『たとえばこんなジャック・イン・ザ・ボックス』

十二月二三日 一四三〇時(現地時間) 東京都・調布市市内

十二月二五日。それは世界的にイエス・キリストの聖誕祭が催される日である。
祭り=パーティー。そんな短絡的な思考を持っていなくても、その日が近づいた根拠もなく楽しい気分の昼下がりの町を、二人の男女が歩いている。
前を歩くのは長い髪の少女。美少女と言っても差し支えない美貌の持ち主。セーターに膝丈のややタイトなスカート。それに少々くたびれたコートというシンプルと言えばシンプルな格好だ。
その後ろを歩くのは、ざんばら髪にむっつり顔にヘの字口の少年。ただし、「美」少年というには少々殺気や恐い雰囲気を漂わせている気もするが。こちらはありふれたシャツにジャケット、下は細みの黒のパンツという格好だ。
その彼の方がパンパンのスーパーのビニール袋を両手に何袋も持ち、油断なく周囲を警戒したまま彼女の後ろを歩いている。
「え〜っと。これは買った。これも大丈夫。これはまだ家にあるから……」
長い髪の少女――千鳥かなめがメモ帳に書かれた品物をチェックしながらブツブツと呟いている。
「……よしっ。パーティーの買い出しはこれでおしまいっと」
にこやかな笑顔でそう言うとメモ帳をコートのポケットにしまいこんだ。
「ソースケ。大丈夫?」
彼女はくるりと後ろを向いて「ソースケ」と呼んだ彼の方を向く。彼――相良宗介の方はいたって平気な顔で、
「問題ない。この程度の重量など、軍事訓練の装備に比べれば、たいした事はない」
確かに、下手をすれば何十キロにもなる装備に比べればスーパーの買い物袋の方が軽いだろうが。
「それよりも問題なのは、こうして両手が塞がっている隙を狙って刺客が来た場合だ。これでは素早い対応ができない」
「そんなの、来るわけないでしょ」
「そうした油断が、いつ命取りになるかわからん。用心するにこした事はない。俺がまだ子供の頃……」
宗介は毎度毎度飽きもせず真顔で同じような事を言っている。かなめは「もういい」と言わんばかりに手を振って、
「はいはい、わかったわかった。……そんなに言うんなら、あたしが半分持つわよ」
そう言って荷物を取ろうとするが、宗介は、いつも通りのむっつり顔のまま、
「しかし、力仕事を見込んで俺を雇ったのだろう? それでは俺の立場がない」
「いや。別に雇った訳じゃないんだけど」
「『買い物の手伝い』を『依頼』しただろう。『報酬』として『夕食をごちそうする』とも言った」
いつも通りの淡々とした彼の解答を聞き、ため息をついた。
(こいつには「ただの」手伝いとか「ただの」お礼とかって考える思考回路はないのか……)
実は、今日はパーティーに出す料理の練習を兼ねて、色々と凝った料理を作ってみようと考えていたのだ。
だが、この調子だと「カップラーメンを出した所で文句を言わないんじゃないか」と思えて、かなめはちょっとだけ虚しくなってきた。
その時、宗介の携帯が鳴った。最近多い着メロではない。味も素っ気もない単なる電子音だ。
右手に持ったビニール袋をかなめに押しつけ、急いで電話に出る。
「はい。何だ、クルツか。……ああ。今まで建物の中にいたせいだろう。……。そうか、大佐殿が……」
聞くとはなしに聞いていたかなめの表情が「大佐殿」のところで険しい物になる。
「……了解。ただちに合流する」
宗介は電話を切ると、ビニール袋を抱えたままのかなめに、
「千鳥。すまないが、急用が入った。『買い物の手伝い』という任務を完遂できない事は申し訳ないのだが……」
その時、急にどこからか不快な感情がふつふつとにじみ出てきた。
「え? せめてウチまで持ってきてよ。すぐそこなんだし」
「一刻を争う事態だ。申し訳ない」
いつものむっつりとした顔だが、確かにどことなく申し訳なさそうにも見えなくはない。
その様子を見たかなめは、また<ミスリル>絡みなのかなぁ、と漠然と思った。
仕方ない。それはわかる。だが、理屈と感情は別物なのだ。その証拠に相変わらず不快な感情は涌き続けている。
「……あ、そ。じゃーしょーがないわよねー」
不機嫌さをあらわにした表情で、かつ抑揚なくそう言った。さっきまでとは明らかに違う態度に宗介も一瞬たじろいだものの、
「……? とにかく、助かる。では」
短くそう答えると残りの荷物を彼女に渡し、そのままくるりと後ろを向き、走り去る。
その時、良くわからない不快な感情が、何故か一気に怒りへと変わった。
宗介が五メートルほど離れた所で、彼女の持っていたビニール袋の一つが彼の後頭部に命中した。


