『突然のファイア・ザ・レッド(上) 前編』

一月一〇日 二二三四時(西太平洋標準時)
メリダ島基地

「ノン・リーサル型のミサイル、ですか」
テレサ・テスタロッサは、自分の執務室のデスクでメールをチェックしていた。
二〇歳にも満たない少女だが、どこの国にも属さない、対テロ戦争を行使する傭兵部隊<ミスリル>の大佐であり、その西太平洋戦隊<トゥアハー・デ・ダナン>の最高責任者である。
その最高責任者である彼女が、自分のところに送られてきた軍事関係の話題が載っているメールを見ていたのだ。
ノン・リーサル・ウェポン。非殺傷兵器と訳されるそれは、相手を殺さずに、動きを止めるなどして敵を無力化させる兵器だ。硬質ゴム製の弾丸や、ワイヤーネットを発射するバズーカなど種類も多種多様に渡る。スタンガンもこれの一種と言っていいだろう。
対人用として発案され、発展した非殺傷兵器。そのノウハウや発想をミサイルに持ってくるなど、意外といえば意外だろう。
メール本文には、さすがに詳細なスペックは記載されていないが、ミサイルに関する大まかな事は書かれている。
まず基本は、自分達も使っているトマホーク型ミサイルと大差ない。トマホーク型ミサイルは長距離(タイプにもよるが約一〇〇〇キロ以上)を(ほぼ)音速で飛んで、誤差数十メートルという精度で目標に命中させることができる代物だ。
メールにある「ノン・リーサル型のミサイル」が他のミサイルと違う部分は、爆発するのではなく杭の様に鋭く尖った先端部で串刺しにする形で目標を粉砕するところだ。
確かに爆発はしないようだから、従来の物に比べて被害が少なく済む事は理解できる。だが、こういうミサイルの重量は、だいたい一トンから二トン前後だ。
そして、巡航ミサイルの大きさは全長約六メートル、直径五〇センチ前後。だいたい太くした電信柱といった感じだ。
その物体が殆ど音速に近い速度で目標に激突した場合、信じられないほどの衝撃が襲うだろう。
建物を完全に破壊するには何十発と撃たねば不可能だし、一発では与えるダメージも微々たるものだろう。それに杭の様なミサイル自身も、おそらく衝撃に絶えられずに粉々になる。
そして、その衝撃でジェット・エンジンが爆発してしまうのは間違いない。
そこまで読んで「これのどこがノン・リーサル型ミサイルなのだろう」と首をかしげたテッサは、頭を軽く振って我に返る。そんな心配をしていては、テロリスト相手とはいえ「戦争」行為などできはしない。
その時、卓上のインターフォンが鳴った。今見ていたメールのウィンドウを一旦閉じてから受話器を取る。隣の部屋にいる秘書官からだった。
「はい?」
「大佐殿。カリーニン少佐が参りました」
それを聞いたテッサは、彼を執務室へ通すよう伝える。
「大佐殿。失礼致します」
少しの間が空き、一部の隙もないたたずまいのカリーニン少佐が入ってくる。
亡命ロシア人であるアンドレイ・カリーニン。
年齢はもちろん、軍人としての経験と経歴も、テッサとは比べ物にならないほどあるが、自分の娘ほどの年齢の彼女に対しても丁寧な態度で接している。
それは、彼女の方が階級が上であり、またそうした態度をとるに値する人物であるからなのだが。
「実は、来週行われる米軍のミサイル実験の件なのですが」
特に愛想笑い一つ浮かべずに淡々と用件を簡潔に話す。
「その件ならわたしも知っています。例のノン・リーサル型のミサイルですね」
ついさっき閉じたメールのウィンドウを再び開く。
「今それに関するメールを見ていたところです。こういう事を言ってはいけないのでしょうけど、あまりよいミサイルとは言えそうにありませんね」
テッサはさっきまで考えていた事から素直に感想を述べる。
「自分も、そう思います」
カリーニンも同じ考えらしく、同意した。
「このミサイルは二年ほど前に設計図だけは完成していたのですが、米軍側が『バカバカしい』と一蹴していたものだと、聞いた事があります」
テッサも、この<デ・ダナン>に来る前にいた<ミスリル>の研究部時代にちらりと聞いた事があるのを、その会話で思い出していた。
非殺傷(?)のミサイルという「変わり種」の発想。そして、どこにいても変わり種の噂というものは聞こえてくるものなのである。確かにそんなミサイルなど「バカバカしい」と一蹴されるのは容易に予想がつく。
だが、同時に一つの疑問が浮かび上がってくる。
なぜ今になって、そんな「バカバカしい」ミサイルの実験をしようと思い立ったのだろうか?
