『戦争のおこしかた 参』
レニに指摘されたグリシーヌは、投げ飛ばされた警備員に命じて額縁を壁から外させる。
床に下ろされた額縁の裏板を外したレニは、その隅を指差して、
「ここに乾いた糊の跡がある。正確に言えば、ここに貼ってあった紙を剥がした時に残った糊の跡だけど」
言われてみれば確かに、そうと思える小さな切れ端が貼りついている。絵が無くなった事がショックで、そうした細かいところの観察が疎かになっていたのだろう。
「レニ、どういう事なの?」
行動の元が理解できないアイリスが訊ねる。レニは紙の切れ端を指でなぞりながら、
「板に絵を描く事はあっても、裏板に紙を貼りつけるというのはあまりしない」
裏板は絵が額縁から飛び出さないよう押さえておくのが役目だ。そこに紙を貼るいうのは確かに皆が行なう事ではない。それも絵で隠れてしまう部分に。
「……もしや。それが絵が消えた事に何らかの関係があるという事では?」
「判らない。でも否定はできない」
グリシーヌの思いつきに、レニはあまり自信がなさそうに呟く。
「アイリス。何か感じる事はできる?」
レニは小声でアイリスに訊ねた。いきなり声をかけられたアイリスは言葉に詰まったように「へっ?」と間の抜けた返答をしてしまう。
「アイリスの力なら、何か判るかもしれない」
皆が高い霊力を持つ帝國華撃団。その中でもアイリスの霊力はずば抜けている。
戦いにはあまり向いていないが、何かを探ったり感じ取ったりするのは、他の誰よりも得意としている。
「……判った。アイリスやってみる」
アイリスはその場で両手を組んでゆっくりと目を閉じる。そして自分の中にある霊力を少しずつ周囲に広げていく。
「……!」
アイリスはいきなり目を見開いて顔を上げた。その途端集中力が途切れてしまった。
同時にどこからか小さく、何かの破裂するような音が一つ聞こえた。


マリアは、発砲直後で硝煙たなびく銃を下し、今撃った相手にそっと近づき始めた。そのすぐあとに大神も続く。
「マリア。君の銃の腕は信用しているけど、あまり過激な真似は勘弁してくれ」
「申し訳ありません。でも逃がす訳にはいかないと判断しましたので」
大神にたしなめられ、さすがのマリアも頭を下げる。
発砲の経緯はこうだ。館外を調べる事にした大神達は、茂みの蔭で何かを燃やそうとしている警備員を発見。
そんなところで物を燃やされてはたまらないとすかさず注意したのだが、何とその人物は紙のような物に火をつけたまま、大慌てで踵を返して逃走をしたのだ。
その慌て具合を怪しんだマリアがすかさず銃を取り出し、発砲。弾は警備員のこめかみあたりをかすめただけで殆ど怪我はないが、弾がかすめた衝撃といきなり発砲された事に驚いて気を失ったという訳だ。
出血が全くなかった事でマリアの意図が判った大神だが、もう少しで取り乱して激昂するところだった。さっきのアンヴァイエの言葉が胸をよぎり、これではいかんと頭を振る。
一方紅蘭とアンヴァイエは、火を消そうと躍起になっていた。もっとも火がついた直後だったらしく、すぐに消す事はできたが。
「……これは、確かモザ・リナの微笑みとちゃいますか?」
紅蘭は火が消えた紙をクルリと表に返し、描かれていた物を見て仰天した。
確かにそこに描かれていたのは、件の「モザ・リナの微笑み」に間違いなかった。
『紙に描かれているという事は本物ではないが、一体なんだろうな』
アンヴァイエが口ひげを撫でつつ不思議がる。宣伝用のポスターにしてはそんな文句は一切書かれておらず、純粋に「モザ・リナの微笑み」のみが描かれている。
「本物の絵は木の板に描かれていた筈ですよね?」
確認するようなマリアの言葉に、大神は「そうだったっけな」と考えている。
紅蘭は少しだけ焦げた絵のあちこちを注意深く観察していたが、やがて、
「これ、どこかに貼ってあったものらしいですな。ほれ。裏の角に糊で貼ってた跡が」
