『踏んだり蹴ったりのディサーム 前編』
バタバタバタバタ……。
雨音が窓ガラスを叩く音が、しんとした部屋に静かに響いている。
さっきよりも音が大きくなった所を見ると、風も強くなったのだろう。
エアコンのスイッチを入れようとリモコンを手にしたが、無駄なのを思い出した。
だが、外が大雨では窓を開ける事もできない。事実室温も若干増し、湿度も高くなっているのが肌に伝わってくる。
雨粒でろくに見えない窓の向こうの景色を、憎々しく、そしてため息混じりに見つめていた。
(確か、梅雨の時期はとっくに過ぎてた筈だよなぁ……)
日本の気候を思い出し、何の気なしに流れ落ちる雨粒を観察している。
先程からそんな事をしているのは、筋の通った目鼻立ちの二〇歳前後の男だ。
少しくせのある金髪に、宝石のような碧眼。身長もあるし、まるでモデル雑誌から抜け出たような、文句なしの美形である。
これで着ている服がTシャツに野戦服のズボンでなければ、もっと良かったかもしれない。だがそのくだけた格好がかなりさまになっているのは、元がいいからか。
彼はクルツ・ウェーバーという。ドイツ出身だが、中学までここ日本にいたのでドイツ語よりも日本語の方が得意だし、愛着もある。
そんな彼だが、現在はオーストラリアに本社がある警備会社「アルギュロス」の警備員。
というのは表向きの身分。その正体は多国籍構成の極秘傭兵部隊<ミスリル>所属のエリート軍曹である。
狙撃に関しては部隊の――いや<ミスリル>全体でも彼の右に出る者はいないだろう。
その表情は外見の発するイメージ通り、クールな視線で冷めた世の中を見つめる、そんな雰囲気を抱かせる。
だが、プルタブを開けっ放しだったバドワイザーを一気に流し込むと、
「ナニしてやがんだよ。ソースケのやつ!」
それまでのクールなイメージが一転。タダのくだ巻く中年オヤジのように怒鳴って、片手で握り潰した缶を部屋の角に叩きつける。もちろんいら立ちまぎれに。
缶は鋭い音を出して跳ね返り、雨音に負けない音を立てて部屋を跳ねた。
「人がせっかく貴重な休暇を使って東京くんだりまで来てやったってのに。肝心のあいつはどこでナニしてやがんだか……」
ぶつぶつ文句を言いながら、テーブルに投げ出すようにして置いた、もう一つのバドワイザー六個缶セットの封を解き、荒っぽくプルタブを跳ね上げる。
荒っぽく扱ったためだろう。飲み口からこぼれ出ようとする白い泡を口先で器用に吸い取り、再び缶を傾ける。
すっかりぬるくなってしまったので、美味くも何ともない。だが、今冷やして飲む事はできない。
なぜかと言うと、この部屋の総てのブレーカーが完全に作動しなくなっているからである。
原因はこの部屋の住人――ソースケこと相良宗介。彼が帰って来てから聞き出すつもりでいる。
彼もクルツと同じ<ミスリル>の軍曹。属しているのは同じ部隊の上、よくチームを組む仲だ。
しかし宗介は今、部隊の基地がある南海の孤島・メリダ島より、ここ東京で「一高校生」として過ごす日々が多くなってきている。さる人物の護衛のためである。
だが、幼少の頃から戦争と隣り合わせの生活を送ってきた彼は、半年以上経っても未だに戦場以外の地域に適応し切れていない部分が多い。
その不適応具合による「誤解」が産み出す騒動の数々は、ずいぶん前に指折り数えるのを止めている。
おそらくその「誤解」が発端なのだろうと、クルツは見当をつけた。
しかし。一体どういう仕掛けをしたのか、その分野にうといクルツに知る術はない。
ブレーカーが作動しないという事は、オンにしても電化製品の電源が入らないという事。
電源が入らなければ、エアコンも冷蔵庫もテレビもタダの四角いオブジェに過ぎない。
(ブレーカー潰すか、あのバカ……)
