『黒い死神と白い軍人 前編』
霊力という力を持って都市の霊的防護を任務とする極秘部隊。その名も「帝国華撃団」。
その総司令官である大神一郎は、久方ぶりの巴里の街を「上空から」眺めていた。
彼が乗っているのは、帝国華撃団が保有する翔鯨丸という飛行船だ。最大巡航速度九十三ノット(時速一七二キロ)のスピードを誇る、世界屈指の「空飛ぶ乗り物」だ。
存在を知られているとはいえ、曲がりなりにも極秘部隊で運用されている機体である。飛行許可を得ている――その取り方はかなり強引で権力任せのものであったが――とはいえ、こうして他国の目に晒していいものではない。
そんな危険を冒してでも大神が翔鯨丸を使う決断をしたのは、この巴里に存在する同等の部隊「巴里華撃団」からの緊急連絡のためであった。
“巴里華撃団・花組壊滅。隊員全員意識不明”
過去臨時で巴里華撃団・花組の部隊長を務めた事がある大神だけに、この連絡は我が身を砕かれんばかりの衝撃であった。


巴里郊外に翔鯨丸を着陸させ、自身は電車で巴里市内に入る。極秘部隊とはいえ総司令官という最高責任者にもかかわらず、共の者は一人だけであった。
その共の者――帝国華撃団の隊員にして部隊の機体整備総責任者も兼任する、中国生まれの李紅蘭である。中華服か作業着ばかりの彼女にしては珍しい洋装姿だ。
普段は教育を受けた関西で培われた、周りを笑わせて和ませるムードメーカーを自認している彼女も、今回ばかりはその笑顔を曇らせたままだ。
「……大神はん。巴里華撃団壊滅なんて、ウチ今でも信じられへんわ」
メガネをそっとずらし、目尻に浮かぶ涙をこっそりと拭おうとする。賢明に悲しみをこらえている様子は、大神の胸中をも曇らせる。
しかし自分も共に悲しむ訳にはいかない。まだまだ実践できてるとは程遠いが、部下をこれ以上動揺させる訳にはいかないのだ。大神はあえて無表情を作ると、
「それを確認するために俺達は急いできたんだ。シャノワールへ急ごう」
気を抜いたら倒れるのではないかと思えるくらい暗く弱々しい姿の紅蘭を、大神は支えるようにして目的地へ急ぐため、大神はタクシーを止めた。
そのシャノワールへ向かう車内にて。
『運転手さん。最近変わった事はありませんか?』
大神は辿々しい仏蘭西語で運転手に訊ねる。運転手はノリの軽い性格だったらしく、彼の話にすぐ乗ってきた。
『変わった事ですか? ちょっと前にパリが木の化物に覆われて以来、そういう事はないなぁ』
ちょうど大神が巴里華撃団にいた頃あった戦いの事だ。華撃団関係者では「オーク巨樹の一件」として知られている。
『お客さん、見たとこ東洋人みたいだけど、パリには来た事あるのかい?』
『はい。三年前、半年ほどパリにいました』
『ほう。ちょうどその事件があった頃じゃないか。よくまた来る気になったなぁ。有難うよ』
異国で大きな事件に巻き込まれれば、懲りて二度と来てもらえないケースは多い。にもかかわらず来てくれたという事で、運転手はかなり気を良くしたらしい。
『しかも奥さんと一緒だなんて。独り者のこっちからすれば羨ましいよ』
『いいっ!?』
当然ながら、大神と紅蘭はそういった関係ではない。だが苦楽を共にした大切な仲間である事は疑いようがない事実だ。
仏蘭西語が全く判らない紅蘭も、運転手の表情から会話の内容をある程度察したらしく、彼から視線を逸らして声を殺して笑っていた。
そしてひとしきり笑ったあとで、表情をガラリと真剣なものに変え、大神に日本語で訊ねた。
「大神はん。ちょっとおかしいで、この町」
運転手が日本語を知っているとは思えないが、それでも大神は視線で「声が大きい」と注意し、自分は小声で、
「何がおかしいんだ、紅蘭。特に変わった事はないって言ってるんだぞ?」
紅蘭はビシッと人差し指を大神の眼前に突きつけた。
「だからおかしいんや。巴里か……いや、みんなが壊滅するダメージを受けてるのに、この町のどこにも妖力のカケラもありまへん。そりゃウチは霊力低いし、そういうのは苦手やけど。そのくらいは判る」
