『データの足りないラブ・フォーチュン 中編』
次の日の放課後。特に用事のないかなめは、帰宅する為に最寄り駅・泉川へ急いでいた。
どうも昨日からなぜか気分が晴れない。何か大事なものを忘れてしまい、何を忘れたのか思い出せそうで思い出せない状態にも似たイライラ感。
そんなイライラ感の為か、美少女然としたその容姿にもかかわらずただならぬ気配を発している。
そんな彼女を見た恭子は「昨日の占いの結果、まだひきずってるの?」と言ってけらけら笑っていたが、かなめはそんな彼女を一笑に伏して済ませた。
だが、本音を言えば、それが元凶でもあった。
『恋が相手の浮気で終わったりする事もあるので、恋愛が成就する事は残念ながら少ないでしょう』
確かに占いなど気にしない人でも「結果が悪い」と言われれば良い気分はしない。
だが、その相手は相良宗介なのである。
不特定多数のテロリストや諜報機関に狙われてもおかしくない存在らしい自分を護衛する為に派遣された凄腕の軍人。
この何ヶ月かの間にそういったテロリストや諜報機関の争いから、果ては単なる不良に絡まれたりといった事に何度も巻き込まれ、命を失うかと思った事態にだって幾度となく放りこまれた。
だが、彼は必ず助け出してくれた。直接助けてもくれたし、その存在が支えになった事もあった。
一般論としても、女性としてそういった異性が気にならない訳がない。嫌いかどうかは別問題として。
冷静に考えても、自分の一番身近な「異性」である事は(認めたくないが)事実である。
「君を守る」と気張っては、いつも平和な日本に物騒な戦場の常識を大袈裟に持ち込み、はた迷惑な騒動ばかりを巻き起こす問題児・相良宗介。
自分は「クラス委員」として「生徒会副会長」として「仕方なく」常々彼の行動を諌め、時には事態の収拾などもしている。
生来の人の良さも手伝って、何も知らない彼にお姉さんぶってあれこれと教えたり、世話を焼いたりなどもやっている。
醜い動物に姿を変えられた王子様が、それでも献身的に世話をする娘の愛でその呪いが解け、二人は幸せに暮らしました、という良くある童話。
相手が自分を好きになるよう、自分の好みになるよう育てる、まるで逆「光源氏」のようなつきあい。
かなめはそういった童話やつきあいを地でやるような感性は持っていないが、そういった行動が女性の夢の一つの形である事は何となく判るつもりだ(もっとも、大半はその後に過剰なる見返りを期待しての事だ)。
それに、仮にかなめがこういった事をやろうものなら、かなりの苦労と大赤字を覚悟しなければならないだろうし。
口の悪いクラスメートはそんな二人を「ペットと飼い主」等とたとえて彼女自身は苦笑したが、同時に言い得て妙かとも思った程だ。
相手が誰であれ、仲が悪いよりは良い方がいいだろう。親密さを増す事によって自然に近づく精神的な距離感というものに憧れている気持ちがない訳でもない。
だが、その事によって現在の関係――居心地の良い場所が壊れてしまいそうな焦躁感。
ふと気がつくと、他の事をそっちのけで宗介の事ばかりが頭を駆け巡っている。
(ああ……違う違う! これじゃヤキモキしてる恋人みたいじゃない! あたしとソースケはただの同級生。クラスメート。単なる友達。それ以上でも以下でもないのよ!)
そう自分に言い聞かせ、自身の中の会議を終わらせようとするが、ふと彼の今日の顔が思い浮かぶ。はたから見ればいつもと変わらぬむっつりと押し黙った顔だが、かなめにはわかる。
用があるのに、どう話しかけて良いのか判らない苛立ちを含んだ顔。急に独りきりにされてしまった子供のような、落ち着きのない孤独感を浮かべた顔……。
そして、いつの間にか思考は最初に戻ってしまう。堂々巡りだ。
(ああ……何やってるんだ、あたしは!?)