不適応も、ここまでくれば大したものだと、逆に関心すらしているクルツ。もちろん皮肉だが。
そんな訳で、大雨のせいで換気もできない蒸した部屋の中。冷やす事ができない缶ビールを飲むしかないのである。
なぜ缶ビールか。それは水道も出ないからである。おそらく宗介がこちらにも仕掛けをしたのだろう。
この分ではガスもきっちり使えないようにしてあるに違いない。そういった意味では、宗介はものすごく「律儀」なのである。
だが律儀にも限度がある。うまくもないビールをあおりながらクルツは一人ごちた。
帰ってきたらあれこれ難くせつけてストレス解消してやる。文字どおりヤケ酒をあおりながら、部屋の中で唯一動いている時計を睨みつけた。


その時計の針が「12」と「5」をそれぞれ指した頃、部屋の外にピンと張りつめた空気を感じた。
(……来たか)
空になった缶を音も立てずにそっと置くと、じっと耳を澄ませる。
マンションの入口で何やらごそごそと微かな音。少し経ち、何かきしっと小さな金属音。
そこで彼が感じたのは、気配を殺した人間の気配。殺しているのだから本来気配を感じる事はないのだが、そこはそれ。エリート軍曹の肩書きは伊達ではない。
どんな探知機でもかなわない「鍛え上げられた勘」が侵入者の一挙手一投足を如実に彼の脳裏に伝えている。
(侵入者は……俺の方かな)
口の端で小さく笑うと、数秒後にやってくるであろう「侵入者」を待った。
「……やはりクルツか」
音もなく突き出された銃口。不意を打たれても対処できるよう、身体の半身だけを出して、部屋の入口に立っている、ざんばら髪のよく見知った「侵入者」。
「よぉ、相棒。遅かったな」
演技も加えてわざとらしく不機嫌な声を出す。クルツは相棒――相良宗介が腰のホルスターに銃をしまうのを確認してから、
「色々言いたい事がある」
「何をだ」
極力しかめっ面にならないように我慢している無表情なクルツと、むっつりとした顔のままカバンを置き、制服の上着を脱ぎながら応対する宗介。
「何でブレーカー切ってやがんだ?」
「節約のためだ」
間髪入れずに簡潔に答えを返す宗介。
「以前やっていた『これがプロの節約術だ』とかいうテレビ番組で紹介されていた。電化製品の待機電力の節約に役立つそうだ」
クルツは当然その番組は知らないが、彼の言いたい事は判る。
テレビ、ビデオデッキ、パソコンに到るまで、電化製品というものはたとえ主電源を切っていてもほんのわずかだけ電気を消費するのだ。
「塵も積もれば山となる」のことわざがある通り、長期間で見れば決してバカにできない。しかし、
「けどよ。それって普通コンセントの抜き差しでやるモンだろ?」
「ブレーカーの方が早い。それに一か所で済む。合理的だ」
クルツの不満もこれまた淡々とした答えで返される。
「じゃあナニか? 水道が出ないのもガスが出ないのも、ぜ〜んぶその『節約術』とかいうヤツか?」
「その通りだ」
極めて事務的な返事だけをよこす宗介。会話になっているようで、実は全く会話になっていない事に、クルツは豪快にため息をつくと、
「お前。物には限度があるって言葉、知ってるか?」
「無論だ。だからブレーカーを破壊しなかった」
制服から私服に着替え終わった宗介は、何やらブレーカーの辺りをいじっている。
「この部屋の物を破壊した場合、将来退居する時に修理代と違約金を取られるそうでな」
「……」
言いたい事は判るが、クルツが意図した答えとはもちろん全く違う。再び豪快にため息をついた。
「確かにここはお前の部屋だけどさ。一応<ミスリル>のセーフ・ハウスって事になってんだぜ? もし他の連中が来た時どうするんだよ? 姐さんとか、テッサちゃんとか」