彼女の指摘に皆が注目すると、確かに糊で貼られていた物を剥がしたような跡が確認できた。
「じゃあ、これはどこに貼られていたんだろうな?」
「宣伝用のポスター、という訳ではなさそうですね」
大神とマリアが首をかしげる。そしてマリアは気絶したままの警備員を見下ろすと、
「彼を起こして聞くしかなさそうですね」
うつ伏せに倒れたままの警備員をごろりと転がして仰向けにさせる。明らかに欧米人の顔立ちをした男を見たアンヴァイエは、
『こいつは……ウチの社員だ』
ぽかんとした様子で男の顔を見下ろしていた。だがすぐさま男の胸ぐらを掴み上げて引き起こすと、
『おいっ。一体どういう事なんだっ!!』
激しく怒鳴りつけ、身体を揺さぶる。さらに頬を数発はたく。男はすぐにうめき声を上げて意識を取り戻した。
男の薄目が開くか開かないかのうちに、アンヴァイエは再び怒鳴りつけた。
『貴様。あの絵はなんだ? しかもこんなところで火をつけるとはどういう事だ!』
貫禄と迫力負けだろう。警備員は訳も判らないうちに震え上がってペラペラと喋り出した。
『あれは作戦ですよぉ。うちの会社が儲かるための布石ですぅ』
『うちは武器屋だぞ。絵なんぞ関係ないだろう?』
アンヴァイエのその言葉に警備員は「へ?」ときょとんとしていた。
『お前はピストレット株式会社の人間だろう。しかも、武器の横流しをしていた一味だ。降格と減給で済ませたがな。その腹いせというなら理解もするが、儲かるための布石とはなんだ?』
喋っているうちにアンヴァイエの正体が判ったのだろう。警備員は真っ青になってさらに震えだした。
『しょうがないじゃないですか! 欧州大戦以後の世界的な軍縮で、うちの会社が儲かるどころか赤字続きだってのは、俺みたいな下っ端だって知ってますよ!』
確かに欧州大戦以後、世界規模で国家間の戦争を止めていこうという動きになっている。軍人や装備のリストラクチャリングが進み、先進各国で軍縮傾向にある事は確かだ。
そんな世界情勢の中、彼らのような武器製造業が生き残っていくのは難しい。最大の顧客である軍に物が売れないのだから、収入は明らかに目減りする。
『だから国家間の騒ぎを起こせば友好にヒビの一つも入るだろ。キナ臭くなればうちの会社にだって仕事も注文も……』
『愚か者がぁっ!!!』
初老とは思えぬ力強い怒鳴り声。まさに「カミナリ親父」である。大神はもちろん、言葉が判らないマリアや紅蘭すら身震いして肩をすくめる。
『そんな事をして情勢不安になってみろ。その元凶は我が国だと、世界中に末代まで笑われるわっ!』
掴み上げていた胸ぐらを掴んだまま、男を地面に叩きつけ、
『そんな初歩的な事すら判らんから、お前は出世せんのだ。覚えておけ!』
彼は手を放して立ち上がると、
『ムッシュ。恥ずかしいところを見せてしまったな。まさか我が国の者の仕業とは』
『いえ。それに賛同はできませんが、彼の言い分も判るつもりです』
下唇を噛み、大神が力なく呟いた。
一勤め人としては自分の会社が儲かるに越した事はない。それは当然の考えだろう。
だが、武器が売れるという事は皆が武器を必要としていると解釈できる。武器は戦うために使う物。戦いが今起こっているという事になる。
武器が売れなければ武器屋は潰れてしまう。いくら何でもそれはあまりに可哀想だ。だが、武器が売れ続ける=使われ続けるような世の中になってほしくないという気持ちもある。
そこに何かしらの矛盾を感じずにはいられなかったのは、先程のアイリスとのやりとりがあったからだろう。
大神自身「皆を守らねば」「この国のために」という気持ちは大いに持っているが、別に争いごとを好んでいる訳ではない。
「とりあえず、彼を拘束させてもらおう。紅蘭、何か持ってないかな?」
大神のその言葉を待っていたかのように、紅蘭はどこからともなくゴツイ手錠を取り出した。
