『行方不明のザ・フール 前編』
ある晴れた日の放課後。千鳥かなめは教室で友人達と談笑していた。
机の上には「カツ丼味ポテトチップス」なる、訳の判らない品が乗っている。
そして、彼女達が持っているのが「スイカ紅茶」なる、これまたよく判らない名称の紙パックのジュース。
どうやら近所のコンビニで見つけてきた新製品らしい。
「……まずい」
とりあえずとばかりに一口飲んだかなめは、苦々しい顔でたった一言感想を漏らした。
「多分フレーバー・ティーの一種なんだろうけど……。何なの、スイカと紅茶の組み合わせってのは?」
フレーバー・ティーとは、紅茶にフルーツやハーブの味をつけた物である。カモミール・ティーやアップル・ティーなど色々な物があるが、さすがにスイカのフレーバー・ティーは聞いた事がなかった。
「スイカだから甘いかな〜って思ったけど、これって単なるスイカの皮の味じゃないの? おまけにそれっぽい味がかす〜〜かにするだけだし」
しかめっ面のまま紙パックをとんと机の上に置いて、きっぱりと言い切った。
「スイカの皮かぁ。確かにそうかも。そういえば昔スイカ・シェークってなかった?」
かなめのとなりに座っていた、親友の常盤恭子もかなめに同意する。
「これはちょっとはずれだったわね」
面白半分で買ってきた友人の工藤詩織がため息混じりに言うと、
「はずれもはずれ。的にかすりもしてない大はずれよ。どっかの番組ならたわしすら貰えないっての。ったく、こんなくそマズイの作ったのはどこの会社よ!」
そう言ってパックの横に記載された製造会社名をじろじろと眺めるかなめ。
「うげ。これ外国産じゃん。向こうのやつって、日本人の味覚に合わないの多いのに」
確かに日本人からしてみれば、外国産のお菓子やジュース類は、濃すぎる味か奇妙な味かのどちらかが多い。
それからかなめは、ポテトチップスの袋を勢いよく開け、手を突っ込んで一枚取り出し、口に放りこんだ。
口をもぐもぐとさせながら、ポテトチップスの袋をしげしげと眺め、
「……しっかし、何でまたこういう変な味のやつ買ってくるのよ。ポテトチップスといえばやっぱり塩味でしょ。シンプル・イズ・ベスト」
気分はすっかり評論家といった感じのかなめが雄弁に語っている。
「それは判ってるんだけどさぁ。やっぱり『新製品』っていうのに弱くて」
さすがに困った顔のまま、詩織が苦笑いのまま答える。
「気持ちは判るけど……どうしてこういうナントカ味のお菓子って、変なのばっかりなんだろうね」
恭子が首をかしげる。
「そもそも何で『カツ丼』なのよ。訳判んないのもここまでくると立派ね、もう。一体どこのどいつがポテトチップスとカツ丼を結びつけようなんて考えたんだろ」
かなめ達はぶつぶつ文句を言ってはいるが、手の方は次々とそのうさん臭いポテトチップスに伸びている。
少なくとも『カツ丼』の『肉』の味だけははっきり感じる。「これのどこが明記された味なのだろう?」と首をかしげたくなる味をした物が多い中、それだけでもマシな方と言えるだろう。
「でもさ。一つヒットすると、いろんな所から同じようなの出るよね?」
「そうそう。でも実際食べてみると大差ないけどね」
「『次はこういう物を出すとヒットしますよ』みたいに予言する人とかいたら嫌だよね〜」
ふとした恭子の思いつきに、全員がけらけらと笑う。しかし、
「ああ。予言で思い出したけど、今日あの子きてたわね。一年生の」
「あの子?」
かなめと恭子が、真面目な顔でそう言い出した詩織に訊ねる。
「浦部(うらべ)さんっていってね。一年生の間ではちょっとした有名人らしいわよ」
と、詩織は得意げに語る。
「その……浦部さんと予言と、どう関係があるの?」
目の前のポテトチップスをパリパリと食べながら恭子が聞く。