「姐さん」はともかく「テッサちゃん」の部分で、宗介の手が一瞬止まるのをクルツは見逃さなかった。
「ほぉほぉ。ムッツリ根暗軍曹くんも、テッサちゃんにはかなわないってか」
さしもの宗介も、同い年の「上官」の名を出されては弱い。
その宗介の反応に、今まで貯まっていたストレス解消とばかりにゲラゲラと笑い飛ばす。
作業が終わったらしく、憮然とした顔のまま宗介が戻ってきた。
「もう大丈夫だ。電気・ガス・水道、総て問題なく使える」
それを聞くが早いか、クルツは残っていた缶ビールを冷蔵庫にしまいこむ。数時間もすればキンキンに冷えたビールが飲める事だろう。
「確かに電気を切っておくってのは節約になると思うぜ?」
クルツはノートパソコンに向かった宗介の背に話し出した。
「けどよぉ。外の電気メーターが動いてないって訳だから、一発で留守って判って、空き巣に入られるんじゃねえのか?」
古典的な方法だが、電気メーターの動きで留守か否かを判断するケースは多い。
空き巣をはじめとする泥棒の種類は多いだろうが、やはり留守の家を狙うのがセオリーだろう。
「トラップは幾重にも張ってあるが……確かに考えを改める必要はありそうだな」
パソコンのキーを叩く音を休めずに、宗介は続けた。
「何せ、貴様に突破されてしまった程度のトラップだ。明日からは強化しなければなるまい」
「お前ねぇ。俺だって一応トラップ外しは得意なんだぜ?」
昔からやって慣れている宗介がいるため目立たないが、クルツもトラップを仕掛けたり外したりするのはかなりのレベルだ。
もし<ミスリル>以外の軍隊であれば、よほど特殊か専門的な部隊でない限り、彼の実力は並の兵士を凌駕しているだろう。
「しかしお前さぁ。電気トラップにガストラップ。挙げ句の果てにはサイレンまで仕掛けるか普通よぉ。しかも入口一か所に」
いちいち指折り数えて仕掛けられていたトラップを列挙し出すクルツ。だが宗介は相変わらず淡々と、
「それしか気づかなかったのか? もう一つ仕掛けていたのだが」
「うそっ」
「それに気づかず扉を開けると、俺の携帯が鳴るようセットした」
詳しい仕組みは知らないし聞く気もないが、やはり宗介の方が一枚上手のようだった。宗介はどこか得意そうに、
「ライフル以外は苦手のようだな」
「そうじゃねぇだろ」
クルツは宗介の脳天に容赦なく手刀をお見舞いする。彼にしてみれば、単なるツッコミだ。
だが宗介は素早く滑るように横に逃れると、彼のこめかみに銃を突きつけた。
「何の真似だ」
「それはこっちのセリフだ。単なるツッコミなんだから素直に喰らっとけ」
「ツッコミとは何だ。新手の技か」
「違うっての。……お前、やっぱりお笑い番組とか見ないか。最近日本じゃ流行ってるっていうけど」
クルツは空いた手で宗介の銃を追いやると、どこか呆れたような笑いを浮かべた。
「流行っているという情報は聞き知っている。だが、何が面白いのかさっぱり判らん」
宗介はそう言うと銃をホルスターに戻し、再びパソコンに向かった。
「ま、お前にゃ無理だろうな」
そう言うと遠慮なく宗介の背をバンバン叩いて大笑いするクルツ。
「しかし何でまた、いきなり『節約術』なんだよ。そこまで金に困ってるのか?」
極秘の傭兵部隊である<ミスリル>。傭兵を雇うにはそれなりの金が不可欠。しかも彼らのようなエリートとなると貴重な人材であるゆえに、その任務には常に危険がつきまとう。
実際、並のプロ野球選手くらいの給料はあるのだ。
それに宗介はあまり浪費家ではないし、お金のかかる趣味を持っている訳でもない。
確かに自前の武装には金がかかるが、給料が底をつくような物は一切買っていない。
にもかかわらず、節約しなければならない理由。
本当は、宗介が今「金に困っている」理由を、クルツも知っているのだが。