紅蘭の一言に、大神も黙り込む。
巴里華撃団壊滅の報に、大神も最初は「そんなに強力な敵が出現したのか」と恐怖を覚えた。
だから向こうから「大至急来てくれ」と言われた時、最悪の事態を考慮して自分と紅蘭の専用人型蒸気、霊子甲冑・光武二式を翔鯨丸に搭載して飛んできたのだ。本当は帝国華撃団全員で来たかったが、帝都の守りを無くす訳にはいかない。
しかし巴里華撃団の力量は自分もよく理解している。少々個性が強すぎるのが玉に瑕だが、ただでやられるような隊員達ではない。
だが巴里華撃団を壊滅させるほど強力な敵が出現したのであれば、この巴里の町にも何らかの被害が出ていてもおかしくない。しかしその様子は全くないようだ。
考えても判らぬそのギャップに、二人はシャノワールに到着するまで悩む事となった。


巴里市内モンマルトルに店を構えるテアトル・シャノワール。表向きは観劇しつつ食事や酒を楽しむ店だが、その地下にはこの巴里の町を霊的な敵から守る「巴里華撃団」総本部があるのだ。
店の前でタクシーを下りた大神と紅蘭は小走りで店に入ろうとしたが、大神がふと立ち止まる。
「俺はともかく、紅蘭は仏蘭西語は判らないだろう? 不自由はないかい?」
すると紅蘭はメガネのフレームをキラリと光らせた。
「ふっふっふ。こんな事もあろうかと。ほれ!」
持っていたカバンから取り出したのは、帝都で電話交換技士の女性がつけているような、少々ごついデザインのヘッドフォンだった。それと違うのは、右耳用から伸びる小さなマイクのようなものと、左耳用から伸びているコードと、その先に付いている四角い機械だ。
「ウチが苦労に苦労を重ねに重ねて作り上げて小型化に成功した、名づけて『簡単おしゃべり君4号・改』!」
力を込めて力説するその様子は、露店商の呼びこみを彷佛とさせた。
「このヘッドフォンを装着してこの機械のスイッチを入れるとあら不思議。相手の国の言葉が自分の国の言葉に早変わり」
それから小さなマイクを指先でコツコツやりながら、
「そしてこのマイクで喋った自分の国の言葉は、あっという間に相手の国の言葉に早変わり。もう言葉のハンデにもどかしい思いをする事はないっ!」
「そ、そうかい。お手柔らかにね」
機械いじりの特技が高じた「発明」は紅蘭の趣味である。しかしほとんどの品はなぜか毎回ドカンと爆発を起こしてしまう。大神の返答に腰が引け気味なのはそれが理由だ。
彼のそんな反応をあえて無視した紅蘭はヘッドフォンを装着すると、改めて店の扉を開いた。
まだ開店時間ではないが、それこそ大神はここで半年暮らしてきたし、紅蘭も一度訪れた事がある。勝手は判っている。
しかしまず挨拶をしておくのが筋と考え、誰かいないかとロビーを見回していると、
「ムッシュ。遠路はるばるご苦労だったね」
店の奥からやってきたのは、巴里華撃団の総司令官を勤めるイザベル・ライラック伯爵夫人であった。表向きはこの店のオーナーであり、皆からはグラン・マと呼ばれている。
「グラン・マ。ご無沙汰してました」
仏蘭西語で挨拶すると、間髪入れずに頭を下げる大神。隣の紅蘭も釣られて頭を下げる。だがすぐに「あっ」という表情になる。
「その堅っ苦しいところは、相変わらずみたいだね。でも変わってないようで、安心したよ」
どこか懐かしそうに苦笑するグラン・マが差し出した手を、大神は固く握り返した。
「ところで、あの連絡は一体? それにみんなは無事なんですか?」
大神の間髪入れない質問に、グラン・マは辛い表情を押し殺したような顔で、
「いや。まだ意識は戻っちゃいないよ。その件は、あとでまとめて説明させておくれ」
それから、紅蘭がしているごついヘッドフォンを気にした様子もなく、グラン・マは淡々と、
「疲れてるところ済まないけど、先に二人で作戦指令室に行っててくれないかい。もう一組の客が、まだ着いてないんだよ」
「もう一組の客?」
おうむ返しに訪ねる大神に向かって、グラン・マは小さく笑うと、
