『刀が行方不明 参』
上尾の敬礼に見送られ、米田が一歩門をくぐる。
たった一歩中へ入っただけなのに、そこは冷たい部屋へ入ったかのごとく空気が冷たかった。さらに、屋外にもかかわらず妙に空気が重く澱んでもいた。
そして方角にして北の方から微かな刺激臭が。正確に言うなら残り香といった雰囲気なのだが、まるで劇薬をぶちまけたような、鼻をツンとつく臭いが確かに。
(やれやれ。たった一歩でこれかよ)
何かの役に立つかと昔読んだ、西洋の悪魔祓いに関する事を記した本。
それによると悪魔が憑いている場所とそうでない場所では寒暖の差が起き、北の方角から薬物のような臭いが微かに漂う、とあった筈だ。
日本でも、霊が出た時には「ゾクゾクする」と云われるが、同じようなものかもしれない。
西洋の悪魔がこの場にいるとも思えないが、こういった魑魅魍魎という者は洋の東西を問わないようだ。
(こりゃ、一戦交える覚悟がいるかもしれんな)
そう思ってゆっくりと道場の玄関へ歩いていく米田。しかし、今米田の手に武器は何もない。襲われたら一巻の終わり、という可能性もある。
幸い周囲に何者かが潜んでいるような気配はない。
(鬼が出るか蛇が出るか。行ってやろうじゃねぇか)
見た目は何事もないように見えるが、それでも周囲への警戒は怠っていない。ゆっくりと一歩一歩歩いていく。
何事もなくそのまま無事に玄関まで辿り着いた。
たった十歩の道のりで、何キロもの行軍をしたかのように疲労している。肉体ではなく精神が。それだけ神経を使っていた事の証だ。
だが注意してし過ぎる事はあるまい。米田は気を引き締め直すと、引き戸に手をかけた。
ガラララ……。
開ける音が思ったより響いたのは、周囲が静かだからだろうか。彼はそのまま首だけ道場の中につっこむと、
「ごめんよ。誰かいるかい?」
そのまま少し待ってみる。しかし奥に誰かがいるようなのだが、何かが動いたという気配は感じられなかった。
上尾の言によれば師範――おそらくは道場主がいるというのに。
「……俺は米田ってもんだが、入らせてもらうぞ」
奥に向かって大きな声で呼びかけると、万一に備えて引き戸を開けたまま、土間で靴を脱いで上がる。だが、
「道場に靴下で上がるってのもナンだな」
慌てた様子でいそいそと靴下を脱ぎ、自分の靴に押し込むと、静かに奥に見える道場へ歩いて行った。
短い廊下を抜けた先に剣道の道場があった。
ところどころ褪せたり傷がついた白い壁。細い板を一分の隙なく敷き詰めた固い床。壁にかけられた木刀や竹刀。
そうして立っているだけで、米田は身が引き締まる思いがした。やはり自分も剣を手に取った者なのだ、と。
入口のそばに小さな木の札をかける釘が刺さっている。その木の札にはこの道場の師範や門下生の名前が書かれ、これが名簿の代わりとなるのだ。
しかしそこには木の札はなく、道場主の師範らしき「千葉 修」と書かれた木の札がたった一つだけ、寂しげに下がるのみであった。
米田にはよく判らないが、おそらく先の事件を期に門下生が離れてしまったのだろう。大の大人の頭を握りつぶせるような輩がいるかもしれないとあっては、不気味に感じるのも当然だ。
上座に目をやると、床の間に大小の日本刀が飾られている。
何となく足音を忍ばせて床の間へ近づき、その日本刀をまじまじと見つめた。
黒く艶のある鞘。それに綺麗に巻き付いた墨色の下緒。桜の花弁が彫られた円い鍔。地味だが実に味のある柄の拵え。それらをじっくり観察し、
(……違うな、こいつは)
一瞬根来の探している刀では、という考えがよぎったが、いくら何でもそう都合のいい展開などあろう筈がない。そう自嘲気味に苦笑いすると、
「しかし。どこから探したもんか……」
改めて道場をぐるりと見回してみるが、これといって怪しい物は見当たらなかった。
