『求めるフォー・フェイス・カード 3』
応急処置でどうにか出血だけは止める事ができた宗介は、シーザーと二人でその個人病院まで運ぶ事にした。
本来なら下手に動かさず医者を呼ぶ方がいいのだが、連れてくるよりこっちから行った方が時間のロスが少ない。そう判断しての事だ。
シーザーが上半身を持ち、宗介が下半身を慎重に支え、えっちらおっちら道路を行く。
本当に数分でこじんまりとしたたたずまいの病院が見えてきた。看板には「浦黄医院(プーホアンイーユアン)」とある。シーザーは扉を足で蹴るようにして開けると、中国語で何か怒鳴った。
返事を待たずに揃って中に入ると、待合室には五、六人の患者がいた。奥から出てきた白衣の老人――医者とシーザーのやりとりに、その患者の何人かが割って入る。
狭い待合室の中に乱れ飛ぶ、宗介には理解不能の中国語の嵐。
おまけに無駄に音量が大きい。しかもどんどん大きくなる。極力安静にさせたい重傷患者をほったらかしての口論が延々と続いている。
まるで大声コンテストだ。耳を塞ぎたくとも両手が塞がっているのでそれもできない。さすがの宗介も閉口気味である。
ことさらに大きな声でシーザーが皆を怒鳴りつけた。その迫力か音量か、他の患者はすごすごと元の位置に戻って行く。医者も手招きで「こちらへ運べ」と言っている。
(大声コンテストだ、やはり)
ルヴァをベッドへ寝かせながら宗介は真顔でそう思った。
「急患を優先させろよなぁ、ったく……」
「やはり順番争いか」
ぶつぶつ文句を言うシーザーに宗介が訊ねてみた。先ほど「中国人は欧米や日本と比べて順番を厳守する意識が低い」と言っていたのを思い出したからだ。
だがシーザーはそれには答えず、ルヴァの容態を診ている医者に向かって大丈夫か聞いてみた。
「完璧な、応急処置の、おかげだ。命を、落とす事は、ない。すぐ目を、覚ますだろう」
たどたどしい英語で返答する医者。その答えにまずは安堵する二人。安堵したところで宗介が、
「それで、骨董品屋の方はどうだったんだ?」
それを聞いたシーザーも「そうだった」と言いつつ苦笑いを浮かべ、ポケットから取り出したものはまた例のトランプだった。
例によって絵柄は同じだが色が違う。最初が黒で次が赤。今度は青だ。
ひっくり返してみると、また英語と中国語の文章が書かれてあった。英文の方は、
“聖杯を見つめる唯一の男は”
こんな意味の言葉である。英文は読めても文章の意味が判らないのではどうにもならない。中国語の方は、
“亞歴山大投遞有限公司”
間違いない。シーザーの勤め先である。文字は読めなくても文字そのものは覚えていたからすぐに判った。
「次はうちの職場かよ、ったく……」
シーザーは手に入れたカードを全部取り出した。
一枚目は黒い絵柄のカードには“張大湖刀剪店 李大鳳”。
二枚目は赤い絵柄のカードには“剣を背にした唯一の男は”と“上海新旧工藝品商店”。
三枚目は青い絵柄のカードには“聖杯を見つめる唯一の男は”と“亞歴山大投遞有限公司”。
二人は無言でカードを見比べたり見つめたりしている。
「判るか?」
シーザーが宗介に訊ねるが、もちろん宗介に判る訳もない。
「以前やった和歌の現代語訳よりも難しいな」
学校の宿題の課題を思い出し、小さく唸る。結局独力では全くできなかったのだ。どうも自分はこういうものが苦手のようだ。
会うためか、会った後にこれらの謎を解いていなければならないのだろうか。ひょっとしたら会うのに必要な合い言葉かもしれない。
問題を考えるよりも、これらの文章の使い道の方を考えてしまう。
そうして二人で頭をひねっている時、医者が中国語で何やら話しかけてきた。その言葉にシーザーがこれまた「そうだった」という顔で、
「カルテ作らにゃならねぇから、こいつの名前とか教えろとさ」
特に荷物がない所を見ると、ホテルに置いてあるのだろう。パスポートまで所持していないのはいささか不用心が過ぎる。盗まれた可能性もない訳ではないが。
しかし宗介も彼の事を細かく知っている訳ではなかった。
「名前はルヴァ・ド・ピクス。確か出身はフランスだ。今は知らんが傭兵稼業に身を置いている」
