『恋する仔猫のミックス・アップ 中編』
次の日の朝。双発のターボプロップ機の発着所にマオが来た時、機長や副操縦士が打ち合わせの最終確認をしていた。
こういった飛行機は余分に燃料を積む事はまずしない。その為、行き先はもちろんの事、飛行ルート等をしっかり確認しておく必要があるのだ。
今回はここから八丈島へ向かい、そこから予約済のセスナ機で調布飛行場へ向かう、いつものルートを使う事にした。このターボプロップ機では、小型機専用の調布飛行場に着陸できないからだ。
何やら八丈島近海に台風が接近しており、もし台風が予定ルートを外れた場合、島を直撃するかもしれないと聞いて、ちょっとだけ不安になった。
「今日は休暇だったな、マオ曹長」
パイロットたちの打ち合わせを何となく聞いていたマオに、後ろから声をかけた男がいた。
アンドレイ・カリーニン少佐。彼女の所属する陸戦部隊の責任者である。
「あ、これは少佐」
マオは彼に向き直り、敬礼でそれに答える。
「久し振りの休暇なので、楽しんでこようと思っております」
「その格好でかね?」
大きなスーツケースと大きなボストンバッグはいいとして、彼女の今の格好は普段着慣れてる野戦服。奇妙な組み合わせだ。
「あ。も、もちろん機内で着替えますよ。そうすれば見えませんかね、観光客に?」
そう言って、スーツケースを軽く前後に動かした。
「休暇の規模の割に、随分な荷物だな」
「いや。その、クル……ウェーバー軍曹に土産をせがまれまして……いろいろと」
「そうか」
彼女が前後に動かしているスーツケースをチラ、と見て短く答えた。そのあと唐突にこう告げる。
「大佐が風邪を引かれたそうだ。『大した事はないと思うが、大事をとって今日は休ませてほしい』と先程連絡があった」
「そ、そうですか……」
マオは内心で「何か勘づいてるのか?」と思っていたが、それを顔に出すほど単純ではない。
「では、彼女に何かお土産でも買って来た方が……」
「……」
カリーニンはスーツケースの前にかがんでポンと叩くと、小声で何か呟いた。
「な、何か?」
不審に思ったマオが訪ねるが、彼は、
「覚悟は決めておけ」
そう言うと、そのままどこかへ去って行った。
マオはその背中を呆然と見送った後、スーツケースをひきずって乗り込もうとすると、
「曹長。随分大きな荷物ですね。手伝いましょうか?」
いきなり副操縦士にそう言われたが、マオは内心の焦りを出さず、
「あ。自分で中に運ぶわ。飛び立って、機が安定したらちゃっちゃと着替えるつもりだし」
そう言って機内に乗り込むと、キャビンの一番奥の通路側の席に腰かけ、ボストンバッグを窓側の席に投げ出し、スーツケースを座席のそばに持ってきて、飛行機の発進を待つ。
多少不思議そうな顔をしたが、すぐに発進の準備に入る副操縦士達を見てマオは一応ベルトを締め、スーツケースをしっかり手で支えた。
「もうすぐ発進しますから」
操縦席から顔だけ出した副操縦士がマオに向かってそう告げた。
そして、ふう、とため息をついた時、先程のカリーニンとのやりとりが脳裏に蘇る。
スーツケースをポンと叩いて「覚悟は決めておけ」ときた。これは間違いなくこっちの作戦(?)に気づいている。
実は、その大きなスーツケースの中に、テッサが入っているのだ。大きなスーツケースとテッサの小柄な体格が幸いしたのだ。これが逆なら絶対に不可能であろう。
かなり身体を折り曲げている為に相当窮屈な思いをしているだろうが、時間がなかったので、あまり凝った事はできない。それならばいっそ単純な方法でいこう、と決めたのが、この「スーツケースに潜り込む」作戦だった。もっとも、作戦と呼ぶには余りにもお粗末だったが。
だが、もう後戻りは不可能。どうにでもなれ、だ。