「タロット占いが得意なのよ、彼女。しかも的中率はかなり高いの。ちょっと身体が弱い子らしいんだけど、腕だけなら間違いなくプロ並だと思うわ」
かなめは何となく、ひ弱で暗そうだがミステリアスな雰囲気の女の子を思い浮かべた。
「で、その根拠は?」
ただの興味からかなめはそう訊ねてみた。すると詩織は、
「彼女の占い通りにしたら、今の彼と更にラブラブになれました!」
と言って自慢げにVサインまで作ってみせる。確かにこのメンバーできちんとした彼氏がいるのは彼女だけだ。
「へ〜、すごいじゃん」
恭子は素直に感心して目を輝かせている。この年頃の女の子だ。自分はもとより、他人の恋愛ごとに興味があっても不思議でもおかしくもない。
「でも、他人の言った通りに自分の人生を進めるってのは好きじゃないわ、あたしは」
かなめは冷めた目でため息混じりに呟く。
「やっぱり占いなんかに頼らずに、自分の力で人生生きていかなくちゃ。これ大事よ」
自分に言い聞かせるようにうんうんとうなづきながら言う。
「……まぁ、カナちゃんには恋愛占いなんか必要ないだろうけど」
となりの恭子が意味ありげな視線を送っている。
「……何よ、キョーコ。そのいかにも何か言いたそ〜〜な目は」
「別に。何でもないよ、カナちゃん」
ふい、とかなめから視線をそらす。
「どうせ『カナちゃんには相良くんがいるから』とか言うんでしょ?」
「うん」
サラリと言い切った恭子の肩をポンと叩くかなめ。その表情はかなりこわばって疲れた顔だ。
「あのね、キョーコ。何回も言ってるけど、あたしはソースケとつき合ってる訳じゃないんだってば。あの常識知らずの戦争バカが、四六時中ドタバタ暴れ回ってるから、学級委員として、生徒会副会長として。いや一人の常識人として仕方なく……」
「はいはい。でも、その四六時中暴れ回ってる彼に、たまにお弁当作ってあげたり、晩ごはん作ってあげたりしてるのは、つき合ってるのと大して変わらないんじゃない?」
「そうよね。そういうのを『彼氏彼女の関係』って言ってもいいよね?」
恭子と詩織ににやにやと笑われるかなめ。
「だっ、だから、それは……その……」
少し頬染めてしどろもどろになりかける。それにめざとく気づいた詩織は、
「顔が赤いわよ? 素直に言いなさい」
「そうそう。故郷(くに)の親御さんも泣いてるぞ。ほら、カツ丼でも食べて……」
カツ丼味のポテトチップスの袋を差し出しながら、恭子もかなり芝居がかった口調でかなめに詰め寄る。
「ちょっとキョーコ。昔のコントじゃないんだから……」
その時、ぱんぱんぱんと乾いた音が響いた。三人は揃って窓から向かいの南校舎を眺める。
「何の音だろ? 向こうの方……だよね?」
「さあ?」
恭子と詩織が首をかしげる中、同じ方角からもう一回同じ乾いた音がしたあと、悲鳴とも叫び声ともつかぬ大声が。
そんな中、かなめだけが静かに立ち上がった。
こめかみにぴくぴくと血管を浮き出させ、怒りを内に秘めた顔で向かいの校舎――その向こうのグラウンドを見て、
「ソースケのヤツ……。バンバンバンバンテッポー撃ちまくって、今度は何やらかす気よ!」
かなめだけが音の正体に気づいたらしい。吐き捨てるようにそう言うと、プロのスポーツ選手顔負けのものすごいスピードで教室を走って出て行った。
「……何だかんだ言って面倒見もいいよね。今日もノート貸してたし。カナちゃんと相良くんって、いいコンビだと思うんだけどなぁ」
「同じく」
かなめの姿が見えなくなったところで、二人は静かに呟いた。


乾いた音が聞こえる少し前。
海外の物騒な紛争地帯で育った帰国子女にして、安全保障問題担当・生徒会長補佐官なる怪しげな役職を与えられている相良宗介は、生徒会室にきていた。
陣代高校の四階に位置するその部屋には、特に会議などの予定もない為か誰もいなかった。
