『決まりきらないニュー・ヒーロー 後編』
宗介――いや、ボン太くんにやられた男は、その夜、泉川駅から五〇〇メートル程離れたファミレス「ロワイアル・ポスト」で、数人の男達とひそひそ話し込んでいた。
ちなみにここのウェイトレスの制服も、地味目ながらなかなかかわいい物である。
その男達のいずれからも常人とは違う不可視のオーラが出ている。趣味を同じくする者独特の雰囲気、とでも言うべきか。
「ヒドイ目に遭いましたね」
「全くだ。かわいい女の子を見て『かわいい』って言う事のどこが悪いんだ」
「そのかわいい女の子を誘拐するのは犯罪だけど、写真くらい撮ったって良いじゃないか。誰に迷惑がかかる訳でもなし」
だからと言って盗撮は違法行為である。
ま、イッちゃったマニアなんてこんなものかもしれない。
「惜しい絵もあったんだが、それよりもあの男を何とかしないと俺の気がおさまらん。あいつが総ての原因なんだからな」
周りの男も「わかりますわかります」と、うんうんうなづいた。
「それで、だな……」
再びひそひそと話し出す。やられた規模に対して全く相応しくない、大袈裟な復讐劇が始まろうとしていた。


それから更に数日たった放課後。生徒会の用事を済ませ、下校しようと校門を出た宗介の前に、あの男が姿を見せた。
「よぉ。先日は世話になったな」
「……あの時の男か。何か用か」
いつも通りのむっつり顔で相手を睨む。
「決まってんだろ。ちっとくらい仕返ししないと俺の気が済まないんだよ」
とりあえず、とばかりに睨みつけるが、宗介の方は軽く受け流して、
「その意気込みは買うが、貴様と俺とでは技量・装備・火力等、あらゆる点で圧倒的にこちらが凌駕している。怪我をしたくないのならやめておく事だ」
「言っただろ? 仕返ししなきゃ気が済まないってな」
そのふてぶてしい態度に「口で言ってもわかるまい」と判断した宗介は、
「つまり、挑戦状と受け取って良いのだな」
「そうだよ。正義のヒーローみたいにカッコつけてんじゃねーよ」
相手のその言葉に宗介はわずかな笑みを浮かべると、不敵なまなざしで相手を睨みつけていた。
「良かろう。貴様のその挑戦、受けて立つ」
やはりこういった輩は、きっちり息の根を止めておくに限る。
(正義のヒーローとは、かくも大変なものだな。戦士に休息はない、か)
そんな事を考えつつ、歩き出した男の後に続いた。
都道一一八号線に出て、そこを歩く事五、六分。京王線の線路に近い、とある工事現場に連れて行かれた。
「ここなら今日は邪魔は入らねぇ」
大きな鉄製のフェンスについた小さなドアをくぐり抜け、中に入る。
中はそれなりに開かれており、隅の方には壊した瓦礫やパワーショベルなどがそのまま置かれている。
そして、この敷地の中のあちこちに身を潜めている二〇人程の人間の気配を感じた。
なるほど。大勢で戦うつもりか。
だが、数で勝ろうとも、素人の集団ではプロである自分に勝つなど不可能。
だが、こういった連中の事だ。きっと何か卑劣な罠を仕掛けているに違いない。
深い落とし穴。意外な人質。周りにある重機とて、その気になれば立派な武器と化す。それに、油断大敵という言葉もある。
第一、こうした決闘で相手が場所を指定した時は、必ずそこに罠があるものと見るべきである。
だいぶ暗くなった工事現場をぐるりと見回しながら、そんな事を考えた。
こういった連中は、圧倒的戦力で一気に叩き潰し、反撃しようとする意志をも奪い取る。それが最も効果的な戦法だろう。そのためには……。
