『女神と天使のディアリスト 後編』
外を見ると、雨は本格的に降り出していた。
「……どうしましょうか、メリッサ」
テッサは、ソファーの上に腰かけていたボン太くんのぬいぐるみの頭をぽんぽんと撫でている。
「そうね。もう一回電話してみる?」
酒が入ってとろんとした目で携帯電話を取り出すが、電池が切れかかっていた。
「……これじゃかけらんないわね」
そう言ってポケットにしまい直す。
帰る時間を考慮すると、あと一時間もいられない。それまでに彼が帰ってこなければ、ここまで来た事自体が無駄になってしまう。
だが、テッサの心情を思うと「諦めて帰ろうか」と尋ねられないマオだった。
(決着がついちゃってるとはいえ、たまの休暇くらい好きにさせてやりたいしね)
二人のそんなやり取りを聞きながら、かなめはキッチンでてきぱきと夕食の準備をしていた。
「え〜っと、ベーコンはある。牛乳もある。チーズもある。……よし」
冷蔵庫の中を見ながらぶつぶつ呟いていたが、どうやらメニューが決まったらしい。
「テッサ。マオさん。夕飯スパゲティでいい?」
「何でもいーよー」
投げやりにも聞こえるマオの声がする。
「カナメさん、わたしも手伝います」
「いいよ、テッサは。今日はお客さんなんだから。ゆっくりしてて」
キッチンにこようとするテッサをやんわりと止める。「お客さん」と呼ばれて少々複雑な面持ちではあったが、それでもゆっくりとかなめの元にやってきたテッサは、
「カナメさん」
「なに?」
かなめはベーコンを刻む手を止めて振り向くが、テッサの暗い表情を見て小声で尋ねる。
「どうしたの、テッサ?」
「……カナメさんは、心配じゃないんですか?」
「心配って?」
かなめの朗らかな返答に、テッサが言い淀む。しかしすぐに気を取り直して同じく小声で、
「サガラさんの事に決まってます。どこへ行ったのかも判らない上に、連絡もないんですよ」
かなめは温めたフライパンに、オリーブ・オイルとニンニクを入れて炒めていた。その手が少しだけ止まる。
「そ、そりゃちょっとは心配だけどね。多分大丈夫よ」
少しだけ黙したあと、あっけらかんと言い切った言葉に、テッサが過敏に反応する。
「多分って。そんないい加減な……」
かなめは、そんなテッサの反応を見て小さく笑うと、
「そんな気がするだけよ。根拠は全然ないんだけど」
そう言いつつも料理を続けるかなめの横顔を見て、テッサははっとなった。
かなめも心配なのだろう。一瞬止まった炒める手がそれを表わしているように思えた。おそらく、これがかなめの本心なのだ。
しかしそれ以上に驚いたのは、さんざん悪口を言っていても、いざという時には何の根拠もなく無防備なくらいに彼を信用できるところだろう。それが強がりであっても。
二人で幾多の困難を切り抜けて共に暮らすうちに、確実に二人の間には何かが芽生えていたのだ。少なくとも「根拠はないが大丈夫」と言えるまでの何かが。
それが戦う事しか知らなかった宗介を少しずつ変え、戦う道しか選べなかった自分を後悔させているのだ、と。上官と部下ではこうはいくまい。同じ立場で暮らす二人だからこそ得られた信頼感、と言うべきか。
(カナメさん、やっぱりずるいです。こんなにサガラさんと仲よくなっているのに……)
目の前の親友を少しだけ恨んだが、
「そうですよね。わたしがサガラさんを信頼しなきゃ。上官……いえ、友達として」
「友達」を妙に強調するテッサ。その笑顔を見たかなめも、同じくらいの笑顔で返した。


かなめが作ったのは、カルボナーラのスパゲティだった。
「へえ、さすがね」