十二月二四日 〇一四九時(現地時間) フィリピン・マニラ郊外

十二月二五日。それは世界的にイエス・キリストの聖誕祭が催される日である。
その為なのかは不明だが、人が集まるこの前後を狙ってテロリスト等の「物騒な人達」まで活躍・暗躍する。
「どこに爆弾を仕掛けた」とか「どこを占拠する」とか、そういった物騒な伝聞が飛び交い、時には銃弾・砲撃まで飛び交う事もある。
今回も銃弾やら砲弾やらが飛び交って、多国籍構成の対テロ組織<ミスリル>の活躍で、一つの事件が片づいた所だった。
敵側にケガ人が多数出たものの、幸い死人が出たという報告はない。
情報部からの情報と「大佐殿」の分析では「何か良からぬ物が存在する可能性がある」との事だったが、それも杞憂に済んだようだ。
「まったく。テロリストにクリスマスはないのかねぇ」
人型兵器・アームスレイブM9<ガーンズバック>のコクピットの中で、クルツ・ウェーバー軍曹がぶつぶつと文句を言っていた。
「口動かしてる暇があったら身体動かしなさいよ」
彼の上官のメリッサ・マオ曹長の声が通信機のスピーカーから聞こえてくる。
クルツは「不満があります」という見本のような情けない声で、
「だって俺、明日から休暇取ってたんだぜ」
大平洋の真ん中に浮かぶメリダ島基地の彼の部屋には、クリスマスに備えて山のように買い込んだ様々なパーティーグッズがあるのだ。
「休暇を利用して日本へ行って、カナメ達とそれはそれは楽しいクリスマスパーティーを演出しようとだな……」
「こんな時期によく言うわね。年がら年中お祭り気分じゃない、あんたの頭の中は」
「祭りが大好きで何が悪いんだよ。クリスマスくらい楽しくやりたいぜ。どうせなら、M9も『クリスマス仕様』とかいって、サンタの格好させりゃあ面白いかもな」
マオの頭の中に、典型的な赤い服のサンタの格好をし、白いつけヒゲまでつけてショットガンを構えている<ガーンズバック>の姿が浮かび、苦笑する。
「プレゼントは弾丸って訳? どんなサンタよ」
「新装備の申請として出してみようか。姐さん」
「ばーか」
これ以上つきあう気はないとばかりに冷たく言い放つ。
「文句なら、こっちじゃなくてテロリストの方に言って」
ぴしゃりとマオにしめられ、ため息をつくクルツ。
「そうだな。報告書とかも書かなきゃならないし、これで俺の休暇と楽しいクリスマスはパァだ」
ふと横を見ると、宗介の乗る<アーバレスト>がぼーっと立っていた。
クルツは、ぼーっと立ったままの同僚のASに近づき、ポンと肩を叩いた。
「どうした、ソースケ。ま〜たカナメと何かあったのか?」
宗介はそれに答えず、黙ったままだ。
「やっぱりそうか。さしずめ、カナメのごちそういっぱいのクリスマスパーティーの誘いを断って来たとか、そんな所だろ?」
「なぜわかった」
意外そうな声が通信機から聞こえてきた。
「そりゃ判るって。お前は結構単純だから」
コクピットの中だから見えはしないが、そんな彼を鼻で笑うと、
「でも、どうせなら、カナメを『ゴチソウ』になる方がいいんじゃないか、ソースケ?」
そう言ってゲラゲラと笑う。
「クルツ。あんたってほんっとに筋金入りの下半身男ね」
マオが呆れ顔で会話に割って入るが、当の宗介の方は、
「何の事だ? 俺に食人の習慣はないが」
味も素っ気もないズレた答えを聞いて「違うだろ」とばかりにため息をつくマオとクルツ。
「……買い物の手伝いという任務を途中で放棄してこちらに来てしまった。彼女は事情を理解してくれたが、任務を途中で放棄した事に怒っているようだった」
「ま、そりゃ怒るわな」
宗介の言葉を聞いて、クルツがコクピットの中で肩をすくめる。その動作をきっちりASがトレースする。
「事情を理解しているなら何故怒るのだ? 訳がわからん」
宗介がコクピットの中で首をかしげる。その動作もきっちりASがトレースする。
(肩をすくめ、首をかしげるASってのも、けっこう滑稽ね)
そんな部下二人を何とも表現しがたい顔で見ているマオだったが、
「じゃあ、とっとと撤収。あとは現地軍に任せましょう」
三人は森の中で待機している輸送ヘリに向かって移動を始めた。


