『灼熱のブリット』
対テロ戦争を遂行する傭兵部隊<ミスリル>の西太平洋戦隊<トゥアハー・デ・ダナン>の最高責任者テレサ・テスタロッサ大佐は、部下からの要望書の中に、こんな書類の束を見つけた。

『チドリ・カナメさんをメリダ島基地に招待しよう』。

「当戦隊の危機を救った彼女へのお礼の意味をこめて、彼女を島へ呼んで手厚い歓迎をして感謝の意を示すのが目的」と書いてある。
その下に発起人クルツ・ウェーバー軍曹と四人の兵の名の下に、基地の大半の将校・下士官・兵卒の署名がズラリと。
この戦隊の潜水艦<トゥアハー・デ・ダナン>のシージャック事件の時、彼女がいなかったら自分達は今頃こうして生きてはいなかっただろう。
そういう意味では言葉にできないほど感謝しているのは自分も同じだ。だが、その事後処理と日頃の任務でそういった面が置き去りになっていた。
彼女は民間人でありながら並々ならぬ勇気を示してくれたのだ。命を助けられていちいちお礼を言っていられない傭兵部隊ではあるものの、何もしないというのはいくら何でも失礼だ。
そういう訳で、テッサは部下のリチャード・マデューカス中佐とアンドレイ・カリーニン少佐にもその要望書を見せ、意見を請う事にした。
「一種の慰問と考えれば、選択肢の一つと考えていいと思います」
少し間を置いてカリーニンが口を開く。
確かに傭兵部隊という性質上、基地内の女性人口は圧倒的に少ない。言い方は悪いが「女に飢えて」いる隊員もいるだろうし、彼女の来訪は基地内のムードを明るくする事は間違いない。
「いくら恩人とはいえ、民間人をこの基地に招待するのはいささか抵抗がありますが……」
マデューカスも渋い顔で意見を述べ、要望書の署名をパラパラと見ている。
「これだけの署名を無視する事もできませんな。ミズ・チドリさえよければ、基地へ呼んでもよいのではないかと」
神経質そうな顔が少しだけほころぶ。
早速日本にいる、部下の相良宗介軍曹を通じてかなめに連絡をとってみると、今度の土・日なら大丈夫という返事が来た。