自分で自分を叱りつけるが、結局のところ事態は何も変化していない。宗介に頼まれていた「最近流行のラーメン屋さんリスト」だって鞄に入れっぱなしのままだ。
かなめは物事をあまりひきずらない性分なのは確かだが、意外と頑固なところもある。人当たりは良いのだが、一旦意固地になると自分の方から折れる事がなかなかできなくなる。
一日中そんな堂々巡りを何度も何度もくり返しながら駅前に来た時、後ろから軽い口調で声をかけられた。
「そこのお嬢さーん。これからおにーさんとイケナイ遊びしないかーい?」
「ふざけんな」と思って無視しようするが、聞き覚えのある声だったので、一応振り向く。
「ク、クルツくん!?」
挨拶代わりにと片手を上げて立っているのはクルツ・ウェーバー。金髪碧眼の「外見」は間違いなく美形の青年だ。
ただ、この日本ではその容姿はかなり人目をひく。確かに今の日本、髪を染めてる人がいるとはいえ、天然の金髪は目立ち過ぎる。
そんな彼はメジャー・リーグの帽子をかぶり、色の薄いサングラスを胸ポケットに入れ、耳にイヤホンをつっこんでいるという、かなり怪しげな格好だった。
クルツが宗介の同僚で軍人だという事は彼女も知っている。昔日本に住んでいたそうなので、日本人の宗介より日本の事に詳しい。
彼と直接会ったのは数える程しかないが、それだけでも彼の性格は良く心得ている。顔見知りとはいえ、いきなりああいう風に声をかけるのは、少々(?)品性に欠けるからだ。悪気は一切ないらしい。
「休暇だってのは聞いてるけど、どうしてここにいるの?」
「久し振りだからアキハバラで色々買い物したあと、そこでメシ食ってた」
クルツは親指で背後にある立ち食いソバ屋を指差す。
「ところで、あの朴念仁とは一緒じゃないのか?」
宗介からある程度聞いてはいるが、取り敢えずとぼけてそう訊ねる。案の定かなめはちょっと不機嫌そうな顔を浮かべると、
「……ま、こっちも色々あるんです」
それからかなめは、鞄の中に入れっぱなしだった「最近流行のラーメン屋さんリスト」――といっても雑誌の特集記事をコピーしたものだが――をクルツに渡す。彼はそれを受け取って、コピー代とばかりに百円玉を渡した。
「色々ねぇ。アイツの努力ってのは空回りしまくりだから、大変だろうけどな」
コピーされた雑誌の記事を見ながらそう言ったクルツの言葉に、かなめは「その通り」と言いたそうにうなづいている。
その反応だけで失笑したクルツだったが、いきなりかなめの手を引いて、そばに立っている頼り無げな木の影に隠れた。
「ちょっと、クルツくん?」
「静かに、カナメちゃん。改札の奥見てみろよ」
口元に人さし指を当てたクルツは、もう片方の手で泉川駅の改札口を指差す。言われてかなめが目をこらすと、改札を入ったところに宗介が立っていた。
「あれ、ソースケ? 何してんのよ、あんなところで」
そこで、二人は目を丸くする光景を目撃する。
駅のトイレから出てきたブレザー姿の女の子が、彼の手を引いてホームへ向かっていったのだ。
おまけに結構親しげで人なつこそうな様子で話しかけている。宗介はいつも通りのむっつりとした顔でちょっと固い感じはあったが、その女の子を警戒している様子は見られなかった。
「ほっほー。ソースケのヤツ、学校帰りにデートか?」
その光景を見たクルツは何やらにやにやとしている。かなめの方は木にすがりついたまま目を点にしていた。
(ソースケに。あの常識知らずで戦争ボケのソースケに……カノジョ!?)
かなめの頭は、その事実で一杯だった。
別にそうと決まった訳でもないのだが、今の今まで彼の事で思考が堂々巡りしていたのだ。短絡的にそう結論づけた彼女を責めるのは酷かもしれない。
「どーする、カナメちゃん。追いかけるか?」
クルツがいかにも興味本意な言い方でかなめに訊ねる。だが、かなめは、
「……行きません。何であたしがあの戦争ボケのデートの邪魔しなくちゃいけないんです?」
と、あくまで意固地を貫いている。
それを見たクルツも「やれやれ」と言いたそうな顔ではあったが、
「でも、カナメちゃん。これから帰るんだろ? それなら電車に乗らないと……」
クルツにそう言われ、かなめはため息交じりに定期券を取り出した。
その時、唐突に昨日の占いの結果が頭をよぎる。
『恋が相手の浮気で終わったりする事もあるので、恋愛が成就する事は残念ながら少ないでしょう』
(な、何でこんな時にそんな事思い出すのよ、あたしは!?)