十二月二五日 〇七一五時(現地時間) メリダ島基地・SRTオフィス

宗介が半徹で懸命に報告書を書いていると、クルツが話しかけてきた。
「ソースケ。これやるよ」
そう言って差し出したのは紙袋だった。口を折ってリボンをかたどったシールで封をしてある。
「どうせ、カナメにプレゼントの一つも用意してないんだろ? 不機嫌な女の子にはこれが一番だぜ」
宗介は不審そうな顔でそれを受け取った。意外に軽い。
「ホントは、俺がカナメにあげようと思っていたんだけどな。困った親友を見過ごすってのは男がすたるしな」
しかし、その口調はどこかからかっているような雰囲気さえあった。
「爆発物などは仕掛けていないだろうな?」
宗介は半信半疑で紙袋を見つめるだけだった。
「んな事するかよ。とにかく、報告書を急いで仕上げて帰れば、何とか間に合うだろ。謝ってポンと渡せば機嫌直すって」
妙に自信たっぷりの態度だ。性格の方は今一つ信用しかねるが、自分よりは彼の方が「世間の常識」を知っているのは確かだ。ここは素直に従っておこう。
そう判断した宗介は「感謝する」と一言だけ言って報告書の続きを書き始めた。
それから小一時間ほどで報告書を書き終えた。しかし、その間マオは何かとクルツにささいな用を命じて席を外させたり、宗介に色々とたわいのない事を話しかけたり、「プレゼントくらい自分で選びなさい。彼女の好きそうな雑誌とか見ればいいでしょ?」と助言したりと、彼にとって不可解な行動が続いた。
しかし宗介は話術に長けている訳でも細かな機転が利く訳でもない。ぼそぼそと短く答えるだけで会話らしい会話にはならなかったが。
クルツから受け取った紙袋を持って東京への帰路についた宗介とは入れ違いに、ラッピングされた小さな箱を持った軍服の少女がオフィスに入って来た。
彼女はテレサ・テスタロッサ。その外見からはとても想像がつかないが、潜水艦<トゥアハー・デ・ダナン>の艦長にして大佐。そして、宗介達の所属する部隊の戦隊長でもある。クルツとの電話で言っていた「大佐殿」とは無論彼女の事だ。
普通ならこうした一部署に来るような暇は全くない程の激務に追われているのだが……。
「あ。メリ……いえ。マオ曹長。少しいいですか」
「構いません、大佐」
マオもきちんと真面目な顔で応対に当たる。プライベートでは「メリッサ」「テッサ」と呼び合う仲だが、人前では大佐と曹長の立場をわきまえて行動している。テッサはそれを聞いてから辺りに他の隊員がいない事を確認した後、少々遠慮がちに尋ねた。
「ところで、サガラさんは……」
「ああ。ソースケは入れ違いで東京へ。もう少し引き止めておけたらよかったんだけど」
そう言いながらマオがぱちんと両手を合わせ、拝むような仕種をする。
「そうでしたか」
何でもないような表情を無理に作ってはいたが、落胆の色は隠し切れてはいなかった。
「あれ? テッサ。どうしたんだ?」
その時、彼女たちの後ろから遠慮のないクルツの声が聞こえた。遥か上の階級を持つ彼女に対しても、彼の軽い態度が崩れる事はない。
彼は自販機から買ってきたばかりのコーヒーの缶をマオに渡し、自分も缶コーヒーのプルタブを開ける。
「あ、俺にプレゼント? 今日はクリスマスだもんな。いやぁ、ありがとう」
と言ったクルツの頭を、マオは開けてないコーヒーの缶で叩いた。
「そんな訳ないか。ソースケのヤツにか? うらやましいね、ホント」
クルツの言葉に少し頬を染めるテッサ。
「ウェーバーさん。あまり冷やかさないで下さい」
照れながら注意するが迫力はなく、むしろ可愛らしい印象しかない。そんな顔を見たクルツは自分のデスクの引き出しから飾り気のない箱を取り出した。
「ラッピングしてなくて悪いけど、俺からのプレゼント。いつも世話になってるしね」
「え?」
それを聞いてテッサの動きが一瞬止まる。マオは「めずらしー」と言いたそうにぽかんとしたままだ。
「……ホントは、ソースケからの方が嬉しいだろうけど、さ」
彼にしては珍しく、からかうような笑みではなく優しそうな笑顔でテッサを見つめる。彼女は少々ぎこちない様子で、
「えっ。そ……そんな事は、ないです。その、あの、あ、ありがとうございます。……これ、開けても良いですか?」
クルツが無言でうなづくと、彼女はそっと箱の蓋を開ける。中身が何か気になったマオも後ろからそっと覗き込む。
………………。
「お気持ちだけ受け取っておきますっ!!」
目を点にし、耳まで真っ赤にしてSRTオフィスを去るテッサの後ろで、クルツがマオの右ストレートを食らって昏倒していた。


