『刀が行方不明 肆』
道場の中央に立つ米田。その手には、山本が鞘に収めた刀が一振り。
千葉を含めた三人は「どうぞ使ってみて下さい」と言わんばかりに壁の方に寄っている。
そこまでされては米田とて一流の剣の使い手。気持ちが昂らぬ訳がない。
「では、お言葉に甘えまして……」
足を肩幅に開き、右足を前に出す。それから少しだけ腰を落とすと一瞬だけ右手が見えなくなった。
しゅぅっ。
三人が気がついた時には米田の右手は刀を掴み、引き抜くと同時に真一文字に振り切った姿勢で制止していた。
一分の乱れもない抜き打ちの技を、三人は感心したように見ていた。
だが米田は目ではない部分で別の事を視ていた。
そう。刀から微かに舞い上がる、うす紅い煙のような妖力を。
(こいつは……!?)
急に刀を握る右手が硬直したように動かなくなった。それと同時に刀の柄が皮膚に食いついたかのように吸いつく痛みの感触が。
「ぐあっ!」
さらに掌からビリビリと痺れが伝わり、全身を駆け巡る。その異常な光景に三人が思わず駆け寄ろうとするが、
「来るんじゃねぇっ!」
痛みに堪えて怒鳴るその迫力に、三人の足がピタリと止められてしまった。
米田には判っていた。これはただの痛みではない。刀が自分の霊力を吸い上げようとしているのだ。
事実疲労感にも似た脱力感が足に拡がっていく。その拍子にガクンと膝が落ちかけた。
「何の、これしきっ!」
無理矢理自分自身に喝を入れ、落ちかけた膝を立て直す。その気合いは老いてなお戦う戦士を思わせた。
その時である。
掌からの痛みや脱力感が一瞬にして消え失せてしまった。
何事かと思い、直感で刀に目を走らせる。
すると、刀の刀身のみが波打つように歪み始めたのである!
「米田殿。それは……!」
千葉の叫びより一瞬早く、歪みは更に大きくなり、刀の先から空気に溶け込むように消えて行った。
そして、手の中から完全に刀が消え失せたその時――米田は視線の先に信じられない物を見た。
身の丈六尺(一八〇センチ)を優に越すその姿。
筋骨隆々という言葉がよく似合う赤黒い肌の巨体。
腰に獣の皮を無造作に巻きつけただけの軽装。
伸び放題乱れ放題の薄汚れた白髪。
角さえ生えていれば、昔話に出てくるような、典型的な鬼の姿であった。
そもそも鬼は元々「陰」と書き、姿の見えない災いの総称。
それがやがて魑魅魍魎は「艮(うしとら。北東の事)」の方角から来るという思想が広まり「牛の角に虎の皮をまとった大男」として描かれるようになっただけである。
ともかく、そんな大男が口を引き結んだ難しい顔に無表情な目をして、自分を遥か高みから凄まじい威圧感と共に見下ろしているのだ。
これだけの鬼(?)がいきなり現れたのでは、剣の達人であろうと面喰らう事は間違いないだろう。
だが、米田はかつて降魔と剣一本で戦い、生き抜いたのである。面喰らう事だけはなく、
「……お前さん、何者だい?」
素手にもかかわらず腰を落として身構え、いきなりそう問いかけたのである。この対応にはさすがに皆が驚いた。
しかし三人共――一度見ている筈の千葉や山本ですら――恐怖で一歩も動く事ができない。
“儂は玖度山(くどやま)に住まう鬼である! 儂を怖れぬとは、何者だ?”
米田の頭の中に野太い声がガンガン響く。一音一音ごとに金槌で殴られたような衝撃が走り、これにはさすがの彼も片膝をついてしまった。
「俺は米田一基って、ケチな軍人サマよぉ」
まるで虚勢にしか見えないが、乾いた笑いを浮かべる米田。だが鬼の声は米田にしか聞こえていなかった。そのため千葉達は会話の脈絡の無さに首をかしげるばかり。
「玖度山の鬼さんが、遠く離れた帝都で、何をしていらっしゃるんで?」
言葉こそ丁寧だが、その口調はあくまでもべらんめぇ調。しかもどこか皮肉めいた雰囲気すら漂わせている。
その調子に気づいているのかいないのか。鬼は再び口を開いた。
“儂は故郷へ帰るだけである!”
