『踏んだり蹴ったりのディサーム 中編』
目的地は、細い都道を挟んだ向かいのマンション。
上がったと思った雨は小降りになっただけだった。それでも傘を差すようなレベルの雨ではない。
宗介とクルツはエレベーターを待たずにひたすら階段を駆け上がり、呼び出されたかなめの部屋に向かう。
雨に濡れた共用通路に出た所で、部屋の前に仁王立ちしているかなめが目に入った。
腰まである艶やかな黒髪の先をリボンで縛り、気は強そうだが間違いなく美人と讃えられる容姿。高校の制服の上からでも判る、ほっそりとした身体に似合わぬスタイルの良さ。
そんな彼女の顔が完全に怒りで真っ赤になり、やってきた宗介を睨みつけている。
その様子を見たクルツは「怒髪冠を衝く」という言葉を思い出した。
怒りのあまり逆立った髪の毛が冠を持ち上げたという故事が由来の、「激しく怒る事」の意味の言葉だ。
その逆立った髪の様子を見れば、誰にでもその怒りを察する事はできた。もしかしたら、その腰まである髪が蛇のように襲いかかってくるかもしれない。そう思いさえした。
「どうかしたのか、千鳥」
ところが。そんな様子に全く関心を払わず、幾分不思議そうに訊ねる宗介。かなめはその後ろにいるクルツに気づいた様子もなく彼の胸ぐらを掴み上げると、
「あんたがここにいるのは、あたしを守るためだって、いっつも言ってるわよね?」
ギリギリッと宗介の首が締まる。しかしそれでも宗介は無抵抗のまま無言でうなづく。
「じゃあアレはナニ。あんた、あたしの家のドアに何してくれやがったのよ!」
片手で胸ぐらを掴み上げて揺さぶりながら、もう片方の手でビシッとドアを指差すという、実に器用な事をやってのけるかなめ。
「何やらかしたんだ、一体?」
そのあまりの剣幕に、クルツが割って入った。いくら何でも、目の前で自分の同僚が護衛対象に絞め殺されるのを、黙っている訳にはいかない。
そこで初めてクルツの存在に気づいたかなめは、パッと宗介を離すと、
「えっ、クルツくん、何でここにいるの?」
「何でもなにも。休暇でこっちに来ただけだけど。今夜には帰るんだ」
「何だ。知らせてくれれば何か作ってあげたのに」
久しぶりに会ったクルツを前にちょっぴり和んで、少しだけ怒りが収まったらしい。
「ううっ。優しいなぁ、カナメちゃんは……」
さめざめと泣くクルツ。もちろん演技だしその場の「ノリ」というやつだが。
「そんな事よりこいつよ、こいつ」
急に態度を変えたかなめは、自分の足元に落とした宗介を再び掴み上げた。「そんな事」で終わってしまいガックリしているクルツには目もくれない。
「さあ今すぐとっとと早く答えなさい。あたしの家に何してくれやがったワケ?」
とんでもない早口でまくしたて、宗介を容赦なくガクンガクンと揺さぶりまくるかなめ。だが、これでは答えたくとも答えられるものではない。
とりあえず一〇秒ほどカクテルのようにシェイクしまくってから、かなめはその動作をピタリと止めた。
宗介は、先ほどかなめが「あたしの家のドアに」と言っていた事から、彼女が言いたい事を見当づける。
「君の家に仕掛けた、防犯設備が、どうかしたのか?」
「ぼおはんせつびぃ!?」
かなめは目を見開いて、かなりオーバーに驚いてみせる。もちろん派手なリアクションまでつけて。
確かにこのところピッキングだの空き巣だのの犯罪が目立ってきているので「それならば」と宗介が色々仕掛けをしたのは知っているし、かなめは事情があって今一人暮らし。
女子高生に限らず、女性の一人暮らしは何かと物騒である。「ある程度の」防犯設備をしておくに越した事はない。それゆえに許可はしたのだが。
「……ええ、まあ、確かに『防犯』にはすっごく役に立ってくれちゃったりするかもしれないなんて思っちゃったりするかもしれないけど……」
急に冷ややかな視線で睨みつけながら彼から離れる。
「あたしが家に入ろうとしたらね。よく判らない虫がこんな風に飛んできて、止まったのよ」
かなめは宙の一点を指差し、緩やかなカーブを描いてドアノブを指差す。