テッサが少し首をかしげると、カリーニンはそれを見抜いたかの様に、
「やはり、二ヶ月前の中東爆撃が発端だったようです」
二ヶ月前、アメリカ軍が中東に巣くうテロ組織一掃の一環として、国連や周辺諸国の反対を押し切って、かなり広範囲を爆撃した事があった。
だが、市街地近くの山を爆撃した際に、爆弾の一つが市街地にかなり近いところで爆発してしまったのである。三九人の一般市民その他が巻き込まれ、そのうちの一人は帰らぬ人となった。
しかも亡くなったのは、反戦運動のためにそこに滞在していたフランスの市民団体の一人だったから、話はややこしくなった。
それを機にフランスを中心に反アメリカ運動が一気に高まったため、アメリカは爆撃の予定を急遽取り止めて、全軍を中東地域から引き上げざるを得ない事態になった事は、テッサもよく覚えている。
以後米軍のちょっとした動きにもフランスを中心とした一部世論は敏感に反応し、訓練すらままならないらしい。
そんな事態に再びこのノン・リーサル型ミサイルの開発者はそれを売り込んだら、それが通ったという事のようだ。
「その開発者にとっては渡りに船だった訳でしょうか」
「おそらくは。米軍も本気でこのミサイルを採用するつもりはないようですが、ノン・リーサル・ウェポンのテストであれば、普通の演習よりは風当たりも弱まると考えたのでしょう」
カリーニンはそう言いながら、手に持った書類をパラパラとめくっている。やがて目的の書類を見つけるとそれをテッサに手渡した。
「このミサイルを設計したのはウォルター・アッシュスクワードという人物で、『技術者としては優秀だが、性格は子供がそのまま大きくなった様な感じだ』という話を、ソ連時代に聞いた事があります」
カリーニンが以前属していたソ連特殊部隊時代の記憶を語る。
カリーニンの話を聞きながら、テッサは渡された書類を見ている。そこにはそのウォルター・アッシュスクワードなる人物に関する資料が簡潔にまとめられてあった。
写真も添付されていたが、テッサの想像よりは若い。まだ三〇前だ。
「子供の様な感じ、ですか。そう言われると、こんなミサイルを設計した事も納得できますね。いくら何でも少々実用性に欠けますから」
「はい。確かに目標を串刺しにするならば、爆破よりは遥かに少ない被害で済みます。しかし、誤差数十センチのトマホークとはいえ、正確に命中しなければ効果はありませんし、串刺しにした『杭』が壊れずに残る可能性もあります。それを分析すれば、どんなミサイルかたちまちのうちに暴かれ、対策を講じられてしまうでしょう」
こうしたミサイルが「爆発」するのは、破壊力の増大だけでなく、敵にそうした秘密を渡さないためでもあるのだ。
実際、古代ローマで使われていたピルムという「投げ槍」も、敵に投げ返されないように、一度敵や地面に当たると穂先が壊れたり、折れ曲がって再利用できない作りだったくらいだ。
「目には目を。歯には歯を」。昔から人間の考える事に変化はない。
テッサはその話題を打ち切ると、一緒に渡された実験の予定表を眺める。
「実験場所は……ファラリョン・デ・メディニラですか。いつも通りですけど……」
問題のファラリョン・デ・メディニラは、観光で有名なサイパン島から北に約八四キロの位置にある。
植物の少ない岩ばかりの島で、一年に何回かは米海軍の砲撃や爆撃の標的として使われている。その度に周辺の島の住民達と環境破壊問題でもめているのだ。
一方<ミスリル>西太平洋戦隊の基地があるこのメリダ島は、北緯二〇度五〇分、東経一四〇度三一分の太平洋の真ん中に位置する。意外と近所なのだ。一〇〇〇キロも離れていない。
サイパン島のあるマリアナ諸島はアメリカの自治領。サイパン島の南西二〇〇キロほど先のグァム島は、現在もアメリカの軍事上重要な拠点だから、立地条件的に仕方ないと言えばそれまでではあるが。
「何かあるんでしょうか?」
テッサは左肩に垂らしている三つ編みの髪を口元に押し当てて考え込んでいる。しかし、彼女の聡明な頭脳を持ってしても、そこを指定した意図までは読めない。きっと考え過ぎだろう。
「念のため、実験日の前後は警戒するよう指示を出しておきましょう。明日から演習航海で、我々はいませんから」
確かに明日から一週間ほどこの基地を留守にする。
