『恋する仔猫のミックス・アップ 後編』
いきなり見知らぬ少女に抱きつかれて微動だにできなかった宗介だったが、さすがに一流の戦士。すぐに気を取り直し、
「何者だ、貴様。この俺に何の用だ」
鋭い目つきで少女を見下ろしながら、右手をズボンのポケットに入れ、そこに隠し持っているデリンジャーを握る。隙あらばすぐに撃つつもりで警戒する。
小さなデリンジャーでも充分殺傷能力はあるが、威力自体は低い。きちんと急所に当てないとただの無駄撃ちになる。
夏服の為とはいえ、いつものようにグロッグ19を収めたホルダーをつけてなかった事を後悔した。
やはり、使い慣れた武器はいつでも携帯しておくに限る。夏服でも目立たないホルダーでも考えておこう。
彼がそんな事を考えている間に、ごく自然な動作で宗介から離れたテッサは、
「そんなに警戒しないで下さい。あなたの敵ではありませんよ」
わざと押し殺して作った声で静かに言った。
「それだけで信用しろ、と言うつもりか? 女に誘惑された隙に殺された傭兵を俺は知っている。だが、俺にそんな手は通じんぞ」
宗介の全身からピリピリと殺意が溢れているのがテッサにもわかる。怖い。いつもの彼とは大違いだ。彼は戦場では、いつもこうなのだろうか?
しかし、ここで自分の正体をバラせば話は一気に簡単になる。が、それでは「サガラさんに気づかれないように」という意味が無くなる。だが、黙ったままでは、彼は間違いなく自分を撃つだろう。それこそ、何のためらいもなく。
時間にすればほんの一瞬だったろうが、テッサにとっては何時間にも感じる葛藤の中、
「わかりました。場所を変えましょう。いいですか?」
「よかろう。何を考えているかは知らんが、貴様がこの俺に勝てると思っているのか?」
宗介は完全に戦士モードになっていた。押し殺しきれない闘志と殺意を全身にまとわせ、油断なく彼女のとなりに並んだ。
そして、不思議な緊張感を漂わせた二人はマンションを出て、テニスクラブの脇を通り、すぐ側の多摩川河川敷へ向かう。
平日の昼間というためかあまり人影はない。この日本で派手に銃撃戦をするのは、弾薬確保の関係上さすがの宗介も気が進まないが、それは敵の出方次第だ。
(それにしても、この顔立ちや雰囲気はどこかで……)
となりを歩く少女を横目で油断なく見つめ、ふとそう考える。少女の方は、別に緊張した感じを一切表に出さず、静かに微笑んでいる。
(こんな状態で笑っているだと!? 何者なのだ、この女は。この俺が怖くないのか?)
テッサは、宗介が緊張感をみなぎらせているそのとなりで、
(成り行きや形はどうあれ、サガラさんとのツーショット……)
と、そんな事を考えていたりする。とにかく「彼を部屋から遠ざける」作戦は成功である。
一方、マオの方は、一メートル入ったところで一六個目のブービートラップに引っ掛かり、ジャケットの端を落ちてきたコンバットナイフで斬られていた。
「……こうなったらもう意地よ。必ず突破してやるからね」
もはや「写真探し」ではなく「トラップ突破」に目的がすり変わろうとしていた。
マオに妙な気合いが入っているその頃、二人は河川敷の京王線の高架下に立っていた。ここなら日陰にもなるので多少涼しい。
一メートルほど間を置いて、二人は向かい合って立つ。お互いに喋るきっかけがなく、黙ったままだったが、
「このままでは話になりませんね。どうしたら、わたしを『敵ではない』と信用してくれますか、サガラさん?」
いきなり自分の名前を呼ばれて一瞬驚くが、夏服の左胸には「2−4 相良」というプレートがついている。それを見たのだろう。
という事は、この少女は白人――おそらく発音から考えてアメリカの出身――だが日本語を理解している事になる。
始めは「刺客が白昼堂々襲ってきたのか?」などと思ったが、それにしては彼女はあまりに隙だらけだ。
わざと隙を見せているとも考えたが、そうではなさそうだ。プロならば、どうしても身体のどこかにプロとしてのわずかな動作が出てくるものだからだ。
が、この少女にはそれがない。身体のこなし、動作から考えると、戦闘訓練を受けていない事は見抜いた。
しかし、この自分に近づいた理由がわからない。
刺客でないのなら、戦闘経験を持たないこの少女が、世界各地の戦場を生き抜いてきた自分にどんな用件があるのだろう?
自分に恨みを持つ誰かの手の者か。とも考えてみた。
戦闘経験のない者を近づけ、わずかでも警戒心を解かせ、その隙に自分は長距離からこちらを狙い撃つ……。
確かに、そう考えれば筋は通るし納得もいく。
その途端、彼は激しく後悔した。
安易に彼女に従って外に出たのは失敗だった。これでは狙ってくれと言っているも同然だ。高架線路の下とはいえ、狙撃ポイントが全くない訳ではないのだ。
それに、さっきから離れた物陰でこちらの様子を伺っている千鳥と常盤の二人も気がかりである。
おそらく常盤の方が「面白そうだから様子を見に行こうよ」等と言ったのだろうが、本人達は興味本意でも、下手をすればここで戦闘になる。
いや、自分がこうしている隙に彼女たちに忍び寄り、そのまま千鳥を拉致するという荒っぽい手段かもしれない。
万一そうなった場合、二人を守りながら数のわからない敵と戦わねばならなくなる。
別に常盤は護衛対象ではないが、彼女を放って行動する事は千鳥が許すまい。もし放っておいたら、千鳥がどんなとんでもない行動に出るか予想すらできないからだ。
最悪の場合、敵は退けても自分の本業が常盤にまでバレてしまう。それは一番避けねばならない事だ。
その為には、まず目の前のこの少女をどうにかする必要がある。
だが、先程から頭のどこかで「目の前の彼女を攻撃するべきではない」と何かが告げている。初対面の筈なのに以前会った事のあるような、微妙な親近感。
「……サガラさん?」
目の前の相手を警戒しながら自分の思考にのめり込んでいた彼は、再び目の前の相手を睨みつける。
「敵ではないというのなら、最低でも自分の所属、姓名、階級を言うものだろう。違うか?」
淡々と相手の目を睨んで話す。彼女はその答えにふう、とため息をつくと、
「やっぱり……失敗だったみたいですね、この作戦」
「どういう事だ?」
彼女が一歩こちらに歩み寄った時、彼の身体はとっさに動いていた。
目にも止まらぬ速さで間合いを詰めると、彼女の襟を掴んで足を払い、かなり強引に組み伏せる。地面に押し倒すような感じになり、そのままポケットから出したデリンジャーの銃口を彼女の胸に押しつけると、