宗介とクルツは同じように彼女の指に合わせ視線を移動させる。
「……で、虫がドアノブに止まった途端、バチバチってすっごい火花が散ってね」
バチバチッ、の部分で、かなめは指を鋭く弾くようにパッと広げてみせた。
「その虫の身体が乾いた泥みたいにボロボロッと崩れて……」
「……」
「灰になって床に落ちてったんだけど」
懇切丁寧に説明するかなめが指差した床には、何かの灰が落ちた跡が。もっとも、通路の水分を吸ってよく判らなくなっているが。
思わずその光景を想像してしまったクルツの表情が凍りつく。たとえ虫でもそんな風に崩れていく姿など見たくはない。人間は論外である。
かなめは「判ったでしょ?」と言いたげに胸をはると、
「もし人間がそんな風になったら凄いわよね? シャレや冗談じゃ済まないわよね? 第一こんなんじゃ誰も入れないわよね? そもそも住んでるあたしはどうやって中に入ればいいってワケ?」
立て続けに浴びせられるかなめのもっともな疑問点。
そのあまりの冷淡な視線に、宗介はもちろんクルツも凍りつく。
「ひょっとして、ドアノブに仕掛けた電気トラップの事を言っているのか?」
「仕掛けた本人なんだから、すぐに思い浮かびなさい」
かなめはゴツンと彼の頭を一発殴る。
「それはおかしい。その電気トラップにそこまでの威力はない筈だ。アンペア数を低く設定してあるから、せいぜい失神程度の被害しか出ない」
宗介は自信を持って言い切った。
「……したがって、以前のように頭痛や吐き気、動悸や息切れ、倦怠感などの諸症状が出る筈はないのだが」
「出てたまるかっての!」
負けじと胸をはった(ように見える)宗介の頭を、かなめは再び殴ると、
「けど、そもそも玄関にそんなトラップを仕掛けるバカがどこにいるっての。防犯設備ってんなら、ピッキング不可能な鍵とか、せいぜい防犯ブザーくらいにしときなさい」
怒鳴る気力も失せたように、かなめはため息をついた。
一見して判らないようにそこまで仰々しいトラップを仕掛けてみせた宗介の手腕は、素直に凄いと思う実力である。
だが、その方向性は完全にどこか抜けており、間違いだらけだとも思う。
ブレーキが壊れた暴走特急だって、彼に比べれば相当まともに走ってくれるだろう。
「まぁ家は、今はあたししか住んでないけど、もし他の家族が住んでたらどうする気だったのよ。家族が引っかかったらそれこそ意味がないって」
「だが千鳥。ドアにトラップを仕掛けた事は、今朝話した筈だ。そのトラップを解除するためのリモコンも渡してあるだろう。それはどうしたのだ」
しばし苦しそうに黙っていた宗介。かなめもそれを聞くと、スカートのポケットから小さな四角い物体を取り出した。ボタンがいくつかついた、簡素なリモコンだ。
「利いてないみたいなのよ、これ」
「利いてない?」
かなめは、おうむ返しに訊ね返した宗介の顔面にリモコンを押しつけると、
「ええ。全然、全く、これっぽっちも利いちゃいないわよ」
かなめは「解除する時はここを押せ」と教えられていたスイッチを指差し、
「ちゃんとここを押して、きちんと解除してから入ろうとしたのよ。もし虫が飛んで来てくれなかったら、この電気トラップで灰になってたのはあたしかもしれなかったんだからね!」
マンションの共用通路という事でボリュームは抑えているが、かなめの魂の叫びが響く。
「しかし感電して灰になる、か。どっかのゲームのトラップじゃあるまいし」
「じゃあクルツくん。試しに触ってみる?」
茶化すように口を開いたクルツに、冷淡な視線を浴びせるかなめ。
もちろんかなめにも彼の発言が冗談だと判っているが、その冗談につき合うほど今の彼女に心の余裕はなかった。
両手を振ってその行動を断わったクルツだが、
「けど、リモコンが利かなかったのは確かなんだろ? ちょっと貸してみ」
クルツの差し出した手に、かなめは持っていたリモコンを乗せる。彼は裏蓋を開けて電池の有無・方向を確認し、今度は電池を抜いて中の配線などを調べ始めた。