十二月二五日 二三〇〇時(現地時間) 東京都・調布市市内

常盤恭子は考えていた。
親友――千鳥かなめの不機嫌さについてである。
彼女はいつも通りの「明るい少女」に見えたかもしれない。少なくとも、自分を除くクリスマスパーティー参加者には。
確かに昨日・今日の彼女は元気すぎるくらい元気だった。元々お祭り騒ぎが好きな彼女はすぐにテンションが上がり、たまに誰もついて行けなくなる事がある。
しかし、一番彼女との付き合いの長い自分には、楽しんでいるというよりは嫌な事を忘れようと無理にはしゃいでいるように見えたのだ。
それも、何となく察しがついていた。
だからパーティーがお開きになり、片づけを手伝うという名目で残ったのだ。
「……カナちゃん。何か、無理してない?」
意を決して発した恭子のその一言で、洗い物をしていたかなめの手が一瞬止まる。
「ん……確かに、ちょっと調子に乗って食べ過ぎたかな」
「そうじゃなくて。ほら、今日いなかったじゃん……」
かなめは「もう言い飽きた」と言わんばかりにうんざりとした顔で、
「あのねキョーコ。何度も言うけど、あたしは、別にソースケの事なんか……」
「あれ? あたし相良くんなんて一言も言ってないけど?」
恭子は意地悪そうな笑顔でかなめを見ている。かなめはうっと言葉に詰まった。恭子は勝ち誇ったように、
「やっぱりね。一番食べてほしい人がいないと張り合いがないもんね」
「いや、だからそうじゃなくって……」
「作った料理をこっそりと別に取り分けて冷蔵庫に入れてたし。それって、相良くんのためでしょ?」
「そ、それは……」
確かに料理の一部は、みんなに出したのとは別の皿に取って、ラップをかけて冷蔵庫にしまってある。
文句の続きを言いかけたかなめだが、すぐに淋しそうな笑みを浮かべると、
「多分、そうなのかな。なんだか……ね」
その答えを聞いた恭子は呆れたような笑みを浮かべると、
「素直じゃないなぁカナちゃんは。でも、相良くんにピッタリくっついて『だぁいすきっ!』って言うカナちゃんってのもちょっと……」
多分その光景を想像したのだろう。二人とも苦笑いを浮かべている。
「……そうかもね。それはちょっとサムイかも」
「でもさ。いいんじゃない、このままでも。確かに相良くんは、もうちょっと何とかしてほしいけどさ」
恭子の言葉に、かなめはしみじみとうなづきながら、
「そうよね。あれさえなきゃ結構……」
「結構、なに?」
恭子は素早くかなめの横に来て、興味深々といった感じで目を輝かせている。
「え。いや、それは、その……」
何となく恭子の視線から逃れるべくそっぽを向いたその時、いきなり玄関のチャイムが鳴った。
「こんな時間に? 誰だろ?」
「こんな時間に来る大バカ野郎なんて一人しかいないわよ!」
エプロンで手を拭きながら玄関に急ぐかなめ。その後に恭子も続く。
かなめはいきなりドアを開けた。そこには彼女の予想通りの人物が立っていた。その人物は少々驚いたようで、
「ち、千鳥。そんなに慌ててどうした。まさか、爆弾でも仕掛けられていたのか!? それとも侵入者が……」
その人物――相良宗介は素早く右手で銃を抜こうとしたが、その前に、かなめの手にいつの間にか握られていたハリセンが、彼の頭頂部にヒット。
「あ……あんたね。帰ってきて早々に言うセリフがそれ!?」
かなめは勢い余って更にバシバシと彼をハリセンで乱れ打ちにする。
「カナちゃん。押さえて押さえて」
見かねた恭子が止めに入り、何とかかなめをなだめる。その後、恭子は意味深な笑顔を浮かべると、
「じゃ、あたしはオジャマみたいだから帰るね。頑張ってね、カナちゃん」
「ちょっとキョーコ。どういう意味よ、それは!?」
クスクスと笑って帰る彼女を見送る宗介とかなめ。一瞬気まずい空気が流れるも、
「……まあ、そんな所に突っ立ってて風邪でもひかれちゃかなわないし、あがんなさいよ」
「うむ。そうさせてもらおう」
宗介は素直にそれに従った。