かなめは意味もなくその場でだんだんと地団駄踏んだ後、改札をくぐっていった。帰りのキップを買っていたクルツも、もちろんその後に続く。
ホームに降り立った二人は混雑する階段付近を避けて、少し歩く。
「カナメちゃん。何きょろきょろしてるの? アイツを探してんのか?」
「探してません」
きっぱりと言うが、視線の方が勝手に彼の姿を探してしまう。学校帰りの生徒で混雑し始めたホームの上を、落ち着きのない視線で見回している。
(いた!)
視界の端に、宗介と女の子が二人並んで立っているのを発見した。あまり近づくと宗介に気づかれるし、クルツに悟られたくないので、横目でちらちらと二人――というか一緒にいる女の子の方を観察する。
彼女が着ているのはどこにでもありそうな制服だ。質素なワインレッドのネクタイ。濃紺のジャケットの左胸のところに大きく何かのエンブレムが刺繍されている。多分校章か、それをアレンジしたものだろう。グレーのスカートは陣代と違って丈は膝より下だ。
確か、ここから電車で二つ三つ行った先にある中学校の制服があんな感じだったような気がする。距離の関係上そこから陣代に受験する生徒も多いので、何となく覚えていたのだが正確な所まではさすがに覚えていない。
背は多分かなめよりも低い。髪は長くて、背中まで伸びた髪が細かく波打っている。パーマかもしれないが、中学生でパーマというのも少々無理があるから(する人はするだろうが)、多分固く編んだ三つ編みをほどいた三つ編みソバージュの可能性も捨てきれない。
「しっかし、ソースケのヤツ、どこであんな娘と知り合ったのやら」
クルツの声にビクッとなって慌てて視線をそらし、ホームから見える看板を見ているかなめに、
「カナメちゃん。やっぱり気になるんだろ。無理しなくたって……」
「別に。無理なんてしてません」
「してるって。だって、顔に書いてあるぜ」
クルツにそう言われ、うっと言葉に詰まる。
「ま、ここはひとつじっくり見物といこうじゃないの」
ポケットに入れていたサングラスをかけて宗介と女の子を見ているクルツが、ぽつりと言葉を続けた。
「面白そうだしな」
(そうだ。こういう人だっけ)
何だか、意味もなくうろたえる自分自身がバカみたいに思えてきたかなめだった。


それから少し経ってからやって来た橋本行きの各駅停車に乗り込んだ。ホームの端の方にもかかわらず車内に人は多いけれど、混雑というレベルではない。
宗介と女の子は電車のドアのそばに立ち、かなめとクルツは同じ車両の反対側からこっそりとそんな二人を見ている。
「ソースケのやつ、気づいてる……よね?」
「多分な。あいつ、こういう勘は妙に鋭いしな。でも、こっちが何もしなきゃ大丈夫だろ。彼女が一緒だし」
何気なく言った事だが「彼女」のところでかなめの目が一瞬不安そうな色になった。
さすがにこの距離では二人の会話は聞こえないが、相変わらず女の子の方が一方的に色々と話しかけている。
車内に立っている人々の隙間から見えるその楽しそうな笑顔を見て、かなめの瞳の色がさっと翳り、何故か胸が傷む。
(ソースケ相手に、あんな楽しそうに話す人……いたんだ)
ここから見ると宗介は背中を向けているので表情は判らない。それだけに、嫌でもかなめの想像力を無駄に刺激してしまう。
(何話してるんだろ? あんな子があんな感じで銃だのバクダンだのの話をしてるとは思えないし。でも、昨日のドラマの事とかファッションの事とか話してもソースケが判る訳ないし。……気になる)
彼の属している<ミスリル>のメンバーになら、彼相手でも楽しそうに話す人はいるだろう。現にこのクルツがそうだし、他にも数少ないが何人かは知っている。
そこで唐突にかなめの頭にある事が閃いた。宗介の属している<ミスリル>に「宗介相手に楽しそうに話す人」がいた事に。
彼の属する部隊の責任者テレサ・テスタロッサ大佐。通称テッサだ。
かなめや宗介と同じ年の彼女が、なぜ大佐なのかはかなめも知らなかったが、それだけの重責を勤める技量がある事は素人のかなめにも判る。