「他には?」
「他に判る事と言えば、アジアが好きらしい事くらいだ。中国や日本によく来ていたようだ。言葉もある程度なら話せた筈だ。以前空手の黒帯(ブラック・ベルト)を取ったと自慢げに話していた」
その言葉にシーザーはため息まじりにルヴァを見つめると、
「黒帯持ちがこんなにやられるたぁねぇ」
「仕方あるまい。いかに空手の使い手でも、武器を持った複数の人間を一度に相手にするのは限界がある」
武器を持った人間に取り囲まれて一斉に襲われたら、有段者でもあしらい続けるのは困難だ。
ともかく宗介の話した事を中国語で医者に伝えるシーザー。言葉のハンデとはつくづく厄介である。
その時、ルヴァの方から軽快な電子音が聞こえてきた。携帯電話の呼び出し音だ。
医者がムッとした顔で何やら怒っている。これは言葉が判らない宗介にも理解できた。病院内での携帯電話の使用は厳禁なのはどこの国も同じだ。
「悪い悪い」と謝りながら、シーザーは音を頼りに携帯電話を探し出し、ポケットから取り出す。
だが取り出した途端呼び出し音が切れてしまった。シーザーは何となく、閉じられた携帯電話を開いた。
「シーザー。他人の携帯電話だぞ」
プライバシーの問題を無視する行動に眉を顰める宗介だが、シーザーの表情が変わったのを見逃さなかった。
彼は宗介に携帯電話の画面を見せる。それを見た宗介は彼の表情が変わった理由をすぐ理解した。
ルヴァの携帯電話の待ち受け画面には、さっき刃物屋で遭遇した、チャイナドレスの女性が写っていたのだ。しかもぎこちないVサインまでしているのだから盗撮では有り得ない。
おそらく携帯電話のカメラ機能で撮った写真を待ち受け画面に設定したのだろう。という事はさっきの女性とルヴァは何らかの接点があったという事だ。
「昔から『惚れっぽい』だの『女に見境がない』だの『女たらし』だの言われていたな」
ルヴァの評判を思い出し、静かに語る宗介。だがそれ以上にシーザーが黙り込んでしまった。
その時、ルヴァがうっすらと目を開けた。意外な回復力である。身を起こそうとする彼を、医者と宗介が無理矢理寝かしつけようとしている。
「ルヴァ。今はゆっくり寝ていろ。後で迎えに来る」
それからシーザーは医者に二言三言言った後――おそらく「後は頼む」といった事だろう――宗介をともなって病院を出た。
すっかり日も暮れてしまった、人通りの少ない裏通りを行く二人。しばらく黙っていたが、シーザーの方から話しかけてきた。
「シアンリアン。これからどうすんだ?」
「まずお前の会社に向かう」
「そりゃ判ってんだよ、コンチクショウ!」
シーザーは不粋な宗介の言葉に間髪入れずに言い返す。しかしすぐに気まずそうにうつむくと、
「そりゃそうだってのは判ってるよ。俺もさっきそうしろっつったよ。けど……」
彼は言いにくそうに口を歪め、うんうん唸っている。
「待ち受け画面に少しだけ写ってた背景は、あの組織が運営してるカラオケ店に間違いねぇんだ」
その口ぶりは、明らかにそのカラオケ店が危険なものであると言っているようなものだった。宗介は、
「カラオケ店なら日本にもある。日本の店には何度か行った事があるが、特に危険な店とは思えなかったが」
小首をかしげる彼に、シーザーが「中国はちょいと違うんだ」と前置きを置いて話し出した。
この中国では日本のような風俗産業は法律で禁止されている。しかし、法律で禁止されていようが、そうした商売は影でいくらでも横行している。
大概は女性を餌に詐欺を働いたり法外な料金を請求したりするものだが、中には床屋やマッサージ屋、カラオケ店を装った風俗店もある。店員や友人と称して風俗嬢を斡旋・紹介し、料金を取るスタイルだ。
万一見つかっても「ここは出会うきっかけ。その後の情事までは責任持てない」。そういう言い分らしい。どこの国でもこうした「違法行為」を働く人間はいる。
「助けたい、という訳か」
宗介もシーザーの言い分は理解できる。
ああした組織に追われ、とっさに「日本語で」叫んだという事は日本人かもしれない。