宗介が靴を脱いで中に入ると、かなめは冷蔵庫から料理を取り出して、電子レンジで温め直してる所だった。
「……千鳥。任務を完遂できなくて、申し訳なかった。謝罪する」
宗介はうつむいたままそう言った。かなめはじっと温め具合を見ながら、
「もういいわよ、その事なら。あんたは傭兵でもあるんだし、むしろそっちが本業なんだから」
そこで初めて宗介をよく見た。左腕にコートをかけ、紙袋を抱えている。
「何よ、ソースケ。それ?」
かなめは彼の持っている紙袋をすっと取り上げた。
「それはクルツが俺に持たせた物だ。『どうせプレゼントなんて用意してないだろ』と言われて渡された物だ。しかし、これは本来クルツが君に渡そうとしていた物だ」
宗介はぎこちなくボソボソと話し続ける。
「クリスマスの日には、親しい人へ、プレゼントを送るようだな。俺は……千鳥と親しいのかは、わからない。だが、俺は、君に迷惑をかけてばかりだ。心身に疲労を抱えている事だろう。だから、償う必要を感じた」
続きを言おうとするが、なかなか言葉が出てこない。出てこなくて、焦る。口を小刻みにぱくぱくと動かすのみだ。
どう言えば彼女が喜んでくれるのだろうか。しかし、持てるわずかな知識を総動員してもその肝心の言葉が出てこない。
「……困った。言うべき言葉が見つからない。クルツなら、君を喜ばせる言葉をいくつも知っているのだろうが……」
「そんなの気にしなくていいわよ。あんたに気の効いた口説き文句なんて期待してないから」
かなめは小さく笑うと、温め終わった料理をレンジから出した。
「お腹空いてるでしょ。食べる?」
「ああ」
短く答え、テーブルにつく。しかし、コートは左腕にかけたままだ。
「どうしたのよ。コートならその辺に置いておけば……」
「いや。これは……俺のではない」
ぎくしゃくとした動きでコートを差し出し、そっぽを向いてこめかみをポリポリとかく。
「これを……」
「あ、あたしに?」
彼からコートを受け取ったかなめはホントに驚いていた。宗介のくれるプレゼントは拳銃とか爆弾とかスタンガンとか、そういう物騒な物に違いない、と真剣に思ってさえいたくらいだ。
そのコートも決して軍隊っぽい物ではなく、ファッション雑誌に登場するような、なかなかオシャレなデザインの物で、本当に宗介が選んだのだろうか、と勘ぐりたくなるくらいのコートだった。確かに、今着ているコートは、別に買い変えるほどでもないが、少々くたびれているのは間違いない。
「しっかし、あんたにしてはいい趣味じゃない」
「喜んでもらえるか。それはよかった。雑誌で調べた甲斐があった」
「雑誌?」
宗介のグラスにジュースを注ぎながらかなめが尋ねる。
「うむ。君が以前見ていた雑誌の名前を思い出すのに時間がかかってしまってな」
もっとも「雑誌とかで調べてみたら?」と助言してくれたのはマオだったが、それは彼女が知るべき事ではないので言わないでおいた。
(任務が終わって休む暇もなくプレゼント探しに東奔西走、か。かなり疲れてるだろうに……)
「ありがとう、ソースケ」
かなめは自分でも信じられないくらいに素直に「ありがとう」と言えた事に驚いていた。
それから視線が合い、三〇秒くらい沈黙が続き、気恥ずかしくなった彼女が明るく言った。
「そ、そんな事より、冷めないうちに食べてよ。今日のは結構自信作なんだから」
「わかった。いただこう」
宗介はそう言って黙々と食べ始めた。
かなめは早速コートを着てみる。見た感じよりずっと重かったが、意外に動きやすく結構暖かい。
「へぇ。結構あったかいんだ」