感心したように口笛を吹いたマオ。スパゲティの盛られた大皿から湯気と共にチーズと胡椒の食欲をそそる香りが立ち上る。
「まぁ、作り方はちょっと自己流入ってるけどね」
生クリームを使わなかったのでさらっとしているが、牛乳だけでも十分おいしく作れる。
かなめは小皿に取り分けながら、テッサがうつむいたままなのに気がついた。
「どうしたの、テッサ? カルボナーラ嫌いだった?」
その言葉にはっとして、慌てて首を振る。
「いえ。嫌いという訳じゃないんです。いただきます」
テッサはだいぶ前、宗介のために作ったカルボナーラ・スパゲティの事を思い出していた。
(サガラさんは……やっぱりカナメさんが作った物の方が、好きなんでしょうね)
考えながらだったせいか、フォークに絡まりすぎて団子状になったスパゲティを渋い顔のまま口に放りこむ。
(……おいしいです。悔しいですけど)
一人暮らしゆえの自炊で料理に長けているだけの事はある。その点はテッサも素直に認めた。
「ソースケは、いっつもこんなおいしい料理食べてんのね。あ〜うらやましい」
マオが大皿からおかわりを取り分けながらしみじみと言う。それを聞いたかなめは、
「そんな。いつもじゃないですよ。ホント気が向いた時だけで」
少し照れくさそうに視線を逸らすと、あきれ顔のまま続けた。
「あたしが言わなかったら、何でできてるんだか判らない怪し気な干し肉とか、クソまずい軍用食料しか食べないもん、あいつ」
「そんな食生活してるんですか……」
かなめの言葉に、さしものテッサもぽかんとする。
「うん。どうせソースケの事だから『栄養摂取と空腹が満たせればいい』なんて言うんだろうけどさ。干し肉とか軍用食料に、どれだけ栄養があるってのよ」
干し肉や軍用食料は携帯性や長期保存を第一として作られているので、味や栄養面に関してはあまり考えて作られていない。
「上官命令でも何でもいいからさ。少しはマシな物食べるように言ってよ」
「それはさすがに命令する事じゃ……」
かなめの言葉に、さしものテッサも曖昧に苦笑いするだけだった。
「……ん。近所で何かあったのかな?」
テーブルに放ったままにしてあった回覧板を眺めていたマオが言った。その反応にかなめとテッサの視線も自然とそこに向かう。
「いや。チョーフ市って書いてあるから、多分近所かなって思ったんだけど」
マオは日本語の会話はできても、文字の方はまだ達者とはいえないので、ところどころしか理解できないのだ。
かなめがテーブルに広げた回覧板を覗きこむと、行方不明になったペットがバラバラになった惨殺死体で発見されるという、食事時には勘弁してほしいニュースについて書かれていた。
「ひどい事する人もいるよね。この間も近所の幼稚園のウサギが殺されたらしいし」
それを説明したかなめもうなづきながら回覧板を見ている。
「『昨年春から起きているこの連続殺傷事件は、バラバラになった手足の一部が未だ発見されていないケースもあり』……!?」
「物騒ねぇ、ニッポンは……」
日本語の読み書きも達者なテッサが読み上げた記事の内容に、心底憐れむように呟くマオ。
(現役の傭兵に言われるようじゃ世も末ね)
かなめも心底空しくなった。
あとはお定まりの「火災に気をつけよう」だの「町をきれいにしよう」といったチラシが挟まっているだけだった。
「それにしても、可愛い犬やウサギを惨殺するなんて許せないわね」
さっきの記事を思い返したかなめが口をヘの字にして怒っている。
「きっと……性根の腐りきった、陰険で根暗な変質者の仕業ね」
「犬はどうか知らないけど、ヨーロッパの方じゃウサギの料理はポピュラーだって言うけどね」