「さっき一瞬だけ感じたあの気配。気のせいにしちゃ生々しすぎだしなぁ」
誰に言うともなく呟く米田。てっきりこの道場からだとばかり思っていたので、あてが外れて少々気が抜けている。
道場の奥に引き戸がある。建物の具合から考えて、そこから自宅へと続いているようだった。
だが返事がなかったとはいえ、不法侵入でそこまでするのはかなり気がひけた。
米田は庭に通じる戸を少しだけ開けて、隙間から庭の様子を見てみた。上尾の昔なじみが負傷したという現場だ。
もっと霊力があれば、そして霊を感じる能力が高ければ、ここから何か情報が得られたかもしれないが、そのどちらも今の米田にはない物だった。
(年は取りたくねぇもんだな……)
そう思いつつも戸をガラリと開けて庭へ出ようとした時だった。視界の隅にうつ伏せに倒れている人影が見えたのは。
米田は裸足で庭へ下りると、一目散に駆け出す。
庭に倒れていたのは背広姿の中年男だった。恰幅が良いと言えば聞こえのいい、中年太りの男。
米田は地面に這いつくばるようにして倒れている男の顔を観察する。
パッと見た感じ外傷はない。額に土がついているところから考えて、頭をぶつけて気絶でもしたのだろう。
万一を考えて首筋に掌を当ててみると暖かく、脈もきちんと安定してある。気を失っただけと見て間違いあるまい。
それから周囲を見回してみる。これといって何の特徴もない、典型的な「庭」である。
ただ、時にはここで稽古をする事もあるのだろう。土はきちんと平らにならしてあるし、剣を振り回すだけの広さは充分に確保されていた。
そして縁側から家の中を見てみると、畳の上に抜き身の日本刀が一振り。それが無造作に転がっているのが見えた。
この距離では細部は判らないが、その拵えはかなり昔の物らしい事が伺える。
そのそばに仰向けに倒れている胴着姿の人間。場所を考えると、彼がこの道場の師範だろう。
米田は四つん這いのまま胴着姿の師範の元へ向かう。胸に耳を当ててみると心臓は動いていた。こちらも気を失っているだけだろう。
「おい、しっかりしねぇか。おい!」
頬を軽く叩きつつ、大声で呼びかける。
脈がある以上死が近い訳ではなさそうだが、こういう状況に出くわして放っておくというのも無責任だ。
「どうなってやがるんでぇ、こいつは……」
一番米田が気になっていたのは、二人の顔が恐怖に凍りついた物だった事だ。それこそ、何か「恐いモノ」でも見たかのような、そんな表情。
だが、その肝心の「恐いモノ」など、影も形もない。
その時、庭の方から何者かの気配が。
「誰だっ!!」
米田が鋭く怒鳴ると、物陰から、
「私です。上尾です。中将殿……」
その怒鳴り声に震え上がったかのごとく、硬直した表情でコソコソと姿を見せる上尾。米田は反射的に、
「何してやがんだっ! 俺が言った事……」
「そ、それでこっちへ来たんです、中将殿」
更なる怒鳴り声に身を縮こませて反論する上尾。
「父の知り合いの方が、こちらの道場にお邪魔してると店の方で聞きまして。それで……」
「そ、そうか。済まん」
米田の方もその理由に、いきなり怒鳴った事を素直に謝罪した。
「ひょっとして、庭で倒れてる奴が……」
米田の言葉に、自分のそばで倒れている男の顔を見た上尾が、
「間違いありません。父の知り合いの方です」
上尾は力を込めてその身体を反転させると、頬を軽く叩いて身体を揺すりながら、
「しっかりして下さい、おじさん!」
それが功を奏したのだろう。身じろぎしながら薄目を開けたではないか。
「……ん。おお。君は。久しぶりだな。いつ伊太利から帰国したんだ?」
のんびりとした口調で目の前の上尾に語りかける。
ほぼ同時に師範の方も気がついた。師範は半身を起こすと、
「……あなたは?」
そう聞かれて米田は照れくさそうに頭をかくと、
「誠に失礼とは存じましたが、勝手に上がらせてもらいました。ご容赦を」