「こんな事もあろうかと。この手錠『こうそく君3号』は、ちょっとやそっとじゃ壊れない優れものですわ」
何でそんなの持ってるんだ。大神の顔にはそうありありと書かれていた。


どこからか聞こえた破裂音で集中力が途切れたアイリス。しかし今はくじけている場合ではないと、再び精神を集中させた。
少しずつ。優しく。目に見えない手でそっと手探りをしていくように。
それはまるで、コウモリや鯨が特殊な音波を出して周囲の様子を探るように。アイリスの周囲に霊力の波とも言える物が広がっていく。
今のアイリスには周囲の様子が目で見るよりも強く、判りやすく伝わってくる。自分の身体だけでなく、その周囲まで自分自身そのものになったかのように。
すると。隅の方から小さな声を出す「物」の存在を感じた。小さくか細いが、確かな声が。
(あれ。何だろう……)
アイリスは意識を集中させたまま、ふらふらと声の方向に向かって歩き始めた。その足取りは頼りなくおぼつかない物だったが、確実に声の方向に向かっている。
そんな自分を心配してか、レニとグリシーヌがゆっくりと付いてくる。けれど何か感じ取った事は判るのだろう。自分を止める事なく後ろを歩いてくる。
アイリスの足が止まったのは、モザ・リナの絵から十メートルほど離れた位置にある、倉庫の入口だった。
「ここがどうかしたの、アイリス?」
レニの声に、アイリスは霊力の集中を静かに解くと、
「良く判らないけど、ここから何か感じたの。声みたいなの」
「この倉庫には、我が国から持ってきた美術品を納めてある」
グリシーヌが扉をコンコンと軽く叩いて、そう説明してくれる。それから少々困った顔つきになり、
「実はだな。この美術館が我々の想像よりだいぶ狭くてな。展示するつもりだった美術品の大半が展示できない有様だったのでな。ここにしまってあるのだ」
「きちんと調べてからにすべきだった」と、自嘲気味のグリシーヌ。
それから預かっていたマスターキーで扉の鍵を開ける。それから横にスライドさせて扉を開いた。途端に中から乾いてヒヤリとした空気が流れ込んでくる。倉庫内の空調による気温や湿度の差のせいだろう。
倉庫の中はきちんと整理整頓がされている訳ではなく、中央に人が歩けるだけの空間があり、両脇には絵画や彫刻などが乱雑に(それでも運び出しやすいように)置かれているだけだった。
「声がしたそうだが……人影らしき物はなさそうだな」
グリシーヌが首だけ中につっこんで気配を探っている。レニは足音を消してそっと中に入り、辺りを見回している。
「何か、奥の方から聞こえたみたいだったよ?」
アイリスの案内に従って、三人はさほど広くない倉庫の一番奥に向かった。美術品で作られた通路の行き止まりに立ったアイリスは、キョロキョロと辺りを見回すと、
「この辺から聞こえたと思ったんだけど……」
あまり自信なさそうな発言ではあるが、レニは言われた通り立て掛けられた額縁をチェックしていく。その時レニの動きがピタリと止まった。
「グリシーヌ。これを……」
まるで爆発物でも扱うように、額縁の間から慎重にレニが引っぱり出したもの。それは――
まぎれもなく「モザ・リナの微笑み」そのものだった。しかもポプラ材に描かれた、正真正銘の本物が。
「レニ、これだよ。この声が聞こえたの!」
アイリスは驚きと嬉しさの混じった声を上げる。一方グリシーヌは訳が判らないと言いたそうに、
「では何故この絵が倉庫のこんな奥にしまわれているのだ!?」
『そこまでだ』
倉庫の入口から仏蘭西語が聞こえる。その声にハッとなって振り向いた一同は、言葉を発したらしい男がこちらに銃口を突きつけているのを見て身を固くした。
だがそれでもグリシーヌは愛用のポールアックスを構え、レニは手近の甲冑が持っていた槍を手に取っていた。