マオはそう言って缶ビールを飲み干す。が、その発言に異を唱えたのはかなめだ。
「ウサギを食べちゃうんですか!?」
「何もあたしが食べる訳じゃないわよ。文化的な問題」
マオからしてみれば子供じみた発言をぴしゃりと黙らせ、
「ニッポンにだってイナゴの料理があるって聞いたけど、あたし達からすれば不気味以外の何物でもないし」
かなめ自身はあまり好きではないが、日本ではイナゴを丸のまま佃煮にした料理が昔から食べられている。虫の姿がほぼ原形をとどめているそれを不気味に思う気持ちは理解する。
「けど、犬を食べるヤツはいるかしらねぇ?」
マオは冗談半分にけらけら笑いながらスパゲティをかきこんでいる。
「あの……」
テッサがスパゲティを食べる手を止め、血の気の引いた顔のままぼそりと言った。
「わたし、ふと考えてしまったんですけど……」
「何を?」
かなめがスパゲティをもぐもぐとさせている。
「ペット達は手足や胴体をバラバラにされて、しかもその一部は見つかってないんですよね?」
テッサは気持ち悪そうに口に手を当てると、静かに続けた。
「もしも……もしもですよ。ひょっとしたら、サガラさんの『怪し気な干し肉』の材料って……」
『……!』
その場の一同の動きがピタリと止まる。
「昨年春からって、時期も一致してますし……」
生け捕りにしたペットの息の根を止める。血を抜いて、皮を剥ぎ、適度な大きさに切り刻んで……。
「テッサ。それはいくら何でも……」
「いくら戦争バカのソースケでも、そのくらいの分別はあると思うけど……」
思わず想像してしまったマオとかなめがどんよりとした目でテッサを睨む。
「わたしだって、サガラさんがそういう事をする人とは思ってませんけど。あ〜、だから『もしも』って言ったじゃないですか! 引かないで下さいよ」
皿ごとテッサから離れようとする二人に追いすがるテッサ。
そんな時、マオが拳銃を手に音もなく立ち上がった。唇に人さし指をあてて「静かに」のサインを送る。
それから手で「伏せてて」と言うと、足音を消してすすすと玄関に近づいて行く。もちろん玄関ごと撃たれないように警戒しながら。その手際は、とても二リットル近いアルコールが入っているとは思えないほどだ。
すると、ドアの向こうで小さく鈍い音がし、ドアノブが奇妙な方向にねじれた。
それから何者かは、細く開いたドアの隙間に針金をさし入れてチェーンロックまで外す。
(何者……?)
ドアの向こうから、押し殺した強烈な殺気が漂ってきている。うまく押し殺してはいるが、まだ甘い。
マオは玄関に一番近い部屋の入口に身を潜めると、ゆっくりと拳銃のセーフティを外し、すぐにでも発砲できる準備をする。
(さあ来な、クソ野郎!)
そう思った時、ドアがほとんど音も立てずにゆっくりと開いた。足音も消している。完全にプロのやり方だ。
押し殺した人間一人分の気配がだんだん近づいてくる。
あと五〇センチ。四〇センチ。三〇センチ。
そこでマオは部屋を飛び出し、侵入者に銃口を突きつける。相手も全く同じタイミングで銃口をマオに突きつけた。
「ソースケ!?」
「マオ!」
二人の声が重なる。あと一瞬反応が遅かったら、ためらいなく引き金を引いていたところだ。間一髪である。
そう。侵入者は宗介だった。ずっと雨に打たれて走っていたのだろう。少し青ざめた顔に濡れた髪の毛が張りつき、あちこちから大粒の雫がぽたぽたと落ちている。
濡れた夏服のシャツが肌に貼りついて彼の身体にまとわりつき、制服のズボンもぐっしょりと濡れて色が濃くなっていた。