「う〜ん。ちょっと熱を持ってるくらいで、別段おかしい部分はないと思うけどなぁ、ほら、ソースケ」
分解したままのリモコンを宗介に渡す。彼も同じように観察していたが、
「千鳥。この乾電池は俺が入れた物ではないようだが、どうしたのだ?」
彼の手にある乾電池は、青と銀色の配色がされた、珍しい物だった。
かなめは「ああ、それ?」と前置きをしてから、
「長く使いそうだったからね。コンビニで売ってた新発売の電池ってやつに入れ替えたのよ。オキシライド……とかいうの」
オキシライド乾電池とは、従来のアルカリ乾電池よりもハイパワーで長持ちする乾電池で、つい最近発売されたばかりの電池だ。
大きさは同じなのだが、電池内部の薬品を変える事によって従来品より高い電圧を持ち、それがハイパワーを産み出すのだが、もちろんいい事ばかりではない。
まだ発売されたばかりゆえに、従来の電池で動く事を前提に作られた機械の一部で、うまく動作しない事があるのだ。
特に懐中電灯やストロボ、少ない電圧で動かす物にこのオキシライド乾電池を使うと、かえって壊してしまうケースが多い。
起きる症状は様々だが、正常に動作しなかったり発熱したりといった被害報告もあるし、注意書きにも書いてある。
かなめはそういった注意書きをろくに読まず、新しい電池で「長持ち&ハイパワー」という宣伝文句につられ、少々割高なのをこらえて買って、使ってしまったという訳である。
宗介はつい最近インターネットで仕入れた乾電池の情報を、かいつまんでかなめに話す。
そのオキシライド乾電池が原因で、リモコンが誤作動を起こした可能性がある、と。
すると、かなめの顔がみるみるうちに赤くなっていき、
「じゃ、じゃあ、あたしが悪いっての!?」
よかれと思って取り替えた乾電池が原因と考えるしかないと判り、その原因を作ったのはかなめにもかかわらず、ここまで無遠慮に彼を責めてしまったのだから。
しかし、ここまで一方的に責めた事が、逆にかなめに素直に謝らせる気持ちを押し殺させる事となる。
「け、けど、あんたがこんなトラップ仕掛けなきゃよかっただけの話でしょ!?」
「仕掛ける事を了承しただろう」
「そりゃしたけど、あんたがここまで常識外れな事するとは思ってないわよ!」
「まあまあカナメちゃん、落ち着けって」
口喧嘩にエスカレートしそうなる寸前、クルツが絶妙とも言えるタイミングで止めに入るが、かなめのテンションは落ちなかった。
「そんな場合じゃないわよ!? これから色々家事片づけなきゃならないし、ご飯だって作らなきゃならないんだから」
一人暮らしの女子高生は結構忙しい。それは宗介もクルツも判っているつもりだ。
「……それより何より、七時から衛星放送でジェームス・ブラウンのドキュメンタリーやるのをチェックしなきゃならないんだから! まだビデオセットしてないのよ!」
そう訴える彼女の顔に、明らかに焦りの色が浮かぶ。
彼女がジェームス・ブラウンのファンという事は聞き知っている。この焦りはファン心理がなせる技だろう。
宗介はともかく、クルツはその気持ちはよく判った。
ちなみに時計を見ると、もうすぐ六時。あと一時間しかない。
「ともかく、このトラップ外しちゃってよ、大至急!」
「外すのか? 今すぐという訳にはいかんぞ」
「どのくらいかかる?」
「かなり大がかりな仕掛けにしたからな。全部外すには数時間は……」
その答えを聞いたかなめはとりあえず一発殴っておくと、
「それじゃ間に合わないじゃない! とにかく全部じゃなくても、中に入れるだけでもいいから何とかしなさい!」
切羽詰まったかなめは、無意識のうちに彼の首をギリギリと締め出していた。再度クルツが止めに入り、
「カナメちゃん、落ち着けって。俺もいるんだし、外すのはともかくトラップを騙して君を中に入れるくらいなら何とかなるって」
そこでかなめは思い出した。ライフルが得意というだけで、彼も宗介と同じ優れた傭兵なのである。こうした技術は持っている筈だ。
それに一人より二人でやった方が作業効率もいいだろう。かなめはそう考えると、