テッサ自身が設計した、この部隊と同じ名前の強襲揚陸潜水艦<トゥアハー・デ・ダナン>の演習航海が予定に組み込まれているからだ。
予定が少々ずれ込んでしまっているため、いくつか整備の終わっていない兵器もあるが、それは演習中に艦内で行う事に決める。整備中にどのくらいの距離までは探知されないかという資料にもなるだろう。
この潜水艦が実線配備されてからまだ二年と経っていない。まだまだデータは欲しいのだ。
それに、このメリダ島に<ミスリル>の基地がある事は最大級の極秘事項になっている。実験地から離れてはいるものの、警戒するに越した事はない。
むしろ帰港の時に、付近に集結する米軍の艦や潜水艦に気をつけなければならないくらいである。
とんだ演習航海になりそうだと、テッサは今から頭が痛くなりそうだった。そんな彼女の表情を見たカリーニンは、
「それから、サガラ軍曹からの定期報告が届いています。ここでご覧になりますか?」
彼はテッサの返事を待たずに、クリップで留めた書類を彼女に差し出した。
「サガラさんから?」
テッサの顔がほんの少しだけ曇ったのを、カリーニンは見て見ぬ振りをした。彼女は彼の手から奪い取るように書類を取り、じっくりと目を通していく。
最初は任務として、そして今は己の意志で「彼女」が住む日本にいる、部下の相良宗介軍曹。
昨年のクリスマス・イブ。テッサ自身の誕生日でもあるその日に<ミスリル>としての任務があった。
紆余曲折あって任務も終了し、彼と二人きりになった時、テッサは聞いてみたのだ。
『彼女の事が好きなのか。自分よりも好きなのか』
返ってきた答えは……「残念ながら」テッサが思っていた通りの答えだった。
当然だ。彼は自分ではなく、すでにその人を選んでいるのだから。
自分と同じ日に生まれ、自分と同じ年齢で――そして、こんな戦争まみれとは別世界の住人を。
クリスマス・プレゼントは渡したらしいが、その後の経過を見てみれば、その「別世界の住人」との仲が大きく進展しているとは思えなかった。
いい意味でも悪い意味でも「これまで通りの仲」にちょっと毛が生えた程度である。
それが、彼女の心境を複雑なものにしていた。
確かに彼は男女の仲以前に、人間関係構築という面では悲しいくらいに不器用だ。致命的と言っていい。
彼の方から関係を進展させる事は、よっぽどの事がない限りは、ほぼ絶望的だろう。
だが同時に思う。自分をあそこまでキッパリと振っておいて、それはないだろう、と。
それに、彼が選んだ相手も相手だ。
彼の事が気になっているのはバレバレなのに「ただの男友達(フレンド)」とそ知らぬ振りをして。それでいて何かと恋人(ステディ)のように甲斐甲斐しく彼の世話を焼いているのだから。
いっそ見ていて腹が立つくらい「ラブラブに」なってくれていれば、諦めもついて開き直れるだろうに。
しかし、彼の方は自分の気持ちを伝える術を知らない。
かたや彼女の方は自分の気持ちを認められない。
こんな事が続くようなら、遠慮なく割って入ってやろうかしら。だが、割って入ったところで無駄に終わる事は判りきっている。
テッサは未練がましい決意を振り払うと、プリンターが印字した味気ない字を目で追っていく。
内容は実に簡素なものだ。一個人の「何でもない一日」が極めて飾り気のない事務的な文体で淡々と書かれてある。
ところが、最後のページをぱらりとめくって一番最初に目に飛び込んできた一文で、彼女の手がピタリと止まった。
「……『チドリ・カナメを旅行に誘う』?」


一月一〇日 一四四二時(日本標準時)
東京都 武蔵野市 吉祥寺駅前

テッサが報告書を読む、約半日ほど前。
その問題の相良宗介軍曹は、日曜日という事もあって「クラスメートの」千鳥かなめと常盤恭子の三人で日本の東京、吉祥寺にいた。
恭子がレースのカーテンを買うというので、かなめもそれにつき合う形で駅前にある大型雑貨店で買物をしていたのだ。もちろん、宗介はポーターの役目である。
「はい、これで終わり。ソースケ、あとよろしく」
かなめは頑張ってと言いたそうに彼の肩をぽんぽんと叩く。
普段は少々大人びて見える顔に、子供の様なからかい混じりの笑みを浮かべ、腰まである髪が少し揺れる。