「相手が時間に正確な人間なら、そろそろ着く頃でね」
自分達に関係があるかは判らないが、邪魔をする事もないだろうと判断した二人は慣れた通路を通り、エレベーターで作戦指令室に降りる。
指令室に入ると、そこで待っていたのはメル・レゾンとシー・カプリスの二人だった。二人ともグラン・マのメイドである。また彼女の秘書を兼ねており、巴里華撃団の一員でもある。
「あ! 大神さんと紅蘭さん。お久しぶりですぅ」
パッと笑顔を輝かせ、シーが人なつっこく飛びつくような勢いで二人の前にやって来る。メルの方は小さな笑顔を浮かべて日本風に軽く会釈したのみである。
だがその表情は明らかにどこか苦しそうだ。病み上がりなのか病を押しているのか。そんな風にしか見えなかった。
「メルくん。具合が悪そうだけど、風邪でもひいてるのかい?」
「ほんまや。随分と疲れてはるっちゅうか」
大神と紅蘭に見つめられ、人見知りしやすいメルが視線を逸らす。
「こ、この間の演習の時から、急にこうなってしまって……。いくら休んでも疲れが取れないような感じが……」
ぽつりぽつりと力ない震えるメルの声。その感じからすると相当弱っているようだ。
メルとシーは巴里華撃団の一員とはいっても、戦闘を行うメンバーではない。あくまでも裏方、バックアップが任務である。戦うメンバーでもない彼女が「演習」というのは、いささか奇妙に感じられた。
「メルはまだいい方ですぅ。他の皆さんは……」
シーの笑顔が曇って首を小さく横に振る。その沈み込んだ痛々しい表情に、
「でも、あの後こっちにも医療ポッドを作った筈やろ? それでもダメなんか?」
医療ポッドとは、ケガの回復速度を速める事ができるカプセルである。紅蘭の言う通り、大神が巴里を去ってから巴里にも医療ポッドを置くようになったのだ。
「はい。あれから三日経ちますが、皆さん意識不明のままで……」
悲しいのを堪えるメルが力なく呟く。
「見舞いは……できそうにないね」
大神が医療ポッドの様子を思い出して言葉を濁す。医療ポッドの中は回復促進のため、専用の溶液で満たされている。つまり裸で入る必要があるのだ。
巴里華撃団の隊員――戦闘を行う花組の隊員は全員若い女性だ。それは高い霊力という力を持っている事が隊員の絶対条件であり、それを満たすのは若い女性が多いからでもある。
「大神はん」
隣の紅蘭がじろりと睨みつけ、肩をつついている。大神は自分の想像が丸判りになったように錯覚し、急に背筋を伸ばして咳払いする。
その時、作戦指令室の入口が開いた。そこからグラン・マに連れられてやって来たのは――
巴里華撃団のメカニック担当ジャン・レオ。
第三の華撃団・紐育華撃団総司令官マイケル・サニーサイドと……。
「新次郎!?」
「一郎叔父!?」
大神の甥にして紐育華撃団・星組の部隊長、大河新次郎であった。


「これでようやく全員揃ったね」
立場上上下のない総司令官達ではあるが、召集した本人という事でグラン・マが仕切る。
「まずは我々を召集した理由をお聞かせ願いましょう、イザベル・ライラック伯爵夫人殿」
開口一番サニーサイドの英語訛りの仏蘭西語で質問が飛ぶ。表の顔はアメリカきっての実業家。現状を知らねば何も始まらない事をよく知っているからだ。
「じゃあまず、これを見てもらおうかね」
グラン・マは目で合図すると、メルとシーの二人は映写機の用意を始めた。それを横目で見つつグラン・マの話は続く。
「フランス軍から、巴里華撃団に人型蒸気を使った戦闘訓練に協力するよう通達が来てね、この間」
紅蘭や新次郎は聞いていないだろうが、大神やサニーサイドはその連絡を聞いているので、訳と共にそれを伝える。
いくら国家間の戦争をなくし、軍隊を縮小化するのが現在の世界情勢とはいえ、国から軍隊をなくす事はできない。そして人型蒸気といえば今や最先端の兵器なのだ。最先端ゆえ、どの国も運営ノウハウが圧倒的に足りないのだ。
