『走れ走れ!蒸気バイク 後編』
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)とは稲荷神とも呼ばれる神で、五穀をはじめ一切の食物を司る神である。そして昔から、稲荷神の遣いは狐と相場が決まっている。
動けない降魔をよく見ると、その動きを遮っているのは結界だった。しかしその結界も、霊力を持つ二人でなければ見る事すらできなかったであろう。
アイリスですら弾き返すのが精一杯だった降魔を、軽々と防いでいるのだ。その狐が神の遣いというのはどうやら本当らしい。
「あ、ありがとう」
「おおきに」
アイリスと紅蘭の声が重なる。
「なに。恩返しをしたまでだ。礼を言われる程の事じゃない」
その狐は、アイリスの足元にとことこと歩いてくると、
「君のくれたいなりずしが、凄くうまかったからさ」
その言葉に、思い当たる節はあった。
昼間に倒れてしまった狐の像。その像にアイリスはいなりずしをあげたのだ。
「……それじゃ、あの時の狐さんなんだ!」
アイリスの顔が瞬く間に笑顔になる。そんな彼女の笑顔を見た狐は、急に照れくさそうに彼女に背中を向けると、
「いいって事よ。それより、こいつを何とかしないとな」
狐は低く身構えてから、一気に跳躍する。あっという間に降魔の頭部まで飛び上がると、自前のしっぽを振って降魔に叩きつける。
しっぽに莫大な霊力がこもっていたようで、その一撃で降魔は煙のように四散した。ガチャガチャと、何かの部品らしき物をばらまいて。
「す……すごーい!」
あっけない幕切れにぽかんとしていたアイリスが、素直に感嘆の声をあげる。
「な、なに。このくらいどうって事……」
そう言ってカッコつけようとする狐だが、その場にペタンと倒れてしまった。
「だ、大丈夫!?」
二人は、命の恩人(?)である狐に駆け寄る。
「平気だって。ちょっと調子に乗っちまっただけだから」
察するに、さっきの一撃に霊力を込め過ぎたようだ。力なく呟いたその答えを聞いて、二人は笑いを堪える事ができなかった。


