『女神と天使のディアリスト 中編』
かなめの家の玄関。全身で「しゅん」としているテッサが、深々と頭を下げる。
その姿は――元々外見からは想像もできないが――歴戦の猛者が集う<トゥアハー・デ・ダナン>戦隊長であり、同名のハイテク潜水艦の艦長でもある彼女とは思えないほどであった。
「本当に早とちりして申し訳ありませんでした」
ドアノブの修理をしているマオも両手をぱちんと合わせて、
「ごめんね、カナメ。許して」
仏頂面のかなめではあったが、二人に悪気のない事は判っている(だが、悪気がないから始末に負えないという事も世の中にはある)。
確かに二人は直接の担当ではないにせよ、自分を守る事も任務の一環である。そのために手段を問うていられない事態になる事も十分理解できる。
それに自分の立場を考えれば、さっきのような電話の切れ方を怪しむのは当然だ。
「まぁ……それは、しょうがないんだけどさぁ」
かなめはじろっと入口のドアを見つめる。ドアノブはマオの拳銃で吹き飛ばされ、無惨な姿をさらしていた。
同じ型のドアノブを複数「買い置き」しておいたのが役に立った。もっとも、その費用は彼女が出した訳ではない。
「ホント、ソースケと変わんないわ」
「こうした部屋への突入って、いくつもパターンがある訳じゃないし。壁を吹き飛ばさなかっただけマシと思って」
一応プロらしく、マオがてきぱきと修理をしながらシャレにならない解説を入れる。
「って言うか、ソースケもこんな風に乱入してるの?」
「そうなんですか、カナメさん?」
テッサが張り切って身を乗り出してくる。
「……ま、いろいろあるのよ」
かなめは小声でぽつりと言うと、話題を切り替えようと話しかける。
「ところで、二人は何しに東京に来たの?」
「な、何って、それは、その……」
いくら部下で友人とはいえ、自分の事を「キッパリと」振った男に会いに来た。いくら吹っ切ったとは言っても、さすがにそうストレートには言えまい。
しどろもどろになったテッサを見て、かなめは「テッサが東京に来る理由といえば一つしかないか」と素直に思う。それから小さくため息をつくと、
「でもさ。今日はソースケいないよ。<ミスリル>の仕事かな」
その彼女の言葉に、二人がぎょっとする。特にテッサの驚きは尋常ではない。今日の予定では、宗介を必要とするほどの任務はない筈だからだ。
「そ、それはおかしいです。今日はサガラさんを呼び出すほどの任務はありません」
「あたしも聞いてないなぁ」
マオもうんうんとうなづく。
その様子を見たかなめも不審がり、
「え? だって今朝ソースケのヤツ、かかってきた電話に英語で喋ってたよ。そういう時ってたいがい<ミスリル>からの連絡だから、てっきりそうなのかなって」
かなめの言葉に、マオとテッサは小声でぼそぼそとやり取りをしている。
(どういう事? いくら緊急召集だったとしても、こっちの電話が繋がらなかったってのは変じゃない?)