そうした店で日本人女性が働いているというのは、普通とは言えないだろう。金に困っているのなら、日本から高額の送金をしてもらった方が早い。
何らかの理由で無理矢理働かされている可能性も捨て切れない。
ルヴァが気を失う寸前の「こうしてる間にも、あの……」という言葉。きっと「あの娘が」と続けたかったのだろう。
「男が死ぬんなら女を護って、だろ」と、彼は常に言っていた。軽いように見えて女性に対して常に真剣なのは、色恋沙汰に疎い宗介にも察する事はできた(その真剣さが相手の女性には伝わらないのだが)。
自分と全く同じ境遇のルヴァ。同病相憐れむとでもいうのか。女のために必死になるという事が、初めて判ったような気がした。
『あいつも、女を助けたかったんだな……』
宗介の日本語の呟きがシーザーに聞こえる事はなかったが、そうして口に出した事で、心の中で何かのスイッチが入った気がした。
「……その店は判るか、シーザー?」
いきなり声をかけられて、シーザーも面喰らって無言になる。
「彼女を助けよう。その店に殴り込んででも」
その発言に、さしものシーザーも言葉が出ない。
「そ、そりゃそうだけどよ。けど……」
ようやく言葉を絞り出したシーザーのセリフを遮って、宗介が続ける。
「俺の方も時間が惜しいが、この女の方がもっと時間がない。それに……」
「それに……何だよ?」
シーザーに訊ねられ、宗介が何やら言い難そうに思案している。だが真面目な顔でキッパリと言った。
「それに、女を助けないのは男が廃るのだろう?」
それから数秒の間。シーザーは彼が何と言ったのか理解できていなかった。まるで脳の回転が急停止したかのように。
だが、再び回転が始まって理解できたのか、シーザーは背中を丸め、声を殺して笑い出した。
そう。さっき自分が言った事をそっくりそのまま返されたのだ。しかも不粋極まりない宗介に、である。
シーザーは目尻に涙が浮かぶほどひとしきり笑うと、
「お前さんもそういう冗談を言えるようになったたぁなぁ。けど嫌いじゃねぇぜ、こういうノリ」
不敵にニヤリと笑い、グッと親指を立てて見せた。


とはいうものの、目当ての彼女に発信器がついている訳でもなし。どこにいると判っている訳でもなし。
すでに彼女が捕まってしまっているのか。それともまだ町の中を逃げ回っているのかも判らない。具体的なアクションは何も起こせないのだ。
その時、その場に電子音が響き渡った。さっきも聞いた、ルヴァの携帯電話の呼び出し音だ。
しかもシーザーからその電子音が聞こえてくる。宗介は思わず、
「持ってきていたのか!?」
「後でちゃんと返すよ」
シーザーはふてぶてしくもそう言うと、二つ折りにされた電話を開いた。液晶画面には英語で「公衆電話から」と出ていた。通話スイッチを入れて電話に出る。
「はい、もしもし。この電話の主は……」
彼が「電話に出られません」と続けようとした時、
<な、何? あんた誰よ!!>
いきなり響いた「日本語」の怒鳴り声。しかもさっき出会った、チャイナドレスの女性の声だ。意味は判らずとも音量に顔をしかめたシーザーは、
「おいおい、落ち着いてくれ。今変わるから」
相手に構わず英語でそう言うと、宗介に手渡してきた。
「日本語みてぇだから、頼むわ」
勝手に電話に出ていてこの態度はどうかとも思ったが、今さら切る訳にもいかないし、どこにいるのか判らなかった彼女からの電話である。宗介はシーザーから携帯を受け取り電話に出た。
『もしもし。あいにくルヴァは電話に出られない。代わりに俺が応対する』
いきなり聞こえてきた日本語に一瞬驚いたのだろう。少し間が開いた後、幾分落ち着いた声で、
<……日本人、なの? それに、何でルヴァを知ってるの? 彼はどうしたの?>
『昔の傭兵仲間で相良という。あいにく彼は怪我をして病院にいる。だが命に別状はない。それより君の方だが……』
ルヴァの状態に言葉を失っていた彼女だが、やがて、
<あたしは峰(みね)って言うの。日本人よ。今、奴らに追われてて……>
異国で聞く自国の言葉は不思議と心休まるものだ。それが彼女を素直にさせたのだろう。包み隠さず正直に話す。
