『データの足りないラブ・フォーチュン 後編』
それから間もなく、二人はゲームセンターを出た。
随分前を歩く二人は相変わらずだ。女の子の方が一方的と言っていいくらいに話しかけ、それに宗介が相槌を打つ、という感じだ。
もっとも宗介の事だから、本当に相槌を打っているかどうかも怪しいのだが。
「……ったく、こんな事していいと思ってんのかしらね」
いくぶん険しい顔のままかなめがぶつぶつと呟く。
「寄り道くらいするだろ?」
「限度があるわよ」
最初は「まるでスパイ映画みたい」と思って多少はうきうきしてたかなめだが、前を歩く二人――というかテッサ(仮)の屈託ない笑顔を見ているうちに、さっきから胸の内に嫌な何かが膨らんでくるような感じで一杯になる。
しかし、その正体が自分でも良く判らなかった。
かなめがそう悶々としているうちに、二人は真新しい店構えのファーストフード店に入っていった。ここも昨日恭子と来た、新装開店した店だ。
(何でこう重なるのよ。他にもお店はあるじゃない)
などとかなめは心の中で悪態をつくのだが、そんな事を言ってもしょうがない。
宗介とテッサ(仮)は二人仲良く何かを注文している。何気なく彼女が振り向いた時、気のせいかもしれないが、物影に隠れていたかなめと目があった。その顔は――
笑っていた。満足げに笑みを浮かべていた。少なくとも、かなめの目にはそう見えた。そんな彼女は困ったような表情の宗介と並んで二階席へ向かっていく。
かなめがさっきから感じている「嫌な何かが膨らんでくる」感覚。出所不明の怒りが一気に爆発し、その膨らんだ何かがばんと破裂した。
「クルツくん!」
いきなり鋭い声で言われ、不思議そうな顔で何事か聞き返すと、
「行くわよ!」
握りこぶしを作ってずんずんと店内に入ったかなめ。クルツは後ろをちらりと見た後、彼女に続いた。
それから一五分後。かなめの前にはトレイに山盛りのハンバーガー・Lサイズのポテトとジュースがドンと置かれていた。特にハンバーガーは全種類あるようで、トレイから落ちそうな量が乗っている。
もちろん昨日の割引クーポン券を使いまくっての購入である(クルツがお金を出そうとしたのだが、まるで彼が目に入っていないようで、自分の財布から一万円札を出してカウンターに叩きつけていたくらいだ)。
ともかく、それらを両手に持ち、次々とかぶりついている。「百年の恋も冷める食いっぷり」を実現させるとこうなるんじゃないか、とクルツが思ったくらいの迫力だ。
「もうヤケよヤケ。食わなきゃやってらんないわよ、もう」
ブツブツ言いながら眉間にきつくしわを寄せ、ストレス発散とばかりに、恥も外聞もなく食べては次のを持ち、口に押し込んでいる。口の中に入り切らなくなるとストローをくわえてジュースで胃の中に流し込む。ハッキリ言って胃に悪い食べ方だ。
そんなかなめを、普通に一人前のセットメニューを頼んだクルツが冷や汗をかきながら、
「……太るよ、カナメちゃん」
年頃の女の子にとって「食欲抑制の呪文」にも等しいこの一言も耳に入っていないようで、それがどうした、と言わんばかりに黙々と食べ続けている。
(全く。罪作りなヤツらだよ)
静かにコーヒーをすすり、観葉植物の向こうに座っている二人を観察する。
宗介はともかく、彼女の方はこちらに気づいた様子はなさそうだ。良く話題が続くな、と思いたくなるくらいさっきから一方的に喋り続けている。
ふと横を見ると、トレイを持った店員が面喰らった表情で見下ろしていた。
「あ、あの。ナゲットLサイズをご注文のお客様……」
テリヤキチキンバーガーを持ったまま店員を睨みつけ、びしっと手を上げるかなめ。目はらんらんと殺気の光をたたえ、クルツですら一瞬恐怖を感じた程だ。
ナゲットの箱を置いた店員が逃げるように去っていくと、クルツは再び宗介達の方を見た。
