『奇譚・百物語』
「百物語?」
惣流・アスカ・ラングレーが首をかしげる。
「何、それ?」
「……まあ。みんなで集まって、恐い話をするっていう、日本の夏の風物詩ね」
と、葛城ミサトが説明する。セカンド・インパクトの影響で、一年が夏の気候になってしまった今、ちょっと説得力に欠けるセリフではある。
「はん。……」
バッカみたい、と続けようとした時、アスカはふと考えた。
『バッカみたいって答えるのは簡単だけど、こいつらの事だから、「恐い話とか苦手なんだろ?」な〜んて言うに決まってるわ。それで、話に尾ひれをつけてあっちこっちに言いふらして、このあたしに恥をかかせようって魂胆ね。そうよ。絶対にそうに決まってるわ』
深読みしすぎという気がしないでもないが、彼女は、
「へ〜え。何だか面白そうね。あたし賛成」
と言って、勢い良く手を上げる。
「シンジ君は?」
ミサトは、台所で夕食の後片づけをしている、碇シンジに声をかける。
「……え? ボクですか?」
彼は、後片づけをしながら、
「……いいですよ、ボクは。恐い話なんて知らないし」
いつもの調子でボソッと答える。
「……シンジ君。やっぱり、まだ『みんなと過ごす』っていうのは苦手?」
「違うわよ、ミサト。お化けが恐いから行きたくないのよ。きっと」
ミサトの言葉に、アスカが挑発的な口調で言った。
「ちっ、違うよ!」
シンジも後片づけを中断し、反論はするのだが、
「どーだか」
と、軽くいなされてしまう。
「恐くなんかないよ、お化けなんて」
「口じゃ、どうとでも言えるわよ」
「そんな事ないよ!」
「それじゃ、来る?」
「行くよ。行けばいいんだろ?」
口先で彼女に勝てる筈もなく、勢いに流されて返事をしてしまうシンジ。
「は〜い、決定。取り消すのはナシよ。わかった、シンジ?」
立てた人差指を彼に向け、強く言い放つアスカ。その光景を見て、ミサトが大きくため息をついた。
「勢いに流されるタイプね。やっぱり……」
そんなミサトの言葉を軽く聞き流し、アスカはクルリと後ろを向いた。
「……しかし、言い出したのがあんた達っていうのが、ちょっと気になるわね」
入り口に立つ相田ケンスケと鈴原トウジの二人を睨んだまま、アスカが言った。


さて、ここは鈴原宅のトウジの部屋。
部屋の照明が消え、照明器具は人数分の白いロウソクのみとなった。
「……じゃ、まずは私からね」
ミサトは、自分のロウソクを顎の下に持ってきて話し出そうとした時、
「顔が恐い……」
アスカが小声で茶化す。ミサトは無言のまま裏拳で隣のアスカの顔を軽く叩き、話し始めた。
「……ね、ミサト。『丑の刻参り』って何?」
話の途中でアスカが尋ねる。
「夜中の二時ぐらいに、こっそり神社に行って、ワラ人形に五寸釘打つ呪いの儀式」
と、ミサトが手短かに答える。
「ワラ人形?」
「そ。その中に呪う相手の髪の毛なんかを入れて、恨みをこめて釘を打つのよ」
身ぶりまでつけて説明する彼女にシンジが、
「ミサトさん。やった事あるんですか?」
「あ、あるわけないでしょっ!!」
「随分迫力ありましたよ、ミサトさん」
ケンスケもうなづきながら言った。
「あのねぇ……」
ポリポリと頭をかくミサト。
「いてっ。何するんだよ、アスカ!」
アスカは、シンジの髪の毛を持ったままあたりを見回し、
「試してみようかなって。ワラ人形」
その余りの雰囲気の軽さに、シンジは当然怒り、
「なっ、何でボクなんだよ!」
「男がそんな細かい事気にしないの」
「全然細かくないよ!」
「作り話なんだから、心配する事ないわ」
「そう言う問題じゃないよ! も、もし効いたらどうするんだよ!」
「だから言ってるでしょ? 作り話なんだから、大丈夫」
「『大丈夫』じゃないよ!」
「もし死んでも手厚く葬ってあげるから、迷わず天国へ行ってね」
ケンスケもトウジも「また夫婦ゲンカか」という感じで見ていたが、
「やめなさい、あんた達!」
二人の間にミサトが割って入って口ゲンカを止める。
「……ったく、あんた達は」
彼女は自分の髪の毛を抜いて、何故かあったUFOキャッチャーのぬいぐるみの中に強引に押し込んで、自分のヘアピンを人形の頭に無理に差し込んだ。
「……何も起こらないじゃない」
「……はい。わかったら、ケンカは止める」
小さく笑ったミサトはアスカにそう言い、床に置いたビールを取るが、
「あれ、カラか。……確か、冷蔵庫に入れておいた筈ね」
「せやったら、ワシが……」
トウジが立ち上がろうとするが、
「いいわ。自分で取ってくるから、続けてて」
そう言って、彼女は部屋を出て行った。