双発のターボプロップ機がメリダ島の偽装滑走路に降り立った。
その滑走路には野戦服や作業着姿の男達がズラリと勢ぞろいしている。ちらほらと将校服の者もいた。何人かは「WELCOME」と書かれたボードを掲げ、扉が開くのを今か今かと待ち構えている。
ドアが開いて奥に見えた人影に男達はどよめくが、タラップを下りてきたのが大きなクーラーボックスを二つも抱えた同僚の相良宗介軍曹だと判った途端、あからさまな落胆とブーイングの声が響いた。
周囲の人間のがっくりした態度を見回し、彼の頭に疑問符がいくつも浮かぶ。
彼がタラップを下りきった瞬間、周囲からどよめきと歓声が沸き上がる。
まさしく万雷の拍手の中、姿を見せた千鳥かなめ。そのあまりに派手な出迎えに彼女の方が驚いていた。
「カナメ、久しぶり!」
「会いたかったぞ!」
「今日は楽しませてやるぜぇ!」
出迎えた男達が口々に手を振って声援を送る。彼女は照れて苦笑いしながら、小さく手を振ってその声援に答える。
「チドリ・カナメさん、メリダ島へようこそ」
群集の中から出てきたテッサが儀礼的にそう言って右手を差し出す。そう話しかけたのは英語だったが、かなめは帰国子女のため英語は理解できる。かなめもその手を握り返すと、またわあっと歓声が沸いた。
「お招きありがと、テッサ。だけど……オーバーじゃない、これ?」
周囲の男達の反応に、かなめは困るやら照れ臭いやら。自分も英語は判るので歓迎されているのは判るが、どこか場違いすぎるというか違和感を感じる。そんな心境だ。
「基本的に、うちの隊員達はお祭り騒ぎが大好きですから」
テッサも「しょうがないですね」と言いたそうな苦笑いを浮かべている。
「それに、こんな小さく閉鎖的な島ですから、どうしても娯楽に飢えてしまうんですよ。どうか判って下さいね、カナメさん」
かなめは軍隊という物をほとんど知らないが、彼女の言った事は何となく判る気がした。
「それでテッサ。荷物置きたいんだけど……どっかない?」
そこでかなめは、宗介が今も持っているクーラーボックスを指差した。
「これからカナメさんの部屋へご案内するつもりですけど。何なんですか、あれ?」
「……まだ内緒。けど危険物じゃないから安心して」
かなめは意地悪っぽく小さく笑う。
「んじゃソースケ。荷物持ってきて〜」
「了解した」
宗介が返事をした時、周りを取り囲んでいた隊員の一人が重いクーラーボックスを強引に奪い取り、
「俺が運んでやるよ、カナメちゃん」
「あ! なんだよ、てめえ一人でいいカッコしてんじゃねえ!」
「いいカッコしようとしてるのはお前だろ!?」
またある者はここぞとばかりにかなめにすりより、
「カナメちゃん。俺が基地の中いろいろ案内してやるよ」
「バカ野郎。そういうのは施設中隊の俺の仕事だ!」
「うるせえ! お前がやったんじゃカナメの身があぶねーっての!」
その場が一気に騒がしくなってしまった。テッサも「皆さん落ち着いて下さい!」と言っているものの、ほとんど効果はない。
いくら恩義があるとはいえ、あっという間にみんなと打ち解け、高い人気まで勝ち得てしまう少女。それは彼女が人との間に壁を作らない――飾らず気取らず仲良くなれるからだろう。
テッサはそんな彼女がうらやましくもあると同時に、わずかばかりの嫉みを覚えた。それでも彼女が嫌いになれないのだから、やっぱり持って生まれた美徳、というやつなのだろうか。