『峰。君が追われているのは判っている。さっき刃物屋で君を見かけた。丈の短い赤いチャイナドレスを着ていたな』
<ホントに!?>
その言葉に、さすがに驚きの声を隠せなかったようだ。宗介はすかさず、
『今どこにいる。ルヴァの代わりに迎えに行こう』
相手は無言だった。いきなりこんな事を言われてすぐ信用できる訳もない。宗介は真剣な様子で続けた。
『幸い君を追っている組織に、少なからず怨みのある人間もいる。決して悪いようにはしない。約束する』
しばし間が開いた後、彼女はこう言った。
<……本当に、助けてくれるの?>
その声は明らかに不安と戸惑い、そして疑いを含んだ声だった。
『肯定だ。必ず君を助ける。無茶なのは判っているが、信用してほしい』
宗介自身意識してはないが、その声には力が籠っていたようだった。「絶対にやり遂げてみせる」という強い意志の力が。
<……判った。信用してあげる>
飾りの全くない無骨な言葉だけに、その言葉はストレートに彼女の心に響いたようだった。日本語で言ってくれたという事もそれに一役買っただろう。少し間が空くと彼女は、
<確か外灘(バンド)のそばの……日本語で言うと「わへいはんてん」。そこのロビーにいるわ>
『「わへいはんてん」だな。しばし待て』
宗介はロードマップをパラパラとめくり、外灘のそばの「わへいはんてん」とおぼしき建物を探していく。
するとすぐに見つかった。「和平飯店」。ここに間違いなさそうである。宗介がシーザーに確認を取ると、
「ああ。和平飯店(ホーピンワンディエン)だな。あそこは北楼と南楼と二つ建物があんだが、どっちだ?」
それを宗介が問うと「北楼」との答えが返ってきた。
「OK。そこならこっからも近い。走れば一〇分もしないで着く」
『一〇分ほどで到着できそうだ。それまで辛抱してくれ』
そう返答すると、宗介は電話を切った。彼女の服装は判っている。そこでこの携帯電話を見せれば信用してもらえるだろう。
「急ごう。その『わへいはんてん』のロビーにいるそうだ」
「わ……何だそりゃ?」
「お前の言ったホー何とかは、日本語の読み方だとそうなるそうだ」
「あいよ、相棒」
ノリで何となくそう答えたシーザーは、先を行く宗介を懸命に追いかけた。
急がねばならないのは判っているが、現役傭兵である宗介のスピードに、一般人のシーザーがずっと着いて行ける訳もない。
どうにか走りに走って南京東路(ナンチントンルー)に出る直前、シーザーが宗介に向かって言った。
「この先の交差点の信号渡ったら、右に曲がれ。左に見える建物が和平飯店だ。入口はも少し先に行きゃすぐ判る」
完全に息が上がっているシーザーは、建物の壁に手をついて何度もゼーゼーとして息を整えると、
「あいつらは十中八九車を使って連れ去る筈だ。目立つ南京東路じゃなくて、その裏手に車を停めるに違いねぇ。俺は裏手に回る。彼女を見つけられたら電話くれ」
「了解した」
見るからにヘトヘトなのが丸判りのシーザーにそう声をかけ、宗介はスピードを上げた。信号をまるきり無視して車の間をすり抜けて道路を駆ける。
さすがに日も暮れた大通りだけあり車も人混みも凄いが、照明もきらびやかで美しい。しかしそんな物を見ている余裕はこれっぽっちもない。
(あれか……)
宗介は前方に、ライトに照らされた「和平飯店」の文字を見つけた。アーケードのようにも見える日除けの上に、立体の文字でそう書かれてあったのだ。その下にはアルファベットで「PEACE HOTEL」ともある。
宗介はそのままのスピードでホテルの中に飛び込んだ。
ホテル内部はずいぶんと昔のイメージが漂っている。以前はどこかの商人の持ち物だったそうだから、その名残りなのだろう。
宗介は彼女を探しながらロビーをぐるりと見回し、他の出入口などを素早くチェックしていた。
今入ってきた出入口の反対側にもう一つの出入口が見える。ロビーだけあって広いスペースが取られ、土産物屋やホテルのカウンターがある。
ロビー内も混雑はしていないが、どう見ても宿泊客とは思えない人間が多くたむろしている。ホテル内の喫茶店やレストランの利用客なのだが、そんな理由はどうでもいい。