二度目だったからか、今度は膝をつく事なく耐えぬいた米田。だが、
「危ないっ!」
上尾の声で気づいた時には、鬼の掌が米田の眼前に迫っていたのだ。
だだん!
間一髪。横へ転げる事でその掌――張り手をどうにかかわし、さらに転げた勢いを利用して立ち上がると、
「おいおい。随分荒っぽい野郎だな」
不敵な表情で鬼を睨みつける。視線を合わせたまま、頬を指で軽くなぞると、指の腹がうっすらと赤く染まる。
ほんのわずかだが攻撃がかすっていたのだ。まともに当たっていたら首から上が無くなっていた事だろう。
“儂に戦う意志はない。儂は故郷へ帰るのみ”
「だがな。お前さんをこのまま外にやる訳にはいかねぇんだよ。鬼を恐れる人間は多いんでな」
気合を込めて鬼を睨み返す。体格や腕力では負けていても、気迫だけは一歩もひけをとっていない。
“邪魔だてするなら容赦はせんぞ!”
鬼は片足を少しだけ持ち上げ、それから床に叩きつけた。
ドシンッ!
米田の目から見ても思いっきり加減して叩きつけたのが明白な動き。しかしそれでも道場の床をたやすく踏み抜いたのである。
柔道や剣道の道場の床はことさら頑丈にできている。それを加減した力ででも踏み抜いてしまうとは。
やはり鬼の力は強大である。米田の背筋に何年かぶりの冷や汗が流れた。
「ちゅ、中将殿!?」
上尾の悲痛な声が響く。それから千葉と山本に向かって、
「千葉殿。おじさん。何か鬼に弱点とかないんですか!? このままだと中将殿が……」
「それは判るが……鬼の弱点など判らんよ」
「あ、ほら。節分に豆をまいたり、鰯の頭を柊の小枝に刺して戸口に飾るじゃないですか。それじゃないんですか?」
「それはあくまでも鬼避けであって、鬼の弱点という訳ではない」
三人の会話を背中で聞いている米田。確かにどんな古来よりの文献をひもといても、「これが鬼の弱点」という物は意外に載っていない。
降魔であれば霊力を込めた刀で斬ってしまえばいいのだが……。
「千葉殿! その刀を貸してくれ!」
米田のその怒鳴り声に、彼はまるで金縛りが解けたかのように上座に飾られた刀に走り、鞘ごと投げ渡す。
米田がそれをしっかりと受け取った時には、鬼はゆっくりとした足取りで道場を出て行こうとしていた。
「行かせるかっ!」
米田は床を蹴って精一杯駆け出す。その音にゆっくりと振り向く鬼。
「これでもくらいやがれっ!」
右手で柄を握りしめる。同時に刀に己の霊力を注ぎ込み、その刃を抜きざま鬼に叩きつけた。
“ぐあああああっ!!!”
喉の奥からほとばしる鬼の絶叫。だが、それが聞こえるのは米田のみ。さっき以上に頭を殴られるような衝撃が走る。
霊力を大量に使った疲労感と頭を激しく揺さぶられたような振動で、米田はとうとう倒れてしまった。
一方鬼の方はというと、二の腕が少し斬り裂かれたのみであった。ケガの程度としては(悲鳴の割には)軽い。
しかし。傷を受けた鬼が反撃に出るかと思いきや。倒れた米田のそばにドカンと胡座をかき、
“儂の声を聞ける。儂を斬る事ができる。破邪の血を持たぬのに、何故だ!?”