宗介は、ポケットに入れてある「何かの」スイッチを入れた。が、別に何かが起きた形跡はなかった。
「じゃあ、始めようか」
男と向かい合って立っていた宗介の目に、彼の後ろにあった工事現場の強力なライトの光線が飛び込んできた。それで辺りは急に明るくなる。宗介はすぐに手で目を覆い隠すが、それでもほんの一瞬だけ視界がゼロになってしまった。
その隙をついて周りからモデルガンの弾やそこらに落ちていた石が次々と飛んでくる。
狙いはむちゃくちゃで当たる物は殆どなかったのだが、強力な光を一瞬でもまともに見てしまったために、視力の回復に時間がかかってしまっていた。
こんな手があったとは。たった今油断大敵と思ったばかりでこれでは笑い話にもならない。
とりあえずその場から逃れようとするが、この状態ではどこに移動しても大差ない。
(やむを得ん。『変身』だ)
そう考えた宗介は懐から発煙弾を取り出した。
しゅぱっという花火の様な音がしたかと思うと、宗介を中心として濃い白煙が広がっていく。
しかし、それ程統制が取れていないのだろう。周囲の人間は様子を見て攻撃を止める者や、残弾数などお構いなしに攻撃する者と行動もバラバラだ。
やがて煙が晴れたそこに宗介の姿はなかった。
代わりにいたのは、犬だかねずみだか良くわからない、ずんぐりとした二等身の身体。くりくりと大きな愛くるしい瞳。
そう。ボン太くんだ。それも、細部が微妙に異なるあの時の物だ。
宗介がどこにボン太くんの着ぐるみを隠し持っていたのか、それともこの場に隠してあったのか、そんな事はわからない。
だが、現実に彼はボン太くんを着終えて仁王立ちしている。
「…………」
石を投げた者やモデルガンを撃っていた者も思わず攻撃の手を止める。驚いたからではない。呆れているのだ。
攻撃が止んだ途端、宗介――いや、ボン太くんは手に持っていた散弾銃を続けざまに発砲する。
じゃきっ、どかん! じゃきっ、どかん! じゃきっ、どかん!
強い光源があるためにセンサーは使えないが、これまでの攻撃から、人がどこにいるのかは見当がついている。
弾や石が飛んできた方向から敵の位置と距離くらい判断する事ができねば本当のプロとは言えない。文字どおり、目が見えなくても百発百中。だが、
(しまった! まずは接近戦で戦闘員を倒すのだったな)
いきなり大慌てで散弾銃をすその下にしまいこんだ。
その後容姿に似合わぬスピードで瓦礫の山を迂回し、そこに潜んでいた者を次々となぎ倒していく。
何人かが応援とばかりに駆け寄ってくるが、ボン太くんは迫りくる敵にパンチ、頭突き、体当たり。倒れた敵にかたっぱしから扁平足のスタンピング。もはや応援どころではない。
実にあっけなく敵は半壊した。徹底的に叩き潰すつもりではあったが、とりあえず、こう警告する。
『ふも、ふもっふ、ふも。ふもっふ。ふも』
ボイスチェンジャーが働いている事を思い出し、慌ててスイッチを切る。
「残るはお前達だけだ。覚悟してもらおう」
着ぐるみのせいで少々くぐもった声だったが、その迫力は目の前の数人を威圧するには充分すぎた。もっとも、この格好でなければ効果は更に上がっていただろうが。
「しょうがないな。やっぱり使う事になったか。最初からこうしておけば良かったか」
合図をすると、仲間の一人がパワーショベルに飛び乗って、操縦席から誰かをひきずり出した。
そちらを見ると、陣代高校の女子生徒が目隠しをされている。手は縛られているのか、両方とも後ろに回されている。その仲間は彼女の目隠しだけを取った。
リーダー格の男は、後ろにいる仲間とその女子生徒を親指で指差し、