「油断したな。抵抗はするな。貴様の所属、姓名、階級、目的を喋ってもらおう。さもなくば、死を覚悟しろ」
組み伏せた時にメガネが落ち、かつらがずれて地のアッシュブロンドの髪が覗いている。コンタクトも落ちたのか、右目だけ灰色の瞳が見えている。
その時、宗介の記憶の中で「アッシュブロンドで灰色の瞳の白人の少女」の顔が浮かび上がり、目の前の少女と照合する。
きっちり三秒後、彼の額にぶわっと脂汗が流れだした。頭の中が真っ白になり、指先や歯はガチガチと震え、顔色も真っ青を通り越して死体のように生気がなくなっている。
「気がついちゃいましたか、サガラさん」
そんな彼を見たテッサは申し訳なさそうな、それでいて虚しさをあらわにしたような複雑な顔で彼を見上げている。
しばらく放心状態にあった宗介だったが、ふと我に帰って拳銃を放り出し、泡喰ってその場に直立不動の姿勢とった。
「し、失礼致しました、大佐殿!!」
(理由はどうあれ、俺は大佐殿に何という事を!!)
たかだかかつらとカラーコンタクトとメガネで変装されたくらいで彼女と見抜けなかったとは。これは完全に自分の失態だ。どうかしている。
「も……申し訳ありません、大佐殿。自分は……その……何と、いうのか……」
それだけ言うのが精一杯で、後は言葉にならなかった。
ここにいる理由はわからないが、無罪で済む筈がない。以前のリチャード・マデューカス中佐に続いて、今回は大佐にまでこれだけの乱暴狼藉を働いたのだ。
謹慎処分。営倉入り。解雇。死刑。
そんな予想が彼の頭を支配する。
テッサはずれたかつらを整えながらゆっくりと立ち上がり、服や手足についた砂利をはたき落とし、メガネを拾ってかけ直す。
「こうしたくなかったから変装したのに、それが裏目に出てしまいましたね」
それから宗介の事を優しげな目で見つめると、
「あなたの事ですから、わたしの事をカナメさんを狙っている刺客と判断したのでしょう。この事について罪を問うつもりはありません」
(気づくなら、そうする前に気づいてほしかったですけど)
と心の中で呟く。
その言葉で彼の顔に、ほんのわずかだが安堵の表情が浮かぶ。しかし、安堵した事に罪悪感を覚え、改めて顔をひきしめると、
「いえ。これは自分の落ち度であります。いかような処罰も受けるつもりでおります」
「……とりあえず、直立不動の姿勢をやめてもらえますか。こんな所では目立ち過ぎますから」
「了解しました」
宗介はすぐさま「休め」の姿勢を取る。が、ふと何かを思い出したように、
「……実は、自分は大佐殿にお渡しする物を預かっているのですが」
「お渡しする物?」
そう言うと彼は自分の鞄の中から洋封筒を取り出し、うやうやしく彼女に手渡した。
「何ですか、これは……あ!」
封筒の中には――彼女の探していたパスケースが入っていた。もちろん中には彼の写真が入ったままだ。
「どうしてサガラさんが……これを?」
「はっ。大佐殿のお別れパーティーを自分の部屋で開催した際に落とした物である、と常盤から聞いて、預かっておりました」
その名前は、彼女も良く覚えていた。
「常盤……キョーコさんですね。ところで、中は見ていませんか?」
「もちろんであります、大佐殿。自分の部屋にはダミーを置き、それを奪おうとする者を撃退するトラップを多数仕掛けてあります」
また直立不動の姿勢に戻って応対する宗介。先程からの緊張のせいで、マオが今日こちらに来る事を忘れている。
宗介は考えを巡らせ、言おうか言うまいか悩んでいた事を尋ねてみた。
「大佐殿。失礼ながら、お聞きしたい事があるのですが」
テッサは短く「どうぞ」と答えると、
「そのパスケースを手渡された際、常盤は『千鳥には内緒にしておいた方が良い』と言っていたのですが……」
恭子に頼んで写真を撮ってもらったので(あまり気が進まなかった雰囲気ではあったが)、彼女はこの事を知っている筈だ。何だかんだいって、結構気を使ってくれたのだ、と安堵したのもつかの間、
「……それには、何か千鳥に関する秘密があるのでしょうか? 差し支えなければ、護衛任務遂行の一環としてお聞かせ願えますでしょうか」
その宗介の一言が彼女を一気に気落ちさせる。
「……」
その無言の空白を否定のサインととった宗介は「申し訳ありません」と言ってうつむいてしまった。
(サガラさんは、やっぱりわたしの事は「大佐」としか見てくれないんですね)
悲しいというか虚しいというか悔しいというか。彼女の心はそんな気持ちで一杯になっていた。
その時、遠くの方で小さく「パン!」という音が聞こえた。
テッサがその音に気づいた時には、彼女は既に宗介に押し倒されていた。彼女の視界には高架線路の下部が広がっている。宗介は彼女をかばうように覆い被さってピッタリと伏せ、辺りを警戒しているものの身動き一つしない。
テッサの全身に彼の重みと温もりが伝わってくる。彼女の心臓の鼓動がだんだんと高まっていく。
やがて「危険は去った」と判断して宗介は身を起こすと、テッサの驚いた顔を覗き込み、
「大佐殿、お怪我は!?」
テッサは、彼の顔が三〇センチにまで近づいたこの状況で、一気に顔が赤くなっていった。
今度は彼女の頭の中が真っ白になり、胸の鼓動が身体の外に洩れそうなくらいに大きくなって、口をぽかんと開け放している。
「は、あ、い、いえ、大丈夫です、サガラさん……」
(いくら人気がないとはいえ……。もしかしたら、サガラさんって意外と大胆で積極的なんでしょうか……?)
テッサは顔を真っ赤にしたままゆっくりと目を閉じた。そんなテッサを見た宗介は、急に自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
(な、何だ!? 急に鼓動が早く……。これは、一体……)
そんな急接近の余韻に浸る事5秒足らず、宗介は離れた所から殺気の固まりが猛スピードで近づいてくるのを感じた。
(訂正。危険は去っていない)
宗介がそう思った次の瞬間、
「こんなトコで押し倒してんじゃねーわよ! この変態男がぁぁぁっ!!」
物陰から見ていて我慢しきれず飛び出したかなめが、彼を天高く蹴り飛ばしていた。
単に「自転車のタイヤのパンク音」と「ライフルの発射音」を勘違いしたと知ってテッサが落胆し、かなめがほっとしたのは、宗介がボロ雑巾のようになるまでかなめのスタンピングを受けた後だった。