その場に正座をし、手をついて頭を下げた。頭を上げると、
「自分は帝国陸軍の米田一基と申します。そこの上尾氏の案内でこちらへお伺いしました」
師範と上尾の目が合い、上尾は申し訳なさそうに頭を下げる。
「ひょっとして軍神と云われる、あの米田中将閣下でございますか!?」
それを聞いていた中年太りの男が、米田を見て目を丸くして驚いている。そのまま四つん這いで畳を這って彼のそばまでくると懐から名刺を取り出し、
「手前は神田で刀剣を商っております、山本と申します。どうかお見知りおきを……」
商人の習性であろうか、それとも上客になりそうだと感じたからか。ともかく名刺を差し出すと、
「刀のご用命等ございましたら、何なりとお申し付け下さいませ。購入・売却から手入れに関する事までご相談に乗らせて戴きます、はい」
頭を畳に擦りつけんばかりに低頭した。
「うむ。その際にはよろしく頼む」
米田はわざとぞんざいにその名刺を受け取ると、それをちらりと見てからポケットにしまった。
その動作を見ていた師範は米田の方を向いて正座すると、深々と頭を下げた。
「私はこの道場の師範を勤める千葉と申す者。どうやら我々をお助け下さったようで。誠に有難うございます」
「いや。不法侵入に変わりはない。こちらこそ申し訳ありませんでした」
互いが一様に頭を下げ合う。
「本日こちらへ伺いましたのは、そちらの師範代の方が負傷した一件です」
米田は前置きもなくいきなりそう切り出した。千葉師範の表情が微かに凍りついたのにも構わず話を続ける。
「自分がこちらの上尾氏より聞いた話では、頭を『何者かが握り潰したように』握られて、頭蓋骨にヒビが入ったそうですな」
「仰る通りです。頭に大きな手、それも片手の痕がくっきり残っておりました。それが……?」
千葉は疑問に思いつつもそう尋ね返す。すると米田はきっぱりとこう言った。
「どんな力自慢かは知りませんが、普通の人間にそんな芸当ができるでしょうか」
その言葉に、皆がしんと静まり返った。
「身の丈六尺(約一八〇センチ)を越すような大男なら、あるいは……」
山本が苦しそうにそう口を挟む。しかし、
「自分もそれを考えました。ですが、小さな女子供ならいざ知らず。壮年の、それも剣の師範代を勤めるような男が、自分の頭をやすやすと握らせるものでしょうか」
米田のその言葉には千葉もうなづいて耳を傾ける。
「しかも片手で握り潰そうとしている。そんな事ができるのは普通の人間とは思えない。こんな解釈は不自然でしょうかね、千葉殿」
「そうですな。警察の方もその手は前から掴まれたようだと言っておりました。普通なら逃げるなり抵抗するなりするでしょうな」
米田の意見を受け、千葉もその時の状況を述べる。それを受けた上尾が、
「前から掴まれたのであれば、掴んだ者は自分の目の前にいた事になる。にもかかわらず掴まれたというのであれば、考えられる事は……」
「不意を打たれたか、相手が異常に素早くて逃げる間がなかったか、もしくは相手の姿が見えなかったか、だろうな」
と米田が結んだ。
「ちゅ、中将殿。お言葉ですが、相手の姿が見えなかったというのはどうかと。この太正の世に妖怪変化が現れた訳ではあるまいし」
米田の言葉に上尾が苦笑いしつつそう言うと、千葉の方が真剣な顔で、
「しかし、その太正の世に異形の化物が現れた事は記憶に新しい。妖怪変化の仕業とするには無理があるやもしれんが、有り得ないと断言する事もできかねるな」
その冷静な物言いに、山本も太った身をちぢこませるように小さくなり、震えている。山本もその異形の化物――降魔が現れたという報道は知っているからだ。
「突拍子もない考えとは思いますが、そのためにこちらへ伺ったのです。怪力を誇る力自慢にせよ妖怪変化の仕業にしろ、放っておいていい訳はありませんからな」