だが、一旦その「大佐」の重圧から解放されたテッサは、思い込んだら一直線の、良くも悪くもマイペースな美少女。日頃は激務に追われてるが、休暇だったらこういう行動に出ても不思議ではない。いや。充分考えられる。間違いはない。
証拠はないが確率は高いし、対テロ組織ならアメリカ人が日本人に変装する道具の一つ二つくらいあるかもしれない。
あそこにいる女の子を、かなめは頭の中でとりあえずテッサ(仮)と呼称する事にした。
閉まったドアに背を預けて横目で二人を見ていたかなめだが、やがてクルツに向かって、
「クルツくん。……尾行しよう」
「へぇ。やっぱり気になるのか?」
かなめはにやにやしているクルツの脇腹をひじで荒く小突く。
「か、勘違いしないでよ。あたしは別にソースケとテッ……あの子がどんな仲だろうと関係ないし、興味もないわよ。でも、あの戦争バカに、どんなデートができるのか見てみたいだけよ。ただの好奇心」
「ただの好奇心、ね」
クルツも相変わらず二人を見ている。その後でかなめを見て、
「……ま、いいか。気をつけな、カナメちゃん」
そう言ってポンポンと彼女の肩を叩いた。
やがて、電車は調布駅に到着。宗介とテッサ(仮)は揃って電車を降りた。かなめとクルツも少し遅れて降りる。
この辺りでは大きい繁華街である調布だけに人の行き来も多い。それでも二人は何とか宗介達を見失わないように尾行を続ける。
たまに彼女が転びそうになり、宗介がそっと手を貸したりもしている。そうしたたわいない一挙手一投足にかなめの胸中が次第に波打ちはじめる。
やがて二人はちょっと大きめのゲームセンターに入っていった。昨日恭子と一緒に来たところだ。まだ六時前なので、別に制服姿で入っていっても何も言われる事はあるまい。
「急ご、クルツくん。中に入って尾行をまく気かも」
かなめはそう言うなり鞄を抱えてひらりと車道に飛び出すと、混雑する歩道と並行して走る。クルツも彼女の後に続く。
そうしてそのまま交差点に出て、赤になる寸前の横断歩道を渡りきり、二人が入っていったゲームセンターに飛び込んだ。
中に入るとあちこちからゲームの音が聞こえ、ハッキリ言ってうるさい。二人はそんな音の洪水の中、宗介とテッサ(仮)の姿を探す。
平日の夕方なので、それほど沢山の客は入っていない。二人の姿はすぐに見つかった。かなめとクルツは手近のパンチング・ゲームの影に身を潜める。
彼等は大きな画面の匡体の前で何やら話している。それは最近出たばかりのガン・シューティングのゲームだった。
今までのは単に素早く正確に銃を撃つだけだったが、これは時々身体を動かして敵の攻撃をかわさねばならないという、より実戦の感覚に近いゲームだ。
実はかなめも一回やった事があるが、かなり体力を使うとてもハードなゲームだ。でも、文字どおり飽きる程実戦を経験している宗介には簡単すぎるかもしれない。
しかし、問題はあるのだ。それも重大で厄介なものが。
以前面白半分で宗介に別のガン・シューティング・ゲームをやらせたのだが、ゲーム用の銃が弾切れを起こした途端、いきなり本物の銃を抜いて発砲した事があるのだ。
もちろんゲーム機は破損。店の主人にこっぴどく絞られた経験がかなめの脳裏にまざまざと蘇った。
その時は「備え付けの銃が作動不良を起こしたのだ。その際に使い慣れた自分の銃を使うのは当然だ」と堂々と胸をはって言い切ってくれたものだ。
それらを手短かにクルツに話すと、
「大丈夫かしらね。またゲーム機壊すんじゃ……」
「壊したとしても、カナメちゃんには関係ないだろ? 今この場にいない事になってるんだし」
「それは……そうなんだけど……」
かなめは急に心配になった。確かにクルツの言う通りなのだが、どうも落ち着かない。「はじめてのお使い」に出した子供を心配して尾行する親とは、こんな心境かもしれない、などと思いながら。