次の日の夜、マオはカリーニン少佐に呼び出された。
結局昨日はテッサに振り回され、しなくて良かった面倒に巻き込まれ、そのせいでスーツのあちこちが切れてゴミ箱行きになり、こうして少佐に呼び出されている。何だか、自分だけが貧乏くじを引いたような疎外感が彼女を支配していた。
「……『たまたま』大佐からお借りしたスーツケースの中に『たまたま』大佐が入っていた、と。そういう事かね、マオ曹長」
いつも通り、淡々と何の感慨もない印象で告げる。
我ながらバレバレの言い訳である。おまけに、カリーニンは中にテッサが入っている事を見抜いた上でそう言っているのだ。
しかし、それをこちらから言ってしまえば逃げ場が無くなる。向こうから言わない限り、しらを切るのが得策である。一旦腹をくくった以上、それを放り出す事はしたくなかった。
「はい、少佐。自分の荷物をきちんと確認しなかった自分の責任です。大佐に罪はありません」
「そうか」
手元の書類に目を通したまま感情を入れずに呟いた。
そのまま無言の時間が流れる。計ればほんの数秒だったが、緊張している彼女にとっては何時間にも感じる、精神的重圧から来る苦痛。
「信賞必罰がこうした組織の常識である事は、承知しているな」
「はい」
まっすぐ正面を向いてマオははっきりと言った。
「では、処分は先程言った通り。以上だ」
短くそう言うと、マオは自分の仕事に戻ったカリーニンに敬礼をして、彼の執務室を去った。
入れ代わりにマデューカス中佐が入ってきた。
「マオ曹長の処分を決めたそうだな」
「厳重注意です、中佐」
その答えを聞いた中佐は、
「それは軽すぎないかね、少佐? 一歩間違えば大佐がどうなっていたかわからんというのにか!?」
今にも怒鳴り出しそうな剣幕でカリーニンに詰め寄るが、こちらはいつも通りの淡々とした調子で、
「今日の大佐の働き振りをご覧になりましたか。まるで『悪い物が憑いた』かのように精力的でした。この件で大佐の執務能力が上がったのなら、これは我が部隊の『収益』であり、彼女の『功績』と考えて良いと思いますが」
と、答えただけだった。
少佐の執務室を去ったマオは自分の部屋へ向かった。
本当はパブでビールでも飲んで行こうと思ったのだが、何故か昼頃にすべて無くなっており、そのせいで少々機嫌が悪かった。
カリーニンの下した処分は、やった行動に対しては信じられないくらい軽い。理由はわからないが、これで良かったのだろう、と思うしかなかった。
聞いたところで「君には知る資格がない」と返されるのがオチだろう。
自分の部屋の前まで来ると、ドアの前に大きなダンボール箱がいくつも置いてある事に気づいた。箱には基地にあるプリンターの文字で「メリッサ・マオ様ヘ」と印刷された紙が貼ってある。
(まさか、またトラップじゃないでしょうね?)
昨日さんざん懲りているのか、警戒しながらその箱に近づき、外側から確かめる。
罠はない、と判断した彼女は、そこでダンボール箱の蓋を開けた。
「昨日のお礼です。ご苦労様でした。
               テレサ・テスタロッサ」
そう書かれた紙の下には、パブで出している物と同じ銘柄のビールがぎっしりと入っていた。
「全く……こんな事して、あの子は」
呆れながらも、自分の顔がほころんでいくのがよくわかった。


