『黒い死神と白い軍人 後編』
十日後。三度目の演習が始まろうとしていた。
前回・前々回と同じパリ郊外の草原。ところどころに草が剥げたような跡がある他に、どことなく草原の草もしおれ気味に見える。
それはきっとフランス軍の人型蒸気・アスピレイがこの草原の土地エネルギーを吸収したためだろう。仮本部のテントにいる紅蘭はそう見当をつける。
彼女が見つめる先には、前と同じように新次郎のフジヤマスターの勇姿が。
紅蘭は昨夜の新次郎の様子を思い出していた。


どこか元気がなく覇気のない顔をしていた新次郎を見かねて、紅蘭が声をかけたのだ。
一瞬肩をびくつかせて驚いた新次郎だが、やがてその心情を吐き出してくれた。
「一郎叔父は演習であんなにすごい活躍をした上に、あれだけの情報からあんな作戦を思いつくし。紅蘭さんはこうして徹夜で機体の整備をして下さっている。でも……」
そこで新次郎の目が暗く悲しいものになった。
「僕だけが何の役にも立ってない。僕は一体何をしているんだろう。そう考えたら、なんか空しくなっちゃいまして。一層己の未熟さを痛感しました」
びしん。
紅蘭が弾いた中指が新次郎の額を鋭く叩く。
「そないな事言うもんやない。今度の『作戦』はむしろあんたがいないと難し……いや、できひん代物や。これから役に立つんだと胸を張りぃや」
「紅蘭……さん?」
新次郎は弾かれた額をさすりながらぽかんとしている。
「それに、大神はんにかなり劣等感を感じとるみたいやけど、そんなモン感じる必要あらへん。今は子供と思って目一杯頼って、遠慮なく教わればええ」
子供と言われた新次郎はさすがにカチンと来たものの、不思議とそれ以上腹が立つ事はなかった。
「そしていつか、自分が物を教える立場になった時、それまでに経験した事をちゃんと教えてあげればええんや。物事そういう順番になっとるんやで?」


「どうやらあの様子なら、吹っ切ったか吹っ切れたか。はたまた開き直ったか……」
少なくとも後ろ向きな雰囲気は感じられない。双眼鏡の先にいるフジヤマスターはそう見えた。
一方、スターの隣にいる大神の霊子甲冑は光武二式ではなかった。
以前帝国華撃団で使っていた「天武」と呼ばれる機体である。
全高約3.7メートル。重量約3600キロ。出力に至っては10000hp(馬力)に迫る、人型蒸気のレベルを超えたハイパワーを誇る、ごつい印象の機体である。
本来はもう使っていない機体なのだが、大神が思いついた作戦――と呼ぶにはあまりに無謀な策だったが――にどうしても必要と言うので、翔鯨丸を最大速度で飛ばし、日本と往復して持って来たのだ。
それからほぼ休みなしで急ピッチで整備を進め、この演習に間に合わせるのにギリギリであった。そのため紅蘭は今回の演習には参加しない事が決められた。だが「万一」に供え、全員例のヘッドフォンはしたままだ。
紅蘭は無線機のチャンネルをいじり、通信ボタンを押した。
「大神はん。新次郎はん。聞こえてはりますか?」
『聞こえるよ、紅蘭』
『は、はい。感度良好。問題ありません』
大神と新次郎の元気な声を聞き、紅蘭は話を始めた。
「正直に言って……分の悪い賭けみたいな作戦や。無理なら即中止や。紐育の方々に命預ける事になる」
サニーサイドを始めとする紐育華撃団の裏方達は、今別命でこの場にはいない。
「でも、多分何とかなる。ウチの勘やけど。せやから遠慮なく全力全開。ガツンといったれ!」
『了解!』
二人の戦士の声が重なり、演習開始のサイレンが鳴り響いた。