グリシーヌは、自分らに銃を突きつけているのが警備員――さっきまでモザ・リナの警備をしていた者だと気づいて構えを解き、
『私はグリシーヌ・ブルーメールだ。今モザ・リナの微笑みを……』
パンッ。
乾いた音がして、グリシーヌの足元の床で何かが小さく跳ねた。威嚇射撃だ。
『まさかこんなアッサリと見つかるとは思わなかったな』
逆光になって顔は見づらいものの、その悪びれた様子のない発言に、絵をどうにかしたのはこいつだと見当をつけたグリシーヌは、低くゆっくりした声で、
『理由くらいは聞いておいてやる。何故こんな真似をした』
普通ならその迫力で凄んでしまいそうなものだが、銃口を突きつけているという優位な立場にあるからか、男は、
『こんな東の果てのド田舎に我が国の美術品なんて不相応だって事ですよ』
「ド田舎」をかなり強く言った警備員。その声に斬りかかろうとしたグリシーヌを銃で牽制すると、
『それにこの絵が無くなったって騒ぎになれば、世論が騒ぐ事間違いなし。それをあおればまた戦争の一つ二つ起きるだろうなぁ』
『つまりあなたは、戦争が起きると嬉しい立場にある人間か』
レニが淡々と、しかし鋭く仏蘭西語で言い返す。警備員は小さく笑い、
『当たり前だろ。俺達は武器屋なんだから。武器が売れてくれなきゃ困るんだよ』
逆光で見づらかった顔をよく確認したグリシーヌはハッとなると、
『確か貴様はピストレット株式会社出向の人間だったな』
ところが男は神経を逆なでされたように不機嫌になると、
『ああそうだよ。武器が売れないから物資の横流しのバイトしたら、減給されちまってなぁ』
まるでヤケを起こしたように荒々しく吐き捨てる。
『おまけにこんなド田舎に来るハメになっちまった。責任取れとか言われてな。全く困ったモンだぜ』
『確かに理由は聞いたぞ!』
グリシーヌは怒りをこらえてポールアックスの切っ先を持ち上げた。その時だ。
パン。パンッ。
再び発砲音が。それも二回。いずれもポールアックスの刃に当たってグリシーヌ自身に被害はなかったが。
「後ろにもう一人いる」
槍を持ったままのレニが男が陣取っている入口を睨みつける。その後ろにもう一人の警備員の姿が。先の男を捕まえる素振りのないところを見ると、この二人の警備員は間違いなくグルだろう。
「アイリス」
レニは小声で、それも日本語で、警備員の目から隠すようにかばっているアイリスに話しかけた。
「この状況では下手に動けば誰かが撃たれる。アイリスは絵を持って瞬間移動で脱出ほしい。そして隊長にこの事を伝えて」
逃げ場のない袋小路同然の場所。唯一の出口に二人の男。しかも二人とも銃を持っている。
一方こちらは長柄武器を持っているが、さすがに間合いの外。近づく間に確実に撃たれる。
そしてグリシーヌのポールアックスは投げるのに全く向いていない。レニの槍は投げる事もできるが、充分振りかぶるだけのスペースがないほど奥にいた。
それはさすがに戦いにうといアイリスにも判った。だが彼女はレニの服の裾を掴むと、小声で言い返す。
「嫌だよ。二人を置いて逃げるなんてできないよ。アイリスが……」
「二人をやっつける」と言いかけて言葉を飲んだ。普通の人間相手に超能力=霊力を使わせたくないという、レニの考えが判ったからだ。
『なにごちゃごちゃ言い合ってんだ?』
先の男がレニとアイリスに怒鳴る。それから相棒(?)に向かって、
『このまま殺して埋めちまおうぜ』
『いや。曲がりなりにも著名人を殺しちゃあとあと面倒だぞ』
少し考える素振りを見せた男は、名案が浮かんだとばかりににやりと笑い、
『このままここに鍵かけて閉じ込めて、その隙に逃げちまえばいいや。時間稼ぎにはなるだろ』
男達が得意げにゲラゲラ笑っている中、レニは視線だけで周囲を探っていた。何かないか。何かできないか。反撃でも逃亡でもいい。何か――