その狐が言うには、最近この辺りがおかしくなっているらしい。
確かに住宅地や工場が次々と建ち、古くからあった社が壊されたり移転したりと、霊的な守護の連携がこれまでと変わったせいもあった。
「でも、一番変わっちまったのは、人間達の方だ」
「どういう事なんや?」
紅蘭は、先ほど散らばった何かの部品を拾い集めながら尋ねる。
「神様やその遣いの者っていうのは、信じてくれる人がいるからこそ、その力を発揮できるんだ」
狐は、寂しそうにそう答えた。
「昔は、人間達も隣に神様やオレ様達のような神の遣いがいるって判ってくれていた。だから祭りをしてくれたり、お供えをしたりしてくれた。それでオレ様達は存在できるんだ。人間の活力が、オレ様達の活力でもあるんだ」
狐はそこで言葉を切ると、少し遠くを見るような目で、
「最近じゃ人間達はそれを忘れているようでさ。信じてくれる存在がいなくなれば、オレ様達だって存在できなくなっちまう……」
その時、紅蘭は昼間の神主の言葉を思い出していた。
「神々と人間の関係が薄くなってきているような気がする」
紅蘭もアイリスもこの国で生まれた人間ではない。だが霊力を持つがゆえに霊的な場所、存在を感じる事はできる。
人々の話だけではあるが、この国の人間達がそうした存在を受け入れ、敬い、奉り、共に存在している事はきちんと実感している。
しかし悲しいかな。大部分の人間達は、それが判らない。
「普通社を壊したり移転する時は、きちんとした儀式を行って、霊的守護の力が変わらず、衰えないような場所を選ぶんだ。それが信じられないくらいメチャクチャでさ。もうこの土地の霊的守護の力はかなり薄くなってる」
狐が悔しそうにうつむいた。
「各地の仲間もそれに抵抗するけれど、向こうの方が数が多い。霊的守護は乱れるし、自然は汚されたり無くなったりしているし……」
確かに、この王子の地だけでなく、溢れる帝都の人口飽和状態を緩和しようと、郊外に住宅地・工業地が広がっている事は、新聞で読んで知っている。
人が住むための工事が原因で人々を守る「霊的守護」が無くなっていくとは、何とも皮肉な結果である。
狐はすっくと立ち上がり、目を閉じてゆっくりと周囲を見回す。
「まだこの飛鳥山にも、さっきみたいな奴等がうろうろしてやがる。オレ様一人じゃぁ、ちと荷が重すぎるし、他の狐達も今は出かけちまってる」
それから二人の方を向くと、
「宇迦之御魂神様にお願いして救援を呼んでくる。そこの茂みにその変な乗り物を隠して、君達も隠れていてくれ」
「へ、変な乗り物ってなんや。これはうちが作った蒸気バイクやで」
「変な乗り物」と言われてかちんときた紅蘭だが、別にバカにするために言った訳ではない事くらいは判っている。
「じゃ、行ってくる」
ぴょんと飛び上がって茂みの奥に消えると、すぅっとその気配が消えた。
確かに微かにではあるが、先ほどの降魔と同じ気配が漂っている。現在公園の何処にいるのかも把握していない以上、下手に動くと降魔と鉢合わせする可能性が高い。
それに、さっき大量に霊力を使ったせいだろうか。アイリスの顔色も少し悪い。これでは彼女のテレポート能力もアテにできないだろう。
何せ生身で降魔一体を押し返したのだ。ぬいぐるみをふわふわ浮かせたりするのとは消費量が桁違いだろうから無理もないだろう。
さっそく蒸気バイクの後部を調べると、後部の泥除けがいびつに凹んでおり、そこがタイヤと擦れているようだ。さっきから聞こえていたギュルギュルという耳障りな音はこれが原因だったのだ。
それでタイヤ自体もかなりすり減っており、今にもパンクしそうだ。この状態で走って逃げるのは無謀すぎるし、修理をするには道具も時間もなさ過ぎる。
第一、その音を聞きつけて降魔がやって来ないとも限らないのだから。
狐の助言に従って、茂みの中に蒸気バイクを入れ、辺りの枝を拝借してカモフラージュする。そのそばに二人もしゃがみ込んで隠れた。
「紅蘭。それ何?」
アイリスが、紅蘭が拾い集めていた部品を指差した。
「何かの受信装置らしい事は判るんやけど……。何で降魔がこんなもん持っとるんやろ」
詳しく調べるには道具が足りないが、機械の知識だけは誰にも負けない紅蘭。このくらいの分析は朝飯前だ。
通信機。降魔同士、もしくは降魔と誰かが交信している……いや。降魔同士にこういった物がいるとは思えないし、人間が降魔の言語を理解しているとも思えない。そもそも降魔に言語があるのかどうかも怪しいものだ。
可能性があるとすれば――紅蘭の脳裏に突如閃いたのは、
「……制御装置?」
こうした機械は人間が産み出した物だ。人間が降魔に制御装置を取りつけて自在に操る。いわば降魔のリモート・コントロール。
降魔の戦闘能力は、以前も今も我が身で体験している。しかし数は多くても各自が勝手に暴れるだけ。そこに人間のつけ入る「隙」があるのだ。
だが、もしもそれが人間の手で制御されたら……。
いくら機械をこよなく愛する紅蘭といえども、そんな機械の使い方は決して賛同できるものではなかった。
「紅蘭。『せいぎょそうち』って?」
横からアイリスが口を挟む。
「つまりやな。この機械でさっきの降魔は操られておったかもしれんっちゅうこっちゃ」
こんな事をするために機械はあるんじゃない。紅蘭の目がそう語っていた。
だが、人と相入れぬ存在の降魔が、そうやすやすと人間の手で機械を埋め込まれるのだろうか。いかに紅蘭といえども謎は解けないままだった。
「……紅蘭。ここ、ゴミ捨て場じゃないよね?」
アイリスに言われるまで気づかなかったが、自分達のいる茂みには凹んだパイプだの壊れた蒸気ラヂヲだの安っぽい蓄音機などが無造作に転がっていた。おそらく心無い人間達が「目立たないから」と捨てていったのだろう。
「もったいないなぁ。こないな場所に捨てんでもええ思うけど……」
さっきの狐の言った「自然を汚し無くしていく」行為。それを目の当たりにした二人はどうしようもない気持ちになってうつむいた。
がさがさ。
突如起こった草の擦れる音に二人が身を固くする。やがて茂みをかき分けてやってきたのは一匹の狐だった。
「大丈夫だったみたいだな」
その声から、さっきの狐だと判った。
「おかえりなさい」
「で、救援はどうなったんや?」
狐はどこか済まなそうに、
「頼むには頼んだ。けど……さっきも言った通り、この辺りの霊的守護が弱くなっているから充分な力を発揮できるかどうかは……」
悔しそうに悲しそうに呟く狐。
「オレ様にもっと力があれば、あんな降魔の十体や二十体どうって事ないのに。……済まないな、役に立てなくて」
「そない落ち込む事あらへん。充分うちらを助けてくれとるやないの」
「そうだよ。すっごくすっごく『ありがとう』って思ってるもん」
紅蘭とアイリスが狐に呼びかける。すると狐も少しだけ笑みを浮かべた。
だがその笑みもすぐ消え、先ほどのように身を低くして身構える。同時にアイリスもさっきの降魔と同じ気配を感じ取っていた。
「来たか……」
背筋の寒くなる気配が周囲に満ちる。完全に取り囲まれているようだ。
狐は充分戦力になる。アイリスの霊力でも追い返すくらいはできる。
しかし、紅蘭自身はそれほど強い霊力は持っていない。このままでは足手まといは必至。自分にできるのは機械いじりくらいしかないのだから。
そこで、周囲を見回してみた。凹んだパイプ。壊れた蒸気ラヂヲ。安っぽい蓄音機……。
「二十分……いや、十五分でええ。何とか持ちこたえてくれんか!?」
それら捨てられた物と自分のバイクを見て、そう宣言する紅蘭。その声には逃げようとする弱さや何もできないという嘆きの気持ちなど微塵もない。
紅蘭は返事も聞かずに自分の蒸気バイクを分解し始めた。


