『整備班長ジャンがしたこと 完結編』
「……おお、気がついたぞ!」
大神がうっすらと目を開けた時、嬉しそうな男の声が耳に飛び込んできた。
一体どうしたのだろう。なぜ自分は意識を失っていたのだろう。どのくらい意識がなかったのだろうか。まだ日は沈んでいないようだから、それほどの時間は経ってないと思うが……。
直後、意識を失う寸前の記憶が蘇る。ポーンを叩き斬ったまでは良かったが、その後に気を失ってしまったのだ。
そうだ。あのポーンは一体どうなったのだろう。
自分の手首を取る白衣の男が大神の顔を覗き込み、
「命に別状はありません。脈拍も意識も正常。問題ないでしょう」
「良かったですね」と言いたそうに穏やかな笑顔を浮かべている。
「あの、俺は一体……」
その白衣の男――医者に訊ねるものの、そうやって出た声は驚くほどか細く小さかった。彼は「無理はするな」と言いたそうに手で止めると、
「覚えてないのかい? あんたはその剣一本で、あの怪物を斬ったんだよ。その後にばったりと倒れてね。こうして避難所に運び込んだんだ。まだ避難警報が解除になってないんでね」
少し手を動かすと愛刀の鞘に指が触れた。視線をやると刀も鞘に納められた状態できちんと置かれてあった。それを手に取り、ようやく安堵の息をつく。
「すげえなぁ、あんた。あんな真似ができる人間がいるなんて、信じられん」
「俺知ってるよ。この剣、日本刀っていうんだろ?」
「ええっ。じゃあこいつ日本人なのか!?」
「なんだって? じゃあ日本人はみんなあんな真似ができるのか!?」
「うわぁ。日本とだけは戦争したくねぇな」
周囲の男達はゲラゲラと笑いながら口々に言い合っている。一気に賑やかさが増したので、医者が「少し静かにしてやってくれ」と男達に言い返した。
それから手招きをして誰かを呼んだ。やってきたのはさっきまで一緒にいた、ジャンの姪セシルとその夫セザールのパランテ夫妻だった。
セシルの胸には、安らかに寝息をたてる赤ん坊が。どうやらケガ一つなかったらしい。
「……よかったです。意識が戻って」
「本当に有難うございました。何と礼を言っていいのか判りません」
二人は揃って大神に握手を求める。大神もどうにか身を起こすと、二人の手を交互に握り返した。
「そちらこそ、ケガがなくて本当に良かったです。……ところで、俺が斬ったあのポー、いや、怪物は?」
「それなら青い人型蒸気がとどめを刺して行ったぜ。あれが噂の『巴里華撃団』ってヤツらなのかな」
大神の問いに見知らぬ男がそう説明してくれる。青い人型蒸気。おそらくグリシーヌの機体だろう。
という事は、気絶したところを見られてしまった筈だ。帰ったら彼女に何と言われるか、想像するだけでも気が重くなりそうだった。
「……あのぉ」
男達に囲まれる大神に、セザールが遠慮がちに声をかけてきた。
「よろしかったら、あなたのお名前を教えては戴けませんか?」
自分をあそこまで叱咤してくれたジャンの名と、自分達の窮地を救ってくれた大神の名を、我が子につけてやりたいと言うのだ。
これには周囲の人間が喝采を上げる。むしろ「早く言え」と急かす者までいる。
フランス語は人名のバリエーションというのが(他の言語に比べれば)少ない方に入る。だから同名の別人がとても多く、それにまつわる苦情も絶えない。
日本人的な名前ならば発音はしづらいだろうがそういう事もなさそうだ。そう考えての事である。
大神はそんな反応に驚き、どことなく照れくさそうにはにかみ、でもすぐに真面目な顔で事情を理解すると、キッパリと言った。
「大神一郎と言います」
この瞬間、この街にジャン=イチロー・パランテという名の新たな住人が誕生した。


避難警報が解除されて人々が自分の家に戻って行く中、大神も地下鉄を乗り継いでシャノワールに無事帰ってきた。さすがに日本刀をそのまま腰に下げる訳にもいかないので、ボロ布を巻きつけて一見ただの棒状の何かにして。
もうすっかり夜だ。見慣れた店のネオンサインがやけに眩しく感じられた。
「あ、帰ってきた!」
彼の帰還を真っ先に見つけたコクリコが、元気よく手を振っている。それを聞きつけた華撃団の皆が一斉に駆け寄ってきた。
「貴公、大丈夫なのか? その……」
グリシーヌが申し訳なさそうな顔で、何やら言いにくそうにしている。大神はてっきり「戦いの最中に気を失うなどたるんでる!」と一喝されるとばかり思っていたので、逆に拍子抜けしてしまう。
「生身で霊力を使って戦うのって、身体にすっごく負担がかかるって聞きましたよ?」
エリカが胸の十字架を握って、大神を見つめている。
「ああ、もう大丈夫だよ。心配かけて済まなかった」
大神はみんなにそう言って、軽く頭を下げる。
「『戦いの最中に気を失うとは』とか言って怒ってたのに、それ聞いた途端にしおらしくなっちまったこいつの様子は、見物だったのにな」
ロベリアが小さく笑いながらグリシーヌをちらりと見る。
「よ、よ、余計な事を言うな、ロベリア!」
顔を真っ赤にして怒鳴るグリシーヌの声に、ロベリアがわざとらしく肩をすくめる。
「なので、今日はもう帰ってゆっくり休んでいいと、グラン・マからの伝言です」
花火が大神を心配そうに見つめ、そう言った。
華撃団の総司令にして、このシャノワールのオーナーであるグラン・マ。彼女の叱責も覚悟していたのだが、今日のところはその言葉に甘える事にした。
「あ、そうだ。帰る前に格納庫に寄って行ってよ、イチロー」
コクリコが何かを思いついたように、ぱちんと手を叩いた。