米田のその言葉は、とてつもない説得力をもって皆に届いた。
「治安維持は本来警察の職務ですが、軍としても『職務が違う』と無視できる物でもない」
その言葉に上尾も感心したようにうなづいた。
「それに、先程気を失っていたお二人を見て、気になった事があります」
米田は雰囲気を変えるように二人に向かって語りかけた。
「気を失っているお二人の顔は、まさしく『恐怖に凍りついた』と形容するべきものでした。お二人が気を失う程恐怖したもの、いったい何なのかお聞かせ願えませんか。無論、口外は致しません」
それから米田は上尾に視線を移す。「お前も話すなよ」というその視線を感じ、上尾は慌てて小さくうなづいた。
千葉と山本は互いに顔を見合わせる。千葉は唇を噛み悔しそうに。山本は脂汗をたらりと流した青い顔で。
「……実は、鬼が現れたのです」
『鬼!?』
千葉の言葉に、上尾と米田の声が綺麗に重なった。
「確かに妖怪変化や魑魅魍魎が本当にいるとしたとしても、いきなり鬼は……」
報道までされた出来事を信じ切れない上尾の声。
「『鬼が出るか蛇が出るか』たぁ思っていたけどよ。ほんとに出やがるとはなぁ」
自らの言葉が本当になった偶然にため息が混じる米田の声。
「仰る通りでございます」
山本が脂汗を拭きつつ二人に語る。
「そもそも手前がここへ参った訳は、そこに転がる古刀(ことう)なのです」
一同は、先程から畳の上に転がったままの抜き身の刀に視線を移した。
古刀とは慶長年間(1596〜1614)以前に作られた日本刀の総称である。専門家が見れば、刀の反り具合や作りなどからある程度作られた時代の特定ができる。
「実は二月くらい前、その刀の前の持ち主が大往生されたのです。付き合いの深かった手前が色々引き取った品の中にあった物でございます」
山本は汗を拭く手を止めずに話を続けた。
「あいにく刀の来歴を記した物はなかったのですが、一目で古刀、それもかなりの業物と見抜きましたのです」
山本の話を聞きながら、米田もその日本刀をあちこち観察していた。
米田には古刀かどうかを見抜く目はなかったが、それがかなりの業物だという事は一目で判った。
かつての自分の愛刀であった神刀滅却に勝るとも劣らない物だという事が。
「そのため、千葉殿に話を持ちかけたのでございます。買って戴けるやもと思いまして」
山本は始終ですます調でぺこぺこしながら話した。それから一息つくと、
「ところが千葉殿はあいにく不在でして。師範代の方に言伝をお願いして刀を預けたのであります」
「ひょっとして、その時に師範代とやらが頭を握られて骨にヒビが入ったってぇのか?」
米田の推測に千葉は頭を下げつつ、
「その通り。そしてそばに落ちていたその刀は警察に証拠品として押収されました。それが今日戻ってきたので、山本殿に連絡をしました」
「手前もその知らせを聞いてすっ飛んできた訳でして。そして詳細をご説明したのです」
「私も鞘から抜いてその刃を見た時、確かに見事な刀だと思いました。それで刀を正眼に構えて精神を集中させてみましたところ、何の前触れもなく鬼が沸き立つように目の前に現れましてな」
気を失ってしまった事を恥じるように、苦々しい顔で千葉は説明する。
「いきなり鬼が現れるなど夢にも思わず、恥ずかしながら気を失った次第で」
「あの神出鬼没さは、まさしく鬼だと思いますです。はい」
千葉と山本の言葉に米田は首をひねる。
二人が鬼にやられた様子がないところを見ると、すぐさま姿を消したと見るべきだろう。
なぜ鬼が唐突に現れ、何もせず姿を消してしまったのだろうか。
米田は目を閉じてゆっくりと呼吸を整えると、自分の内に微かに残る霊力をまとめ始めた。
どんなに微細な力でもまとめれば結構な力になる。それはこれまでの人生で幾度となく経験している事だ。
しかし焦ってはいけない。そう自分に言い聞かせつつ内側で集めた霊力を少しずつ練り始めた。