(しっかし、あのカナメがこんなになるなんてなぁ。何考えてやがんだ? こんな事なら止めれば良かったかなぁ)
クルツがかなめの方を見ると、彼女は来たばかりのナゲットの箱を開け、中身を一気に流し込むように食べていた。
やがて、かなめのトレイに乗ったもの総てが綺麗になくなる。ヤケになった勢いもあるだろうが、ものすごい食欲である。
そんなかなめを、クルツは驚き半分、同情半分でぽかんと見つめている。
「カナメちゃん。そんなにおこ……」
「怒ってない」
冷ややかに、怒りを抑えるように呟くかなめ。食べてもストレスは発散されるどころか益々その重圧を増している。食べたところで味などちっとも感じない。満腹感もない。
(何なのよ。何であたしがこんな……)
がっくりとしている自分自身を、外から冷めた視点で見つめている自分がいる。
「常識知らずの戦争バカ」という事で他の人から「変わり者」扱いされている宗介。そんな彼と何だかんだで一緒にいる自分がいる。彼は自分を困らせる事ばかりするのに、一緒にいると、なぜかホッとして落ち着く自分がいる。
それなのに、今は彼の側には別の人がいる。
そう思うと、胸の中にどんよりと重苦しい何かが満ちてくる。胸が苦しくなり、口の中が乾き、息が詰まり、手はじっとりと汗ばんで気分すら悪くなってくる。
自分は、何でこうなっているんだろう?
外から見ている自分に問いかけてみても、答えは返ってこない。
ふと観葉植物の向こうを見ると、宗介とテッサ(仮)は帰ろうとしているらしく、トレイを重ねて敷紙や紙コップをまとめている。
そんな光景を見ていると、気持ちがぐらぐらとして、落ち着かない。あらゆるものをマイナス思考にしてしまいそうな嫌な感覚が全身を支配する。
そう。不安なのだ。このまま彼が自分から離れていって、孤独になりそうな不安感。
そんな不安な自分の中に、外から冷めた視線で見つめていた自分が声をかけてくる。
ちょっと待て。あたしは何をやっとるのだ? こんな時、消極的にただ黙って見てるのがあたしか? あたしは一体何をした?
外から冷めた視線で見ていた自分と、不安感に満たされた中の自分が……ピッタリと重なった。
そうよ。あたしが何したっての? ただ影でコソコソつけまわして、ヤケになってバカバカ食べてただけじゃない。おこづかいももうないってのに、こんな散財しちゃって。
ただ単に、ソースケがなぜ女の子と一緒なのか気になっただけ。単に二人がどういう仲か知りたいだけ。
知りたいなら、単純に聞けばいいだけじゃないか。
行動しなくちゃ、何かしなくちゃ、何も始まらない。行動するから、あたしは千鳥かなめなんだぞ。
我ながら単純だ、と思いつつも、無性に腹立たしくなってきた。相手にではない。自分自身にだ。そうなると、「なぜ」気になったのか、「なぜ」知りたいのか、そんな細かい事などどうでも良くなった。
かなめはがたんと席を立ち上がると、まっすぐ二人の元へ歩いていく。
彼女の接近に気がついた宗介が、意外そうな顔で見つめている。
「……千鳥?」
しかし、かなめはそんな彼を無視して、ブレザー姿のテッサ(仮)の前に立つ。
彼女は「何か用?」と言いたそうにきょとんとしてかなめを見ている。
「あんた誰!? 一体何のつも……」
一気に何かをぶちまけようとした時に、後ろからクルツがポンポンと肩を叩いて止めに入る。
「カナメちゃん。落ち着いて良く見ろよ」
「落ち着けって、どういう事よ!?」
頭は熱くなっていたが、クルツの真剣な顔に押されて、どうにかテッサ(仮)の方を見る。そして、そこで初めてかなめは彼女の顔を良く見た。
テッサの変装などではなかった。どこかで見た覚えがあるが、何かが足りない微妙な違和感を感じる顔。だが、その違和感に気がついて、足りない分を補完すると……良く見知った顔が現れた。