(そうですよ。第一サガラさんに緊急召集がかかったのなら、わたしの元にその旨を連絡してくる筈です)
副長であるリチャード・マデューカス中佐には「何かあったらすぐにわたしに連絡を下さい」ときっちり言ってあるのだから。
「……どうしたの?」
ぼそぼそとしたやり取りがよく聞き取れなかったかなめが二人に尋ねる。
「カナメさん。ちょっと待っててもらえますか?」
テッサは共通廊下に移動すると、周囲を充分見回したあと、小さなバッグから携帯式の無線機を取り出す。こっちは慣れた様子でスムースに操作している。
やがて電波は東京から、太平洋の真ん中にある<トゥアハー・デ・ダナン>の基地があるメリダ島へ届いた。
すぐに繋がったようで、テッサは無線機に向かって何やら話している。帰国子女ゆえに英語の判るかなめでも、軍で使う専門用語になるとさすがに判らない。
「……ええ。今すぐマデューカス中佐に繋げて下さい」
これまでの「恋する少女」の顔から一転して戦隊長の顔となるテッサ。とても自分と同い年とは思えない澄んだ凛々しさすら感じられる。
それから数秒ほどで相手が出た。
『どうかされましたか』
抑揚の少ない神経質そうな声がした。テッサは小さく咳払いをすると、
「どうというほどの事は。一種の定時連絡のような物です」
『そうですか。休暇は楽しんでおられますか』
彼女を労るような声に、ほんの少し憤りがこもる。彼女がこうして東京へ行って「カレ」と会う事に賛成していないからだ。
「それと無関係ではありませんが、今日そちらに変わった事が起きたり、急な指令が届いたりはしていませんね?」
『はい、届いておりません。さきほど基地内の食堂のコックから「老朽化していた椅子が一脚壊れた」という報告があったくらいです』
まるでAIのように、必要な事だけを淡々と述べてくる。
「そうですか。じゃあ、サガ……」
言いかけて思わず口を閉じる。いくら何でも露骨に「サガラ軍曹はそちらにいますか?」などと聞く訳にはいかない。だがマデューカスは、
『サガ? ……サガラ軍曹ですか? 彼がどうかしましたか?』
見抜かれてる。テッサの表情がぴしっと凍りついた。
「いいえさがらさんわかんけえありませんええほんとにかんけえありませんぜったいかんけえないんですったらまでゅーかすさんなにおいってるんですかあはははは」
固まったまま口を金魚のようにぱくぱくとさせるテッサ。だが、そんな不自然な声を疑問に思わないほど彼は鈍感ではない。
『まさか。艦長がお見えになるというのに、セーフ・ハウスを留守にしているというのですか!?』
無線機の向こうで彼の激昂する声が響く。
『差し出がましいとは思いますが、あえて言わせて頂きます。あなたの好みに関して口を出すのは野暮というものですが、そのような不誠実な男は……!』
「あ、マ、マデューカスさん、どうか落ち着いて下さい!」
その激昂ぶりに、逆にテッサの方がおろおろとしてしまう。しかし向こうも激昂した事を恥じるように短く謝罪する。テッサは一息つくと、
「いえ。お仕事中申し訳ありませんでした。こっちは予定通りのスケジュールですので」
『判りました。よい休暇を』
元の調子に戻った中佐の声で、お互い通信を切った。
「どうだった?」
いそいそとバッグに無線機をしまうテッサに、マオが声をかける。
「今マデューカスさんに念を押したんですけど、サガラさん達SRT(特別対応班)が出動するような任務は、やっぱりないみたいですね」
テッサは少し考え込む。少ない情報から現在の状況を予測して導き出すのは、テッサでも困難極まりない。
だが、何か思い当たった部分があったらしく、固い表情でかなめに向き直り真剣な瞳で彼女を見つめる。
急に雰囲気の変わったテッサに、一種恐れのような物を感じたかなめが、半歩後ずさった。
「カナメさん。ひょっとしたら、サガラさんに何かあったのかもしれません」
そう前置きをすると、自分達の状態を包み隠さず説明した。
宗介に内緒で東京へやってきた事。彼の携帯電話が繋がらなかった事。それから充分予測可能な事態。一切合財。
「何かあった」と聞いて少し顔が青ざめたかなめだが、それには異を唱える。
「ちょっと待ってよ。それって変じゃない?」
「何が変なんです?」
かなめは大きく息を吐くと、ゆっくり説明を始めた。