それから二ヶ月ほど経った冬のある日。かなめのもとに一冊の本が届けられた。
アメリカで発行されている、一般からの投稿小説を載せている雑誌だ。
かかってきた電話に出ながら、かなめはその雑誌をめくっていた。
『雑誌の方は、そちらに着いたんですね?』
「ええ。ちゃ〜んと着いたわよ、テッサ」
こめかみの辺りを押さえながら、かなめが嫌みを込めて答える。
その雑誌にはテッサが書いた小説が載っていたのだ。
インターネット関連会社<オリハルコン>の若き社長『テリーザ・マンティッサ』が、日本に引っ越した幼馴染みで片思いの日本人『サガラ・リョースケ』に会いに行くという、ほのぼのとしたラブ・ストーリーだった。
偽名を使っているが、「あの時」の事をベースに、宗介とテッサの事を書いたのはバレバレである。
これをかなめの所に送りつけるあたり、テッサもいい度胸である。このくらいの度胸がないと戦隊長など勤まらないという事か。
「これを、ソースケの所にも送ったんでしょ?」
『ええ。サガラさん、何か言ってませんでしたか?』
テッサの嬉しそうな声に、かなめはぴくりと口を引き攣らせ、
「ああ。あいつだったら何かの暗号じゃないかって、ありもしない秘密を探してたわよ」
雑誌が送られてきた時、期末テスト最終日の勉強(ちなみに科目は古文と日本史)そっちのけで、総てのページを光に透かしてみたり、拡大鏡で念入りに調べてみたり、はたまた水や試薬に濡らしてみたりと隅々まで調べて、もはや雑誌は原形を留めていなかったのだ。
そのおかげで、彼は終業式まで補習やら追試やらを受ける事になっていたりする。
やはり彼には「恋する思いを歌や物語に乗せて」贈るという事は理解できなかったらしい。
『そうですか……。でも、どうしてサガラさんはそうなんでしょう?』
がくっと肩を落としたテッサが弱々しく呟く。そんなテッサにかなめは、
「さあ? そんなあいつを好きになったのはテッサじゃない」
『それは……そうですけど』
電話の向こうで、彼女が何か文句を言いたそうな顔になっているのが容易に想像できた。
かなめは声に出さないようにくくっと笑うと、
「別にあいつじゃなくっても、他にももっとマシな男はいくらでもいると思うけど」
『そんな事を言って、サガラさんを独占する気ですか、カナメさん』
その言葉に受話器を落としそうになる。かなめは顔を真っ赤にしてあたふたとしながら、
「な、なに言ってんのよ。前から言ってるでしょ!? あたしはソースケの事なんか何とも……」
『わかりますよ。カナメさんもサガラさんが好きな事くらい』
そこにはキッパリとした強い意志が感じられた。その迫力にかなめは反論する気を無くしてしまう。
『ですから、わたしはあなたに改めて宣戦布告します。そして誓います。必ず、サガラさんのハートを射止めてみせると』
その挑発じみた言葉に、負けず嫌いのかなめもカチンときたのか、
「あ、あいつの事はともかく、宣戦布告と言われて引き下がるってのも、何かシャクね」
『素直じゃありませんね、カナメさんは』
テッサが電話の向こうでクスクスと笑っている。かなめはいかにも苦し紛れといった雰囲気で、
「不幸は分かち合うけど、幸せを手にするには障害がつきものってもんでしょ?」
『では、受けてもらえますか、カナメさん』
「上等よ。いつでもかかってきなさい」
そこでテッサが小さく笑う。それを聞いたかなめも笑いながら、誰もいない壁に向かって中指を突き立てた。
その直後かなめの家のチャイムが鳴り、それがいわば戦闘開始のゴングとなったのだが、その「戦闘」は、また別の話である。