「うん、判った。二人にお願いするね」
にっこり笑ってそう言ったが……目だけは笑っていなかった。


一応アルカリ乾電池を入れ直してリモコンを作動させたが、やはり解除はされていなかった。
総て外す時間がない以上、トラップを騙し通すしか方法がない。
自分の部屋へ取って返した宗介が持ってきた、解体に必要な道具一式。それらがかなめの家の玄関前にずらりと並べられる。
そのあまりの物々しさに、思わずかなめは立ちすくんでしまった。
(こんなの、使うんだ……)
使用用途がよく判らない工具の数々を二人は奪い合うように分け合い、さっそく作業に取りかかった。
二人とも、雨が小降りになった事に安堵している。雨が吹きつける中電気回線の解体作業などしていたら、いつこちらが感電するか判ったものではない。
以前から時限爆弾の解体や、様々なトラップの無力化をやってきた二人だ。宗介はもちろん、専門ではないクルツも難なく作業を続けている。
本来の任務であれば、これほど厄介な作業はない。
厳密に言えば、時限爆弾やトラップという物は、その仕組みに幾通りかの「パターン」がある。
決まったパターンがあるという事は、それだけ対策があるし、また立てやすい。
しかし、そのパターンをいかに複雑化するか。解体や無力化をやりにくくするか。
コードやパーツを外しにくいよう何かに埋め込む。どれを切ったらいいか迷うようダミーをいくつも作る。
そこにはそれを作った者特有の癖――本人の性格そのものが出ると言ってもいい。そしてそれは熟練の「専門家」だけが判る事。
目の前の回路から、相手の好きな物、嫌いな物、得意な物、苦手な物、そういった事を含めた趣味嗜好。一切合切を読み取るのだ。
その上で迅速に作業を進めなければならない。その集中力と思考力。そして襲いくるプレッシャーとの戦い。並の神経の持ち主に勤まらないだろう。
だが今回は、それら総てのトラップを作った本人がいるので、そういった面倒な作業は必要ない――
筈だった。
最初に気づいたのは、やはり作った本人だった。
ドアノブに仕掛けた電気トラップを解除するために、繋いでいたテスターのデジタル針を見た時だった。
(おかしい……)
針の指し示す数値が、明らかに異常だった。この数値はありえない。この仕組みで、この装置で。
かなめに渡したリモコンは、ドアノブに流れる高圧電流をストップさせる物だ。それに連動して他のトラップが無効となり、本人は安全にドアを開けて中に入る事ができる。そういう仕組みにしていた。
だから、リモコンのボタンが押された以上、本来高圧電流はストップしていなければならないのだ。
だが、高電圧のオキシライド乾電池を入れてしまった影響か、ストップではなく電圧をさらに上げてしまったらしい。
それならば中の回路が電圧に負けてショートでもしそうな物だが、不思議とその箇所は少ない。
この分だと、回路の他の部分もおかしくなっている所があると見た方がいいだろう。
自分が作った物だからと言って、油断をする訳にはいかない。
宗介は気を引き締め直すと、黙々と作業を進める。
一方のクルツも手先の作業こそややぎこちなさが見えるものの、天井部分に取りつけられた小さなノズルを取り外しにかかっていた。
電気トラップを外しただけで有頂天になって油断してドアを開けると、頭上からスプレー状の塗料が遠慮なく降り注ぐ仕組みだ。
マーキング装置とも呼ばれるこれは、通常の手段ではなかなか落ちない塗料を犯人に吹きつけ、逃げてもすぐ見つけられるようにする物だ。
どう考えても、一般家庭の「防犯設備」に使う物ではない。
だがそれは、彼のマンション前の「防犯設備」を見れば、このくらいの物を仕掛けたであろう事は、クルツには容易に想像できた。
同時に「いくら何でもここまでするかよ」と、口に出さずに文句を言った。
何もする事がないかなめは、二人のプロフェッショナルの「静かな戦い」をまんじりともせず眺めていた。
(うわー。回路ってあんな細かいんだ。それをあんな……すごっ)