「お前の彼女のかなめちゃんがどうなっても良いのか?」
「美樹原!?」
ボン太くんが彼女の顔を見て驚く。
何と、仲間の一人が引きずり出したのは、生徒会の書記を勤めている美樹原蓮だった。
「はぁ? 美樹原?」
男が慌ててそちらの方を向く。確かにそこにいるのは千鳥かなめではなかった。
彼は一瞬ぽかんとした顔で仲間を見ていたが、
「な、何やってんだよお前! 人違いだ人違い。ちゃんと特徴伝えただろ!?」
「で、でも、身長一六五くらいで長い髪の先をリボンで結んだ女の子って……」
良く見れば、なぜか蓮は下ろした髪の先をリボンで結ぶという、かなめの普段の髪型になっていた。
二人がもごもごと馬鹿馬鹿しい問答をしている時に、ボン太くん――宗介の頭に昼休みの生徒会室での光景が浮かんだ。
かなめと蓮の二人が「お互いの髪型をとりかえっこしようか?」などと冗談ぽく話していた事を。多分それが原因だろう。
彼女はかなめよりは短いが髪は長いし、背丈もそれ程変わらない。それに加えて学校の制服姿とくれば、顔を知らねば間違えるのも無理からぬ事かもしれない。
だが、かなめの方は活発な印象で健康少女。一方の蓮の方は品の良い古風なたたずまいの少女。
それを間違えるのだから、本当に身長と髪型くらいしか特徴を伝えてなかったのだろう。
(やはり。こういった組織の手口という物は、実に杜撰で穴だらけだ)
ボン太くんがうんうんとうなづく。
だが、それでも人質である事に変わりはない。そう開き直った男は、
「余計な事するなよ。こいつを無事に返してほしかったら武器を全部捨ててもらおうか」
普通なら怯える所だろうが、蓮の方はきょとんとしているだけだ。
訳もわからずさらわれて、訳もわからず人質という形になって。そして目の前には、良くわからない男達とボン太くんがいるだけなのだから。
もはや彼女の頭の中は「?」で埋まろうとしている。
「申し訳ありませんが、一体何が起こっているのかお教え下さいますか?」
大物と言うべきか鈍いと言うべきか。全く状況を理解していないその態度を「怯えてない」と解釈したリーダー格の男は、無茶苦茶な怒りに燃えるだけだった。
「あんたなぁ!?」
思わず怒鳴り声をあげるリーダー格の男にボン太くんの飛び蹴りが見事に極まる。
男は勢い良く五、六メートル程吹き飛ぶが、うめき声を上げながら立ち上がろうとする。
(なぜ爆発しない!?)
男がよろよろと立ち上がってきた事にボン太くん(の中の宗介)は驚愕していた。飛び蹴りを受けたら爆発する筈ではなかったのか!?
(……そうか。技の名前を叫んでいなかったからだな。何をするのか宣言してからの攻撃というのは納得がいかないのだが、仕方あるまい。早急に決めておく必要がある)
訳のわからない理論で納得すると、今度は蓮の腕を掴んでいる男に向かい合い、ファイティングポーズをとった。
完全に無視された格好のリーダー格の男は、
「こうなったら……」
別のパワーショベルへ駆け寄り、操縦席に飛び乗って起動させる。耳障りなエンジン音が辺りに響き、アームを高々と振り上げる。
「あの。もう一度お聞きしますけど、一体何が起こっているのでしょうか?」
蓮が自分の腕を掴んでいる男に尋ねるが、その男はパワーショベルに向かって「そりゃやり過ぎですよ!」と怒鳴っている。
そんな彼女にもパワーショベルがボン太くんに襲いかかろうとしているのはわかった。
(何という事だ。『倒す前に始まってしまう』とは。だが実戦だ。多少の誤差はやむを得ん。それにしても、まだなのか?)