エレベーターで格納庫に下りて来た大神達。
帰還直後で相変わらず様々な音が飛び交い反響する空間に顔をしかめつつも、コクリコに背を押された大神は格納庫に入って行く。
そんな様子に気づいたジャンが大神の元に飛んで来た。
「やっと帰って来たな。ところで……」
「大丈夫ですよ、ジャン班長。皆さん無事です。ケガ一つありません」
大神のその声に、心底ホッとした顔で安堵するジャン。ああ言って飛び出した手前、気が気じゃなかったのだろう。
「それから、班長の名前と俺の名前を、子供につけるって言ってました」
さすがにそれにはジャンも驚いた。光栄やら照れ臭いやらで、お互い苦笑いが隠せない。
「ジャン班長こそ無事で何よりです。みんなから聞きましたけど、現地で戦いの中修理をしたそうで……」
いくら整備のためとはいえ、戦場のまっただ中に生身で飛び出してくる度胸は、並大抵のものではない。大神は心配はしつつも素直に驚いていた。
「ああ。ああいう荒事は、昔やって慣れてるからな」
ぽかんとする大神に向かって、ジャンは「話してなかったかな」と前置きして話してくれた。
欧州大戦の頃。ジャンはレジスタンスグループを結成し、戦場にあった兵器という兵器を片っ端から起動不能にしていったというのだ。
ある時は駐屯地や格納庫に忍び込み。ある時は歩兵に化けて戦場に乗り込んで。
起動不能にした人型蒸気や戦闘機は五百を超える。それも敵味方問わず壊していったのだから大したものである。
それに至る経緯などは話してくれなかったが、そこを根掘り葉掘り聞かないのが男というものだ。
「じゃあ、皆さん揃ったところで、やりましょうか」
コクリコと顔を見合わせたエリカが笑顔でパチンと手を叩く。そんな彼女を見たロベリアが「やらなくていいだろ」とため息をつくが、もちろんエリカだけ気づいていない。
「では、ジャン班長。お願いしますっ!」
いきなりのエリカの振りに、何がなんだか判らない大神。華撃団の少女達に囲まれて困惑気味のジャン。
「今日の戦いの決め手はジャン班長ですから、やっぱりジャン班長の号令がいいです」
エリカがそこまで言うと、察しの悪い二人の男はようやく「何をするか」気がついた。
「……でも、いいのかい、俺で?」
どことなく場違いな感じがして戸惑うジャン。だが、周りの六人は「やってくれ」と目で語っている。それならば――
ジャンは覚悟を決めると――生身でポーンに挑むよりよっぽど大変だったが――勢いよくスパナを持つ手を振り上げて、叫んだ。
「勝利のポーズ、決め!!」

<整備班長ジャンがしたこと 終わり>


あとがき

「整備班長ジャンがしたこと」。何かタイトルらしくありませんが、これもまた映画のタイトルをもじっております。
1988年のフランス映画「主婦マリーがしたこと」です。
第二次大戦中。非合法の堕胎手術で稼いでいた一人の主婦が、見せしめとして国家反逆罪によってギロチン処刑されるまでの物語です。もちろんこの話との因果関係は全くありません。

この話はタイトル通りジャン班長にスポットを当ててみました。何と言いますか。年を経て渋味を増した男というのはいいものです。世間は「オヤジ」と蔑みすらしてますけど、こういう男が世の中を動かすようにならなあかん。
今動かしてるのはこれより上のじーさま連中ですから。生い先短いじーさまに未来や将来を語られてもねぇ。
話としても割とオーソドックスで「縁の下の力持ちの人の有難みを知る」話。なので、ゲーム中の5話と6話の間をイメージして書いてます。だから光武F2じゃなくて光武F。個人的にはシンプルな光武Fの方が好みなんですよ。
それからドラマCDなどは全然聞いてないので、ジャン班長のプライベートや光武の機構的な事は完全に創作です。ツッコミはご遠慮願います。

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