「……とその時……」
キャアアアアッ!
「……という悲鳴が響いて……って、今の悲鳴!?」
「ミサトさんの声だ!」
シンジが大急ぎで部屋を飛び出した。他の面々も一斉に部屋を出る。
「ミサトさん。ミサトさーん!」
シンジが台所に入った時、動きが止まった。
「どうした、シンジ!」
皆が追いついて台所に入った時、
「ああああっ!」
ケンスケが悲鳴を上げる。他の面々も声を失なう。
そこには、人形にささったヘアピンと同じく、頭から血を出して倒れているミサトの姿があったからだ。
「……ミサトさん! しっかりして下さい。ミサトさん!!」
シンジとアスカが駆け寄って彼女の身体を揺する。。
しかし彼女は、目を閉じてぐったりとしたまま、何の反応もない。
「どうしよう。やっぱり、人形が効いちゃったのかな? どうしよう、アスカ」
手がブルブル震えているのが自分でもわかる。辺りを見回すが、他の全員も完全に放心状態で声も出ない。
「……あ、そ、そうだ。救急車呼ばないと」
シンジの声にハッとなったトウジが、
「そ、そや。早よせんと。急げば助かるかもしれん」
トウジとケンスケの二人で電話へと走る。
「ちょっと待って!」
厳しい口調でアスカがそれを止める。
「なっ、何でや!?」
トウジの言葉を完全に無視して、アスカがシンジに怒鳴る様な口調で言う。
「シンジ。あんたバカ?」
アスカは、抱き起こされているミサトの身体から出ている血を指先で取ると、
「これ、お芝居で使う血糊よ」
舌の先でちょっと舐め、更に続けた。
「こんな近くにいるんだから、血の匂いぐらい気づきなさいよ。ホンット鈍感ね。どーせ、あたし達をびっくりさせてやろうと思って、こ〜んな手の込んだ事したんでしょ」
そう言いながら、ミサトの顔をペシペシと叩く。
「いくらネルフの作戦部長と言っても、このあたしをだまそうなんて百年早いわ」
フッと小さく笑い、一人で「キメ」のポーズをとるアスカ。
「でも、ミサトさん。息してないし……」
「止めてるだけよ」
「顔に血の気がないし……」
「メイクで何とでもなるわ」
「でも、演技でここまで出来る?」
今にも泣き出しそうなシンジの声が響く。
「……」
アスカは、無言のままミサトの手首を取り、胸に耳を押し当てる。
「……で、ミサトさんは」
「黙って!」
トウジとケンスケの言葉を強く遮り、アスカが心臓の音を聞く。
「……心臓の音がしない……」
「そ、それじゃあ!」
「死んだってわけ……」
事態のわりに冷静な口調でアスカが静かに告げた。
「……ウソですよね。ミサトさんが、死ぬわけないですよね」
ミサトを抱きかかえたまま、シンジが力なく呟く。
他の面々も静かにうなだれたままだ。
「ミサトさん……」
涙で声を詰まらせるシンジ。しかしその時、
カタッ。
一同が、音がした方を向く。
「なにっ!? 誰かいるのっ?」
アスカが音のした方へ駆けて行くと、皆のいた所からちょうど死角になる棚の陰に、綾波レイがスッと立っていた。
ただし、手に小型のビデオカメラを持って。
代表でアスカが口を開いた。
「……な、何してんの、あんた?」
「撮影」
彼女はいつもの様に表情を変えず、淡々と言った。
「さ、撮影って……?」
「葛城三佐の命令で」
「……それじゃあ、今までの全部撮ってたって言うの!?」
アスカがレイに詰め寄った。
「そう」
レイの答えに、一同が驚きの声を上げる。
「ケンスケより、隠し撮り上手いのとちゃうか?」
ケンスケとトウジが小さく呟く。
「レイ。ご苦労様」
不意に後ろから声がし、一同がそちらを振り向くと、そこには、笑顔を浮かべたミサトが立っていた。

「出たあぁあぁあぁあぁっっ!!」

悲鳴を上げ、シンジとアスカがサッと引いた。
「何よ……。演技だってバレてるんだから、そんなに驚かなくったって……。あ、あれ? どうしたの、二人とも?」
ミサトが、ボーッと立ったままのシンジとアスカの目の前で広げた手を降る。
その後、二人同時にパタッと倒れた。
「……気ぃ、失っとんのか、二人とも」
「演技だって見抜いた本人がこれじゃあ、説得力ないなぁ」
「やっぱ、こわかったんやなぁ……」
トウジとケンスケがため息交じりに言う。
ミサトは、そんな二人を見て小さく笑い、足下に倒れている自分の人形を見下ろす。
「で、二人とも。『懐かしのどっきりカメラ』って言ってたけど、こんなんで良かったわけ?」
ちょっとやりすぎたんじゃあ、という思いを隠せず、トウジとケンスケに尋ねる。
「ええ。バッチリですよ、ミサトさん」
トウジがVサインで答える。
「そうそう」
ケンスケもそれに答えると後ろを振り向き、
「あ、綾波もご苦労さん」
と、声をかけるが、彼女はただ黙ったまま、カメラを気を失っているシンジとアスカに向けていた。


さて、後日談。
毎日毎日ケンカばかりのシンジとアスカに、『このテープをビデオ投稿番組に送る』と冗談半分で言ったところ、泣いてすがって反対された為、ミサトは『一週間ケンカしなかったら送らない』という条件を取りつけた。
その後一週間。ケンカは全く起こらず、投稿はお流れになったのだが、シンジとアスカは神経的な疲労とたまりにたまったストレスが原因で、入院を余儀なくされたという。
そして、このテープだが、その年の文化祭で上映され、なかなかの評価を得たそうである。

<奇譚・百物語 終わり>


あとがき

この話は1996年3月17日開催のコミックキャッスル(開催地は池袋)に姉が参加する時のコピー本に載せた話です。
いきなり「書け!」と言われて急いで書いたもんです。今から見れば直したいんですけどね。
この日は今は亡き晴海国際見本市会場にて「さよなら晴海! コミケットスペシャル」が開催されてました。
私はこっちにも参加したかったので、晴海と池袋を往復したというバカな事をやったっけなぁ(しみじみ)。

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