「……キョーコ!?」
かなめは思わず大声を出して彼女を指差していた。
「な、何でキョーコが!?」
気がついてみれば、彼女の普段の髪型は三つ編みおさげ。それを解けばこんな感じのソバージュになるかもしれない。それに、普段メガネをかけている人がそれを取ると、意外と気がつかないものだ。
「ま、詳しい事は、さっきから尾けてきてたあの娘たちと一緒に聞こうぜ、カナメちゃん」
クルツが親指で後ろを差すと、そこにはかなめのクラスメートの女子二人が立っていた。
「え!? ユカにシオリ!? で、キョーコ!? え? ええ!?」
かなめは頭が爆発寸前になるくらいに混乱を起こしていた。


「……で、キッチリと説明してもらいましょうか?」
こめかみにぴくっと血管を浮かべつつ、淡々とした顔のままかなめが訊ねる。
一カ所の席に全員が集まる。宗介が東京に来たばかりの頃、一度クルツには「道を聞いてきた外国人」という形で会っているのだが、とりあえず「宗介が外国にいた頃の知り合い」と言っておく。
今までつけていた慣れないコンタクトレンズから、使い慣れたメガネに変えた恭子が口を開いた。
「昨日、相良くんが『千鳥は俺の事を嫌っている』って言うからさ。そんな事ないよって言ったんだけど、相良くんって口で言って判るようなタイプじゃないからさ。それで、ちょっと証明をしようと……」
それにしては手が込み過ぎている。とかなめは思ったが口には出さなかった。
「それで、あたしが中学時代の制服を引っ張り出してきて変装して、カナちゃんに見つかるように相良くんと歩いてたわけ。気がつかなかった?」
そう言って、恭子はけたけた笑っている。相変わらず冷ややかな目のかなめだったが、
「それで、そこにどうしてユカとシオリが絡んでくるわけ?」
「それを聞いたあたしたちは、いつかなめが来るか賭けてて……。来るか来ないかで賭けてたんだけど、二人とも『来る』って賭けてたから、賭けが成立しなくって……」
ユカがちょっと申し訳なさそうな顔でそう説明する。
「でもさ。どうしてカナちゃんは着いてきたのかなぁ? すっごく興味あるんだけどな、あたしたち」
女の子三人がにやにやしてかなめを見ている。その興味津々な視線に気づいたかなめはクルツを指差して、
「それは……ク、クルツくんが『追いかけるか』って言ったから……」
「でも、その後で『尾行しよう』って言ったのはカナメちゃんだろ?」
飄々とした彼のセリフに言葉が詰まるかなめ。
「い、いや……あたしはただ、こいつがバカやらかさないかどうか気になっただけよ。こいつの後始末は全部あたしにまわってくるんだから……当然でしょ!?」
「はいはい。そういう事にしといてあげるけど、顔赤くして言っても説得力ないよ、カナちゃん」
実際かなめの顔は、恭子のその一言の前から一目瞭然なくらい赤くなっていた。かなめは話題を変えようとクルツの方に向き直り、
「クルツくん。『さっきから尾けてきてた』って言ってたけど、いつ気がついたの?」
クルツは別に何でもない事のように、
「ああ。ここに来る電車の中だよ。それに、キョーコちゃんの口の動きで会話の内容を読んで、だいたいはな」
口の動きで会話を読む。読唇術と呼ばれるやつだ。
「それに、この朴念仁が浮気したりフタマタかけたりできるほど器用かよ」
その答えを聞いてぽかんとしているかなめを見てクルツがゲラゲラと笑い、隣の宗介の背中をバシバシ叩く。
「それなら教えてくれたっていいじゃない」
「悪い悪い。でも、その方が面白そうだったから」
そこまで聞いて、さっきまでの怒りだの恥ずかしさだのがさらさらと消えていった。が、代わりに別の何かが込み上げてくる。
「……それじゃあ、あたしはみんなに担がれてたってわけね?」
かなめは顔を伏せたままぽつりと言う。その肩が小さく震えているのに気がついた。