その声を聞いて、かなめとテッサが駆けてくる。二人を見た宗介は目を丸くして、濡れねずみのままその場に棒立ちになっていた。
「……どうなっている? 二人はここに監禁され、監視の目を盗んで俺に連絡をしたのではないのか?」
今度はかなめとテッサがきょとんとする番だった。
「はぁ? あんた何言ってんの?」
「わたしは、ここでメリッサと夕食をごちそうになっていたんですけど……?」
「おかしい。確かに千鳥が『助けてくれ』とノイズ混じりの電話をしてきたのだが」
「かなめが電話をしてきた」の部分に、ほんの少し不機嫌な顔をするテッサ。そこでかなめのPHSが呼出し音を奏でる。液晶画面を見てみると、来たのはメールだった。
《連れてきたぞ。これで満足か W》
画面にはその短い一文だけが表示されていた。それだけで、宗介の行動の原因が判ったかなめはぷっと吹き出すと、部屋に引き返してタオルを持ってきた。
かなめはそのタオルを彼の頭に被せると、
「ま、その言及は置いとくとして。一番重要な事を教えてもらわなきゃならないんだけど」
一応笑顔を浮かべたまま宗介に、
「あんた、こんな時間までどこでナニしてたの?」
言われたテッサも、さきほどまでの議論を思い出し、
「サガラさん、話してもらえますね?」
妙に切羽詰まった雰囲気で詰め寄る二人。奇妙な圧力を感じた宗介ではあったが、きっぱりと言った。
「いちご大福を買いに行っていた」
さすがにその言葉にかなめがずっこけた。
「いちご大福って、あの和菓子の?」
目を点にしたかなめのリアクションに構わず、宗介の話は続く。
「肯定だ。今朝クルツから『今夜二人が東京に来る』と、電話があってな。それで、買いに行ったのだが」
「あのバカ……」
マオはチーム・メイトのクルツ・ウェーバーの軽薄な顔を思い出し、悪態をつく。
「なるほど。あの電話はクルツくんからだったんだ」
チーム・メイトからの電話なら「警戒したような刺々しさ」はなくて当たり前だ。
「でもさ。今日テッサ達が来る事といちご大福と、どういう関係があるの?」
かなめの発した疑問に答えたのは、テッサの方だった。
「ひょっとして、わたしが以前『食べてみたい』と言ったからですか?」
「はい」
宗介は短く答えた。
ずいぶん前。かなめの買物につきあわされてスーパーへ行った時、パンコーナーの隅にあった和菓子のコーナーでいちご大福を見かけたのだ。
(いちごは果物のいちごだろう。大福は、餅の中に甘いペースト状の物が入った菓子だ。それらが合わさったこれは一体いかなる物なのだろうか?)
大福に使うのは「牛皮(ぎゅうひ)」といって厳密には餅ではないのだが、そんな事は彼が知る由もない。そんな風に真剣な目でしげしげと見つめる様は、古代の調度品を発掘した考古学者のようだった。
そんな宗介を見たかなめは、まるで友人と久しぶりに再会したような懐かしい目でいちご大福を見て、思わず手に取る。確かにこれが売り出されたのは彼女が小さい頃だから無理もない。
「食べたいの、これ?」
そう尋ねはしたが、彼の返事を待たずにいちご大福を買物かごに入れてしまった。もちろんあとで食べた訳だが、あんの甘さといちごの甘酸っぱさが、奇妙なようで不思議と合っていた。
後日、クルツと基地内の食堂で食事をしている時、やって来たテッサに「トーキョーで何か変わった事はありましたか?」と問われ、その一件を話したのだ。
その時テッサは「そうですか。機会があったら、食べてみたいですね」と期待しないで言ったのを、彼の言葉で思い出していた。
(それじゃサガラさんは、その口約束を果たすために……?)