かなめは苦笑いしつつもそれらを丁寧に断わり、宗介を伴って部屋へ案内された。
彼らは揃って見送ると、それぞれの上官にどやされながら自分の持ち場へ戻る。やがてその場に残ったのは、この企画の発起人クルツ・ウェーバー軍曹と四人の兵達。着ているのは野戦服だが微妙にデザインが違うところを見ると、部署が違うのだろう。
クルツは間をとって咳払いすると、
「さて紳士諸君。ここまでは計画通りだ」
周囲は人も多く、作業用のトレーラーが通ったりするので結構うるさい。にもかかわらず周囲を警戒する声で、一同にそう告げた。
「問題はソースケだ。絶対護衛だ何だと言い張ってカナメにベッタリに決まってる。だから二人を一時的にでも引き離さないとな」
クルツは握りこぶしを作って力説する。彼の言葉を聞く兵達も一様にうんうんとうなづいている。
「ま、そっちについてはアテがある。任せとけ」
思いっきり不安というかまるで信用してないというか。ともかく懐疑的な目で見られるクルツだが、そんな事は一切気にしていない。
「誰がカナメをオトしても、文句は言いっこナシだ。判ったな」
「あんなカワイイ子。サガラだけに独占されてなるものか」
「せめて一夜の思い出くらいは欲しいよな……」
男達の気持ちが――正確に欲望と言った方がいいかもしれないが――今一つになろうとしていた。
一方、かなめを居住区画へ案内するメリッサ・マオ曹長は、地下の通路を行き来する基地車輛に乗った途端、苦虫を噛み潰したような渋い顔を作る。
「……あの、マオさん。やっぱり、あたしが来たのって迷惑だった?」
申し訳なさそうに沈んだ表情を浮かべるかなめに見つめられ、マオは我に返ると、
「ああ、違う違う。そういうんじゃないから」
笑顔を作って手を振って否定する。それから呆れたように肩を落とすと「あの悪ガキども……」と小さく悪態をつく。
「ソースケ。今日のあんたは用事ないんだから、カナメについてなさい」
「えっ!?」
マオの命令に反応したのは宗介ではなくかなめだった。
「確かに今日のカナメはお客様だけど、ここはあくまでも秘密の軍事基地。一人でふらふらされても困るしね」
いくら何でも、秘密満載の軍事基地を民間人にふらふらされていい訳がない。この戦隊はあんまりうるさい事を言う人はいないが、それが普通だろう。
「理由は、もう一つあるけどね」
マオはそう言って自分がつけていたイヤホンを外すと宗介とかなめに一つずつ渡して、あごでしゃくるようにして「聞いてみて」と合図する。二人は黙ってイヤホンを耳に当てる。
不思議そうな顔の二人の耳に飛び込んできたのは、先ほどのクルツ達の悪巧みの続きだった。
おそらくこっそりと盗聴器でもしかけておいたのだろう。さっきの渋い顔の原因はこれに違いない。
「あんのスケベ外人……」
呆れてため息をついたかなめだが、突然ふふふふ……と不気味に笑い出した。
「そっちがその気なら、こっちにだって考えがあるわよ」
何か悪事を思いついたような、どこか歪んだ気味の悪い笑顔。マオもくくくっと小さく笑って、
「ま、ちょっとお灸を据えてやって。責任はあたしが持つから」
宗介は、意地の悪い笑みを浮かべて向かい合う二人をきょとんと見つめるだけだった。