「何よ。そんなどうでもいい事の為にこんな手の込んだ真似して。それに気づかないで一人であたふたして、散々みっともないトコ見られて……バカみたいじゃない、あたし……」
うつむいたままのかなめから、嗚咽にも似た細く弱々しい声が聞こえる。それで場の雰囲気が一気に変わり、彼女たちを気まずさが襲う。まさか泣き出すとは思ってなかったらしく、お互い顔を見合わせあう。やがて恭子が引きつった笑顔のまま立ち上がり、
「あー、そ、そうだ。相良くん。カナちゃんをお願いね」
「そうそう。こういう時は優しい言葉をかけて、慰めてあげるもんよ」
「かなめ。今度何かおごるから許して。じゃあね」
女の子三人はその場から逃げるように苦笑いをして去っていく。それを見たクルツまでが、
「俺も帰るわ。ちゃんと慰めてやれよ、ソースケ」
帽子をかぶり直し、ラーメンでも食ってくかと言いつつ走って出ていった。
その場に残ったのは、うつむきっぱなしのかなめと、何をしていいのか判らず脂汗を流している宗介の二人だけだった。
(優しい言葉、か)
そう思ってはみるが、何をどう言えば彼女が喜ぶのか。慰めになるのか。機嫌が直るのか。朴念仁の彼では思いつかなかった。
「……ち、千鳥。その……謝罪する」
とりあえず謝ってみようと、意を決して声をかけた宗介だったが、かなめは無反応だ。
「……申し訳なく思っている。それは本当だ。俺にできる償いなら……何でもしよう。言ってくれ」
かなめはいきなりがばっと顔を上げた。彼女は周囲を見回して、
「よーし。引っかかった引っかかった♪」
さっきまで泣いていたと思いきや、得意満面の笑顔だ。いや、そうではない。泣いていたのは演技だったのだ。
「千鳥……?」
「ふっふっふ。シオリには今度思いっきりおごってもらおう。決定。あ、もちろんあんたにもね、ソースケ。文句ある?」
今までの反動のように元気良く立ち上がる。そんなかなめを見て、状況が良く飲み込めない宗介は、
「どうした、千鳥?」
「どうしたもこうしたもないわよ。今日はさんっざん恥かかせてくれたわね、ソースケ」
そう言ったかなめは不敵に笑い、彼の胸をビシッと指差し、荒々しく何度もつつく。
「い……いや。君は……」
「君は、何?」
おうむ返しにそう訊ねてくるかなめ。返答に困る宗介を見て、どこかからかうような笑みを浮かべている。
「君は……泣いていたのではないのか?」
「それだけかい!」
どこからともなく取り出したハリセンが宗介の頭をはたき倒した。


それから、帰りに再びかなめの夕食をおごるはめになった宗介。
(常盤は「千鳥が俺の事を嫌いではないと判る」と言っていたが……)
嫌いではないという理由も、どうして彼女が着いてきていたのかも、彼には結局何がなんだか判らないままだった。
宗介がどう考えても答えの出ない中、かなめは頼んだ料理――ビッグサイズハンバーグライス(ライス大盛り)スープ・サラダセット(税込一二六〇円)をしっかりたいらげていた。
そしてその夜。制服姿のまま<ミスリル>宛の定時連絡用の報告書を作成し、強力な暗号をかけて送信した。
そこで一息ついた宗介だったが、かなめに古文のノートを渡していなかった事に気がついた。
夕食の時に渡せば良かったのだが、どうしても話しかけるタイミングというものが、不器用な宗介にはつかめなかったのだ。
(明日は古文の授業があったな。さすがに返さないわけにはいかないだろう)
だが、時計の針は十一時近くを差している。まだ多分起きているだろうが……。
(返しに行った方がいいか……しかし)
いくら一般常識に欠ける宗介でも、アポもなく夜の夜中に一人暮らしの女性の部屋へ行くのがあまりよろしくない事は一応心得ている。
その時、彼の心臓がいきなりばくんと跳ね上がった。
(な……何だ、これは!?)