「だって。ソースケがいなくなったのは今朝よ。もしその電話が敵の陽動作戦だったら、今の今まであたしを連れ去ろうとしてないってのは不自然だと思う。護衛であるソースケがいない訳だから、いくらでもあたしを連れ去るチャンスはあった筈だし」
電話があったのを朝八時と考えても、それから一〇時間近く放置しておくというのは明らかに不自然だ。
「確かに。ちょっと合理的とは言えませんね」
「敵さんが合理的に行動してくれるとは限らないけどね」
テッサの言葉に、マオが「修理終わり」とばかりにドアノブをポンと叩きながら呟く。
「……んと。ちょっと中で待っててくれないかな。リビングのテーブルのポットにお湯入ってるから、適当にくつろいでて」
かなめはそう言うと、自分のPHSを持ったまま共通廊下をぱたぱたとかけて行った。


かなめはマンションの屋上一歩手前の階段に腰かけ、周囲を見回す。
外が雨のせいかマンションの共通廊下にも人影はなく、屋上部分には立入禁止の柵に大きな錠前までかかっているので人はいないだろう。
自分以外に誰もいないのを十分確認すると、PHSに登録してある番号を呼び出す。
《W》
「WRAITH」。幽霊、生霊などを意味する英単語の頭文字。人の名前にしてはかなり変だ。だが、これなら誰の事だかまず判らないだろう。
その正体は<ミスリル>の情報部に所属するエージェントだ。かなめも本名は知らないが「幽霊(レイス)」というコードネームだという事は知っている。
かなめの監視と護衛が任務らしく、変装という特技のためか出てくる度に全く違う姿をし、声色まで変えてくるのだから大したものだ。
もっとも、宗介とは違い完全に「影」に徹しているので、監視はともかく護衛については怪しいものだ。
本来二人の接触はあってはならない事なのだが、そのエージェントがかなめの護衛に失敗しそうになったという弱味を握ってしまったため、彼(彼女かもしれないが)に対してはかなり優位な位置に立っている。
それを悪用している訳ではないが、何か知りたい事がある時やヒマを持て余している時に、しばしばこっそり連絡しているのだ。
こうして連絡している事を絶対口外しないという条件付きで。
『何の用だ』
一回目の呼出し音で、相手が素早く電話に出た。機嫌の悪そうな、無愛想な男の声だ。彼女はそんな相手を茶化すような口調で、
「いや。ヒマだろうな〜と思って声かけてみたんだけど」
案の定、相手はかなりむっとした声で、
『何度も言うが、用がないならかけてくるな』
「冗談よ。ちょっと聞きたい事があってね」
かなめは茶化していた雰囲気を一転させて、真剣に尋ねた。
「今日あたしの周りに、あんた以外に怪しい人物いた?」
怪しい人物に自分が入っている事に小さな憤慨を覚えるが、正直に答える。
『……答えはノーだ。信じはしないだろうが、それは保証する』
「じゃあ、ソースケがどこに行ったか、あんた知らない?」
『知る訳がないだろう。なぜ私に聞く?』
「あんたの事だから、今テッサがあたしのところに来てるのは判ってるでしょ?」
『ああ。西太平洋戦隊は、ずいぶんとヒマらしいな。うらやましいものだ』
精一杯の皮肉のつもりだろうが、かなめには通じなかったらしく、
「まぁ、戦争屋さんがヒマなのはいい事よ」
と、さらりとかわされてしまう。
「そのテッサが言ってたのよ。あいつ、今日は任務じゃないみたいだって」
『それにもかかわらず、電話のあとであんなに急いで特急車両に乗り込んだという訳か』
少しバカにしたニュアンスを含んだ声がする。
『第一、私の任務はお前の監視と護衛。ウルズ7がどうなろうと、私の感知するべき問題ではない』
冷酷にもとれる意見だが、言われてみれば確かにその通りだ。二人が属する部隊――情報部と作戦部の仲が悪い事にも、その原因の一端があるのかもしれない。
「はいはい、それもそうでした。じゃ、知らないってのはホントなんだ」
『嘘を言っても、損も得もしない』
電話の向こうから、無感情な声が響く。その調子にかなめは一息ついてから、
「じゃあさ。できる範囲でいいから、ソースケを探してうちに連れて来てくれない? こっちにはSRTの人が一人いるから、護衛に関しては心配ないし」
『待て。ウルズ7と接触しろと言うのか!? それに、私を便利屋か何かと勘違いしているだろう?』
いきなりのかなめの提案に声を荒げる。しかし、こんな事で怯むかなめではない。多少は凄みを利かせようと声のトーンを下げ、