「経費で落ちなくなって、ずいぶん経つからな。さすがに心もとなくなってきている」
宗介もさすがに気にしているらしく、パソコンのキーをタイプする音が少しの間だけ止まった。
「も少し器用に立ち回れ……たら苦労しないか」
「この日本はいくら何でも無防備すぎる。必要な措置だ」
「必要な措置って。グラウンドに地雷埋めたり、フェンス上の鉄条網に高圧電流流したりするのが『必要な措置』かよ」
理由とは、戦場とは無縁の日本での学園生活にもかかわらず、未だあらゆる事の判断基準が戦場のままな事。
怪しいと見ては発砲し、不用心だとしてトラップを仕掛けたり、爆破してみたり。
それゆえ学校では器物破損の常習犯と認識されているらしい。その度に修繕費を全額負担しているそうだ。
さすがに銃弾は非殺傷兵器のゴム製スタン弾に変えているようだが、当たっても死ぬ事はないにせよ、死ぬほど痛いのだ。
そんな事を毎日のようにやっていたのでは、確かにどんな大富豪もあっという間に破産するだろう。
「ちなみに、今日は何やらかした?」
クルツは、ただの興味本意で訊ねてみた。すると宗介は、
「今日の放課後、千鳥の靴箱に彼女以外の誰かが開けた形跡を発見した。何が仕掛けられているか判らんから、不用意に開ける事もできん。それで……」
「爆破でもしたってか?」
彼の言葉を遮って、クルツが冗談混じりにその先を言う。だが、宗介の言葉がピタリと止んでしまったので、
「……マジかよ」
クルツの方がどんよりとした表情になった。
「よく捕まらないな、実際」
「すぐ捕まるほど間抜けのつもりはない」
「そうじゃねーって」
クルツは再びツッコミの意味の空手チョップを脳天に降り下ろす。今度はそれを避けずにきちんと喰らう宗介。
「しっかし。カナメも気の毒になぁ。こんな大ボケ男がそばにいるんじゃあ……」
クルツはこのマンションの向かいに建つマンションに住んでいる、千鳥かなめの事を思い浮かべた。
元々彼らは彼女を秘密裏に護衛する任務を受けて日本に来て、彼女と知り合った。
その護衛任務自体はすでに解かれているものの、宗介だけは自分の意志で日本に留まる道を選んだ。
それを聞いた時クルツは「この朴念仁にも人並の恋心が芽生えたか?」と手放しで喜んだものだ。……実際は違うようだが。
「今日カナメは家にいるんだろ? 今から行ったら、ご飯作ってもらえるかね?」
「止めておけ。今の彼女は手に負えない」
宗介は動きを止め、固い声でぼそっと呟くように言った。
そう言えばたった今彼女の靴箱を爆破したと聞いたばかりだ。機嫌がいい訳もないだろう。
充分美人の範疇に入り、かつ料理の腕はプロ並。レパートリーも豊富。そんな彼女にご飯を作ってもらえれば、どんなに幸せな気分か。
普段基地の食堂で、大してうまくもない納豆ご飯や日本酒しか口にできない彼にしてみれば、「彼女の手作り」というだけでも立派な「ごちそう」なのである。
そういうクルツの微かな希望を、いともあっさり粉々に砕き切ってくれた訳である。このムッツリ根暗の大ボケ軍曹は。
「あ〜あ。せっかくカナメの手料理をたらふく食えると思ってたのに。お前の事だからロクな食材買い込んでねぇだろ。男二人でカップラーメンやスーパーのお惣菜を食べるってのは……あ〜〜〜空しいぜ」
真っ白に燃え尽きたようにガックリとうなだれるクルツに、宗介は、
「そうでもない。最近の即席麺も惣菜類も、味が格段に良くなっているそうだ」
「どうせそれ、カナメの受け売りだろ」
刺々しく言い返したクルツは、何かを演説するように部屋の中をうろうろと歩きながら、
「違うんだよ、俺の言いたい事は。食い物ってのは食えりゃいいってモンじゃないだろ」