そんな感じで、マオは完全に開き直っていた。
そんな事を考えているうちに飛行機は島を飛び立ち、見る見るうちに遠くなる。
「Catch You Later」
その窓から見えるメリダ島を見て小さく投げキッスを送る。
それからこちらに誰の目も向いていない事を確認すると、シートを限界まで倒し、どうにかこうにか苦労して座席の上にスーツケースを乗せ、ロックを解除した。
途端、荒い息を吐いて、身体を折り曲げていたテッサがケースから這い出てきた。
Tシャツにスパッツのみという、非常にラフな格好である。
「テッサ、大丈夫?」
機内はうるさいが、それでも小声で彼女に話しかける。テッサは小型の酸素ボンベを取り、涙目になりながら、
「く、苦しかった……。背中と腰が痛いです」
目の端に浮かんだ涙を指で拭きながらそう答える彼女には、少しだけ笑顔が浮かんでいる。
「でも、なんだかドキドキしますね。こんなの初めてですから」
「マズイわよ。少佐に気づかれたかも」
「ええ。『よいご旅行を』と言われた時には、心臓が止まるかと思いました」
途端、マオの顔が凍りつく。
「それって、『かも』じゃなくて完全に気づいてるんじゃない、あのおっさん!」
「そうですね。どうしましょう?」
まるで他人事のようにテッサが尋ねてくる。マオは呆れつつも、
「あのねぇ。誰のせいでこうなったと思ってるの? あの時あんたが熱くならなきゃ、こんな面倒な事には……」
テッサも、さすがに一晩たって冷静になったのか、
「そうですね。全部わたしが悪いんですよね。わたしのせいで、メリッサがどんな酷い目にあうか。営倉入りかもしれないし、もしかしたら……」
弱々しく呟いたテッサの頭を、マオは乱暴にくしゃくしゃと撫でる。
「もういいわ。あたしも覚悟を決めた。悪いって自覚してるんなら、せめて作戦は成功させないとね」
「はい、メリッサ」
天使のような笑顔を浮かべ、テッサはにっこりと微笑んだ。
それからマオは操縦席の方へと歩く。
「曹長、どうしました? 何かトラブルでも?」
「ううん、違うの。じっとしてるのも退屈で」
そう言いながら操縦席から見える景色や様々な計器類をいろいろ見ている。
「でも、よくこんなややこしい物を動かせるわね」
「操縦資格があれば、後々の仕事にも役に立つんと思いますよ? SRT要員に求められるのは万能性って聞いてますから」
操縦士が横目でマオを見ながらそう答える。
マオ自身はASと電子戦が専門だ。車は人並みには運転できるが、飛行機だって扱えるにこした事はないかもしれない。ただ、この激務の中で資格を得る勉強をする暇はなさそうだが。
ガタン。ドダン!
そんな物思いにふけっていた時、いきなりマオの後ろで大きな物音がした。
振り向くと、通路の真ん中でテッサが見事に転んでいた。幸い頭を打った訳ではなさそうである。前の二人が通路を見ようとするのを、何とかして遮り、
「あ、あれ? スーツケースが倒れたかな? あ、あははははは」
二人が怪訝そうな顔でマオを見上げる中、彼女は冷や汗をどっとかきつつ、冷めた笑顔のまま固まっていた。
マオの身体が二人の視線を遮っている間にテッサは何とか立ち上がると、手近の座席に飛び込んだ。
それからは別にトラブルもなく、順調に空の旅は続いた。野戦服からギャング映画に出てきそうな黒のジャケットとスラックスに着替えたマオは、ボストンバックに入れっぱなしだったペットボトルのミネラルウォーターを飲む。
眼下に広がる厚い雲は、どうやら台風の物ではなさそうでホッと一息つく。台風で足止めを喰うなど一度で充分だ。