彼女がいた。今自分がいる所からは柱の死角になって見づらく、反対側の出入口に近い場所にいた。
急いで宗介が駆け寄ろうとした時、反対側の入口から入ってきた集団があった。彼女はその集団に気づいて逃げようとするがあっさりと捕まってしまう。さらに悲鳴を上げられないよう口まで塞がれた。
その異変に気づいた利用客の何人かも、彼らの威圧的な雰囲気と視線に睨まれ声が出せない状態にある。
だが宗介は違った。無言のまま人をすり抜けるように一気に駆け寄ったのだ。
さすがに距離があったため向こうも気づき、その場に残った数人を除き、彼女を連れて急いで出て行こうとする。
町のチンピラ程度ならたとえ素手でも遅れを取らない宗介だが、二手に分かれられては一人ではどうしようもない。彼らを叩きのめしている間に連れ去られてしまう事は明白だった。
やはり二手に分かれるのではなかった。宗介は少しだけ後悔した。
その時である。背後――宗介が入ってきた側の入口から人々の悲鳴とバイクの音が聞こえてきたのだ。
「どけどけどけぇぇぇっ!!」
運転手が荒々しい怒鳴り声を上げ、一行にバイクごと迫る。とっさに避けた宗介は、その声でバイク――原付を運転しているのが病院に置いてきた筈のルヴァだと判った。これにはさすがの宗介も驚いた。
ルヴァは原付に乗ったまま、一番身体の大きいヤクザめがけて突っ込んだ。さすがに向こうはそれを受け止める事ができずに横に避ける。
壁に激突する寸前で原付は急停止したものの、相手は相当泡食っており、棒立ち状態だ。
もちろんそれを見逃す宗介ではない。出入口を塞ぐ形で立っていた男の顎に鋭く拳を叩き込む。
見ると原付を下りたルヴァも、怪我していない方の足で見事な回し蹴りを決めて、相手をのしている。
「無理はするな、ルヴァ!」
「怪我していても、こんなチンピラ風情には負けないって!」
ルヴァも宗介がこの場にいる事に驚いているが、今は彼女の救出が最優先。さすがに優先順位を間違える二人ではない。
彼女が連れ去られた出入口への道ができると、二人は一目散にそこから外へ飛び出した。
建物を出て左側。さらに数メートル先ではさっきの連中の一人が車のトランクを派手に閉め、車に乗り込もうとしていた。きっと彼女をトランクに閉じ込めて逃げる気に違いない。
駆け寄ろうとした二人だが、向こうもバカではない。その男がすかさず二人に銃口を向け、一発撃つ。
もちろん棒立ちになったまま弾を喰らう二人ではなかったが、避けた分初動が完全に遅れてしまった。その隙に車は勢いよく走り出してしまう。いくら何でも人力では車に追いつけない。
走り去る車の背を見つめる二人が「もうダメなのか」と思ったその時だ。
車の行く手に眩い光がほとばしる。距離があった事と車の影になっていたために、二人にとって大した事はなかった。
だが、その光をまともに浴びた車の方はとんでもない事態になった。ブレーキのかん高い音。タイヤが激しく軋む耳障りな音。そしてぐしゃんという地に響く轟音。
光が一瞬にして消え失せると、車はホテルの向かいの建物に激突して大破していた。スピードに乗っていなかったから怪我の度合いは大した事あるまいが、シートベルトはしていなかっただろうから、完全に失神した事だろう。
「おお、無事だったか」
二人より先に車に駆け寄っていたのは、何とシーザーであった。裏から回ったのがかえって功を奏したようだ。そして、何故か手にはカメラのストロボが。
「こいつを改良して、護身用の目潰しを作っといたのが役に立ったぜ」
得意そうに笑いながら車の中を見ていたシーザーは、運転席のドアを開けて、そこからトランクのロックを解除した。
ルヴァが勢いよくトランクを開くと、猿ぐつわをされた彼女が入っていた。車の衝突で頭をぶつけでもしたのだろう。完全に気を失っていたが。
もちろん一同は野次馬が集まりつつあるそこを、大急ぎで離れた。

<4につづく>


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