いつもはノート・パソコンを占拠している者がいたり、型遅れのテレビを見ている者。単におしゃべりにふける者などが一人や二人いるのだが。
しかし、彼は部屋の中央にある会議用の机の上に、「見慣れない物」を見つけてしまった。
彼は「見慣れない物」から視線を逸らさずに、手に持った学生鞄をゆっくりと床に置く。
それから足音を立てずに一歩一歩慎重にその「見慣れない物」に近づいて行った。
無論「見慣れない物」以外にも、周囲に何者かが潜んでいないかの警戒と、足元の床に罠などがないか確認しながらの接近の為に、ほんの一メートルほど進むのに数分を要していた。
ようやくそれを手に取れる距離にまで近づいた彼は更に目つきを鋭くし、その「見慣れない物」を観察し始めた。
それは段ボールの箱だった。大きさはちょっとした大皿程度。大きさの割に厚さは薄い。
その箱の上には宅配便の伝票と「取扱注意」の札がついていた。宛先はこの学校の生徒会になっている。
送り主の部分は印刷された文字で有名時計メーカーの修理部と記載されていた。
「品名」の項目にはそこだけ手書きの文字で「時計」と書かれてある。
そこで宗介は思い出した。生徒会室に飾ってあった時計を修理に出していた事を。
壊れてしまった時計をわざわざ修理に出す事もないかもしれないが、これは安物だが少し昔の卒業生からの贈呈品らしく「むざむざ捨てるのも何だから」という理由で修理に出していたのだ。
普通の人間なら、ここでカッターなり刃物を取り出して開封する所だが、この相良宗介は違っていた。
(時計を修理に出していた所に時計が届く。当たり前の事だ。しかし、送り主の名前が印刷された文字だ。この程度ならいくらでも偽造は可能。不用意に開ける事はできん)
そう。この中身が「絶対に」時計であるという保証はどこにもない。
時計は時計でも、時限式の発火装置や爆発物の可能性が全くないと決まった訳ではないのだ。
まず自分がやるべきなのは、この箱の中身が本当に時計なのかを調べる事だ。無用の被害を避ける為に、屋外の人気のない場所へ慎重に運び、単独で検査する。
ドリルで小さな穴を開け、中にファイバースコープを挿入して中身を確認。しかるのちにその処置を決める。
しかし、犯人が狡猾なやつならば、あからさまなやりかたで爆弾を入れはしないだろう。これだけでは不十分だ。
たとえば、時計の内部に爆弾が仕込まれていた場合は、これでは判別ができない。蓋を開けた時、それに連動して時計内部の爆弾が爆発するように細工をするなど雑作もない。
それならば小型軽量タイプのX線スキャン装置を使って……いや、だめだ。X線はアルミなどの金属を通さない特性がある。現に空港で単なるヘア・スプレーを爆弾と見間違えたという事件も聞いている。このような不確実な方法はやはり使えない。
(検査も危険か。爆破処理しかあるまい。しかし……)
これがもし本物ならば、中身は先輩達からの贈呈品だ。日本人はこうした「記念品」を大事にする国民性らしい。
例えるのなら、まさしく広場に飾られた英雄の像を破壊するようなものだろう。
「安全の為には仕方なかった」と言ったところで納得してくれるかどうかは全く判らない。
どんな事情でも、自分達の贈呈した物を破壊された場合、いい気分がしないのは間違いない。
もし万一、これがきっかけで諸先輩との関係が悪化し、人材的な支援などが打ち切られたら、それはこの陣代高校の未来にとって益がない事は間違いない。
ふと脳裏に、いつも彼を怒鳴りつけて叱るかなめの姿が浮かび上がった。
送った諸先輩が何人いるのかは判らないが、おそらく複数だろう。
その全員が怒ったかなめと同じテンションで迫ってきた場合、紛争地帯やいくつもの戦場をくぐり抜けてきた彼も生きながらえる自信がなかった。