ボン太くんはパワーショベルに向かい合った。
絶体絶命。ボン太くん最大のピンチ。
その装甲で弾丸を防ぐ事はできても、パワーショベルの体当たりはいくら何でも無理だ。男の方も怒りの余りそこまでする必要などない事を忘れている。
その時、タイミングを計った様に天から援軍がやってきた。
工事現場の一〇〇メートル程上空で、何かが弾ける音がした。
それがパラシュート付のカプセルだとわかったのはボン太くん――いや、宗介だけだった。
その音で全員が黒い空を見上げた時カプセルがバンと弾け、その中にあった白い人間が降下してくるのがわかった。
いや、人間ではない。それにしては大きすぎる。あれは――
「アーム・スレイブ!?」
信じられない物を見た彼等の叫びをかき消す様に、ずしゃあっと派手な音を立てて土を周囲にまき散らし、工事現場のド真ん中にASは着地する。
重々しい鋭角的なフォルムを持った白いASは機体の全身から蒸発した衝撃吸収剤を吹き出し、ちょうどひざまずく巨人の様にその場にうずくまっている。
「メリダ島からの緊急射出装置。おおむね成功だな」
そうなのだ。宗介は自分の所属する対テロ組織<ミスリル>の技術班と協力し、都内でASが必要になった緊急事態を想定して、大平洋に浮かぶメリダ島基地から改造した弾道ミサイルを使い、自分のいる所に専用AS<アーバレスト>を届けてもらえる機構を試験的に開発していたのだ。ご都合主義だと笑わば笑え。
さすがに基地から二五〇〇キロも離れていると都内まで三〇分以上かかってしまうのだが、それを除けば問題はない。
ちなみに、戦闘が始まる前にポケットの中で入れたスイッチは、このための物である。
もはや周囲は大混乱だ。戦争とは無縁の日本でも、これが人型戦闘兵器であるという事は今や子供だって知っている。
「お、おい、貴様! タダのケンカに物騒なモン持ち出すな!!」
タダのケンカにパワーショベルを持ち出した本人が言うセリフではない。
「何を言っている。最初に警告した筈だ。『あらゆる点で圧倒的にこちらが凌駕している』と。それを無視した貴様が悪い」
ひざまずく<アーバレスト>に駆け寄りながら宗介が言った。
嗚呼。このまま「AS対パワーショベル」などという不毛で、大袈裟で、情けなくて、盛り上がらない戦いが始まってしまうのか――と思われたその時、
バン! と大きな音が響く。入口の鉄製のドアが乱暴に開いたからだ。
「何やってんの、あんた達!!」
入口の鉄製ドアを蹴り開けて飛び込んできたのは――何とかなめだった。
バイトの最中に飛び出してきたのだろう。あのウェイトレス姿だ。走りにくいセミタイトスカートでここまで走って来たらしい。遅れて恭子も入ってくる。
「あ。お蓮さん!? 大丈夫!?」
「あ……はい。わたしは何ともありませんが……ボン太くんが……」
「ああ。あいつならほっといたって平気」
あっさりとそう答えると、周囲をぐるりと見回す。
ひざまずいたASとアームを高々と振り上げているパワーショベル。辺りには負傷した男達が20人近く……。
「キョーコ。何なの、これは……」
「あたしもわかんない。林水センパイが『書記の美樹原さんが買い物から帰って来ない事』と『相良くんが得体の知れない人と険悪なムードでここに来た事』を言ってたから、カナちゃんに知らせなきゃって思って……」
恭子が息を切らせてかなめに説明する。
その二つの事柄が一つに結びついていたのはともかくとして、単なるケンカ程度でASを持ち出すとは。いくら常識知らずで戦争バカの宗介でも、そこまで無分別ではなかった筈だ。
「やい、ソースケ!」
<アーバレスト>のすぐそばに立っていたボン太くんに向かってずんずんと歩き、有無を言わせぬスピードでそのかぶりものをえいっと取る。
そこにあったのは、もちろんかなめの良く知っている相良宗介であった。
「……ばれてしまったな」
少々悲しげに視線をそらす。
「いかにも。この『ヒーローボン太くん』の正体は……俺だ」
……名前があったのか。しかもセンスがない。かなめが一瞬顔をしかめると、
「そうじゃないわよ! 何よ、これは!? バンバン銃を撃つのはいつもの事として。ASまで持ち出すなんて。あたしはね。あんたの事を戦争ボケの●チガイとか、常識知らずの大ボケとか、デリカシーのないヘンタイとか、人間のクズとか、どうしようもないタコとか……とは思ってたけど、ここまで分別がないとは思わなかったわよっ!!」