テッサはといえば、操縦席から死角になる位置でうまい事ストレッチをしている。ずっと身体を無理な体勢で曲げていたのだから無理もない。それにこうでもして気晴らししないと退屈でしょうがなかった。周りがうるさいとはいえ、おしゃべりをする訳にもいかない。
八丈島までもう少しという時、副操縦士が操縦席から顔だけ出して、
「曹長。あと30分ほどで八丈島に……。……?」
彼は座席の陰から飛び出している、開けっ放しのスーツケースを見て怪訝そうな顔をする。
それに気づいたマオはその場で立ち上がり、大急ぎでスーツケースをバタンと閉じる。テッサの方も座席の陰に隠れたまま身動き一つしない。
「どうかしたんですか? スーツケースを開けっ放しにして」
「あ。なんでもないなんでもない。忘れ物したかどうか、急に不安になっちゃって……。すぐかたづけるから」
空になったペットボトルを持ったまま、取ってつけたように笑う。その後、前にいる二人の目がこちらに向いてない事を再度確認すると、
「テッサ。準備はいい?」
再び小声で話しかける。
「はい。いつでも」
そう言って、再び酸素ボンベをくわえ直す。
マオはテッサの身体を何とかもう一度スーツケースの中に押し込むと、何事もなかったように座席に座り直した。
機が着陸体制に入ったのは、それから少し経ってからだった。


それから二人――いや、一人と荷物に化けた一人――は八丈島からセスナで調布飛行場へ飛び立つ。
<ミスリル>と無関係な飛行機だったからかもしれないが、今回はマオもテッサも多少要領を心得たのかトラブルは何もなかった。
心配していた台風も予定通りのコースを行ったらしく、多少風が強い程度で、フライトスケジュールを狂わせるほどではなかった。
2時間ちょっとで、無事に調布飛行場へ到着する。さすがに台風もこっちには何の影響も与えてないようである。
マオはそのまま小さなターミナルのトイレに飛び込む。スーツケースから出たテッサは個室に入り、濡らしたタオルで汗を拭いている。本当はシャワーを浴びたかったが、そんな時間はとれない以上、これで我慢するしかない。
「テッサ。現時刻は一二四八時。向こうに着くのはだいたい一三三〇時過ぎになりそうよ」
彼女の入っている個室の扉に背を預けたまま時計を見ながら言った。
「帰りの時間を考えると、遅くてもここを一七〇〇時には出発しないといけませんね。時間はありますが、わざわざ無駄にする事もないでしょう」
テッサは狭い個室の中でテキパキと着替えを済ませる。自分の遅れが作戦の遅れになりかねない以上、彼女も真剣である。
中から制汗スプレーの音が何度か聞こえた後、扉が開いてノースリーブのワンピース姿のテッサが出てきた。アッシュブロンドに灰色の瞳ではなく、かつらとカラーコンタクトで髪も瞳もブラウンになっており、ご丁寧に大きなメガネまでかけている。
「……変装のつもり?」
そこまでするかと思ったものの、すぐ気を取り直したマオは、
「じゃ、行くとしましょうか」
「ええ。作戦開始です」
メガネの奥の瞳が鋭く輝いた。コンタクトレンズ越しではあったが。
ターミナルを出たすぐ側に止まっていたタクシーで宗介の住むタイガース・マンションへ向かう。
少々道が混んでいたが、40分ほどで無事マンションに到着。あとは、彼の部屋から写真を取り戻すのみ。
「一三三九時。だいたい予定通りですね」
「でも、ここまでくれば終わったも同然よ」
エレベーターで5階に行き、大股で彼の部屋へ向かう。そして、ついに二人は彼の部屋に辿り着いた。ここまで小走りだった為軽く深呼吸をして息を整える。
テッサがドアのノブに手をかけようとした時、マオが無言のまま手で止める。
不思議そうな顔のテッサをそのままにし、ドアとその周囲を厳しい目つきでジロジロと見回している。
「ど、どうかしたんですか?」