他人から言われたとはいえ、部下の――いや、友人のあまりの律儀さに涙が出る思いだった。
「クルツが調べたところによると、いちご大福発祥の店があるのは三重県だそうで、そこに行ってきました。新幹線を使ったとはいえ、さすがに陸路では時間がかかりました。遅くなって申し訳ありません」
電車で調布−三重間は、片道でも四時間近くかかる。往復したら半日がかりだ。
悪いと思って頭を下げる宗介だが、その頭をかなめが無遠慮にひっぱたいた。
「あのね。いちご大福なら三重県まで行かなくても、東京にだって売ってるわよ、多分」
原因は判ったものの、どこかずれた労力の使い方に頭をかかえてしまうかなめ。そんなかなめに宗介は、
「だが、君はともかく、こうした機会が少ない彼女には本物の方がいいと……」
「クルツくんが言ったのね?」
言葉の途中で、かなめがじいっと睨みつける。「食べられればいいだろう」という考えしかない宗介に、こういう発想ができるとは思えないからだ。
「……肯定だ」
思った通りの答えに、かなめのこめかみにぴくぴくと血管が浮かぶ。
「ふ〜〜ん。あたしには適当な店のでもいいけど、テッサにだけは本家本元のを食べさせたいってのに、同意した訳だ、あんたは」
じりじりと怒りをあらわにするかなめに、その冷ややかな迫力に宗介は半歩あとずさった。
「ま、まぁカナメさん。落ち着いて下さい」
テッサがすがるようにかなめを止めに入る。
「で、その『イチゴダイフク』はどうしたのよ」
何も持っていない宗介を見たマオが問う。確かに買物に行ったにしては妙である。彼は少しうつむいて押し黙ってしまったが、
「……店が、定休日だった」
彼の言葉に、女三人はぽかんとしてしまう。宗介は更に、
「それに……季節限定生産で、今は売っていないそうだ」
一瞬場が空白地帯になったと思いきや、唐突に三人が一斉に笑い出した。
「考えてみれば、アレって夏場は売ってなかったわね……」
「自分でも調べて下さいよ、サガラさん……」
「最っ高のバカだわ、あんた」
身体を「く」の字に折り曲げ、そこいらの床や壁をばんばんと叩き、涙を浮かべて窒息するのではないかと思うくらい笑っている。
片道四時間以上かけて行った店が定休日。しかも求める品は季節限定。まさに「骨折り損のくたびれ儲け」である。
そんな三人を見た宗介は「そこまで笑う事なのか?」と、きょとんとしたままだった。
どうにか笑いを止め、目の端に浮かぶ涙を指で拭いながらかなめが言った。
「だったらさ。せめて夏らしく水ようかんくらい買ってきなさいよ」
「何ですか、それ?」
「『ようかん』っていう日本のお菓子なんだけど、これはゼリーみたいにつるんとしててね。冷やして食べるとおいしいのよ」
かなめは尋ねてきたテッサに身ぶり手ぶりを交えて説明すると、
「今度ソースケがそっち行く時に持たせるから。それでいい、テッサ?」
「ええ。有難うございます、カナメさん」
かなめとテッサ二人の商談がまとまった。それから宗介に向き直ると、
「ともかく、そういうのはまずあたしに聞きなさい。あんたはこういう事何にも知らないんだから、何でも一人でやろうとしない!」
それからドアの方を見ると、
「まったく、またドアノブ壊して。いくら同じのを買ってあるっていっても、こうも立て続けに壊されたんじゃたまんないわよ」
かなめは、まるで子供に諭すように静かに言った。続いてテッサも苦笑いを浮かべつつ、
「何事も真剣にやる姿勢は、認めますけどね」
そう。彼は「バカ」がつくほど真剣で一所懸命なのだ。どんな些細な事に関しても。
でも、その一所懸命さがいつも空回る。その空回り加減が腹立たしく、同時にとても愛おしく感じてしまうのだ。
しかし、愛おしく感じたのはほんの数秒。ずぶ濡れでみすぼらしいままの宗介の顔を覗きこんだテッサは、
「ところでサガラさん。まさかとは思いますけど、ご近所のペットを干し肉の材料になんてしてないでしょうね?」
唐突に尋ねられ、さしもの宗介もきょとんとしてしまう。