何が凄いのか自分でもよく判らないが、一所懸命作業を続ける二人が、普段以上にかっこよく見えた事は確かだった。
しかし。かなめには何もできない。爆弾やトラップに関する知識ならともかく、それを解体するテクニックなど持っていないからだ。こればかりはさすがに知識だけでは何もならない。
「おいソースケ。マーキング装置は外したぜ」
「気をつけてくれ。今はドアにも電流が流れてる」
「何だよ、それ!」
互いに声を掛け合いながら作業が続く。
「マーキング装置って?」
宗介の邪魔をしないように、小声でそっとクルツに話しかけるかなめ。
「ああ。このノズルから塗料が吹き出してな。それを浴びた侵入者は塗料まみれになるって仕組みだ」
クルツはかなめに丁寧に説明してやる。するとかなめはちょっとムッとした顔になり、
「ああ。あの時のやつね。全身真っ赤にされて、なかなか落ちなくて大変だったわよ」
夏の終わりの文化祭準備の時、宗介が例によって「勘違い丸出し」で作った入場歓迎ゲートに仕掛けられていた物をもろに浴びた、痛々しい経験が蘇る。
「全身真っ赤ねぇ。シャア専用モビルスーツじゃあるまいし」
「あたしもおんなじ事言った」
かなめとのたわいないやりとりで緊張をほぐしたクルツは、今度はこれまた天井に隠してある小型のセントリーガン(自動追尾型迎撃銃)の撤去に取りかかった。
セントリーガンとは、設定した一定範囲内にいる「動く物」を問答無用で撃つ代物だ。
もちろん、普通はこの様に一般家庭に設置されるものではない。
宗介のマンション前の「防犯設備」を見ていたクルツでも、やはり「ここまでするか、このバカは」と声に出さずに文句を言った。
このセントリーガンの仕掛けも、そう複雑な物ではない。破壊等でこのセントリーガンの機能が停止すると同時に先程取り外したマーキング装置が起動する仕組みのようだ。
しかしすでにマーキング装置の方は取り外し済だ。素直に壊しても何も起きないだろう。
「……おいソースケ。そっち、ずいぶん時間がかかってないか?」
「仕方ない。他のトラップへの注意を逸らすため、電気トラップの方に重点を置いた。回路もいくつものダミーを作ってあるからな。時間がかかって当たり前だ」
憎まれ口のようにも聞こえる宗介の言葉。長いつきあいでそうではないと判っていても、クルツはしかめっ面になり、
「マーキング装置やセントリーガンは問題なさそうだ。電気トラップだけだろうな、問題は」
「そうだな。やはり妙だしな」
二人の男が神妙な顔を浮かべ、小声でやりとりをしている。
それが、何も判らないかなめの心を暗く沈ませるには充分以上の効果があった。
「妙? 妙って……何が?」
二人にそう訊ねるかなめの顔は、少し血の気が引いて青くなっていた。
クルツは自分達の会話が彼女を不安にさせてしまったと察し、
「済まないカナメ。不安にさせちまったか」
無理もない、とため息をつくクルツ。それから作業中にもかかわらず、わざわざかなめの方に向き直り、
「大丈夫だって。こう見えても俺達はプロだ。時間までには何とかしてみせるぜ」
ビシッと親指を立てた拳を突きつけてみせる。
「すぐ、という訳にはいかないが、最善の事はする」
宗介は目の前の回路から目を離さずに淡々と告げた。
「最善の事はいいけど、何なのよ『妙だ』って。気になるじゃない」
二人の器用とは言えない心遣いは判る。だが一度気になり出すと止まらなくなる。
たとえ理解できようとできまいと、「こんな感じだ」という物は知っておきたかったのだ。
そして、そのかなめの訴えは、二人にも理解できた。
宗介とクルツは暗くなりつつある通路で顔を見合わせる。
そして数回のアイ・コンタクトの末、宗介が重そうに口を開いた。
「実は……」
かなめが一言も聞き漏らすまいと、身を乗り出した。そこで告げられた言葉は――
「実は、回路がかなりおかしくなっているのだ」

<後編につづく>


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