呟いただけの事はある。
だが考えたのは一味の下っ端連中。未だ逃亡中で捕まっていないらしい彼らの責任者であれば、もっと確実性のある完璧で恐ろしい計画をとったかもしれない。そうでなかった事を、安堵するばかりである。


翌日。そんな事があったと、昨日いなかった帝國華撃団の劇団員に話した大神。
「そんな面白い事があったんなら、帰るんじゃなかったかなぁ」
と、さも悔しそうに呟いたのは、琉球空手の使い手でもある桐島カンナだ。だが「面白い」の部分を聞き逃さなかったグリシーヌに睨まれ、素直に「ゴメンナサイ」と謝る。
「それで……その警備員さん達はどうなっちゃったんですか?」
昨日取材の仕事で不在だった真宮寺さくらが勢い込んで訊ねる。そのあまりに切羽詰まったような表情を見て、大神は笑いながら、
「別にどうもしないよ。単に警備の配置替えになっただけさ。まぁ、グリシーヌは『厳罰にするべきだ』って息巻いていたけど」
一瞬チラリとグリシーヌを見る大神。彼女は「当たり前だろう」と言いたそうにしている。しかし、ふと淋しげにため息をつくと、
「だが、第二第三の事件が起こらぬとも限らん。今の社会が続けば、彼らのような武器商人の肩身が狭くなる事は確かだからな」
恒久平和を目指し、軍縮が突き進む世になれば、確かに武器の受注は減る。そうなれば短慮に同じ事を考える人間が出ないという保証はない。
「それは心配ないやろ」
まるで達観したような紅蘭の言葉。彼女は自分のお茶を一口飲んで口を湿らせると、ゆっくりと続けた。
「武器に限らず機械っちゅうもんは、売ってハイおしまいとはいかん。定期的に整備せんと肝心な時に使えんようになってまうからな。収入を得たかったらそっちで出せばええんや。軍縮いうんは武器を減らす事で、無くす事やないんやから」
武器を売るだけが武器屋の仕事ではない、という事か。そうした整備は確かに専門知識がいる。素人がおいそれとできる事ではない。
「それに国家間の戦争は無くなっても、戦争そのものが無くなる事は、多分ないと思う」
どこか悲しそうなレニの言葉は、確かに世の真実を突いている。人間の悲しいサガ、というものか。
どんな世の中になっても武器屋が食いっぱぐれる事はない。それに下っ端一味が気づいてくれる事を祈るばかりだ。
「軍事技術を民間に転用するのも、一つの方法だろうな。今俺達が普通に使っている生活道具も、そうした技術から生まれた物が多いし」
大神もどこかもの淋しげに言った。
戦争はどうしても人が殺し合う一面ばかりが取りざたされてしまうが、戦争をするためにあらゆる物が発達し進化を遂げ、それが(何十年も経ってからではあるが)民間の技術水準を上げる事にも一役買うものだ。
だからといって戦争が起こるのを喜ぶのはやはり抵抗がある。軍人とは思えぬ思考に苦笑いを浮かべる大神。
「世の中って、やっぱり難しいね」
それでも難しい話は嫌い、とばかりに膨れるアイリス。そんな彼女を見たグリシーヌは小さく笑うと、
「ともかく。本物の絵は無事だったのだ。今回はそれでよしとしよう」
昨日連絡して来た時とは雲泥の差がある、グリシーヌのにこやかな表情。心底安堵した証拠だ。
「それにしても。今回は総てレニのおかげだな」
確かに今回は彼女の独壇場といってもいい活躍を見せた。グリシーヌの賞讃の言葉に、レニはほんの少し照れくさそうにうつむいている。
「え〜。絵を見つけたのはアイリスだよぉ」
その評価にアイリスが更にむくれて頬を膨らませる。レニはアイリスの肩をそっと叩くと、
「そうだね。みんなのおかげだ」
レニが小さくぽつりと呟いた。それから、まるで自分に言い聞かせるかのように、
「ボクは……独りじゃない」
ふいに漏れたレニの言葉に、皆の注目が集まる。
「ボクの後ろにはみんなが。そして隊長がいてくれる。昔はそうした存在は足枷にしかならないと思っていたけど、それがボクに信じられない力をくれる」
レニのその言葉に、皆がしんとなる。それから照れくさそうにうつむいたまま、
「助け合い、支え合うのは弱いからじゃない。憂いを断ってより強く突き進む力を産むためだという事を、ここで知った。それを教えてくれたのは隊長だ。今はとても感謝している」
あまり自分の気持ちを述べる事のない彼女の言葉だからだろうか。その言葉以上にストレートに感情がこもっているようにも思える。
「そうだよね。だからお兄ちゃん大好き」
アイリスも満面の笑顔で大神に笑いかける。
昨日アンヴァイエは「部下の前で感情をあらわにしちゃいかん」と言った。それは確かに正しいだろう。
だが人は人、自分は自分。自分らしく、大神一郎らしく。第一、不器用な自分にはそれしかできない。
そしてその結果がこんなにもいい方向に出てくれたのだ。少しくらいそんな自分を誇ってもいいじゃないか。
大神は心の中で胸を堂々と張っていた。だが、
「でも今回ばかりは、支配人はほとんど役に立ちませんでしたね」
かなりざっくりと来る一言を、冷静にマリアが述べる。大神は案の定「そりゃないよ」と困り顔だ。
「大神はん。そこまで落ち込む事はあらへんて」
紅蘭がしみじみとうなづいている。
「よく『自分が優秀な社員になるより、優秀な社員を部下にする方がイイ』って言いますやろ。大神はんは、まさにそうしているお人や。ええやないですか」
「紅蘭。それ、あんまり誉められてる気がしないんだけど」
その大神の一言に、みんなが一斉に笑い出した。本当に、心から楽しそうに。
そう。自分の使命は、みんながこうして心から笑える世の中を作る事だ。華撃団としても、歌劇団としても。それが自分のなすべき事なのだ。
心の中で改めてそう誓う大神だった。