仰々しく身ぶり手ぶりも加えて、彼の熱弁は続く。
「料理、いや食い物ってのは、味が重要なんだ。うまい料理を食う。これぞ究極の食事だ」
だが宗介は特に興味を持たず、パソコンに向かっている。クルツはさらに続けた。
「しかし。うまい料理だけでは無意味なのだ。そばにはカワイイ女の子。それもその料理を作ってくれた女の子が必要不可欠。やっぱこれでしょ、これ」
心から出た言葉は、相手の心に達すると云う。だが彼の心からの言葉に、宗介の心が揺れ動く事はなかった。
「食事と女とが、なぜ結びつくのだ」
宗介はぶっきらぼうに一言呟くと、作業が終えたパソコンの電源を切った。
「お前がいつも言っている、『女をゴチソウになる』というやつか?」
数秒考えた後に出た言葉。それを聞いたクルツは、
「全っ然進歩してねぇな、やっぱ……」
目を点にしてぽかんとするクルツ。マンガだったらディフォルメされ、太めの線のみで描かれている事だろう。だがすぐさま立ち直ると、
「しょうがねぇ、今日はヤケだ。パーッと飲み食いしてやるからな、お前の金で」
「なぜ俺なのだ」
「客を振る舞うのは家主の務めだろ」
「いつ俺が家主になった」
憮然と文句を言う宗介に、クルツは彼の肩をポンと叩くと、
「細かい事は気にすんな。とにかくメシにしようぜ。幸い雨も上がったみたいだしな」
雨音の止んだ窓を見て、クルツが笑顔を浮かべる。だがすぐさま宗介を一瞥すると、
「言っとくけどカロリーメイトだけとか、干し肉だけなんてメニューはお断りだぜ」
「好き嫌いを言うのは贅沢だろう」
「好き嫌いじゃねぇ。アレのどこが『食事』だ!?」
ともかく侘びしいのを通り越している宗介の食生活に、当然のごとく文句をつけるクルツ。だがクルツの言い分の方が明らかに正論だろう。
クルツがさらに言い分をぶちまけようとした時、部屋に小さく響いた音があった。
「何だこれ……携帯か?」
独特の味気ない電子音を聞いたクルツが、意味もなくきょろきょろして音の発信源を探してしまう。
一方宗介は制服のポケットに入れっぱなしだった携帯電話を素早く取り出し、電話に出た。
「はい、こちらサガ……」
『あんたナニしてくれたのよーーーっ!!』
耳をそばだてなくとも充分聞き取れる音量の女の声が携帯から轟いた。まさに「雷」と形容するのがぴったりの。
大音量に顔をしかめていた宗介が、しばしの間を置いて、
「どうしたのだ、千鳥」
電話の相手である千鳥――千鳥かなめに向かって訊ねる宗介。
『どうしたもこうしたもないっ。五秒以内にこっち来なさいっ!!』
と、非常に無茶苦茶な事を怒鳴り、一方的に電話は切れた。
それはまさに嵐。外を吹き荒れていた風雨もかくやというほどの。
思わず両耳に指をつっこんでいたクルツは、耳の穴から指を抜くと、
「お前、何をしたんだ、一体?」
「何をしたと言われても。放課後に彼女の靴箱を爆破してはしまったが……」
そう真面目に語る宗介に、クルツは三たびツッコミを入れると、
「そりゃ怒るだろうけど『今すぐ来い』ってんだから、その件じゃないと思うぞ?」
宗介はしばし考え込んだ。
かなめ曰く「何か考えているようで、その実何も考えていない」表情でしばし黙り込む。
「……やはり見当がつかん」
クルツは四度ツッコミの手刀を振り下ろした。
「んな訳あるかよ。カナメがあれだけ怒ってんだ。お前以外に原因があるとは思えん」
かわさずに手刀を受けた宗介は頭をさすりながら、
「よく判らんが、行くしかあるまい」
「……そうだな。ついでに夕飯でもごちそうになれれば御の字だ」
男二人は急いでマンションを飛び出した。

<中編につづく>


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