喉から心臓の辺りに重苦しい何かが湧いてくる。心臓の鼓動も大きく、重くなってくる。
彼は無意識のうちに胸に手を当て、深呼吸をした。
だが、重苦しい何かは止まらない。時間が経てば経つほど沸き出してくる。
いつも戦場で感じている「恐怖」ではない。もっとゆっくりと、じわじわと自分の中に侵入してくるもの。
それとは別種の恐怖……いや、これは不安感だ。
頭の中の総ての考えが、悪い方へ悪い方へと働いてしまう厄介な感情。
(……まさか、千鳥に何か!?)
そう思ってすぐに否定した。いつもいつもこれで失敗をし、彼女に迷惑をかけてしまうのだ。
宗介は目を閉じて、気持ちを落ち着けようとする。だが、重苦しい重圧感に邪魔されてうまくいかない。
かなめが連れ去られていく図。
窓際に立った時、窓ガラスごと狙撃される図。
かなめの言う「人聞きの悪い物騒な想像」がリアルに、鮮明に彼の頭にいくつも浮かぶ。
(千鳥が……千鳥が……)
ふと気がつくと手のひらにびっしりと汗をかいていた。
(いや。落ち着け。いつもこれで失敗をしているんだ。何回同じミスをくり返せば気が済む!)
そう強く思う事で重苦しい重圧感に食ってかかっていたが、気がつくと、宗介は古文のノートを持ったままマンションを飛び出していた。
階段を一気に駆け降り、都道を横切り、かなめのマンションの階段を一気に駆け上がる。
この間にも、不安感は増大するばかり。今回ばかりは外れてくれ、と祈りながら彼女の部屋へ向かう。
昨日直したらしく、ノブを含めた鍵は綺麗になっていた。手荒にノブをがちゃがちゃ回すが、開かない。
宗介はためらわず再び銃で撃って鍵を壊すと、ドアを一気に開け、中に飛び込んだ。洗面所の方に人の気配を感じ、そこのドアを開ける。
そこには、洗面台の縁に寄りかかるように膝をついて屈み込み、ぐったりとしているかなめの姿があった。気分が悪かったらしく、胃の中のものをあらかた吐き出した後だった。
目を虚ろに半開きにしており、視界がぼんやりとして意識も朦朧としているらしく、息も荒い。顔色も真っ青だ。額に手を当てると少し熱がある。
(千鳥! 大丈夫か!? しっかりしろ!)