<戦争のおこしかた 終わり>


あとがき

「戦争のおこしかた」。いかがだったでしょうか?
舞台は帝都ですが、巴里からグリシーヌがゲストに入っての一騒動。
しかも起こった事は重大事件ですが、その真相は実に大した事がない。騒ぎが大きいが中身がない。
これまで彼女達が絡んだ事件と比べればレベルが低いものではありますが、いつも大事件が起きる訳でもなし。
というより、相手が悪かった。その一言に尽きますな。

今回一番大変だったのが帝都側の人選です。まずフランス語ができるメンバーは外せません。「3」で一応全員意志の疎通ができてるから多少はできるんでしょうけど、この話では大神・アイリスのみ。でもレニならできても違和感はないと勝手に判断しました。知識面で困ったら全部レニに振ってしまいましょう(笑)。
で、フランス語はできないけど話の流れから紅蘭とマリアが加わったという感じです。だからカンナとさくらはエピローグにしか登場しませんし、織姫など出番すらありません(この時間軸だとすみれは引退してるし)。
花組全員どこかに見せ場がある方がもちろんいいんですが、毎回そううまい事話を転がせる訳でもないので。無理があるならいっそバッサリ出番を切る。プロフェッショナルでない以上、そういう決断が必要な時もあります。

今回のタイトルですが「戦争のはじめかた」という英独合作の映画(2001年)から取りました。
ベルリンの壁崩壊間近の西ドイツ。そこの米軍駐留部隊は平和ボケして兵の規律が緩み放題。主人公も物資の横流しやヘロイン密売をする毎日。そんな時、基地内の浄化を図る曹長が着任する。主人公は弱味を握ろうと曹長の一人娘に近づいて……という、かなり軍隊をおちょくった風刺の効いた映画になっております。
そんな内容+同時多発テロのおかげで、5度の公開延期を余儀なくされたという「いわくつき」の映画です。
横流し云々という話ではありますが、この話との関連性は全くありません。ありませんったらありません。

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