それからゆっくりと目を開けて、もう一度刀を見てみると――
何と。その刀からうす紅い煙のような物が立ち上っているではないか。少なく弱々しくはあったが、確かに立ち上っている。
米田はその煙のような物が妖力である事をすぐ理解した。
霊力も妖力も元は同じ。使い手の性質によって呼び方が異なるだけだ。
もっと霊力があればどういった妖力かを特定する事もできるかもしれないが、米田の衰えた霊力では無理だった。
(ちきしょう。今日程老いた身体が恨めしいと思った事はねぇぜ)
悔しさを堪え切れず、握っていた拳を畳に叩きつける米田。その様子に三人は驚いたように彼を見つめていた。
「ああ、何でもねぇ」
その視線に気づいた米田は力なく呟いただけだった。
それにしても、と米田は思う。
『この刀を構えたら鬼が現れた』。
それを聞いて真っ先に浮かんだ事は、もちろん探すよう頼まれていた「鬼之刀」である。
冷静に考えれば思考が飛躍し過ぎかもしれないが、頼まれたばかりなのである。無理もない事であろう。
だが「鬼之刀」の場合、文献に因れば『霊力ある者が持てば魔を祓う力となり、霊力のない者が持てば魔を呼び寄せる』という。文献にも、その刀を盗んだ者が、現れた魔物に殺されたとあった筈。
文献には単に「魔」としか書かれていなかったが、それが鬼を指している可能性はあるかもしれない。
「ところで山本さんとやら」
米田にいきなり声をかけられた彼は一瞬ぽかんとしていたが、飛び上がらんばかりに反応すると、
「その刀の来歴を記した物はなかったらしいな」
「左様でございます。これだけ古い刀ともなりますと、失われた可能性もあるのでございますけど……」
「噂ぐれぇは聞いてねぇもんかな? 例えば……手に入れた時に、人からこんな話を聞いた、とか」
すっかりべらんめぇ調に戻った米田のその言葉に、山本はウ〜ンと唸りながら、腕を組んで深く瞑想するように固く目を閉じる。
「噂……で、ございますか……噂、噂ねぇ……」
山本も必死に思い出そうとしているのが見て取れる。まるで点数稼ぎをするお調子者のように。
皆の視線が一様に集まった頃、バンと強く膝を叩き、
「ございましたございました。その刀の話!」
米田が詰め寄ると、山本は得意そうに胸を張り、
「この刀は、かの日露戦争から引き上げてきた者から買い取った。そう伺っております」
「日露だって!?」
米田の驚いた声に山本は「はい」と答えると、
「さすがにまた聞きなので詳細は判りかねるのでございますが。戦場に転がっていた刀をこっそり拾って持ち帰った物を、その方が買い取ったそうでございます」
そう続けたのである。
「随分前に競売に出したそうでございますが、さっぱり買い手がつかぬまま亡くなられて。それで手前がお引き取りした訳でございます」
米田は山本の言葉を半分も聞いてはいなかった。
日露戦争の地より持ち帰られた刀。妖力漂う刀。鬼が現れた事実。
決定的証拠はないが、これこそ探し求めていた「鬼之刀」に間違いないと、米田は確信していた。
もしこれが本当に「鬼之刀」であるならば、何としてでも根来の息子に返してやらねばなるまい。
そう約束をしているのだから、可能な限りそれを守るのが人の道というものだ。
だが、この刀は本来ここの師範である千葉へ売った物。それをいきなり横取りのような真似をするのは、どうにも決まりが悪い。
「千葉さん。その刀。俺にもよく見せちゃもらえねぇかな」
米田はべらんめぇ口調のまま千葉に頼んでみる。
「構いませんよ、どうぞご覧になって下さい」
千葉は快くそれを許可した。
「ここでは何でしょうから、道場へ出ましょう」
千葉は立ち上がると、道場へ通じる襖をからりと開けた。

<肆につづく>


文頭へ 戻る 進む メニューへ
inserted by FC2 system