「もししているのなら、早く自首して下さい。わたしもできる限りの弁護をしますから」
かなめも負けじとテッサを押し退けるようにして彼に詰め寄ると、
「いくらあんたが戦争ボケで、常識知らずで、鈍感で、融通がきかなくて、無愛想で、不器用で、デリカシーのかけらもない朴念仁でも、人様のペットを殺しちゃいけない事くらいは判ってるでしょ!?」
宗介は二人に迫られ、首を小刻みに動かして目をしばたたいてしまうが、あまりにも唐突すぎる突拍子もない問いに、逆に何と言えばいいのかと答えに窮する。今度はテッサがかなめを押し退けて、
「どうなんですか、サガラさん!?」
「そもそもペットってのは家族も同然なの! 日々の生活に疲れた人間の心を癒してくれるかわい〜物なの! それをよりにもよって……非常食にしたの? してないの? どうなの!?」
「黙ったままじゃ判りません。何とか言いなさい、サガラ軍曹!!」
「言わなきゃあたしが作ったスパゲティ食べさせないわよ!」
「そうです。それを食べて、前にわたしが作ったのと比べてどっちがおいしいかを聞かせて下さい!」
「な、なにそれ! あんた向こうじゃテッサにご飯作ってもらってるの!?」
互いが互いを押し退けあった上に答える間を与えぬ数々の質問の嵐。まるでマシンガンの集中放火である。
「二人とも。頼むから、順を追って説明を……」
宗介はその間にかろうじて割って入るものの、
『うるさい! 早く答えなさいっ!!』
異口同音に怒鳴ったかなめとテッサのテンションに、あっさりと押し潰されてしまう。
それを眺めているマオはくわえたタバコに火をつけると、聞こえてきたテレビのニュースに視線を移す。
『次のニュースです。東京都調布市内で発生していた連続ペット殺傷事件ですが、地元の中学に通う中学一年の男子生徒を犯人と断定し……』
(ホント、ニッポンは物騒だわ)
心の中で呟くと、未だ二人の少女に責められて脂汗を流している宗介に視線を戻す。
(もう少し放っておくか。面白そうだし)
にやりと笑い、気分よさそうに煙を吐き出した。

<女神と天使のディアリスト 終わり>


あとがき

今回の話は、季節は今ですが人物関係は「ベリー・メリー・クリスマス」以降という、かなりチグハグな様相を呈してます。あのままの人間関係がずっと続いたらどうなるか、という感じです。
……だって、夏に冬の話書いたって、気分でないんだもん(笑)。
まぁその辺は「ファン・フィクション」という事で。細かい事を気にしだしたらキリがありません。第一「もしも」を書くのがこのテの二次創作ですから、笑って許して下さいませ。
……でも、やっぱり決着ついたの、早すぎるよなぁ(T_T)。

問題の「いちご大福」ですが、いろいろ調べた結果、三重県津市にある「とらや本家」さんが発祥という説を挙げる方が多いように見受けられました。昭和61年(1986年)に考案されたそうです。
で、11月から5月までの季節限定生産で、この店は月曜日がお休みです。だから、物語中は月曜日なのです(笑)。
いちご大福自体、スーパーはともかく和菓子屋さんじゃこの時期には売ってないと思いますし。

さてお待ちかね(?)のタイトル解説。
ディアリストは「dearest」と綴り「親しい人」「愛しい人」といった意味になります。まぁ「dear」だけでもその意味はあるのですが「-est」がついてますからね。ただの「親しい人」ではございますまい。
しかし「dear」にはもう一つ意味がありまして。古い英語ではほぼ真逆の「辛い」「厳しい」「ひどい」といった意味もあるのです(こちらの意味では「dere」と綴る事もあります)。
最も愛しい人にして最もひどい(?)人。誰の事かは言わずとも判りますよね。

追記:今回の話。オリキャラ一人も出てないや(笑)。ここの話にしては珍しい事であります。

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