かなめのぼんやりとした頭に宗介の声が響いてくる。うつろな目でぼんやりと見える人影は、間違いなく宗介のものだった。表情が引きつり、顔色も良くない。
「あれ? ソースケ? あたし……ああ、そうか。急に気持ち悪くなって吐いちゃったんだ」
宗介に支えられながらどうにか立ち上がろうとするが、
「無理はするな。昔、これと似た症状を見た事がある。ジャングルの中で採った果実が腐っていた事に気づかず、それを食べた新入りが丸一日腹痛と発熱・倦怠感で苦しんでいた事があった」
かなめの顔色を見ながらそう説明する。
そう言われて良く思い出してみれば、夕食に食べたコールスローサラダのキャベツが、微妙に変な味だったような気がする。
それが原因と考えるのは安直すぎるが、満腹感を感じなかったとはいえ、あれだけハンバーガーを食べた後、普通の一人前の料理を食べているのだ。いくら育ち盛りの食欲といっても限度がある。お腹の調子もおかしくなろうというものだ。
「……とりあえず、薬飲まなきゃ」
「千鳥は寝ていろ。俺が取ってくる。薬はどこに置いてあるんだ?」
かなめは救急箱の置き場所を教えると、自分の部屋へ戻ってそのままベッドに腰掛ける。
それから少し経って、救急箱と水の入ったコップを手に宗介が部屋に入ってくる。
かなめは救急箱の中から正露丸を取り出し、独特の臭いに顔をしかめつつも目をつぶって口に入れ、水を飲んだ。
「大丈夫か? どこか他に具合の悪い所や違和感を感じる場所はないか?」
しかし、かなめに答えるだけの元気がなかった。黙ったまま横になる。
それから宗介は救急箱を元の場所に戻し、再びかなめの部屋に戻ってきた。
薬がすぐに効いたとは思えないが、さっきよりはましになってきた。一人の時の病気ほど心細く、また困るものはない。誰かがいてくれるだけで何となく嬉しかった。
「ソースケ。何で、うちに来たの?」
「……良く判らん。行かなければならないような気がしたのだが……。結果としてそれは正解だったようだ」
片膝ついた姿勢でかなめの顔を覗き込んでいる宗介の答えに彼女も不思議がっている。
「それに、古文のノートも返さねばならなかったしな。……それから、これを渡していなかった」
そう言って彼はかなめの古文のノートを手渡す。制服のポケットからもう一つ、細長いピンク色の紙も取り出す。
彼女は横になったまま怪訝そうにノートと紙を受け取った。
「? ノートは判るけど……これ確か、あの姓名判断の?」
「肯定だ。常盤からだ。千鳥に渡しておいてほしい、と頼まれていたのだ」
何事か、と思ってそれを見てみると、そこに印刷されていたのはかなめと宗介の恋愛相性運を占ったものだった。
『84点。この二人なら、相手の長所を素直に認め、いい面を見つめあって恋を育んでいけるでしょう。自分にない美点を相手に見つけられるので、自然にお互いがお互いをたてる事ができる、いい感じのペアです。ただし、二人だけのカラにこもらないように注意を』
かなめはその結果を何度も何度も見ていた。おかしい。昨日見た時と結果が違う。バイオリズムや星占いと違って、姓名判断の結果が日によって変わるというのはナンセンスだ。
「常盤は『昨日のものは漢字を間違えて入力していた』と言っていたが……」
宗介のその一言で、かなめは弱々しくだが吹き出してしまっていた。
『いい感じのペアです』
具合が悪くなったせいもあって、さっきまで言い様のない不安感に包まれていたのにもかかわらず、こんな単純な事で笑えて、不安感までが消えてしまう。
そんな自分自身の単純さがばかばかしくもあり、またおかしくもあった。
かなめは、占いの結果が印刷された紙とノートを大事そうにお腹の上に置く。
「あんた。また鍵壊して入ってきたんでしょ?」
その一言で、宗介の額にぶわっと脂汗がにじみ、片膝ついた姿勢のまま凍りつく。同じ失敗を二度もしてしまったのだ。それも立て続けに。謝罪の言葉も浮かんでこない。
宗介の中に先程まで渦巻いていた不安感が、今度は罪悪感にとって変わる。
謝ろうとしているのだが、どう言って良いのか判らない。そんな感じにうなだれる宗介を、なぜか許せてしまう自分がそこにいた。
(いいか。ソースケの「君を守る」は、いつだって真剣なんだよね……一応)
かなめは小さく微笑むと、