「無論だ。そのままでは心もとなかったので、少々手を加えておいた」
「へ?」
かなめは嫌な予感がした。彼の「手を加える」が何を意味するか。
「簡単に言ってしまえば、コートの布地を内部から補強して、防弾性と耐寒性。それに刃物等による攻撃時の耐久性を上げた。テストはしていないが、理論上なら至近距離からサブマシンガンの一斉照射を浴び続けても二〇秒は耐えられるし、小さなナイフ程度なら、そのコートを貫通させる事も困難だろう」
やっぱり、という表情で、かなめはため息をついた。まあ、爆弾だのミサイルだのがついていない分マシかもしれないが。虚しくため息をついたまま、その後も続く良くわからない専門用語の解説を聞き流す。
「……本来ならば、もっと装備を追加して完全な防護服にしたかったのだが、これ以上手を加えると重量の問題が出て、君の機動性を奪いかねない。それでは意味がない」
「はいはい。いちいち講釈してくれてもわかんないって。でも、こんな事する必要なんてないのに」
その言葉に宗介は意外そうな顔で、
「そうなのか? しかし、俺が見た雑誌には『プレゼントは手作りの物が一番』と書いてあった。だが、一から作っている時間はなかった。それで、既成の物を改良したのだが……。それはまずかったのか?」
(それは女の子から男の子への事だと思うけど。それもお菓子とか)
と、かなめは思ったが、本当に申し訳なさそうな顔でうつむいた彼を見てしまっては、突っ込む気になれなかった。
「まずかったら『ありがとう』なんて言わないわよ」
「……そうか。ならば、いい」
そう言って、また黙々と食べ始める。
しばらくはそうして黙々と食べる宗介を見ていたかなめだったが、ふとクルツの物だという紙袋が気になった。
レンジの上に放っておいた紙袋を取り、封を切って中身を出す。飾り気のない白い箱を開けると、
………………。
大慌てでバン、と蓋を閉じ、適当に紙袋に戻す。
「どうかしたのか、千鳥?」
「な、何でもないわ。勝手に食べてて。う、うはははは」
顔を真っ赤にしたまま、出来の悪いロボットを思わせるぎこちない動きで自分の部屋に戻った。
後ろ手に扉を閉め、ベッドに箱を叩きつける。
「なんっっっっちゅうモンを贈ってくるのよ、あのスケベ外人!!」
宗介に聞こえないようにセーブした怒鳴り声を上げた。
確かに、いきなり「下着」が贈られれば怒るのは無理もない。それも、かなりきわどいエッチなデザインの物ならなおさらだ。
おまけに彼の直筆であろう『これ着て口説けばあの朴念仁でもオチルぜ、きっと』と書かれたカードも、タチの悪いジョークにしか受け取れなかった。
今すぐクルツに文句の一つも言ってやりたかったが、彼の連絡先はわからないし、この場合宗介は無関係だから、いつものように殴るわけにもいかず、ベッドをバシバシと叩くくらいしかできなかった。
宗介が帰った後、シャワーを浴びてタオルを巻きつけた身体で部屋に戻ると、ベッドに叩きつけたままの下着が目に入った。
このまま捨ててしまうのは何となくもったいないな、という気持ちが残るし、かといって素直に受け取るのも何となく気持ち悪い。一応「プレゼント」なのだから突っ返すのも何となく気がひけた。我ながらお人好しだと自分でも思う。そんな考えが頭の中でぐるぐると回り、
「……一回くらいなら、いいかな」
一回つけてみて、似合わないだの何だのと些細な文句をつけてしまおう。そう自分に納得させると箱から下着を出し、タオルを取って早速つける。
つけ終わると、目を点にしてその場に立ち尽くしていた。
「……何で、サイズがぴったりなの?」