統率の取れた軍隊のように、脇侍の甲冑をまとった降魔が次から次へと波のように襲いかかる。
狐は神の遣いだけあり霊的な戦闘力は高い。降魔を尻尾で打ち、時には噛みつき、確実にダメージを与えている。
アイリスも少し休んで落ち着いたのか、自分の何倍もある体格の降魔を互角以上の力で押し返している。
だが、それも途中までだった。次々とやってくる降魔が相手では身体が持たないのだ。
アイリスは額に汗をびっしょりとかき、苦しそうに肩で息をしている。押し返す威力も弱まっていた。
専用の霊子甲冑光武・改に乗っていれば身体への負担もある程度軽減されるのだが、生身で大量に使えば疲労がストレートにその身体に蓄積されていく。
主戦力の狐の方も足にダメージを負って、普段のような動きができないでいた。
「心配するな。君達は絶対オレ様が守ってやるから」
それでも狐はアイリスをかばうように立っている。そこに、突然蒸気エンジンの音が響いた。
「よっしゃ、できたで!」
その声に振り向くと、紅蘭は蒸気ラヂヲと長いホースのような物を持って立っていた。
「これぞ逆転の切り札。『かくらんくん』と『ふんしゃくん』や!」
紅蘭が「かくらんくん」と呼んだ蒸気ラヂヲのスイッチを入れた。ヂヂヂヂッとうるさい音が辺りに響く。
その音がしばし響くと、途端に降魔の動きが変わった。今までの統率の取れていた動きを忘れたように棒立ちとなり、中には仲間に攻撃を加える者まで現れた。
「ど、どうなってるんだ?」
「ほな説明しまひょか」
紅蘭は棒立ちの降魔を指差して、得意げになって説明を始める。
「あの降魔達には電波式の制御装置が埋め込まれておるんや。どこからかの命令を電波として受け取り、行動する。けど、その電波を妨害してしまえば……」
よく見ると、降魔の頭部に受信装置らしき棒が突き出ていた。つまり、その蒸気ラヂヲは命令を妨害する電波を出しているという理屈だ。
「そして、動きの鈍ったところで……」
紅蘭は「ふんしゃくん」と呼んだ、凹んだパイプを繋げて作った棒の先を、装甲が外れて頭部がむき出しの降魔の口へ突っ込み、手元のレバーを握る。
自分の蒸気バイクを改造して圧縮蒸気の噴射装置を作ったのだ。無下に捨てられた物と組み合わせられ、彼女の手で切り札に生まれ変わったのだ。
バシュゥッ!!
パイプの先端から大量の圧縮蒸気が吹き出て、降魔の皮膚が軽いやけどを負う。しかしそれだけだ。
「紅蘭。また失敗したの?」
冷ややかなアイリスの視線が突き刺さる。
「あ、あら。おかしいなぁ?」
過去の戦いで圧縮蒸気を吹き出す罠が効果的だった事もあってこれを作ったのだが、反応がないとは予想外だった。
「こいつらは『生きている降魔』じゃない。やめとけ!」
狐が降魔達を鋭く睨みつけながら叫ぶ。
「どういう事や、それ?」
「さっきのヤツもこいつらも死んでいるヤツだ。生きた降魔と妖気はさほど変わらないけど、微妙に気配が違う」
もしそれが本当なら、どこかの誰かが降魔の死体を手に入れ、それに機械を取りつけて操っているのかもしれない。
秘密結社・黒鬼会の仕業か。はたまた別の組織が存在するのか。
考えたいところではあったが、アイリスの冷たい視線を感じて取り繕うように苦笑いを浮かべると、
「と、ともかく倒すんは狐はんにお任せしますわ」
「ああ。そこまでお膳立てしてもらって何もできないんじゃ、オレ様も立場がないぜ」
力強くそう言う狐だが、それが強がりであるのは傍目にも判った。見れば足だけでなく胴にもいくつかの傷がついているのだから。
「……危ないっ!」
どこからか聞こえた破裂音と同時に、怪我をしているとは思えない跳躍力で紅蘭に飛びかかる狐。しかしその途中で身体をのけ反らせて地面に落ちる。
「狐さん!」
アイリスが思わず悲鳴を上げてしまう。
地面に落ちてぐったりとする狐の背から血が流れている。幸い出血量は少ないが、それは明らかに弾痕だった。銃で狙われた紅蘭をかばったのだ。
「うちをかばってくれたんやな、狐はん……」
だが感傷に浸る暇はなかった。周囲を取り囲む降魔の群れが、その輪を狭めてきたのだ。
見ると「かくらんくん」から出ている音が消えている。ついバシバシ叩いてしまうが、それでも動かない。
やがてバチバチと火花が散って、小爆発を起こしてしまった。すすで真っ黒になる紅蘭だが、頭の中は現在の状況を冷酷に分析していた。
武器はない。狐に至っては怪我がひどくもう戦えない。さらに周囲を囲まれ逃げ場がない。
アイリスもかなり疲弊している。このままでは、近いうちに力尽きる。
最後の手段でテレポートをしようにも、もう全員を脱出させるだけの力は残っていないだろう。だが、アイリスは「一人だけ逃げる」という選択肢は絶対に取るまい。
打つ手なし。この場の誰もがそう思ったそんな時だった。
急に皆の頭上が明るくなった。まるで太陽のように優しく暖かく、強い光。
揃って見上げると、宙に大きな光の塊が浮かんでいた。その中央にうすぼんやりと人影が見える。
〈何をしておるか〉
威圧感のある女性の声が頭の中に直接響いてきた。
〈失せい、闇の者共よ!〉
怒りに満ちた怒鳴り声がしたと思いきや、周囲を取り囲む降魔の群れが一瞬で炎に包まれた。木々の間や茂みの中にいた降魔もいるが、その炎は降魔のみを焼き、木々や草にはすす一つついていない。
「あ、天照大御神(あまてらすおおみかみ)様……」
頭上の光を見た狐が、弱々しく呟く。
〈ご苦労であった。知らせは宇迦之御魂神より受けておる〉
「ねえ、狐さん。そのアマ……ナントカって?」
アイリスが尋ねると、狐は「そんな事も知らないのか」と言いたそうな目で、
「あれにおわすは天照大御神様。オレ様がお仕えしている宇迦之御魂神様のお父上の、姉君様だ」
狐がそう説明した時、二人の前でどさりという音がした。カーキ色の軍服。帝国陸軍の軍人が地面に転がっていた。
〈うぬらがあの降魔共を操っておったのだな……〉
その声に驚いた紅蘭がよく見ると、その軍人は先ほど自分達と押し問答をしていた二人の兵卒だった。一人は手には何かの機械を持っている。きっと降魔のコントロール装置だろう。
もう一人は軍で使われる銃剣のついたライフルを持っている。これで紅蘭を狙撃したのだ。
霊力など殆どないであろう兵卒二人にもこの光は見えているようだ。圧倒的な威圧感は感じるのか、まるで母親に叱られようとしている子供のように身を縮めて震えている。
〈本来なら命はないところであるが、人が行った事は人の手で裁かれなければならぬ。人の手に委ねよう〉
何もされない事に驚いたのか、緊張の糸が切れたようにがくりと気を失う二人。
それを見届けたかのように、光の塊はするすると地上に下りてきた。
「あ……有難う、存じます」
狐はそれだけ言うのが精一杯だった。何せ自分などより遥かに格上の神が目の前にいるのだ。緊張するなという方が無理だろう。
「お、おおきに」
「ありがとうございます」
紅蘭とアイリスも揃って礼を言うが、その光はまるでノイズが走った映像のように安定していない。
〈礼には及ばぬ。わらわもこの地に奉られし者じゃ。短い間とはいえ、加護の薄くなったこの地に降りられたのは、うぬらの力もあったからこそじゃ〉
社などが壊されて土地の加護が薄くなり、さらに汚れが濃くなると、強い神ほど姿を現せなくなるのだ。それが二人の霊力によって多少は清められたのだろう。
〈それに、うぬらとは多少なりとも縁があるのでな……〉
紅蘭達が首をかしげるが、何の事かさっぱり判らなかった。それを聞く前に光は霞んで消えていく。
だが、その光の中に微かに見えたのは、懐かしい見知った顔のような気がした。
天照大御神が消えるにつれて天を覆っていた厚い雲は薄れ、夕焼けに赤く染まる空が姿を見せた。