怒りに任せて一気に文句をぶちまける。よくよく聞けばかなりひどい事を平気で言っている。しかし、宗介の方は実に意外そうな驚きを浮かべている顔のまま反論する。
「そんな筈はない。俺は『日本式の集団戦闘』をマニュアル通りに行っている」
「どこが!? これのどこが日本式の集団戦闘よ!?」
怒鳴り過ぎで呼吸困難を起こしそうな程興奮しているかなめをじっと見つめて、冷静に答えた。
「まず最初に人間サイズで戦闘員と戦い、その次に一人残った現場指揮官を倒し、最後に巨大ロボットでの戦闘で決着をつける。多少前後してしまったのだが、何か問題があるのか?」
確かに、戦隊モノお決まりのパターンはそんなものなのだが。
「……それで、わざわざこんなもん持って来たっての?」
「肯定だ」
宗介は首から下はボン太くんのまま胸をはって答えた。
その答えを聞いて冷静を取り戻すどころか一気に冷める。どこからか疲労感やら虚しさやら良くわからない物が次々とやって来て、かなめの心の中に吹き荒れた。こうなると呆れた乾いた笑いしか起きない。
「あんた、やっぱり桁外れの大バカよ……」
力のぬけ切った声でポツリと呟き、エプロンの肩紐がずるりと下がる。もう突っ込む気すら起きない。
そんなかなめを、負傷していた男達が取り囲んでいた。
宗介がすぐさま彼女をかばい、男達の前に立つ。そんな二人に男達の誰かが叫んだ。
「すみません。写真撮らせて下さい!」
見ると、みんなデジタルカメラやら一眼レフやらを手に真剣なまなざしでかなめを見ている。
「しゃ、写真!?」
そうだった。あの男の同類なら、彼等もきっと制服マニアなのだろう。
ぐごごごごご、と形容しがたい強烈なオーラが彼等の全身から湧き出ている。その迫力にたじろいでしまうかなめ。
(これは……逃げれない。逃げたらきっと地の果てまで追い掛けてくる。そして大人数で寄ってたかって○○とか●●とか「一八歳未満の方はご覧になれません」的な事をされるかもしれないわっ!!)
実際は普通に写真を撮られるだけだろうが、そんな事を考えさせない、言い知れぬ恐怖感が今の彼等にはあった。その迫力に、さすがのかなめも折れてしまう。
「……わかった。わかりました。少しだけですよ」
その返事にわっと歓声が上がり、
「じゃあ、あっちで撮りましょう。明かりがありますから」
「すみません。撮った写真送りたいんですけど、住所を……」
そんな事を言いながら、宗介一人を残してライトのそばへかなめを連れて行く男達。
蓮の腕を掴んでいた男も、リーダー格の男ですらカメラ片手にかなめの方に向かっている。
ボン太くんの着ぐるみを脱いだ宗介の元に、恭子と解放された蓮がやって来た。
「相良くん、大丈夫?」
宗介は持っていた銃で蓮の手錠の鎖を吹き飛ばすと、
「常盤か。俺は問題ない。むしろ千鳥が大丈夫かどうか……」
「敵意は見られませんから、大丈夫だと思います」
蓮が、フラッシュの向こうですっかりモデルになりきってポーズまでつけているかなめを見て言った。
時折「目線下さい」だの「アップ良いですか」だのと声が聞こえてくる。
「カナちゃんなりきってる」
恭子が小さく笑った。
「俺は、そろそろ行かねばならん」
てきぱきとボン太くんの着ぐるみを片づけた宗介が、すっくと立ち上がった。
「行くって、どこへ?」
「決まっている。正体がばれた以上、ここにいる訳にはいかん。どこか、あてのない旅に出る。どうやらそういうものらしいからな。ヒーローというものは」
何が決まっているのか良くわからないが、みんなに取り囲まれているかなめを淋しそうに見ると、一歩踏み出した。
「相良くん。ホントに行っちゃうの?」
「肯定だ。さらばだ常盤、美樹原。二人とも、健康管理には細心の注意を」
そんな宗介の肩をちょんちょんと恭子が指でつつく。
「相良くん。旅に出るよりも、もっと良い方法……教えてあげよっか?」
何かを思いついた恭子が、にこにこと微笑んだ。


それから三日後の夜。恭子は宗介に「千鳥の家に大至急来てほしい」と呼び出された。
懸賞で当たったという「高級松坂牛三キロ」の一部分を持ってかなめの家に来た恭子は、同じくいきなり呼び出された蓮と、死人の様に元気がないかなめと、大きな布にくるまれた荷物を抱えている宗介を見ていた。
「どうしたの? みんな揃って」