倒れた米田は意識がなくなりそうであったのだが、その頭を殴られるような衝撃がかえって目覚まし代わりになった。
米田は頭を抑えながらフラフラと身を起こすと、
「ちきしょう。あれっぽっちしか斬れてねぇのか。ホント、年は取りたくねぇや」
霊力を伝えるための刀でないためにその威力が半減していたのだが、それにはさすがの米田も気づいていなかった。
だが、鬼の方は傷を負わされたにもかかわらず殺気がない。
いや。よく考えてみれば、そもそも最初からそんな物はなかったのだ。
“儂を斬った者など、儂を負かした藤堂鷹寅(とうどうたかとら)以来だ”
無表情な目の中にも、昔を懐かしむような微かな光が見える。
“米田一基と言ったな、人間”
その声には、傷つけられた怨みすらない。むしろ、どこか親しみすら感じられた。
敵対する人外の者とばかりかかわり過ぎたためか、忘れていたのだ。
確かに鬼は人を超えた腕力を持ち、人の太刀打ちできぬ身体を持つ、人外の存在である。
だが、米田が戦ってきた降魔と決定的に違うのは、人間と敵対はしていても存在自体が「悪」とは限らない事である。
現に昔話でも、人間の敵と描かれる鬼もいれば、そうでない鬼もちゃんといる。気性は荒っぽく乱暴だが、どこか愛嬌があって憎めない。そんな鬼達が。
だから米田も得意げにニヤッと笑うと、
「おぅ。それがどうかしたのかぃ、鬼さんよ」
“……少し語らぬか、米田一基”
今までむすっと引き結んでいた口が、楽しそうに、そして釣られたようににやりと笑みを作る。
その実に楽しそうな笑みを見て、米田も思い出した。
(こぶとりじいさんは、鬼にコブを取ってもらったんだよな)
別に米田にコブなどないが、あの話に出てきた鬼も、決して「悪」ではなかった。
そんな鬼なら話して判らない訳がない。そう考えた米田は懐から財布を取り出すと、
「おぅ、上尾。一つ頼まれてくれ」
一円札を何枚かひらひらと見せながら、
「酒、買ってきちゃくれねぇか?」
鬼と米田のやりとりが全く判ってない上に、この言葉。
上尾はもちろん千葉も山本も、その場に茫然としてしまっていた。


「最初から人の言葉で話せばよかったのか。人間の言葉などすっかり忘れていたぞ」
太いダミ声でガハガハ笑う鬼。酒で満たされた盃代わりの飯茶碗を豪快に傾ける。
「そうそう。敵意がなきゃこうして話せば判る。呑めばなお判るってもんよ」
米田の方もぐい飲みを勢いよく傾けて酒を胃の腑に流し込む。
「藤堂鷹寅も同じ事を言っていた」
矢継ぎ早に飯茶碗を傾けていた手がゆっくりと止まった。
「儂がいた山には、一年中松茸が生える場所があってな」
遠い故郷を思い馳せるような響き。それからしみじみと空になった飯茶碗の中を見つめ、愚かな事かと言わんばかりに気難しい顔になる。
「だが人間はそれを根絶やしにするかのような勢いで取り尽くそうとしていてな。いくら儂が言っても聞こうともせん。だから、自然と力づくになってしまってな」
確かにあるからといって総て取り尽くしたのでは、あっという間になくなってしまう。
際限なく山の恵みを取る事は許される事ではないのだ。山の恵みは人間だけの物ではないのだから。
「なるほどな。それで玖度山で暴れ回ってたって伝えられた訳か」
「それで山の恵みが守られるのなら、儂一人悪者になるくらいお安いご用よ」
それから無理矢理この酒宴に参加させた上尾、千葉、山本のお猪口にひょいひょいと酒を注いでやると、
「藤堂鷹寅も儂を退治しに来たそうだが、すぐ儂の考えを理解してくれた。どうやったのかは判らぬが、二度と人間が入り込まないよう手を回してくれたのだ」
鬼は米田が注いだ酒を一気に煽るように飲み干すと、
「だから儂は藤堂鷹寅に力を貸した。山が大丈夫である以上、儂がいる意味はない。儂の身体で刀と鎧を作るよう言ってな。あいつは妖怪退治をしていたから、儂で作った刀と鎧は随分と役に立ったろう」
「それが椎出(しいで)神社に奉納されたって訳だな」
「ああ。どうもそうらしい。普通の人間には扱いかねる代物だ。藤堂鷹寅らしいよ」
鬼と米田のしみじみとした会話が続く。今一つ会話に入り込めない三人も、そのやりとりでようやく大丈夫そうだと判り、ちびちび酒に口をつけていった。