翌日。副司令である藤枝かえでに降魔の事を報告した紅蘭とアイリスは、帝劇内のサロンでくつろいでいた大神、カンナ、レニの三人の前で、昨日の一件を話していた。
もっとも、レニの場合はアイリスに無理矢理連れて来られたと言った方が正しいかもしれない。
「それにしても神様が助けてくれたってのは、すっげぇ話だな」
カンナが腕を組んでうなづいている。この二人がウソを言うとは思えないが、どうにも信じ難い話であった。
「でもその神様。あやめお姉ちゃんに似てたよ」
「せや。ホンマにそっくりやったわぁ。ミカエルいう天使様も、あやめはんにそっくりやったけど」
二人はうんうんとうなづきあっている。
「こんな話を聞いた事がある」
珍しく、レニの方から口を開いた。その声に皆が黙って次の言葉を待つ。
「宗教というのは、その土地・時代の便宜上のものでしかない」
「どういう事だい、レニ?」
大神が尋ねると、レニはそのまま続ける。
「世界各地に存在する宗教やその神話には、それぞれ共通している部分が多い。だから『神とは、人々のこうあってほしいという願いのままの姿形をとる』という説を唱える学者もいる。同じ物を司る者は姿形が異なるだけで、結局は同じ存在だと」
それから少し間を置いて、さらに続けた。
「ミカエルという名には『神のごとき者』という意味があり、キリスト教では最も偉大な天使とされている。キリスト教神話での大天使ミカエルはギリシャ神話の太陽神アポロンに相当する。そして、日本の天照大御神というのは、太陽の神の筈だ」
博学なレニの解説を聞いて、紅蘭がビックリした声を上げる。
「という事は……さっきの説からいくと、そのミカエルいう大天使とアマテラスいう神様は同じって事かいな!?」
「じゃあ、あやめお姉ちゃんが助けてくれたの!?」
アイリスには「ミカエルは『あやめの内に』封じられていた」という事がよく判っていないようだ。しかし大神は、
「俺にはよく判らないけど、そうだったらいいね、アイリス」
そう言って、小さく微笑んだ。