二人は相変わらず匡体の前で何か話している。テッサ(仮)が画面や匡体のあちこちを指差して説明している。宗介はいちいちうなづいて何か言っているが、テッサ(仮)は不満そうに何度も説明らしき事をしている。
やがて観念したのか、宗介は財布からコインを取り出して匡体に入れると、備えつけの銃を手に取った。
ゲームが始まった。危なげなく、順調にゲームは進んでいく。
かなめの記憶が確かなら、ゲーム開始時には二〇発の弾がある筈。そろそろ弾切れを起こす頃合だ。
(フッフッフ。ここでソースケが前みたいな事をしたら、苦労するのはあの子なのよね。どーせなら思いっきり困ってもらおうじゃない)
なぜか「いじわるな継母」のような態度で、食い入るように宗介のプレイを見続ける。
しかし、いつまで経ってもそれらしい問題行動は起こさなかった。ゲームの方は次々と進んでいるためか、次第に人垣ができて画面が見づらくなってくる。かなり高得点なのだろう。
(……何で、あの子が一緒だと問題起きないのよ)
彼女の中になぜか小さな怒りが生まれた。自分より、彼女の方が宗介にはお似合いなんじゃないか。そういったしこりと言っても良い。同時に昨日の占いの結果までが頭をよぎっていく。
かなめは諦めて一端そこから離れて周囲を見回すと、クルツは今までかなめが身を隠していたパンチング・ゲームをしていた。
「……カナメちゃんもやる?」
クルツはにやりと笑ってグローブをした手で手招きをしている。
ふと横を見ると、画面には「攻撃せよ」のメッセージが出て、赤い的が制止している。彼女にはその赤い的に宗介のむっつりとした顔が映っているように見えた。
かなめはグローブもはめずに右腕を力一杯振りかぶり、
(あんの……)
次の瞬間、力任せに拳を的に叩きつけた。
「ばっかやろぉ――――っ!!」
ものすごい音がして的が吹き飛び、画面に「ただいまのパンチ 132キロ」と表示された。
「……こわ」
そして、そのまま店内のトイレへずんずんと歩いていくかなめの後ろ姿を見て、思わずクルツが小声で言った。
ちょうどその時。宗介がゲームの最終ステージをほぼノーミスでクリアして、周囲の取り巻きから感嘆の声が上がっていた。
二人が去り、人垣がぱらぱらと散っていくのとは反対に、クルツがそっとその匡体に近づく。ゲームの操作説明の欄に、手書きの貼り紙がしてあるのがわかった。
「初心者モード。弾丸を無制限にしてあります」
その貼り紙を見て、クルツは妙に納得した。
かなめがトイレから出てくると、宗介達は昨日のあの姓名判断の占い機の前にいた。テッサ(仮)の方が機械に向かっている。
きっと自分と宗介の相性占いでもやっているのだろう。
(いい気なもんよね)
かなめはいつの間にかすっかりひがみ丸出しで二人を見ていた。ああしてベタベタしたいとは思わないが、自分には決してできない行動。
常識的に見ても、仲が悪いよりは良い方がいいに決まっている。だが、自分がああして彼と仲良く――恋人同士のようになるのはなぜだか判らないが抵抗感が拭えなかった。
しかし、同時に頭の中で彼女と自分の立場を入れ替えてみる。
自分が彼のそばにいて、隣にいて、あんな感じの笑顔で接して……。その時、アイツはどんな顔してるんだろ……。
「……キャッ!」
いきなり頬に冷たいものが当たり、思わず声を上げてしまう。後ろからそっと近づいたクルツが、かなめの頬に買ったばかりのドクター・ペッパーの缶をくっつけたのだ。
「だいぶ顔が赤いぜ。熱でもあるのかい?」
事実、かなめの顔は想像のせいかぼおっと火照っていた。
セリフこそ心配しているが、クルツはにやりと笑っている。まるで「ヤキモチ妬いてるのか?」と言いたそうな顔。
かなめはそれに答えずに無言のままドクター・ペッパーを受け取ると、プルタブを開け一気に飲んだ。
そんなかなめの目に、出てきた結果を見てはしゃぐ彼女の姿が飛び込んでくる。
それを見たかなめは一気にむせてゲホゲホと咳き込んだ。

<後編につづく>


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