「いいわ。助かった事に変わりはないし、これでチャラって事にしといてあげる……特別だからね」
「特別だからね」のところですっと視線をそらして口をつぐんだ。宗介はそんなかなめの一言で、ほうけた表情を浮かべていた。
さっきまであったとても大きな罪悪感が、一気に解けてなくなっていくような、不思議な高揚感で一杯になる。
「……千鳥。チャラというのは良く判らないが、感謝する」
真顔でそう言ったので、かなめは思わずぽかんとしてしまった。
だが、そんな肩透かしをくらったような感覚が、奇妙なくらい心地良かった。
「良く判らないくせに、感謝してるんじゃないわよ」
かなめは笑顔のままそう注意すると、彼の頭をこつんと叩いた。

<データの足りないラブ・フォーチュン 終わり>


あとがき

うわぁぁぁ。さ・ぶ・い・ぼ・があぁぁぁ〜〜っ。

……失礼。取り乱しましたm(_ _)m。

他の方は多いだろうが、管理人にとってはひさしぶりの「らぶらぶ」寄りのラブコメ話です。今までのは「ドタバタ」寄りでしたから、一応。
だけど、フルメタSS全体を見てみると、長編最新刊発行後という事もあって、宗介とかなめの「らぶらぶ」な話多いんだろうな。いいか。ベタなネタ好きだし(おい)。
実はこの話。もともとは前回の「甦るラスト・アーム・スレイブ」の一部だったんです。冒頭部とか前編の回想シーン等を、本来のオチと共にこっちに持ってきたんです。
そうしないと「甦るラスト・アーム・スレイブ」というタイトルに偽りあり、くらいにズレそうだったので。
しかし、このまま捨てるのはちょっともったいないので、それを生かして色々とつけ足して作ったのがこの話です。そんなわけで、結構前作を引きずった箇所がちょこちょこと。余談ですが、あの回想シーンは本来テッサに話してました。そうしていたらどうなっていたかな、宗介は。
でも、なぜ間があいたかって? それは、ラブ・フォーチュンの機械を探してたからです(キッパリ)。知ってる場所が「調整中」だったもので。
それから、調布駅前の光景ですけど、行った事あるくせにいい加減に書いてますので、本気にしないように。

ちなみに、恭子とテッサを比べた場合、テッサの方が若干身長が高いですが(約5センチ差)、スリーサイズに至っては殆ど差がないというデータもあります。確か、かなり前のドラゴンマガジンの特集に書いてあった気が……。そんな訳ですから、いくらかなめでも遠目では間違えてもしょうがないのかも。
だけど……心情描写って、やっぱり難しいです。特にかなめって宗介に「好き」って絶対言いそうにない感じがするから。この話でも、あえてかなめに「好き」と言わせてませんし。
本人曰く「へそ曲がりのヤな子」。結構ハッキリした物言いの割に、いざとなると言う勇気がない。傷つくのを怖がるかのように。そんな性分のせいで最新刊「終わるデイ・バイ・デイ(下)」では激しく後悔してましたが(ややネタバレ?)。

「ラブ・フォーチュン」はIREMの作った有名な(?)姓名判断の機械です。有名なので、解説するまでもないかもしれません。
いろんな方がネタにしてます。もしかしたら、フルメタキャラでやった方もいるかもしれません。
漢字ミスで得られた宗介とかなめの相性はこの話の為にそれっぽく作りましたが、それ以外のかなめ・恭子の総画診断。正しい字のかなめと宗介の恋愛相性運は、ホントにこういう結果が出ました(爆笑)。まさか、原作者・賀東招二氏はこれを使って性格設定したんでしょうか、というくらいハマってる気がします。
ちなみに宗介はこうなりました。
「トラブル、波の多い人生をあらわします。次から次へと難問、トラブルがやってきて、息をつくヒマもないほど。しかもそれが自分のせいで起こった事ばかりではないので大変です。でも、それを乗り切って名を残す人も、中にはいます」
……やっぱりハマってるな、と思いますが、どうでしょ??
でも、二人の結婚相性運はやろうかどうか考えましたが、S○X相性運は……(-_-;)。第一、これ相性「運」なのか!?
だけどこの二人って、他の占いでも相性良いんですよ。「性別を越えて友情をはぐくめる」とか「似たもの同士」とか。


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