軍縮傾向に走る現在では皮肉な事に、その運営ノウハウを豊富に持っているのは人型蒸気――霊子甲冑で霊的戦闘を繰り広げてきた華撃団なのだ。
華撃団はどの国のどの軍にも属さないため、国家や軍の命令に従う義務はない。とはいえ、活動に便宜を計ってもらっている以上、総ての命令を無視できるという訳ではないのだ。
取ってつけたものと判っていても「フランス国家を守るため協力せよ」という大義名分を振りかざされては、知略に長けたグラン・マといえど断わる事はできなかったのだ。
やがて映写機の準備ができたらしく、グラン・マは一旦話を止めた。部屋が暗くなり、映写機の光のみがスクリーンに映し出された。
あまり解像度の良くない白黒の映像がスクリーンに映し出されている。場所はどこか郊外の草原のようだ。
画面に巴里華撃団の光武F2五機が大写しになる。機体のわずかな動きから、緊張を隠し切れない者がいる事が読み取れる。人対人の戦いなど経験がないだろうから無理もなかった。
一方の仏蘭西軍の人型蒸気は、どれも光武F2より一回り近く小さい。塗装は軍隊らしく濃いカーキ色一色で、肩の所に仏蘭西の国旗が描かれている。
実際大きいからいい、小さいからいいと言い切れないのがこうした兵器ではあるが、光武と比べるといささか頼りなさそうに見える。
『一郎叔父。そういえば音がありませんね』
大神の隣でかしこまっていた新次郎が、彼に日本語で小さく呟いた。
劇場などで公開される映画の中には、トーキーと呼ばれる音声付きのものが出始めている世の中である。こうした映像に音があっても不思議ではないのに、なぜかない。
小さく聞こえたその発言は、紅蘭も少々疑問に思った。だが映像が五対五の模擬戦闘になった途端、見逃してはいかんと意識をそちらに集中する。
機体のパワーに勝る巴里華撃団の動きに、仏蘭西軍の機体はほとんどついて行けていない。だが戦闘行為そのものと組織的な動きに関しては明らかに向こうが上だ。どちらが有利かは断言できない。
「この機体は、フランス軍が採用を決めかけている新型の人型蒸気。アスピレイって名前だそうだ」
厳しい顔で映像を見ながら、ジャンがそう説明する。そのアスピレイという新型機を見ていた紅蘭も、
「この機体。花組の皆はんが負けるほどレベルが高いものとは思えまへんな。何でやろ」
眉間にシワを寄せて考え込むようにしつつも、彼女の目はスクリーンから離れない。少しでも何かを見つけてやろうと必死のようだ。
ところが、そこで目を見張る事態が起きた。数体がかりで赤い光武F2に肉薄したアスピレイの左腕についた機関砲から飛び出したのは、どう見ても霊力が生み出した光だったのである!
その光を受けて、赤い機体は不意を打たれたかのように背中から倒れこんだ。
霊力の塊をぶつける攻撃は確かに可能だ。しかしそのためにはパイロットが霊力の持ち主でなければならない。攻撃に使えるほどとなると、かなり高い霊力の持ち主でなければならない筈だ。
この巴里に、まだそんな高い霊力の持ち主がいたとは。大神達が驚いたのも無理はない。
だが赤い光武も負けてはおらず、倒れながらも右腕のガトリングガンを接射。肉薄していたアスピレイの一体をペンキだらけにした。さすがに模擬戦闘だけあり、弾丸がペイント弾に変えられているようだ。もし本物であったら、撃たれた機体もパイロットも無事では済まないだろう。
だがそんな時だった。巴里華撃団の五体の光武にのみ、動きに変化が起きた。
あるものはその場で硬直したように動かなくなり、あるものは手足をデタラメに振り回して転げ回り、またあるものは何もない地面に向かって執拗に攻撃をしかけたり。
そんな異様な光景が三十秒ほど続くと、総ての光武はまるで電池が切れた玩具のようにピタリと動きを止め、やがて地面に倒れこんだ。
「……この時の皆さんの悲鳴は、もう悲鳴なんてものじゃありませんでした。メルも急に顔を真っ青にして吐いちゃったし」
辛そうな顔でシーが呟いた。その場にいたグラン・マもメルもうつむき加減で黙っている。