演習開始のサイレンが鳴り響くと同時に、アンクー・モルトはほくそ笑んだ。
先程届いた巴里華撃団側の情報によれば、今回の演習で別の機体を用意したらしい。しかもこの日進月歩の人型蒸気の世界において、なんと四年も前の機体を持って来たという。
そんな時代遅れの機体に頼らねばならないとは、とむしろ同情めいた感情すら持っていた。無論本当に同情していた訳ではなく、バカにして笑っているだけだが。
「モルト博士。今回は大丈夫なんだろうな。前回のような目に遭うのはゴメンだぞ」
彼に声をかけてきたのはフランス軍の将軍である。今回の演習の責任者だ。
「あんな四年も前の骨董品を引っぱり出してくるような連中に、自分が作ったアスピレイが負ける訳がない。むしろ負ける方法を教えてもらいたいわい」
痩せぎすの胸を仰々しく張って、将軍に偉そうに答えるモルト。彼の真後ろに付き従っているスーツ姿の助手も偉そうにふんぞり返っている。
「兵器に必要なのは強力な武装ではない。大量生産と整備の容易化が最優先。あんな金喰い虫に国を守られたのでは、どんな国家も破産してしまうじゃろ」
「だから博士の人型蒸気を我が国の守りの要として採用するよう働きかけたのだ。少なくとも互角に戦える兵器でなければ説得力がない」
将軍のもっともな意見に、モルトはふんと鼻を鳴らす。
「それを確実なものにするため、わざわざオカルトめいた骨董品を探し出してきたのだ。『魔女狩りの鐘』をな」
モルトは記録機材の置かれたテントを出た。すぐ後ろを助手が着いていく。
彼の着る薄汚れた白衣の裾がバサバサと翻る。彼の視線の先には、見えはしないものの小さな村の大きな尖塔――に取りつけられた魔女狩りの鐘があった。
(今日はこの間みたいに風向きが変わる事もない予報だ。最高のタイミングで、また鳴らしてやるからな)
そう思うものの、アスピレイの勝利を信じて疑わぬモルトの視線は、走って行く人型蒸気の群れを見ていた。
フランス軍のアスピレイは十機なのに対し、巴里華撃団側の人型蒸気――霊子甲冑は、何とたったの二機。いくら強力な機体でも、数の力には勝てないものだ。それが戦争だ。それを知らないとは無知にも程があろう。
ところが。彼の目の前で信じられない事が起こったのだ。
資料に「スター」とあった機体が、戦闘開始直後にいきなり可変したのだ。変わった姿はまるで鳥――飛行機のようだ。
その飛行機は低空飛行のまま一気に加速して飛び去ってしまったのだ。狙って撃つ隙すらない。驚いてひっくり返った機体もあった程だ。
「陸戦兵器を飛ばすなど、アメリカの連中の無駄な派手好きには呆れるわい」
耳を塞いだモルトの呟きはスターのエンジンの轟音に総て掻き消される。
飛び去ったスターは大きく宙を旋回し、再びブーメランのように出発点に戻ってきた。地面ギリギリの超低空飛行で。
そして何と。四年も前の「天武」という機体が、そのスターの上に飛び乗ったのである!
さすがに人型蒸気一機を載せて飛ぶ事はもちろん、上昇するのは困難らしく、スピードはかろうじて空を飛べる程度にまで落ちており、その姿はアスピレイの格好の的である。
「撃て撃て撃て撃て。そんなモン撃ち落とせ!」
興奮したモルトの拡声器での叫びに呼応するかのように、アスピレイ達は上に向けて霊力の弾をガンガン発射している。何発かは命中し、その度によろよろと機体が傾く。
だが突然アスピレイの動きが止まった。銃口を上に突き上げたままブルブルと震えているようにも見える。
その時だ。いきなりアスピレイの背中で爆発が起きたのだ。それも一機だけではない。まさしく「次から次へと」という言葉のように。規模はともかくあちこちで爆発が起きていた。
爆発しているのは、どれも大地からエネルギーを吸収する機構の部分だ。だが敵側がそこへ攻撃をしかけている様子は全くない。敵の二機は単に上空を小さく旋回しているだけだ。
「ど、どういう事だ。何が起きている!!」
目の前で起きている事が信じられないとばかりに目を見開くモルト。後ろで控えている助手も唖然としている。
「貴様、これは一体どういう事だ!?」
将軍が目を釣り上げてモルトに迫り、その胸ぐらを掴み上げる。だがモルトにもその理由は全く判らない。
爆発が起きたため慌てて機体を捨てて逃げる兵士達。そんな彼らを背後にして、スターは静かに着地した。見事な操縦テクニックである。
それから上に乗っていたごつい機体が地面に飛び下り、こちらに向かって歩いてくる。資料通りなら天武という機体の筈だ。それも四年も前の。
『あなたがアンクー・モルトさんですね?』
機体から聞こえたのは、たどたどしさの残る発音のフランス語だった。
『これが、あなたが開発した機体の弱点です』
まだまだつたないフランス語が言い放った鋭い発言。当然モルトが怒らない訳がない。顔を真っ赤にして激昂し、天武の脚を力一杯ガツンと蹴ると、
「ふざけるな! 何かの爆薬でもバラ撒いたのだろう!? でなければ爆発などするか!」
『するんですよ。大地のエネルギーを吸収する機体は』
ガコンという音がして天武のハッチが開く。中から出てきたのは、白いパイロット服の東洋人だった。そしてスターの方からも、違うデザインの白いパイロット服の東洋人が降りてくる。
天武のパイロットは機体を降りてモルトの前まで来ると、
「あなたの開発したアスピレイという機体は、大地のエネルギーを吸収し、それを霊力の弾丸に変換して霊的攻撃をする事ができる、画期的な機体です。それは正直に申し上げてすごい機体です」
モルトは「ふん、当然だろう」と鼻を鳴らす。男はさらに続けた。
「ですが、もし敵側に同じように大地のエネルギーを吸収して動く機体が存在したら。互いの機構が干渉し合い、機体の暴走やパイロットの体調にまで影響を及ぼしかねない危険があるのです」
男はチラリと自分が乗っていた機体を見上げると、