その日の夜。基地内の食堂に料理と酒が並べられ、かなめの歓迎パーティーが開催された。
発起人のクルツの仕切りで、かなめを中心に飲めや歌えやの大騒ぎ。いつもであれば咎められるバカ騒ぎも、今日だけは特別に許可が出た。
かなめに日本の事をあれこれ聞いてくる者。酒片手にかなめを口説こうとして、宗介に止められる者。または宗介にひがみ丸出しでからむ者。はたまたお祭り騒ぎを幸いと料理を腹一杯食べる者。
その過ごし方は様々だが、久しぶりに騒げるとあって、とても楽しんでいる。
だが、クルツを始めとした四人の隊員だけは不機嫌顔だ。それを表に出すような事はしていないが、態度の端々にそれが見て取れる。
「何でカナメがサガラにへばりついてるんだよ」
「サガラも殺気立ってやがるし……」
「あれじゃ手が出せねーじゃねーか!」
「サガラの事は何とかする筈だろ、ウェーバー」
全員に小声で責められ、さしものクルツも困った声で、
「いや。テッサちゃんに頼んでおいたんだけどなぁ。ソースケを何とかしてくれって」
彼女が宗介の事を好きなのは、一部の人間には周知の事実。そしてクルツはそれを知っている一人だ。
いつもは書類仕事に追われる彼女も、今日は彼が来るとあってその仕事のほとんどを片づけてある事は調査済。だからこちらの誘いに乗って、宗介と二人きりになろうとあれこれすると読んでいたのだが……。
「しょうがねぇ。パーティーゲームで何とかするしかねーな」
「またビンゴか?」
「王道だろ? 司会は任せとけ」
ひそひそひそひそ。そんな缶ビール片手の密談が食堂の隅で行われている。そんな密談を横目で見ているのは、マオとテッサだった。
「……やっぱり、機嫌は悪そうね、テッサ」
「当たり前です。事情は判りましたが、いくら何でもサガラさんにベッタリしすぎです、カナメさん……」
テッサはあからさまにぶすっとした顔で、離れた位置からかなめを見ている。
先ほどクルツ達の密談の内容――この会を開いた真相を聞かされたから、あえてクルツの頼みを無視しているテッサ。
だが、露骨にベッタリと彼に張りつき、その隣で肩まで組んで一緒に飲み食いしている彼女に、そこはかとない暗い感情が沸き上がるのを自分でも感じていた。
基地内で、それも大佐と軍曹という階級差もあって、親しく話す事すらはばかられるというのに! 向こうは主賓という地位を利用して彼に「物理的に」急接近どころか密着までしている! 彼女には宗介が困っている姿が見えていないのだろうか!
実際宗介は脂汗をびっしりとかいて、首を小刻みに動かしてあたふたとしている。時折思い出したように周囲を殺気立った目で警戒してはいるものの、端から見れば困っているようにも見える。
だが、実際は――
『千鳥』
すぐ隣にいるかなめに、宗介は日本語で話しかけた。
『ここまでくっつく必要があるのか?』
まるで一つの椅子に二人で座るようにピッタリと身体を寄せられている。
彼女の身体の温もり、柔らかさ、それに吐息までがストレートに自分の身体に伝わってくる。
さらにかなめの服は、常夏のメリダ島の気候に合わせて夏物の生地の薄いノースリーブのワンピース。襟口や肩口からちらちらと覗く素肌が嫌でも目に入り、落ち着かない事この上ない。
『なによぉ。あたしが隣にいるのは嫌?』
ジュースしか飲んでいないのに、酔っ払いのように据わった目でじろ〜っと宗介を睨みつける。
『だから、いいとか嫌という話ではなくてだな……』
そう言ってさっき以上に身体を密着させると、
『それとも、変な気でも起こすつもりなのかな? 相良軍曹殿は?』
冗談っぽくにや〜と笑いながら言うが、今の宗介に冷静さは全くない。驚いて言葉を失うだけだ。
そんな風におろおろとする宗介を見てかなめはけらけら笑い、日本語の判る隊員達が半ば無責任にやんやとはやし立てている。
やがて料理が少なくなってきた時、ステージ代わりの空白地帯にクルツが立ち、高らかに宣言した。
「さて皆さん。パーティーと言えば、つきものなのはビンゴ大会でーす!」
酒も入っているメンバーが「またかよ〜」「いいぞ〜」と調子よく声援を送る。