やがて映写機は止まる。まるでお通夜のような暗く沈んだ空気の中、明るくなった部屋の中でグラン・マが口を開いた。
「この時に起きた『何か』で巴里華撃団・花組全員が意識不明。その顔は……恐怖にとり憑かれた狂人のようだったよ。原因は今調査中さ」
部屋は明るくなっても、雰囲気までは明るくならない。むしろ「一体何が彼女達をそうさせたのか」。彼らの感心ごとはその一点であった。
いや。一人だけ異なる考えの者がいた。紅蘭である。
「ひとつ、ええですか?」
彼女は反対がない事を確認し、口を開いた。
「あの、アスピレイとかいう人型蒸気。霊力による攻撃をしてましたけど、乗っていたのは霊力の持ち主なんやろか」
「それについては、俺から話そう」
そう言ったのはジャンである。彼は丸めて持っていた紙の束を指令室のテーブルに広げると、
「これは、アスピレイを設計したアンクー・モルトっていうヤツが書いた設計図の写しだ。もっともこうして相手に渡してきた設計図だ。どこまで信用できるかは判らないがな」
まだ採用が決まった訳ではないものだし、それ以前に部外者に必要以上に設計図を公開する訳にはいかないだろう。適当にでっち上げた偽物という可能性もある。
だがそれでも紅蘭は、食い入るようにして設計図をチェックしていく。
「……なぁるほど。このアスピレイっちゅう機体は、霊力を持たない人間が乗っても、霊力を込めた攻撃ができるっちゅうのが特徴な訳やな」
機械いじりにかけては天才的な紅蘭である。設計図を見ただけで機体の特徴を見抜いてしまった。
「大地のエネルギーを機体が吸収し、左腕の機関砲から射出する。さっきの映像を見る限りそれほどの威力があるとは思えへんけど、できるとできないとでは大違いや」
判らないながらも他のメンバーも設計図を覗き込む中、紅蘭は一人ぶつぶつと呟きながら、
「おまけに光武と比べて霊的攻撃の威力は劣る分、制作費は半分以下で済む。相当クセの強い機体みたいやけど、パーツの調達は容易。経済的で大量生産も可能か……」
紅蘭はそこでようやく顔を上げるとグラン・マに向かって、
「多分この設計者の人は、これを軍隊で採用してもらって、軍隊内部に華撃団のような霊的防護部隊を作るつもりやろ。違いますか?」
一瞬呆気に取られていたグラン・マは、それを悟られまいとするかのように不敵に笑うと、
「設計図からそこまで読み取れるとはさすがだね。そのアンクーって男は、そんな考えくらい持っていそうだったよ。意識を失って運ばれていくあの子達を見て鼻で笑っていたからね。『これだから女はダメだ』『金ばかりかかる欠陥兵器が』って」
グラン・マの発言に、大神は唇を噛んで拳すら震わせていた。もし目の前にその男がいたら、大神はきっと殴り飛ばしていたに違いない。
「アンクー・モルト。フランスはブルターニュ出身の技術者だね。腕は立つようだけど性格が少々まずいらしい。おかげで『死神アンクー』なんてあだ名がついている。同業者の間では爪弾き者扱いらしい」
今まで沈黙を守っていたサニーサイドが仰々しく口を開いた。
「どうしてそんな事知ってるんですか?」
大神の当然の疑問に、彼はうんうんと得意そうにうなづくと、
「実は彼、スターを作った関連会社にいた事がある人間なんだ。詳しい話はボクも聞いていないけど、紐育華撃団用霊子甲冑用にと自信満々で出した彼の案が会議で不採用になった事があってね。それで今のスターが採用されたんだけど」
裏でそんなやりとりがあった事を驚く一同。
「それが決め手で会社を首になったそうだから、華撃団には逆恨みの一つや二つ持ってるんじゃないのかな。相当性格が悪い上に、負けず嫌いらしいから」
あっけらかんとしたサニーサイドの発言。訳を聞かされた新次郎がさすがにため息をついて、
『それって、今回の騒動の責任が僕達にあるように聞こえますよ、サニーさん』
『逆恨みにまで責任を負っていられないよ。全く不粋な輩だ』
サニーサイドと新次郎の、漫才めいた英語でのやりとり。