「この『天武』という機体も大地のエネルギーを吸収し、それを動力に変換できる機体ですが、四年前に敵側に同じ動力で動く物がありまして。これと全く同じ現象が起きたため、半年経たずに使用が中止された機体なのです」
アスピレイもこの天武という機体も大地のエネルギーを吸収する。それをわざわざ上空からやる事で大気の間に大地のエネルギーを充満させ、アスピレイの吸収機構をオーバーヒートさせる。
それが向こうの考えた「策」だという事に、モルトはようやく気がついた。
「それにうちの整備班が調査しましたが、アスピレイのエネルギー吸収機構は効率が非常によくない。綺麗だった草原が、ほら。あんなに荒れ果ててしまっています」
立て続けに霊的攻撃をした結果だろうか。アスピレイの固まっている地域の草がみるみるうちにしおれ、枯れていく。
天武のパイロットの発言と目の前の様子を見て、今度は将軍の顔が怒りで真っ赤になっていく。
「……貴様! そんな兵器を我々に売りつけるつもりだったのか! フランスを守る我々がフランスの地を荒らしてどうする。おまけに暴走の可能性がある機体を使わせるつもりだったのか!」
「将軍。そんな東洋人の若造の言葉を信用するのか!?」
「じゃああれはどう説明する気だ。実際アスピレイはあんな簡単に壊れたではないか! それに草もあんなに枯れ果てていく! あだ名通りの『死神』か、貴様は!」
将軍とモルトが見苦しく言い合っている。そこへ幌のない蒸気トラックのエンジン音が聞こえてきた。それが彼らの目の前に止まると、助手席から出てきたのは、演習場に場違いな細身のスーツと、妙にごついヘッドフォンをつけた男だった。
「お話中失礼。ボクはマイケル・サニーサイドというアメリカの実業家なのですが……」
そう言った彼はトラックの荷台に歩み寄る。それから毛布をバサリと剥ぎ取ると、そこにはくすんだ色の鐘が一つ乗っていた。
「実はあれ、霊力を持った人間のみに危害を与えるという鐘だそうで。この先の村の教会にあったのですが、前回・前々回の演習の際に鳴らされていた事が、村人の証言で判りましてね。それもそちらのモルト氏の命令でね」
彼はすっとメガネを指で押さえる気取ったポーズの後、さらに続けた。
「華撃団に霊力の持ち主がいる事くらいは、将軍閣下もご存知の筈。こんな鐘の音が風で運ばれてくるこの地で演習とは、いささかフェアプレイ精神に欠けているんじゃあ、ないでしょうかね。それともフランス国軍は、こんなやり方でしか敵に勝てないとでも?」
アメリカ人らしいストレートな挑発の言葉に、将軍もモルトもその助手も、怒りのあまり目が吊り上がっている。おまけにここで怒鳴ればそれを認めるようなもの。ぐぐぐと堪えるしかなかった。
だが、最初に堪えられなかったのはやはりモルトだった。
「やはり軍人などに頼るのではなかった。こうなれば自分の手で華撃団を倒して、アスピレイが最強の機体であると証明してみせよう!」
年の割に信じられないスピードで倒れたアスピレイの集団へ駆けていくモルトとその助手二人。だが、壊れた機体で何をする気なのだろう。
何と。壊れた機体の壊れていない部分を組み合わせ、運用可能な一機を組み上げてしまったのだ。この整備性の高さは確かに兵器としては充分以上に合格点である。
『どうだ、このアスピレイの利便性は。こんな優秀な機体に弱点などあるものか!』
煙突から激しく蒸気を吹き出し、アスピレイが戦闘体制に入る。左腕から霊力の弾を連続発射させ、乗り込む前の天武やスターを狙い撃ちにしていく。
しかし悲しいかな。技術者ではあっても機体の操作は完全に素人。一発も弾が当たる事はなく、二人のパイロットは機体に乗り込んでいった。
天武とスターが両手に持った細い剣を構えている。モルトはモニター越しにその光景を見て、
「飛び道具がある分こちらが有利だ。離れて戦えば負けはない!」
いくら霊力の持ち主と言えど、乗っている機体に飛び道具がないのでは、離れたところへの攻撃はできない。そう考えての事である。
だが、サニーサイドと名乗ったスーツ姿の男が、将軍から借りた拡声器をこちらに向けている。
『君のようなタイプは、一度徹底的に叩きのめさないとダメらしいね。二人とも、容赦なくドーンとやっちゃってくれたまえ。イッツ・ショータイム!』
高らかな一言と同時に周囲の空気が急に変わった。モルトが計器に目をやると、周囲の霊力の値がみるみるうちに上がっていくのが判った。そして、その霊力の主が天武とスターにある事も。
そこで、信じられない事が起こった。
辺りに何かがひらひらと舞っている。枯れた草がはたまた何かの紙か。
違う。それは桜の花びらだ。日本の花であるという知識しかないが、それは確かに「この場に存在しない」桜の花だった。
それにモルトが気づいた時。辺りの景色が一変していた。
なんと。輝かしい真っ赤な太陽と日本の象徴とされる富士山をバックに、荒波蹴立ててこちらに迫ってくる巨大な軍艦。その舳先の上に、背中合わせに立つ天武とスターのパイロット。距離的に見えない筈なのに、なぜかはっきり見える。
な、なんだ。これは一体何がどうなっている。ここはパリ。しかも草原。海ではない。あんな巨大な軍艦が来るような余地などこれっぽっちもない。自分の目は、自分の頭は、おかしくなってしまったのか!?
オロオロとして機体の操作すら忘れたモルトの耳に、高らかに響く男の声。
「富士の裾野に舞い散る桜と……」天武のパイロットが剣の切っ先をこちらに向けて叫ぶ。
「錨に刻んだ海軍魂!」スターのパイロットも負けじと剣を突きつけて吠える。
「絶対正義の貴公子と……」天武のパイロットがゆっくりと剣を振り上げる。
「摩天楼のサムライが……」スターのパイロットが軽やかに剣を振りかぶる。
『粉骨砕身、推して……参る!』二人の叫びが綺麗に揃う。