十二月二九日 二〇四三時(現地時間) メリダ島基地・SRTオフィス

ASの訓練の為に基地に帰ってきた宗介を出迎えたクルツは彼を見るなり、
「よう、色男。どうだった、カナメとのクリスマスは」
「どうもこうもない。料理を食べてきただけだ」
宗介のいつも通りのぶっきらぼうな解答に、クルツはかなり残念そうな顔で彼を見ている。
「ドラマも何もないのかよ。味気ないね〜、ホント」
「カナメ……何か言ってなかった? あいつのプレゼントの事とか」
あの後、クルツから「カナメにテッサと同じ品(もちろんサイズは違うが)を贈った」と「吐かせた」マオは、かなり同情気味の乾いた笑いを浮かべていた。
「いや。渡された物ならあるが、特に何も言っていなかった。何かあったのか?」
「そ、そう」
彼女はあえてそれ以上聞かなかった。宗介は持っていた手提げ袋を自分のデスクに置く。
「おっ。ちゃんと買ってきてくれたか。偉いぞ親友。それで、いくらした?」
手提げ袋を見たクルツが嬉しそうな声を上げる。マオが袋の中身を尋ねると、
「ソバだ。今朝クルツから電話があった。経費は出すから買っておいてくれ、と」
そう言いながら手提げ袋の中から真空パックのソバ玉だのソバつゆの入ったビンだのを出していく。
「……ああ。日本じゃ年末に食べるんだったわね。確か、年越しソバだっけ?」
「そうそう。コタツにミカンに紅白に年越しソバ。日本の大晦日はこうでなくっちゃな。これに神社への初詣が加われば完璧だな」
クルツが一人でウキウキしている。
「けど、ミカンはともかくコタツも紅白も神社もここにはないからな。せめて年越しソバくらいは。これぞ日本の風情ってモンだよ」
金髪碧眼の彼が言っても滑稽に見えないから不思議である。でも、宗介には「ソバが食べられてそんなに嬉しいのか?」としか思えなかったが。
「クルツ。実は、カナメから預かった物がある。『自信作だから早く食べてほしい』と注意があった物だ」
宗介はそう言って、手提げ袋からケーキ屋の箱を取り出した。
「自信作って事は、カナメの手作りか!? やっぱりプレゼントが気に入ったみたいだなぁ」
彼は「俺の選択は間違ってなかった」と一人で納得し、早速箱を開ける。
箱の中にはあまり大きくないシュークリームが六つとジェル状の保冷剤が入っていた。それを見たクルツは口笛を吹くと、
「カナメって義理堅いよなぁ。美人だし、スタイル良いし、料理上手で家庭的。どこかの朴念仁にはもったいないぜ」