「それが何百年か経って、いきなり刀を持ち出されてな。さすがに鞘に収まった状態では儂とて何もできぬ。元の場所へ返してほしかったが、それも叶わなかった」
米田には、それが根来の妻が駆け落ちの行きがけの駄賃に持ち出した事だと判った。
まさかそんな事情など、彼女は知らなかっただろう。いくら椎出神社の娘であっても。
「それから鞘から抜かれた時、そこは戦の場であった。周囲には死人の気配がたくさんあった。儂はそれで仮の身体を作り、国へ帰ろうとした。邪魔する奴等を吹き飛ばしつつな」
きっと日露の大戦で根来が死んでしまった、砦での戦いの事だろう。米田の脳裏にもその時の光景が再び蘇る。
あの人間離れした現場の原因は、実体化したこの鬼だったのだ。
「しかし途中で仮の身体は消えてしまった。もう周囲の死人の気配は薄く、再び身体を作る事もままならなかった。儂は刀のままどこかへ運ばれた」
鬼はまだ封を切っていない一升瓶の蓋を荒っぽく取ると、瓶ごと傾けて一気に飲み干してしまった。
「以後はおそらく米田一基らも知っていよう。刀を抜いた者に霊力を感じる度に、その霊力で仮の姿を作りはしたが、儂が姿を現わすごとに人間は怯え、話にもならん」
飲み干した酒瓶を荒っぽくドンと置くと、
「その時に、力が入り過ぎてケガをさせてしまった者もいた。その者には本当に済まない事をしてしまった」
胡座をかいたままだったが、きちんと頭を下げて謝罪する鬼。
悪いと思った事を謝れる者に、根っからの悪人はいない。米田はそう感じる。
「色々人間達には迷惑をかけてしまったが、儂は何としてでも故郷へ帰りたい。それは許されない事か?」
一瞬この場をしんとさせてしまった、鬼の本心。
「判ります判ります」
黙ってちびちびと酒を飲んでいた山本が、目の端に涙を浮かべて同意する。
「手前の生まれは信州の山の中にある、そりゃあ貧しい村でございましてですね。そんな貧しい村であっても懐かしき故郷です。ですから、故郷へ帰りたいあなたのお気持ちはしっかと判るつもりでございます」
それから山本は千葉へ向き直ると、正座をして頭を下げた。
「千葉殿。申し訳ございません。一旦そちらへ売った物を返してくれというのは虫が良すぎるやもしれません。ですが……」
「仰りたい事は判りますよ。こちらからもお願い致します。どうかあの刀を元の場所へ返してやって下さい。それが一番です」
迷いない澄み切った千葉の表情。そのやりとりに感じ入った物があった米田は、ようやく自分の真の用件を言った。
「……実は、自分の部下がその刀を探しておりましてな。父の形見にして母がその神社の娘だそうで。わがままは承知の上ですが、その部下に刀を渡してやりたいんです。よろしいですかな?」
その申し出を千葉と山本は快く承知してくれた。
一方鬼の方は渋っていたが「故郷へ帰してくれるのなら」とどうにか納得してくれた。
そして、鬼の姿はようやく元の刀へと戻る。米田は刀をゆっくりと鞘に収め、
「これで、ようやく一件落着、だな」
ぐい飲みに残っていた酒を、気持ち良さそうに一息で飲み干した。


翌日。大帝国劇場支配人室に、米田の姿があった。
後進を譲った現支配人にして帝國華撃団総司令官・大神一郎に事の顛末を報告したのである。
もちろん、酒をちびちびとやりながらであるが。
「鬼、ですか。さくら君がその場にいなくてよかったような……」
彼女は鬼――というより雷にトラウマがあり、今でも子供のように恐がるのだ。まるで秘書のように大神の隣にいたさくらは引きつった顔で、
「た、確かに雷様は苦手ですけど、鬼そのものは別に苦手じゃありません!」
子供のように拗ねてぷいとそっぽを向いてしまう。その様を米田は笑いながら、
「勝手にあれこれやっちまった事は謝るけどよ。お前も花組の奴等もいなかったし、判ってくれ」
米田の話をいちいちうなづきながら聞いていた大神は、真面目そうな面持ちのまま、
「それは判っています。ですが、それでしたら伝言の一つも残して行って欲しかったです。もし中将の身に何かあったら……」
その点は米田も判っている。だからこうしてやって来たのだし、「責めてくれるな」と思いつつ、謙虚に大神の注意を聞いているのだ。ところが、