狼虎滅却・桜錨傳播(おうびょうでんぱ)!!

二人のパイロットと、なぜか二人の背後にいた天武とスターが、こちらに向けて鋭く剣を降り下ろす。届く筈もない武器。届く筈もない距離。
にもかかわらず、この機体を激しく揺さぶるものは何か。風か、空気か、衝撃波か、はたまた霊力か。
各種計器はどれも振り切れて測定不能。機体の揺れは益々激しくなり、まるで自分が生身のままそれらの衝撃を受けているかのように感じられる。
そして機体の隙間から漏れた蒸気や火花が、コクピット内に激しく散り始めた。
な、なんだ。これは一体何がどうなっている。このアスピレイが。自分の最高傑作が。優秀な兵器が。こんな訳の判らないもので壊されてしまうのか。
自分の周囲の機体と共に、自身の機体がボロボロになっていく様子を見ながら、モルトは気を失った。


フランス軍の技術者が改めて調べた結果、華撃団側で出した資料の通り、アスピレイのエネルギー吸収機構は非常に非効率的だと判明した。
それに加えて霊的攻撃の威力がそれほど高くなかった事。何より大地のエネルギーの消耗による土地の荒れ具合を間近で見た将軍は、アスピレイとその機構そのものを不採用に決めた。
実際に動かしていた兵士達からもクセの強すぎる操作性が大不評だったため、すんなりと決まったらしい。
そしてモルトもフランス軍を解雇され、今はどこにいるのかも不明との事だ。
しかしあれだけ自信を持っていた機体に対して相当のダメ出しをされてしまったのだ。しばらくは技術者休業だろう。
そして何より喜ばしいのは、意識がなかった巴里華撃団の面々が、意識を取り戻した事だ。
もっとも、まだ会話をしたり立ち上がったりする事はできないが、その報告を聞いた大神がようやく胸をなで下ろしたのは言うまでもない。
「提案した自分が言うのも何だけど……あそこまでうまく行ってくれるとは思わなかったな」
作戦指令室で一息つく大神が漏らす。それを聞いた紅蘭も、
「まぁアスピレイのエネルギー吸収機構が、ウチらの想像よりも脆かったのか。はたまた天武のそれが想像以上やったからか……」
それから急に真面目な顔で、
「せやけど、一歩間違ったら大神はん自身が酷い目に遭ってたんやで。四年も前やから、忘れてしもうたんですか?」
初めて天武の異変に気づいた時の不快感を思い出したかのように、大げさに身震いしてみせる紅蘭。
「それはそうだけど。絶対にうまくいく作戦なんてあり得ない。ある程度の危険は覚悟の上だ」
「こっちは下から狙われたり過重量での飛行をしたりで大変だったんですよ!? そんな行き当たりばったりみたいな作戦だったなんて。学ぶもへったくれもないですよ!?」
尊敬する叔父のそんな言葉に、さすがの新次郎もむくれたように文句をつける。
「どんなに綿密に立てた作戦も、ちょっとした事で崩れてしまうものだ。その逆もまた然りだぞ、新次郎」
取り繕ったような苦笑いと共に言い訳をする大神。それを聞いていたサニーサイドも、
「作戦というものは二重三重の策を張っておくべきだね。一本槍では万が一折れた時にアドリブも利かせられないよ」
そういった柔軟な考えを苦手としている大神は、思わず笑顔を凍りつかせた。
「ともかく、今回はみんなご苦労だったね。そして、本当に有難う」
グラン・マが一同の顔を見回して礼を述べる。大神と新次郎は反射的に彼女に頭を下げる。
「おかげでメルもすっかり元気になりましたぁ」
「本当に有難うございました、皆さん」
シーもメルも久しぶりの笑顔を浮かべている。この笑顔だけでもやった甲斐があるという物だと大神達は思った。
「まさかスターがあんな重量のある物を載せても飛べるなんて。まさしくサプライズだ。わざわざ大河くんを連れてきた甲斐があったというものだ」
サニーサイドがうなづきながら、どこか偉ぶった態度で言う。