クルツは横目で宗介を見ながらシュークリームを壊さないように掴んだ。
「あ。それ、こっちにもちょうだい。上官の命令よ」
「そのような命令には従えません、マム」
クルツはマオにわざとらしい敬礼を送ると、シュークリームを口の中に放りこんだ。
しかし数秒後、彼は何とも形容しがたい悲鳴を上げ、涙を流し、大慌てでオフィスを走り去る。
マオと宗介は、ぽかんとしたままその光景を見ていた。
「何なのかしら、あれ」
「……わからん。まさか、カナメがこの中に毒物や劇薬を入れたとも思えないが」
マオはそっとシュークリームを取り、シュー皮を破る。中の緑色のクリームを指先で取り、舐めた。
「これ……ワサビじゃない!?」
マオが顔をしかめる。宗介は少し考えてから、
「ワサビ? スシやサシミに使う香辛料の事だな。こういった食べ物にも使うのか?」
「そんな訳ないでしょ。……やっぱり怒ってたみたいね、彼女。無理もないけど」
マオはシュークリーム――もとい、シューねりワサビを慌てて箱に戻した。
マオは気づかなかったようだが、箱の底に忍ばせたカードには、かなめの字でこう書かれていた。
『プレゼントのお返しです。あたしは義理堅いのよ!』と。

<たとえばこんなジャック・イン・ザ・ボックス 終わり>


あとがき

「ジャック・イン・ザ・ボックス」とはビックリ箱の事です。
プレゼントとはそういう物でしょうから、程度はともかく、みんな「ビックリする物」を受け取ってます。
あ。マオ姐さんは受け取ってないや(>_<)。宗介はかなめの料理がそうだという事にして下さい。

パロディはあまり書かないので、上手くいったかどうかが不安だったんです。
ネタはベタだし、ダブってるし、ラブラブ度低いし。
でも、初心者は簡単なヤツからやる物だ、と無理矢理納得させました。
第一、ベタなネタ大好きなんです、私(^^ゞ 。
それでも、投稿先のサイトではそこそこ好評を戴きました。

でも、こうしたSSを書いていると、根っからのアニメファンの私は「自分だけのキャスティング」で彼等の声が聞こえてくるのです。しかし、自分の妄想から生まれたキャスティングなので、他人に話すと「それ絶対違うよ〜」と言われるのが常。第一、趣味が出るから意見が割れるのも当然です。
でも、世の中そんな物ですね。


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