「……な〜んか怪しいのよ。カンなんだけど」
そう言いながらも目は真剣に周囲を見回している。そして、ドアの側に「何気なく」置かれた宅配便のダンボール箱をそっと開けると……。
「……ナニ考えてるのよ、あのバカ」
箱の中には自動車のバッテリーと小型の変圧機が収められている。比較的簡単に組める電気トラップだ。
「なるほど。ドアとかノブに触れるとビリッとくる仕掛けね。気づいて良かったわ」
そう言いながらクリップ付きのコードを外して、ワナを無力化させる。
「彼なりの防犯対策なんでしょうか?」
「もはやそんな域じゃないわね」
二人とも完全に呆れている。どこの世界にこんなトラップを家の入口に仕掛けるヤツがいるのだろう。いや、ここにいるか、とため息をつきつつも、
「じゃ、これでOKね」
そう言って鍵を差し込み、ノブをひねり、ドアを開くと――
ズガン。
いきなり鉄製の矢が飛んできてマオの脚に突き刺さる……直前にサッとかわし、矢がコンクリートの床に刺さる。
どうやら、ドアを開ける動作に連動して矢が飛んでくる仕掛けをしていたらしい。
あと一瞬でもかわすのが遅れていたら今頃脚が血みどろでは済まなかったろう。テッサだったら死んでいたかもしれない。
「な、何なのよ、これは……」
「サガラさんがここまでするなんて……」
マオの足元に刺さった矢を見て、テッサの顔も青ざめる。が、やがて何かを確信したような強い意志を秘めた顔になり、
「これは、やはり何かよからぬ物が隠してあるに違いありません。わたしの予想が正しいかどうかはわかりませんが、調べねばなりませんね」
「予想って、昨日言ってた、あれ?」
「はい。ところで、このトラップの解除は可能ですか?」
あんな無茶苦茶な予想が当たっているとはとても思えないが、と心の中で呟くマオも、一応トラップに関する知識は持っている。だが、やはり専門ではない以上、宗介よりは劣るかもしれない。しかし、ここで「できません」と言うのは、マオのプライドが許さなかった。
「やってやろうじゃない」
くわえていたタバコを床に落として足で踏み消すと、不敵な笑みを浮かべて部屋の中を睨みつけた。
スパン!
その時、下の方で何かの音がした。二人は通路から通りを見てみると、都道の真ん中に誰かが立っていた。
「ソースケ!」
「サガラさん!」
マオとテッサの声が重なった。
確かに二人が見下ろす先には、学生服姿の相良宗介と、二人の女の子――髪型から察して千鳥かなめと常盤恭子だろう――の姿が見えた。
「もしかしたら、学校が早く終わったのかしら。どうする?」
マオが真剣な顔でテッサに尋ねる。テッサは下でなにやら話している三人を見下ろして、素早く考えをめぐらせる。
「とにかく、作戦を続行するしかないですね。でも、このままではサガラさんはこちらに来てしまいます。それでは作戦の意味が無くなります」
マオは何かいいアイデアが浮かんだらしく、にんまりと笑うと、
「テッサ。今から急いで下に降りて、ソースケを足止めして」
「あ、足止めですか!?」
「そう。こっちはあたしが何とかするから、テッサはとにかくソースケがここに来られないようにして。色仕掛けでも脅迫でも何でもいいから早く!」
切羽詰まったマオの声を聞いて、テッサの顔がほんのり赤くなる。
「色仕掛けって……彼の腕とか背中にピッタリと、む、胸を押しつけたり、耳元で囁いて誘惑したり、服をするりと脱いで、とか……」
「あのねぇ。そんな妄想に浸ってないで、早く行く!」
実際に自分が宗介にいろいろと「色仕掛け」をしているシーンを思い浮かべていたテッサは我に帰り、
「わ、わかりました。お願いします!」
ぱたぱたとエレベーターホールに向かって走り出した。が、
ずるべたーん!