後日。天照大御神が奉られている王子神社に、一枚の絵馬が奉納された。
そこにはつたない文字でこう書かれてあった。
「あやめおねえちゃん、ありがとう」

     ●

この一件で、降魔の死体に機械を埋め込んで「兵器」として使う研究をしていた陸軍の一派が発見される事となったのだ。
ところが、その研究資材・書類の殆どは、すでにどこかに持ち出された後だった。
警察や帝國華撃団でも必死にその行方を追ったが、ついに発見する事はできなかった。
見つかった二人の兵卒は取り調べの上で厳重な処罰を受ける事となったが、取り調べる前に獄中で自害して果ててしまったという。
そして――その半年後。その研究の成果は「降魔兵器」として花組の前に立ちはだかる事になるのだ。
この因縁深き王子の地で。

<走れ走れ!蒸気バイク 終わり>


あとがき

最初に言っておきます。神様関連の逸話は様々な物と説があります。神話上の血縁関係や名前の漢字・綴り。ラストでレニが言った物はそれらの説の1つに過ぎません。
一応調べた上で書いてますが、そこのところをよろしく。

今回は「サクラ大戦2」の四話『大暴れ!火の玉芸者ガールズ』と五話『嬉し恥ずかし夏休み』の間の出来事というイメージでお送りしました。同時に「帝都を守るのは花組だけじゃないんだよ」という考えもどこかにあったかもしれません。
アイリスというとやっぱりレニと組ませる方も多いのですが、今回はアイリスと紅蘭のペア。「1」では2人が主演の舞台もありましたし、これはこれで面白いペアだと思ってます。
けど、後から見返すと「地味」なお話に仕上がったように思えます。でもいいのよ。これが管理人流なんだから、多分。

今回のタイトルの元ネタは「走れ走れ!救急車」という1976年公開のアメリカ映画です。
救急車を駆る民間救急会社を舞台とした少々ブラックなコメディです。アメリカは(州にもよりますが)救急車は消防署や病院付の物とこうした民間会社の物とあるので、こうした映画ができるんでしょうね。
もちろん、映画の内容と今回の話には、何の因果関係もありません。あしからず。

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