その宗介は両肘に紙袋を下げ、大きめの箱を両手で持ち、むっつりと口を真一文字に結んで無言で答える。
「だいじょぶ、相良くん?」
かなめとは逆に子供っぽい印象の、三つ編みおさげにトンボ眼鏡をかけた恭子が、申し訳なさそうに声をかける。
「元々このために呼ばれたのだから、それを全うするのは当然だろう。こうして両手が塞がってしまう事には問題があるが」
宗介は真面目くさった顔で淡々と答える。
「ところで千鳥。福引とは何なのだ?」
店を出ようとした時に、いきなり問いかけてきた彼が見つめる先には、数人の人だかりがある。そして、そのそばに立つ大きな看板には「福引所」の文字。
かなめは手慣れた様子で彼の意図を素早く読み取って、
「ああ。あそこに赤いやつがあるでしょ? あれをガラガラーって回すと玉が出てくるんだけど、出た玉によって商品がもらえるの」
かなめが指差している「赤いやつ」。正式には「回転式抽選機」などと呼ばれるものだ。
彼女の簡潔で判りやすい回答を聞いた宗介は表情をこわばらせると、
「弾が出るのか!? 危険ではないか。今すぐやめさせ……」
「あんたが考えてるものじゃ、絶っ対ないから大丈夫だって」
予想通りの宗介の答えに、かなめが呆れて彼の頭をはたく。
「……そうなのか。確かに食料の配給にしては、妙だとは思ったのだが」
「食料の配給って」
宗介の答えを聞いたかなめが苦笑いしている。
幼い頃から海外で戦争漬けの毎日を送っていた宗介には、日本に関する知識・常識が根本的に備わっていない。
日本に来て随分と経つが、未だに日本に慣れた様子がないのだ。
だが、本当の彼は<ミスリル>所属の軍曹。現在も戦争漬けには違いないのだが、その秘密を知っているのはかなめただ一人。
だから学校での彼には「戦争ボケの帰国子女」という評価が下されている。
「それにしても、相良くんって、そういうところはちっとも変わらないね」
恭子が「しょうがないなぁ」と言いたそうに目を細めて彼を見つめる。
「努力はしているつもりだが」
「結果が出ないものは、努力とは言わないの」
刺々しい雰囲気はないものの、ぐさりとくるかなめの一言に宗介の表情が固くなる。
「それに、券がないんじゃ福引できないでしょ」
「もしや、これの事か?」
立ち去ろうとしたかなめに宗介が声をかける。
何事かと思ってかなめが振り向くと、手荷物を下ろした彼は、ポケットからくしゃくしゃになった一枚の紙切れを取り出した。
それを見ると「福引券:五枚集めると一回福引ができます」と書いてある。
「何であんたがこんなの持ってるの?」
「ここで買物をしている君達を待つ間に、俺のすぐそばに清掃作業をする女が来てな。何かぶつぶつ言っているので、怪しい行動がないか注意していたところ、その女はゴミ箱の中からこれを取り出して俺に手渡したのだ」
ゴミ箱の中からと聞いた途端、かなめと恭子は顔を引きつらせて券に伸ばした手を引っ込める。
宗介はそんな二人の様子を気にもしないで話を続ける。
「福引というものは判らなかったし、いきなり俺に渡してきたのは非常に怪しかったが、これは明らかに無害な紙切れと判った。破棄するのは千鳥に聞いてからでも遅くあるまいと判断したのだが」
かなめを見ながらそう説明を加える。宗介は看板を見て疑問に思った訳ではなさそうだ。
かなめは福引券を指先で摘むと、書かれている文面を見た。
千円分の買物で、この福引券を一枚もらえるらしい。そして、この福引券を配っているのは、駅周辺の殆どの店のようだ。無論この店も含まれている。
つけ加えるのなら、使用期限は今日までという事だった。
買物をした時に渡された気はするが、かなめはそんな物をろくろく見ずにすぐ捨ててしまった事を悔やむ。
それでも女子二人は、たった今買ったばかりの紙袋や財布の中をあさって券を探した。
しかし、紙袋と財布の中から出てきたのは三枚。宗介が貰った物と合わせても、四枚。
福引をするには、あと一枚足りなかった。
一枚二枚しかないのなら「しょうがないか」と思って諦めもつくが、あと一枚で福引が一回できるのだ。やったところで、どうせろくなものが当たりはしないだろうが、やらなければ何も当たらない。
かなめは「こんな事なら捨てるんじゃなかった〜」と激しく後悔する。恭子も「もっと高いのを買えばよかった」と少しだけ嘆いている。