「だがそれよりもサプライズなのは、二人が合体攻撃をした事だね。隊長と隊員で行った報告例は数多いけど、隊長同士は初めてのケースだ」
「そもそも隊長同士で戦う場面がなかったからね、今までは」
グラン・マのその言葉を遮るように、サニーサイドは笑いながら、
「しかしアレは何だい? いくら二人が日本海軍の人間だからって。桜と富士山と軍艦? もう笑えると言うか恥ずかしいと言うか……」
膝を何度もバンバン叩きながら、本気で笑っているサニーサイド。
とっさに、かつ自然に。言うなれば「身体が勝手に動いた」ようにスムースにできてしまったのだ。やっている時はともかく、今思い出してみるとお互い猛烈に恥ずかしい。それも手伝って益々小さくなる大神と新次郎。
「合体攻撃はお互いの霊力の波長を同調させんと不可能や。まぁ親戚同士やし、合いやすかったんとちゃいますか?」
そんな二人を苦笑いしつつ、紅蘭がしっかりと分析する。
元々隊員である女性達の霊力をまとめあげる触媒としての役割が、大神や新次郎に求められる資質の一つである。霊力が高くないとはいえ、互いが互いの霊力をまとめあげて昇華させたのだと、言えなくもない。
だが自分達ばかり攻撃されるのは気に入らないとばかりに、新次郎が口を開く。
「そういえばサニーさん。持ってきちゃったあの鐘。一体どうするんですか?」
三回目の演習中に村から持ってきてしまった「魔女狩りの鐘」。敬虔なキリスト教徒が大多数を占めるフランスにおいて、教会の権力は相当なものがある。正体を知らないとはいえ、鐘を持ってきてそのままという訳にはさすがにいかない。
「その辺は抜かりないよ。ちゃんと新しい鐘をプレゼントしたさ。設置費込みでね」
「ならいいんですけど……」
どうにも不安が拭えない新次郎。
「ああそれから。あの鐘ですが、アメリカの美術館に飾らせてもらいますよ。まがりなりにも歴史的に貴重な鐘だ」
アメリカはまだまだ歴史の浅い新興国家だ。自分達が持ち得なかった「歴史的価値のあるもの」を収集する金持ちは数多い。サニーサイドもその一人だ。
だがその効果を身をもって体験した新次郎は、
「止めて下さいよ、サニーさん! あの鐘が鳴ったら僕達タダじゃ済みませんから!」
新次郎の必死の叫びを無視するかのように笑うサニーサイドは、
「その辺はちゃんと細工をするさ。心配性だなあ、君も」
その一言に一同が大いに笑い合う。その笑い声が止む頃、大神がぽつりと言った。
「ともかく、無事に終わって本当によかった。巴里のみんなの意識も戻ったし。一時は本当にどうなる事かと」
「そうですね。あんなに精気のない皆さんの顔、見てるだけで悲しくなりましたから」
そんな大神と新次郎の言葉に、紅蘭は肘で新次郎をつつくと、
「……顔を見たって? 確か皆はん、ず〜っと医療ポッドの中の筈やけど?」
彼女の声が若干低くなり、目つきも鋭くなる。
医療ポッドの中は回復促進用の溶液で満たされているので、裸になって入らねばならない。そしてその様子は、ポッドの外からは丸見えなのだ。
「バカッ、新次郎……!」
大神が慌ててたしなめるが、当然時既に遅し。その場の女性陣全員の冷ややかな目が二人に降り注ぐ。
「はっはっは。これはとんだサプライズだ。大河くんも男の子だったって事だねぇ」
ただ一人冷たい視線から難を逃れているサニーサイドが快活に言い、新次郎の背中をバシバシ叩いている。
「まあまあ女性陣もその辺で。若い健康な男子なら致し方のない事ですよ。身体が勝手に動いたんでしょう。シャワールームからも近いですから」
「ムッシュ・サニーサイド。どうしてあんたがそれを知っているんだい?」
この場の空気を凍てつかせるグラン・マの疑問。医療ポッドの存在は教えても、場所を教えた覚えは一切ないからだ。
大神、新次郎、そしてサニーサイド。その場の女性陣全員の侮蔑の眼差しが降り注ぐ。
こうなると、男が取る行動はたった一つしかない。
『…………申し訳ございませんっ!!!』