その場に棒立ちとなったまま、彼の頬を脂汗がつつっと流れ落ちる。
(検査もだめ。爆破もだめ。このままの開封など言語道断。……八方ふさがりだ。俺は一体どうしたら……)
うつろな目で机の上の段ボール箱を見つめる宗介。
誰もいない生徒会室を耳が痛くなるくらいの静けさが包みこんでいた。時折階下やグラウンドから生徒の声が小さく聞こえてくる。
その静寂の中、鍛えられた彼の耳におかしな音が微かに響いた。
箱にそっと耳を近づけて、耳に全神経を集中させる。
カチッ、カチッ、カチッ、カチッ……。
間違いない。時計の音だ。宗介は自分の顔が青くなるのが判った。
こうした時計を配送する場合、乾電池の浪費を防ぐ為、電池を外した状態で箱に入れられる物だ。
もはや宗介は確信していた。この中身は時計などではない。密かにすり替えられた時限式のトラップだと。
そう思い込むと行動は早かった。だが、荒々しく箱を掴み、窓を開けて箱を外へ放り投げようとしたところで思いとどまった。グラウンドでは大勢の生徒達が部活動に勤しんでいたからだ。
ここから投げるのは危険だ。地上へ落下した衝撃で爆発する可能性がある。そうなればグラウンドの生徒達に被害が及ぶのは間違いない。
それならば自分の方が下に下りるしかない。
仕方なくその箱を抱えて生徒会室を飛び出した。生徒会室脇の階段を段飛ばしで駆け下りる。
もちろん、わずかでも最短距離になるよう、手すりに掴まりながら一気に駆け下りていく。
途中、何人かの生徒を突き飛ばしそうになったり肩がぶつかったりしたが、それでも素晴らしいスピードは衰える事なく一階に到着し、そのままグラウンドへ駆け出た。
左腕に抱えた「爆弾」は、いつ爆発するか判らない。すぐにでもグラウンドにいる全生徒をここから避難させねばならなかった。
だが、グラウンドにいる全員に事情を説明して退去勧告を出している余裕はない。
それに、何の訓練もしていない素人が、迅速に行動を起こせるとも思えなかった。
(やむを得ん……)
宗介はグラウンドの中央へ走りながら、
「危険だ! 全員俺から離れろっ!!」
ぱんぱんぱんっ!
いつの間にか右手に握られていた愛用の小型拳銃――グロック19を天に向けて数発発砲した。
音に反応した生徒が全員宗介の方を見る。
「もう一度言う! 全員俺から離れろっ!!」
ありったけの大声で怒鳴ると、さらにもう一発発砲した。
最初の一瞬は全員ぽかんとしていたが、彼が手に持っている物を理解すると、
『きゃああああああああっ!!』
蜘蛛の子を散らすように一目散に駆け出しその場から――正確には宗介から――離れて行った。
やがてグラウンドの中央に到着した宗介は周囲を素早く見回した。
グラウンドにいた生徒達が全員校舎の方へ逃げている事を確認する。
(ここなら万一爆発してもそれほどの被害は出ないだろう)
宗介がそう判断してそっと荷物を置いた時、校舎の方からすさまじい気合いと殺気がやってくるのを感じていた。
「ソースケ! 今度は何やってんの、あんたは!!」
やってきたのは千鳥かなめだった。
腰まである長い黒髪を怒りで揺らめかせ、全速力で走ってきた為はあはあと荒い息を吐きつつ、怪獣の足音のサウンド・エフェクトを被せたくなるくらいの迫力で彼に詰め寄る。
「千鳥、くるな! 危険だ!!」
いつもはむっつりと押し黙った彼の顔に焦りの色が濃く浮かんでいる。
しかしかなめの方は相変わらず殺気に満ちた表情でずんずんと彼の元に歩いてくると、
「何が危険よ! どうせいつもの空騒ぎでしょ!?」
押し止めようとする彼の手を乱暴に叩く。
「空騒ぎではない。確固たる証拠もある。この荷物に近づくのは危険だ!」
「荷物?」
かなめはそこで初めて宗介の後ろに置かれた薄っぺらい段ボール箱を見た。でも、宗介の言うような「危険な」気配は――もちろんない。