「それに、もうお年ですし……」
「何だとぉっ! 俺はまだまだ若いっ!!」
大神の思わず出てしまった言葉に、米田はきつい調子で怒鳴りつける。さらに、
「人の心配してる暇があったら、自分の心配でもしてろぃ! いいか。上に立つ者ってのはなぁ、常に部下や周囲に目を配り、どんな事態にでも対応できるように、だな……」
早速始まってしまったお説教。しかも酔った勢いも加わって凄まじいばかりである。
まさしく薮をつついて蛇を出す、とはこの事だ。
蛇ではなく鬼のような形相の米田に怒鳴られてペコペコと頭を下げ続ける大神は、とても総司令官とは思えない情けなさである。
さっきの仕返しをしてくれたとばかりにさくらがクスクス笑っている。
「俺の言った事、覚えてんだろうな?」
お説教が一段落してのち、いきなりこう切り出して来た。
「中将の言われた事、ですか?」
言われた教訓やお説教などたくさんあって、どれがこの場の「俺の言った事」にあたるのか大神が迷っていると、
「『治において乱を忘れず』。降魔騒ぎが無ぇからってボケーッとしてやがったら、遠慮なくひっぱたくぞ」
まるで自分の息子に諭すように米田は言い、再び酒をあおった。
「……そう言えば、その刀はどうなったんですか?」
さくらは、これ以上大神が標的になるのは気の毒と、話題を変える事にした。
米田は「その事か」と言わんばかりに手にしたお猪口を置くと、
「今朝一番に根来の奴に会って、刀を渡して来た」
刀を渡した時の彼の嬉しそうな顔。亡き部下に時を越えて果たせた義理。それを米田は生涯忘れないだろう。
「しかも根来は、母親に報告してから元の神社へ届けると、自ら申し出てくれた。ちょいと無理言って休暇扱いにしてやったから、今頃は届けに向かってるだろうよ」
己の母が駆け落ちの際に持ち出してしまった御神刀。それを息子が返しに行く。美談かもしれないが、神社にしてみれば一騒動どころの話ではないだろう。
「俺もついて行って説明してやろうかと言ったんだけどな。断わりやがったよ」
「断わったんですか?」
目を丸くして驚くさくら。米田は声帯模写の芸人が真似を始める直前のように口をもごもごとさせると、
「『刀を探し出して下さったのは中将殿です。ならば、刀を返すのは自分の役目の筈です。やらせて下さい』だとよ」
久しぶりに気持ちのいい若者の言葉を聞いて、米田もそれをあっさりと許したのだ。
神社にいる親――彼から見れば祖父母――も、聞く耳さえあれば駆け落ちした娘を許してくれるだろう。その子供を判ってくれるだろう。
時間はかかるかもしれないが、必ず。
(あのくらい一途で真剣なら、きっと大丈夫だ。頑張れよ)
根来の明るい前途を祈りつつ、米田は酒を傾けた。

<刀が行方不明 終わり>


あとがき

「刀が行方不明」。いかがだったでしょうか?
前にも「九月十三夜の劇場」という米田さんの出るSSを書きましたが、今回は最初から最後まで米田さんが主役で出ずっぱり。まさに「米田さんストーリー」です。
老兵なりのガンバリ具合が出せていれば御の字なんですが。

今回の話は二転三転しまくりました。
最初はさくらが道場を訪ねてそこで降魔に遭遇する話でした(上尾がそこの道場主でした)。そこに、家出をしていた道場の跡取り息子が絡んできて……という、人情モノっぽい話。
それが書いていくウチにこんなんなっちゃいました(笑)。もうどう転ぶか自分でも判らんわ。
一応今回登場した紀州の椎出神社にはモデルがあります。調べてみるのも面白いかもしれません。
舞台そのものは「V」の時代なんですけどね。紐育の話はまたいずれ。

今回のタイトルの元ネタは「猫が行方不明」という、1996年のフランス映画です。
バカンス中に預けていた黒猫が行方不明になり、近所の人達の助けを得て街中を探し回る……という映画です。
タイトルに猫と入ってますが「行方不明」というだけあって猫はあんまり出てきませんけどね(笑)。
いつもは話と元ネタの映画との関係はないのですが、今回は一応被りますね。何となくというレベルですけど(映画をパクった訳じゃないですよ、念のため)。

文頭へ 戻る メニューへ
inserted by FC2 system