<黒い死神と白い軍人 終わり>


あとがき

「黒い死神と白い軍人」。いかがでしたでしょうか。
巴里が舞台なのに巴里のヒロインが一人も出てこないという前代未聞のSS。まぁ帝都でも一回やりましたけどね。
そうなるのはキャラクターではなく「お話」で書いているからだと思います。だからキャラ萌えの方が多いサクラ大戦ではウケが良くないって判ってるんですけどね。まぁせめてクライマックスの合体攻撃で笑って下さい。
技名に桜と錨が入っているのは、それが旧日本海軍のシンボルマークに使われていたから。現在の海上自衛隊でも桜と錨がシンボルマークに使われています。
今回はこういう話だけに霊子甲冑の設定をあれこれ見直しました。攻略本とか蒸気工廠とか。見ていたつもりなんですが、細かいところは忘れてるモンですねー。ついでに言えば設定や単語の統一感が乏しい事にも気づきました(苦笑)。
そして今回の元凶アンクー・モルトさん。仏語では“Ankou Marte”と綴ります。
アンクーとはブルターニュ地方に伝わる死神(みたいな物)です。
伝承曰く、二頭の馬に曳かせた荷車の上に立つ経帷子をまとった骸骨。右手には長柄の鎌、左手にスコップを持っている。従者が二人いて、一人は馬の御者、もう一人は死者を荷車に乗せる役目。あらゆる災い・死をもたらし、その姿を見た者も病で死んでしまうという。
……だそうです。モルトは仏語でそのまま「死」の事。死神アンクーはまさしくそのものズバリなネーミングなのです。
ちなみに人型蒸気のアスピレイは仏語で「吸う(aspirer:アスピレ)」という単語から取ってます。

今回のタイトルの元ネタは『黒い神と白い悪魔』という1964年のブラジル映画です。
貧しい牛飼いの三人家族が遭遇する、ちょっとした運命のすれ違いから相手を殺したり誰かが殺されたりというのが延々と続く、よく判らない映画です。ただ映像的なインパクトは結構すごいらしいです。

文頭へ 戻る メニューへ
inserted by FC2 system