何か適当に買ってこようにも、無駄遣いできるほどの金は持って来ていない。福引は諦めるしかないか……と思った矢先、三人の視界に飛び込んできた物。
ほんの数メートルほど横に落ちている紙切れ。
それはまごう事なき福引券だった。
かなめは残像すら浮かびそうなスピードで横っ跳びし、限界まで脚を広げて福引券をしっかりと踏みつける。
(ああ。今日はジーンズでよかった)
情けないくらい小さな安堵を覚えて福引券を拾う。
これで五枚。福引が一回できる。かなめと恭子は顔を見合わせて意味もなく握りこぶしを作ると、三人連れ立って福引所に向かった。
かなめは係の人に福引券を五枚まとめて渡す。
「は〜い。一回ですね。一回回して下さ〜い」
係の青年は枚数を確認すると、抽選機を指差してそう言った。
「よ〜〜し」
かなめの方も意味もなく袖をまくる仕種をし、抽選機を睨みつけて不敵な笑みを浮かべる。
その時、宗介が自分の事を見つめているのに気がついた。
いつも通りのむっつりとした愛想の欠片もない顔だが、「これから一体何が始まるのだ」と言いたそうな、期待に満ちた目で自分の事を見つめている。
その目を見て、少しの間思案したのちに、
「ソースケ。あんたが回してみる?」
何て事のない思いつきだった。しかし、声に出してみるとそれがいいように思えて俄然はりきりだし、
「そうだ。ソースケがやってみなよ。どうせやった事ないんでしょ?」
「確かにないが、いいのか?」
「いいっていいって。ほらほら」
かなめは彼の手を引いて急かす。
「何事も経験経験。ほら早く」
宗介が持っている紙袋を代わりに持ち、背中を叩いて抽選機の前に立たせる。
「はい。じゃお兄さん。一回回して〜」
係の青年が少しでも盛り上げようと調子よく言う。
宗介の目の前には、ハンドルがついた六角形の抽選機が。悲しい習性か目だけで怪しい仕掛けはないか確認する。
どうやら無さそうだと判断した彼は、おもむろにハンドルを掴み、書かれている矢印の方向にゆっくりと回した。
その後ろでは恭子とかなめが、
「ねえねえカナちゃん。もし一等の『ダイヤモンド・ペアリング』とか当たったらどうする?」
「ははは、まさか。せいぜいポケット・ティッシュが関の山よ」
「そんなに照れなくてもいいじゃん。別にカナちゃんと相良くんの仲を邪魔する人はいないんだし。堂々としてれば、指輪」
「キョーコ。別にあたしとあいつはそんな仲じゃないってば」
とは言いつつも、やっぱり一等の「ダイヤモンド・ペアリング」は気になってしまう。
別に宝飾品がたくさん欲しい訳ではないが、やはり女の子。欲しいという欲求や憧れの一つ二つくらいは多少なりともある。
それに、彼は自分と同い年にもかかわらず苛烈な戦場を生き延びてきた実力の持ち主だ。彼自身の戦闘能力もあるが「運も実力のうち」という言葉もある。
ひょっとして、もしかしたら、万が一にも当たらないとも限らない。
一等の横に書かれた「銀」の文字をちらりと見て、微かな望みを賭けてみたくもなる。
後ろのそんなやり取りを気にした様子もなく、宗介は抽選機を回した。
ガラガラという音のあとに受け皿に出てきた玉は、残念ながら銀ではなかった。
かなめは「やっぱり」という顔でため息をつく。しかし、
ガランガランガラン!
係の青年は小振りな鐘を手に持って鳴らした。その音が周囲を行く人の足を止める。
「おめでとうございます! 最終日にしてついに二等が出ました!」
ノリと勢いもあるのか、激しく鐘を鳴らす係の青年。そばにいた人々からどよめきが巻き起こる。
何だかさっぱり判らない宗介はきょとんとし、どんな商品があるのか殆ど見ていなかったかなめと恭子は、慌てて青年の背後にある模造紙を見る。そこには、
「二等:ムラサキ → 八丈島ヘの旅行券 ホテルブルーオーシャン・ペア宿泊券付」
ちょっとクセのある字でしっかりそう書かれてある。
受け皿を見れば、そこには確かに紫色の玉がちょこんと落ちていた。
「ここは、先日改装が済んだ、八丈島にあるホテルなんですよ。『彼女』と楽しんできて下さいね」
係の青年が笑顔で目録を宗介に手渡した。

<中編につづく>


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