慌てていたのか、自分で自分の足を蹴って転んでしまっていた。


この少し前、マンション前の都道では、目の下にくまを作っている千鳥かなめが、
「……あんたねぇ。いい加減慣れなさいよ。どこの世界に花壇に爆弾埋めるヤツがいるってのよ。おまけにその花壇吹っ飛ばすし」
「罠という物は、意外な所に仕掛けてこそ、その効果を発揮する」
「でも、仮に百歩。いや、一万歩譲って爆弾だったとしても、あんな普通の花壇に仕掛けてどうするってのよ」
「この場合、最も可能性が高いのは無差別テロだろうな……」
「ないわよっ!」
「地雷に限らず、何かを地面に埋めるトラップという物は古くからあるのだ。古代ローマ時代にはスティムリーという鉤爪付の杭があった。辺り一面に鉤爪が出るように杭を埋めておき、それに気づかずにそこを歩いた者や馬の足を傷つけて足止めする物でな……」
「誰もトラップの歴史を話せとは言ってない!」
スパン、とハリセンが彼の頭にヒットする。寝不足の為か今一つ威力がない。そんな毎度毎度のかなめのお説教と宗介の的外れの言い訳を聞いていた恭子は、
「でも、徹夜で花壇を直していた相良くんに、一晩中つきあってたんでしょ、カナちゃんも」
恭子が何やらにやにやしながら二人のやり取りを見ている。
「そ、それは……こいつがサボらないようによ。あたしはただ、生徒会副会長という立場として、仕方なく……」
恭子は、かなめの毎度おなじみの言い訳を「はいはい」と聞き流す。
少々バツが悪くなったかなめは、唐突に話題を変える。
「ところでソースケ。貸しておいた古文のノート。今日返してくれるんでしょ?」
「無論だ。おかげで助かった。感謝する」
三人はマンションの中に入り、降りてくるエレベーターを待つ。
一分とたたずにエレベーターは来て、扉が開く。そこで、テッサと宗介の目があった。
(サガラさん!)
一応変装しているとはいえ、目の前に彼が現れた事で心臓の鼓動が早くなり、顔が赤くなるのが押さえられない。宗介は、いきなり目の前に現れて顔を真っ赤にしている白人の少女を見て、
『どうしました。どこか具合でも悪いのですか?』
と、英語で話しかける。
『い、いえ。あの、その……』
彼女はいきなり英語で話しかけられたために目を白黒させ、しどろもどろになって、何を言って良いのかわからず混乱してしまい、うまく言葉にならない。
(そ、そうだ。わたしがサガラさんを足止めしなくては。でも、どうすれば……)
そんな事を考えながら足を踏み出したせいか、またつまづいて転び、宗介の胸に顔を埋めてしまう。だが、後ろで見ていた二人の少女には、その外国人の少女がいきなり彼の胸に飛び込んだ、と見えた。
「なっ、なんなの!?」
驚き・不安・焦りなどがないまぜになって、かなめの表情が凍りつく。恭子も、目を白黒させて驚いている。
『おい、どうした、しっかりしろ』
宗介は彼女の肩を掴み、軽く揺さぶっている。
『サガラさん……』
小さく呟いたテッサの言葉をかなめ「だけは」聞き逃さなかった。途端に不機嫌な顔になり、こめかみに血管がピクッと浮かんだ。
まるで般若のような――いや、般若の方がよほど可愛いかもしれない――そんな形相だ。
「な〜んだ。ソースケの知り合いか。いやはや、随分とモテるじゃない。あ〜モテる男は辛いわね〜」
前では見知らぬ少女に抱きつかれ、後ろからはかなめのピリピリとした視線が容赦なく突き刺さり、宗介は脂汗をだらだらと流したままその場に電柱のように硬直した。
(こっ、これは……非常に良くない。何なのだ、千鳥の発している殺意にも似た雰囲気は!?)
「行こ、キョーコ。ラブラブな二人の邪魔しちゃ悪いしね」
かなめは「邪魔しちゃ悪いしね」の所をやけに強調して言うと、ずんずんと大股で去り、ドアを蹴り開けてマンションを出て行く。恭子も苦笑いして、宗介に軽く手を振ってから大急ぎで彼女を追いかける。
その場には、二人だけがぽつんと残された。
エレベーターの扉が閉まった後も、宗介は脂汗を流したまましばらく微動だにできなかった。

<後編につづく>


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