「別に接触しろなんて言ってないし、方法なんていくらでもあるでしょ。何なら、今すぐテッサにあの時の事バラしたっていいのよ?」
『私を脅迫する気か!?』
最強の切り札を出され、さすがに慌てる。かなめは得意げに鼻を鳴らすと、
「あなたの答えは二つに一つ。やってくれるの? 断わるの?」
しばし沈黙が流れる。苦渋の選択を迫られ苦悩した後、
『判った。直接接触はできんが、善処しよう』
忌々しく舌打ちした後、短くそう答えた。その答えにかなめは気をよくし、
「ありがと。今度あったかい物でも差し入れしてあげるから、機嫌直して。好き嫌いはある?」
『……特にない』
あきれた仏頂面で言っている様子が目に浮かぶようだ。かなめはくすりと笑うと電話を切る。
それから階段を下りながらかなめは考えた。
宗介のところに「英語を話す」誰かから電話があったのは間違いない。小さい声で早口だったので、日常会話レベルなら苦もなく理解できるかなめでも、会話の全貌は判らないが。
しかし、警戒したような刺々しさは見えなかったので、見知った人物との会話らしい。だからこそかなめは<ミスリル>からの連絡だと推測したのだ。
ところが、それにもかかわらずテッサは東京に来ているし、なおかつ「緊急の任務が入った」という連絡が彼女の元に届いていない。
これはどう考えても変である。第一、任務以外で宗介がかなめのそばを離れるなど、通常はまずない事だ。
普段はあれほど「つきまとわないでほしい」と思っているにも関わらず、いざそうなってみると不安になって落ちつかない。
(どこ行っちゃったんだろ、ソースケのヤツ……)
しかし、表面上はそんな心配を出さずにかなめは自分の部屋に戻る。ドアノブだけが真新しいドアを開けて中に入り、一応鍵とチェーンロックをかける。
「カナメさん。どうかしたんですか?」
リビングで静かにお茶を飲みながら待っていたテッサが尋ねてくる。まさか情報部のエージェントに聞いていたと答える訳にもいかず、
「あ、いや。他のクラスメイトにも聞いてみたのよ。『今日ソースケ見てない?』って」
「その様子だと、見ている人はいなさそうね」
いつの間に買っていたのか、マオが缶ビールをごくごくと飲みながらかなめを見ていた。
「メリッサ。一応護衛任務中なんですから、お酒は謹んで下さい」
かなり渋い顔で頭を抱えるテッサ。しかしマオはけらけらと笑いながら、
「大丈夫よ。たかだか五〇〇ミリリットルなんて、飲んだうちに入らないわよ」
(十分入ると思う)
かなめとテッサは全く同じ事を考えた。
「しかし、カナメをほっぽり出して、ソースケのヤツどこへ行ったのかしらね」
飲み終わったらしく、ぷはーと酒臭い息を吐きつつマオがさらりと言う。自分のチーム・メイトの行方が判らないというのに、ずいぶんとのんきな態度なのは、
(あのソースケがそう簡単にくたばる訳ないか)
と、楽観的に考えていたりするからだし、自分まで不安な顔をしていては、二人の少女がさらに不安になるだけだからである。
だが、どう思っていても一番気になるのは彼が今どこにいるかという事に変わりはない。
かなめの護衛をしている宗介といえども、彼にだってプライベートはある。そこに口を出すのはどうかとも思う。
しかし、今は状況が状況だ。律儀で生真面目な宗介が「何の連絡もなく」「こちらから連絡も取れない」事態だという事に違和感があるのだ。
逆に考えると、そうしなければならない事情であると考える事もできるが。
テッサの口からその意見が出ると、三人は三様の考えを巡らせていたが、
「……アルバイトじゃないの?」
飲み干したビールの缶をぷらぷらとさせて、マオが口を開いた。
傭兵でもある宗介の給料は、総て<ミスリル>から出ている。誰にでもできる仕事ではないし、常に危険がつきまとう訳だから、額だけを見るならかなりの給料が支払われている。
ところが、その額はどんどん目減りしているのだ。
戦場で育った事が原因で、現在の東京のように「戦争のない地域」に全く適応できていない宗介は、あらゆる状況の判断を戦場の基準で行ってしまう。
校内でバンバン銃を撃ったり(弾丸はゴム製のスタン弾だが)、ラブレターの入った下駄箱をプラスティック爆弾で吹き飛ばしたり、教室を静かにさせるのにスタン・グレネードを使ったり、工事で立入禁止のロープに高圧電流を流しておいたり、エトセトラエトセトラ。