その時目に止まった絵があった。モザ・リナを探す時に引っぱり出した絵だ。若者が草原で二本の槍を持っている絵。確かタイトルは「若きセタンタ」。
『待て』
レニが一歩前に出て、槍を立てた状態でコツンと床につけた。
『降伏するならそこを退いてほしい。そうすれば何もしない。降伏しないなら、大怪我をする事になる』
いきなり自信満々の真剣な目つきで言ったその言葉。だが状況が状況だけに、それは男達を笑わせる効果しかもたらさなかった。
銃は突きつけつつも、大口開けて笑い出した男達にレニは微かに表情を曇らせると、
『確かに忠告はした』
レニは持っていた槍からパッと手を放した。槍は彼女の前方にゆっくりと倒れていく。
グリシーヌもアイリスも、もちろん警備員の男達も。何をしているのかと不思議に思った瞬間だった。
何と。レニが倒した槍がまるで生き物のように男達に飛びかかったではないか! 完全に虚を突かれたその槍は、前にいた男のふくらはぎをえぐって飛んでいった。
そして。そこに生まれた隙を見逃すグリシーヌでもない。あっという間に男を蹴倒し、ポールアックスの柄をしこたま叩きつけて昏倒させる。
あっという間に二人の警備員は倒されてしまった。全く打ち合わせはなかったが、見事な連携である。
「……レニ、何したの?」
足をえぐられた男の応急処置をしているレニに、アイリスはおそるおそる訊ねた。
「槍を蹴り飛ばした」
レニが先程見た「若きセタンタ」の絵。セタンタとは、ケルト神話に登場する半神半人の英雄「クー・フーリン」の幼名だ。
素手で猛犬を絞め殺す怪力の持ち主にして、ゲイ・ボルクという槍の使い手でも有名だ。
神話によれば、そのゲイ・ボルクは「足を使って投擲した」とされているのだ。
豊富な知識の中からそれを引き出したレニは、槍を足の指の付け根に乗せて倒し、適当な角度になった時に槍を蹴り飛ばす事を思いついたのである。
これなら振りかぶる必要はないし、腕より足の力の方が強い。こんな槍の使い方はした事がないが、単に飛ばすだけなら何とかなる。そう思ったのだ。
「しかし、イギリスのケルト神話など良く知っていたな。確かレニはドイツ出身だと聞いていたが……」
レニの知識に、さすがのグリシーヌも舌を巻く。
「知識だけ知っていても、何の役にも立たない。それを『使う』事ができなければ、全くの無意味」
応急処置を終えたところで、銃声を聞きつけてやって来たとおぼしき、大神達が走ってくる。
「みんな、大丈夫か!?」
「大丈夫。全員無事。怪我はない」
レニが淡々と返答する。しかしその表情はやるべき事をやったという満足げなものだ。
「銃声が聞こえたから急いで来たけど。怪我がなくて良かったわ」
マリアも普段の冷静さからはかけ離れた、心配をあらわにした表情を見せている。
「お兄ちゃん、見て。本物のモザ・リナの絵だよ」
アイリスは大事に持っていた絵を彼に見せる。これには大神達は目を丸くして驚く。
『……何だ。こいつらもうちの社員じゃないか』
呆れたような嘆いているような。そんな風に見えるアンヴァイエのため息混じりの声に、大神は苦笑した。
『グリシーヌ殿、大変申し訳ない。責任を取らせるつもりで連れて来た社員が、まさかこんな愚かしい事を企んでいたとは……』
さすがにガックリと気落ちしたとみえ、力のない声で謝罪する。
『こうして本物の絵も発見されたのですから、彼らの処罰はあとにしましょう』
年上の人物相手だからだろうか。凛とした落ち着きのある対応。大神はてっきり「即刻我が戦斧で斬り捨ててくれる!」とやると思っていただけに、心底ホッとしていた。
「さて。あとはその絵を元通りに飾れば、万事めでたしめでたし、ですな」
しみじみと解決を喜んでいる紅蘭の発言に、皆一も二もなく賛成するのだった。

<完結編につづく>


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