「今回は時間もないので商品は一つ。文字どおりの早い者勝ちだぁ!」
再び一同から歓声が沸き起こる。そこへマオがやや冷淡に、
「ひょっとして、今度は『カナメの熱〜いキッスで〜す』なんて言う気じゃないでしょうね?」
一部から「それもいいな」と声が上がる。かなめは両腕で「バツ」の字を作って抗議する。クルツは舌打ちしながら人差し指を左右に振って、
「判ってないな、姐さん。日本人の女の子にとって、キスは愛するパートナーだけにする大事なもんなんだぜ。いくら何でも景品にはしないさ」
キザっぽく小さな笑みを浮かべ、さわやかに言い返した。
「今回の景品。それは――」
クルツはセリフを思いきり溜めて間を取る。一同の期待の視線が集まったところで力強く宣言した。
「今回の主賓、チドリ・カナメ嬢との一日デート権でーーす!」
宣言した途端、その場の男達が一斉に拍手喝采し、雄叫びまで上がる始末。
「ちょ、ちょっとクルツくん。ナニ勝手に決めてるのよ!」
テーブルを叩いてかなめが抗議する。宗介も不機嫌そうに眉を上げると、
「そうだ。貴様にそんな権限はないぞ、クルツ」
「おいソースケ。ひょっとしてヤキモチやいてんのか? カナメが別の男とデートするかもしれないからって?」
クルツが笑いたいのを堪えながら言い返す。周囲が小さくクスクス笑う中、宗介は淡々とこう言った。
「俺達は明日の昼過ぎには東京へ帰らねばならん。そんな時間はない」
クルツのセリフに、ほんの一瞬「え、そうなの!?」と思ったかなめだが、その言葉で「やっぱりな」と肩を落とす。
至極真っ当すぎる正論。しかし素直に引き下がるクルツではない。
「けどさ。朝までデートよりはいいだろ?」
「そんな事はさせませんよ!」
そう言って皆の前に出てきたのはテッサだった。酒でも入っているように顔を真っ赤にして、ハイテンションで彼に詰め寄り、
「こんな娯楽施設のない基地で『朝までデート』って何をする気ですか! お祭り騒ぎは許可しましたけど、仮に不謹慎で不道徳な行為をするようなら……!」
「落ち着けってテッサちゃん。物の例えだし、冗談だって」
心の中で「やっぱりダメか」と言いながら、それに変わる「景品」のアイデアを賢明に振り絞る。普段の実戦でもこれほど頭を使う事は稀だろう。
頭を使った甲斐あって思いついたらしく、皆の半ば呆れた視線をものともせず、言った。
「『カナメちゃんお手製の朝ごはん』ってのはどうだ!」
クルツの宣言に、場が一瞬だけしんと静まり返った。
「考えてもみろ。こんなキュートな子が自分のために朝ごはんを作ってくれるんだぞ。こういうシチュエーションは、ある意味で男の夢だと思わないか!?」
誰かが「わたし男じゃないけど」と言ったのが聞こえたが、クルツはそれを無視して、
「それに、カナメちゃんの料理の腕は、<デ・ダナン>コックのカスヤ・ヒロシ上等兵お墨付き! レパートリーも和・洋・中華何でもこいだ!」
エプロン姿のかなめが自分のためだけに朝ごはんを作ってくれる。そんな光景が男達の頭に鮮明に浮かんだ。
戦争というものを生業としなくても、独身の男達にとって、女性の手作りそれも家庭的な味というものは望んでもなかなか得られない「憧れ」なのである。作る彼女が料理上手で器量もよければなおさらだ。
皆が好印象を持つ中、かなめがちょっと拍子抜けしたように挙手して、
「あの〜。そんなのでいいの?」
全員の視線が自分に集中し、ちょっと気恥ずかしさに頬染めて、
「だったら、みんなの朝ごはん作るよ。そりゃあたしはプロじゃないし、人数が多いから大したものは作れないけど……」
「いいんですか、カナメさん?」
いきなりの申し出に、テッサが目を見開いてしまう。
「うん。元々そのつもりで材料も買ってクーラーボックスに入れてあるし。でも基地の人全員分はちょっと無理かなぁ」
宣言したにもかかわらず、ちょっとだけ自信なさそうにしている様がカワイイと見られ、自然と拍手と歓声が上がった。
ただ一人、なし崩し的にビンゴ大会を潰されてしまったクルツが、ぽつんと寂しそうに立っていた。