そのため学校では要注意人物・器物破損の常習犯として、教職員からかなり睨まれていると聞いている。
最初のうちはその弁償代を<ミスリル>の経費で落とせるように取り計らっていたが、その額と件数があまりに多いためすぐに自腹で払うよう通達されてしまったらしい。
つまり、日頃の大騒ぎの後始末の費用は彼が負担している訳だ。これではいくら稼いでいたとしても、すぐに給料は底をついてしまうだろう。
だから、マオの出した「アルバイト」という意見は、至極真っ当であるとも言える。ただ、弁償金額から考えると、普通のアルバイトの給料では焼け石に水程度でしかない。
でも、戦う事しかできそうにない彼に、一体どんなバイトができるのであろうか。三人はそれぞれ興味本意で色々想像してみる。
ウェイター。コンビニ店員。清掃員。警備員……。
「……工事現場なんてどうかな?」
かなめの意見に、テッサとマオも神妙な顔で想像を開始する。
グレーの作業着に安全靴。軍手をつけて黄色いヘルメットを被った姿を思い浮かべる。普段野戦服などを着ているからか、何の違和感もなく想像できる。
確かに肉体労働であれば彼でもできる。細みの割に普段から数十キロの装備を背負って動き回る生活をしているのだ。力仕事も充分にこなせるだろう。
「でも、日本の工事現場からなら、日本語でかかってくるんじゃないでしょうか」
テッサのもっともな意見から、工事現場でアルバイト説はなさそうだという結論に達した。
「それに、学生を朝から呼び出すってのもね」
マオも面白くなさそうにつけ加える。
「そうまでして急いだとなると……。ソースケじゃなきゃ女絡みってセンもあり得るんだけど」
「そうねぇ。ソースケには一番関係ない事情ね」
力一杯うなづきながらかなめがしみじみとしている。
「何せびみょーな乙女心とか、そういうのを察する能力が存在しないから、あいつ」
「そ、そんな事ないですよ。あれで、結構気を使ってくれますし……」
宗介をフォローするように、おずおずとテッサが言う。
「それはテッサが上官だからじゃない? こっちは女子更衣室に踏み込まれるわ。あたしが隣にいるのに、いきなり薬屋で妊娠検査セット買って赤っ恥かかせてくれたし」
一応彼からの報告書で聞き知ってはいたものの、実際に聞くと言葉に詰まる。
「そ、それは、サガラさんなりの事情というものが……」
テッサも苦笑いして言葉を濁すしかない。
「他にも遠慮なく戦争ボケをかましてくれるもんだから、あたしはすっかりソースケのフォローという役回りにされてさ。胃の痛い毎日なのよね」
「自分は何て不幸なのだろう」と言いたげな表情で視線を逸らしたかなめに対して腹に据えかねるものがあったらしく、テッサも負けじと逆襲を開始する。
「で、でも。嫌がっている割には、お弁当を作ってあげたり、おいしい料理を振る舞ってあげたり、古典とか日本史を親身になって教えたりしているそうじゃないですか」
「え、そ、それは……」
一瞬どもったかなめを見て、テッサも「ふっ」と小さく笑うと、
「普通、嫌いな相手にお弁当とか作りますか? 手料理をごちそうしますか? 勉強をみてあげたりしますか?」
強気になったテッサが「ずい」と詰め寄って、互いの鼻先が触れ合わんばかりになる。しかし互いに視線だけは逸らさない。少し間を置いてかなめも負けじと、
「……ギ、ギブ・アンド・テイクってヤツよ。あいつはあたしの護衛をしてるんでしょ? だったらすこ〜しくらいは恩の一つも返しておくべきじゃない?」
「詭弁ですね。週に一回は食事を振る舞う事が『恩の一つも返す』というレベルですか? 人の欲の中でも最も大きな『食欲』を巧みに利用しているくせに!」
「そ、そんなの人それぞれでしょ!? 第一『巧みに利用』って何よ!」
「そもそも、あんなにサガラさんに大事にされているのに、よくそこまで自分を偽ってひねくれられますね!」
「悪かったわね! どーせあたしはひねくれ曲がった女ですよ!」
「……あのさ」
口角泡を飛ばす二人の間に割って入ったのは、すっかりほろ酔い加減のマオだった。
「結局ソースケの事はどうなったの?」
『あ』
その一言で、話題がすっかりすり変わっていた事に気づいた二人はようやく黙り、揃って赤面した。

<後編につづく>


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