「それじゃあ、せめてあの何の変哲もない段ボール箱が、一体どういう風に危険なのか、きっちりと判りやすく説明してもらえる?」
「そんな暇はない。いつ爆発するかも判らないんだぞ。君を危険に巻き込む事はできん!」
そう叫ぶと、宗介は無理矢理かなめの腕を引いてそこから離れる。
いかにかなめでも、鍛えられた宗介の腕力には勝てず、半分ずるずると引きずられるようにして荷物から離される。
「ちょ、ちょっとソースケ! だからまず説明しなさいっての!」
「あの時計の中に、時限式の発火装置や爆発物が仕掛けられている可能性が高い。今すぐ離れないと危険だ!」
いつの間にか大声のやり取りになっており、それを聞いた生徒が再びパニックを起こしていた。
荷物から数メートル離れた時――
びりりりりりり……っ。
「伏せろ、千鳥!」
宗介はとっさにかなめを突き飛ばし、自分も彼女を守らんばかりにその上に身を投げ出した。
宗介は襲ってくる爆風――それに加えて殺傷力を増す為のネジやくぎなどの衝撃に備えて身を固くする。
一秒。二秒。三秒。
「……い。ちょっと、ソースケ、聞いてんの!」
耳元でかなめの声がし、更に後頭部に彼女の手刀が叩き込まれ、彼は我に返った。
「……千鳥。怪我はないか?」
宗介にしてみれば当たり前だが、かなめにとってはこれ以上ないくらい場違いに真剣な問いを聞いて、
「……あのね。重いんだけど。さっさとどいてくれない?」
至近距離にある宗介の真剣な顔からそっと視線を逸らしつつ、ぶっきらぼうに言う。
その時になって、宗介は襲ってくる筈の爆風がない事に気づいた。
「む。そうだな」
宗介は一応周囲を見回してからぱっと身を起こし、立ち上がろうとするかなめに手を貸す。かなめも顔を真っ赤にして急いで起き上がり、制服についた埃を払う。
おかしい。爆発があったにしてはあまりにも静かだ。
そう思った宗介が箱の方を見ると、例の「爆弾」は何の変化もなく、その場にちょこんと置かれたままだった。
そして、その箱からさっき聞こえた音がずっと鳴り響いていた。
それは間違いなく時計のデジタル・アラーム音だ。しかもだんだん音が大きくなるタイプらしく、さっきより大きな音が箱の中から聞こえてくる。
「……あのさ。あれのどこが危険なのか、きっちり説明してもらえないかな?」
かなめは、ぎゅっと握った拳で殴りたくなるのをかろうじて抑え、デジタル・アラーム音の鳴り響く時計の入った箱を指差して、彼にそう訊ねた。
宗介はアラーム音のする箱をじっと凝視したまま、
「……どうやら、爆弾ではなかったようだ。俺も安心した」
いつも通りのむっつり顔――多少安堵の表情のようだが――でしれっと答える。
「…………」
これだけの騒ぎを起こしておいて、この物言い。
それを聞いたかなめは、自分の心に浮かんできたどす黒い物をしっかり感じていた。
どす黒い物。それは「殺意」だの「破壊衝動」だのといった、物騒で危険な物に間違いなかった。
「……あのね。とりあえず、何回目かは判んないけど、あんたに言っとくわ」
ゆらり、とかなめの髪が揺れた。
宗介は彼女の発する怒りから生まれた殺気を敏感に感じ取っていた。彼の額にじわりと脂汗が浮かぶ。
「いい加減日本の常識を覚えて……」
かなめの怒りは爆発し、たまたま足元に転がっていた金属バットを素早く拾い上げて、
「……戦争ボケ思考はやめなさいっ!」
問答無用とばかりに宗介をめった打ちにし始めた。
それは、呆気にとられていた他の生徒が数人がかりで彼女を止めに入るまで続いた。
余談になるが、箱の中でも時計が動いていたのは、修理部の方がアラームを作動させたまま乾電池を取り外すのを忘れていただけらしい。閑話休題。

<中編につづく>


文頭へ 進む メニューへ
inserted by FC2 system