翌朝。食堂のテーブルにはたくさんのおにぎりが並んでいた。かなめは本当に朝早く起きて、米とぎから炊飯、さらにはおにぎりを一つ一つ握っていったという。
かなめ一人で何百という数のおにぎりを作ったおかげで、腕に力が入らないくらいへろへろになってしまっていたが。
「これ、全部カナメちゃんが作ったのかよ」
クルツが口をぽかんと開けている。そんな彼にかなめは、
「この基地っていろんな国の人がいる訳でしょ? 牛肉や豚肉は宗教でダメって人がいるだろうし、鶏肉や魚も菜食主義の人がいたらアウトだし。かといってサンドイッチじゃありきたりだし。みんなが食べられるのって言ったら、これしか思いつかなくって。中身はスーパーで買った昆布の佃煮だけどね」
米と海草を食べる事を禁じている地域も宗教もない。それにおにぎりならたくさん作る事は容易だし、冷めてもそれほど味は落ちない。とっさの思いつきの割に、こうした忙しい基地にとっては理に叶った食事である。
「それに、ここの料理長とカスヤさんに無理言ってお味噌汁も作ってもらったから、どんどん食べてってね」
その言葉に、待ってましたとばかりに男達が群がっていく。おにぎりなど見た事も聞いた事もない外国人の隊員もいたが、物珍しそうに、そしてとても美味しそうに食べているのを見ていると、かなめも腕の疲れが吹き飛ぶ思いだった。
「さて。クルツくん、そこに座って」
気分を切り替えるように立ち上がる。同じ頃、マオと宗介に連れて来られた男達が四人、同じように座らされる。昨日密談をしていたメンバーである。
「あなた達には特別メニューがありま〜す」
かなめが厨房に合図すると、カスヤ上等兵が小さな鍋を持ってやってきた。周囲のブーイングの中、彼らの前に鍋が置かれる。
蓋を取ると、濃い目の醤油とだしで煮込んだネギとマグロのぶつ切りが。ほどよい加減に火が通っている。
「へえ。朝から鍋とは豪勢だねぇ。こいつは初めて見るけど」
この中で日本に詳しいクルツが口笛を吹く。
「えー。では、このニッポンの料理『ねぎま鍋』の食べ方をお教えします」
こほんとわざとらしい咳払いをして、かなめは箸を持ち、中のネギを一つつまんだ。
「こうしてネギの先の方を持って……」
日本暮しが長かったクルツはもちろん、他の隊員もどうやら箸は使えるらしく、かなめの言う通りにネギをつまむ。
「……まっすぐ口の中にネギを八分目くらい入れて、前歯で一気に噛む」
かなめを見て、なるほどとうなづきながら全員が揃ってネギを噛みしめた。
その直後。
『ギャアアアアァァァァァッ!!!』
全員が一斉に箸を放り出して悲鳴を上げる。喉を押さえてのたうちまわり、弱々しく「水をくれ」と泣き叫ぶ。原因はさっぱり判らないものの、そのあまりの取り乱しように、その場の一同が大声で笑っていた。
「え〜、今のが『やっちゃいけない食べ方』です」
かなめ自身も笑い過ぎて出てきた涙を拭ってつけ加える。
「ああすると、熱くなったネギの芯の部分が、テッポーの弾みたいに飛び出してきてヤケドしますから」
「それを早く言ってくれよぉ」
かなめが差し出したコップの水をがぶ飲みしながらクルツが言う。
「何言ってんのよ。あたしに変な事するつもりだったくせに。マオさんがしかけてた盗聴器で、しっかりネタは割れてんだからね」
クルツにビシッとそう言ってやる。その言葉でクルツの額に冷や汗が一筋。
「それとも、この事をマデューカスさんあたりに言っちゃおうかな。尾ひれつけまくって」
『それだけはご勘弁』
まだヒリヒリする喉の痛みを堪え、その場でテーブルに頭を擦りつけるよう土下座する一同。そうしたらどうなるかを想像しただけでも恐ろしい。
「自業自得だ。この程度で済んでよかったと思え」
やってきた宗介が低い声で脅す。かなめは宗介の腕を引っぱり、
「ほら、早くこっち来て。せっかくあたしが早起きしておにぎり作ったんだから、あんたも食べなさいよ」
そのまま宗介は食堂の奥へ引きずられていく。マオはクルツを軽くこづくと、
「これ以上ちょっかい出してると、馬に蹴られる前にソースケに撃たれるわよ」
「ご冗談。からかうのは大好きだけど、割って入る気なんざないって」
脅しの時に漂ってきた殺気を思い出し、常夏の島で身震いするクルツ。それでもどこか兄貴ぶって、穏やかに二人を見つめていた。
(ま。あの朴念仁には、あのくらい娘の方がいいよな)
心の中で呟くと、鍋の中のマグロを口に放り込んだ。

<灼熱のブリット 終わり>


あとがき

>まず、ジャンルはフルメタ、内容は宗介×かなめで。
>それから、舞台はメリダ島でお願いします。
>―――東京ではなく、あえてメリダ島で。
>雰囲気はほのぼのでもシリアスでもラブラブでもコメディでも、もう何でもOKです。

……というのが北条まどかさんからのリクエストでした。

『そーかな話』で舞台が『メリダ島』。ちょっと考えました。
いくら恩義のあるかなめでも極秘の軍事基地へ来る理由がない。が、ないなら作ってしまえばいい。そういう事をやりそうなのは……と考えたらこうなりました。
最大の問題は宗介×かなめに……なってないかなってところ(-_-;)。けど宗介の方からアプローチってしなさそうですしねぇ。「受けっぽい」と言われた事もありますし、彼。

なお、タイトルのブリットとは「BULLET」と綴って弾丸の事を意味します。ラストの「ネギの芯」をそれに見立てたものであります。
シャレにならないくらい熱いですから、決して真似はしないように。

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