「でも、他国の人間にまでそんな悪い噂が広まっている技術者の案なんて、よく軍隊が採用しましたね?」
大神のストレートな質問に、訳を聞いた新次郎も同意する。もし自分が軍の責任者だったら、そんな悪評のある人間の意見など聞く耳を持たないだろう。
「それだけ向こうさんも、プライドを守るのに必死なのさ」
やれやれと言いたそうにジャンが説明する。
軍隊の目的は戦う事だ。戦う事で市民を、そして国土を守る。それが仕事だ。
自分達は外敵から国を守る盾であり、剣であらねばならない。そのためになら死ぬ事すら当然と、彼らは教育を受ける。
だが霊的戦闘となれば、軍隊の持つ通常の人型兵器など何の役にも立たない。そのため華撃団という霊的防護のための別部隊を作る事になってしまったのだ。しかも外部に。
おまけに、時には軍以上の権力を持った部隊である。これが彼ら軍人のプライドを傷つけない訳がない。
表向きの大義名分は「年端もいかぬ女子供を戦いに駆り出さなくてもいい」という建前だろう。だがその本音は「女子供を偉そうに出しゃばらせなくてもよくなる」といったところだ。
大神とて日本海軍の大尉である。軍隊の持つ建前と本音くらい、納得はできないが理解はしているつもりだ。
アンクーという男がどんな思想や性格の持ち主かは判らないが、この機体にも確かに利点はある。
たとえ威力は低くとも、きちんとした霊力攻撃ができる機体がたくさんあれば、それだけ小隊数を増やす事ができる。
高い霊力の持ち主となると世界中を探してもそう何人もいる訳ではない。いわば希少なのだ。少数精鋭では一つの都市という狭い範囲でもカバー仕切れるものではない。
数の力は侮れない。それは長く華撃団に関わってきた大神が一番よく判っている。
「そちらの理由は理解しました。では我々をここまで呼んだ理由を、そろそろお聞かせ願いたい」
あくまでも表面上は飄々としたまま、サニーサイドが訊ねる。グラン・マは彼のメガネの奥の真剣な瞳を見つめ返し、
「あんな結果に終わったからね。軍の方もロクなデータが取れなかったらしい。だから来週にもう一回やろうって事になったのさ」
だがもう一回やろうにも、もう巴里華撃団には霊子甲冑に乗れる人間は誰もいない。
「いるじゃないか。だから急いで呼んだんだよ」
異を唱えようとした大神と紅蘭、それから新次郎を、グラン・マは指差した。
『ちょ、ちょっと待って下さいグラン・マさん!』
仏蘭西語の判らない新次郎だが、驚く大神から通訳され、いきなり英語でゴネる。
『それにスターだって持ってきてませんし、他の人の霊子甲冑に乗る訳にもいかないですし』
華撃団で使う霊子甲冑は、乗り手ごとに武装を変える事ができる汎用性を持つ。だが十二分に威力を発揮させるには乗り手に合わせた本体の調整が不可欠だ。そんな悠長に調整をしている時間があるとは思えない。
『それなら心配ないよ大河くん。こんな事もあろうかと、ボク達の乗ってきたエイハブに君のフジヤマスターを積んである。何の心配もいらないよ』
サニーサイドが英語でそう言い、彼の両肩をポンと叩く。その様子は幼い子供をなだめる親のようだ。
エイハブとは紐育華撃団の保有する飛行船だ。作戦行動時には格納庫や仮の指令部も兼ねる重要メカである。
そしてフジヤマスターとは、新次郎専用の紐育華撃団の霊子甲冑・スターの名である。二振りの太刀と一振りの小太刀が標準装備の白兵戦機だ。短時間なら可変して空を飛ぶ事もできる最新鋭機。
大神の霊子甲冑・光武二式も、二刀の太刀が標準装備の白兵戦機。紅蘭の物のみが多連装の迫撃砲装備の後方支援機。この組み合わせで戦うのであれば、そこそこバランスが取れていると言えなくもない。
万一を考えて持って来た霊子甲冑がこんな形で役に立つとは。人間万事塞翁が馬とは、まさしくこの事である。

<中編につづく>


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