<恋する仔猫のミックス・アップ 終わり>


あとがき

最初のプロットでは、ここまで長くなるとは考えてもいなかったんですが、「無意味にズルズル文章が長くなる」病が発病したらしいです。
が、ガシガシと削っていったら「ショートストーリー」ではなく「状況説明の羅列」となってしまい、まとめる力の無い自分に呆れ返る有り様です。まだ精進が足りないようです。
そんな訳で、投稿先のサイトでは「文章を五割増にする男」と名乗りました。

マオ姐さんの酒に関する下りは、友人の受け売りです。何せ、私は極度の下戸でございます。
タイトルを見たカンの良い方は「テッサが出てくるのか!?」とワクワクしていたでしょうが、ちっともそんな感じにはなってないです。らぶらぶなストーリーになってなくて、ファンの方、申し訳ありませんm(_ _)m。
ラストの偽名のテリーザですが「テレサ」という名前の英語での発音をカナ表記した時こうなるので、そのまま使っちゃいました。テレサというのは日本における慣用的な言い方で、正確な発音ではないんです。

では、タイトルの説明を。ミックス・アップには「混乱」「混同」「ゴチャゴチャ」といった意味が有ります。
「そういう状態」になったテッサって面白いよね、というのが元々の発端だったりします。
彼女がこうなるのは、きっと「彼」がらみの時でしょうから。
ですが、結局これはどういう話だったのでしょう(自分で言うな)。

これを書いている時、東京都調布市へ行って、彼等の暮らす所を見て参りました。
でも、そんなのを生かす暇すらなかったけど、ごく一部に使いました。
一応役に立ったので良かった、と。


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