恭子が元気のないかなめにそう尋ねた。かなめは嫌々ながら宗介に「話して」と伝える。彼は咳払いを一つすると、
「俺の正体が皆に知られてしまった以上、このままにしておく訳にはいかない。俺の正体を知っているという事で、君達が危険にさらされる可能性もある。それは、こちらの望む所ではない」
そこで言葉を切ると、大きな荷物の布を解いた。
それは、宗介が着ていた物とは色違いのボン太くんの着ぐるみだった。中には大きなハリセンまである。
「これは、千鳥用の『ヒーローボン太くん二号』のスーツだ。各種センサーにデジタル通信機はもちろん、いつも千鳥が使っている武器を強化させた物、名づけて『オリハリセン』を追加装備した」
「相良くん。ホントにやっちゃったの?」
恭子が小声で呟く。確かに「仲間にすれば良い」と助言はしたが、本当にこんな事をするとは思っていなかったのだ。
どうやら彼女は、相良宗介という人物をかなり甘く見ていたらしい。
「……キョーコの入れ知恵だったわけ?」
ぎろり、とかなめが睨む。恭子は「まあまあ」と苦笑いを浮かべるだけだ。
そんな恭子を見てげんなりとしているかなめをよそに、宗介は更に続ける。
「つまり、君達は俺と共に、校内はもとより町内。ひいては日本の平和を守る戦士として活躍してもらいたいのだ」
「……じゃあ何で、キョーコとお蓮さんの分の着ぐるみがないのよ? それに、どうして着ぐるみなのよ。ミニスカセーラー服の方がなんぼかマシよ」
自分が小学生の時にそんなアニメがあったなぁ、と思いながらもかなめが言うと、自信たっぷりに宗介が言い返す。
「彼女達にはオペレーターの任を与えるつもりだ。二人の運動能力や戦闘能力を考えると、最前線に配置するには少々問題がある」
「オペレーターですか? あまり自信がないのですけれど、わたしに勤まるのでしょうか?」
やる気があるのかないのか、蓮が何やら真剣に考え込んでいる。
「じゃあ、あたしにだけこんな恥ずかしい格好しろってのね、あんたは!?」
「あ。相良くんとペアルックだ」
ぼそっと呟く恭子をぎろっと睨んだかなめの肩がふるふると震えている。宗介は、そんなかなめを諭す様に、
「全身が隠れるから、正体が君だとばれる要素はない。不安なら、ボイスチェンジャーを作動させれば何の問題も……」
「そういう発想に問題があるんだってば!!」
着ぐるみ用の巨大ハリセンが、電光石火の速さで宗介を叩きのめした。

<決まりきらないニュー・ヒーロー 終わり>


あとがき

……やっぱり、わたしにはバカな話しか書けないらしいですね。こうなったら開き直りましょう(^_^;)。
特撮に対する宗介の思い込みとか勘違いっぷりが出ていれば成功なんですが、どうでしょう??

今回は一応調べましたよ「Anna Millor’s」。
本来アメリカ生まれらしいのですが、日本での店舗が西東京とその周辺にしかないので、西日本の方には知名度が低いかもしれないのですが、「そのテの」方にはものすごくメジャーなので、わかる人にはわかるかもしれません。
そのためか、西日本のファンの方々は誘致に懸命になっているとか。
一応調べた上で少々フィクションを交えて作ったのが今回の「Anna Mirrors」ですので、真に受けるとバカを見ます。
でも、カメラの下りは本当です。あと、行く機会があれば、飲み物はお代わり自由なホットコーヒーにしておきましょう(笑)。
ちなみに泉川(本来は仙川)店というのは実在しました。残念ながら二〇〇〇年三月に閉店となったそうです。
二〇〇一年一月現在。ここはかに道楽になっています。

あと、特撮なんですが、私は昭和四〇年代後半生まれなのですが、それ程詳しい訳でもないので、詳しいやつにちょっと聞きました。
昔のはバカバカしいくらい単純明快で良かったなぁ(しみじみ)。
それにしても通行人不在の話になってしまいましたが、この頃の特撮もそんなもんでしたから気にしない、と(笑)。
ついでに、昔の特撮がモトです。細かい事も気にしない、と(爆笑)。
でも、今回の話で改めて思いました。「宗介に特撮ヒーローは向かないな」と。

絵が描ければ「アンミラなかなめ」とか「ヒーローなボン太くん」とか描くんだけどなぁ(T_T)。


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